『ウェーイ、先輩見てる〜?』
夜に後輩から電話がかかってきた。
日付も変わろうかという、そんな時間なのに第一声がこれである。正直、頭おかしいんじゃないの? と思った。
こっちは寝ていたのに。
しかもビデオ通話だ。
僕のスマホの画面には、なんか分かんないけど薄汚い建物の中に居るっぽい後輩が満面の笑みでピースしている姿が映っている。
『今日はぁ、隣の市にある廃病院に来てまーす』
明日も平日だよ? 学校あるよね?
僕は色々思うところがありつつも「へぇ、すごいね」とだけ答えた。
ヒョコッと、後輩の横から知らない男が顔を出した。歳上……大学生くらいに見える。金のネックレスに日焼けした肌、細い眉に金色の髪。首から上しか見えてないのに、十分にチャラい。
『なになに、言ってた先輩さん? うわっ、めっちゃ可愛いじゃーん』
『ちょっと、人のスマホ覗き込まないで』
白い歯を見せてにこやかに手を振ってくるチャラ男に、愛想笑いを浮かべて手を振りかえしていると後輩が冷たい声でそう言って画面外に押しやった。
てか、こんな夜中に廃病院で見るからにチャラい男と逢引きなんて……。
「あの、今の人は……あなたまだ、中学生だよ?」
『なんか先輩、勘違いしてない? あの人は友達のお兄さんだよ。他にも何人かいるから』
ビデオ通話のカメラがぐるりと周囲を見渡し、後輩と同じくらいの中学生数人とチャラ男さんのような大学生っぽいのが数人、すぐ近くにいることが分かる。
「そ、そう。え、でも、何してるの?」
『まぁ、肝試しってやつだね! なんか面白いものあったら持って帰るね〜』
「いらない」
通話が切られた。
僕はとりあえず玄関の鍵をしっかりと確認し、寝た。
一時間後、あまりにもメッセージが届くのでスマホの振動が止まらず、イライラしたのでとりあえず通知を見る。
写真も同時に送られてきていた。
少し古臭く感じる間取りに、長年放置されてボロボロの様相の内装。しかしなんとなく病院だとわかる雰囲気があり、こんなにかつての面影がなくなっていそうなのに不思議なものだなぁと呑気に思う。
ナースステーションぽいところ、談話室ぽいところ、エレベーター、病室。
…………病室に残されたベッドに、わずかに使用感があるのは不良かホームレスが私的に利用していたりするからなのだろうか。
『汚いから嫌になってきたー』
『なんか埃臭い』
『辛気臭い』
辛気臭いのはそもそも自ら赴いた場所の問題でしょうに。僕は思わず脳内でツッコミを入れる。
しかし、なんだろう。
送られる写真の中に、ちょくちょく後輩以外のメンバーが写っていたり、後輩の自撮りが混ざっているのだが、なんだか違和感を感じる。
ピコン。
また新しく写真が送られてきた。
開いてみると、手術室のようなところだ。
散らばった機材に、手術台。それを背景に集合写真を撮る後輩一行。馬鹿なのだろうか。
というか、手術台で寝ている人はだぁれ?
青い服を着た……いやこれは、手術着だろうか。ということは、医者? なぜ医者が寝ているのだろう。誰かのコスプレかな? 不謹慎だなぁ。
「"お医者さんのコスプレしてる人は誰? "……と」
目が冴えてしまったので、後輩にメッセージを送る。するとすぐに返信が来た。
『そんな人いないけど』
………………。はい。
「"さっきの写真、なんか変なのいるよ"、と」
『ほんとだ。キッショ』
キッショ、で済むのかなぁ。
撮る時には、送る時には気付かなかったのかな?
電話がかかってきた。
『もしもーし。先輩珍しいじゃないですかぁ、こんな時間まで起きて……なんか暗くない? 電気つけてよ〜』
「嫌だよ。こっちは寝てるんだから」
先程のビデオ通話の際は電気をつけていたが、今回は面倒なので暗いままだ。なのであちらの画面ではこちらの様子がよく分からないのだろう。
ちなみに後輩の姿は、彼女やその仲間達が凄まじい光量の懐中電灯を持ち歩いているので結構見えている。
『先輩さん、ちぃーす! LINE教えてくれない?』
さっきのチャラ男が一瞬画面に映り、後輩に蹴飛ばされた。
それはさておき、なぜ突然電話をかけてきたのだろう。「それで、何の用?」と聞くと、後輩はケラケラと笑いながらこう答えた。
『一人いなくなっちゃってさぁ。どうしようかなってとこ。置いていって、いいカナ?』
「よくないでしょ」『もう帰ろうよぉ!』『あいつもすぐ出てくるって、先に出とこうぜ』『何でこんなとこ来ちゃったんだろう……っ!』『もういやっ!』『なんか視線感じるんだって!』『LINE教えてくんないかな? いやま『逃がさない』ほんとさ、俺めっちゃ紳士だし』『なんか、寒くない?』
後輩の声の後ろから、一人を除いて恐怖に震えている人達の声が次々に入る。そんなBGMの中、後輩はスマホのカメラをぐるりと周囲を見渡すように回転させた。
僕のスマホの画面に、病院のロビーらしき景色が映っていく。入り口近くには戻ってきているのかな。
再び、後輩の顔が映る。彼女はちょっとめんどくさそうな顔をして、次に同行者達の姿を映してくる。
椅子に座り込んで泣いたり、自分の身体を抱くようにして恐怖に震えたり、身を寄せ合って周囲を警戒していたり、手術着の男がお腹から中身をはみ出していたり、帰りたそうにしている女の人の肩に腕を回して家に誘ってるさっきのチャラ男がいたり、スマホを熱心に弄りどこかに連絡をしてそうな人がいたり、もうめちゃくちゃだった。
『面倒になってきたから私は帰りたいんだよねぇ。でも一人行方不明だし、流石に私も歩いては帰れないなぁ。てか運転手なんだよねその人』
「てかあなた達の中に、お腹から腸出してる人居るけど……」
『きゃははっ。そんな奴いるわけないじゃん』
後輩の笑い声が反響し、僕のスマホもやまびこのように何度もそれを拾う。
見えては、いないのかな。
うーん。と僕は考えた。
『えー? どこ? まだいる?』
悩んでいるうちに、後輩が再びカメラを動かしてくる。しかしもう、手術着の男はいなくなっていた。代わりに、さっきまで居なかった男の人がいつの間にか立っていた。
その人はキョトンとした顔で「みんなどうしたの?」と不思議そうな声を出す。『お前、どこ行ってたんだよ!』『良かった! もう帰ろう!』『あーもう、ほんと心配したんだぞ!』と口々に皆が言うあたり、後輩の言っていた行方不明になっていたのがこの人なのだろう。
『あ、帰ってきてたわ。じゃあ先輩またねー。帰りまーす』
ブチっと通話が切られた。
何だか腑に落ちない気持ちになりながらも、やっと寝れると僕は布団に入った。
三日後、後輩がトレンドマークのツインテールを作りながらそういえばと言った。
「なんかこの前病院行ったさぁ、メンバーの。行方不明になってた奴、いるじゃん? あいつ死んだらしいよ」
えっ。と、僕は驚いた。思い出す、スマホの画面越しに見た彼の顔。皆から心配されて、うっすらと笑みを浮かべた時の……違和感。
「しかもさ、中身空っぽだったんだって。もー皆怖がっちゃって、大学休んだり中学休んだりしてんの。あのナンパ野郎は元気だけど」
中身が空っぽ? 疑問符を浮かべると、後輩がツインテールを完成させて言った。
「皮しか無かったんだって。内臓とかそういうの全部見つからないんだって」
あの時後輩のスマホ越しに一瞬見た、お腹から中身を垂れ流す手術着の男の姿が、一瞬脳裏をよぎった。
よく思い出すと、背格好が似ていた気がする。行方不明になっていたらしい、最後に現れたあの男と。
『先輩、今日ラーメン食べにいこーよ』
夕方、後輩から電話がかかってきた。用事は夕食の誘いだったらしい。「いいよ、どこにいく?」と返したところ、後輩から返事はなかった。代わりに『あなた、とても可愛いわ』と、知らない声が遠くに聞こえる。
『ん? あ? どうしたんですかぁ? あ、先輩待って。ほらこの前一緒に病院に行った───』
どうやら、電話中に誰かに話しかけられたらしい。電話を少し離して誰かと会話しているのが聞こえた。途中、僕への説明のため後輩の声が受話器に近づいたところで
『オァァァァァァァア!』
後輩の、叫び声が耳をつんざく。
「どうしたの?」
普通にどうしたんだろうと思って、それなりに声をかけるが返事は聞こえない。スマホの画面をよくみると、通話は切られてしまっていた。
「……一体何が」
僕の呟きの答えは、数時間後に分かることになる。
終
・先輩
何故か傷だらけで家に来た後輩とラーメンを食べた後、家に帰り翌日の準備中にインターホンを鳴らしてきた手術着の女を扉越しに見て知り合いに電話をした。
・後輩
突然、知り合いに手術用のメスで斬りかかられるも応戦。ラーメンは大盛りを食べた。チャーシューと煮卵は絶対につけるし、無料のネギは大量にのせる。
・寺田くん
寺生まれで非常に強い霊力を持つ。
突然、想い人から電話で自宅にお呼ばれしてウキウキしていた所、人間の皮を剥いで着込むことでその人間になり代わる怪異と遭遇し、熾烈な戦いの果て勝利した。家には入れてもらえなかった。
・???
かつて違法な人身売買を行なっていた病院で働いていた医者が美容整形にハマり、やがて美に取り憑かれ他者から自分への生体移植を行い感染症で死亡したが、他者の美を羨む気持ちは消えずその場に残り続けたもの。
病院が潰れた後も残り続けたソレは、来訪者の身体を奪うことで外に出ることに成功。
そして、暴走した欲はマーキングしていた来訪者達の中からより美しいものを求めて……。
うまく奪えなかった対象を尾け回していた所、より美しい存在を見つけたので狙いを変えた。