「先輩さぁ、髪の毛切りたくない?」
前髪が目にかかってきているので、指先で邪魔だなぁと弄っているとツインテールを揺らした後輩がそんなことを言ってきた。
「私がこの前行った美容院、紹介キャンペーンやってるから行こうよ」
と、僕の腕を引っ張るので、まぁ髪の毛切りたいなって思ったところだったし、別にいいか……とついていく。
後輩の案内する美容院の中に入ると、客は僕以外にはいなかった。後輩は待ち合い椅子にどかりと座り、僕は美容師さんに案内されるがままカット用の椅子に座る。
「今日はどんな髪型にします?」
にこやかにそう言った美容師さんはとても綺麗な長い髪を綺麗にまとめていて、男の人なのに珍しなぁと思わず目を奪われた。
「いい髪だ……まるで神に愛されているかの如く……カミだけに……」
それはさておき、うっとりとした顔で僕の髪の毛に触れる美容師さんが要望を聞いてくるので、適当に肩くらいでカットして欲しいと頼む。
「パーマ入れようよ」
「そんな髪が痛むようなことできるかッ!」
口を挟んできた後輩が美容師さんに怒られる。どうやらこだわりが強い職人タイプのようだ。あの後輩ですら、あまりの剣幕にそのまま黙ってしまった。
次の日
綺麗になった髪型で学校に行くと、みんなに褒められた。友人にどこで切ったのか聞かれたので、場所を答えるとそんなところに美容院はないと返された。場所を間違えて覚えてしまったのだろうか。あとで確認しよう。
次の日
髪の毛が腰まで伸びてきた。櫛でとくと綺麗に纏まったので、とりあえずそのまま学校に行く。
みんなから褒められた。うっとりとした顔で僕の髪を皆が触りたがる。友人が守ってくれて、なんとか髪の毛を守ることができた。
でも長すぎるので、またあそこで切ろうかなと思う。
帰り道、後輩に出会ったら二度見されたが「似合ってるからいっか!」と笑顔を見せられる。
長い髪も似合うかぁ……このまま伸ばしておくのも、アリかもしれない。
次の日
髪の毛が首に絡まって夜は眠れなかった。
伸びすぎた弊害かなぁ。なんとか解いて立ち上がると、足よりも長い。そろそろ切りに行かないと。
とりあえず前髪をぱっつんに切って、後ろはゴムで纏めておいた。
学校に行くと、これはこれでみんなに褒められていい気分になった。友人なんて、僕の髪の毛に埋まって溺れている。
帰り道、後輩に会った。
腕を組み、何かを考えている。美容院に誘うと、怪訝な顔をしながらついてきた。今日は定休日だった。
次の日
ベッドから出れなかった。首に、手首に、足首に、お腹に、髪の毛が絡み付いて、僕を締め付けている。
髪の毛が、伸びた弊害かなぁ。
「早く切りに来ないからだよ」
窓の外から、美容師さんがそう言った。
「今日行きます」
と答えると、髪の毛が綺麗に解けていった。
母親の簪を持っていたので、それで髪の毛をまとめる。うん、いい感じだ。簪で纏めた髪を見ていると、なんだか懐かしい気持ちにもなった。髪の毛を伸ばしたままにしておくのも、いいかもしれないなぁ。
学校に行くと、みんなに「早く切りに行った方がいいよ」と言われる。友人は「私は長いのもええと思うで。私も伸ばそうかな。でもな、私ってちょっと癖っ毛やねん。これ以上長くすると手入れが大変かもしれん。でも、長い髪にはそれだけの価値があるかもしれへんな」と言ってくれた。
帰り道、後輩が僕の首とかのアザを見てギョッとした。どうしたのかと聞かれたので、寝ている間のことを説明すると、怒った顔をして僕の髪の毛を引っ張ってきた。
その際に簪が地面に落ちたので、拾う。少し悲しい気持ちになって顔を上げると、後輩が立っていたところに髪の毛の塊があった。
僕の髪の毛は肩くらいに戻っていた。
おや、抜けてしまった。僕は何かを忘れてしまったような気がする。手に持った簪は大切なものだ。大事に手に抱えて、僕は家路を急いだ。
終
・先輩
夜寝ていると、ベッドの下から「どうして来ないんだ」と美容師さんの声がした。驚いて簪を握っていたらいつの間にか気配が無くなっていたのでそのまま寝落ちした。
・後輩
髪の毛の塊との戦いは熾烈を極めた。細く長くて強靭に絡み合う髪の毛相手に有効打を決めることができず、やむ無く帰宅。
その後、くねくねしたフィギュアに絡ませてくねくねした隙をついて塊から脱出、その後同じアパートのハゲおじさんに贈呈した。
次の日からおじさんはふさふさサラサラヘアーになって、彼から感謝される。
・寺田くん
寺生まれで非常に強い霊力を持つ。
いきなり髪の毛が伸びた想い人を不審に思うが、とても似合っていたし、毎日変わる髪型と満更でもない彼女の様子に油断していた。
しかし明らかに怪異の仕業だと看破し、夜想い人の家の外で見張っていると不穏な気配を感知。
遠距離から攻撃した結果、外に飛び出してきた髪の毛を喰らう怪異と熾烈な戦いを繰り広げ勝利する。
その時の霊力の高まりは、もう彼女の長い髪を見れないかもしれないという悲しみによるものかもしれない……。
・髪の毛を喰らう怪異
美しい髪の毛を奪い育て、ある程度育つと身に取り込む。奪われた人間の髪の毛は、二度と健康な髪には戻れず、痩せ衰え朽ちた姿を晒すことになる。
育て主を失った髪の毛は、それを強く望む人間が近くにいたのでその者の頭部に住むことにした。宿主が喜んでいるので気分が良い。ツインテールのガキは乱暴なのであまり好きじゃない。
・頭皮が寂しかったおじさん
最近ふさふさになった。
・簪
強力な霊術が込められている。
いつバトル展開になっても大丈夫。ツインテールのガキが手にした瞬間、霊力で内側から肉体を破壊する罠が仕込まれており、すでに3回起動している。