「よっ」
フランクに挨拶をしてきたのは、僕だった。いや、元・僕の体というか。
コンビニに行く途中、道路の防護柵にもたれていた人に話しかけられたかと思えば僕だったというこの体験に、僕は頭が真っ白になってしまった。
「久しぶりだねぇ」
本当に懐かしそうに言いながら彼は近づいて来て横に並ぶ。あの頃の僕よりもずっと身長は伸びていて、顔つきもどこか大人びてきた。
本来は僕がそうなるはずだった体が、僕の目の前で動いている。
「ど、どうして?」
「どうして突然現れたかって? そんなのあのガキがいないからに決まってるだろ」
多分後輩のことだ。
彼女はまだ闇犬の住む世界から帰って来ていない。
「もし居たら、こういう時に絶対出てくるから。会いたくないしアイツ。怖いよほんとアレ」
もはや後輩の方がそういう怪異みたいな扱いをされている。
「元気にやってるみたいだね、どう? 身体の調子は」
「どうって……返してよ、僕の体を」
「それは無理だな」
肩をすくめ、彼は言った。
芝居がかった動きに慣れていて、きっとこうやって人間に擬態しているんだなぁと思ってしまう。
「せっかく外に出れたし、今更あんなとこに帰るつもりはないよ。僕を封じる祠もないし、帰る理由もない」
ゴソゴソと、彼は背負っていた鞄から何かを取り出して渡してくる。紫芋タルトと、サーターアンダギーだった。
「この前沖縄行ってきたんだ。良かったよ。やっぱ海が澄んでるといいねぇ。村には海ないし。アイツいない時に今度行く?」
「……行かない」
「つれないなぁ」
人の体で観光地を堪能してる……。僕はジトっと睨みつける。
「そんなに怒らないでよ、あれか? その身体のことか? 性別の件は仕方ないだろ? 元々人間なんて確率は二分の一なんだ」
いや、体返して欲しいって話なんだけど。
「まぁいいや、久しぶりに顔見れたし。あんまりゆっくりしてると『あの女』にも嗅ぎつけられるし、今日のところはこれでバイビーだね」
一人で好きなだけ喋って、また僕の前から去るのだと言う。背中を見せてどこかへ歩いて行く彼に、僕は聞いた。
「一体何がしたいの!?」
わずかに振り返り、彼は言う。
「? 人間は、娘に会いにくるのに理由なんて必要なのか?」
*
「久しぶりね」
夕方。
インターホンが鳴ったので玄関に行き扉を開く、扉の向こうには母親が立っていた。開いた扉をこんこんと叩いて母親は言う。
「来客に対して不用心に扉を開け放つな。誰が来たのか、きちんと確認してから開けたのか?」
「……ごめんなさい」
いつも通りの、少し怒ったようなつり上がった眉をさらにつり上げて母親は続ける。
「……貴方も女なのだから、そういう警戒心は常日頃から意識しなさい」
「……うん」
なんとも答えにくい。
でも、心配をしてくれているのは伝わって来て、じわりと胸が暖かくなる。父親からは昔から不器用な人だったとよく聞かされていた。
離れて暮らして、その事をよく理解できてきたように思う。
「どうしたの? 今日は」
家の中に招き入れ、掃除が行き届いているか鋭く視線を光らせる母親を席に座らせる。お茶を出して僕が聞くと、母親はわずかに目をそらした。
「この辺りに用事があったんだ。せっかく近くに来たのだから、無事か確認しにきた」
ぶっきらぼうにそう言って、視線は合わせないままだ。昔はもっと、心の距離は近かったように思う。でも、喧嘩……にもなってなかった気はするが、いつの間にかどこかぎこちない関係になってしまった。
「簪はどうしている?」
母親に渡された簪は、いつも大事にしまってある。たまに、なんだか不安に襲われた時は握って心を落ち着かせるのだが、それを伝えるのは少し気恥ずかしかった。
「きちんと、肌身離さず持ち歩くんだぞ」
……?
そういう、つもりで渡してたのか……?
困惑している僕の顔を見て何かを悟った母親は考え込んだ。一度頷き、口を開く。
「……これからは出来る限り、そうしろ」
そこからは少し沈黙があった。
「お父さんは、元気にしてるの?」
なんとなく気まずくて、そんな質問をしてみる。するとなんでもないことのように、母親は答えた。
「している、と思うが、最近は二人ともバラバラに全国を飛び回っていてな。あまり会っていないんだ」
少し胸がどきりとした。仲、悪くなっちゃったのかな? 不安になって、拳をぎゅっと握ってしまう。
「いや、お父さんとお母さんの仲が悪くなったとか、そんなのではないからな? 互いに忙しいだけだ……」
慌てたように言う母親の姿を見ていたら、その不安は杞憂だったのだと思えた。安心して、そういえば今日はいつまでここにいるのだろう? と気になったので、もし良かったらここでご飯でも食べていかないか? と聞くことにした。
「お母さん、今日はいつま───「先輩やっほー! どっか遊びに行……あれっ? 先輩ママじゃん。お久しぶりっス〜ちょりーっす!」
終
・先輩
母親が怒って帰っちゃったので、後輩に少し怒っている。霊視能力がある程度の人間。
・後輩
闇犬の餌に何をあげるか悩んでいる。実は普通の人間。
・寺田くん
寺生まれで非常に強い霊力を持つ。
自分の寺で霊能者を招いた緊急会合があった。そこに来ていた有名な霊能力者と想い人が少し似ていてドキッとした。想い人には姉が居るとは聞いていないので、今度聞いてみることにした。
・先輩母
現在は旦那と二手に分かれて全国を飛び回って息子の体を追っている。
強力な除霊師で、仕留め損なったのは人間のツインテールのクソガキくらい。対魔に特化しているため、娘(息子)の体を取り返す方法が自分には思い付かず、各地で除霊をしながら霊能者の協力を仰いでいる。
娘(息子)の近くで、住んでいた村で管理していた祠の怪異の気配が感知された為、近隣の霊能者を集めて会合を開き情報を集めていた。
しかしたどり着いて包囲網を張る頃には手遅れで取り逃がしてしまう。
・祠の怪異
先輩母から逃げながら日本全国旅行をしている。
元・先輩の肉体は生まれ持った霊媒能力が非常に高かった。そのため非常に身体が馴染み、気に入っているっていうか、もはや自らの意思で出れない。これは祠の怪異しか知らない。
肉体を一方的に乗っ取る術は乗っ取り先の霊媒能力が高いが故に容易ではなく、怪異手ずから元の肉体に遜色の無い『代わり』を用意する必要があった。
ツインテールのガキはよくわかんない存在すぎて嫌い。気持ち悪いなって思ってる。
・現・先輩ボディ
実は後輩ちゃんと元・先輩ボディの遺伝子をこうなんか混ぜ混ぜして出来た肉体。元の肉体よりはだいぶ普通の人間で、その点はむしろ感謝して欲しいと製作者は思ってる。
でもこれは祠の怪異しか知らない。