後輩がとんでもないものを連れてきた。
一目見ただけで背中が怖気立つ。ぷるぷると震える手で、母親がくれた簪を構えるが、『ソレ』はニヤリと笑って簪に触れた。
すると、簪は一瞬で真っ黒のグズグズになって崩れ落ちてしまった。あわわ、と僕は後退る。
後輩の背中に取り憑いたソレは、真っ黒な影だった。目と口にだけポッカリと黒よりも深い闇が空いている。
「あれー? 先輩の簪壊れちゃったじゃん」
後輩は普通の顔をしていた。なんでだろう。
次の日
後輩の背中にはまだ取り憑いていた。一体どこから拾ってきたのだろう。僕は意を決して聞いてみた。
「最近、何か壊したり、した? こう……神様とか怒りそうな感じのもの」
「え? なんかしたっけな?」
本気で覚えていない顔だ。
『コイツは霊脈の要石を壊したのだ……』
黒い影が教えてくれた。喋れるんだ。
『なぜそんな事をしたのか、聞いてくれ』
「え? わかりました」
「誰と喋ってんの?」
後輩にはこの黒い影は見えていないらしい。
「なんか、要石っての壊したらしいけど、なんで?」
「? そんなことしたかな? 覚えてない」
『二日前だぞ?』
「二日前らしいけど」
「しらね」
「これ多分ほんとに覚えてないので、本人はなんの気持ちも込めてないと思います」
黒い影は何事かを考えた。そして一度頷き、意を決したように言う。
『コイツは祟り殺す』
次の日
後輩は元気だった。背中に取り憑くのをやめて普通に歩いている黒い影さんが、僕に近付いて来た。
『なんか衰弱すらしないんだけど』
なぜでしょうね。
僕も昔から不思議だった。
村にある祠を壊した時も、僕の体を奪ったやつに崖から叩き落とされたのに普通に帰って来たのだ。
『やり方を変えるか……』
次の日
ひょい、と。工事現場の上から降って来た鉄骨を後輩は見もせずに避けた。ガシャャァァン! と凄まじい轟音が辺りに響き、僕は唖然とする。
「あぶね。でさぁ、一周回って今はタピオカ飲みたいんだよね。帰りに買いに行こうよ」
後輩はチラと鉄骨を見て、集まる群衆をめんどくさそうに避けながらそう言った。黒い影さんは、腕を組んで首を傾げている。
次の日
トラックが突っ込んできた。わぁ、と思って身を縮こまらせてしまう。気付いたときには、後輩の姿は横になかった。
サッと血の気が引いて、僕は振り返る。
「あぶねー。しんぢゃうしんぢゃう」
後輩はパンパンと服の埃を払いながら普通に歩いて来た。身体中に擦り傷のようなものがある辺り、巻き込まれたのだとは思うが、割と軽傷である。
「トラック大丈夫なの?」
「なんか大丈夫だった! あぶねー」
次の日
通り魔が後輩に襲いかかった。
ぶすりと腹を刺され、後輩は崩れ落ちる。僕の悲鳴が周囲に響き渡った。後輩は立ち上がり、通り魔を殴った。
「あぶねー。週刊少年ジャンプを腹に入れてなかったら死んでたねこれ」
腹に入っていたのは週刊少年マガジンだった。
次の日
「あぶねー」
ショッピングモールで後輩のトイレを待っていると、トイレが爆発したが中から煤まみれの後輩が出てきた。
流石に重傷だが、命に別状はないらしい。
後で聞いたが、誰かが爆弾で誰かを殺そうとしたらしい。後輩はその巻き添えを食ったのだ。
次の日
「私、最近なんか呪われてる気がするんだよね」
ということで、お祓いに有名な寺に来た。
四方に襖がある和室に後輩は閉じ込められる。僕は別室に連れて行かれた。その寺の和尚さんはドン引きした顔でこう言った。
「一体、どんな生き方をすればああにもなるのだ」
後輩はなんかめちゃくちゃ呪われてるらしい。
黒い影さんがニョキっと出てきて、それに気付いた和尚さんはぶっ倒れた。お祓いはできなかった。どれから祓えばいいかわからないらしい。
そういえば、と僕はとあることを思い出した。母親の簪を後輩が勝手に触ると、彼女の身体は内側から発光するのだが、そのあと後輩は決まって「身体が軽くなった」と言うのだ。
母親は有名な除霊師さんなのだが、もしかして後輩に憑いた悪いものを祓ってくれているのかもしれない。いつもは怒ってるし嫌ってそうだったけど、なんやかんやで優しいなって僕は心が暖かくなった。
次の日
ついに黒い影さんは後輩に直接姿を見せていた。河川敷で、二人(?)は向かい合う。
「お前か、最近……私に不運を運んでいたのは」
後輩が凄む。とてつもなく怒っていた。どうやら、流石に何回も死にかけた日々に思うところがあったらしい。
「四日前に食っていたメロンパンがトンビにさらわれたのも……!」
『それは違うやつだ』
「三日前なんか、四階の階段から一階まで落ちた……!」
『それも違うやつだ』
「一昨日なんて、トイレが爆発した!」
『それも知らない』
あれは違うんだ。
僕も驚いた。
「昨日行った寺に置いてあった数珠とかなんかよくわかんない金色のものとか仏像とかがひび割れて砕け散ったり!」
『関係ないとは言わないけど、むしろお前のせいだぞ』
ゴキリ、と。
後輩は拳を鳴らした。
「お前は、私を怒らせた……!」
『……怒らせたのは、お前だ』
そして天は鳴き、大地は震えた。
圧倒的に大きい力の奔流が後輩を襲う。川は荒れ狂い、空へ昇る。河川敷の土はめくれ上がり、まるで大きな怪物のような口を大きく開いた。
「オァァァァァァァア!!!」
後輩のつんざく悲鳴が辺りに響いた。
終
・先輩
まるでコインランドリーの洗濯物を見ているかの様だった。と、のちに語る。
・後輩
なんかよく分かんないけど憑き物が取れた様に身体が軽くなったからラッキー。
・寺田くん
寺生まれで非常に強い霊力を持つ。
儀式の際、荒れ狂う霊脈に意識を飲まれかけたが、心の支えとなっている想い人の言葉を思い出し無事に現世へ舞い戻った。
・要石
とある地方の、複数の霊脈を押さえ込み流れを整える要石が破壊された事で霊能界は騒然とした。
近隣の霊能者だけでなく全国から集められた霊能者達で協力し、新たなる要石を納める事は急がれたが、間に合わず天変地異は起きてしまった。
しかし小規模で周囲への被害は小さかったが故に、そのまま儀式を敢行。新たな要石によって鎮めることに成功した。
のちに要石は霊脈を押さえていたのではなく、霊脈を利用して『ナニカ』を抑え込んでいたのだと判明するが、それが一体如何なる存在なのかはいまだに判明していない。