「最近、口裂け女が出るらしいよ」
バイト中、暇になった時間にバイト先の店長がそんな話をふってきた。同僚の女の子が「口裂け女ってなんですかぁ?」と甘ったるい声で聞くと、店長は目を見開き頭を抱えた。
「うわー、そうか……今の子は分からないんだ!
昔は都市伝説といえば! ってくらい有名だったんだよ!」
「都市伝説〜?」
僕はなんとなく知っているし、今でも口裂け女はメジャーな方だとは思うけど……。同僚ちゃんが、そういう方向にアンテナ張ってないだけじゃないかな。
そう思ったものの口には出さない。
店長が、口裂け女がいかなる怪異かを同僚ちゃんに説明しているのを横で聞きながら皿を洗う。
しかしなぜ、急に口裂け女なのだろうか。
「え〜? それで、その口裂け女が出るって、どういうことなんですかぁ?」
同じ疑問を同僚ちゃんも感じたらしく、素直にそう聞いた。僕も気になったので、手を止めて店長の方を見た。
すると店長は神妙な顔で「実はね」と指を立てて、少し勿体ぶってから続ける。
「これは友達の奥さんが聞いた話なんだけど、最近になって口裂け女に口を切り裂かれたとか、殺されちゃった人がいるらしいんだよ」
「そんなの大事件じゃないですかぁ〜」
アハハ。と口に手を当てて笑う同僚ちゃん。
しかも店長の友達の奥さんが聞いた話という、絶妙に遠い……。このインターネット情報社会で、口伝の都市伝説が流行るのは面白くはあるけれど。
「では、僕はここで失礼します」
あまり遅くならない程度にバイトを終えて帰路につく。その道中に、口裂け女の都市伝説のことを思い出しながら、スマホで詳しく調べてみた。
まず
夜道を歩いているとトレンチコートを着込んだ髪の長い女性が大きなマスクで口元を隠し、こう聞いてくるのだ。
「私、キレイ?」と。
その問いに対して「どちらでもない」とか「キレイではない」と答えてしまった場合、その女が持っていた刃物で切り殺されてしまう。
凶器は主にハサミだったり、包丁だったりするらしい。
そして、もし「キレイ」と答えてしまうと……「これでも?」とマスクをとって、その下の耳元まで裂けた大きな口を開いた女の顔を見せられる。
ここで「どちらでもない」とか「キレイではない」とか、恐怖に答えられなかったり、「怖い」や「化け物」などとマイナスな言葉を使うとやっぱり刃物で切り殺されてしまう。
しかしマスクの下を見せられてもなお「キレイ」と答えた場合は、口裂け女と同じくらい自分の口を切り裂かれてしまうのだとか。
これが、口裂け女の怪異としてメジャーな設定だ。あとは100mを3〜6秒くらいで走るくらい足が速いとか、ポマードと唱えると追い払えるとか、べっこう飴をあげると食べるのに夢中になってその間に逃げられるとか。
ふむふむ。と、家に帰ってからもなんとなく口裂け女について調べていると、スマホが震えた。画面を見ると、後輩から電話がかかってきている。
「もしもし」
『あ、もしもーし。先輩? 夜道が暗くて怖いから電話しちゃった!』
そういう感性はちゃんと育ってるんだ。失礼ながら後輩に対してそう思った。
『ほら、私可愛いし、変態に襲われちゃったら大変でしょ?』
思うところはあるけれど、確かに後輩もうら若き乙女なのは間違いないわけで。「そうだね」と答えておく。
「あ、でも最近『口裂け女』出るらしいから気をつけて」
『鮭はらみ?』
「なんでもない」
そんなに滑舌悪いかな僕。
それとも後輩がお腹空いてるだけ?
『ん? なに? あ、先輩待ってなんか話しかけてくるやついる』
「え?」
一瞬、後輩が電話を耳元から離したのか声が遠くなる。そして数秒後に後輩の声がまた近づいた。
『なんか、私キレイ? とかほざいてくんだけど』
「!? それ、だめだよ!」
『先輩ちょ、待って……めっちゃ聞いてくる……ちっ、うっせーな……はいはい、キレイだって』
またスマホを離したのか、声が遠くなる。どうしよう。僕は少し困った。口裂け女じゃないか? さっきまで調べていたからこそ、そうとしか思えなくなっていた。
後輩の声が電話に乗る。
『うわ、めっちゃ口デカいじゃん』
キャハハッ。といつもの後輩の笑い声が聞こえた気がした。そして一瞬の間が空き───『オァァァァァァァア!』と後輩のつんざく悲鳴が僕の耳を貫いた。
「大丈夫!? ああっ!」
ブツっ、と。通話が切れた。
なんということだろう。僕があわあわとしていたら数分後、後輩から電話がかかってきた。
『ハァ……ハァ……ッ! ……ッ! せ、先輩……っ今日、CoCo壱でカレー食べたくない?』
元気そうだった。
後輩がCoCo壱に来いと言うので、家を出て向かうことにした。自宅を出て数分。何やら気配を感じて振り返る。
そこには、長い髪を乱して所々破れたトレンチコートを着た女が立っていた。顔の半分を隠す大きなマスクの下から、こんな声が聞こえてくる。
「私、キレイ?」
終
・先輩
口数が少なく表情も乏しいが、基本的に温厚で人受けも良いというか見た目が良いのでバイト面接は即決で決まった。
トレンチコートを着た怪しい女を見てビビり散らし、半泣きで知り合いに電話をかけた。
辛いものは苦手。
・後輩
暗くなるまで遊び歩き、気まぐれで先輩に電話をかけて歩いていたら突然変な奴に話しかけられたのでムカついて適当に返事をしていたら出刃包丁で襲い掛かられて応戦。
死闘の末に「先輩の方が美人だし」と言ったらどっか行ったのでCoCo壱に向かった。トンカツカレーにささみカツとナスをトッピングする。一辛。
・寺田くん
寺生まれで非常に強い霊力を持つ。
想い人から震える声で電話が来たため現場に急行、想い人を庇いながらという不利な状況の中ではあったが、口裂け女と熾烈な戦いの果て勝利した。
お礼にカレーを奢ってもらったが、ツインテールのガキのカレーを奢らされる。