「これは中学の時の友達が高校の友達に聞いた話なんやけどさ」
授業合間の休み時間、友達が一生懸命眉を寄せながら怖い声を演出してそう言った。僕は一度頷き、続きを促す。
「昔、とある商船が沈没してんけど……その何年も後にサルベージの計画が立てられました」
はい。
僕はまた頷いた。
「引き揚げられた船には昔の金貨やら、当時交易されていたものとか……色々見つかりました。その中にね、こんくらいの」
こんくらいの。と言って、彼女は両手で円を描いた。それは片手に収まるか収まらないかというサイズ感。
「木箱が見つかってんて。ずっと海の底にあったにしては、奇跡的にすごく綺麗に残ってたらしいんやけど、まぁそれがなんやかんやで大陸の方で流れに流れて───日本に流れ着いたんやけど」
すごい端折ったな。
僕はこれがなんのジャンルの話なのか分からないまま静かに聴く。最初の、懸命に神妙な顔を作っていた感じから怖い話系だと当たりをつけてはいるのだけど。
「実はね、大陸でその木箱は持ってるだけで不幸を呼ぶ……いや、血を呼ぶって言われるくらい、持ち主が死ぬらしいねん。で、死んでまた他の人の手に渡って……まぁ日本の古物商の手元に来てんな」
うん。
怖い話をするにしては、友人のトークスキルがあまりにもそれと乖離している。
「なんとまぁそんな曰く付きの代物を偶然見かけた人が、あまりにも魅力的に見えてしもて……その人はただの普通の人やねんけど、買ってしもたん」
ピッと、彼女はそこで指を立てた。
「そんでな? 数日はなんともなかったんて、でもどんどん顔色が悪くなって……一週間もしたら、まるで干物みたいに干上がっててん」
「……その、木箱を買った人が?」
「そう!」
「そうなんだ……怖いね……」僕はわずかに眉を寄せてそう言った。
「やろ?」と、彼女は満面の笑み。
「でな、死んだその人の家をどんだけ探してその木箱が見つからへんの。で、友達の友達の話に戻るんやけど、友達の友達の知り合いが木箱を手に入れてしもて、それを友達の友達に紹介してきたんやて。そん時にさっきまで私が説明してた『曰く』を説明されたらしいんやけど、まぁそんなん普通信じひんやん? やから友達の友達も最初は眉唾もんやー! 言うて信じひんかったらしいんやけど、なんかその知り合いが会うたびにやつれていくから、これほんまなんかな? ってなったらしくて、やばいからその木箱手放した方がええでって言っても全然聞かへんらしい。なんか、すごい魅了されてるねんて。これおかしいやろ思って周りに相談したりしてんけど、結局誰もその人から木箱奪えんかったらしくて、もう数日もしたら───」
そして彼女は一度瞠目し、目を開く。
「死んでん」
「そっか……」
僕は彼女のトークに圧倒されていた。
まぁそれはいつも通りなのだが、彼女が楽しそうなので僕はそれで良いと思っている。
「でな」
あ、続くんだ。
あの後、結局木箱は友達の友達の手に渡ったらしく、それを手放すよう友達が説得しても聞く耳を持たないらしい。
そこで話は終わっていた。
もしその話が本当なら、話に出てきた友達の友達はしばらくしたら死んでしまうことになる。ん? 元々は友達が友達に聞いた話とか言ってなかったっけ? いや、木箱を持った本人からその話を聞いたって話だったのでは? あ、つまり危険性をよくわかった友達の友達も木箱を手放せなくなったってオチか……?
今日された話を思い出しながら、用事があったので後輩の部屋を訪れる。「入って〜」と言われたので中に入ると、ベッドで転がる後輩がまず目に入り、次にローテーブルの上に置かれた古臭い木製の小さな箱に視線が行く。
「ん?」
先程まで昼間の話を思い出していたのもあって、まず例の木箱のことを連想してしまった。しかし、さすがにそれを後輩が持っているはずがない。
とはいえ何やら気になって仕方がなくなってしまい、思わずその木箱を手に取った。ずしりと来る重みがあり、中に何かが……。
「ああ、それ? なんか友達の友達のお姉ちゃんが死にかけたらしくて、そん時に持ってた物なんだって」
死にかけた。じゃあ昼間の話とは違う箱なのかな?
「いやー、でもなんかヤバかったらしいんだよね。その箱を引き剥がそうとしたら、すげえ暴れたんだって。ガリガリで痩せ細ってたらしいのに、すごい力だったらしい」
痩せ細る……あの話の木箱は干物みたいに干上がって死ぬとかそんな話だったけど、じゃあやっぱりこれはその木箱かな。
僕がうむむ、と木箱を眺めて悩んでいると、後輩はケラケラと笑った。
「で、みんな持ってるのが怖いらしくてビクビクしてたから、私が貰ってきちゃった」
「な、なんで?」
「売ってもいいって言ってたから、売れるかなって」
「そ、そう……」
相変わらず怖いもの知らずである。
とりあえず、なんだか怖いのでテーブルの上に戻す。その後用事を済ませている間も、何やら視界にチラチラと入って気にはなったがなるべく触れないように後輩の部屋を出た。
次の日
なんだかどうしても気になってしまい、後輩の部屋に行くと例の木箱は綺麗さっぱり無くなってしまっていた。
「あの、あれ、木箱……どうしたの?」
もう売ってしまったのだろうか? と、恐る恐る聞いてみる。すると後輩は「んぁー?」とどうでもよさそうな返事と共にゴミ箱を指差した。
言われるがまま、ゴミ箱を覗くと、粉々に砕け散った木の破片が。
「え? 壊したの?」
「寝てたらなんか出てきそうでキモかったから、叩き壊しちゃった」
キャハハ。と後輩は笑う。
なんか、出てきた……。「そっか」と答えて、なんだか少し残念な気持ちになりながら後輩の部屋を出た。
次の日
僕の部屋にハムスターがいた。
それはもうとても可愛くて、すぐにハムスター用のケージを買いに行こうとしたのだけど、なんだか箱の形をしたものの方が落ち着くらしいのでタッパーの中に後輩の部屋から貰ってきた木箱の屑を入れてみた。
するとすごく喜んでいる。後輩からは「そんなゴミ持って行ってどうするの?」と怪訝な顔で聞かれたけど、適当に答えておいた。
学校に行っても、授業中も休み時間も頭の中はずっとハムスターの事しかないくらい可愛かった。何を食べるのかな? 帰りに何か買って帰ろうか。何が良いんだろう……。
僕の血が美味しいみたい。
次の日
血が好きらしいので、鳥肝をスーパーで買ってきて食べさせてみた。あんまり食べない。好きじゃないんだって。しょうがないかぁ。僕は腕を差し出した。
次の日
後輩が怖い顔で僕の家に来た。
ハムスターが怖がっている。「おら! どこだ出てこい!」と後輩が暴れる。やめて! 怖がってるでしょ!
次の日
後輩がまた家に来た。「先輩どいて! そいつ殺せないでしょ!」と僕のハムスターを叩き潰そうとするので、必死に体にしがみついて止める。「やめて! その子は何も悪いことしてないのに!」と訴えるが「……やっばぁ。早よころそ」と聞く耳を持ってくれない。
どうしてこんな可愛い子を殺そうとできるの?
僕には分からないよ!
終
・先輩
タッパーと木屑は後日お焚き上げした。バーベキューではとうもろこしを焼きたい。
・後輩
毛がなくて手足が長い齧歯類みたいなゲテモノを「ハムスター」と呼んで頬擦りする先輩に戦慄した。
五発くらい床と拳でサンドウィッチしたが、まだ生きていたので鉄串を刺して近所の人が庭でやってるバーベキューグリルに突っ込んだら怒って巨大化したハムスターと殴り合いに発展した。
・塚本ちゃん
高校に入学してすぐ、ミステリアスな雰囲気に興味が湧き話しかけた相手と友人になった。その友人はぼんやりとしていて隙が大きいところがあるので、私が守ったらなあかんと思っている。
友人が貧血気味だったので、鉄分サプリをプレゼントした。
・寺田くん
寺生まれで非常に強い霊力を持つ。
明らかにやつれて顔色の悪い想い人の様子が気になり、家を訪ねると大切なものを奪われたと号泣する想い人を発見。
彼女に案内された先で人の血を吸う怪異に遭遇し熾烈な戦いの果て勝利した。
その後正気に戻った想い人と一緒にバーベキューに参加した。
・近所の人
昔からの友達とその家族の大勢でよくバーベキューをしている。最近越してきた中学生とも仲良くできる懐の深さがあり、その中学生が持ってきた謎生物を一緒に楽しく燃やした。
・ハムスター
人の血を吸い、永遠の命を生きる。他者の庇護欲を増幅させ、その矛先を自分に向けることができる。
火で炙られた時は流石にムカついて周囲の人間全てから血を奪い巨大化した。ハムスターではない。