「人面魚?」
ある日、後輩がどうしても一緒に遊びに行こうというのでついて行くと、知らない人の車に乗せられてどこかに連れ出されている。
どこへ? と聞くと後輩は「人面魚出たらしくてさぁ」と答えてきたので、冒頭の僕のセリフである。
「これがあの先輩ちゃん? やっぱめっちゃかわいーじゃん」
助手席に座るチャラ男さんは見たことがある気がする。でもなんか派手なのでなるべく目を合わせないようにした。
助手席から身を乗り出して後ろを見てくるのはやめて欲しい。
「この人らがなんか人面魚探しに行くって言うからさぁ、混ぜてよってわけ」
「……? よ、良かったんですか?」
後輩のことだ、強引にことを進めたに違いない。その証拠に、チャラ男さんはともかく運転してる男の人は苦笑いだった。
「いや、いいよいいよ。男だけだとむさ苦しかったしね」
「そうそう、やっぱ華があるよ。ところで連絡先教えてよ」
チャラ男さんのことを無視して僕は答えた。
「なんだか、すいません……」
しばらくして、僕達は湖に着いた。
綺麗な景色だなぁ、と僕がぼんやりしていると、僕以外の三人は釣竿や虫取り網みたいなものを構えて円陣を組んでいた。「ファイ、オーッ!」
そんな気合い入れて臨んでいたんだ……。僕は少し引いた。
数時間後、あたりが僅かに暗くなってきたが人面魚は一向に見つからなかった。釣った魚を焼いて食べたり(種類はわからない)、持ってきたオヤツを食べたりしていたが、流石にみんな集中力と忍耐が切れてきた。というか飽きた。
「帰る〜?」
そんな空気になってみんながのんびりと道具等を片付けはじめた時、人面魚探しすら何もせずぼんやりとしていた僕が湖面を眺めていると、水中におじさんが泳いでいることに気付く。
おじさん? おじさんとしか言えなかった。「ひょえっ!?」と情けない声を出して尻餅をついてしまう僕、チャラ男さんが即座に僕の側に膝をついて「どしたん?」と聞いてくれるが、僕は驚きのあまり「あ、あそこ、あそこ」と要領を得ない返事しか返せない。
後輩と運転手さんが僕の指さす方を見ている。そこでようやく僕は「おじさん泳いでる!」と口に出せた。
「!? 人面魚だっ!」
後輩の反応は早く、すぐさま湖に飛び込んで網を振るった。「大丈夫、着替えはあるから」チャラ男さんの気遣いは有り難いが、第一声がそれ? という気持ちと、なんで着替え持ってるの? という二つの疑問が湧く。後輩は何の荷物も持っていなかったが。
数分後、水の中から大きな魚を抱えた後輩が戻ってきた。「とったどー!」顔に当たる部分をアイアンクローしながら、天に掲げている。そして地面にぺいと捨てた。
「うわ」
思わずそんな声が出た。
人面魚。まさに名の通りである。さっき僕が見て驚いたおじさんの顔がデカい魚の顔部分にくっついていた。
泳いでいたおじさんに見えたものは、後輩の言う通り人面魚だったわけだ。キモい。
「こ、これが人面魚……」
そう言って、恐る恐る運転手さんは持ってきた大きなクーラーボックスに人面魚を詰めた。湖の水も一緒に入れておく。
運転手さんは、人面魚を車に乗せる準備をしながら説明してくれた。
「実はね、人面魚は未来を教えてくれるらしいんだ」
『明日……一番最初に止まった交差点を左に行け』
みんな腰を抜かしそうになった。
人面魚が掠れた声で急に喋り出したのだ。
「声キッショ」と後輩。
「可愛くねぇ〜」とチャラ男さん。
「交差点を……左……?」と運転手さん。
人面魚は、ジッと運転手さんを見ていた。横から見ていても、その瞳に運転手さんは吸い込まれるように見入っていて、僕はどこか背筋に冷たいものが流れるような感覚があった。
『そうすれば、お前は幸運を掴むことができる』
三日後。
後輩から、運転手さんの話を聞いた。
人面魚を持ち帰った次の日、最初に赤信号で止まった交差点を行き先とは違う方向になるというのに左に曲がったところ……気になっていた人と偶然出くわし、いい感じの雰囲気になったらしい。
更に次の日、今度は家を出る時間を10分早めろと言われて言う通りにしたら、電車の遅延に引っかからずに済んだとか。
そして昨日は、なんと大学の試験問題の出題範囲を教えてくれたらしい。テキストのどこからどこを覚えていけ、みたいな。おかげですごい手応えがあったのだとか。
「なんかさ、人面魚の言う通りにすればなんでもうまく行くんだって」
キャハハ。と笑って後輩は続けた。
「でさ、今日になって急に命令がいっぱい来てるんだって」
どうやら、チャラ男さんにそんな連絡が来たらしい。「人面魚からの予言が増えたんだ」と。そして、続く言葉が「俺はもっと、幸せになれる」らしい。
「なんか、勢いがすごいね……」
チャラ男さんは、友人がそんな状況になって何か心配したりしないの? と聞いたら「男からの話は一分以上、文章三行以上は記憶にあまり残らない」らしい。
一週間後。
後輩にスマホの画面を見せられた。
そこに写っていたのはチャラ男さんとのメッセージ画面で、写真が送り付けられている。
立派な水槽に、人面魚が浮いている。
しかしその顔は、あの運転手さんのものだった。その横でチャラ男さんはピースしている。それどころではないのでは?
「なんかよく分かんないけど、最後は湖に来いって言われてたらしいよ」
「あの人と頻繁に連絡取るのはやめた方がいいよ」と僕。中学生と連絡を取る大学生は良くないと思う。
「今はそういう話ではなくね?」珍しく後輩に真顔でツッコミを入れられた。
二日後。
後輩に呼ばれて彼女の部屋を訪ねると、部屋にデカデカと立派な水槽が飾られていた。その水槽には、運転手さん顔がくっついた人面魚が泳いでいる。
「え……なにこれ」
「起きたらいたんだよね」
苛立った様子の後輩が言うには、チャラ男さんは人面魚の予言をことごとく無視したらしい。いや、というよりは無視する気はないけど結果的に無視したらしい。
例えば、朝一時間早く起きろって言われたのに寝坊したとか。それを二日続けたら、何故か後輩の家に人面魚が居たのだとか。
『明日……学校帰りに駅前のケーキ屋でショートケーキを買え』
「ひぇっ」
しゃがれ声だが、あの運転手さんの声だ。
後輩は少し考え込み、頷いた。
「確かに、ケーキ食べたい気分だ」
次の日、言われた通り彼女はケーキを買って食べていた。すると人面魚は再び口を開く。
『明日……まずは隣の教室に登校しろ』
そういえば、と気になっていたことを聞くことにした。
「今日、言われた通りに行動していい事あったの?」
後輩は「そうそう」と答えた。
「ケーキ買いに行ったらさ、店長さんがクッキー落として割っちゃって。それくれた」
いいこと……か。まぁ、ラッキーだね。
次の日
気になるので後輩の元へ行く。
「今日はどう?」
「ちょうどジュース買いに行くつもりの男子と鉢合わせて、奢ってくれた」
まぁ、いいこと……か。
こういうことが続くと、人面魚の言葉に執着してしまうのだろうか……?
次の日の分は後輩の苦手な授業で小テストがあるから教科書の何ページから何ページを覚えろ、というものだった。
イヤイヤながらも、後輩が言う通りにした結果テストは満点。おかげで低点数の時に課せられる余計な課題が増えず上機嫌であった。
そしてついに、人面魚の予言を聞き始めてから三日目を迎えた。後輩の部屋で、僕は唖然とする。
『家を出てすぐの交差点を左に行け』
『信号が青でも、次にまた青になるまで止まれ』
『学校の周りを一周してから登校しろ』
『上靴は左右逆に履け』
『B棟2階東トイレで用を足せ』
つらつらと人面魚は複数の予言……いや、指示を出してきた。これは、運転手さんの時にもあったらしいものだ。彼は、その時すでに盲目的に人面魚の言うことを聞くようになっていたという。
たった三日でだ。そこには、何か不思議な力が働いていたのかもしれない。
しかし、後輩は眉を顰めて人面魚を睨んでいた。
「えっ……めんど。ダル」
合計して十個程の指示を出して、人面魚は沈黙した。もはや後輩はテレビをつけて、人面魚の方を見てすらいない。興味もなさそうだった。
『家を出てすぐの交差点を───
すると、人面魚は再び同じ言葉を吐き出し始めた。「チッ」と後輩は舌打ちして、水槽の方へ歩き出してぶくぶくと水槽内に空気を送り込んでいるエアポンプの電源を抜く。
「そもそも人の家の電気盗むな」
今更? そう思ったが僕は事態を見守ることしか出来なかった。
次の日、人面魚の顔は険しくなっていた。
『家を出てすぐの交差点を───
前の日よりも、怒っているような声で人面魚は喋り始める。
「ウザっ。指図するな」
しかし後輩は聞く耳を持たなかった。
次の日
人面魚はより険しい顔で後輩のことを睨みつけていた。正面から見た人面魚の顔は、正直恐ろしい。
『家を出てすぐの交差点を───
前の日よりも、もっと怒った声。
後輩を見ると、明らかに不機嫌に眉を寄せていた。
「あぁ? 気色悪い生き物の分際で」
そして後輩は人面魚を鷲掴みにして、窓の外へ投げた。
次の日
人面魚は宙に浮いていた。
僕と後輩は驚きに口を閉じることを忘れてその様子を見ている。何故なら、ここは僕の家だからだ。
「水槽いらないじゃん」
後輩のツッコミを無視して、人面魚は口を開く。
『明日』
後輩が人面魚を殴りつけた。
壁に当たり、床をぴちぴちと跳ねる。汚れるからやめて欲しい。
「捌いてみるか」
後輩は僕の家のキッチンから包丁を取り出して人面魚を三枚おろしにした。流石に食うには気持ちが悪いと言って、近所の野良猫に投げつけて食わせている。
次の日
僕が家を出ると、玄関に猫が三匹いた。首から上に運転手さんの顔をくっ付けて、口を開く。
『『『明日……一番最初の階段を降りてすぐ登り直してから降りろ』』』
振り返ると、家の中に大きな水槽があった。
その中を泳ぐ、人の顔をくっ付けた魚が口を開く。
『明日……一番最初の階段を降りてすぐ登り直してから降りろ』
終
・先輩
しばらく魚が食べられなくなった。
水槽の中に釣ったザリガニを何匹か入れたが、掃除を怠ったせいで異臭を放ち処分に苦労した。
・後輩
回転寿司に先輩を誘うが、断られたので一人で食べに行った。サーモンにハマっている。
・寺田くん
寺生まれで非常に強い霊力を持つ。
最初の階段を登ってから降りればいいのか、降りる階段を探すべきなのか分からないと支離滅裂な相談を想い人からされて困惑する。
その時に彼女にまとわりつく異様な存在に気付き、やがて人と取って代わる怪異と熾烈な戦いを繰り広げることになるが、無事勝利した。
・運転手のひと
ある日を境に人が変わったような気がするが、見た目に何も変化がないので誰もがそれを受け入れた。
・人面魚
話す言葉には、人を幸運に導いたり、不思議な強制力があったりする。
だがそれは相手に聞く気がなければ意味がない。