「え? メイド服?」
後輩が急に家に来て、紙袋から何かを取り出した。その出てきたものを見て思わず口をついて出てきたのがその言葉だった。
メイド服……。という分類でいいと思う。随分と年季が入っていそうな質感で、クラシカルな構造をしている。しかし、とても綺麗な状態だった。
「そ。いやー友達とフリマ行ってたんだけど、そこで売ってたんだよね。もう絶対先輩に似合うと思って」
フリマ。フリーマーケットの略である。そんなところへ行くタイプとは意外だが、それはそれとして……見た感じ、とてもお値段が張りそうな……。
「先輩あげる! だから着てよ!」
「あげるって……。これ、高かったんじゃないの……?」
「めっちゃ安かった! 1000円くらい!」
安いね。ぐいぐいと押し付けられるので手に取る。生地も、古いけどとても良い質の物を使っていることが僕ですらわかる。これが、その値段。逆に怖い。
「なんかその、曰く付きだったり……しない?」
「まっ、大丈夫でしょ! 買ったの三日前だけど、全然何も変な感じないし!」
後輩がそう言うのなら、大丈夫なのだろうか。この子は変な経験だけは豊富である。その太鼓判が信頼できるわけではないが。
それに、このメイド服。とてもよくできている。縫製も僕が普段買うような服とは比べ物にならないくらい綺麗だ。
「すごい……綺麗……」
自分でも驚いた。うっとりとした声でごく自然に口からそんな言葉が漏れたのだ。
「え? 珍しい。先輩めっちゃ気に入ってるじゃん。着てみよーよ!」
「うん」
「えっ」
僕の返答に、煽った側が驚いている。
そっちから言ってきたんじゃんか。などと思ってはいたが、そんな事より早く着てみたい気持ちが勝り、僕はささっと服を脱いでいた。
そして、メイド服に袖を通していく……。
「……すごい、迷いなくちゃんと着てる」
後輩ちゃんが何故か目を丸くさせているが、僕はそんな事よりも鏡に映った自分の姿に思わず言葉を失ってしまった。
綺麗……。
自分のことではない。しかし今は、これのシルエットを崩さず着込める体型で良かったとは思った。
少し身体を捻れば、その動きになぞって風を纏うフリル……。
「……先輩?」
心配そうな声で後輩から呼ばれたので、思わず心の底から湧いてきた笑顔のまま振り向いてしまう。
後輩は、少し困った顔をしていた。僕には似合ってないのだろうか? 少し荷が勝ちすぎているのだろうか?
そう不安になっていると、後輩は少し考え込み「まぁいっか」と、パッと顔を明るくさせた。
「めっちゃ似合ってる! 写真撮ろ! 写真! きゃー! 売れるーッ! あのクソ坊主に売ろ」
似合ってるらしい。良かった。僕は心から安堵した。さて、まずはこの服を洗濯しないとね。少し、埃臭い。やはり、常に綺麗でいてもらわないと、その為には生地を傷めないよう慎重に洗う必要がある。
その日から、学校が終われば僕はすぐにメイド服を着た。そして鏡の前に立ち、うっとりとする。可愛い。綺麗だ。女の子の身体になって、趣味嗜好は特に変わらなかった。俗に言う女の子の感性で可愛いものが好きって気持ちは、終ぞ分からないのだろうとすら思っていた。
でも、今はこの気持ちがそうなんじゃないかと思えてきた。いや、男の子の時でもこの服の魅力には流石に負けるのかな?
この服で、外を歩きたいと、思ってきた。でもまだ、少し気恥ずかしい。
数日後。
学校で昼休みにご飯を食べたあと、友人とおしゃべりをしていた。
「最近変な噂があるん、知ってる?」
「変な噂?」
友人が神妙な顔で語り出した。
「なんかな……えらい可愛いメイドさんが、一人暮らしの爺さんや婆さんの家に入ってきて、世話焼いてくらしいねん」
「世話を……焼いてく?」
「そう。なんか、掃除とか、料理とか、してくらしい。めっちゃ助かるよな」
僕は眉を顰めた。
「え、でも、知らない人が、勝手にやるって事だよね?」
「そう。そうなん」
そうなんだ。僕は、怖いような、怖くないような、いやでも普通に知らない人が勝手に家事をしていくのは怖いかもと複雑な気持ちになった。
「ほんまに、家事をしてくれる以外はないらしいんや。なんか悪い事してくわけでもないらしい。まぁ一説には悪い人がその家の構造とか住んでる人の行動パターンを下調べしてるなんて話もあるけど、それにしては不気味な事にいつの間にか家におって、いつの間にか世話焼かれてるらしいねん。てか、幽霊ちゃうか? って言われてる」
「メイドさんの幽霊……?」
「そう。でもめっちゃ可愛いらしい」
可愛いとか、可愛くないとかは今の話に重要なのだろうか? そう思っているとまるで心を読んだかのように「そりゃ当たり前やんな、可愛い方が警戒心薄れるっちゅうか、可愛くなかったら多分もっと騒がれてると思うねん。話に聞くところ、もう両手の指じゃ足りないくらい世話やかれた人がおるとかなんとか」と捲し立てられた。
数日後。
「覚えてる? この前、めっちゃ勝手に家事やってくメイドさんの幽霊の話したやん」
おはようの次はその話題だった。
なんとなく覚えていたので頷くと、友人はいつも通りの勢いで捲し立てる。
「もうずっと、世話焼いてるらしいねん。ついには独身なら定年前の人でも来るとか。男性女性問わずやで? それやけど、別にまぁみんなそのメイドさんに対して悪いことしようとは思わへんみたいやな。めっちゃ偏見になるけど、男の人のとこに行ったら、もしかしたら乱暴されるかもしれへんやん? でもそんな気は起こらんらしい。いや、せぇへんような人のとこ選んでるんかもしれんけど」
どんどん見境がなくなっているらしい。
僕は流石に少し違和感を覚えてきた。
「そこまでくると、もうほんと何か怪しいよね」
「やんな。でもまぁ被害者(?)になんのデメリットもないから、悪とは断じにくいところはある。てかめっちゃ可愛いって話したやん? その見た目の情報がちょっと流れてきたんや。すごいやろ、私、結構情報集めんのとか得意なんかもしれんな」
ふんっ、と友人は胸を張って続ける。
「まず、肩くらいの黒髪。で、まつ毛長いし目は大きめ。肌めっちゃ白いらしい。唇は薄い桃色でちょっと薄め。体格は小柄」
友人は、そこまで喋って何かに気付いたように言葉を止めた。そして僕を見てくる。少し首を傾げ考え込むが……「流石に違うか?」と呟く。
「何が?」と聞いてみると「なんもないで」と返ってくる。
さらに数日後。
「あのメイドの話、進展があるんやけど、聞く?」
「え? うん」
昼ごはんを食べている時に、ふと思い出したように友人が言った。最近はなんだかとても疲れていて、お腹が満たされるとすぐにウトウトとしてくる。そんなタイミングだった。
「実はな、私の叔父さんのとこにも来てん。もうな……あかんわ」
「あかん、とは……?」
絶望したような顔で、友人は頭を抱えた。ここまで悲観した姿を見るのは、初めてかもしれない。一体何があったのだろうか。
「骨抜きになってしもた。もう、あかん。叔父さんはもうあかんわ。おっさんが若い子に惚れるとか、もうそんな生易しい次元じゃない。信仰かもしれん。いや、心酔やな。お母さんが嘆いてたわ。結婚できへんかもしれん。彼女おらんかったんは幸いかもしれんな。間違いなくフラれる。あれはサキュバスか何かやで。多分、えっちなことしてる」
「してない」
「え?」
終
・先輩
最近すごく疲れている。学校から帰ってメイド服を着るのが日課になっているが、見とれているうちにいつの間にか朝になっていて、いつの間にか料理・洗濯・掃除等の家事スキルが上がっている。
えっちなことはしてない。
・後輩
最近、先輩が構ってくれないので拗ねている。というか様子がおかしいので流石に訝しんでいた。
なので家に忍び込んで見張っていると、メイド服にうつつを抜かす先輩を発見。強引に脱がして近所の人がバーベキューをしていたので、燃やした。
・寺田くん
疲れている様子の想い人に気付く。その後、異常な念の籠った衣服に身を包む彼女を発見し、その呪縛から解き放とうとする。
しかし土日を跨いでお世話されるという熾烈な戦いの果てに敗北した。
・近所の人
近くに住んでるツインテールのガキが持ってきた服を焼いた際に残った灰を、なんとなく近所の桜の木に撒いたら季節外れの綺麗な花が咲いたので花見をした。
・メイド服
実は数十年前に作られたもので、サブカルチャーとして消費されていた「メイドキャラ」のイメージから作られた。
製作者の異常なこだわりから、材質や縫製は徹底してイメージされた年代を擬似再現して作られており、やがてその執着とも言えるこだわりは、いずれ着用する者に対しても向けられるようになった。
そのこだわりとは容姿である。籠められた念は着用者の『全て』を乗っ取り、製作者のイメージする「メイドキャラ」をいずれ再現していただろう。
製作者の生死は不明。