Sillage 作:匿名
雪が降ると、街は少しだけ静かになった。
瓦礫の角が丸くなり、焼けた壁の黒さが隠れる。砕けた窓枠にも、横倒しになった看板にも、同じ白が積もった。
朝になれば踏み荒らされる。
だからリーゼは、雪は夜に見るものだと思っていた。
鏡は半分しかなかった。右上から斜めに割れていて、顔を全部映そうとすると、少し首を傾けなければならない。
リーゼは唇を開いた。
赤い棒を、下唇の真ん中に置く。
そこから端へ。
もう一度、反対へ。
上唇は難しかった。輪郭をなぞろうとすると、いつも少し大きくなる。
母はもっと上手だった。
子供のころ、化粧台の前に座っている母を後ろから眺めるのが好きだった。髪を上げて、粉をはたき、最後に口紅を塗る。それまでは母だった人が、赤を引いた瞬間だけ、知らない女になる。
「貸して」と言ったことがある。
母は笑った。
「まだ早いわ」
「いつならいいの」
「女になったら」
その答えが、リーゼにはよく分からなかった。女になるというのは、背が伸びることなのか、胸が膨らむことなのか、結婚することなのか。母は教えてくれなかった。
一度だけ盗んだことがある。鏡の前で塗った。唇から大きくはみ出して、歯にまで赤がついた。母に見つかって、ひどく笑われた。リーゼは泣いた。女になれなかったと思ったからだった。
母は笑いながら口紅を拭いてくれた。
「急がなくていいのよ」
だからリーゼは長いこと、赤い口紅を自分で上手に塗れるようになったら、女になるのだと思っていた。
今はもう、誰も早いとは言わなかった。
リーゼは唇を閉じ、二度こすり合わせた。
鏡の中には女がいた。少なくとも、そう見えた。
二十歳だった。十九だったかもしれない。生まれた年を書いた紙は、春に燃えた。だから、どちらでもよかった。
ベッドの上に置いてあった上着を取った。男物だった。黒かったはずだが、袖口は擦れて灰色になっていた。肩が余る。腕も長い。
以前、食堂で働いていた男にもらった。
「似合う」と言われた。たぶん嘘だった。それでも暖かかったので着ていた。
階段を下りると、大家の女が石炭を数えていた。
「今夜も?」
「ええ」
女は何も言わなかった。最近は、誰も余計なことを聞かない。聞けば、自分も何かを答えなければならなくなるからだった。
扉を開けた。雪が横から入ってきた。
「リーゼ」
呼ばれて振り返る。大家の女が、机の上から何かを投げた。受け取る。小さな包みだった。開けると、黒パンが二切れ入っていた。
「明日のぶん」
「ありがとう」
「今食べるんじゃないよ」
「分かってる」
リーゼは笑った。女は笑わなかった。
駅の近くには、まだ灯りのつく店がいくつかあった。窓には厚い布が掛けられている。人の声がして、音楽がして、時々笑い声がした。外にいるよりは暖かい。それだけで人は集まった。
リーゼは壁にもたれていた。
「火、ある?」
男が言った。若かった。軍服の襟が汚れていた。
リーゼは煙草を吸わない。それでもマッチは持っていた。
一本擦る。風で消えた。
もう一本。男が両手で囲った。火がついた。
「ありがとう」
「一本でよかったのに」
「最初のはあなたが消したでしょう」
「風よ」
「あなたのせいにしておく」
男は笑った。リーゼも笑った。
それだけだった。男は行った。
少しして、別の男が来た。今度は年上だった。リーゼの上着を見た。
「男物だな」
「そうね」
「恋人の?」
「父の」
嘘だった。
「死んだ?」
「たぶん」
これも嘘だった。父がどこにいるのか、本当に知らなかった。
男はしばらくリーゼを見た。視線が顔から首へ落ちた。
リーゼは顎を上げた。
「見るだけなら金を取るわよ」
男が笑った。
「怖い娘だ」
娘。
その呼び方が嫌だった。
「女よ」
リーゼは言った。
男はもう一度笑った。今度は少し違う笑い方だった。
夜が深くなるほど、街は暗くなった。雪だけが明るかった。
リーゼは何度か建物へ入り、何度か出た。何をしていたのかと聞かれれば、仕事、と答えた。それ以上の言葉を使う必要はなかった。
パンを買うのも仕事だった。石炭を手に入れるのも仕事だった。煙草を交換するのも。薬を探すのも。今日を明日まで延ばすためにすることは、全部仕事だった。
それでよかった。
三人目の男は、リーゼの唇を見て言った。
「赤いな」
「見れば分かるでしょう」
「そんな色、まだ売ってるのか」
「売ってない」
母のものだった。そう言いかけて、やめた。
男は指を伸ばした。リーゼは手首を掴んだ。
「触らないで」
声は低く出た。自分でも驚くほど落ち着いていた。
男の顔から笑いが消えた。少しして、手を引いた。
「悪かった」
「そう」
「怒るなよ」
「怒ってない」
本当に怒ってはいなかった。ただ、触られたくなかった。
男はそれ以上何もしなかった。帰り際、机の上に煙草を二本置いていった。
リーゼは一本だけ取った。残りはそこに置いた。
部屋へ戻ったのは明け方近くだった。大家の女は寝ていた。
廊下の端に、水の入った桶がある。リーゼはそこで顔を洗った。水は痛いほど冷たかった。頬の煤が落ちた。目の下の黒いものも落ちた。
口紅だけは残した。
部屋に入り、男物の上着を脱ぐ。ポケットから黒パンを出した。少し潰れていた。机に置く。
それから、鏡の前に座った。
赤はところどころ剥げていた。下唇の端だけが残っている。
リーゼは口紅を取り出した。残りはもう指一本ぶんほどしかない。繰り出す。折れそうだった。
鏡に顔を近づけた。
母は、最後に口紅を塗った日もきれいだった。
その日のことを、リーゼはあまり覚えていない。外套が何色だったか。何を話したか。朝だったのか、午後だったのか。
覚えているのは唇だけだった。
母はいつものように鏡を見ていた。赤を引いて、唇を二度こすり合わせた。
「どう?」と聞いた。
リーゼは、
「きれい」
と言った。
母は笑った。
それが最後だった。
リーゼは口紅を塗った。
下唇。
上唇。
少しはみ出した。
指で拭う。赤が指についた。
その指をしばらく見た。
窓の外が白くなっていた。
朝ではない。雪だった。まだ降っている。
リーゼは窓を少し開けた。冷たい空気が入った。向かいの建物は上半分がなかった。その向こうの空が見えた。
雪が瓦礫の上に降っていた。白い。汚れていない。
リーゼは自分の指を見た。赤がついている。
雪へ手を伸ばした。一片が指先に落ちた。すぐ溶けた。赤い指の上を、水になって流れた。
鏡に戻る。
そこには、赤い唇をした女がいた。男物の上着を着て、一晩働いて、誰かの手を払いのけ、パンを二切れ持ち帰った女。
リーゼはその顔を見た。長いこと見た。
それから、小さく首を傾けた。
昔は、分かる日が来ると思っていた。
リーゼは口紅を蓋の中へ戻した。
黒パンを一切れ食べた。もう一切れは夜のために残した。
ベッドへ入る。
眠る前に、唇を指で触った。赤が少し移った。きっと枕にもつく。構わなかった。
目を閉じた。
外では、雪が降っていた。
朝になれば踏まれる。泥と混ざる。灰色になる。
それでも今はまだ白かった。