「たこ焼きや!」
「お好み焼きやろ!」
鎮守府の中で二人の少女の叫びが木霊する。
たこ焼き!と叫んだのは黒潮。ネイティブ大阪ンの黒髪少女であり、手にはオタフクソースが握られている。
方やお好み焼き!と主張をするのは龍驤。エセ関西ニアンであるツインテ少女であり、手にはこちらもオタフクソース。
なぜ彼女たちが揉めているか。それはとっても難しく、同時にばかばかしい問題があった。
「提督のお昼にはたこ焼きが一番マッチしとるわ!仕事中につまめるお手軽さ、ふわサクなかトロの生地、そしてなによりうまいんや!」
「アホいうたらアカンで!メシ食う時は救われてなきゃアカンのや!それやのにメシ食べるときも仕事せえとか鬼かキミ!」
「あほは龍驤や!提督の仕事がひと段落つくんにどれだけ時間がかかると思うとるん!そなに待ちよったらご飯冷えるやん!」
そう、提督のお昼ご飯をどうするか、である。そしてどちらの言い分にも一理あり、口論だけがヒートアップしていた。
そして場所が悪いことに、ここは艦娘寮の廊下である。なんだなんだと艦娘たちが集まり、しだいに野次馬の群衆が出来ていた。
これに困ったのは夕張。今日の秘書艦は彼女であり、この騒ぎはほおっておくと業務に支障をきたしてしまう。なので夕張はちょっとの勇気と一つの思いを胸に二人の前に踏み出した。
「ふたりとも」
夕張の声に黒潮と龍驤の二人が反応する。
「ここは間をとって天そばにしない?」
夕張の一つの思いとは、そばを愛する心。二人が粉物の話をしていたので、その場を諌めるつもりがついうっかりと本音が出てしまった。
「どの辺が間やねん!」
「汁が跳ねるやろっ!」
ソースはいいのか、というツッコミが出る前にどこからともなく出てきた二人のハリセンによって弾き飛ばされる夕張。彼女は「二つで十分ですよぉー!」と叫びながら廊下を転がっていった。
転がる夕張を見送った後、二人はお互いを見据えた。
「こうなったら!」
「直談判や!」
そうして嵐のような二人は執務室に駆けてゆく。それを見ていた野次馬も散り散りとなり、奇しくも夕張の一言(天そば)は業務の滞りを解決するきっかけとなったのであった。
「提督おるかー!」
「よーし!おるな!」
龍驤と黒潮がノックもせずに開けた執務室の中には一人の女性が背中を向けた格好でいた。背は異様に高く、長い黒髪はまとめられて一本の房になっている。
彼女こそが当鎮守府の提督であり、最高責任者であった。
その彼女がちらりと二人に視線を向けた。その瞳は深淵のように真っ黒で、とても感情というものを感じさせない。
「どしたんや二人とも」
しかしその佇まいからは信じられないほどのフレンドリーな言葉を受けて二人は居住まいを正した。
「提督はん!今日の昼ご飯はたこ焼きか!?」
「それともお好み焼きか!?」
「「どっちがええんや!」」
突然の問答にきょとんとする提督。しかしすぐにその顔を申し訳なさそうに歪めた。
「すまんのやけど…」
その時、二人は部屋の中が妙に湿気ていることに気が付いた。視線を彷徨わせれば、湯気を吐き出す大きな鍋が二つ。
「今日はうどんやってん…」
提督が一歩横にずれるとそこには業務用麺切りカッターが机の上に置いてあった。うどんを均等に切れる優れものである。
そして二人はふとした事に気が付いた。執務室の中に昨日あった物が無くなり、かわりに一品増えていることに。
「その…提督はん?昨日部屋のすみにあった白いかたまりって…」
「寝かせとったうどんやで」
「なんで麺棒があるんや…」
「そりゃうどんを伸ばすために夕張ちゃんから借りてな」
がっくり。二人はわかりやすく肩を落とした。
その間も提督は手際よくうどんをカットしていく。そして板の上に載ったうどんを大量の湯の中に入れ、大きな棒で混ぜ始めた。
「はぁ~。アホらし」
「ほんまやわぁ」
元はと言えば忙しい提督の為のお昼で口論になったのだ。その提督自身が悠長にうどんを作っているなんて知れば脱力もやむなしである。
「まま、うどん分けたげるから許したって」
「騙されへんで。その麺どうみても三人分あるやん」
「ぐぬう」
龍驤に痛い所を指摘され、苦い顔をする提督。時間が来たのかうどんタイマーがピピピと鳴り、茹で上がった事を知らせる。
「おおっと、うどんのシメに入らないかんので自分はこれで」
「逃がさんでぇ-」
ザルにあげたうどんを持ってとっとこ逃げる提督と追いかける黒潮。といっても水道まで2メートルもないので逃げるも何もないのだが。
「捕まえたー」
「ウワーツカマッター」
黒潮にわざとらしく掴まりながらじゃぼじゃぼと流水でうどんをシメる提督。余談であるが彼女はパスタでもシメる。
「あ、そうや。どんぶり用意しといて。三つやで」
「はーい」
「龍驤は薬味出しといてな」
「はいはいっと」
黒潮は提督からの指示を受け取るとすぐに離れ、食器棚からうどん鉢を三つ取り出した。そして龍驤は執務室の端にドンとそびえ立つクロガネの城からカットされたネギとゴマを取り出す。
「なぁ提督ー、おあげ使ってもええ?」
「かまんよ。ひとり二つまでなー」
「二つで十分ですよ、やな」
おねだり龍驤は甘いたれにつけられたおあげのトレーを取り出し、冷蔵庫の扉を閉めた。提督の方はすでにうどんを鉢に入れて柄杓でつゆを掬っている。
提督はそれに手際よくおあげを二枚づつ置乗せ、自分の分にネギを山盛り乗せる。
「いつ見ても乗せすぎやんなぁ」
「ウチやったら絶対むせるわ」
そんな二人の評価などどこ吹く風。提督は自身の椅子に座って鉢の上に箸をおいた。
二人はゴマとネギをちょこっと乗せ、提督の向かいに座った。
「じゃあ、いただきまーす」
「「いただきまーす」」
するずる。そんな音が執務室に響き渡った。ときおり「んまい!」やら「ごっほごほ!」やら「ネギ入れ過ぎやって言うたやん!」などという声が漏れる中、執務室のすぐ外ではそばの使者が耳をそばだてていた。というか夕張が羨ましそうにしていた。
そばが一番おいしいのに…いや提督のうどんならちょっと食べたいかも…などと言いながら立ち去る夕張。その背中はどこか煤けていた。
ちなみに夕張を勢いで吹き飛ばしたことに若干罪の意識を持っていた黒潮によって夜はそばパーティーになった。夕張はちょっとだけ幸せになった。
執務室
ガスコンロ三機と蛇口二つオーブンレンジ一つ、200L冷蔵庫を有する執務室とは名ばかりのキッチン。
冷蔵庫は提督のお気に入りでひそかにマジンガーと呼んでいる。プロパンガスを搬入するのが面倒くさいので都市ガスにしようと画策中。
艦娘ナンバー1 龍驤
エセっぽい関西弁を話すツッコミ系艦娘
黒潮に「大阪の人間はいつもミニハリセン持ち歩いとるんやで」と嘘を吹き込まれて一時期携帯していた。
お好み焼きを食べるときは切らないタイプ。振りかけて丸まる鰹節を見るのが好き。