「ぐっ…ひでぇ事しやがって…!」
「お仕置きやろ?ならキツイ奴やないと」
「……チクショウっ」
呉鎮守府での執務室。天龍と提督は向かい合っていた。
天龍は両腕と両足を椅子に括り付けた状態で、提督は白い半液体状の物が入った容器を持って。
「ほら、口あけや」
「へっ、誰が…」
提督が容器の中身を匙で掬って天龍の口元へと持っていく。しかし彼女は口を開こうとせず、そっぽを向いた。
仕方ない、と提督がため息を吐き指をパチンと鳴らした。そして現れる駆逐艦娘の影。
「不知火ちゃん」
「了解です」
それは不知火だった。不知火は天龍の鼻をつまんで口を無理やりに開く。そしてそこにすかさず提督の匙が入り込み、白い半液体を口の中に垂らした。
「げほっ…冗談じゃねぇ!なんでこんなモン食わなきゃなんねーんだ!」
それはヨーグルトであった。それも砂糖もハチミツも入ってないプレーンヨーグルトである。
これはこの鎮守府において割とキツい方のお仕置きに分類される。低いグレードであれば夕食に苦手な物が付いてくるし、高いグレードであれば提督指定の謎おにぎりを食べさせられる。ちなみに最高グレードは公開されてはいない。
以前工廠を吹っ飛ばした罪で夕張がこのお仕置きを受けたが彼女は何も語ろうとはしなかった。ただお仕置き中の執務室に耳を傾けていた艦娘が聞いた「やめろショッカー!」という言葉だけが唯一の手がかりである。
「ほら、まだ残ってますよ」
「やめっ、止めろォ!何すん…あ゙ーッ!」
不知火の巧みなテクニックによって口を開けさせられ、次々とプレーンヨーグルトを口に放り込まれる天龍。その瞳にはたっぷりと涙が溜まっていた。
■■■
翌日。お腹の中が無駄に綺麗になった天龍は艦娘寮から出るなり不知火と黒潮の部屋の前にある用具入れの中に隠れていた。なぜかと言えば不知火の弱みを握ってやろうというしょうもない意気込みの為である。
「では行ってきます」
「いてらーやで」
天龍は息を潜ませ、部屋から出てきた不知火を観察した。いつもの制服を着て、以前使っていたニワトリマスクを脇に抱えている。
コツコツと靴音を鳴らしながら移動した先はすぐ隣の部屋、夕張と大鳳の部屋である。不知火は三度ほどノックして返事を待った。
「はいはーい」
出てきたのは夕張。天龍には聞こえなかったが二三言話した後夕張はマスクを受け取って別の箱を不知火に渡した。木製で人の頭ほどの大きさのあるそれには「木の温もり」と焼印がされている。
(なんじゃそりゃ)
天龍はその謎のネーミングセンスに首を傾げながら観察を続ける。箱を受け取った不知火はお礼を言った後、寮の出口に向かって歩き始めた。
夕張がドアを閉めたのを確認したあと天龍は用具入れからゆっくりと出て不知火を尾行する。
「あ!天龍さん、おはようございます!」
「ん?おお、おはよう」
しかしその途中で潮に挨拶をされた。不知火に気が付かれてないかチラチラと横目で見つつ潮に挨拶を返す。
「ワリ、潮。いまちょっと立て込んでてな…。そうだ、これやっからオレの事は黙っておいてくれよ」
そう言って天龍はポケットから『それなりにうまい棒』を取り出して潮に渡したあと頭を撫でて不知火を追いかけた。置いてけぼりを喰らった潮はポカンとその後ろ姿を眺めていた。
その後不知火は寮を出て本棟まで歩き三階まで昇っていった。そしてそのまま執務室の前に立ってノックを四回。
「不知火、入ります」
天龍は不知火が執務室に入ったのを確認してから執務室の扉に耳を当て、中の様子を盗み聞きする。中から聞こえた声は二種類で提督と不知火の二人だけのようだった
「毎朝ごくろうさん。今日はこの通りの見回りと雑務頼むで」
提督の声とペラリという薄い紙の束を渡す音。
「了解しました」
「ところで…」
不知火の踵を鳴らす音が聞こえた後、提督が真剣な声で質問した。
「ウォシュレットあるやん?あれのビデって男の人が使こたらどこに当たるんやろな…」
「……」
彼女のあんまりにもあんまりな質問に不知火は押し黙った。天龍は「そりゃ…アレの裏じゃねぇの…?」とつぶやいた後耳を執務室に傾ける。
不知火は質問を無視した後、必要な業務を確認した後踵を返した。天龍は慌てて隠れようとするが近場に隠れられそうなこれといったものが無い。万事休すである。
(くそっ!最終手段だ!)
ドアノブの回る音。そして扉が開き不知火が執務室より退出した。そこに天龍の姿はなく、風通りの良くなった廊下があるだけである。
「…?だれか窓を開けたんですか?」
不知火があたりを見回すが誰も居ない。怪訝に思いながらも不知火は窓を閉め、丁寧に鍵まで閉めた。その反対側に天龍がぶら下がっているとも知らずに。
(あああああ!あああああああああ!)
ここは地上三階。天龍は声にならない声で叫びながらヤモリのごとく壁に張り付いていた。
「いてえ…これ絶対明日筋肉痛だろ…」
その後SASUKEのごとく窓枠を飛び移り鍵の開いている窓から中に戻ることに成功した天龍は腕を揉みながら不知火を探していた。ピンクの髪は目立つのでとりあえず高い所から探すことにしたのだ。
天龍がやってきたのはクレーンの上。全身に風を受け髪をなびかせながらヒマそうにぼやきつつ色んな所に視線を彷徨わせる。
「おっ、あれか?」
埠頭の方で動きがあった。良くは見えないがピンク頭とゴールデン頭が並んでいる。天龍は持っていた双眼鏡を覗き込んで、ちょっぴり後悔した。
「何やってんだあいつら…」
その二人は舞風と不知火であった。そこまではいい。問題があるとすれば二人並んでキレッキレのダンスを踊っているところだろうか。ちなみに不知火は終始無表情である。
どこかの野球チームのマスコットみたいなダンスを踊ったあと子日のポーズでキメて二人はガッチリと握手をして別れた。激しいダンスの割には息の切れた様子もない二人にちょっぴり戦慄した天龍であった。
ちなみに舞風はその後赤城とタンゴを踊ったり島風とタップダンスを踊ったりと、ずっと踊っていた。天龍は深く考える事をやめてクレーンのハシゴに足を掛けた。
とりあえず天龍は埠頭に向かった。今度は武蔵とブレイクダンスしている舞風を横目に不知火を探すが見つからない。
「どうされました?」
突然声を掛けられた天龍は「ぴゃっ!」と悲鳴を漏らしながら肩を跳ね上げた。彼女が振り向いた先にいたのは長い黒髪が特徴的な赤城だ。
「な、なんだ。赤城か」
ホッと胸をなで下ろす天龍に首を傾げながらも赤城は「探し物ですか?」と質問をしてくる。天龍はそれに首肯した。
「不知火を探してるんだけど知らないか?」
「ああ、不知火さんなら食堂に向かいましたよ」
それと、と赤城が一つの手帳を取り出した。
「こちら不知火さんの落し物です。踊っていた時に落とした物のようなのですが、宜しければついでに届けて戴けませんか?」
「落し物?」
天龍はその手帳をまじまじと見つめる。それは『ぬいぬい☆ダイアリー』と丸文字で書かれたおぞましい何かであった。よく赤城はこんなものを直視して何も感じずにいられるなと天龍は頬を引きつらせる。
彼女はなるべく視界に入れないように受け取ると「じゃあ渡しておく…」と言ってその場を離れた。
「…っ」
天龍は建物で赤城達の姿が見えなくなったところで『ぬいぬい☆ダイアリー』をじっと見つめた。ひょっとしたら不知火の弱点、もしくは秘密が書かれているのではないのかと。なんだか自身の大事な物が削れていく感覚に恐怖を覚えながらも彼女はその表紙に指を掛ける。
そしてそこにあったのは…なにも無い、真っ白のページであった。
「あれ?何でだよ」
何も書かれていないことに拍子抜けした天龍はペラペラとページを捲っていく。しかしそこには白紙が続くばかり。もしかして全部真っ白か?と天龍が疑問を持った頃にそれは現れた。
『お前を見ている』
丸々2ページを使って荒々しく走り書きにされたその文字。天龍は背後に何者かの息遣いの音が聞こえることに気が付いた。もう振り向くまでもない、後ろにいるのは不知火だと彼女は確信する。
気付いてしまってはもう遅い。天龍の体は凍えたように震えだし、膝はガクガクと笑っている。そして数秒が経った頃に優しい声が耳元で囁かれた。
「過剰な好奇心は身を滅ぼしますよ、天龍さん」
木の温もり
中に入っているのはお仕置き用マスク。当然大鳳と夕張の私物。
それなりにうまい棒
酒保で買えるそこそこ美味しい駄菓子。8円。
ぬいぬい☆ダイアリー
題字:黒潮
お前を見ている
大鳳の入れ知恵
艦娘ナンバー10 天龍
オレっ娘系艦娘。言動の割には意外と素直でいい子。実はファッション不良ではないかという噂が立っている。
鎮守府の中では常識人の部類に入り、おおよその場合はツッコミ役。ポケットの中にはよく駄菓子が入っていて駆逐艦娘に分けたりしている。
備考:おっぱいが大きい