とある悪徳オペレーターの音声ログ   作:ロボバトル曇らせメリバ百合風味

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11. 決戦

 ミッションを説明します。

 

 これは三大勢力、および傭兵組合連名の要請となります。要請の拒否は全勢力への敵対行為と見なされる点に留意してください。

 

 ミッション目標は所属不明機体、『レプリカ』です。

 

 レプリカは三日前に汚染区域から出現し、外縁東部を内地へむけて進行しています。このままでは明朝、内地防衛線に到達するでしょう。

 

 すでに先遣隊が交戦し、全滅しています。レプリカは複数のAP兵器を有しており、防衛線が破られた場合の被害は計り知れません。人類は安全な生存圏を失い、限られた土地を巡る闘争の時代へ逆戻りするでしょう。

 

 手段は問いません。

 

 レプリカを排除してください。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「なんかいきなり人類の命運託されたんですけど!?」

 

 外縁、東部平原にて。

 

 訳も分からず輸送ヘリで連れて来られ、荒野に放り出されたカモ子は、あまりにも理不尽なミッションブリーフィングを聞かされ、悲鳴を上げた。

 

『がっはっは! 傭兵なんてそんなもんだ! 腹を括れぃ!』

『ちょっとお父さん、カモ子! 死んだら許さないから! 絶対帰ってきなさいよね!』

 

 周囲には同じように運ばれてきた傭兵たちの機体がちらほら。中にはPJの父、YJの『アバランチ』の姿もある。

 

『いやー、うちの連中が不甲斐なくて申し訳ないっす!』

 

 傭兵だけではない。

 

 『Ⅲ』をあしらったエンブレムを刻んだ褐色の量産機『クレイモア』が五機、その先頭に佇む鮮烈なピンクの機体が一機。帝国親衛隊第三小隊の面々だ。ピンクの機体は『レクトピーチ』、マウの専用機である。

 

「いえ、不甲斐ないなんてそんなことは」

『あるっすよ。対無人機、対AD戦が専門の第一、第二小隊があっさり全滅なんて、親衛隊の名折れっす』

 

 マウの声音はいつになく固い。にじみ出る怒りと悔恨に、カモ子は一層気を引き締める。

 

 今回のミッション目標である『レプリカ』は、帝国が誇る親衛隊の第一、第二小隊と交戦し、全滅させている。

 

 親衛隊が帝国で最も強いADパイロット部隊であることは、世情に疎いカモ子でも知っている。戦場で敵対したら逃げろ、とオペ子にも口酸っぱく言われている本物の腕利きたちだ。

 

 その彼らが先遣隊として迎え撃ち、一機として帰ってこなかった。敵の強さは想像がつくし、仲間を失ったマウの心情も察せられるというものだ。

 

『噂じゃぁ共和国の特戦隊もやられているらしい。俺らは文字通り最後の砦だな、がはは!』

『笑ってる場合かっ!』

 

 いつも通りのやり取りで少し緊張が和らぐものの、もたらした情報は重い。

 

 特戦隊は共和国の精鋭部隊である。つまり、三大勢力のうち二つが、惜しみなく初手で最強のカードを切り、それでもなお対処不能だったということだ。どう考えても楽観できない。

 

 更に敵戦力の他にも、大きな不安要素がある。

 

『なーに、こっちには先輩がついてるっす! 先輩の指揮があればどうとでもなるっすよ!』

 

 呼吸が止まった。PJも息を呑んだのが伝わってくる。

 

 通信網にただよう奇妙な緊張感を読み取ってか、マウが探るように問う。

 

『先輩はどうしたっす?』

「えっと……」

『急病で倒れました。ついさっきです。この戦いには出てこれません』

 

 どこからどう伝えるべきか、と言い淀むカモ子に代わり、PJが早口で答える。

 

『……なーんか訳ありっぽいっすね。全部終わったら教えてもらうっすよ』

「はい、必ず」

 

 事情を話せばせき止めていた感情の濁流がまた溢れかねない。マウの気遣いはありがたかった。最大の不安を棚上げにして、今に意識を集中する。

 

 すると話を変えるように、YJの胴馬声が響く。

 

『ところでマウとやら、一つ聞くが。作戦目標のレプリカというのは、オリジンのことか?』

「えっ」

『さっすがベテラン、ご明察っすよ』

『「ええっ!?」』

 

 カモ子とPJの声が重なった。

 

「どういうことですか!? だってオリジンは……!」

 

 起動する前に破壊した。テックマンの野望は始まる前に打ち砕かれたと、先日の祝いの席で言っていたはずだ。

 

 マウは悔しさの滲む声で、

 

『間違いなく破壊したっす。主犯格全員から情報を抜いて裏付けも取った。なのにこうなってるってことは──』

『テックマンが一枚上手だったな! がっはっは!』

 

 言いあぐねるマウを引き継ぐYJ。

 

『計画が妨害されることは前提だったのだろう! お前たちが破壊したのは、破壊されるためだけに作られたダミーだ! ダミーとはいえ、本物同様に人と資金と時間を注ぎ込んだ逸品だろうがな!』

 

 すべてはテックマンの絵図通りだった。あからさまに不審な施設で目を引き、徐々に情報を掴ませ、計画を潰させる。カモ子が誘拐された際、主任がぺらぺらと得意げに語ったのもシナリオの一部だったのかもしれない。

 

『情報管理も徹底していたようだな! 帝国が誇る親衛隊にさえ尻尾を掴ませないとは!』

 

 破壊されたオリジンの関係者たちは何も知らされていない。本気で抵抗と隠ぺいを試み、失敗したならよし。隠し通せた場合は二機のオリジンが計画に投入されるのでなおよし。周到に練られた計画だ、とYJは唸る。

 

『主犯も知らなかったとなると、本命を主導したグループは完全に独立して動いていたのだろう! 何か痕跡はなかったか?』

『……あったっす』

 

 不自然な資金の流れ、使途不明の余剰資金。その受け手が本命のグループだった。破壊が前提の本物で耳目を集めているうちに、独立したそのグループがもう一機のオリジンを完成させ、計画に使う。これが野望の全容だった。

 

 現状と少ない情報からテックマンの思惑を看破したYJに、カモ子とPJは目を見張る。

 

『不甲斐ないっす……!』

『テックマンは悪だくみの達人だ、恥じる必要はないぞ!』

 

 強い慙愧をにじませたマウの呻きをさらりと流し、YJは続ける。 

 

『敵方の情報はあればあるほどいい! 何かないか!』

『ブリーフィングの通り、強力なAP兵器があることくらいっす』

『了解した!』

 

 沈黙。会話が途切れる。YJの声が大きかっただけに、静寂がやけに深く感じる。

 

 十数秒ほどしてやっと、

 

「……少なくない?」

 

 PJが口を挟んだ。

 

 オリジンはAP兵器を有する。最初の無人機であり、長い大戦を終わらせた。伝説的と言えば聞こえはいいが、戦術情報としてはあやふやに過ぎる。

 

『もっと具体性のある情報はないの? 戦争を終わらせたって、どんな風に?』

『全人類の敵になったっす』

『は?』

『歴史の授業では習ってないか! ガハハ!』

 

 中小勢力が入り乱れ、数百年にわたる闘争が続いていた時代の最中、オリジンは現れた。

 

 圧倒的な単体戦力に加え、生存可能領域を物理的に削っていくAP兵器により、諸勢力が糾合。帝国と共和国が生まれ、オリジンを共通の敵として結託した。

 

 やがてオリジンが姿を消すと戦争が再開されたが、絶滅の瀬戸際に立たされたことで停戦の機運が高まり、今の『紛争はあれど戦争はしない』時代につながったという。

 

 つまりオリジンの役割は、突出した武力による人類の調停だったといえよう。

 

『デタラメすぎるでしょ……』

 

 より大きな暴力で暴力を制した。具体性が弱くとも、残る伝説だけでオリジンの戦力は察せられる。

 

 PJとカモ子がそろって喉を鳴らし、言葉を失っていると。

 

 不意に、戦場の空気が一変した。

 

 レーダーにはまだ何の反応もない。各種センサーにも異常はない。錯覚だ。

 

 しかし待ち構える傭兵たちの間には刺すような空気が張り詰め、緊張が高まっていく。途方もなく強大な何かが迫っている圧力を全員が感じていた。

 

『正面に敵影、急速接近!』

 

 響くPJの声に、空を見上げる。

 

 地平線まで広がる黒々とした夜空。その一部が青く光っている。

 

 青い光はカモ子たちが集まる荒野の上空へ飛来し、眼下を睥睨した。

 

 その姿は一見、変哲のないADのようだった。肩口から湾曲した角のような構造体が伸び、それを中心に青い燐光が渦巻いている。両腕部には長大な実体剣。

 

 近接戦用のADと見まごう平凡な外見だが、異様なのはサイズだ。全長30メートル。ADのおよそ三倍。

 

 そしてもう一つ、身にまとう青の燐光。装甲の隙間から漏れ出た青白い粒子は、肩の角を中心に渦巻き、球状の障壁を形成している。あらゆる物質を灰に帰す超常のエネルギー資源、アズール粒子の障壁だ。

 

 超巨大イレギュラー無人機ラルヴァと比べれば、弱弱しい外見かもしれない。

 

 が、迎え撃つ歴戦の傭兵たちはそろって確信していた。この機体こそが世界を変えた始まりの無人機、オリジンであると。

 

『迎撃開始、一斉射撃!』

 

 張り詰める空気をマウの声が打ち破る。

 

 同時、眩い光が夜の闇を灼いた。帝国が誇る戦術兵器、大口径榴弾砲と高射砲の一斉射撃だ。炎の華がオリジンを呑み込み、続く弾幕が雨あられとオリジンを打ち据える。

 

「やった……!?」

『んなわけあるか! 敵反応、健在!』

『第二波、射撃開始っ!』

 

 爆煙に呑み込まれたオリジンに対し、油断なく次の射撃が放たれる。

 

 榴弾に代わったのは、純粋な光と熱を弾頭とするエネルギーキャノンの弾幕だ。並みのADならダブルシェルごと蒸発する大火力が、オリジン一基に集中砲火される。

 

 爆破による衝撃、熱と光の二段構えによる波状攻撃。開幕の動きは打ち合わせ通りにいった。これで少しでもダメージが入れば御の字だ。

 

 はたしてその結果は──

 

『高エネルギー反応! AP兵器よ!』

『退避っ!』

 

 爆炎と眩い光を引き裂いて、透き通る青の光条が闇を断つ。

 

 一条の光線となったその青は大地を裂き、後方に控えた戦術兵器部隊を薙ぎ払う。

 

 瞬間、光と爆風が吹き荒れる。機体が吹き飛ばされないよう身を低くし、マニピュレーターで地面を掴んだ。

 

 衝撃が収まった数秒後、着弾点を目にして息を呑む。

 

 青の光条の着弾点は、きれいな半球状に抉れていた。そこを埋め尽くしていた戦術兵器群は塵一つ残っていない。

 

 AP兵器はすべてを灰にする。知ってはいたものの、その威力をまざまざと見せつけられ、カモ子の背筋に寒気が走った。

 

 が、マウたちは違うようだ。

 

『反撃したってことは、多少は脅威と見たっぽいっす。APバリアは無敵じゃぁないっすね』

『そのようだ! 遠隔制御にしておいて正解だったな!』

 

 目の前の出来事を冷静に分析し、それぞれの武器を構えている。二人だけでなく、他の傭兵たちも。

 

 初手は帝国と共和国が供出した戦術兵器で一斉射を行い、効果が薄ければ各々で戦闘開始。そういう段取りだった。戦いはこれからだ。

 

 カモ子も少し遅れてライフルとブレードを起動し、戦いに備える。

 

 オリジンは青の障壁を纏い、ゆっくりと高度を下げてきていた。

 

「すー、はー……」

 

 呼吸を整え、高ぶった精神を沈めていく。

 

 この戦いに勝ったところで、オペ子の体が良くなるわけではない。人類の命運と言われてもピンと来ない。

 

 けれど少なくとも妹たちのことは守ることができるし──オペ子と落ち着いて向き合う時間が欲しい。

 

 そうしてカモ子は、ブーストスロットルを全開にして、オリジンへと躍りかかって行った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

4月2日

 なんだよもおおお!

 

 やっと安心安定簡単な悪徳オペレーターになれそうだってのによぉ! ここで死んじゃうなんてあんまりじゃんかよぉ!

 

 道理で古傷がやたら痛むと思ったよ! 大体なんだよアズール粒子って、物理的にあり得ねえだろ誰が作ったんだあんなインチキ粒子!

 

 カモ子のやつは慰めの言葉一つなく逃げてっちゃうし! 何でもいいからなんか言って行けよ!

 

 クソクソクソーっ! 真面目に一途に頑張ってきた末路がこれかよぉおおお! しんどいだけでいいことなんて何にもないじゃんかよぉおお!

 

 ぐぎいいい!

 

 ふぅ。

 

 まあいいか。

 

 戦時中は敵も仲間もたくさん死んだ。その中に今日死ぬ、と分かっていたやつはいない。あと一週間と期限を切られた私は幸運な方だ。

 

 おまけに思いっきりぶん殴っていい敵がすぐそこまで来てる。都合のいいことこの上ない。

 

 さて、八つ当たりのついでだ。

 

『メインシステム、戦闘モード起動。おかえりなさい、プロトオリジン』

 

 最期に一つ、証明してみせよう。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 オリジンの迎撃要請を受けたのは、実績を元に選出された一流の傭兵三十名と、帝国親衛隊の生き残りである第三小隊から成る計三十六名。

 

 そのうち半数以上にあたる二十三機が鉄くずと化し、灰の大地に埋もれている。

 

『うわぁぁあ!?』

『ガルム! くっ、カバー!』

 

 またも一機が落とされる。

 

 オリジンの長大な実体剣が振るわれ、ダブルシェルの強固な装甲をバターのように切り裂き、ジェネレーターとパイロットの双方を両断。爆発炎上する。

 

 その一機は親衛隊第三小隊の一員だった。マウの指示が飛び、牽制射撃と共にオリジンから一度距離を取る。

 

 他の生き残りたちからも援護が入った。榴弾、ライフル弾、エネルギー弾がオリジンに殺到する。

 

 オリジンは避ける素振りすら見せず、正面から受け止めた。青の燐光がまたたき、すべての運動・熱エネルギーをアズール粒子の障壁が霧散させ、本体には傷一つつかない。

 

 間合いを離し、戦闘にわずかな間隙が生まれた。

 

「……」

 

 仲間を失ったことを悔やむ間もなく、マウは無言で思考を回す。取り決めのない流れで現場の戦闘指揮はマウに一任されていた。

 

 戦闘開始から二時間。戦況は劣勢だ。刻一刻と味方戦力が削られ、体力面、精神面でも疲弊していく。精強を誇る親衛隊からもついに犠牲者が出た。

 

 一方、オリジンはまったくの無傷だった。どれだけ攻撃を当てようとも、凶悪なAPの障壁に無力化されてしまう。にもかかわらずあちらの攻撃はこちらに届き、損害を増やしていく。

 

「甘かったっすね……!」

 

 ほんの微かな楽観があったことは否めない。オリジンの開発はおよそ三十年前であり、その間にADの世代は進歩している。圧倒的なスペックの差は縮まり、後は数と練度で有利が取れると見込んでいた。

 

 が、蓋を開ければこの窮境である。伝説の名は伊達ではない。

 

 このままではじり貧に追い込まれ、直に全滅するだろう。

 

 ただ、打開策がないわけではない。

 

『オペレーター。AP障壁の穴は確認できたっすか?』

『……解析完了です! 上下前後左右のうち、一度に守れるのは一方向のみです! また、攻撃の瞬間にも粒子の移動が見られます!』

 

 オリジンを無敵化させているAP障壁の弱点が、ようやく判明したのだ。

 

 APは万物を原子核単位で焼き払う超常の粒子であり、オリジンはこれを全方位に展開し、壁としている。だとすればオリジンの攻撃もこちらに届かないはずだが、現に届いている。したがって、障壁には守りが薄くなる瞬間、あるいは常に薄い部位が存在する。

 

 その仮定に基づいてオペレーターに解析を指示していたが、案の定だったようだ。

 

 AP障壁は全方位を防護する無敵の装甲などではない。本体に攻撃を届かせる方法は必ずある。

 

「包囲する! B隊四時、D隊二時方向、A隊は二機ずつ反対方向!」

 

 瞬時に戦術を組み立て、指示を出す。

 

 親衛隊のみならず、即席で班分けされた傭兵たちも対応。オリジンを四方から挟み込む。

 

 各人が位置に付き、誤射を避けるため射線を調整した上で、クロスファイア。障壁が一方向しか守れないならダメージが通るはずだ。

 

 その読みは正解だったのだろう。

 

「なっ!?」

 

 オリジンが急上昇。クロスファイアは虚空を切る。障壁に任せてすべての攻撃を受けていたオリジンが、初めて回避したのだ。

 

「追撃!」

 

 好機と見て引き続き射撃。

 

 しかし四方からの射撃はすべて仰角での射撃となり、下方に粒子を集中させたオリジンにすべて防がれてしまう。

 

 マウは歯噛みし、ブーストを吹かしてオリジンと同高度まで上昇を試みるが──

 

『脅威度の上昇を確認』

 

 突如、コックピットに機械音声が響く。

 

『以降の妨害行動は、人類種への敵対と見なし、積極的殲滅行動の対象となります』

 

 戯れ言である。その場の全員が鼻で笑い、あるいは無視する。どんなお膳立てを並べようが、AP障壁を纏ったオリジンが内地を横切るだけで、つかの間の平和の時代が終わるのは事実なのだ。

 

 高度を合わせ、射撃。

 

『敵対の意志を確認』

 

 瞬間、青の閃光が閃く。

 

『殲滅開始』

 

 音声と同時、爆炎が瞬いた。

 

 包囲の一画だった傭兵たちの機体が両断され、爆散したのだ。

 

 何が起きたのか。混乱するマウは、オリジンの姿が消えていることに気付く。

 

 代わりに残っていたのは、闇の間に尾を引く青い流星の姿だ。

 

 流星は音速を超え、突き破られた大気の衝撃波をまき散らしながら、瞬く間に距離を詰めてくる。

 

「……っ!」

 

 反射的な行動だった。

 

 マウ機体を後傾させ、バックブーストを全開に。急速降下で座標をずらす。

 

 その直後に流星が通過し、反応の遅れた仲間の機体が真っ二つに。マウの機体は衝撃波に煽られて、地表へと落下していく。

 

『速すぎる!』

『ようやく本気ってわけか!』

 

 体勢を立て直して着地すると、流星──オリジンが他の傭兵たちに突っ込んで行くところだった。ある傭兵は回避し、ある傭兵は反応できず切り裂かれ、スクラップと化していく。

 

『オリジンの障壁、消失! 粒子の用途を機動力に集中させています!』

 

 オペレーターの戦術情報にマウは逡巡する。

 

 APの質量は高く、推進剤として使えば破格の機動力を発揮する。通過後に致命的な汚染を残す点を除いては理想的なエネルギーだ。オリジンは消極的な防衛から殲滅戦術に切り替えたのだろう。強固な障壁のなくなった今がチャンスだ。

 

 とはいえ。

 

「ムチャクチャするっすね……!」

 

 オリジンの機動はとても目で追えない。

 

 遠方で稲光のような噴射炎が閃いたのとほぼ同時に火花が弾ける。通り過ぎざまに傭兵たちのADを数機切断した火花である。そのときにはもう流星ははるか彼方に飛び去っていて、再び噴射炎。

 

 ブースト噴射のただ一回で数キロを飛翔しているのだ。衝撃波が大地の灰を巻き上げ、悪くなった視界の中から音速の八倍もの速度で実体剣が飛んでくる。反撃どころか辛うじて回避するので精いっぱいだ。

 

 常識を無視した人外の機動を前に、歴戦の傭兵たちが一機、また一機と数を減らしていく。

 

 次々とコックピットごと切断され、炎上していく鉄の巨人たち。

 

 そんな中、カモ子の駆る『ダイコク』の姿があった。

 

 彼方の夜空で青白い噴射炎が光る。

 

「そこぉ!」

 

 金属切断の火花が舞う。

 

 しかしダイコクは未だ健在だ。右腕部のみ切断され、よろめきながらオリジンを睨む。

 

「次は合わせる……!」

 

 相手は常に超音速で、視界も悪く、攻撃チャンスは刹那の間にも満たない。

 

 それでも諦める理由にはなりはしない。こんな戦いはさっさと終わらせ、向き合いたい罪がある。話したい人がいる。

 

 こちらへ向けて再び急速旋回しているオリジンを見上げ、左腕のエネルギーブレードをいつでも振れるよう構えた。

 

 しかし現実は甘くない。

 

「何!?」

 

 機体が大きく右に(かし)ぐ。

 

 コンソール画面に赤く灯ったそれを見て、カモ子の思考が止まる。

 

『右脚部破損』

 

 蓄積されたダメージがここで露わになった。四十メートルもの巨体が超音速で行き来する際の衝撃波は、下手な小口径弾よりも深刻な威力がある。

 

 オリジンは今しも旋回を終えようとしていた。直感的に、オリジンの標的がいまだ自分にあることを悟る。

 

 体勢を立て直す暇はない。次に稲光が見えたとき──カモ子は気づく暇もなく絶命しているだろう。他の傭兵たちと同じように。

 

「だから……どうしたぁ!」

 

 湧き立つ恐怖を抑え込み、カモ子は吠える。

 

 たとえ動けなくても勝つ。刺し違えてでも生きる。理屈を無視した意地と根性がカモ子を動かしていた。

 

 光が見えた瞬間に、ブレードを振り切ってやる。

 

 周囲の音が消え、世界の動きが鈍くなる。

 

 決死の覚悟が誘発した極限の集中状態だ。全身の感覚器官が迎撃一点にのみ注がれ、他の刺激は何一つ受け付けない。

 

 にもかかわらず。

 

『悪くなかったですよ』

 

 その声だけははっきりと、耳元で囁かれたような明瞭さで、カモ子の鼓膜を揺らした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

『未確認機体、急速接近!』

 

 カモ子が一度目の攻撃をやり過ごす、少し前。

 

 オペレーターは一機のADの接近を報告した。

 

 まさに今死地にある傭兵たちには些事でしかない。ましてや相手はオリジンである。たった一機のADが加わったところで戦況が良くなるわけもない。

 

 しかし続く報告で、傭兵たちは小さな希望を抱く。

 

『データ照合……AD名「シンシアリティ」』

 

 その名を知らない傭兵はいなかった。

 

 先の大戦末期に参戦し、共和国の怪物、『朽王』と渡り合った伝説のAD乗り。戦後は消息不明となり、死亡説すら囁かれた彼、あるいは彼女が帰ってきた。

 

『速い……作戦エリア内に侵入!』

 

 噴射炎の尾を引き、超高速の飛翔体が戦場のど真ん中に割って入る。

 

 かと思うと、眩い火花と轟音が散った。

 

 カモ子に二度目の攻撃を仕掛けたオリジンと交錯したのだ。

 

 果たして結果は、オリジンの劣勢だ。黒煙を上げて接地し、灰の地面を削りながら減速、停止。肩部装甲の捻じれた構造体の一本が根元から断ち切られている。

 

『作戦目標損傷! 粒子濃度、低下しています!』

 

 構造体の役割は粒子の制御だ。外見からの推論を裏付けるように、粒子濃度の低下が告げられる。

 

 参戦と同時に戦果をもたらしたシンシアリティに対し、傭兵たちが舌を巻く。

 

『なるほど、伝説だ』

 

 シンシアリティは低高度で滞空し、オリジンと向き合っている。

 

 装備、外見は平凡だ。全体のシルエットは帝国の量産機『クレイモア』と酷似しており、兵装はエネルギーライフルとブレード、背部に小型榴弾砲とシンプル。塗装は掠れて装甲の灰色がむき出しで、エンブレムが刻まれているはずの肩部装甲には、削り取ったような痕がある。

 

 一見すれば古ぼけた量産機のような外見。

 

 しかし擦れ切った装甲からにじみ出る圧力は、雑兵のそれではない。特大の戦術兵器の砲口を眼前に付きつけられるような圧力を、その場の全員が感じ取っていた。

 

『もー先輩。二度と真面目には働かないって言ってたじゃないっすか……先輩?』

 

 マウが茶化すように声をかけるが、反応はない。

 

『お、オペ子さん? さっきの声、オペ子さんですよね?』

 

 カモ子の声にも無反応。

 

 ただ黙してオリジンと向き合っている。

 

 やがて空間が軋むような重い沈黙を破ったのは、オリジンの方だった。

 

『最優先抹殺対象を確認。排除開始』

 

 再び燐光の障壁を纏う。それだけでなく、背部ブースターと実体剣からも粒子の光が漏れ出る。

 

 火力、防御力、機動力。粒子リソースを均等に割り振った、オリジンの個体殲滅モードである。

 

 シンシアリティが動く。最短距離でオリジンへ接近。

 

 オリジンが実体剣を刺突、斬り払う。青い粒子の軌跡が残る。

 

 シンシアリティは最小限のブースト加速でこれを避けつつ、背部の榴弾砲を発射。しかし弾はあさっての方向へ飛び、オリジン下方の地面で爆炎が上がる。

 

 粒子障壁がこの爆発に反応した。下方を厚く、それ以外は薄く。

 

 それを見切ったシンシアリティ、粒子の最も薄い箇所を突っ切り、ブレードを一閃。オリジンの右腕部が肩口から切断される。

 

 障壁が復旧される頃にはもう、シンシアリティはオリジンの背後へと抜けていた。

 

 再び向き合い、膠着する両者。

 

『シンシアリティ、ダメージ甚大! 粒子の浸食です!』

 

 交錯の結果は痛み分けだ。即座に機能停止とはいかないまでも、薄まった粒子障壁は機体を浸食する。シンシアリティの装甲表面が赤熱し、溶け落ちていく。

 

 障壁の動きを誘導して巧みに肉迫したものの、オリジンとて学習する。同じ手は通じないだろう。次の一手は──。

 

 同じ手は通じないとばかり、オリジンは新たな動きを見せる。

 

 これ見よがしに実体剣を振り上げ、刃を振るう。

 

 粒子の軌跡が青く汚染され、それは三日月型の光波と化して射出された。

 

 近接装備の間合い外から放たれる飛び道具。返す刀で二度三度四度と、逃げ道を潰すよう時間差をつけた連撃だ。

 

 シンシアリティは一切の動揺を見せず、初見とは思えない流麗な機動で回避する。直撃はおろか、青い粒子の軌跡すら見切り、ひらりひらりと木の葉のように宙を舞い、致命の光波弾幕をすり抜けていく。 

 

 まるで光波の方がシンシアリティを避けているかのようなその動きは、朽王がカモ子の弾幕をすり抜けた機動を想起させた。

 

 当時は結局仕組みを暴けなかったカモ子だが、今なら分かる。

 

「偏差を使ってる……!」

 

 相手の移動先を射撃するFCSの偏差機能。これを逆手に取り、ほんのわずかな左右移動とブースト噴射でフェイントをかけ、あさっての方向へ偏差を誘導しているのだ。

 

 FCSの挙動と射撃タイミングを完全に把握して初めて可能となる神業を駆使し、飛び道具の連撃をやり過ごすシンシアリティ。

 

 しかしその光波は避ければ終わりではない。空を切った粒子の軌跡が青く汚染され、シンシアリティの動ける空間を削り、制限していく。

 

 当たれば即死、掠っただけでも粒子の汚染で大ダメージは必至。どんな神業であろうと粒子のダメージは避けられない。時が経つほどオリジンの優位が増していく。

 

「どうしたら……っ!?」

 

 カモ子を含む周囲の生き残りたちが臍を噛む。助太刀しようにも二機の周囲は分厚い粒子の幕に覆われ、弾丸の一つすら通れない。

 

 刻一刻と追い込まれていくシンシアリティ。深まる絶望感。

 

 重苦しい空気を、オペレーターからの報告が裂く。

 

『不明機体、再度接近! ADじゃない──』

 

 待っていたとばかり、シンシアリティが前に出た。

 

 粒子の汚染をミリ単位の機体制御で躱し、肉迫しつつ背部の榴弾砲を起動。

 

 オリジンの足元に砲撃。

 

 しかしオリジンの障壁は正面に集中されたまま、爆風と破片のダメージを受け入れている。

 

 軽微なダメージは無視して、シンシアリティを間合い内に迎え入れる。障壁を押し付けるようにして、粒子の輝く実体剣を振るう。

 

 ひらり、と軽やかに宙返りで回避するシンシアリティ。くるくると回転しながらもしつこくオリジンの足元へ砲撃を続ける。

 

 オリジンはついに爆風を避けるため、急速上昇で高度を取った。

 

 シンシアリティの直上で、胸部の装甲が稼働。露出した砲口に粒子の光が集まっていく。開幕で使った粒子砲だ。

 

 発射されればシンシアリティもろとも、生き残りの傭兵たちが消し飛んでしまう。

 

 これに対し、シンシアリティは何もしない。ただじっと滞空し、光の集まる様を見守る。

 

 光がひと際強くなり、ついに放たれようかというとき──

 

『不明機体──WD(ワークドール)、衝突します!』

 

 激しい金属音を響かせて、オリジンの巨体が揺らめいた。収束されたAPは空の彼方へ飛んでいく。

 

 先ほどオペレーターが接近を告げた機体が、オリジンに背後から直撃したのだ。

 

 その正体は、だるまに手足をくっつけたような外見の作業用重機──WD(ワークドール)である。

 

 背面にはなんらかの物資を満載したバケットを背負い、外付けのロケットエンジンが雑に接続されている。飛行というよりただまっすぐ発射される砲弾として機能した。

 

 シンシアリティはそのタイミングと軌道を完全に把握した上で、オリジンを誘導した。両者を包む粒子障壁に残されたわずかな穴の位置さえ計算し、WDの軌道と重ねる。そこを通過した後、兵器ではないWDであればオリジンが警戒しにくいのも織り込み済み。時が経つほど優位になるのはオリジンだけではなかったのだ。

 

 障壁のない無防備な背面に十数トンの体当たりを受けるオリジン。巨体が揺らぎ、致命的な隙を晒す。

 

 シンシアリティの一手はまだ終わらない。

 

 突如オリジンが爆炎に呑まれる。WDが背負っていた大量の物資──発破用爆薬の爆発だ。

 

 シンシアリティが距離を詰める。爆風を正面から受けながらも躊躇しない。粒子残量を削り、大ダメージを与えた今こそが最大の好機だ。

 

 しかしオリジンもその攻め手を読んでいた。

 

 薄まった粒子をどうにか正面に集めつつ、実体ブレードを突き出し、シンシアリティを迎え撃つ。

 

 ざん、と擦れるような音。

 

 シンシアリティのエネルギーブレードが、オリジンの胴体を抉っていた。一方、オリジンの剣は狙いを外れ、虚空に突き立っている。

 

 が、透き通るような青の光が、両者を包み込んでいた。

 

 復旧した粒子の障壁である。粒子の制御装置は機能を止める直前、シンシアリティの機体を覆うように粒子を展開させたのだ。

 

 ほんの一瞬の接触でさえ、頑強な装甲を融解させる粒子に包まれたシンシアリティは。

 

 力尽きたオリジンの巨体もろともに焼け焦げ、溶け落ち、青いプラズマ粒子と一体化して、夜の闇に散っていく。

 

 そして後に残されたのは、荒れ果てた灰の大地と、炎上するADの残骸、わずかな生き残りの傭兵たちのみ。

 

 終末的な破壊をもたらしたオリジンも、それに真っ向から立ち向かった過去の伝説も、幻のように消え去った。

 

『作戦目標……消滅、しました……?』

 

 夢から覚めたみたいに、唖然としてつぶやくオペレーター。その声を受け、少しずつ現実を呑み込んでいく生き残りたち。

 

「……は?」

 

 その中で、カモ子は。

 

 状況をまったく理解できず、呆けた声を上げたのだった。

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