とある悪徳オペレーターの音声ログ 作:ロボバトル曇らせメリバ百合風味
4月10日
半年してダメそうだったら殺す。
と思ってたけど、その必要はなさそうだ。思ったよりカモ子の上達が早い。
一週間ほど訓練して、今日二度目の無人機撃破に向かった。無傷で勝利できた。
この辺りの無人機はカスとはいえ、そのカスに大苦戦していたのがウチのアルティメットカスだ。きちんと圧勝できてえらい。
でも楽観はできない。カスを払うだけのばらまき依頼なんて一日十件こなしてやっと一食分くらいの稼ぎだし、そこから諸経費を差っ引くと、私の取り分はないに等しい。
ふざけんな。オペレーターなんざあれこれ指図するだけの簡単な仕事だろーが。なんで赤字だの黒字だので悩まなきゃならんのだ。
もうやだ! 古傷痛い! 考えるのイヤ!
んああああ!
……ふぅ。
4月11日
悪徳オペレーターたるもの、顔と名前と所在は明かしてはならない。
なぜなら悪事がバレたとき、傭兵にぶっ殺されるからだ。私がしたみたいに。
あのカスオペ、略してカスオのダメなところはそこだった。律儀に身元を明かしてるから痕跡を追われて蒸発させられる羽目になる。
私はカスオと同じ轍は踏まない。カモ子と生身で会うことは未来永劫ない。謎めいた音声だけの有能オペとして傭兵を手のひらで転がし、悪さがバレたらドロンしてやるのだ。ふはは。
4月12日
マージで古傷が痛い一日だった。我慢して悪徳オペ頑張った私えらすぎ。
この私を傷者にしやがってあのポンコツ兵器……無人機でもADでもなかったけど、何だったんだろ。
考えてたらまた痛くなってきた。いてて……
4月14日
カス無人機撃破を十件こなす。
ギリ黒字。カモ子は「お金!」と喜んでたけど、こんな程度の稼ぎで私がとられた十年分のお金は取り返せない。それどころか毎日の食費にさえ届かない。
副業でも始めるかな。
ーーー
オペレーティングシステム、再起動。
設定を同期中……完了。
音声ログを再開します。
ーーー
4月15日
鉱山バイトを始めた。
でも真面目に働くとかマジでイヤなので、カモ子にはさっさと上達してもらいたい。
4月16日
あっぶねー。
虫の予感が働いて依頼をキャンセルした。
で、その依頼を受けた別の傭兵が死んだらしい。所属不明機体に殺されたとか。
どうせ共和国の脱走兵か、イレギュラー無人機とかだろう。傭兵の世界にはよくあることだ。
契約金は没収されたけど、我ながらナイス判断!
4月20日
『ルプスの回避機動は一見ランダムですが、よく見れば癖があります。この画像をよく見てください』
『……』
『カモ子さん?』
『はっ、え、はい!』
『居眠りとはいい度胸ですね。無人機より先に私が先に殺してさしあげましょうか』
『ごめんなさい! なんか頭がぼーっとしちゃって……もう一度お願いします!』
キレそう。
人が懇切丁寧に教えてやってるって言うのによぉ! 話の最中にスイッチ切れたみたいにぼさっとしやがって!
やろうと思えばカモ子なんかドリル装備のWDで秒殺できるんだからな!
4月21日
おかしいな。
オペレーターの収入より、週二回のバイトの給料のが高い。
コツコツ働くのが結局一番ですよ、と誰かに言われてるみたいで腹立つ。
「オペ子ちゃんきびきび動くから助かるよ!」「元傭兵!? すごいな! 三大勢力とは戦ったことあるのかい!?」
とかなんとかチヤホヤされて、満更でもない自分にも腹立つな。
ま、私は世界の真理に気付いたからな。何言われたってもう労働はしない。真面目バカを搾り取る賢いやつに、私はなるのだ。
4月22日
さて、今日も私の華麗なる悪徳オペ生活をログるときが……
『着信:おっぱいピンク後輩』
ちっ、昔の番号でかけてくるとは、しつこいやつめ。
どうせ戻ってこいって話だろう。いいかげんびしっと言ってやるか。
『もしもし先輩!? 今大丈夫っすか!?』
『大丈夫じゃない。至福の時間が始まるところだ』
『それは良かったっす。単刀直入に聞くっすが、戻ってくる気はないっすか?』
大丈夫じゃねえって言ってんだろ殺すぞ。
と、キレても聞かねえんだよなこいつ。
『いいか。今のトレンドはな、悪徳オペレーターなんだよ』
『……はい?』
『バカでクソ真面目な傭兵を口八丁で躍らせて、分け前を掠め取って生きていく。キツイ、汚い、殺されるの3K戦場には一切出向かない、クリーンでスマートな仕事さ。真面目にやってる連中から搾り取り、掠めとるのが一番賢い──これが世界の真理だ。だから私は二度と真面目には働かない!』
『あーはははははは! あはっ、あははぁ!』
ふはは。
人が十年かけてたどり着いた真理に対し爆笑とはな。
いよいよマジで殺すか。
『ふひっ、あはは、お腹痛い……! ま、真面目とお人よしの化身な先輩が悪徳って、河童が木登りするようなもんっていうか、髪切るのにエネルギーブレードを使うくらい無茶っていうか……!』
『向いてないって言いたいわけ?』
『間違いなくこの世の誰よりも向いてないっす! そもそも仕事辞めてすぐ次の仕事探してる時点で真面目過ぎっす!』
『機体の維持費払わなきゃなんだよ。しゃーないだろ』
『売ればいいじゃないっすか』
『カスタムにいくらかけたと思ってる。売ったらもったいないじゃん』
傭兵になる前から使い続けてるあのADには愛着がある。手放すのは嫌だ。たとえ維持費がバカ高くても売りたくない。
『みみっちい! 二度と使わないアプリをなんとなく取っておくみたいなみみっちさっす!』
『んだとコラ』
『断言するっす。悪徳オペなんて無理無理! もう私が直接戦った方が早くね? ってなるっすよ!』
『上等だ。見てろコノヤロー』
通話終了。
無理だと言われたらなおさら燃えてきた。
絶対絶対、世界一ビッグな悪徳オペレーターになってやる!
4月24日
訓練に付き合うのだるいな。
もう私が直接戦った方が早くね? いちいちゼロから育てるのめんど──
いや、今のウソ。
真面目に傭兵やるとか二度と無理だし。戦うのはバカの仕事だし! 私みたいな賢いやつは悪徳オペレーターが天職だし!
4月28日
ぐへへ、やっとカモ子の腕が稼げるくらいになってきたぞ。
今日はちょっと強めの無人機を倒しに行って、赤字だけど依頼は達成した。
少しずつ強い敵と戦わせて、ゆくゆくは安定した高収入を得られる腕利きになってもらう。
完璧だ。私は頭がいいだけでなく、人を育てる才能まであったんだ。ついでに顔も美人で声はかわいい系。二物も三物を与えやがった天には困っちゃうぜ。いやむしろ私自身が天かもしれん。
クソ生意気な後輩め、何が向いてないだよ。夢の悪徳オペレーター生活はすぐそこに見えてるじゃないか。
土下座する後輩の頭を札束でぺしぺし叩く日は近いぜ。
5月1日
んああああ!
大赤字ぃ!
機械風情が人間様にたてつきやがってよおおお!
きいいい!
(重厚な打撃音)
ーーー
『今日の依頼は、カス無人機撃破十件ですよ!』
「前から思ってましたけど、オペ子さん口悪いですね」
組合施設内の通路を歩きながら、カモ子は端末から聞こえる声に苦笑する。
二人が契約を結んでから二週間が経った。初日の大苦戦を経て、カモ子は組合のシミュレーター筐体でAD操縦の基礎を学び、どうにか新人傭兵を名乗れる程度の腕前にはなった。
具体的には、全長二十メートルの鳥型無人機──コルウスの群れに難なく勝利できる。
基礎さえ学べば簡単なことだった。型落ちのレンタル機とはいえ、ADは火力、装甲、機動力、どれをとってもコルウスに勝っている。ブーストを吹かして距離を取り、FCSに任せるままに引き金を引くだけで、コルウスたちは物言わぬ鉄クズと化した。
問題は数だ。コルウスは汚染区域から、内地へ向けて断続的に侵攻してくる。これを逐一迎撃して経験と日銭を稼ぐのが新人のお定まりらしいが、一日に十件もこなすとくたくたになってしまう。
「ふぃー、終わったぁ……」
『お疲れ様でした。すごい、昨日よりも上りが三十分早いですよ。カモ子さんは才能があります。私が見込んだ通りです』
「うへへ」
今日も今日とて言われた通りの依頼をこなし、一息つく。
すかさず機械音声がカモ子をヨイショし、口元がだらしなく緩んだ。
輸送ヘリに機体を回収されつつ、カモ子がディスプレイの『SOUND ONLY』に身を寄せる。
「そんなに褒めてくれるってことは、今回は上手くやれたってことですよね。何点ですか?」
『九点です』
「……十点満点?」
『百点満点中です。いつもそうでしょうが』
カモ子ががくりとうなだれる。
その様子に構わず、オペ子は畳みかけた。
「エネルギー切れ四回も起こしていましたね。たった五秒でもブーストを使えなくなるのは致命的です。エネルギー管理をもっと徹底してください。三件目の依頼では非ロックオン状態で無駄弾を二発浪費していました。撃つなら当ててください。五件目でコルウスの残骸に足を取られて転倒していました。足元に気を付けろと再三注意したのにです。たとえ眉間に弾頭が迫っているときでも視野を広く保ってください。カメラの画角外とセンサー感知範囲外も第六感で知覚できるようになるのが理想です。あと六件目では──」
カモ子は顔をしかめてディスプレイから距離を取った。スピーカーのスイッチを切ろうかと迷うも、諦めて音声が流れるに任せる。
仕事が終わるといつもこうだった。カモ子の拙いところをこれでもかと指摘してくる。毎回恒例の反省会だ。
内容は無理難題もあれば、妥当なものもある。前者は聞き流し、後者は聞き入れて次に活かす。そうして少しずつ上達している。
『と、いうわけです。分かりました?』
「すべて完全に理解しました!」
ほんとかなぁ、というぼやきは聞こえないふりをして、
「そんなことより、お金は?」
『はいはい』
ディスプレイに数字の羅列が表示される。
今日の収支報告だ。初陣の次の日に読み方を教えてもらい、正しく読めるようになった。
裕福ではないものの、たしかな稼ぎが示されている。
「おかねー、おかねー、ふふっ」
『何を喜んでんですか。こんなの一食で消える端金ですよ。喜ぶより危機感覚えなさい』
「一食食べれるなら十分ですよー。なんならオペ子さん、奢りましょうか? 私の稼ぎで」
『殺すぞ』
「きゃーこわーい」
びきびき、と青筋を立てる音が聞こえるようだった。
オペ子のことはほとんど何も知らない。顔も本名も。
けれど、面倒見が良くて、煽りに弱くて、お金にうるさいことはこの二週間で知ることができた。
それともう一つ。
「一食だけじゃ足りませんよね。初戦の大赤字を返すには」
『……あれはもう返済しました。余計な気を回さず、貴女はさっさと強くなるのに注力してください』
「はーい」
収支の読み方を習ってから知った、初戦の大赤字。
カモ子が顔を青くするほどの額を、何も言わず立て替えてくれた。そんな優しさもある。
どんな顔をした人なのか。どんな声をした人なのか。
画面上の『SOUND ONLY』をじっと見つめるカモ子。
その視線に怯んだように、オペ子が話を切り上げにかかった。
『帰投後は訓練メニューBをこなして早めに寝るように。それでは』
「あっ、待って」
通信は無慈悲に断たれた。
もう少し話していたかったのに。唇を尖らせて、沈黙したディスプレイを指でなぞる。
それと同時、視界が暗くなった。着陸したヘリがエレベーターに乗り、格納庫へ搬送されているのだ。
これから言われた通りに訓練をして、『みんな』の待つ家に帰る。ゆっくり休んでまたADに乗り、オペ子に導かれて戦う。
戦うのは怖いし、毎日忙しないけれど、この日々がカモ子は嫌いではなかった。
ーーー
傭兵になってから一か月が経ち、カモ子は期待の新人として注目され始めた。
「おう、お前がカモ子か。戦場でかち合ったらお手柔らかにな!」
「あの新人オペと組んだんですって? あなたの腕がいいのか、それともあのオペが存外やるのか、どっちなのかしら。なんにせよ、あまり目立たないことね」
「はあ」
組合の施設には多くの傭兵が集う。傭兵ランクが上がれば割引価格で居住区画も使えるので、通路や格納庫はいつも傭兵と整備要員でにぎわっている。
その賑わいの中で、声をかけられることが増えた。内容は挨拶と牽制が大勢を占める。溌剌とした偉丈夫や同年代の少女など、傭兵の容貌は多様だっただが、瞳の奥に燃える冷淡な光だけは共通していて、カモ子は腰が引けてしまった。
「うう、怖いですオペ子さん……慰めてください」
『あ、そう。それより今日の仕事ですが』
「冷たい!?」
『怖いだけじゃ人は死なないんですよ。今の貴女を殺しても得られるものはゼロですから、何言われても無視でいいんです。仕事に集中しなさい』
そんなこんなでいつも通り依頼をこなし、帰投中に反省会を済ませ、それをフィードバックして訓練し、解散。最初は怖かった鳥型無人兵器コルウスへの対処は流れ作業で出来るようになり、無駄弾が減ったことで収入も増えてきた。コルウスより少しだけ強力な狼型無人兵器『ルプス』も撃破でき、どちらともなく次の段階を意識し始めた頃。
カモ子は洗礼を受けることになる。
傭兵の恒例行事──想定外である。
ーーー
その日は始まりからして平生とは違っていた。
「今日は五件だけですか?」
オペ子が朝、コックピットで通話をつないですぐに提示した依頼はたった五件。最低でも十件、最大で二十件こなせる今のカモ子には少し物足りない。
『嫌な予感がするので、西部平原の依頼だけ回避しました』
「嫌な予感って?」
『想定外の予感です。所属不明機が暴れている噂は聞いているでしょう』
所属不明機。名前の通り、どこのものともしれない機体が外縁をうろついているらしい。組合内を行き来する傭兵たちが話しているのを、カモ子も耳に挟んでいた。
「その不明機さんが西の方にいるんですか?」
『知りませんよ。ただの予感ですから。ですが私の予感は傭兵時代から九割的中します。想定外と出くわして死ぬ、なんて馬鹿げた死に方は許しませんよ』
「さすがオペ子さん、頼りになります!」
『ふふーん』
そういった事情があり、外縁の西を避け、東部の各地を回って五件の依頼をこなした。後で明らかになったが、実際にこの日の西部では所属不明機の被害が出たらしい。
依頼達成後、輸送ヘリに吊るされて帰投中のコックピットにて。
いつもの反省会を終わらせる。通信を切ろうとしたオペ子を強引に引き止め、たわいもない雑談にいそしむ。
「今の私なら一日百件はいけると思うんですよ」
『二十六件目で弾が切れますね。あと一日の受注上限があるので』
「んもー、冗談じゃないですか! あ、冗談って知ってます? オペ子さん真面目だから知らないかなぁ」
『貴女の存在のことですね』
「ひどい!?」
からかうと倍の強さで小突き返される。これもいつものこと。怒らないラインは感覚で分かっており、組合に帰るまでつっつくのが最近の日課だ。
次の軽口を叩こうとしたところで、視界内に光。
コックピットを囲むディスプレイに変化はない。荒廃した褐色の大地が後ろへ流れ去っていくのを映し出している。
光の正体は、レーダー上に現れた光点だった。
「エネルギー反応……?」
カモ子の乗る組合のレンタル機体は型落ち品であり、頭部パーツに組み込まれたレーダーの感度は悪く、索敵範囲も狭い。コルウスの微弱な反応であれば至近距離でも見逃してしまう。
にもかかわらず、レーダー上の光点は一等星のごとく煌々と光っている。目の悪さなど関係なく、イヤでも分かる超高エネルギー反応だ。
「オペ子さん、これって……!?」
『イレギュラー無人機でしょうね。このサイズはラルヴァか、クスィフィアスか……幸い距離はあります。放っておきましょう』
イレギュラー。その言葉に背筋が寒くなる。
汚染区域から外縁へ流れてくる無人兵器は、コルウスのような弱小種だけではない。新人傭兵が束になっても叶わない怪物が、極まれにやってくる。
そうした個体をイレギュラーと呼ぶ、とオペ子に教わった。侵攻を確認次第、高ランク傭兵数名に名指しの依頼が割り振られ、内地では三大勢力の正規軍が準戦時体制で防衛線を固め始める。外縁で日常的に交わされる戦火が一時的に絶え、イレギュラーが去るまですべての勢力が息をひそめる。災害に等しい古代の遺物、それがイレギュラーだ。
もちろん、そんな怪物と渡り合えるなんてカモ子は夢にも思っていない。
オペ子の言う通りイレギュラーの反応は遠い。このまま自動運転の輸送ヘリに身を任せていれば、航路通りに組合へ逃げ込めるだろう。あとは自分よりずっと強い人たちがなんとかしてくれる。
カモ子は緊張を和らげ、無意味を承知で息をひそめる。何かの拍子にこちらを気取られるとも限らない。
そうしてカモ子は、特大の光点がレーダーの範囲外へ消えていくのを見つめ──
「あ」
その光点の傍らに、とても小さな反応をもう一つ、見つけてしまった。
それはあまりに小さく、イレギュラーの反応に隠れてしまう。
気のせいだったかも。
と考えた直後、ノイズだらけの通信音声。
『こちら──帝国──三小隊──イレギュラーと交戦──被害甚大、救援──』
ぶつり、と音が途切れる、レーダーの光点が索敵範囲外へと消えた。
カモ子の手が反射的に動く。
機体を懸架するワイヤーをパージ。ばしゅん、と火花が弾け、レンタル機体が空中へ投げ出される。
背部メインブースターを起動。ヘリが残した慣性を振り切って、進行方向とは逆──イレギュラーのいる方向へと翔ける。
『何やってんですか!?』
「誰か戦ってる! 救援って言ってた。助けてって言ってた!」
別にカモ子に向けた声とは限らない。カモ子が行かずとも誰かが行ってくれるかもしれない。行ったところで何ができる。
理屈では分かっていても、感情は別だ。
助けを求める者がいたなら、助けに行く。カモ子の頭にはそれしかない。
ブースターが焼け付くまで吹かして、カモ子は死地へ突っ込んで行った。
ーーー
褐色の大地を六機のADが駆ける。
帝国の量産機、『クレイモア』だ。装備は全機共通して実弾ライフルとエネルギーブレード、小型ミサイルランチャー。肩にはⅢを象ったエンブレムが刻まれており、これは帝国が誇る親衛隊の第三小隊を意味する。
一人一人が上位傭兵レベルの精鋭部隊だが、すでに機体の各所からダメージによるスパークが弾け、満身創痍だった。
「隊長、これ以上は……!」
「分かってるっす。通信は?」
「ダメです。依然通じません」
彼らが相対しているのは山のような巨人。全長五十メートルの巨躯を分厚い装甲に包み、冗談のような大口径火砲を多数備えた超大型無人兵器、『ラルヴァ』である。
イレギュラー無人機であるラルヴァは、発見すれば即本隊へ出現を報告し、侵攻に備えねばならない災害だ。しかし不意に遭遇したラルヴァは、第三小隊に撤退も救援要請も許さなかった。
「連装プラズマミサイル、来ます!」
「迎撃っ!」
ラルヴァの背負う多連装ミサイルランチャーが火を噴く。空が256発のミサイルで覆われ、降り注ぐそれらを六機がライフルで迎撃していく。
弾ける爆炎は紫電色だ。プラズマ弾頭の爆発は熱量だけでなく、強力な電磁波で通信を阻害するECM効果がある。救援要請は通じず、逃がしてくれる気配もない。
「さて、どうするか……」
ミサイルを一つ残らず撃ち落としながら、小隊長、マウ・リリーランドが冷静に場を俯瞰した。派手なピンクに塗装された専用機は、他の五機と比べてほぼ無傷を保っている。若い女性の身で精鋭部隊の隊長を任される彼女の実力と判断力は、窮地にあってもまるで鈍らない。
マウの率いる部隊はとある偵察任務の帰途にあった。三大勢力の一角である『テックマン』が建設した怪しい施設を偵察し、工作を仕掛けてきた。
その成果を持ち帰り、かつイレギュラー無人機の出現を知らせるのが最優先。もはや多少の犠牲は止むを得まい。
「先輩がいれば、こんなの秒でどうにかなるんすけど──しゃーなしっすね」
そうして、犠牲を前提とした離脱に戦術を切り替えようとした矢先。
「AD、急速接近! 傭兵組合所属、数は一!」
無謀な傭兵の操るADが単身、死地に飛び込んできたのだった。
ーーー
荒れ果てた丘陵地帯を超え、レーダーの示す位置を目指すカモ子。
最後の丘を越え、眼下に広がったのは茫漠とした荒野だ。
「あ、あれがイレギュラー……!」
荒野の中央に、山と見紛う巨影が佇んでいる。超巨大人型自律無人兵器、ラルヴァである。
ふざけているとしか思えない連装ガトリング砲を振り回し、薬莢が瀑布のごとく流れ出る。全身を覆う近接防御機関砲が絶えず火を噴き、空を埋め尽くすミサイルが飛び交い、青いエネルギー弾が大気をプラズマ化させて飛んでいく。
その足元で五体のADが駆け回っていた。全長十メートルのADもラルヴァに比べれば小人のようだ。
機体はどれも火花をあげていて、残骸のようなものが炎上している。装甲車が三台横倒しにされ、満身創痍といった状況だ。
『うそだろオイ、ラルヴァはまだしも帝国親衛隊かよ……!』
「オペ子さん、お助けしましょう! どうしたらいいですか!」
『逃げろ!』
「やだ!」
『だよね知ってた!』
言われて逃げるくらいなら最初からここに来ていない。オペ子がヤケクソで叫んだ。
少しの沈黙を挟み、落ち着いた声が返って来る。
『兵装データを共有します。512連装ミサイル、90ミリ六連装ガトリング、近接迎撃システム、長射程エネルギーキャノン、超大型榴弾砲。が、これは無視してかまいません。重要なのはここです』
頭部メインカメラの望遠機能がひとりでに起動する。オペ子が遠隔で動かしているのだろう。
ここ、と言って映し出されたのはラルヴァの損傷だ。右肩に背負う棺桶のような連装ミサイルランチャーが黒煙を上げており、半分は使用不能になっている。
胸部装甲にもダメージがあった。一部が抉られたように欠け。砕けた装甲の奥からは青々とした光──無人機共通のジェネレーターが発する燐光が漏れている。
『あの青い光、見えますね?』
「見えます!」
『あれがジェネレーター。潰せば終わりです。でも正面に立てば即死だし、よじ登ろうにもCIWSのせいで近づけない』
「しうす?」
『無敵バリアみたいなやつ。ラルヴァの真価と言ってもいい』
両腕のガトリングキャノン、榴弾砲、背中の多連装ミサイル。そういった大火力の兵器よりもはるかに厄介なのが、全身を隈なく覆う
『けど現状、近づかずしてジェネレーターを潰す手段はない。だから、こう』
こう、と言って送られてきた画像データを開く。
そこには、ラルヴァの心臓を潰すための単純な計画がまとめられていた。
さっと目を通し、カモ子は目を丸くする。
「えっ、こんなことでいいんですか?」
『普通は無理。でも
「はーい、って、離れててもオペ子さん一緒──」
『右三十度回頭ブースト全開!』
反射的に体が動いた。
機体を旋回、ブースト全開、ラルヴァの方向へ機体がカッ飛んでいく。
同時、背後でバチバチ、と独特の爆発音。
ミサイルが着弾したのだ。無防備に突っ立っていたカモ子を狙ったプラズマ弾頭が爆発し、高熱によって丘を融解させる。
「あぶなー! オペ子さん次は? オペ子さん!?」
レーダーにはノイズ、通信もノイズだらけ。ディスプレイにはECMの警告表示。
オペ子の言い草の意図を理解した。
プラズマ弾頭による通信障害で、オペ子の作戦指揮を受けられない。
カモ子は一人で、オペ子の作戦をやり遂げなければならない。
「無理無理無理無理──じゃ、ない! できる! やってやるよぉ!」
この一か月で身に着けたクソ度胸を発揮し、カモ子はラルヴァの背中に向けて突っ込んで行く。
「まずはあそこまで!」
作戦フェーズ1、『接近』。
オペ子が残したガイドビーコンが示す場所、ラルヴァの足元を目指す。
幸い、ラルヴァの主武装は五体のADたちが引き付けてくれている。脅威度低しと見ているのか、ラルヴァの注意もカモ子にはほぼ向いていない。
次々に着弾するミサイルの爆風に煽られつつ、どうにかラルヴァの足元までたどり着いた。
次はフェーズ2、『登攀』だ。
『ASSIST MODE ACTIVATED』
「ぐえっ!」
とたん、機体が横殴りされたような機動で勝手に動く。手元のコンソールには見たことのない文字列が並んでいた。
「なになになに!? アシストモード!?」
機体の制御権はカモ子からとあるプログラムに移っていた。オペ子が先ほど即興で組み上げ、送り付けたものだ。
「ぐえっ、きゃあ!?」
上へ下へ右へ左へ、恐ろしく鋭敏な軌道を描いて動き回る。あらかじめ決められた動きを実行するプログラムに手加減はない。機体スペックを限界まで引き出した無茶な動きで、カモ子の意識が飛びかける。
もちろんカモ子をシェイクするためだけのプログラムではない。
レンタル機は今、CIWSの集中砲火にあっていた。毎秒二千発を超える機関砲の弾幕をかいくぐり、ラルヴァの巨体に肉迫しているのだ。
『アシスト解除まで3,2,1──』
「ま、待って待ってぇ!」
唐突な機械音声にせっつかれ、カモ子は目を回しながら起き上がった。
『アシスト解除』
機体の制御権がカモ子に返ってくる。
現在地は、ラルヴァのうなじのあたり。
全身に配置されたCIWSの砲門がこちらを向いているものの、なぜかそのCIWSは煙を吹いている。
それだけではない。まるで図ったように、近辺のCIWSは破壊されていた。オペ子のアシストでここまで接近できたのも、CIWSの絶対防御に穴があった故なのだ。
しかしなぜCIWSが壊れていたのか。帝国のADが破壊したのなら、オペ子と同じ方法でここに至っているはずではないか。
「まあいっか!」
考えるのは後だ。猶予はあまりない。
フェーズ3、『撃破』へ移る。
ぐるん、とラルヴァの頭部パーツがカモ子を見据えた。複眼式の光るカメラアイがじっと見つめてくる。
次の瞬間、ラルヴァのミサイルポッドが火を噴いた。256発のミサイルが垂直に発射され、そして弧を描いて帰ってくる。
「あわわわわ」
カモ子は無我夢中だった。
ラルヴァの肩を乗り越え、前方の胸部装甲に取りつく。欠けた装甲の前に膝をつき、エネルギーブレードを起動。
光と熱の刃を、青く光る巨人の心臓へ向けて、一息に突き出した。
ふっ、と。
ラルヴァのカメラアイが消灯する。自在に振りかざされていた両腕部が固定され、完全に動きを止めた。
勝った。やった。
ブレードを引き抜く勢いのまま、機体を後方へ。作戦の最終フェーズ、『離脱』だ。
ブーストを吹かして接地し、沈黙する巨人を見上げる。
鈍色の空をバックに硬直する巨人。なぜだろう、夜でもないのに空には光る点が無数に浮かんでいて──
「ぎゃあ!?」
ミサイルを忘れていた。
しっかりロックオンしているのか、カモ子に向けて一直線に殺到してくる。最悪の置き土産だった。
苦し紛れにライフル弾を撃つものの、一つ二つ落としたところで焼け石に水だ。オペ子との通信もまだつながらない。
とにかく闇雲に引き金を引いていると、横合いから火線が加わった。
「帝国の人たち~! ありがとー!」
帝国軍のADたちが手伝ってくれるらしい。カモ子のめくら撃ちとは段違いに正確な射撃が五人分加わったことで、ミサイルの雨が瞬く間に数を減らしていく。誘爆が連鎖し、空はプラズマの紫電に包まれた。
そのせいだろう。カモ子はすっかり気が抜けてしまった。あんなに落としのだからもう大丈夫、ていうかいい加減安心したい。
油断以外の何物でもない素人同然の思考に侵されて、カモ子は肩の力を抜く。
「あっ……」
そんなカモ子の十メートル後方に、撃ち漏らした最後のミサイルが着弾。
爆風に吹き飛ばされ、コックピット内のディスプレイにしたたかに頭を打ち付けて、カモ子は失神したのだった。
ーーー
「いやー、よかったぁ。レンタル機って頑丈なんですね!」
『よかあないわい!』
同日、夜。
傭兵組合内、救護室にて。頭に包帯を巻いたカモ子がからりと笑うと、通話をつないだ携帯端末が悲鳴を上げた。
声の主は無論オペ子だ。
『大破やぞ!? 修理不能で買い取りになっちゃったし! 十日分の稼ぎが水の泡なんですけど!?』
「まあまあ、命より大事なものはないですし」
『ちょっとは悪びれろや!』
爆風に煽られたレンタル機は、コックピットブロック以外全損の憂き目にあった。
型落ち品なのでパーツを取り換えようにもすでに生産されておらず、買い取りによる弁償を選ぶほかなかったようだ。
「そんなことより、帝国の人たちは大丈夫でした?」
『こいつ……二人死亡、後は無事。ラルヴァとやり合ったにしては上々でしょうね』
「そうですか、二人……」
目を閉じて、事実を噛みしめる。
誰かが助けてと言っていた。だから自分にできることをした。恥じることは何もない。結果を受け入れ、呑み込む。
「ところで、オペ子さんはあのラルヴァのこと知ってたんですか?」
話を変える。
オペ子は「あのラルヴァなら」と言っていて、立案した作戦も完璧だった。あの損傷した個体の存在を事前に知っていたのだろうか。
尋ねてみると、「ん、ああ」と気のない声を漏らして、
『私が前に仕留めそこなった個体だったんですよ。装甲抉ってCIWS潰したら逃げ出しちゃいまして』
「そうなんだー」
オペ子はオペレーターになる前は傭兵をやっていた、と聞いている。その時の話だろう。
納得しそうになり、寸前でどうにかとどまる。
「えっ? イレギュラーって三大勢力が戦略的対応を迫られるとかなんとか……めちゃ強いって言ってましたよね」
『うん』
「それを一人で追っ払ったんですか?」
『追っ払ったというか、他にもイレギュラーと変態爺さんがいたから、片手間で相手してるうちにいつの間にか逃げてた感じですね』
「ほああ」
気の抜けた声が出た。
以前から薄々思っていたことを、この際聞いてみる。
「オペ子さんって超強かったりします?」
『あなたよりは強いんじゃないですか。無駄話はもういいでしょう。これから帝国親衛隊との折衝やら新しい機体の手配やら忙しいんです。あなたはしばらく休んでさっさと元気になってください。それでは』
「ちょ、待っ」
無慈悲に通話が切れた。つれない態度に少し不満が募る。
オペ子は自身のことをほとんど話さない。本当の声も顔も名前も教えてくれない。直接聞いても仕事を理由に誤魔化されてしまう。
「私もか」
自嘲するように笑って、カモ子は端末の液晶に触れた。
金のために傭兵を始めた。なぜ金が必要なのか、傭兵をやる前の素性は何か。カモ子も明かせない事情を抱えている。
少しずつでいい。不器用で優しく、妙に強いあの人と、もっと仲良くなってみたい。なんとなくそう思う。
「うおう」
しみじみしていると、液晶が着信を告げる。
相手はオペ子、ではない。
今しがた思いを巡らせた、カモ子の戦う理由。大切な『みんな』からのものだ。
「もしもし? うん、ちょっと仕事でケガしちゃって、明日帰るね。ううん、全然。念のためにお医者さんが。うん、そう──」
大騒ぎする幼い声とやりとりするうち、夜が更けていった。
ーーー
一方そのころ。
傭兵組合内、機械に満たされた個室にて。
「きいいいいっ! ふっっざけんなぁ! 大赤字じゃんかよくそー! んあああいてっ、いてーーー!」
一人の女が奇声を上げて大暴れし、手の甲を機械の壁にぶつけ、悶絶していた。