とある悪徳オペレーターの音声ログ 作:ロボバトル曇らせメリバ百合風味
5月3日
この世の終わりだ。
大赤字、膨らむ負債、削られる我が残高、やけに痛い古傷……。
私はもうダメだ。
5月4日
やったぜ。
先日の大赤字が補填できた。
以下、有能な私の宇宙一賢い交渉術の記録。
『先輩、お久しぶりっす。三日前東部外縁に現れたラルヴァについて何か──』
『マウ! マウじゃないかよ、ちょうどお前の声が聞きたくて仕方なかったんだ、愛してる大好き!』
『着信拒否しといてよくそんなこと言えたっすねぇ』
『ところで金貸してくんない? ざっとこのくらい』
『またですか、しかもこんなに。何に使うんですか?』
『色々だよ! いいから貸してよ。もう頼れるのはマウだけなんだよぉ、うう、しくしく』
『仕方ないっすねぇ。今回だけっすよ? それはそれとしてラルヴァについて──』
『うわーっ! ECMだ! がが、ぴー、ざざー!』
というわけで赤字はどうにかなった。組合に債務を抱えると危ないし、後輩の財布は先輩である私のものだから、この選択がベストだ。持つべきは都合のいい後輩だな。
で、次は新しい機体だ。ADのない傭兵なんて引き金のない銃みたいなもの。ないと仕事にならない。
ケチな組合には断られた。レンタル機をぶっ壊したペナルティで一年は貸せないそうだ。ちゃんと弁償したのに、ほんとケチ。
私の機体はピーキーすぎて使えないし、適当な中小勢力から買いたたくか……あ、そうだ。
『なんすか先輩。愛する後輩の声が聞きたくなったんすか?』
『ちょっとお願いがあるんだけど、親衛隊の機体余ってない? あれば譲ってよ。パーツだけでもいいからさ』
『ADの横流しがバレたらどうなるか知ってます?』
『銃殺刑』
「そういうことっす。それじゃ……」
『待って待って! じゃあ金! もうちょっとだけ貸してほしいなーって!』
『無理っすよぉ、今月いっぱいもやし生活っすよ? これ以上は飢え死にしちゃうっす』
『落ち着いてよく考えて。君の命と私の生活、どっちが大事?』
『先輩も自分の言動をよく考えてみた方がいいっすよ』
切れちゃった。
クソ、先輩が困ってるというのになんて薄情なやつだ。顔が良くて乳もデカいからと甘やかしすぎたか。
仕方ないから中古の安いやつ探しに行くかな。五十年ローンなら今の元手でもいけるだろ。
5月5日
畜生、やけに古傷が痛む。
痛すぎて一日何もできなかった。闇市に機体を見に行く予定だったのに。
カモ子のやつはちゃんと訓練してるだろうな。サボってたらぶっ飛ばす。
痛み止めODして今日はもう寝るぜ。
5月10日
機体を調達した。
現金一括払い。私の残高がごりっと減った。
ザコ勢力のくせに、ローンを組ませてくれないとは……仕事で敵対したら根絶やしにしてやる。
でも新機体の性能はかなりいい。カモ子のようなひよっこはもちろん、熟練パイロットの技量にも耐えうる汎用性がある。私の大事な残高分の働きはしてくれるはずだ。
カモ子をこいつに乗せて戦場に放り出し、私は安全な後方で甘い汁をチューチュー吸う。悪徳オペレーターになる日は近い。
5月11日
『もしもしカモ子さん? 新しい機体を手配しました。組合の九番格納庫に──』
『助けて!』
『……えっ、誰ですか君』
『お姉ちゃんっ、倒れて、動けなくって、どうしたらいいのかわかんなくて……』
何勝手に体調崩してんだ殺すぞ。
つーかこの舌っ足らずなロリボイスは誰だよ。家族か。
『お姉ちゃん、お姉ちゃあああん……』
『すぐに向かいます。場所は分かりますか?』
ああもう、泣くんじゃねえようっとうしい。
ーーー
カモ子の住まいは内地の帝国領、九番街にあった。
街と名のつくものの、実態はスラムだ。身元不詳の孤児や浮浪者が集い、数百年前のガタついたインフラにしがみついてその日暮らしを送る。住居は廃材を切り貼りして壁と天井らしく仕立てただけの粗末なもので、定期的に崩落事故が起きている。
カモ子の自宅もそうだった。積み上げられた廃材の隙間にトタン板の扉を取り付けたそれは、よく言えばアパート、悪く言えば巣穴の様相である。
そんな巣穴から外へ出てくるカモ子。いつもの通り、組合の施設へ訓練メニューをこなしに行くのだ。
シミュレーターが混んでないといいけど。
なんとはなしに考えて足を踏み出したとたん、体に力が入らなくなった。
「あれ……」
汚い地面に横たわる。起き上がろうともがくが、つっかえにした腕が滑ってまた倒れてしまう。
「お姉ちゃん? お姉ちゃん、どうしたの!?」
「お姉?」
「姉さん!?」
部屋の中から、三人の幼女たちが血相を変えてやってきた。先ほど行ってきますを言ったばかりの同居人たちだ。
「だい……じょ……」
大丈夫、ちょっと転んだだけ。
そう強がろうとしても、喉から出るのはかすれ声だけで、体もやはり動かない。
「誰か! 誰か助けて!」
同居人が高い声で叫ぶ。
けれど誰も答えない。九番街は明日どころか今日の暮らしすら危うい人々の掃きだめであり、他者を助ける余裕などどこにもないのだ。弱みを見せれば襲われるか、死ぬまで放っておかれるかしかない。
どうしようか。このまま眠ってしまおうか。
靄のかかった頭でぼんやり考えていると、ポケットの携帯端末が鳴った。一週間ぶりの着信音。頼れる相棒、オペ子からの連絡だ。
端末を手に取って応答した、と思ったらそれは頭の中の出来事だった。実際のカモ子はやはり微動だにできない。
代わりに端末を手に取ったのは同居人だった。
「助けて! お姉ちゃんっ、倒れて、どうしたらいいのかわかんなくて……」
「お姉ちゃん、お姉ちゃあああん……」
「お姉、起きてよう……!」
次に何が起こるのか、ろくに回らない頭でも想像がついた。次に感じたのは安堵と罪悪感だった。冷徹なフリして実は優しいあの人に、迷惑をかけてしまうことへの。
そして泣き叫ぶ同居人たちに囲まれて数分後。
カモ子の予想通り、一人の人物がアパートの前に現れる。
「泣いたってどうにもなりませんよ。中に運びます。手伝いなさい」
ーーー
「オペ子の依頼を受けてきました。ムイ・リリーランドです」
「本人かと思った」
「んなわけないでしょう」
現れたのは可憐な少女だった。艶のある黒髪を肩口で切りそろえ、猫のような切れ長の目元と金色の瞳。体は細いが、華奢というよりしなやかさな力強さが感じられる。
残念ながらオペ子本人ではないらしいが、とにかくカモ子は少女、ムイに助けられた。
動けないカモ子を部屋に運び、同居人たちと何か話した後、カモ子に何かを食べさせたのだ。しばらくするとカモ子は力を取り戻し、寝床の上で話せるくらいになった。
「妹さんたちから聞きました。君、最近ろくに食べていなかったようですね」
「食べてましたよ?」
「朝と晩にほんの少量。残りは妹さんたちに分け与えてばかりだったのでしょう」
「まあ、ええと、はい」
「だから倒れたんです。ハンガーノックって知ってます? 簡単に言うとお腹が空いて動けない症状です。餓死の二歩手前くらいですね。取り急ぎ栄養を取らせて危機は脱しました」
空になったパウチの袋を指し示すムイ。
カモ子は目をまん丸にした。
たしかに同居人たちに食料を分け与え、常時空腹だったけれど、近頃は空腹感を覚えてなくなっていた。だから体が慣れたのだと楽観していたのだが。
「慣れるわけねえだろバカタレが」
「ひどい!?」
「話の最中に呆けることがあった、とオペ子から聞いています。低血糖で意識が朦朧としていたのでしょう。仕事中なら死んでいます。バカタレどころではありません、おたんこなすです」
「ぐぬぅ……」
言われてみればそんなこともあった。オペ子には迷惑をかけたし、死の危険があったのも確かだ。一言も言い返せず唸るカモ子。
「お姉ちゃん……」
ムイの後ろにちょこんと並んで座る同居人たちが、目を眇めてカモ子を睨む。
「お姉ちゃんももっと食べてって言ったのに」
「やっぱり無理してたんじゃん!」
「お腹いっぱいだからって……ウソだった……ウソつき……」
「違う違う! みんながお腹いっぱいになったら満足だもん! 嘘じゃないよ!」
カモ子が傭兵として得られる報酬は、一人が食べていくには十分な額だ。
しかし食べ盛りの幼女三人を満足させるには足りず、必然的にカモ子の分を削るしかなかった。お腹を満たした妹たちの笑顔を見るのは、物足りない気持ちを補って余りあるほど嬉しい。その点はウソではない。
「はいはい、そういうのはいいので」
言い争いが生じる前に、ムイが手を打ち鳴らして注意を引く。
「涙ぐましい家族の寸劇は後にしてください。とにかく──」
「あっ家族ではないです。姉妹ですけど」
反射的に否定してしまった。
話の腰を折られ、眉をひそめるムイ。
気分を害してしまったか。
縮こまるカモ子に対し、ムイは慎重な口ぶりで、
「……どこからどう見ても姉妹なんですが」
カモ子、次に後ろの妹たちに視線を巡らせる。
少女たちの外見は規格品のごとく似通っている。十代半ば程度のカモ子より頭一つ分低い矮躯に、真っ白な頭髪、病的に白い肌、薄っぺらな白いワンピース。瞳はカモ子の青いいそれとは反対に血のように赤い。背丈と髪型、顔の作りも若干異なるものの、漂白されたような白と身に纏う儚い雰囲気は四人同じだ。血のつながりを感じられるほどに。
「なのに、家族ではないと?」
「はい」
ムイは迷うように視線を泳がせてから、重々しく尋ねる。
「君たちは何者なんです?」
答えるべきか。一秒にも満たないわずかな逡巡をカモ子は振り払う。
ムイは自分たちを助けてくれたし、何よりオペ子の依頼を受けてここにいる。余計なことを言いふらすような人じゃない。
カモ子は妹たちと目配せし、白ワンピースの襟を下にずらした。
白い乳房の肌地に、それぞれバーコードと番号が印字されている。『901』がカモ子。『875』『876』『877』が妹たちだ。
「私たちは、『テックマン』の実験体です」
ーーー
機械は進歩する。蒸気から電気へ、電気から原子力へ。大きな節目をつなぐ間に、無数の絶え間ない革新を重ね、文明を紡いできた。
であれば、機械を操る人体にもまた、革新が必要である。
人類の革新。その理念の元に活動する技術者組織が『テックマン』だった。
類まれな技術力のみで三大勢力の一角を占めるテックマンが、長年注力しているのが人工強化パイロットの開発だ。遺伝子や脳の運動野、筋組織、神経の改造により、ADの操縦に特化したパイロットを作る。機械を改修するように、パイロットの方も改修する、という研究コンセプト。
カモ子たちはその研究の産物であり、失敗作だという。
「研究者さんたちが、私たちを廃棄するって話してるのを聞いて。そのちょっと後で、なんかめっちゃすごい騒ぎ? みたいなのが起こって。気が付いたらここで四人とも倒れてました」
「途中ふわっとしたな?」
「だって覚えてないんですもん」
研究施設から逃げ出したときのことは、断片的にしか覚えていない。
鳴り響く警報。砕け散るアクリル板と壁。
隣と向かいの独房にいた少女たちを連れ、無我夢中で走った。そして何か巨大な、乗り物のようなものに四人で乗り込み──気づけばここにいた。
名前はない。知識もない。何者なのかも定かでない。
けれど同じ境遇の子供たちがいた。放っておけば野垂れ死ぬしかない幼い女の子たち。
彼女らを助けたのに理由はなかった。手の届くところにいたから手を伸ばしただけ。彼女たちにも施設に来る前の記憶はないようだけれど、外の世界に本当の家族がいるかもしれない。
その人たちと再会するまで、あるいは一人で生きられるくらい大きくなるまで、守る。それが年上の、お姉ちゃんとしての役目である。
「だから傭兵になりました。『傭兵は誰でもなれて、お金を稼げる』。それだけは知ってましたから」
「……」
「ムイさん?」
ムイはカモ子の胸を凝視し、刻まれた番号とバーコードを指でなぞっている。くすぐったくて思わず身を引く。
「『901』とは、つくづく……」
それから頭を抱えてぶつぶつ言い始めた。何を言っているのか聞き取れない。姉妹たちが怪訝に眉をひそめる。
しばらくすると、ムイはようやく頭を上げた。
「依頼人に報告しておきます」
「あ、はい。そのうち話そうと思ってましたから」
「そうですか。しかし君、不用心が過ぎますよ」
「え?」
ムイが身を乗り出し、カモ子の肩を掴んで詰め寄る。
「私は一介の傭兵に過ぎません。廃棄予定の実験体がここで暮らしている、とテックマンにタレ込んで謝礼をせびることだって考えられる。会ったばかりの人間を信用してはいけません」
「た、たしかに……!」
目から鱗だった。なぜかムイのことを信用しきってしまっていた。ことは自分だけでなく姉妹にも関わることなのに。
改めて気を引き締めるカモ子。心なしか表情を厳しくしてムイを睨む。
けれどその緊張は五秒ともたなかった。間近に迫ったムイと目を合わせ、にへらと口元を緩める。
「ごめんなさい。ムイさんのこと、疑うのは無理です。この人なら大丈夫って魂が叫んでます」
「……へ、へぇ」
ぷい、とそっぽを向いて距離を取るムイ。
「危機感がないにも程があります。廃棄されるだけのことはありますね」
「ひっっど!? 言っていいことと悪いことがありますよ!」
「知りません」
ムイはそそくさと立ち上がり、部屋の出口へ向かう。
「依頼内容はあなたが元気になるまで看病すること。それだけ元気なら十分でしょう。それと」
建付けの悪い扉をくぐりながら、振り返る。
「収入が足りないならオペレーターに相談しなさい。直感ですが、あのオペ子という人物はとても、ものすごく、この上なく優秀で素晴らしい銀河一最高のオペレーターです。きっとどうにかしてくれます。それでは」
「あっ、えっと、ありがとうございましたー!」
そっけなく立ち去るムイを、手を振って見送る。
ムイの言う通りだ。オペ子は異常を察するや否や依頼を出し、優しくて頼りになるムイという傭兵を手配して助けてくれた。欲を言えば直接オペ子が来てほしかったけれど、それは望み過ぎだろう。
自分を含め四人分を養うお金が不足している。相談してみれば、きっと力になってくれるはずだ。
さっそく今日のお礼と相談とをするため、携帯端末を手に取る。
「お姉ちゃん、これ」
すると、妹の一人が呆然と声を上げた。
彼女が手にしていたのは、先ほどカモ子が口にしたパウチの袋だ。未開封のものが四つある。
忘れ物や落とし物の類ではないのはカモ子でも察することができた。
申し訳なさとありがたい気持ちでむず痒くなりつつ、カモ子は告げる。
「私だけもらうのはズルになっちゃうから、置いてってくれたんだね。三人で食べていいよ」
「いや違うでしょ」
「姉さんのために置いてったに決まってるじゃない」
「お姉……バカ……?」
「バカじゃないよ!」
その後。
譲ろうとするカモ子だったが、妹たちも負けじと争い、結局パウチ食は数日かけてカモ子のお腹に収まり、不足していた熱量と栄養とで十全に潤うのだった。