とある悪徳オペレーターの音声ログ 作:ロボバトル曇らせメリバ百合風味
5月16日
あのカモ子とかいうガキふざけんなよ。なんで私が医者の真似事せにゃならんのだ畜生。
直接会うつもりはなかったのに、看病のために出向くしかなかった。とっさに偽名を使えたのはさすがの機転だったな。ムイが私だとは絶対バレないようにしよう。
クソ面倒だったけど、役に立つ情報が手に入った。
ヤツがテックマンの実験体だったことは別にいい。テックマンが倫理ガン無視なのはいつものことだし、廃棄予定だったカモ子たちを今更追いかけてはこないはず。逃げるときの記憶が三人そろって曖昧なのは引っかかるが。
それよりずっと重要なのは、オペ子が妹たちを養うために傭兵やってるってこと。
養う誰かがいれば仕事は辞めにくい。無茶ぶりしても妹たちのために力を振り絞るだろう。
つまり、搾取しがいがある。大切な誰かのために頑張るヤツは、悪徳オペレーターを目指す私にとって格好のカモだ。あの白ガキどもの健康を口実に無理言いまくってやる。
それに白ガキどもはいい保険にもなる。いざってときは三人まとめて娼館に売り払ってやるのだ。小さすぎるけどカモ子と同じ美少女顔だし、五番街の特殊な店に売ればひと財産になる。カモ子がしょうもない死に方したらマジでそうしてやろ。
5月23日
ただいまバイト中。暇すぎるので音声ログを録る。
ドリルでアズール鉱石を削って指定場所に運ぶだけの仕事だ。単純すぎてマジでヒマ……
それはそれとして、カモ子を新機体に乗せた。感触は上々。
これからはザコ無人機を狩るしょっぱい仕事じゃなくて、人間入りのADを相手にした仕事が主になる。累積した赤字と投資を回収するまでは間違っても死んでもらっちゃ困るから、一番いいのを買ったんだ。最高級のECCMとセンサー類でオペレートが捗る。
スマートな悪徳オペレーターたるもの、必要な投資は惜しまないのだ。
あとは怪しい依頼を弾いて、コスパのいい依頼だけ受注するだけ。やつを戦場に送り出すだけで金が手に入る。最高だ。
もしカモ子が反抗的な態度を見せたら、白ガキを盾にして言うことを聞かせてやる。私に弱みを見せたのが運の尽きだ。
オペレーターなんて、簡単すぎてあくびが出る。
5月26日
白ガキどもがめんどくせえ。
保母でも教師でもねえんだよ私は。まとめて売りに出すぞ畜生。
6月1日
カモ子はアホなのかもしれない。
煽りじゃなくガチで。あんなので将来大丈夫かな。
6月10日
機体の塗装をさせた。エンブレムも。
組合のペイントサービスは高いからカモ子と白ガキどもにやらせた。エンブレムなんてデザイナーに頼むとえぐい額になるからな。
ククク、塗料で汚れた顔で機体を見上げるやつらの姿はお笑いだったぜ。やつらのただ働きで浮いた費用を見ればどんな顔をするかな。私なら速攻殺しに行く。
しかしアホな奴らが私の悪事に気付くことは一切ないのだ。ふはは、バカなガキどもめ!
サイコーの気分だぜ!
6月15日
カモ子が生意気を言い出した。
ぐすっ……。
ああクソ、思い出したら泣けてきた。カモ子の癖に……。
ーーー
お腹が空きすぎて倒れたカモ子は、数日間を休養にあて、すっかり元気を取り戻した。
その旨を携帯端末でオペ子に知らせると、返ってきたのはお説教だ。
『生活が苦しいならまず相談しなさいバカですか君は。あといくら妹さん方がかわいいからって自分を犠牲にしてちゃ何も意味ないでしょうが。君がぶっ倒れたとき妹さん方がどんな顔してたか分かってます? 自分を顧みないことは優しさでも美徳でもなくただの無謀な独りよがりです、端的に言えばカスの所業です。今度同じことしたら妹さん方を拉致してテックマンに引き渡してやりますからね!』
『はい……ごめんなさい……』
口調はきついけれど、もっともな内容に閉口するしかなかった。
辛いなら相談しろ。無理をするな。オペ子はその二点を刺々しく、何度も言い方を変え、カモ子がいい加減うんざりするくらいに繰り返した。
ひとしきりガミガミやって満足したように、オペ子が一息つく。
『これだけ言えばもういいでしょう。さて、新しい機体については先日知らせましたね。九番ガレージに向かってください』
指示通り、傭兵組合施設の機体
施設内には九つのガレージがあり、一つにつき三十機のADを格納、整備できる。
オペ子が用意した新たな機体はその片隅、九番ガレージの三十番ハンガーにひっそりと佇んでいた。
「おお、強そう」
武骨で角ばっていたレンタル機とは違い、その機体は曲面装甲と鋭利に突き出した装甲が美しく、洗練された空気をまとっている。レンタル機が子供のくみ上げた積木ブロックとすれば、新機体は職人が削り出した彫刻と言える大きな差がある。
「強そうではなく実際強いんですよ。レンタル機は第四世代。これは最新の第六世代ですからね」
「ほえー……高かったですか?」
「それはもう」
まさかその費用を、また立て替えてくれたのだろうか。
罪悪感で血の気が引く直前、オペ子はぴしゃりと言った。
「投資に見合うだけの働きを期待します」
さもないとどうなるか、分かっているな。
オペ子の意図を察したカモ子は威勢よく返事をして、二人の傭兵稼業が再開するのだった。
ーーー
「勢力依頼、ですか?」
新機体のコックピット内。
操縦系統の感触を確かめつつ、今後の打ち合わせを行う。
すると開口一番、オペ子は方針の変更を告げた。『勢力依頼』というものをこれから積極的にこなしていくそうだ。
「そう。今までのようなザコ無人機をちまちま潰すケチな仕事じゃありません。特定の勢力に与する傭兵の本分──『勢力依頼』の時間です」
カモ子たちが取り組んでいた弱小無人機の撃破依頼は、中立依頼と呼ばれる。どの勢力にも等しく有益な依頼で、難易度は低いが報酬も安い。
一方、勢力依頼では無人機ではなく人間を相手にする。特定の勢力の味方として、あるいは敵として、命がけの闘争を行う。難易度、危険度ともに中立依頼の比ではない。
「ある程度の力と実績がなければ受注できませんが、下積みは十分です。いくつかピックアップしておきました。いけますね?」
「えっと……」
ごくり、と息をのむ。
「それって、人を殺さなきゃいけませんか」
「場合によっては。傭兵とはそういうものです」
「だったら、ずっと中立依頼でも……」
「妹さん方はどうするんですか」
頬を打たれたように、冷淡なオペ子の声音がカモ子を射抜く。
「中立依頼をこなすばかりでは収入は上がりません。生活、苦しいのでしょう? 楽な暮らしをさせてあげたいとは思いませんか?」
正論だった。三人の妹たちと自分が暮らしていくには収入が足りていない。現状維持をしていても行き詰まるだけだ。
「殺したり殺されたりするのが傭兵です。まあ妹さん方に辛い思いをさせて構わないというなら、これ以上は言いませんが」
「ぐ、ぬぬ……!」
カモ子に自覚はないが、彼女は善性の塊だった。みんな仲良く手をつないで楽しく踊っていればいい、とナチュラルに考えられる価値観の持ち主だ。
とはいえ、大切なものとそれ以外を天秤にかけるくらいの知性はある。苦渋の面持ちでしばしうなり、苦し気に声を絞り出す。
「分かりました! やりますよ、やればいいんでしょう!」
「決まりですね。では早速明日から初の任務と洒落込みましょう。今日は終日、シミュレーションで機体の癖を掴んでおいてください。では」
通話が切れ、カモ子はコンソールにべたっと上半身を預ける。
人を殺す。きっと気分がいいことではないだろう。想像するだけで生理的嫌悪感が湧きあがる。
それでも大切な人たちを守るためなら、やらないといけない。それが傭兵だ。
自分に言い聞かせ、その日は無心でシミュレーターでの訓練に励んだ。
肩を落として九番街の住まいに戻ると、妹たちがとてとて走ってきて、無言で抱きついてくる。骨ばっているけれど柔らかい感触。見上げる無垢な瞳に癒される。
「みんな、どうしたの?」
「オペ子さんが、励ましてやれって」
妹たちの一人が取り出したのは、カモ子も使っている携帯端末だ。今まで連絡用に使っていた、ゴミ山で拾った粗末な無線機とは似ても似つかない。
「え、それどこで拾ったの?」
「オペ子さんがくれた」
カモ子は少し呆れた。
自分が落ち込むのを見越し、高価な通信端末を妹たちに与え、アフターケアを頼んだらしい。気の回し方が尋常ではない。
「姉さん……イヤなことあった?」
長い前髪で目元を隠した妹が首を傾げる。
カモ子はその頭を優しく撫で、首を横に振った。
「ちょっとだけ。でも、もう平気」
殺したり殺されたりが当たり前の世界でも、優しい人がいて、守りたい者がいる。
そのためならどんな苦労だってしてやろう、と。
カモ子は覚悟を決めたのだ。
ーーー
『新型AD強行偵察』
それが、カモ子が初めて受けた勢力依頼の内容だ。
『共和国が新型ADの実働テストを行うので、そこにカチコミをかけるお仕事ですね。撃破できればボーナス、できなくても程ほどに戦ってデータを取れば報酬が出ます。簡単でしょ?』
「だといいですけどぉ……」
現地に向かう輸送ヘリに吊られながら、ミッションブリーフィングを終える。
たしかにやることは単純だ。指定されたADと戦えばいい。対AD戦はシミュレーターで何度も練習している。
そうはいっても、初の対人戦の緊張がゼロになるわけではない。落ち着きなく体を左右に揺らすカモ子。
「そういえば、共和国って何ですか? 帝国とは別ですよね」
「三大勢力の一角ですよ。道すがら講義でもしますか」
なんとはなしの疑問だったが、時間つぶしにはちょうどよかった。滔々と流れだすオペ子の機械音声に身を任せる。
安全な内地に大きな居住都市を築いているのが三大勢力。それぞれ帝国、共和国、テックマンだ。オペ子とカモ子が活動拠点にしているのは帝国である。
三大勢力は外縁に散在する土地や資源を巡り、絶えず小競り合いを繰り返している。そこから生じる需要を糧とするのが傭兵組合だ。
どの勢力も、正規軍は来たる大規模戦闘や無人機の脅威に備えて温存したい思惑があり、小規模な紛争に安く対応できる傭兵はいつでも仕事が絶えない。
『私見ですが、暮らし向きは帝国がまあまあ、共和国はゴミ、テックマンはカスです』
「ご、ゴミって……私見過ぎません? テックマンには同意ですけど」
『いやいや、ほんっとに共和国ヤバイんですよ。革命が起きて王政から共和制になったんですが、汚職が横行して行政ぶっ壊れです。あの国で暮らすくらいなら帝国の九番街のが天国ですマジで』
「ふうーん、汚職。わいろとか癒着とかいうやつですっけ。なんでそんなことに?」
『テックマンがスポンサー欲しさで営業かけたらしいです。で、仲良くするかしないかで内輪もめが起きて、それ以来グダグダに』
「へー、すごー」
オペ子の語りには実感がこもっていたが、政治や歴史などカモ子には遠い世界の話だ。なんだかたいへんそうだな、くらいの感想で聞き流していく。
『──そしたらテックマンの連中、秘密裏に鹵獲してたイレギュラー無人機を起動させて……っと、そろそろ作戦区域です。準備準備!』
「あっ、はい!」
いつの間にか目的地周辺だった。
緊張はいい具合にほぐれている。指先が少しだけ固いが、震えはない。
眼下には赤茶けた峡谷。谷底の平地に身を潜めるようにして、暗灰色の建造物がある。共和国の開発施設だ。
施設の近辺で、一体のADがブースト炎を引いて駆け回っている。障害物を乗り越え、標的ドローンを撃ち落とす。実働試験中なのだろう。
その映像を新たな機体の頭部コンピュータが解析。ディスプレイ上に捉えた機影を自動的にハイライトで表示する。
『TARGET』
作戦目標の新型ADである。
輸送ヘリが作戦区域に到達。カモ子は淀みなくトリガーを引き、固定具を解除する。
「作戦目標確認、カモ子、『ダイコク』、降下します!」
そうして、初めての対人戦が始まった。
ーーー
「えっ、あっけな」
『まあこんなもんです』
ほどよい緊張と共に始まった実戦は、極めてあっけなく終わった。
カモ子の駆るダイコクが、上方から接近。不意打ちのライフル弾が敵ADの頭を潰した。
怯まず応戦を試みる敵機。カモ子はランダムにブーストを吹かして回避。
敵のライフル弾倉が空になったのを見計らい、一息に距離を詰めた。体当たりで体勢を崩し、よろけたところへブレードを叩き込む。
敵機は煙を上げ、動かなくなった。
『敵機の射撃能力、運動性能、両方のデータが取れました。ついでに撃破してボーナス確定。いい仕事です』
「はぁ……」
輸送ヘリに回収され、組合施設への帰り道。
あまりに簡単で、カモ子はどこか釈然としない。
「なんだかあんまり、殺した実感とかないんですね……」
『殺してませんよ』
「え?」
目が点になるカモ子。
一方、オペ子は淡々と続ける。
「第四世代ADから、ダブルシェルが標準装備になりました。コックピットを二重の殻で覆い、ファーストシェルが破られた時点で機体の全機能が停止します。この装備のおかけで、AD戦での死人は滅多に出ません」
「はぇ……?」
人は世界が荒廃した後も、変わらず戦争を望んだ。
しかしある時気づく。敵がいなければ戦争ができない。
だから戦火を交わしつつ、死者の出ない方法を考えた。
その答えがダブルシェルだ。敵を殺さず、戦力だけを奪う。追い打ちは厳禁。暗黙の合意により、互いの絶滅を避けながら、いくらでも戦い続けることができる。
カモ子は憤慨した。
「そんな工夫するならいっそ戦争やめなよ!」
「人は闘争を求めるのですよ」
「私の覚悟何だったんですか!」
「第三世代以前のADであれば普通に死にます。歩兵や戦闘車両も同様。無人機や頭のおかしい一部の傭兵はこっちが死ぬまで攻撃してくる。無駄にはなりませんよ」
「むむむ」
それでも納得いかずに、カモ子はしばらく唸っていた。
オペ子は少し、意地悪だ。
ーーー
勢力依頼中心の傭兵生活は、順風満帆だった。
帝国の依頼を中心に、時折共和国や中小勢力の依頼をこなし、戦果を上げていく。無人機相手の中立依頼とは比較にならない額の収入を得、暮らしは格段に良くなった。カモ子の分の食料を三人の妹たちに分ける必要はなく、四人でお腹いっぱい、好きなだけ食べられる。
食料事情だけでなく、住むところも良くなった。オペ子が傭兵組合の居住区画を手配し、カモ子たちが住めるようにしてくれたのだ。ちなみに家賃はカモ子の報酬から天引きするらしいが、帰るたび妹たちに迎えられ、温かいごはんを食べ、お風呂に入り、ふかふかのベッドで眠れることを思えば安いものだ。
そうして食事と住居が満たされ、次に考えるのはオペ子への大きな恩だった。
オペ子の的確なサポートがなければ初陣でコルウスに嬲り殺されるか、死なずともレンタル機を壊した負債でにっちもさっちもいかなくなっていただろう。
さらには倒れた際の面倒や、引っ越しの手配までしてもらった。これ以上オペ子に負担をかけるのは心苦しく、真面目に働いて行動で恩に報いようと、カモ子は決意したのだが。
「ふむ、基礎的な教養は身に付いていますね。中等部のカリキュラムがちょうどいいでしょうか」
「よろしくお願いします!」
「ムイさん? 何してるんです?」
ある日、カモ子が施設内居住区に帰宅すると、そこにはムイがいた。なぜかビジネススーツとメガネを身に着け、書類のようなものを抱えている。
「おかえりなさい、お姉ちゃん!」
当然、妹たちの姿もある。
三人は長机を前に一列で座り、姿勢を正している。ムイの姿と合わせ、教師と生徒のようだった。
「ただいま。ええと……?」
「勉強を教えることになりました」
何をしているのか。カモ子の問いに遅れて答えたのはムイだ。
「なぜそんなことに、と思いましたね。経緯はこうです」
ムイは携帯端末を取り出し、画面をタップ。
聞きなれた機械音声と、妹たちの無邪気な声が流れ出す。
『カモ子の仕事を手伝いたいですって? ざっけんじゃ……んんっ、いけません。あのポンコツ傭兵一人でこちらは手いっぱいです』
『じゃあ、お姉ちゃんにバレないように傭兵になる方法はありますか?』
『お姉にばかり負担をかけるのは、もうイヤなの』
『私たちも……働く……』
大きな、とても大きく深いため息が響く。変声機でも隠し切れない頭痛と心労が伝わってくる。
『はぁ……君たちは生きてるだけでカモ子の力になってる、と言っても無駄ですよね』
『分かってはいます。でも──』
『言わなくて結構。そこまで意欲があるなら勉強しなさい。この帝国において、安定・安心の働き口を得るには学力が必要です。帝国学院高等部への編入を目標としましょう』
『そんなことで、お姉ちゃんの助けになりますか?』
『なるに決まってるでしょう。ねえ?』
そこで録音が終わる。
ムイ経由でこの録音を聞かせるのを見越したような内容だった。最後の問いかけに、カモ子は大きく頷く。
「なる! めちゃくちゃなる! みんなガンガン勉強して、内地の、なんかすっごい賢そうな仕事についてほしい!」
帝国学院とか、内地での仕事とか、カモ子にはほとんど想像がつかない。しかし、自分の知らないところで勝手に傭兵になられるよりはずっとマシだった。
傭兵は過酷だ。勢力依頼では人の敵意を正面から浴びるし、中立依頼で戦う無人機は、こちらを本気で殺そうとしてくる。そんな戦場に大切な妹たちが晒されると思うと、頭がおかしくなりそうだ。
だから慌てて首肯したのだが。
少し遅れて、罪悪感と微かな怒りがやってきた。
「もうっ……! 気を使わなくていい! 三人には好きなことして、元気でいてくれるだけでいいのに……!」
「お姉ちゃんのおかげで元気だし、好きなこともしてるよ。お姉ちゃんの力になる。好きだから、そうしてる」
三対のまっすぐな瞳に射抜かれ、カモ子は胸がいっぱいで何も言えない。
見かねて割って入るムイ。
「姉妹の寸劇はもういいでしょう。そんなわけで二、三年ほど講師を務めるのですが、一つ要求があります」
要求、と聞いてオペ子が身構える。きっと報酬の話だ。
しかし続くムイの言葉は予想と違う。
「名前です。この真っ白三人娘、名前を聞いても番号しか答えません。誰が誰だか分かりにくくて不便です。早急に名前を決めなさい」
「あっ……」
すっかり失念していた。
カモ子たち四人はテックマンの実験体だ。記憶や人格を一度漂白され、あるいは胚から作り出された実験動物で、個別の名前への意識が薄い。カモ子もオペ子に名付けられるまでその意識がなかった。
妹たちは「番号でよくない?」と言いたげに首をかしげている。カモ子も同じく、いい名前が浮かばず両手を胸の前であたふたさせていた。
「もし思いつかなければ、とオペ子に持たされた案がありますが」
「じゃ、それで!」
一も二もなく飛びついた。
こうして三人の妹たち──外跳ねのくせっけとまん丸な目の次女がココ、腰までの長い髪と切れ長の目の三女がロロ、長い前髪で片目の隠れたタレ目の末っ子がナナ、と決まった。
勉強会は週に三日。ムイへの報酬はカモ子の収入から差し引かれる。二年後の帝国学院高等部への編入をもって契約完了とすると取り決めて、解散した。
ムイが去ったのを見送ってから、カモ子はたまらなくなって三人を抱きしめる。
「もう、もうっ! バカ!」
「お姉ちゃん……?」
「苦しいです」
「えへ……」
言いたいことはオペ子がもう言っていた。
大切な妹たちが生きているだけで、カモ子の支えになっている。ただいまにお帰りが返ってくるだけで嬉しいし、最近はおいしい料理を作って待っていてくれる。十分すぎるくらい助けられているのに。
溢れる気持ちは言葉にならなくて、新たなに名前を得た妹たちを、カモ子は抱きしめることしかできなかった。
数日後。
「あれっ、またオペ子さんに借りが増えた……?」
またもお世話になったことに遅れて気が付き、カモ子は冷や汗を流した。
ーーー
カモ子の終業時間はまちまちだ。依頼内容が複雑だったり作戦区域が遠方だった場合は深夜になり、簡単な依頼であれば日中に帰宅できることもある。
その日は明るいうちに仕事が終わり、オペ子との反省会も終えて帰宅すると。
「──以上が化石燃料時代から今のCUC時代へと至る流れです。何か質問は?」
「うーん、ややこしい!」
「無人機が生まれた経緯をもっと知りたいわ! あ、姉さんおかえりー」
「お姉、おかえり」
ムイによる勉強会の最中だった。
どうやら歴史の話をしていたらしい。自分が生まれる前の話なんてカモ子にはまるで興味が湧かないが、勉強熱心な妹たちにはそうではないようだ。
ココとロロは挙手して次々に質問を投げかけ、ナナはキッチンでおにぎりを作っている。
ちょうどお腹が空いていた。勝手に一つ失敬する。
「あ、もう……」
「おいしー! ナナは料理が得意なんだね! お絵描きも上手だし!」
「へへ……」
生活に余裕が出来たからなのか、妹たちはそれぞれに好きなものを見つけている。四女のナナは料理と芸術方面が好きらしく、キッチンは彼女の領域だ。
一方、二女のココはというと。
「ムイ先生。何かが分かりませんでした! 私は何が分からないんでしょうか!」
「……歴史や常識は理解せずとも大丈夫です。ただ覚えればいいので」
「なるほど、完全に理解しました!」
少しだけ勉強が苦手なようで、ムイにたびたび苦労をかけている。ただし勤勉で、言われたことを忠実に実行する素直さがある。
「先生、無人機のこと! なんで、どうして、誰が作ったの?」
「それはですね──」
三女のロロは好奇心旺盛で、毎度のように鋭い質問を発してムイを唸らせている。学習速度も異様に早く、カモ子含め四人の中でもっとも優秀だ。
「おやつできたよ~」
「おっ、いただきます」
「ありがとう!」
「ありがと」
ナナが小さめのおにぎりをお皿に乗せて運ぶと、ムイたちが手を伸ばす。
「もぐもぐ、話を戻しますが、無人機とは……」
片手でぱくつきながら授業を続行するムイ。ココ、ロロ、ナナももぐもぐしながら話を聞く。
その様子が微笑ましく、カモ子は部屋の隅に陣取って、授業参観の構えをとった。授業内容は九割九分九厘聞き流しているが、頑張る妹たちを見ながら食べるおにぎりはうまい。
「──以上がアズール粒子の発見から軍事転用、創界重工の無人機開発までの流れとなります。最初に作られた無人機は『オリジン』といって、その目的は──」
「ふわぁ……」
滔々と難しい歴史の話を続けるムイ。カモ子は聞いているだけであくびが出てきた。
「アズルール粒子って──」「オリジンは──」「大戦って──」
姉妹たちが話の切れ目に新たな質問を差し込む。その内容がまどろみの中で溶け、ぐちゃぐちゃに混ざり合う。
盛大に船を漕ぎ、かくん、と頭が落ちるような衝撃。ハッと目を覚ますカモ子。
どうやら授業も一息ついたところらしい。ココは首を傾げ、ロロは熱心にノートを取り、ナナは何かの絵を描いている。
それぞれ懸命に取り組む姿にカモ子はじんと来た。頑張ってる妹たち、えらい。
すると突然、ムイがうんざりしたように言う。
「随分と真面目で熱心なのですね。真面目に頑張ったところで、得られるものは何もないのに」
「ムイ先生……?」
姉妹たちが当惑して顔を見合わせる。
ムイの声音はぞっとするほど冷ややかで、カモ子の目も覚めた。
「一つ面白い話をしてあげましょう。あなたたちのように真面目で熱心だった、とある兵士の話です」
ーーー
十一年前、大戦と呼ばれる大きな戦争が終わった。
その戦いの末期を生き抜いた、一人の兵士の話だった。
「帝国軍のADパイロットだった彼女の名はなく、ただ『中尉』と伝わっています。間違いなく大戦で一番活躍した超偉くて最高の頑張り屋さんでした」
砕けた語り口に反し、声は氷のように冷たい。
「素直で真面目な中尉は、たいへんな任務にも文句ひとつ言わず、無人機も共和国もテックマンも、壊せ殺せと命令されたものはその通りにしました。伸び悩む後輩を指導したり、仲間たちの恋愛相談に乗ったり、それはそれは立派な人でした」
壊して殺すのを当然のよう語るのは恐ろしいが、戦争とはそういうものなのだろう。容赦はないけれど、仲間と仕事には真摯な人物だったようだ。
「そんな彼女を困らせたのが、御老公と呼ばれるおじいさんです。御老公もAD乗りで、中尉がどこに行っても付きまとい、しつこく殺そうとしてきました。中尉はただ、御老公が指揮していた大隊を全滅させただけなのに、ひどい逆恨みでした」
「逆恨みかなぁ!?」
思わずツッコミを入れると、ムイがむっと眉をひそめた。
「御老公は六対一で中尉を本気で殺そうとしたんですよ。中尉は帝国の命令通りに反撃しただけ。これで恨むのは逆恨みでしかないでしょ」
「そうかな……そうかも」
咳払いして話を戻すムイ。
「御老公に付きまとわれながらも、なんとか大戦を生き残った中尉。仲間たちからは誰よりもがんばった、最強の英雄と呼ばれました。しかし卑劣な帝国は、あんなにがんばった中尉をだまし討ちして殺そうとしたのです」
「なんで!?」
「どうして!?」
カモ子と妹たちの声が重なった。
ムイは険しい顔に怒りを滲ませながら続ける。
「帝国の言い分はこうでした。これからの時代に強すぎる個人は不要。世界のために死ね」
「ええ~……」
ドン引きと悲しみが半々だった。姉妹で顔を見合わせる。
帝国の勝手な言い分もひどいが、味方にさえ恐れられる中尉の強さも常軌を逸している。
「あんなに真面目に頑張ったのに……中尉はひどく悲しみながら、襲ってきた仲間たちを次々とぶちのめし、ひっそりと外縁の荒野に姿を消したのでした……」
「しれっと生き残ってるし」
あまりにも強すぎて、かわいそうとは思いづらいカモ子だった。
バイオレンスな英雄譚に姉妹それぞれ思うところがあるのか、三人そろって腕を組み考え込む。
「ムイ先生!」
最初に挙手したのは三女、ロロだった。
「今の話はおかしいわ! 矛盾してる」
「どこが?」
「帝国が中尉を追放したところ。中尉はそれまで真面目に戦っていたんでしょ? そんなに従順で忠実な人が埒外に強いからって、頼もしいと思いこそすれ殺そうとするなんて変よ。恣意的に省略された情報があるんじゃないの?」
無表情だったムイの頬が引きつった。鋭い指摘への感心なのか動揺なのか、カモ子には分からない。
「……どうでしょうね。私は伝え聞いた話をしたまでです。他に感想は?」
話を逸らすように三女のロロ、四女のナナへ視線を向ける。
「中尉はどこに行ったの?」
「共和国に逃げて、御老公と仲直り、とか……?」
彼女らの疑問は悲運の英雄、中尉のその後だ。
カモ子の牧歌的思考の影響を受けた想像に対し、ムイがくわっと目を向く。
「あんな厄介ストーカー老害生み出すヤベー勢力なんかに行くわけないでしょう。外縁部の中小勢力と合流して、ほそぼそと傭兵をやっている、というのが通説です」
「えっ、傭兵!? じゃあ仕事中に会うこともあるんですか?」
カモ子はぞっとした。
ただ強いだけで帝国に命を狙われるような怪物と戦場で出会う。そうなれば待っているのは確実に死だ。
カモ子の恐怖に反し、ムイは首を横に振る。
「大丈夫ですよ。なぜなら……ええと、やべ、考えてなかった」
「ムイさん?」
「うんっ、とにかく大丈夫です!」
「なんか雑で怖い! じゃ、じゃあ御老公さんは? もう引退してますよね?」
英雄に執着した、もう一人の怪物、御老公。
これに関しては確信があるらしく、ムイは大きく頷く。
「やつはころ……死にました。もう会うことはありません」
「ほっ……あ、いけない」
安堵しかけた心を自覚し、ぶんぶん首を振る。誰かの死を喜ぶなんて、カモ子の良心が許さない。
念のため頬を強めに左右から叩いて、戒めとしておく。
「さて、質問、感想は以上ですか。この話から得られる世界の真理に気付いた人は、どうやらいないようですね」
話がまとまりそうな空気の中、ムイが胸を張って言った。心なしか口元が緩み、得意そうだ。
ムイは何か教訓めいたものを伝えるためにこの話をしたらしい。カモ子にはさっぱりだったが、数撃ちゃ当たるとばかり、ココ・ロロ・ナナがそれぞれ意見を口にする。
「過ぎたるは及ばざるがごとし。強すぎる力は身を滅ぼす」
「やかましい! 中尉が悪いみたいじゃんその言い方!」
「中尉さんかわいそう!」
「そうだけど言いたいこととは違う!」
「じ、人類は愚か」
「主語デカすぎ!」
ばっさり意見を切り捨てるムイ。
出来の悪い生徒たちに嘆息するように首を振って、告げる。
「正解は、『真面目にがんばっても全部無駄』! 辛いことを我慢して、理不尽と不条理を受け入れて、真面目に熱心に仕事しても、ぜーんぶ無駄ァ! 誰も褒めちゃくれませんし見てもいません。ずるがしこい連中に利用されるだけされて最後は捨てられる羽目になります」
姉妹たちは驚きを経て、次に落胆が顔に出た。
自分のため、姉のため、姉妹たちのため。前向きに生きていくひたむきさを否定されたような気持になった。
「だからあなたたちも、頑張るのはいいですけど前のめりになりすぎず──」
「違いますっ!」
話を締めようとするムイの言葉を、カモ子がたまらず遮る。
「がんばることが無駄なんて絶対違います! その人の真面目な気持ち、頑張ってる姿を、誰も見てないことはありません! だって私がそうだもん!」
カモ子には妹たちがいる。オペ子だっている。頑張れば頑張るほどいいことがあり、褒めてくれる環境がある。
「中尉さんも辛いことがたくさんあったと思います。戦って戦って、最後には裏切られて……でも中尉さんが真面目にがんばったおかげで、手に入ったものはきっとあります。守れたものだって。誰かに『ありがとう』を貰ったことも、きっと! 全部全部無駄なんて、ぜーったいありませんっ!」
口からすらすらと、考えを経ずに言葉が流れ出て行った。
中尉に同情していたのかもしれない。真面目に頑張った人には、報われていてほしい。言い切ってから自分の気持ちに気付く。
その気持ちを真っ向から浴びせたムイはというと。
「そう、ですか」
しばし呆然として、微笑む。
「そんなことを……この話を聞いて、そう言ってくれる人がいるとは、思いませんでした」
感情の薄い無表情が歪む。今にも泣き出しそうにも、笑い出しそうな顔。
ムイは俯き、手洗いの方へ足を向ける。
「長話で少し疲れました。十分休憩。次は基礎数学です」
ぱたん、とリビングの扉が閉まる。
何とも言えない空気の中に残され、カモ子は今更顔を青くした。
「な、生意気なこと言っちゃったかな!?」
「ううん、お姉ちゃんはあれでいいよ」
「お姉らしいわ」
「姉さんのああいうところ、好き」
ゆるゆると首を振る妹たちに囲まれ、励まされるカモ子。
実際、間違ったことを言ったつもりはない。大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かせる。
「休憩終了ー」
十分後、戻ってきたムイはいつもの無表情で、基礎数学の講義を始めた。
せっかくなのでカモ子も同席したが、開始五分で退屈のあまり爆睡してしまい、寝室へと追放されるのだった。