とある悪徳オペレーターの音声ログ 作:ロボバトル曇らせメリバ百合風味
7月10日
今日は私の天才的頭脳が冴えた日だった。
ふと思ったのだ。カモ子たちって寿命大丈夫かしら? と。
奴らはテックマンの実験動物だったらしい。ってことは寿命もモルモット並みじゃね? 傭兵として売れてきたとたんに死ぬとかありそうじゃね?
というわけで四人まとめて組合がやってる病院にぶち込み、色々検査してもらったのだけど、結果はシロ。ものすごく健康な十代少女だった。
よかった。私がクソオペにかすめ取られた分を取り返すまでカモ子に死んでもらっちゃ困るからな。
先を見据え、万が一に備えるこの知性。やはり私は天才──
『着信:カモガキ』
なんだよ人が気持ち良くなってるときに。
『オペ子さん聞いてください! 今日、PJちゃんと二番街に遊びに行ったんですよ。内地の奥の方ってすごいですね、人いっぱいだし都会だし、しかも空が青いんです! 外縁ってずっと曇りだから空の青って初めてで、感動しちゃいました! あっ、PJちゃんはこの前できた初めての友だちなんですけど、YJさんのオペレーターやりながら二番街の帝国学院に通ってるらしくて、もしかしたらココたちの先輩になるかもしれませんからそのときはよろしく、なんてお話をしてですね! オペ子さんもオペレーター繋がりで知ってますか?』
『急にわっと話さないでください。え、友だち? 遊びに行った?』
『そうですそうです。いやー、二番街ってすごいですね。ビルがたくさんで、キラキラしてて、九番街とは全然違いました! いろんなお店を見て回って、なんかオシャレなお店でお茶しばいて解散したんですけどそのときのケーキとお茶がこの世のものとは思えないくらいおいしくって! 今度ココたちとも一緒に行きます! オペ子さんもどうですか?』
『忙しいので』
『じゃあ忙しくないときに行きましょう、必ず! それでですね、PJちゃんと色々なお話をしたんですが、学院での生活が結構窮屈らしくて──』
ミュートにしてぇ~。
まあしゃべらせとけば満足するか。一人で喉枯らしてろ。
って、ちょっと待てよ。オシャレな店でお茶しただと?
……野郎。
『帝国百貨店:傭兵クレジット 自払:680,200』
『帝国コンビニ二番街南区:傭兵クレジット 自払:650』
『帝国珈琲館二番街本店:傭兵クレジット 自払:30,973』
仕事の共有口座から支払ってるじゃねえか!
ADの旧式パーツなら買える額だぞこれ! ざっけんな!
お小遣い口座、さっさと作っておくんだった……。
7月11日
傷痛い。マジ痛い。
ログる元気ない。休むの優先。
8月7日
仕事は順調だ。
やはり対人前提の依頼は稼ぎがいい。一度の成功でコルウス40体分は儲かる。
幼い少女を人型機動兵器に乗せ戦場に送り出すなんて、いよいよ悪徳オペレーターらしくなってきたぜ。
おっと、ワクワクするあまり横領を忘れていた。あのクソオペがやってたみたいに、甘い汁を吸わないと悪徳として不十分だ。
明日もチョロい依頼が入っている。
経費を倍額計上してたんまり掠めとってやろう。
9月20日
まーーた赤字だよクソッたれ。
あんのクソ老害っ……! バイトの給料もカモ子の稼ぎも全部パーじゃんか!
なんでいつもいつもうまく行ってるときに限って想定外が起きるんだ。私はただ楽に稼ぎたいだけなのに。悪いことは何もしてないのに。
もう嫌だ。仕事なんてやればやるだけ損じゃん。
世界滅べバーカ。
9月25日
すべては計画通りだ。
多少の想定外はあったものの、IQ五千兆の私の頭脳にかかれば計画に組み込んだ上で利用するくらい造作もない。
この調子なら、カモ子を戦場に送り出すだけでがっぽり金が入ってくる理想の生活が実現する日は、あんまり遠くない。
すべては私が思うままである。
ーーー
オペ子に恩返しをする。
大切な妹たちを守ることと並ぶ、大きな目標ができた。
とはいえオペ子は用心深く、まだ本当の名前も顔も声も明かしていない。お返しがしたいからといってこちらから距離を詰めては逆に失礼だろう。今は誠実に傭兵の仕事をこなして、信用と信頼を積み上げていくのが先決だ。
そうしてオペ子は着々と依頼を受け、名を上げていった。
『敵増援! 所属不明、熱紋解析……ルプスです。数は五』
「この状況で無人機!?」
『落ち着いて。ガイドビーコンを設置しました。それに従って指定座標へ』
「了解! おおー、こうなるんだ」
『いいところで横やりを入れて両方とも潰しなさい』
「了解!」
戦場には付き物の想定外。無人機の乱入には、無人機を誘導して敵勢力と衝突させ、混乱に乗じて双方を潰した。
『作戦終了……じゃあないですね。バックブースト全開!』
「狙撃!? レーダーには何も……!」
『ただのステルス仕様です。位置特定しました、逃げる前に殺しなさい』
「殺しはしないですけど!」
気の緩んだ瞬間を狙った不意打ちには、なぜかオペ子が先に気付き、瞬時に距離を詰めたカモ子が無力化した。
『追加依頼です。このまま指定座標に移動して輸送トラックを護衛してほしい。ただし追加報酬はなし、と。カモ子さん、今防衛した基地、ぶっ潰していいですよ』
「よくないですよ!? すごい静かにキレますよね!」
『これだからテックマンの依頼はイヤなんですよ……』
急な追加依頼にもつつがなく対応し、その裏ではオペ子が依頼人と交渉して、破格のボーナスを得たこともある。
存在感は薄いが、新しい仲間の力添えもあった。
新機体のコンピュータだ。
『データショウゴウ、敵AD、アバランチ。キケンキケン、チュウイ』
『主武装はバズーカと背部ロケット砲です。遮蔽物を利用して一撃離脱を心掛けなさい』
「了解ですけど、このコンピュータ、意味あります?」
『私の有能さがよく分かるでしょう?』
オペ子はセンサー範囲外の敵の存在さえなぜか気取るので、コンピュータに出来るのは敵の名前を読み上げる程度だが、マウントが取れるオペ子は大満足らしい。オペ子がいいならいいや、と納得した。
目覚ましい活躍だった。想定外、奇襲、舐めた態度の依頼人。新人傭兵を待ち受けるあらゆる困難をオペ子が先読みし、その指示をカモ子が忠実に実行することで、依頼のたびに最高評価と報酬を獲得していく。
もちろんうまくいくばかりではなく、想定外にヒヤリとさせられることもあった。
『所属不明の熱源が接近中。すでに捕捉されています。戦闘準備』
とある任務の帰途。
輸送ヘリに揺られるカモ子に敵の存在が知らされる。敵の座標はヘリの航路ともろに重なっていた。
ヘリは輸送船用のため、このまま接敵すれば撃墜されてしまう。懸架ワイヤーをパージし、カモ子は迎撃へ向かった。
「まさかラルヴァじゃないですよね」
『だったら逃げるよう言ってます。無人機、タイプはセルペンス。初見ですが、君なら大丈夫です』
「任せてください!」
オペ子の評価にテンションをぶち上げ、レーダーが示す座標へ急ぐ。
塵灰の平原。真っ白な灰が積もった平坦な大地に、敵影──蛇型無人機『セルペンス』の姿はあった。
全長は五十メートルほど。無数の椎骨と関節で構成された細長い体で、文字通り機械の蛇といった外見だ。
『輸送ヘリの上空通過まで250秒。急ぎますよ』
「はい!」
250、とコンソールに表示される時間制限。
同時、セルペンスが動いた。灰の大地を滑らかに蛇行しながら、関節の隙間から何かを射出している。
『APミサイルです。間違っても当たらないように』
「えーぴー?」
初めての用語に首を傾げつつ、回避機動を開始。
青い尾を引くミサイルと向き合って右側へブースト移動。ある程度近づいたところで左前方へ切り返すと、旋回し損ねたミサイルが地面に激突した。
瞬間、青い光球が出現する。
炎ではない。ミサイルは爆炎ではなく、青く光る何かをまき散らしている。
その光が収まった後をカメラに捉え、カモ子は叫ぶ。
「ななっ、なんですかアレ!? こわ!?」
着弾点は綺麗な球形にえぐり取られていた。ぽっかり空いた穴に灰が流れ込んでいる。
『だから、APですよ。当たったら即死ですし、掠るだけでも汚染されます』
「汚染って?」
『いや、講義したじゃないですか。ムイが。聞いてなかったんですか?』
「寝てたかもしれません!」
沈黙する音声。通信機越しに、頭を抱えるオペ子が見える気がした。
妹たちほど本格的ではないが、社会常識を教えるムイの講義にはカモ子も何度か参加している。しかし大半は難しくてついていけないか、居眠りして叩き出されている。
『さっさと倒しなさい。道すがら補習授業です』
「えー!?」
雑な指示に困惑するカモ子。
しかし倒すこと自体は簡単だった。というのも、セルペンスは当たれば即死のミサイルを撃ってくるだけで、それ以外に脅威となる武器がなかったのだ。
ミサイルを避け、距離を取るセルペンスを追い、射程に捉えて頭を撃ち抜く。それだけでセルペンスは物言わぬ金属塊に成り果てた。
折よく上空に現れた輸送ヘリに機体を固定し直し、再び帰途へ。
『APは
そして前置きもなくオペ子の補習が始まった。
『常温でプラズマ化していて、零下40度で液化するエネルギー資源です。適切な温度管理の下であれば、プラズマ化する際の莫大なエネルギーを利用できるわけです』
「な、なるほど」
つまり、なんかキラキラしてる便利物質というわけだ。カモ子は完全に理解した。
「なので先ほど目にしたように、兵器転用すれば絶大な威力を発揮するわけですが、ごく一部の無人機しか使っていません。汚染のためです」
「汚染?」
『常温下のAPは極小の粒子状をしていて、あらゆる元素を浸食し、内側から焼き焦がすのです。金属でも人間でも』
「こわい。あっ、じゃあ外縁の外にある汚染区域って」
『ええ。先の大戦で狂ったようにAP兵器を使ったために、高濃度のアズール粒子が全域を覆っています。人が立ち入れば即死、ADでも数分で溶け落ちます』
人が暮らす内地と、それを囲む外縁。
その外にあるという汚染区域は一体何で汚れているのか、カモ子は少し気になっていた。便利で恐ろしいキラキラ物質こと、APで汚れているらしい。
ここで首を傾げるカモ子。
「あれ? でも無人機って汚染区域からやってくるんですよね? なんで平気なんですか?」
『粒子を動力源とする特殊なエンジンを持っているからです。浸食される前に取り込んでエネルギー化するのです』
「ずる!?」
そんなエンジンどこで売っているのか。
カモ子の興味がAPから無人機に移る。
「前から気になってたんですけど、無人機って誰が作ってるんですか? その人に頼んだら汚染とか全部解決ですよね」
『最初に作ったのは創界重工。テックマンの前身組織です』
テックマン。報酬を渋ったり無茶な追加依頼をしてきたり、人を廃棄物扱いしてきたり、あまりいい印象はない。
「最初の無人機、『オリジン』は大戦を終わらせるために開発されました。実際オリジンのおかげで今の、まあまあ平和な時代がやってきたわけです」
「正義の使者じゃないですか!」
訂正、やはりテックマンはいい組織のようだ。ずっと続く戦争を終わらせるなんていい人たちに違いない。
『オリジンだけならそうかもですけど。問題は後継機の「ホロスコープ」シリーズです』
カモ子が散々相手にしてきたコルウスやルプス、セルペンスといった無人兵器群。多様な形のあるこのシリーズが、オリジンよりも厄介だという。
「問題って?」
『勝手に増えます。土や灰を焼成して躯体を作り、どんどん増殖する。一機だけのオリジンとは異なり、数と多様性で勝負するわけです』
カモ子は耳を疑った。
「じゃ、じゃああの機械たち、汚染区域で無限に増えまくってるってことですか?」
『そうなります』
「アホじゃないですか!」
『アホです』
呆れて言葉も出ない。大戦は終わったのに、新しい脅威が増えている。
「オリジンは!? なんかすごい正義の無人機でしょ! 汚染区域と無人機全部どうにかしてもらいましょうよ!」
『所在不明です。情報もほとんど残っていません。それに健在だったとして、私たちに協力的とは限りませんよ』
「ええ……」
カモ子はドン引きした。
APの危険性、無人機の出自。
それらを超える衝撃が、テックマンの存在だ。引っかき回すだけ引っかき回して収拾もつけず、三大勢力の座にのうのうと居座っているなんて。
「テックマン、やっつけた方がよくないですか?」
「無理ですね。AP発電やADのジェネレーターを初め、技術貢献度が高すぎます」
テックマンの技術力がなければ、人類の生活水準は数世紀前に逆戻りしてしまう。その強みがあるからこそ、致命的なやらかしも大目に見る他ないという。
「たち悪っ!」
「ええ、ぶっちゃけカスです」
補習授業を総括し、カモ子は一つ賢くなった。
ーーー
確実に依頼をこなし、想定外にも対応する。
日に日に信用と実績を積み上げていくカモ子の名は売れ、今やカモ子の名を知らぬ傭兵はいないほどになった。
その影響は依頼中にも感じられるほどに強い。
「敵の傭兵たちが逃げていきますよ?」
『通信を傍受しました。「カモ子だ、逃げろ!」「クソッ、アホそうな顔の割に力だけはありやがる!」「エンブレムも名前もだせぇんだよ畜生!」ですって』
「はぁぁあ!? かわいいでしょ、エンブレム!」
カモ子の乗るAD『ダイコク』は、栗褐色と緑の塗装が施され、肩には眼光の鋭いカモが打ち出の小槌を構えているエンブレムがある。塗装は妹たちとムイの手作業で、エンブレムデザインは四女ナナが担当した、入魂の仕上がりだ。特徴的なこの機体とエンブレムを見るなり、弱小な傭兵たちは逃げ出していく。
無駄な戦いを避けられて楽だし、一流扱いをされているようで気分がいい。カモ子は有頂天だった。
売れっ子の影響は、戦場だけでなく日常にもある。
「おうカモ子! 随分調子がいいようだな! 感心感心!」
「YJさん」
組合施設内。
日課の訓練を終え、シミュレーター筐体から外へ出ると、大柄な男に声をかけられた。
YJ。傭兵デビューして間もない頃から、何かと気にかけてくれるベテラン傭兵だ。
「PJさんも、こんにちは」
大柄なYJの影に隠れるようにして、年若い女性──PJの姿もある。
PJは艶のある青の長髪をなびかせ、高圧的に腕組みしてカモ子を睨む。
「ぬけぬけと、よくも平気な顔していられるわね。それとも、私たちなんて眼中にないってこと?」
「そ、そんなことは。えっと、先日はお世話になりました……?」
「ナメてると潰すわよ」
「ええー!? どう答えればいいんですか!?」
PJはやたらツンケンしているが、これは仕方ない。
つい先日、カモ子は戦場でYJの乗るAD『アバランチ』に遭遇。互いに敵同士だったため交戦し、これを撃破したのだ。
目を白黒させるカモ子に対し、YJは豪気に笑う。
「気にするな! ダブルシェルがあるとはいえ、戦場で敵となれば殺し合うのが常! PJもあまり根に持ってはいかんぞ!」
「は、はあ。そう言ってもらえると」
「ふんっ、バカ親父」
げし、とPJの細い足がYJの巨木めいたそれを蹴る。
一拍遅れて、カモ子は気づく。
「えっ、親子なんですか?」
「言ってなかったか? 一人娘だ。優秀なオペレーターだぞ、ガハハ!」
「うっざ」
YJの手がPJの頭に伸びる。
それを素早く振り払い、PJは鋭いローキック。YJはまるで気にしていない。
親子でパイロットとオペレーターをやっている。他の傭兵の事情に疎いカモ子には物珍しくて、思わずまじまじと見てしまう。
すると、その視線をPJが強く睨み返してきた。
「あんただって腕の立つオペレーターが付いてるでしょう。近くにいないの?」
「近くにはいませんね。実は顔も見たことなくって」
「はぁ? 信頼されてないんじゃない? 多少腕が立ってもパートナーと仲良くできてないんじゃ三流もいいところね」
「たしかに仲良し親子には負けますけど」
「誰がこんなクソ親父と仲良しですって!?」
「こらこら」
YJの太い手がぬっ、と割って入る。
「パイロットとオペレーターの関係は人それぞれだ。口出しはよせ。カモ子も真に受ける必要はないぞ」
「ふんっ」
PJはそっぽを向いて足早に去っていく。苦笑して見送るYJ。
「娘がすまんな。あれでも楽しくおしゃべりしようと必死なんだ。多めに見てやってくれ」
「あれで!?」
教育間違ってません? と出かかった言葉を呑み込む。
しかし表情から読み取ったのか、YJは痛いところをつかれたとばかり「むう」と唸る。
「お前も知ってるだろうが、傭兵は年を食ったおっさんが多くてな。PJと年の近い、しかも同性となるとほぼいない。嬉しさあまってどう接すればいいのか分からんのだろう」
「へー。変わってますね」
仲良くしたいならそう言えばいいのに。
いつでも直球勝負のカモ子には分からない気持ちだった。
「良ければ付き合ってやってくれ。もちろん仕事は別として……む?」
踵を返そうとするYJの横を通り過ぎ、PJの後を追う。
シミュレータールームから出てすぐの通路で、彼女の背中に追いついた。
「PJさん、PJさん!」
「ちっ、何よ」
「友だちになりましょう!」
目を眇めて振り返ったPJの顔が驚きに染まった。
「……は?」
「私、PJさんともっと仲良くなりたいです。だから友だちになりましょう!」
ツンケンしているPJにこんなことを言うのは気が引けるが、仲良くなりたがっていると知ったなら話は別だ。カモ子は躊躇なく正面から距離を詰めに行く。
PJは目を瞬いて、次第に顔を赤くしていった。
「正気? 戦場で敵対したら気まずいなんてもんじゃないわよ」
「そのときは正々堂々、手加減なしでやりましょう!」
「スポーツじゃないのよ……!」
頭が痛そうに眉間を抑えるPJ。
「ダメですか?」
「そうは言わないけど……はぁ、分かった。友だちと思いたいなら好きにすれば」
「じゃあ連絡先を交換しましょう! 一日に三回は連絡するので必ず一時間以内に返信してください!」
「えっ、めんどくさくない?」
「友だちってそういうものですよ!」
「そうなの?」
おそらく、そうだ。カモ子は大きく頷く。家族と相棒はいても友だちは初めてのカモ子にはよく分からないが、きっと。
自信満々の表情に気おされたのか、PJはおずおずと携帯端末を取り出し、連絡先を交換する。
「やったぜ!」
「はしゃぎすぎ。バカみたい」
端末を高々と掲げるカモ子。それをジト目で睨みつつ、両手で大事そうに端末を包み込むPJ。そして二人の様子を後ろからそっと見守る中年オヤジ、YJ。共用通路で繰り広げられる奇妙な光景に、道行く傭兵たちは訝し気な視線を送って行く。
そうしてカモ子は初めての友だちを得た。
ーーー
初めての友だちは、カモ子の世界を広げた。
今まで仕事と家族と自分で閉じていた世界が、友だちという新しい窓を通して、違う景色を見せるようになったのだ。
「おいっっし!? なにこれ人間が食べていいやつ!?」
「当たり前でしょ。アホじゃないの」
帝国二番街。
摩天楼が立ち並ぶ一番街と隣接する繁華街だ。商業ビルの間を通る広々とした道を、あか抜けた服装の人々やピカピカの高級車が行き交う。ビルの壁面ディスプレイにはなんらかの商品の広告映像が絶えず流れ、喧騒の一部と化している。
カモ子の姿はそんな町のカフェテラスにあった。
オシャレなケーキを一口食べるなり、酸味と甘味が複雑に絡み合った美味に目を丸くする。
「おいしい、おいしい。今度妹たちも連れてこよう」
「あんた、それなりに稼いでるでしょ。いくらでも贅沢できるんじゃないの」
慣れた手つきでお茶を口に運ぶPJ。
カモ子は首を横に振る。
「かもしれないけど、二番街なんて来たことなかったし、一人だと一生来ようとも考えなかったよ。だからありがと、Pちゃん」
「あ、そう」
PJはそっけなく目を逸らした。色白の耳がほんのり赤く染まる。分かりやすい友人にカモ子は微笑む。
こうして二人で出かけるのは三度目だった。
一度目は白ワンピースと裸足というあまりにも簡素なカモ子の出で立ちをどうにかするため、アパレルショップを巡った。その際買い込んだ清楚なコーデをカモ子は気に入り、今日のようなお出かけの日に愛用している。
二度目は妹たちへのおみやげと、家具や家電を買い込むのに費やした。妹たちは勉強道具や本、洒落た服に驚きながらも喜んでくれたし、組合に借りている部屋は格段に住みやすくなった。
そうして迎えた今日の三度目。特に用もなく、ただPJとおしゃべりを楽しみながら色々な店を巡り、なんとなく目についたカフェに立ち寄って今に至る。
「Pちゃんって学院行ってるんでしょ?」
そういえば、と気になっていたことを聞いてみる。
学院は帝国二番街に構える教育機関であり、妹たちが目指している場所でもある。そこに通っているというPJには聞きたいことがたくさんあった。
「そうだけど、何?」
「今は暇な時期なの? 毎日傭兵やってるか私と遊ぶかじゃん」
「長期休暇中よ。オペレーターは社会勉強でやってるの」
「勉強! すごいなー、私勉強苦手だから」
「別にすごくないわ。お父さんの足引っ張ってばかりだし。あなたはどうしてパイロットやってるの?」
「家族のためだよ! 長女としてみんなを養わないと!」
生きるためには金がいる。だから働かないといけない。
名前も信用も技能もないカモ子が働ける口は、傭兵しかなかった。それだけのことだ。
「あなたが? ご両親は?」
「いないよ」
あっけらかんと答えながら、そういえば普通は親が子供を養うんだっけ、と教わった常識を思い返す。
PJは少しの間固まると、ハッとして俯いた。
「どうしたの?」
「ごめん、ただ……我ながら世間知らずだなぁってイヤになっただけよ」
首を傾げるカモ子に、PJは言葉を選んで続ける。
「内地で暮らしてると、外縁や傭兵、無人機の情報はほとんど入ってこないの。お父さんが傭兵をしてる私でさえ、実態を知ったのはオペレーターになってからだった」
「ふぅん……?」
カモ子は少し分かった風に、街の風景へ目をやる。
きらびやかな看板、きれいな建物と大きな道。常に濁っている外縁のそれとは違い、透き通るような青空。平和な雑踏に血や硝煙の気配は微塵もなく、様々な飲食物の入り混じったかぐわしい香りが漂う。
平和で満たされてる。とてもいいことだ、と素直にカモ子は思う。
けれどPJの意見は少し違うようだ。
「何も知らなかった。三大勢力の争いは今も続いていることも。傭兵が毎日どこかで無人機に殺されてることも。私と同じくらいの子が、そんな戦場に出て働いていることも」
「私もだよ!」
なぜか暗く沈み込んでいくPJの言葉に割って入るカモ子。
「私も、こういうキラキラした場所があるんだって最近まで知らなかった。Pちゃんにはこっちが当たり前で、私にはあっちが当たり前だったってことじゃん? おそろいだねっ!」
底抜けに無邪気で裏表のないカモ子の態度に、PJは肩の力を抜く。
「そうね。私たち、おんなじだ」
「同じ同じ! ついでに目と髪の色も一緒だし!」
カモ子がまん丸な青い瞳をこれ見よがしにぱちぱちして、PJは噴き出した。
「あははっ、お互いろくでもない色してるわね。AP色なんて」
「その表現ヤダー! 空色とかサファイア色とかあるじゃん!」
ケーキとお茶を交えた歓談は、数時間続いた。
ーーー
訓練、傭兵、遊び。
傭兵としての自覚と技量を高め、忙しなくも充実した日々を送っていたある日。
否応なく唐突に、死神が現れた。