とある悪徳オペレーターの音声ログ 作:ロボバトル曇らせメリバ百合風味
今日も今日とて勢力依頼を達成し、輸送ヘリに揺られて帰投するカモ子。
道中での恒例行事である反省会を終え、のんびりと世間話に興じていたときのこと。
「学院の編入試験いけそうですかね?」
『ムイによると、ココはちょっと危ないですが、ロロとナナは呑み込みが速く、早ければ来年の編入試験も狙えるそうで──ワイヤーパージ、急速降下っ!』
話をぶった切り叫ぶオペ子。
帰投中の遭遇戦などもはや慣れたものだ。カモ子は瞬時に反応した。
機体を固定する懸架ワイヤーをパージ、機体を傾けブースト点火。地面へと急降下する。
同時、背後で爆音が轟いた。爆発炎上した無人輸送ヘリが荒野に墜落していく。
一拍遅れ、遠雷のごとく響く銃声。超長距離の狙撃を受けたのだ。
カモ子の乗るダイコクは未だ中空にある。眼下の荒野に遮蔽物はない。
つまり、未だ窮地の中にある。
『回避、今っ!』
ブーストを点火。先ほどまでダイコクのいた空間を、巨大な弾丸が通過していく。
刹那、迷いが生じる。
射程外に逃れるか、それとも前進し狙撃手を撃破するか。
不確定要素が多い。どちらがより安全なのか判断がつかない。
『狙撃位置特定、ガイドビーコン! 回避に備えつつ突っ切れ!』
その迷いを、オペ子の声が断ち切った。
「了解!」
体勢を整え、メインブースターに点火。ガイドビーコンに従い、亜音速で吶喊する。
選んだ選択肢は狙撃手の撃破。
行動に迷いはなく、判断には微塵の疑念もない。オペ子への信頼が、最短最速の最適解を可能とする。
『右! 右! 左! そのまま!』
一定の間隔で機体を左右に振る。そのたびにヘリを一撃で仕留めた狙撃が機体を掠め、遅れて射撃音が響く。
次第に音と回避のずれが小さくなってきた。狙撃手との距離が詰まっているのだ。
そして十二度目の回避を成功させたとき、ダイコクの頭部カメラが狙撃手の姿を捉えた。
山をえぐり取ったような断崖絶壁の上に、レンタル機とよく似た角ばったシルエット。元の色が分からない色あせた装甲。機体全長を超える狙撃砲を抱えており、砲身からは排熱の煙が上がっている。
ADだ。本気で狙撃してきた。間違いなく敵だ。
このまま突っ込んで体当たり。
そう考えたカモ子だが。
『あっ、やべ。止まれ!』
「え、はい!」
オペ子の慌てた声に制止された。
ブーストを切り、絶壁の上に着地。謎の襲撃者と相対する。
「オペ子さん、とりあえず倒しますよね!」
『待て待て待て。ちょっと待て。やばいやばいやばい、これは想定外だって。逃げ一択なんだがもう無理くさいな。どうしよー!?』
指示が要領を得ない。オペ子が本気で焦っている。
傭兵になってから半年で初めての異常事態だ。背中に嫌な汗が流れ、心臓が不安げに脈打つ。
自分までパニックになっては終わりだ。謎の敵ADを警戒しつつ、深呼吸して呼吸を整えていく。
すると、今更になって機体のコンピュータが声を上げる。
『パイロット名「御老公」。敵AD、「
御老公、朽王。
どこかで聞いた覚えがある。過去の記憶を高速でさかのぼり、該当するものを探す。
『いい判断だ』
通信があった。
『的確な回避機動と迷いのない肉迫。やはり貴様か、小娘』
発信元は目の前のAD、朽王。
老木が軋むような、深く低い声だった。
『うおお急げ急げ……んんっ、お前、なんで生きてる? いいかげん死んどけよ、ストーカー爺さん』
答えたのはオペ子だ。なにやらドタバタと駆け回っている音がする。
『貴様になら殺されてもよかったのだがな。中途半端に死に損なった。故にこうして未練を晴らしに来たのだ。その新兵の背後に貴様がいることは、一目動きを見れば明らかだったからな』
『カモ子、カモ子、指示を出します、返事せずに聞いて!』
けたたましい物音を響かせながら、カモ子だけに回線を開くオペ子。
反射で出かかった返事を喉元でこらえ、指示を待つ。
『楽しくおしゃべりしなさい! なるべく長引かせるように!』
友達にでもなるつもりだろうか。
困惑するも、意図が理解できた。時間稼ぎだ。オペ子がなんらかの策を用意する時間を稼がないといけない。
しかし今の今まで敵意を向けてきた相手と楽しくおしゃべりと言われても困る。
迷っている暇はない、黙っていれば怪しまれる──苦し紛れに口を開くカモ子。
「え、えっと……オペ子さんのお友だち?」
どんがらがっしゃん、と通信越しに聞こえた。驚きのあまりひっくり返ったようだ。
『んなわけないでしょう! ストーカーですよ! いたいけな女性を何かにつけて追い回して殺そうとするやばい爺さんです!』
「ええ、こわ……」
『最後の仕事でしっかり殺したはずなんですが、甘かったみたいですね』
二人は殺したり殺されたりする関係だったらしい。
と、そこでようやく気付く。
ストーカー、付きまとい、爺さん。
「まさか、あの御老公……?」
オペ子は答えない。先ほどから通信の向こうでは激しい物音が鳴るばかりだ。
代わりに返答したのは、目前のADだった。
『そう呼ばれていたこともある。今は、ただの老いぼれだ』
カモ子が総毛立つ。
理解してしまった。オペ子の声が聞こえなくなったとたん、全身に感じる奇妙な重圧。静けさに反し濃密な殺気の込められた声音。
本物の御老公だ。先の大戦において、常軌を逸した働きをみせた中尉と戦い、生き残った怪物。
だからオペ子は時間稼ぎを指示したのだ。まともに戦っても勝ちの目がないとみて、策を講じているのだろう。
しかしなぜ御老公がここにいるのか。ムイは死んだと言っていたのに。
恐怖を押し隠し、震える声で問う。
「じゃあ、えっと、御老公さん? は何の用なんでしょうか。オペ子さんとお話したいなら、また今度、内地でお茶でもしませんか」
『気遣い、痛み入る。機会があれば是非』
「……」
『……』
「あーっと……狙撃がお上手なんですね……」
体がすくんでいつもの軽口が出てこない。機体ボロボロですよ、おいくつなんですか、いい天気ですね。いくつも浮かぶ話題の種が、もつれた舌の上で消えていく。
『カカッ』
カモ子の怖気を見透かしたように、掠れた笑いを漏らす御老公。
『腹芸は不得手と見える。魂胆が透けて見えるぞ』
「な、なんのことだか」
『今しばらく付き合ってもいいが、彼奴相手に二対一は無謀。故に』
次の瞬間、
眼前に敵AD、朽王の脚部が迫っていた。
『ここで果てよ』
衝撃、轟音。急激な加速と全重量を乗せた蹴りが突き刺さり、カモ子のダイコクが背後に吹っ飛ぶ。
「……っ!」
カモ子は怯まず次の動きへ。
背後へ飛びながらブーストで制動。ライフルを朽王へ向け、引き金を絞る。
「速い……いや、これは……!?」
しかし当たらない。
朽王は左右へ機体を振りながら近づいてくる。ライフル弾はまるで明後日の方向へ射出され、まるで弾丸の方が敵を避けているように、掠りさえしない。
ただ速いだけではない仕掛けがある。
「だったら……!」
仕掛けを暴く猶予はない。
ライフルをセミオートからフルオートモードへ移行。秒間十五発の大口径弾頭を面で斉射する。
すさまじい反動で狙いがブレるが、この弾幕を無傷でやり過ごす方法はないはずだ。動きが鈍った隙にリロードして再度斉射するのを繰り返せば──
咄嗟に組み上げた戦術はしかし、御老公の次の動きで覆される。
「はぁ!?」
御老公は弾幕に怯まず突っ込んできた。弾は機体に当たるより早く火花になって弾かれている。あたかも見えない壁に防がれているかのように。
その壁の正体は、御老公の振るう実体剣だ。反りのある大小の剣のうち、小ぶりな方を半身になった機体前面に掲げ、命中弾だけを超高速で斬り払っている。
命中弾を見極める眼力、それに刃を合わせる精密操作。AD操縦の極致と言える神業を見せつけられ、カモ子は恐怖も忘れて目を見張る。
御老公の『朽王』は軽量の高速機体。弾幕を切り払われ、懐に入られた。
「くっ!」
くすんだ機影が横を抜けて行ったかと思うと、衝撃。ライフルを装備した右腕を切断された。
即座に左腕のエネルギーブレードを起動。山吹色に輝く熱量の刃を、背後に向けて振るう。
『悪くない』
それすらも読まれていた。
身をかがめ、なんなく水平切りを躱す朽王。
返す刀で振り下ろした刃は完全に見切られて、今度は左腕が切断。先ほど飛ばされた右腕と同時に地に堕ちる。
残った武装は背部のミサイルランチャーだが、起動するよりも朽王の追撃の方が速かった。
「きゃあ!?」
狙いはコックピットの収まる胴体。ぎゃりん、と金属の擦れる音を響かせ、ダイコクの装甲が深く抉られる。コックピットに火花が弾け、ディスプレイは警告灯で真っ赤に染まった。
さらに返す刀が迫る。衝撃で宙を泳ぐダイコクに避ける術はない。
損傷個所を刃が抉る。コックピットを覆うダブルシェルのうち、外側第一層が損傷──機体のジェネレーターが沈黙し、機能を止めた。
初めての敗北。真っ暗になったコックピットの中、現実を噛みしめるカモ子。
しかしまだ終わりではない。
「ひゃあ!?」
三度の衝撃が襲う。朽王がなおも追撃を叩き込んでいるのだ。
あり得ないことだった。ダブルシェルは人命の浪費を避ける安全装置であり、第一層が損傷すればその機体は死んだとみなされる。実際、カモ子だけでなく他の傭兵もそうしている。
にもかかわらず、御老公は攻撃を止めていない──本気でこちらを殺そうとしている。
「や、やめて!」
懇願は通じない。再び強い衝撃に襲われる。コックピットを守る第二層にしつこく大剣を叩きつけているのだろう。
破られれば、死ぬ。
「オペ子さん、オペ子さんっ!」
頼れるオペ子との通信は切れている。第一層を破られたADに出来るのは座席のイジェクトだけであり、この状況でのイジェクトは死と同義である。
痛切な孤独と恐怖がカモ子を襲った。何度目かも分からない衝撃に身をすくませ、胎児のように体を丸める。
あの実体剣はとても大きかった。あれで殺されるなら、きっと痛みすら感じる暇もないだろう。死んだと思う暇もない。ともすればもう死んでいるのかも。
「ココ、ロロ、ナナ……オペ子さん……」
何もせず大切な者たちの名を呼び、震えて死を待つ。過去の情景が凄まじい速度で脳裏に展開されていく。
『ジェネレーター破損。セカンドオリジンプロジェクト中断、管理者へ送信──』
「え……?」
走馬灯の中、奇妙な記憶がフラッシュバックした。
ここではない暗い部屋。星々のように瞬く無数のディスプレイとコンソール。それらは『
これはいつの記憶だろう。妹たちと逃げた後のものではない。だとすれば──
すると、不意に気づく。
音が止んでいる。
「……?」
一分ほど待っても何も聞こえない。
カモ子は意を決し座席の下にあるイジェクトレバーを引いた。
ばしゅん、と音を立ててコックピットハッチがはじけ飛び、座席が射出される。
視界に広がるのは鈍色の空と断崖絶壁、それから──
「えっ」
串刺しにされた御老公のADである。
それを成しているのは、だるまに手足を生やしたような丸いシルエットの機体。なぜか全身から水を滴らせている。
両腕にはドリルが装着され、右腕のそれで朽王を貫いて高々と掲げていた。
謎の水浸しドリルだるまは腕を振るい、朽王をゴミの如く振り払い、ぐしゃりと地面に叩きつけた。コックピットとジェネレーターが完全にえぐり取られており、パイロットの痕跡はわずかな赤色しか残っていない。
カモ子はパラシュートで軟着陸しつつ、唖然とその光景を眺めていた。
「……オペ子さん、ですか?」
思わず漏れた呟き。
それが聞こえたのか、ドリルだるまが振り返る。単眼のカメラアイと視線を交わし合う。
しかし予想に反し、だるまのスピーカーから響くのは幼い少女の声だ。
『こちらムイ・リリーランドです。ケガはありませんか、カモ子』
「ムイさん!?」
オペ子に次いで色々と世話になっている傭兵、ムイである。
『依頼を受け、救援に来ました。間に合ったようですね』
「は、はい……なんとお礼を言ったらいいのか……」
『仕事ですから、お気になさらず。輸送ヘリは呼んでおきました。機体の回収はそちらに任せて、帰投しましょう』
バラバラ、と重たいローターの音が聞こえてくる。
そこでようやく意識が現実に追いついた。
恐ろしい敵はもういない。自分は命拾いしたのだと。
体が震え、立っていられない。蛇口が壊れたように涙が溢れて止まらなかった。
『ちょっ、どうしたんですか!』
へたり込むカモ子に、小さな足音が近づいてくる。
かと思うと、優しく抱きしめられた。ほんのりと甘い石鹸のような匂いに包まれる。
「まったくもー、オペ子から聞いてませんか? ダブルシェルは絶対じゃない。あのじいさんみたいに、行儀の悪い戦闘狂だっているんです。いちいち怖がってちゃキリないですよ」
「ううえぇぇぇ! 怖かったぁあああ!」
厳しい苦言とは裏腹に、カモ子の頭を撫でる手つきは壊れ者を扱うように丁寧だ。
「ま、今回はオペ子の撒いた種でした。帰ったら文句を言ってもいいですよ」
「うええぇぇん!」
「聞いてます? うわっ、きたなっ」
逃げようとするムイの体を力一杯抱きこんで、涙と鼻水を散々ぶちまけるのだった。
ーーー
同日、夜。
傭兵組合内、九番ガレージにて。
「あんっのクソ老害がああああ! しつこいんだよ一回殺したら死んどけやァァァ! 最新世代オプション全盛りのコックピットブロックが全損してんじゃねえかよクッソがよぉぉっ!」
大赤字の収支報告書を抱えた女が発狂し、のたうち回っていた。