とある悪徳オペレーターの音声ログ 作:ロボバトル曇らせメリバ百合風味
11月3日
へっ、何がテックマンだよザコが。二度と逆らうんじゃねーぞ。
持つべきは頼れる後輩だ。第三親衛隊の力があれば誘拐犯のねぐらを特定するくらい楽勝だったぜ。すでに潜入調査済みだったのは望外が過ぎたけど。
ついでにテックマンのしょうもない野望を潰すこともできた。オリジンのまがい物作ってもっかい戦争とは、本当にくだらん連中だ。カモ子にはもっといい使い道があるってのに。
そう、私の忠実な犬として死ぬまで働かせるって使い道が。
正直拉致監禁なんて狡い手は想定外だったけど、おかげで「危ないところを助けてくれた恩人」の座を得られた。カモ子からの好感度がぎゅんぎゅん上がっているのを感じる。この立場を利用してヤツから搾れるだけ搾り取ってやるのだ。
私はやるぞ!
11月4日
衝撃の事実に気が付いてしまった。
テックマンの悪だくみとかカモ子の話とかを聞いた感じ、あのやけに強い謎の機体はオリジンで、それに乗ってたのはカモ子だ。
つまり、私はあのカモ子に不覚を取ったことになる。あのへっぽこが初めて動かしたオリジンに、十五年ADを乗り回してきた私が、こんなに痛む傷をつけられた。
末代までの恥じゃん。
墓まで持ってこ。
11月10日
直接対面を要求されるのめんどくせえな。
イヤなんですか、と迫られると断りにくいんだよな。別にイヤではないし。
でも距離感近くてスキンシップ過多なのは、なんか、なんか困るんだよな。イヤじゃないんだけど。
11月11日
PJ、YJ親子にごはんをおごってもらった。
PJはカモ子のついでに回収しただけだし、YJを誘ったのはカチコミ時の陽動がほしかっただけなのに、律儀なやつらだ。
おいしかった。
12月10日
講義が終わった。
中等教育課程のカリキュラムだから三年はかかると思ったら、一年足らずで終わってしまった。奴らの覚えがいいのか、それとも私の教え方がいいのか。間違いなく後者だな。
四月入学を目指して、高等部の受験手続をしておいた。
もちろん、受験料は実際よりも多く計上してカモ子の報酬から引いている。差分は私のものだ。
2月10日
合格した。
三人分の制服と教科書の費用、学費もやはりカモ子の報酬から引いておく。
私腹が肥やされる~。
3月1日
あのエロガキだけはマジで……っ!
カモ子のセクハラがひどい。もしヤツが男ならかつての愛機を引っ張り出してきてぶっ殺してるくらいひどい。
もうちょっと前ならマジで殺ってるけど、せっかく成長した今になってそれはもったいないしな。おっぱいもあるし。
大目に見てやるか。おっぱいに免じて。
3月30日
最近すごく調子がいい。
カモ子の仕事ぶりは安定している。このペースなら私があのカスに奪われた分と、カモ子に投資した分をすべて取り返せる日も遠くないだろう。
ヤツの急所である白ガキ連中も大丈夫だ。来月の入学がよほど楽しみなのか、部屋で制服を着て毎日はしゃいでいる。勝手に幸せになってろ。
偶然とはいえ、大きな心配事もすべて解決できた。厄介ストーカー爺さんとテックマンのことだ。
爺さんは今度こそ確実に殺したし、テックマンも何か企んでいたっぽいけど、あれだけボコボコにしたならどうしようもないはず。私の仕事を邪魔する者はもういない。
カモ子を飼いならし、戦場に送り出しては甘い汁を吸う。
理想の悪徳オペレーター生活は今、ここに実現──
いたたたた!?
いてて、薬、薬ぃ!
ふぅ。
一つ忘れてた。大きな懸念が残ってた。
この古傷だ。カスオペをぶっ殺しに行ったとき、暴走カモ子inオリジンに付けられたこの傷。エネルギーブレードがコックピット貫通してきたときは死んだと思ったけど、ぎり胸のあたりを炙られるだけで済んだ。
これの痛みがマジでシャレにならん。なんなのこれ。傷ふさがってるのに。痛み止めODしまくってもまだ痛いんだけど。
お金と立場があったって、健康がないんじゃ話にならない。
医者にかかろう。そして超絶健康体になって、夢にまで見たバラ色の悪徳オペレーター生活を手に入れるのだ。
うおおお! 私は健康になるぞぉ!
4月1日
……はー。
一周回って冷静だわ。
医者行った。
私は……。
あーあ。
あぁぁーあ。
ーーー
マウとは初対面だったが、白兵戦だけでなく施設の位置を特定するのも手伝ってくれたらしい。別れる前にお礼を述べると、
「気にしなくていいっすよ。先輩の頼みですし、ラルヴァ戦ではウチも世話になったっす。よければ今後もよろしくっす」
そういえばラルヴァの正面で戦ってた人たちがいたなぁと思い出しつつ、カモ子は連絡先を交換して別れた。オペ子の後輩なら、オペ子の前職時代の話も今後聞けるかもという打算もあった。
そうして組合の自宅に戻ったカモ子は、号泣する妹たちに迎えられた。
照れくささと帰ってきたのだという実感、遅れて殺されそうになった危機感が一挙にやってきて、カモ子も大いに泣いた。
「ぐすっ……そうそうそれと、こちら、ムイさん改め私の相棒のオペ子さん……っていない!?」
ひとしきり再会を祝した後、正体の分かったオペ子を紹介しようとすると、もう姿を消していた。せっかく付き添いでついて来てくれたのに。
「だいぶ前に帰ったよ」
「一生仲良しこよしやってろって言い捨ててたわね」
「あと、ムイ先生がオペ子さんなのは、うん、想像ついてた……」
「そうなのぉ!?」
驚くカモ子だが、言われてみれば当然だ。作戦中のオペレートや講義の途中参加でも、オペ子はぼろを出すことが多かった。一日中つきっきりになることもある妹たちにはそれ以上の、察するには十分なヒントを晒していたのだろう。知らなかったのはカモ子だけだ。
「言ってよ!」
「秘密にしたい
それはそうである。カモ子はぐうの音も出ない。
こうしてオペ子の正体はあっさりと受け入れられた。
ーーー
身元のはっきりしない傭兵が外縁で被害にあった今回の事件は、公にはないのと同じ扱いで、PJの被害も物的証拠が残っていない。騒ぎどころか噂にすらならず、いつもの日常が戻ってきた。
すなわち依頼と訓練、遊びと勉強である。
「今日の講義はここまで。かなりいいペースですね。ところで」
「はい?」
「なぜ私は抱っこされてるんです?」
講義を終えたオペ子が、ジト目でカモ子を睨んだ。講義の間中、ずっと腰に手を回されてカモ子の膝上に固定されていたのだ。
事件以来、カモ子の距離感がおかしくなっていた。
「イヤですか?」
「イヤではないですが」
「じゃあいいですよね!」
「はあ……」
オペ子はため息をつき、力を抜いてされるがままとなる。カモ子はその小さな体を固く抱きしめ、全身で感触と体温を楽しんだ。
オペ子には返しきれない恩がある。妹たちの面倒を見てもらっているだけでなく、カモ子も新人傭兵時代から手ほどきを受けているし、つい先日は囚われの身を助けてもらった。感謝と申し訳なさと得体のしれないふわふわした気持ちが暴走して、抱き着く以外に発散の方法が分からない。
そんなわけで、カモ子はオペ子と顔を合わせるたび抱きしめ、頬ずりして、髪に顔を埋め、頬をぷにぷにして、項の匂いを嗅いで、服を脱がせ──
「いい加減殺すぞ」
「痛い!」
さすがに調子に乗りすぎた。
太ももをつねられて飛び上がるカモ子を尻目に、オペ子はさっさと自ら服を脱いでいく。
ある日のこと。帝国学院入試に向けての最後の追い込みが長引き、オペ子はお泊りすることになった。最初は帰ると言い張ったもののカモ子が押し切り、そしてやはりカモ子が押し切る形で、入浴を共にすることになった。
「何見てるんです」
オペ子の裸体は白く細く、しなやかだ。肉付きは控えめで骨が浮き出ているが、必要な筋肉を必要量だけ備えた効率的な体。折れそうに細い手足にも、鋼線を通したような力強さがある。
そうした合理性を詰め込んだ小さな体だからこそ、控えめに膨らんだ乳房とお尻の丸みが際立って見えた。桜貝のような爪先から膝、太もも、腰から胸へと舐めるような視線を走らせて──胸の中心のあたりに傷痕のようなものを見つけ、目が留まる。
「オペ子さん、その傷──」
「見せもんじゃねーぞコラ」
「いだだだ!?」
カモ子のたわわな胸を千切れんばかりにつねるオペ子。
「ふんっ、一年でタケノコみたいに育っちゃって、生意気なガキ。先に入ってますからね」
「ま、待ってよー!」
ジト目で睨みつけていくオペ子を追って、カモ子も浴室へ。
それからは至福の時間だった。
「二人同時に洗うのは効率悪いでしょ! あなたはお湯につかってなさい!」
「つれないこと言わないで。こうやって体をくっつけあって洗うのが流行ってるらしいですよ。五番街とかで」
「娼館じゃねーんですよここは!? こらやめろっ、どこ触って……!?」
マウに吹き込まれた流行を実践し、スキンシップでより仲を深めた。
体を洗った後、なぜか入浴前よりぐったりしたオペ子を支え、浴槽へ。オペ子を膝の前で抱きかかえ、温かなお湯に身を沈める。
オペ子のぬくもりを全身に感じながら体を温めるのはおそろしく気持ち良くて、蕩ける幸福感の中、様々な思いが泡のように生じては弾けていく。
「ふゃああ……」
「変な声」
笑い交じりの小さな声。オペ子が体をよじって振り返っていた。黒猫のようなつぶらな金の瞳がじっと見上げてくる。
視線の先はカモ子ではなく、カモ子の胸。正確には胸と鎖骨の間にある管理番号だ。
無機質なバーコードと『901』を見つめ、目を細めるオペ子。
「そういえば、オペ子さん」
生じては弾ける思いの中に、過去の情景が混じる。
それはオペ子と初めて直接顔を合わせたときのこと。体調を崩したカモ子を看病しにきてくれたとき、オペ子はこの管理番号に反応を示していた。
「初めて会ったとき、番号を見て何か言ってましたよね。あれって何だったんですか?」
「呆れていました」
オペ子はふたたび前を向き、カモ子の胸に背中を預ける。
「九世代目とは、テックマンもつくづく飽きないやつらだなぁ、と」
「九世代??」
「番号の意味です。百の位が世代、十の位が改修の数、一の位以下が通し番号。901は『九世代目、改修なし、一体目』となります」
同様に、たとえばココの875は『八世代目、七度の改修、五体目』を意味し、ロロとナナの番号もその方式だという。
「脳の適性だか人類の革新だかは知りませんが……諦め悪く、何世代も、何百体も作って……本当に懲りないし、ろくでもないやつらだなって」
「たしかに!」
大きく頷いた。
カモ子たちのような存在をたくさん生み出し、失敗のたびに廃棄していたとすると、テックマンの所業はあまりにおぞましい。その目的もかつての大戦を再現してどうのこうのという理解不能なもので、テックマンへの悪い印象は強まるばかりだ。
しかし、ただ一つだけ。
「でも」
一つの点において、カモ子はテックマンに感謝していた。
「私、生まれてきて本当に良かったです! おかげでオペ子さんに会えました。ココ、ロロ、ナナとも会えました。友だちもできました。だから、作ってくれたことだけは、すっごくありがとうって気持ちです!」
正直な気持ちを告げると、沈黙。
水滴の落ちるかすかな音だけが、温かな空間に満ちる。胸を通して伝わってくるオペ子の鼓動が、やけに大きく感じられた。
「ふふっ」
やがてオペ子は控えめに笑って、
「救いようのないお人よしですね、あなたは」
とつぶやく。
呆れ、皮肉、感心、若干の感謝。穏やかな声音のうちに複雑な感情が入り混じっていて、カモ子は受け取り方に迷う。
どんな顔で言ってるんだろう。体を前傾にして、膝の間に収まるオペ子の表情を覗き込もうとするカモ子。
すると、オペ子の鎖骨のあたりに目が釘付けになった。
白くなめらかな皮膚の中で、鎖骨の下に楕円形の変色がある。入浴前にも見えた何かの傷痕だ。
何かに抉られたような、焼かれたようにも見える。一体何の傷だろう。
入浴前から気になっていたそれについて尋ねようするカモ子。
『──プロジェクト中断。管理者へ送信します。イジェクトまで10秒──』
途端、過去の情景が蘇る。
ーーー
無機質な機械音声の響く暗い空間。暴走するオリジンのコックピットだ。
正面のディスプレイには一機のADが映されている。死闘の直後なのだろう、装甲が欠け、右腕が半ばで溶け落ち、関節のあちこちから火花が散っている。とりわけ損傷がひどいのは胴体部で、もっとも強固に作られた装甲が斜めに切り裂かれ、コックピットが露出していた。
そこに座すパイロットは艶のある黒髪の女の子。乱れた前髪の隙間から獣のような眼光をぎらつかせている。それは見間違えようもなくオペ子だった。
青白い燐光の中で殺気立つオペ子。ここまでは、断片的な記憶から予想はついていた。
けれど今回のフラッシュバックはいつにもまして鮮明だ。背後の座席で気絶する妹たちの呼吸、周囲の燐光が瞬く様子までくっきりと見える。
だから、気づいてしまった。
オペ子が傷を負っている。鎖骨の中央から胸骨にかけて、縦一線の傷がぱっくりと開いて、夥しい血を流している。
その傷は、傷痕のある場所と完全に一致していた。
ーーー
「私のせい、なんですね」
「は? ちょっ、何泣いてんです!?」
思わず涙が零れ落ちる。
オペ子は慌てて振り返り、困ったように手をわたわたさせていた。正面から向き合うと胸の傷がなおさらよく見え、カモ子は声を上げて泣きたい衝動にかられる。
その衝動を、唇を噛んで抑え込んだ。これ以上オペ子を困らせてどうする。
目元をごしごし擦り、固い声音で白状する。
「胸の傷。私がやったんですよね」
「……あー、思い出しましたか」
「ごめんなさ──」
「勘違いしないでくださいよ」
謝罪を遮り、オペ子はむっとして有無を言わさぬ口調で言い切る。
「たしかに不覚を取りました。でも連戦に次ぐ連戦で疲れていたからです。本来の私の実力なら、あの時の君を消し炭にするくらい20秒で出来ました。思い上がらないように」
「……はぁ……えぇ!?」
思わぬ切り返しに呆け、目を丸くするカモ子。
「そっちですか!?」
「何がですか。どうせ『あのときの私オペ子さんに勝てた、強い!』とマウントを取りたかったんでしょう。ですがノーカンです、無効です。あと傷痕は残りましたけど一週間で治りましたし針でチクっとした程度の痛みしかなかったので実質ノーダメです。この傷はむしろ、あれほどの数的優位状況にありながら私一人を仕留め損ねた君の落ち度と、私の強さの証明です。君のようなへっぽこがこの私に勝ち誇ろうなんて百年早いのです。いいですね」
薄い胸を張り、早口でまくしたてるオペ子。
カモ子はすっかり面食らって目を瞬かせ、たまらなくなって噴き出した。
「ぷっ、あは、あははっ!」
「何がおかしい」
「いだだだ!? つねらないで!」
真顔で怒りを滲ませるオペ子を宥めすかし、改めて向き直る。
「オペ子さんらしいなぁって」
「私らしいからってなぜ笑うんです。あっ、侮辱か? ケンカか?」
「売ってませんてば! なんか今日ツンケンしてません!?」
オペ子はむふーと息をつき、再びカモ子の胸に背中を預けた。
「失礼。辛気臭い顔にムカついてました」
猛然と食って掛かってきた剣幕はどこへやら、湯船に身を沈めてゆったり落ち着くオペ子。
その小さな背中を見つめながら、カモ子は思う。
お人よし。
誘拐騒ぎをきっかけに明らかになったカモ子の記憶や、テックマン関係の情報があれば、カモ子がオペ子を傷つけたことには察しが付くはず。カモ子の方が今になって気が付くまで何も言わず、気づいてからも一切責めない。
本当にオペ子らしい。
嬉しさと罪の意識がないまぜになった気持ちを抱え、オペ子の体を背後から抱く。
そうしてオペ子の肩越しに、改めて目に焼き付ける。
カモ子の犯した罪。大切な人を傷つけてしまった証を。
「えっ?」
まじまじと見つめ、気が付く。
傷痕のすぐ近く。鎖骨と乳房の中間のあたり──カモ子の『901』が記されているのと同じ箇所──に、薄くなった黒い数字のようなものが見えた。
そこへ思わず手を伸ばし、指でなぞるようにすると。
「ひゃぁん!?」
聞いたことのないかわいい声が聞こえた。オペ子の小さな体がびくりと跳ねる。
「な、なにするの?」
信じられないものを見る目で振り返るオペ子。
その視線を受けカモ子のいたずら心がむくむくと頭をもたげた。
肩に腕を回して固定し、オペ子の傷痕周辺に指を這わせる。
「にゃっ、んんっ、ちょっと!? やめっ……」
指を動かすたびオペ子が嬌声を響かせ、面白いくらい体を震わせる。よほど敏感な場所らしい。
オペ子は頭がよく、オペレーターとパイロットの腕前の両方が一流で、いつだって隙がない。そんな完璧超人オペ子がこんなに無防備で、かわいい声を出している。カモ子のいたずら心は際限なく膨らんでいく。
「こら! これ以上は本当に……んくっ!?」
もっといろんなところを触りたい。
もっといろんな声を聞かせてほしい。
欲望に駆られたカモ子は、オペ子の細い体に両の手を這わせて──
「いーかげんにしろっ!」
「いっったぁぁあ!?」
激痛でひっくり返った。
オペ子が胸の突起部を思い切りつねったのだ。ひっくり返った拍子に浴槽の中へ沈む。
どうにか体勢を立て直すと、オペ子はもう浴槽から出て仁王立ちしている。
額に青筋を立て、カモ子を睨みつけながら、
「あんまり調子に乗ってると殺すぞマジで!」
と言い捨て、脱衣所へ出て行ってしまった。
「やっちゃった……」
悪ノリが過ぎた。じんじんする胸の先端を手で押さえながら、しょんぼり肩を落とす。
その後、妹たちの手助けを受けながらオペ子とどうにか仲直りを果たし、一つのベッドに五人がぎゅう詰めになって寝たのだが。
そちらに気を取られたせいだろう。
オペ子の胸に見えた『X 000』の意味を聞くことは頭から抜け落ちて、ついぞ思い出すことはなかった。
ーーー
誘拐騒ぎの少し前から、カモ子は人生が上向いてきているのを感じていた。
勢力依頼には慣れた。生きた人間が操るADと戦うのはまだ緊張するが、ダブルシェルのおかげで命を奪う心配はない。ヘリや装甲車といった通常兵器については、そもそも相手にせずとも済む依頼をオペ子が選別してくれる。ラルヴァや御老公のような想定外はほとんどなく、あっても弱小の無人機が乱入してくる程度だ。
弾薬費や修理費が抑えられ、収入が増えた。そのおかげでオペ子の機嫌もいい。依頼を早く終わらせれば自由な時間も増え、安定安心の傭兵ライフを満喫できる。
カモ子だけではなく妹たち、ココ、ロロ、ナナの将来設計も順調だ。
「ああ、そうだ」
ある日の輸送ヘリで吊られた帰路にて、オペ子が口を開いた。
『もうすぐ妹さん方のカリキュラムが終わるので、春の入学を目指して高等部を受験します』
「マジですか。でも二三年かかるんじゃ? まだ一年ちょいですよね」
『思ったより飲み込みが速かったんです。つきましては、受験料はあなたの報酬から徴収しておきますので、あしからず』
「もちろんです!」
その日、勢力依頼を二件こなした報酬がすべて特別徴収の名目で差っ引かれていて、受験料って意外と高いんだな、とカモ子は舌を巻いた。
受験当日、妹たちは出発前こそそわそわしていたものの、帰って来るときょとんとしていて、「オペ子さんの小テストの方が難しかった」と口をそろえた。
その手ごたえの通り、一週間後の合格者発表で三人共に合格、優秀なロロに至っては全教科満点の首席合格が通知され、入学式での新入生あいさつを任せる旨の知らせがあった。
若干の肩透かし感は否めないが、一つの節目だ。姉妹で抱き合って喜び、お祝いをする運びになった。
日時と場所を決めてから、一番の功労者たるオペ子に招待を送る。
『忙しいので』
「そこをなんとか!」
予想通りの塩対応に怯まず食らいつく。
オペ子の心情は手に取るように分かった。声色からして、忙しいのは事実だけど緊急の用件ではないし、かといって即答で行くと答えるのは前のめり過ぎて照れくさい、と思っている。
であればごり押しが有効だ。
「ココたちも会いたがってます!」
『むぅ……』
悩ましい声。効いている。
オペ子は最後の講義以来、妹たちと顔を合わせていない。祝勝会に向けて四女ナナの指揮の元で豪華な食事を用意することになり、張り切ってメニューを決める会議をしているが、妹たちはどこか寂し気だ。
「あと私も会いたいです!」
『それはどうでもいいですけど』
「ひどい!?」
最後の一押しはすげなくあしらわれたものの、妹たちを随分気にかけているようで。
『ま、顔を出すくらいはしますよ』
と、了承してくれた。
ーーー
お祝いの会場に選ばれたのは、帝国三番街の自然公園だった。豊富な水資源に満ちた湖を中心に、遊歩道と林が広がる自然豊かな区画である。
「こんちはっすー。タダ飯食べにやってきましたー」
「お待たせ。合格おめでとう」
「やっほー! 二人とも来てくれてありがとう!」
公園の入り口で待ち合わせていると、同時に二人がやってきた。
一人はおっぱいピンクこと、帝国親衛隊第三小隊隊長、ムイ・リリーランド。派手なピンクのツーサイドアップとよく合う、白を基調としたフレアスカートとフリルつきのケープという装いだ。
もう一人はPJ。一緒に誘拐までされたカモ子の親友である。カモ子には判別不能なオシャレかつ上品な服装をまとっていて、いかにもお嬢様然としている。
「あなたはあのときの! 助けてもらってありがとうございました!」
「どいたまっすー。親子そろって律儀っすねぇ」
PJとムイがやりとりしていると、最後の一人が現れる。
「うぁいー」
「オペ子さん!」
かろうじて挨拶に聞こえなくもない呻きと共にやってきた黒髪の少女、オペ子。よれよれのブラウスとタイトスカートに寝ぐせもひどく、およそやる気が感じられない。仕事以外はおざなりなオペ子らしい。
カモ子がさっそく手を繋ぎに行こうとするも、ココとロロに先を越された。二人で左右の手を取り、ほとんど抱き着くみたいに体を寄せている。
「モテモテっすね、先輩」
「うるせー。カモ子、さっさと行きますよ。この場で始めるわけじゃないでしょう」
「あ、はい!」
そうして全員で公園内に移動。
道中では木漏れ日が輝く糸のようにきらめき、鳥のさえずりが聞こえ、水の匂いを含む春一番の風が吹き抜けていった。九番街や外縁、組合の無機質さとは一線を画す自然豊かな光景に、カモ子たちは目を丸くする。
長く続いた大戦は自然環境に深い爪痕を残し、外縁は常に分厚い雲で覆われ、気温も通年で低い。かつての四季と青空を再現しているのは帝国内地の強みであり、特に三番街の景観は圧巻だった。
「あそこきれい! あそこにしましょう!」
はしゃぐカモ子たちが目を付けたのは、桜の木立が集まる湖畔の開けた一画だ。
桜吹雪が舞う下にレジャーシートを広げ、輪になって座る。輪の中心にはナナの主導で早起きして作ったお弁当を広げ、特に誰かが音頭を取るでもなく各自好きに手を付けて、お祝いが始まった。
「学院の勉強って難しいですか?」
「一年の間は中等部の復習みたいなもんだから、そこまでよ。専攻を決める二年からはちょっと難しいかもね」
「PJさんは何専攻……です、か?」
「ため口でいいわよ。私は情報工学。ソフトウェア関係、特にADのオペレーティングシステムの開発に関わりたくて──」
ココとロロはPJの両隣に座り、学院に入ってからのことを色々聞いている。なお、カモ子は無言の圧力によってオペ子の隣をしっかり確保している。
「おいしい、おいしい……!」
「えへへ……う、うれしいですけど……泣くほど……!?」
「先輩にお金貸し過ぎて、最近ずっともやしだったっす……」
「オペ子さん……」
マウはナナお手製のお弁当を夢中でパクつき、衝撃の事実を明かしている。
ナナとカモ子からのジト目を受けたオペ子はというと、
「後輩のお金はすべて先輩のものです。ナナ、将来後輩ができたときの参考にしなさい」
「そうなんだ……」
「違うっすよ!?」
涼しい顔でナナにウソを教え込んでいた。
その理屈ならナナたちも入学直後は財布扱いされることになる。ツッコミを入れようとしたところで、カモ子はふと気づく。
オペ子の前職は傭兵だったと聞いている。けれど帝国親衛隊のマウと先輩後輩の関係にあるということは、傭兵の前は帝国軍だったのか。
気になる。聞いちゃえ。
「オペ子さん──」
「そうだカモ子、これを渡しておきます」
絶妙なタイミングでカモ子の視界がふさがれた。
クリアファイルで眼前を覆われているらしい。体を引いて受け取ると、オペ子が小さく耳打ちした。
「妹たちのいないところで読みなさい」
というわけで席を立ち、木陰へ移動。後で読むべきならそう言うはずだ。
さて気になるファイルの中身を取り出してみると、数枚の書類だった。目を通したとたん、胸が温かく、じんわりとした嬉しさが全身に広がっていく。
『卒業後の進路について。学院は所詮通過点です。過程を楽しむのは結構ですが、卒業した後のことも考えていないといけません。参考までに卒業後の進路を調査しておきました。しっかり読んで、姉として妹たちを導くように』
小さなメモ用紙の添え書きが頭にあり、以降は帝国学院卒業後の進路調査結果がびっしり綴られている。
この世界はどこか歪だ。内地と外縁が明確に区分けされ、外縁では泥臭い闘争が行われながら、内地では平和で牧歌的な日常が送られている。そんな歪な世界での幸せの形、将来の在り方について、オペ子は真剣に考えてくれていた。
「お姉ちゃん、何してるのー?」
「何でもないよー!」
ココに呼ばれ、カモ子は祝いの席に戻る。書類はファイルごと肩掛けカバンに入れた。見せるタイミングは今ではないだろうし、オペ子からの贈り物をしばらくは独り占めしたかったから。
やっぱりオペ子さんはすごい。真剣で優しくて、色んなことを考えている。
でもたまには、自分だけを考えてくれないかな。
そんなチクチクする変な気持ちでオペ子を見つめていると。
「マウ、オリジンはちゃんと壊したんだろうな?」
「もちろんっす!」
耳を疑う会話が聞こえてきた。
オリジンとは、テックマンが再び戦争を起こすため再建造した始まりの無人機だ。起動の鍵としてカモ子の身柄、正確には脳を狙ったのが先日の誘拐騒ぎである。
その元凶となる無人機『オリジン』を、マウは壊したという。
「危ないとこだったっすよ。連中、適性の低い脳を並列させた人工電脳で無理やり起動させる直前だったっす」
「次善策ってことか。まあ、個人の有無で起動の可否が決まるわけないわな。で、黒幕は?」
「先輩の予想通り、共和国の主戦派グループでした。全員ひっとらえて情報抜いてから処理してるっす」
「よくやった。さすがこそこそ動くのが得意だな!」
「えへへ」
狐に鼻をつままれた気分、というのか。
カモ子が知らない間に、大きな陰謀が黒幕もろとも倒され、解決されていたらしい。
「でも一つだけ懸念がありまして。資金の出どころと使途っす」
マウは照れ笑いをすっと引っ込め、声を潜める。
「オリジンの復元・建造の費用は莫大だったっす。だから共和国の一派閥をスポンサーにしたんでしょう。でもそれとは別に、大口献金者がいたっぽいっす」
「ぽいってなんだよ」
「いくら洗っても足取りがつかめないんすよ。以前潰された施設でそいつは忽然と消えてるんす。消滅したみたいに」
共和国とは別に、テックマンを支援していた何者か。大きな戦争を再び望む物騒な人物が他にもいたと思うと、背筋が寒くなる。
「こいつの身元も、献金の出どころも不明。流された資金はすべてオリジンの建造に回されていましたが、捏造の痕跡が多数あったっす。おそらくだぶついた資金をどこかへ回したんすね」
「それも分からない、と。……タダ飯食って泣いとる場合かっ! 仕事しろコラァ!」
「ひぃん!」
オペ子がマウの目立つ胸部に猫パンチを繰り出している。マウは涙目だ。
「まあまあ、二人とも」
オペ子の手を掴み、後輩いびりをやめさせた。ナナはマウの頭をよしよししている。
「オリジンは壊したんでしょ? それは間違いないですよね?」
「はい。跡形もなく木っ端みじんっす!」
「じゃあいいじゃないですか。ね、オペ子さん」
テックマンを支援していた人物の行方。資金の出どころと使途。
謎は残るものの、もっとも剣呑だったオリジンは起動前に破壊された。先の大戦時代に回帰するというテックマンの野望は打ち砕かれたのだ。マウは十分すぎる結果を出したといえるだろう。
「悪は滅びた! 私たちの勝ち! 幸せな未来へ向けて一直線! そういうことにしましょうよ」
「ふむ」
オペ子は猫パンチの手を止め、お弁当に箸を伸ばす。
から揚げを一口齧り、言った。
「ナナの料理に免じて、いいでしょう。これ以上は言いません」
ですが、と続く。
「今の機密情報でしょう。この場で言ってよかったんですか」
「えっ」
「近日公開予定なんで大丈夫っす。たぶん」
「たぶん!?」
「いや、ほら、知りすぎた人を処理するのも
「もうしゃべんな一生食ってろ」
「むぐ!」
フォローなのか暗殺を匂わせて脅しているのか分からないマウの口に、オペ子が特大ハンバーグを丸ごとぶち込む。マウは目を白黒させていたが、しだいに顔を緩ませて幸せそうにハンバーグを噛みしめていく。
こんなのが帝国軍の偉い人で大丈夫なのか。オペ子とナナは顔を見合わせ、思いを一つにした。
ーーー
「少し時間いいっすか」
祝宴が開かれて数時間後、宴もたけなわな空気が漂い始めた頃、マウがカモ子を呼び出した。
妹たちとPJがじゃれているのを横目に、二人で中座し、公園内の遊歩道を歩く。
周囲には同じように桜の下で飲み食いしている行楽客たちの姿がある。真新しい緑の芽吹く木立の間を、心地よい春風が抜けていく。
ゆっくりと歩を進めて着いた先は、花壇とベンチのある広場だった。
二人でベンチに腰を下ろし、一息。なんともいえない空気が流れる。
「なんですか、改まって。生活苦しいなら、ナナに頼んでお弁当作ってもらいます?」
「あはは、それもいいっすね。でも違うっす。先輩のことっすよ」
オペ子の話。家族と同じくらい大好きな人の名前が出て、カモ子の胸が弾む。
「先輩がなんで帝国軍を辞めて傭兵になったのか、聞いてるっすか」
「ううん」
オペ子は過去の話をしない。傭兵だったのは知っているが、その前は帝国軍にいたことは、ついさっき知った。
「じゃあこの際知っておいてほしいっす」
「いつか直接聞きます!」
「先輩は一生話さないっす。あと私が知ってほしいんで、勝手に語るっすね」
オペ子が話したくないことならと遠慮したのに、マウは語り始めてしまった。こんなに強引なら聞いてしまっても仕方ない。話に集中する。
「先輩は軍を追い出されたっす。命令違反と上官殺しの罪で」
「重罪人だ!?」
軍規に疎いカモ子でも不穏さが分かる罪を犯していたらしい。追い出されるのもやむなしだろう。
しかしマウは「最後まで聞くっす」と窘め、言葉を継ぐ。
「命令に背いたのは、降伏した勢力の皆殺しを命じられたからっす」
当時、帝国近傍の外縁部は荒れていた。三大勢力が大戦を終わらせたといっても、数多の中小武装勢力はいまだに士気が高く、頻繁に小競り合いが起きていた。
そんな勢力の一つを制圧せよ、というのがオペ子の所属する部隊に命じられた任務だった。
戦力差は歴然としており、苦戦するまでもなく制圧、無力化が完了。
そうして武装解除された捕虜たちを前に、オペ子の上官は皆殺しを命じた。
「先輩は命令拒否したっす」
「さすがオペ子さん!」
「しかも上官のADをボコボコにして死なない程度に大破させたっす」
「やりすぎじゃない!?」
やりすぎだった。銃殺刑の一歩手前まで行ったものの、大戦末期に積み上げたすさまじい戦功を考慮して、命は免れた。
「そっから胸糞悪い話っすよ。コケにされた上官が周囲を巻き込んで、先輩に陰湿な嫌がらせを始めたっす」
「はああ!?」
「その果てに先輩を任務中の事故に見せかけて殺そうとしたっす」
「許せない!」
「で、先輩がそれを全部返り討ちにして、機体ごとパクって逃げた先で傭兵になったってわけっす」
「お、おお……」
カモ子は怒りの声を呑み込んだ。
上官のことは許せないが、オペ子が悪行のことごとくを力でねじ伏せてしまうので、微妙に怒りが発散されてしまったのだ。さらりとADを盗み出しているのもコメントに困るところだ。
マウは虚空を見上げ、しみじみと呟く。
「先輩は私が軍に入る前から、ずーっと頑張ってきた人っす。なのに今は名前さえ誰も知らない。先輩関係のことは汚点として記録を抹消されちゃったっす」
「そんな……」
「傭兵になってからの十年間も色々大変だったみたいで。私にできるのは、先輩がいつでも帰ってこられるように根回しをするくらいしかなくて」
オペ子を陥れた関係者を洗い出し、弱みを握り、帝国軍の腐敗を一掃した。この働きを認められて第三親衛隊に成り上がり、いつでもオペ子の帰りを迎えられる環境が整ったが、オペ子は結局帰ってこなかった。
そうして今、ただのオペ子としてオペレーターをやっている。
「先輩はこのことを、自分からは語ろうとしないっす。だから──」
視線を合わせ、まっすぐ目をそらさずに、マウは。
「覚えておいてほしいっす。頑張って頑張って、それでも報われなかった人がいたこと。カモ子さんの相棒は、そんなすごい人なんだってことを。他でもない、先輩に選ばれたカモ子さんだけは」
オペ子への思いをいっぱいに込めた瞳で、話をそう結んだのだった。
ーーー
「あれ? どこで聞いたんだろ?」
同日、夜。
マウから聞かされたオペ子の過去を思い返すと、どこかで聞いた覚えがある、と気づいた。
帝国軍で真面目に頑張ったのに、何か事情があって追放されてしまったかわいそうな人の話。半ば寝ぼけていたせいか、ぼんやりとしてはっきりしない。
「ま、いっか」
結局、話の出どころと関連をはっきり思い出すのは、すべてが終わった後になるのだった。
ーーー
仕事、暮らし、大切な人たち。カモ子の周囲には優しさと幸運が満たされている。
水面下で動いていたテックマンの陰謀も、マウが事前に成敗してくれたらしい。
心配事は何もない。すべてがうまく回っていて、毎日が幸福な夢を見ているよう。
だからだろう。
「えっ……?」
帝国八番街の、雨が降りしきる路面の上に。
力なく倒れて動かないオペ子を前にして。
本当にこれは現実だろうかと、カモ子は唖然と立ち尽くした。