儚い系うすほそエルフになったので自由を謳歌する 作:うすほそ~(挨拶)
革細工師のジョージは、日々に疲れていた。
冒険者に憧れてギルドに登録したものの、魔力が少ない彼に冒険者としての適性はなく。
見習いの三年間でもっとも手に馴染んだ革細工師の仕事についた。
職人というのは、見習い期間が過ぎて十五になっても最初のうちは弟子として師匠のもとで雑用をさせられることになる。
その中で技術を学びつつ、少しずつ信用を築いて成長していくのだ。
雑用は大変で、革細工師になったことを後悔しながらも、仕事を辞めて行く宛もないので仕事は続けるしかなかった。
正直なところ、働くのは苦痛でしかない。
働かなければお金が手に入らないから働いているが、不労所得を得られるなら喜んでこの仕事を投げ出すだろう。
彼の人生の楽しみといえば、稼いだ金で本を買うこと。
読み書きのできるジョージにとって、本は最高の娯楽だ。
しかし本は趣味として嗜むには高く、仕事をしない穀潰しに到底手が出せるものではない。
何より仕事をやめたところで、次の仕事なんてあるわけもないのだ。
だから、どうしても、仕方なく仕事をする。
それがジョージのスタンスだった。
革細工師としての評判はごくごく普通。
三十近くなったジョージが、やる気のない割に仕事を続けていられる程度の腕前。
結婚には興味がなかったが、興味がないという理由だけで避けられる時代でもない。
周囲のすすめで結婚し、子どもも出来た。
夫婦仲はそこまでよくはない、妻はあまりジョージの読書趣味にいい顔をしないからだ。
こんなことなら結婚なんてしなければよかった。
そう思いつつも、特に行動は起こせてはいない程度の関係。
そんなジョージの唯一の楽しみ。
それはグラリエ商店を訪れること。
ここの店主グラリエは非常に偏屈で、店も繁盛しているのか周囲の住人が誰も知らないくらい閑散としているときもある。
ただジョージにとっては、興味のある本をわざわざ取り寄せてくれるのがここくらいなので、利用せざるを得ないのだ。
本屋は他にもあるが、ジョージの欲しい本を注文してくれるかは品物次第。
何故かここの老婆は、どんな本でも金さえアレば取り寄せてくれる。
何者なのだろう、あの婆さん。
ただ、その日は少し様子が違った。
「――いらっしゃい、ませ」
見たこともない店員が、カウンターで書き物をしていた。
幼い少女だ。
いや、背丈は百五十を越えているし、顔立ちも十代半ばかそれ以上には見える。
何より耳が長く、驚くべきことに彼女はエルフらしい。
年齢は見た目で推察できるものではないだろう。
それでも、幼いと思ってしまうのは手足の細さが原因か。
あまりにも、細い。
触れたら折れてしまいそうな、不健康にも思えるその細さは、しかし少女の容姿の美しさも相まってどこか儚さにも感じられる。
神秘的なのだ。
そんな彼女に、思わず吸い寄せられるように視線を向けてしまう。
向こうの不思議そうな顔に、ジョージは思わずハッとした。
「どうかしました、か?」
「ああいや、申し訳ない。初めて見る店員さんだね、少し驚いてしまったんだ」
「いえ」
「こ、ここはほら、あのグラリエの婆さんの店だろ? ええと、まさか店員がいるとは、思わなくて」
見習い冒険者時代にグラリエ商店で、一度だけ仕事をしたことがある。
とにかく厳しい人で、怠けていたら即座にケツを叩かれそうな雰囲気があった。
一度仕事をして二度とここには来ないと決意し、以来こうしてふとしたきっかけから本の取り寄せを頼むようになるまで、ジョージにとってグラリエは恐怖の老婆だった。
当時はまだもう少し若かったが、当時から老婆なのに未だに老婆なのも恐ろしい要因だ。
とはいえ、店員として接するには恐ろしい人物だが、客として接すると案外普通に応対してくれるのがグラリエでもある。
「グラリエ婆さんは、厳しい人ではあります、です。でも、ちゃんと褒めてくれる人でもあります、よ?」
「……ああ」
というよりも、正確に言えばきっと見習い時代でも弟子入り時代でも師匠として態度の変わらない人なのだろうな、と思う。
見習い時代はどの職人も商人も、あまり見習いに興味を持って接しようとしない。
だから人によっては優しく対応するし、そうでない人も叱ったりはしない。
客と同じなのだ、見習いは。
対して弟子になれば身内も一緒、失敗すれば自分の責任でもあるし、厳しく叱責されることもある。
優しかった自分の師匠が、弟子入りと同時に死ぬほど厳しくなったのも革細工師になったのをジョージが後悔した理由の一つでもあった。
ただ、グラリエの場合は多分弟子入りしても、態度は変わらないのだろう。
もともと弟子と同じ対応を見習い冒険者にもしているだけなのだから。
その点、褒めてくれるグラリエは厳しい中でも上澄み。
大抵の師匠は、弟子を褒めるという発想がないのである。
まぁ、あの偏屈が弟子をとってくれるとも思えないが。
「そういう君は……婆さんの弟子になるつもりなのかい?」
「いえ、冒険者として……活動するつもり、です」
「えっ!?」
思わずびっくりして声を上げてしまった。
とはいえ、彼女にとってその反応はごくごく自然というか、慣れたものなのだろう。
「一応これでも、魔力の操作に長けていま、して」
「へ、へぇ……いや、俺が気にすることじゃないな、ごめん」
「いえ……皆さん、すごく心配されます、から。そう言っていただけるとありがたい、です」
それが普通の反応だろうなぁ、と思う。
ジョージが少し、他人から距離を置きがちなのだ。
だけれどそれは、なんとなくこのエルフの少女も同じなのではないかと思う。
「……君は、そういう反応を煩わしいと思う?」
「当然の反応だとは思います、です」
どうしてこんな事を、聞いているのだろう。
初対面の相手に不躾な。
けれども、聞かずにはいられなかった。
「煩わしいという気持ちもなくはありません、が。私のほうが普通ではないので、仕方ない、です」
「……なんとなく解る気がするな」
「はい、です」
ああそうか、似ているのだ。
この少女はどこか、自分に似ている。
こんな美しい少女に親近感を抱くのは変だという気持ちもあるが、それ以上にこの少女が周囲に心配される理由もわかってしまうから。
「……君は見た目がいいからね」
「……」
「ああ、ごめん。口説いてるわけじゃなくて」
「……わかってます、です。彼らが心配するのは、私がエルフで、見た目がうすほ……か弱いから、です」
うすほ……? なんだろう。
ともあれ、少女が心配される理由は顔だ。
はっきり言って、見た目がジョージなら少女は周囲に心配なんてされないだろう。
彼らは表面だけを見て、少女を判断している。
無論、自分もそうであるという自覚はジョージにもあるが、その自覚は自己評価の低さが原因だということも解っていた。
自己評価が低いから積極性が薄い、賢い行動を取ろうと思って行動を起こせない。
それがジョージという人間だ。
だからこそ少女も――リリアも、ジョージのことがよく分かる。
「だから私は……私を見てくれる人の、お世話になって、います」
「グラリエの婆さんみたいな?」
「はい、です」
リリアは頷いて、カウンターの裏に置かれていた書物をカウンターに置く。
グラリエからこの時間にジョージが書物を取りに来ることは聞かされていたのだろう。
「私は……少しだけ、自由に憧れてみようとおもって、います」
「……」
「それで何かが変わるかは、正直わかりません、です。それでも……」
ああ、なるほど。
なんとなくわかった。
「折角の機会ですし、私はやってみようとおもうの、です」
――人々は、顔がいいからリリアを心配する。
けれども同時に、憧れてもいるのだろう。
リリアは決して、神秘的で儚いだけの少女ではない。
行動を既に、起こしているのだから。
ああ、だからこそ思う。
「……俺も」
「……はい?」
「ああ、いや。代金はこれだ、ありがとう」
――自分もこういう風になりたい。
そう思ってしまうのは、果たして恥ずかしいことなのだろうか。
残念ながらジョージに、その答えはなかった。