春の5月。天気、晴れ。
その日も変わらず、彼らの日常は賑やかだった。
「うおおあああ! 朝の当番だったの忘れてたぁーー!!」
叫び声をあげて家を飛び出す、学ラン姿の少年。
鳥のトサカのような癖っ毛が生えた赤い髪を揺らし、俊敏な身のこなしで玄関門へと辿り着く彼の名は――
履き慣れたスニーカーで思い切り大地を踏みしめて、勢い任せに門を飛び越えようと……。
「待ってお
「うおっ!?」
……したところで急制動。
門を越えた先でふわりと着地し、立ち上がる。
赤い瞳と青い瞳が交差して。
「はいっ。もー、そそっかしいんだから」
「ありがとうっっ!!!
「声が大きい!」
弁当の入った包みを受け取り大声で礼を言う
「あらあら。
「うふふ……兄妹でホントに仲がいいのね」
ゴミ出しに来た近所の奥様方に噂されるのもこれで何度目か。
「……もー」
「たはは。ごめんな、
恥ずかしさに俯いた義妹の頭を、謝罪を込めてよしよしと撫でる。
ツインテールにしたピンクの長髪はさらふわで、ついついずっと触れていたくなる。
と。
「っとと。
「ううん、いいよ。お義兄ちゃんに触ってもらうの、イヤじゃないから」
「そうか? ならもう少しだけ……絵瑠の髪は気持ちいいな」
「んんっ、もぅ、お義兄ちゃんってば……えへへ」
本人の許可が出たからと、
それを
「あらあら」
「うふふ」
春の陽だまりのように仲睦まじい兄妹の姿に。
また一つ、奥様方は話のタネを手に入れて、遠巻きながらに微笑みの輪を広げていく。
これもまた、
「そんじゃそろそろ行くよ。
「うん。お義兄ちゃんも無茶しないで、ケガとか気をつけてね?」
「大丈夫。俺にはお前からもらったこれがあるからな!」
心配する
それは紫色をした八面体の宝石が吊り下げられたネックレス。
「
「うんっ」
「それじゃ、いってきます!!」
「いってらっしゃい、お義兄ちゃん!」
血の繋がりはない二人だが、そこには確かに強い絆が結ばれていた。
「ほんと、仲がいいわねぇ」
「ええ、ほんとほんと」
彼らは、ご近所でも有名な、ベリー仲良しな兄妹なのだった。
※ ※ ※
「おはよう! 今日も髪の毛キマッてるな!」
「おはよう!!! 天然物だぞ!」
かけられた挨拶の何倍もの声量で挨拶を返しつつ、
彼の通う学校――
数年前に全面改装されたばかりの真新しい校舎が、朝の日を浴び今日も白く輝いていた。
ガラララ! バンッ!
「おはよう1-B!!」
「わっ、おはよう。
勢いよく教室のドアを開け、先に来ていた当番の女子と合流し、
テキパキと仕事をこなし、担任に呼ばれ職員室からプリントを運んで戻ってくる頃には、クラスにはそこそこの人数が登校していた。
「よ、
「渡部? ああ! あの人一倍声が大きくて元気な奴か!!」
「るっせ! お前ほどじゃねーけど、その渡部な。あいつ……
「なんだって?」
噂好きのクラスメイトから挨拶もそこそこに出た話に、
喪心病。その単語が出た瞬間、クラスもにわかにざわめいた。
「喪心病って、あの?」
「そうそう。突然なーんもやる気が出なくなって、最悪食べたりとかもしなくなるって」
「やばっ、でもあれって8年前くらいに一度流行って、そこから沈静化したんじゃ」
「なんか最近また増えてきてるんだってさ」
「えぇ、こわ~……流行病多くない?」
あちこちで盛り上がる会話には、いくつもの不穏な単語が混じる。
数年前に流行した別の病気とも関連付けされ、教室の雰囲気がじわじわと不穏に傾いていく。
と、そこに。
「病気の予防は手洗いうがい! 感染疑いマスクは必須!! いざとなったら病院だ!!!」
突然に響き渡る防疫の心得。
それを叫んだのは誰あろう
「だからうるせぇって
「ま、どんなにヤバくてもウチらは予防くらいしかできないかー」
「気にしすぎても何もできなくなるし、やることやっときゃいいよね」
「だな。手洗いうがい、
気づけば教室に漂う不穏な気配は払われ、また賑やかな日常の景色が戻っていた。
「……
「なんで? それは……」
噂好きのクラスメイトが興味もあらわに投げた問いに、
「俺は、平和な日常ってのが大好きだからな」
「へぇ?」
「平和な日常は、みんなが支え合い、守ることで成立するんだ。だから俺は、いつだってみんなを、大事な何かを守るために動きたい」
「おー、いいこと言うじゃん」
「ばあちゃんの言葉だからな!」
「受け売りかよ!」
教室に、新たな笑い声が加わる。
さっきまでの暗い雰囲気なんてすぐに忘れて、今をときめかせることに夢中になる。
彼らにとって大事なものは、陰気で物騒な暗い話題なんかじゃなく――。
ドタドタドタ、バンッ!
「おいお前ら! ビッグニュース! うちのクラスに転校生が来る! しかも美少女!!」
「「「えええ!?!?」」」
――自分たちの身に迫る、激熱な日常イベントなのだから。