久瀬家の居候 作:セツナは幸せになるべきである
オリキャラは思いつくのに話を考えられないから二次創作で消化しようって話。
なんでリリなのを選んだかって?
名前を見ろ名前を。
痛い。
とにかく痛い。
激痛、でいいのだろうか。もうよく分からない。
どうにか自分の置かれた状況を理解しようとするが、まず視線すらまともに動かすことができない。
それに視界が……何と言うかおかしい。
しばらく考え、左目の視点が頬の下あたりにあることに気がついた。
どうやら先程、あの男に殴り飛ばされた時、眼球が飛び出てしまったらしい。なぜ見えているのだろうか。
視界が役に立たないなら、と、全身の感覚を頼りに自分の状態を確認しようと試みる。
頭部、左目が飛び出す程度のケガ。
胴体、腹を建材が貫通する程度のケガ。
腕と脚、まともな形を保っていない程度のケガ。
全身骨折、内臓破裂、四肢欠損、打撲、圧迫、etc……清々しいほどの致命傷だ。
血に関しては、既に出尽くしたのか既に止まっている。
男ははよほど苛ついていたのか、もう倒れていた自分を家の壁に叩きつけてご丁寧に瓦礫の下敷きにしてくれた。
ここは時間稼ぎがうまくいったと前向きに考えておく。
シイナが言っていた。前向きに生きるべきだと。
……と、言うか、一定以上の出血をすれば人はショック死すると、おぼろげな記憶の中で聞いた覚えがあるのだが……普通に生きている。
意識もはっきりしているし、この程度じゃ死なないだろうな、という変な確信もある。
そこは死ぬべきでは?人として。
……ひと、ヒト。
そう、人だ。
彼女たちと同じ……そのはずだ。
……本当に?こんな状態で生きている存在など、人どころか生物かどうかも怪しいだろう。
自らという存在を知覚したとき、海岸でただ呆然と海を眺めていた。いつからそこにいたのか、己が何者なのか、それすら覚えていない。
きっとシイナに声を掛けられなかったのなら、今頃侵略種の腹の内に収まっていたことだろう。
身元を証明するものもなく、名前すら忘れていた。
共に海から流されてきたのか、傍らには白い車体のバイクが1台。
左手首にくくりつけられていたメモリカードは、なんの端末に差し込んでも反応しない。
明らかに怪しい不審人物。
しかし、彼女はそんな自分を家に連れ帰った。
曰く、
困った人は放ってなどおけないのだ、と。
たったそれだけの理由で。
寝床を用意してくれた。
温かな食事を振る舞ってくれた。
たった一人の家族を、妹を紹介してくれた。
いつまでも記憶の戻らない自分を、嫌な顔もせず支えてくれた。
ただいま、と家の中に声をかければ、「おかえり」と返ってくる。
たったの数カ月間。半年にも満たない時間。しかしすべてを忘れ、何もなかった自分にとって、2人が何よりも大切な存在となるのに十分すぎる時間だった。
だから、記憶を取り戻そうとするのをやめていた。
自分が何者か、それがわかってしまった途端、今までのすべてが崩れてしまう気がして。
もし自分が、人に言えぬような悪行を働いた犯罪者だったら?
碌でもない理由で身投げでもした愚か者だったら?
……侵略種と同じような、それよりも恐ろしい怪物だったら?
自らが、彼女たちと共にいる資格がなくなってしまうような気がして。
きっと、そんなことはないのだろう。彼女たちがどのような人たちなのか、側で見てきつもりだ。
どんな過去があれど、今の自分を見てくれるはずだ。
それでも、恐れてしまった。自分にとって最悪な未来を。
己が身可愛さに何よりも優先すべきことを放棄して、その結果招いたのが、コレだ。
「………」
2人は、逃げ切ることができただろうか?
……いや、おそらく不可能だろう。
あの男は確かに目の前にいた。にも関わらず、セツナの悲鳴は家の中から聞こえた。つまり、伏兵はまだ潜んでいる。
いくらシイナが優れたハンターだとして、セツナを庇いながら逃げるというのは現実的ではない。
何処かで戦うことになる。しかし銃も効かない、手榴弾すら目眩まし程度にしかならない、伏兵の数も定かではない。そんな化け物を相手にして、結果は火を見るよりも明らかだ。
最も自分がいたとして、役に立つかどうかは怪しい。
それが全てを忘れ、呆け、ただの人でありたいと願う自分ならば。
「………」
何時までそうしているつもりだ。
わかっているだろう。自身と彼女たちとは、根本から異なる存在なのだと。
知っているだろう。あの怪物を打ち倒す方法を。
誓っただろう。2度と、もう2度と目の前で誰も死なせないと。
さあ、
目覚めろ
動け
立ち上がれ
戦え
そして、殉じろ。己の正義に
2人を、シイナとセツナを守れ。
グジュリ、グジュリ。
身体から嫌に生々しい音が響く。
感覚が消え去っていたはずの手足から、激痛が脳髄に走った。
腹を貫いていた鉄骨がボキリと折れ、軛が消える。
体が、熱い。
いや、凍えるほどに冷たい。
全て、忘れていた感覚だった。
忘れたままでいたかった。
情けない自らの願望と、危機にさらされているシイナとセツナの命。
その重さは、天秤にかけるまでもない。
己の痛みなど知ったことか。
グジュリ、グジュリ。
肉が蠢く。
骨が軋む。
千切れた神経が繋がり、潰れた臓器が形を取り戻す。
転げ落ちていた眼球が、逆再生するかのように持ち上がり、蒸気を噴き上げながら再構築されていく顔面へと、吸い込まれるように収まった。
幾度かの瞬き。
問題は、無い。
暫し、目を伏せる。
「おはよう。寝坊助が。」
瞳の奥底で、青い炎が瞬いた。
ーー同時刻ーー
無数の侵略種の手により、破壊の限りを尽くされた久瀬家。
瓦礫の山となった一角、その奥底にソレはあった。
白い車体は、瓦礫に押しつぶされようとも、炎に焼かれようとも傷一つつくことはなく、ただ静かに主の目覚めを待ちわびている。
声が、聞こえた。
沈黙を貫き、一度たりとも動くことのなかったエンジンが点火する。
低く轟く駆動音。
一対のヘッドライトが、暗闇を切り裂いた。
◇◇◇
「あたし、全部知ってた。」
逃げ込んだ廃墟となった施設。その駐車場。冷たい廃墟の中で、姉の、シイナの温かい抱擁が、身体を包み込む。
「嫌いになんてなるわけない。」
自分の正体、魔人の力。
その全てを知って、それでもシイナは自分を妹と呼んでくれる。家族だと言ってくれる。
「2人で戦って、うちに帰ろう」
シイナを独りになどさせない。
2人で、一緒にーー
「おにーちゃん……」
つい、口から漏れ出る。
その声にシイナは唇を噛み、俯いた。
ここにいないもう一人の同居人。
数ヶ月前、学校帰りのシイナが家に連れ帰ってきたときは随分と驚いたものだった。
曰く記憶喪失なのだと。自分がどこから来たのか、どうしてそこに居たのか。
名前も何も、分からない。
そんな状態で放ってなどおけないと、2人は彼を迎え入れた。
感情の起伏は薄く、口数も少ない。
それが記憶喪失が故なのか、それとも生来のものなのかは分からない。
共に過ごした時間は、ほんの数カ月間。
それでも、
ある時から学校から帰ったとき、お帰りと言ってくれるようになった。
懐かしい気がすると、そう言って。
いつもシイナの帰りを待つだけだったセツナにとって、それは密かな楽しみとなった。
家庭菜園を手伝ってくれた。
慣れない様子で土まみれになった彼の姿が、何だかおかしくてつい笑ってしまった。
眉が垂れ下がり、申し訳なさそうな顔を見てまた吹き出してしまった。
それでもまた手伝うと言ってくれたとき、胸が温かくなった。
ある時、手料理を振る舞ってくれた。
かなり手際が良く、記憶を失う前は料理人だったのではないかと盛り上がった。
腕前の通りどれも美味しくて、シイナと一緒に舌鼓をうった。
『セツナ』
自分の名前を呼ぶとき、何時も硬い表情が少し緩む。それが無性に嬉しかった。
……セツナにとって彼は、既にもう一人の家族、兄のような存在にまでなっていた。
家に響いた何かを叩きつけるような音。
真っ青な表情で家に駆け込んできたシイナ。
でも彼の姿はどこにもなくて、外で何が起きたのか、セツナは朧気ながらも理解してしまった。
それをどうにか振り払い、ここまで逃げてきていた。ずっと、後ろを振り向きながら。
彼は今、自分たちの後を追いかけてきているのではないか、そんな淡い期待を抱きながら。
そしてそれは、シイナにとっても同じこと。
歯を食いしばり、軋むほどに拳を握り、それでも彼女は顔を上げた。
「大丈夫、大丈夫だよきっと!」
その眼は震え、浮かべた笑みは引きつっている。
シイナはまるで言い聞かせるように、叫ぶように声を張り上げた。
「まだ助けを待ってる!早く探しに行ってあげないと!」
それが、彼女にとって精一杯の強がりだと、セツナはわかっていた。自分を心配させまいと、そして自身を奮い立たせる。勇気づけようとしているのだと。
「うん……!早く、行こう……!」
セツナも精一杯に笑ってみせる。姉を心配させないために。せめて、もう1人たりとも失わないために。
2人は今一度向き合い、頷きあう。
なんとかなる。してみせる。そして、家に帰るのだと、そんな決意と共にーー
ーーさて。
少し、未来の話をしよう。
正史は、この後まもなく2人は殺されることになる。
今まさに、2人の背後へと魔の手を伸ばしている魔人によって。
しかし死の間際、セツナは自らの魔人の力をシイナに継承、シイナは魔人として覚醒し、復活を遂げる。
……というのがここからの大筋だ。
先にも記述したが、コレは正史での話。
この場にシイナとセツナ、そして魔人。この3人のみがこの場に存在している場合に起こる未来。
ーー何かを跳ね飛ばすような音と共に、廃墟にけたたましいエンジン音が鳴り響いた。
それまで一切気取られることなく、2人の背後に触手を忍び込ませていた魔人。その意識が、一瞬だけ反れる。
触手の操作が、ほんの僅かに乱れた。
そして、
セツナの背後に迫る触手。その影が、シイナの視界の端に映り込んだ。
「セツナッ!!」
シイナは迷わずセツナに覆いかぶさる。
己が身を盾とするために。
結果、倒れ込む形になった2人。姿勢が大きく崩れたことでセツナの背を突き刺そうとしていた触手は、何を貫くこともなく空を切る。
そして、
本来シイナの心臓を貫くはずだった触手も大きく狙いを外し、彼女の脇腹を抉るに留まった。
「いッ……!!?」
「しーちゃん!?」
襲撃が失敗したことで、焦った魔人がその姿を現す。
「クソがっ!」
両腕の触手を束ね、巨大な槌と化す。魔人はそれを二人に叩きつけようと振りかぶった。
「くっ……そお……!!」
妹を守りたいその一心で、シイナはどうにか反応してみせ。
手放さずに握りしめていた銃を魔人に向け、引き金に手をかけた。
しかし、体勢が悪い。
さらには脇腹から走る激痛と失血による意識の低迷。思考と身体の動きが合致しない。
(間に合わない……!)
巨大な触手の塊が、無慈悲にも二人めがけて振り下ろされた。
ーーその、瞬間。
――轟ッ!!
一際大きなエンジン音と共に、駐車場の壁が粉砕される。
瓦礫を跳ね飛ばし、土煙を巻き上げながら、随分と見慣れた1台のバイクが姿を表す。
「シィッ!」
聞き覚えのある、気迫の声。
車体から人影が跳躍するとともに、それはそのまま魔人の背中に直撃した。
「がアッ!?」
完全な不意打ち。その巨体がなすすべなく吹き飛ばされる。
車体は数本の柱をへし折りながら魔人ごと直進し、壁を突き破って外へと飛び出していった。
シイナは血の滴る腹を抑え、朦朧とする意識の中、すぐ隣りに着地した同居人の姿を呆然と見つめる。
セツナもまた、目を見開いたまま動けずにいる。
けして無傷ではない。それでも、2人は生きていた。
そして、本来そこにいるはずのなかった男が立っている。
既に物語は正史から大きく逸れ、辿るはずのなかった道へと進み始めていた。
変身させられなかったぜ☆