久瀬家の居候 作:セツナは幸せになるべきである
やっちゃえおにーちゃん
彼は倒れ込んだシイナの身体をゆっくりと抱え上げる。
容態はあまり良いとは言えない。流れ出た血は決して少なくはなく、腕は力なく垂れ下がり、荒い呼吸を繰り返すのみ。
彼はギチリと歯を鳴らし、静かに目を伏せた。
「済まない……遅くなった。」
「あんた……どうやっ……ゲホッ!!」
「喋るな。体力を温存しろ。」
シイナは確かに見ていた。自分を庇うように一歩前にでた彼が、人形のように吹き飛んだあの光景。叩きつけられた壁が崩れ、その下敷きになったあの瞬間。
もう言葉を交わすことは叶わないと思っていた。その彼が、今そこに居る。
「よかっ……た……」
痛みと出血で朦朧とする意識の中、それでもシイナは彼の無事に笑みを零した。
「おにーちゃん……?」
「あぁ、俺だ。セツナ。」
そこには何時もの、あの微笑み。
セツナもまた、理解した。彼がまだ生きているのだと。
何かがこみ上げてくる。そして、それを吐き出そうとしたとき。
「邪魔だぁあ!!!」
魔人の声が、聞こえた。
それを皮切りに、エンジン音やドリフトのような音、鈍い打撃音が何度も響く。
それと同時にセツナは、未だ何も終わってなどいないことを思い出す。現実に引き戻される。
外の様子は分からないが、魔人はまだ生きているし、シイナの出血も止まっていない。
この瞬間にも、少しずつシイナの命は失われつつあった。
どうする?どうすればいい?
……いや、何を悩む必要があるだろう。
自分だけだ。戦う力を持っているのは。
あの魔人が狙っているのも、自分の力。
そして、ここには彼がいる。もし自分がいなくなっても、シイナは一人にならずに済む。
それなら……
「おにー「セツナ」」
その言葉が届くよりも早く、シイナの身体がセツナに預けられる。ゆっくりと、まるで雪の彫刻を扱うように丁重に。
(あんな顔、見たことない。)
覗き見た顔からは笑みは消えていた。
いや、それだけではない。
感情そのものが抜け落ちたような冷たい表情。
青い眼光が魔人のいる方角を射抜いていた。
「シイナを病院に連れていけ。今ならまだ間に合う。」
視線はそのままに、声だけが二人へと向けられる。
手が、震えていた。
2人を傷つけた魔人への怒りと、不甲斐ない自らへの怒り。
ソレをどうにか飲み下し、ただ一言だけ。
「……世話になった」
壁に空いた穴から、白い車体が吹き飛ばされてくる。
それは着地と同時にドリフトし、彼のすぐ横でその勢いを止めた。
同時に、開かずの扉となっていた背面のコンテナが開き、中から1つ、ベルト型ののガジェットらしきモノが排出される。
「……」
彼は慣れた手つきでそれを掴み、一瞬だけそれを見つめる。
「鉄屑ごときがぁぁああ!!」
壁の向こう側、穴の奥から魔人の咆哮が聞こえた。
再び姿を表した魔人は苛立ちのせいか目は血走り、身体は肥大化。胸から腹にかけて肉体が裂け、まるで口のように牙をちらつかせている。
もはや人としての面影はなく、その姿はまさしく怪物そのもの。
その姿を前にして、ハッキリと見据えて、彼は歩き出す。何の躊躇も、戸惑いもない確固たる足取りで。
魔人はその姿に、怪訝そうな視線を向けた。
「お前は……なぜ生きている?」
「知る必要があるか?」
「……ああ、確かにその通りだな?」
ニィ、と魔人の口角が吊り上がる。それと同時に持ち上げられた腕。
「おにーちゃん!!」
セツナの絶叫が届くよりも早く、魔人の腕から噴出した触手。彼を飲み込まんと肥大化しながら砲弾の如く直進し、そのまま彼に到達ーー
ーーその場で勢いが止まる。
外でもない彼が、真っ向から受け止めたのだ。
その事実に魔人の顔から笑みが消え去る。
そしてセツナもまた、その光景に目を見開いていた。
自分が魔人に変身しても受け止めることができなかった攻撃。シイナの援護によりどうにか切り抜けたはずのソレを、あろうことか彼は、たったの片手で受け止めきっていた。
「こんなものを二人に向けたのか……」
変化はソレにとどまらない。
彼が触れた場所から、何かがひび割れるような硬質な音が鳴り響く。
彼が受け止めた触手に、白い霜が走っていた。
「……なに?」
凍っている。魔人がそう理解する頃には、霜は既に根元付近にまで達していた。
「な……離せ!!」
魔人は咄嗟に触手を引き戻そうとする。しかし、凍り付いた触手は沈黙し、動かない。
「こんなもので、二人を傷つけたのか……!」
魔人はどうにか触手を自ら引きちぎり、どうにかそれ以上に身体が凍りつくことを逃れた。
ちぎれた触手は完全に凍結し、砕け散る。
蹲り、忌々しげに彼を睨みつけたその表情には、先ほどまでの威圧感は宿っていない。
「……お前がいなければ、俺は全て忘れたまま、二人に甘え続ける日々を送っていただろう。だから、そこだけは感謝してやる。」
一歩前に進めば、魔人は一歩後ろへと下がる。
「だがな、理不尽に二人を襲い、傷つけ、ましてや殺そうとした。」
怯えているのだ。
この場において絶対的な力を持つはずの魔人が、理性など特に捨て去ったはずの存在が、本能的に、彼を恐れている。
「……死ぬには十分な理由だろう。」
猛烈なプレッシャー、殺意とも言える気迫が魔人へと叩きつけられる。
魔人はそれをどうにか払拭しようとしたのか、腕を振り払いながら声を荒げる。
「お前も魔人だったのか!?」
「マジン?……あぁ、お前のような存在を魔人というのか。」
彼は一瞬考えを巡らせるような素振りを見せ、しかしすぐにその言葉を鼻で笑う。
「ノーだ。」
「嘘をつけ!人間にこんな芸当ができるわけがないだろうが!!お前も食わせろぉおお!!」
床を砕き、駆け出す魔人。
砲弾のごとく迫るその巨体を前に、しかし彼は怯むことはない。悠々とした様子で、ベルトを腰へと巻き付けた。
「1つ、いいことを教えてやる。」
場に似つかわしくない、軽快ともいえる電子音が鳴り響く。
「食っていいのは、食われる覚悟のある奴だけ、らしいぞ。」
拾われたその時から、左手首のストラップに取りつけられていたメモリカードを右手で握り、引きちぎる。
「俺が食うんだ!俺がっ!!」
「言ったはずだ。お前は死ぬには十分だと。それから残っている奴らもーー」
「纏めて、俺が食ってやる」
ベルトのバックル。斜め向きに不自然に開いた空間を埋めるように、彼は右手に持ったメモリカードを叩き込んだ。
ベルトから発せられる、ノイズがかった唸るような不気味な声。
続いて鋼鉄の刃を叩きつけ合うような、不気味で硬質な音が連続して鳴り響く。
左手を丹田の前へ。
一拍。
その手を勢いよく頭上へと振り上げる。
さらに親指を立てつつ右肩に構え、
そこから左へ、首を掻き切るように手を滑らせる。
逆十字を描いた手を振り下ろし、バックルを叩く。
メモリカードが装填されたバックルが、ベルトと平行に倒された。
瞳が蒼く、冷たく燃え上がる。
凄まじいまでの熱が爆ぜ、衝撃波となり駐車場を駆け巡る。
飛びかかってきていた魔人は、必然的に吹き飛ばされ床を転がった。
次いで爆ぜたのは、凍えるほどに冷たい冷気。
総てを喰らい尽くす冷たい暴風が空気中の水蒸気を氷結させ、世界が白く染まる。
セツナはシイナの体を抱きしめ、懸命に彼のいるはずの場所を見つめる。
シイナもまた、辛うじて保っていた意識の中でその姿を探していた。
霧が晴れたとき、そこに立っていたのはーー
『……』
黒いアンダースーツめいた体表に白の装甲を纏い、その姿は中世の騎士を彷彿とさせる。
しかし各所に野生味のある刺々しい意匠が施され、更には狼の頭部を彷彿とさせる仮面。
騎士のようでありながら、ソレが何者かに仕える存在ではないことを象徴する。
仮面に取り付けられたバイザー越しに、青い炎が揺らめいている。
それは真っすぐに、のたうち回る魔人へと向けられていた。
後頭部に垂らした白銀の一房を尾のようになびかせ、歩を進める。
足元のコンクリートが一瞬にして冷却され、限界を超えて収縮。踏み出す度に破砕される。
「おにーちゃん!!」
セツナの声に、ソレはふと足を止めた。
僅かに振り返った先に、セツナとシイナの姿が見える。
セツナは、ただ不安げな視線を白銀の背に向けることしかできなかった。
シイナは、限界に近い朦朧とした意識で尚、ソレを引き止めようと手を伸ばしている。
彼が何者なのか。その身に何があったのか。それはわからない。
しかし1つだけ、2人には確信があった。
彼は、全てを思い出したのだろう、と。
そして、ここで行かせてしまえば、もう二度と戻ってこないのだと。
しかしソレが足を止めたのはほんの一瞬。ついに身体が2人に向けられることはなかった。
再び歩き始めたとき、二人の目の前に氷の壁が形成されていく。
ソレは彼女たちを守るためのものか、それとも二度と振り返らないという決意の表れか。
その背中が、遠く、届かない場所へと消えていく。
「待って……」
セツナが思わず伸ばした腕は、しかし何をつかむことなく空を切る。
「待っ……て……」
シイナの伸ばしていた手は力なく地面に落ちた。
もうはっきりとしない視界の中で、遠ざかっていく彼の後ろ姿を見ていることしかできない。
氷の壁が、完全に閉ざされる。
2人は、呆然とソレを見つめることしかできなかった。
◇◇◇
「よくもぉ……やってくれたなァ!!」
あいも変わらず、飛びかかってきた魔人。
その巨体を前に、ソレは微塵も臆すことなく左腕をゆるりと突き出す。
直後、
「ぐおおっ!?!?」
魔人の身体は慣性を半ば無視したように、勢いよく真横へと吹き飛んだ。
『礼だ。生き埋めにしてくれた、な。』
振り払った左腕。
何事もなかったかのように戻し、次いで振り返りながら右手を前方に突き出す。
左の手をベルトのバックルへとかざし、装填されているメモリカードへと添えた。
「ぬぅおおおお!!!」
ベルトを操作すると何かが起こる。
そう判断した魔人は、咆哮と共に触手を伸ばす。
先ほどとは違い、全体から鋭いトゲが生えている。
掴めるものなら掴んでみろ。
先の意表返し。そう言わんばかりの一撃を前に、しかしソレは動かない。
捉えた。
魔人がそう確信し、ニヤリと口角を上げた、その瞬間。
再び、あの声が響く。
その音が発砲音だと魔人が理解するよりも早く、触手の先端がはじけ飛んだ。
悲鳴をあげるまもなく2発目、3発目と銃声が轟き、その度に触手は砕け、短くなっていく。
5発目にしてとうとう腕の付け根までもが吹き飛ばされ、その余波で魔人の体が吹き飛ばされた。
「があああ!!??」
凍りついた傷口は沈黙し、その修復が始まる気配はない。
「クソがっ治れ!!治れよ!!!」
どれだけ喚こうとも結果は変わらない。
魔人にとって、出会う者はどれもこれも雑魚ばかりだった。
喰えば勝てた。 襲えば殺せた。 これまで、自分が追い詰められたことなど一度もない。
――だからこそ。
背後から聞こえた足音。自らに迫る死の気配。
振り向いた魔人の表情には恐怖が張り付き、怯えに満ちていた。
『どうした。食うんだろう?俺を。』
ジャキリ
脳天に突きつけられたのは、シイナが扱うものよりもニ周りは巨大なショットガンらしき銃口。
その引き金に、指がかけられた。
「来るなぁあぁあぁ!!!」
魔人は無事だった逆側の触手を滅茶苦茶に肥大化させ、さながら爆弾のごとく周囲を薙ぎ払わんとする。
『ーーー』
射程外への回避は不可能だと判断。しかし動揺も焦りもなく。ソレは冷静にショットガンのグリップを銃身と水平になるように操作。
銃口が展開し、刃が迫り出す。
間髪入れず銃器だったはずのそれを一閃。
なんの抵抗もなく振り切られた刃。
触手は両断され、その奥で逃げ出そうとしていた魔人の両足すら中ほどから切り裂いていた。
その断面が凍りつく。
「来い!来い!!オレを守れぇええ!!」
魔人のその声に、何処で待機していたのか無数の侵略種が姿を表す。
一匹ごとの脅威は少ないものの、数が多ければ何かにつけて不覚を取られかねない。
青い炎が見つめる先が、魔人から無数の侵略種へと移る。
四肢を失い、芋虫のように地を這う魔人。
しかし攻撃から間が空いたことで、少しずつ凍りついた組織が解凍され始める。 肉が蠢き、再生が始まりつつあった。
本能が叫んでいた。
逃げろ、と。
食えなくてもいい。 今は生き残れ。逃げきればまたいくらでも機会はある。
外の魔人を食って、力をつけて、そうすればいつか――
『逃がすわけがないだろうが。』
また、あの声が、音が聞こえる。 同時に感じる浮遊感。 いつの間にか足元に氷の塊が生成され、魔人の体を宙へと持ち上げていた。
『この力に感情は持ち出さないことにしているんだ……碌なことが、起こらないからな。』
ぼやくようにそう言いながら、足音がゆっくりと歩み寄ってくる。
『だが、』
氷塊が変形。
強制的に振り返らされた魔人の目に、バックル上部に存在するトリガーに手をかけた白い腕が映る。
視界のなかに、自らの呼び寄せた侵略種の姿はなかった。
『どうにも抑えが利かない。』
再度力任せにトリガーを押し込めば、けたたましいサイレンのような音が鳴り響く。
胸部の装甲が展開。抑え込みきれずに放出された極低温のエネルギーが、触れたものを凍てつかせていく。
耳を叩くサイレンと、自らの身体から聞こえる凍結音。
さながらそれは、死刑宣告であった。
魔人は逃れようと身を捩る。
しかし、すでに身体は凍り付き、身動きなど取ることはできない。
そして、残された頭部も既に口元までが凍りついている。
声を上げることもできず、ただその瞬間が訪れるのを待っていることしかできなかった。
『3つ、くれてやる』
足音が止まる。 手を伸ばせば届いてしまいそうな距離。
ソレはトリガーから手を離し、間髪入れずにバックルに装填されているメモリカードを押し込むように叩いた。
牙を剥くかのようにバイザーが展開、その奥から四つの冷たい炎が獲物を食らい尽くさんと燃え上がる。
左足を軸にコマのように回転。 エネルギーが収束した右足が、後ろ回し蹴りとして魔人に叩き込まれた。
『消えろ』
魔人の意識が冷たく、暗い世界に閉ざされる。
直後、完全に凍りついた肉体が崩壊し、それは宙を漂う氷の塵と化す。
魔人の体が崩壊したことで、その肉体に流し込まれたエネルギーが解き放たれた。
魔人の居た場所を起点として、世界が凍りついていく。
さながら竜巻の如く膨大な冷気ははるか上空にまで立ち昇り、その一帯を極寒の地へと塗り替えていった。
一粒、二粒。
空から振ってきたのは、白い氷の結晶。
それは徐々に勢いを増していき、季節外れの雪が島へと振り注ぐ。
『……』
振り返った仮面の奥に既に青い炎はなく、ソレは自らが引き起こした惨状を、ただ静かに眺めていた。
プレデター/モデルFENRIR
『彼』が変身する魔人めいた、それとは根本的に異なる存在。
中世の騎士に狼要素とサイバーパンク要素を足して割ったようなデザインをしており、冷気を操る。
夜海トワの『氷霧』のような特殊能力はないが、単純な冷却能力は彼女の氷霧を大きく凌駕し、触れたものを内部から凍結させ、内部崩壊をも引き起こす程。
本来はシステムにより制御が行われ、冷気が体外に漏れ出すことはないが、魔人にバチギレしていたおにーちゃんがエネルギーの制御を放棄したため歩く世界凍結機と化している。
FREEZING HAZARD ERASE(フリージングハザードイレイズ)
所謂ライダーキック……の、最終強化版。
読んで分かる通り完全にオーバーキルであり、周辺被害のことも考えるとこの威力の技を使用する必要はなかった。が、バチギレしていたおにーちゃんの脳内に周囲の被害を考える思考リソースはなかった。
スターライトブレイカー(星をまとめてぶっ潰す)よりは弱い。
身体が凍結してほぼ死に体の敵にゆっくり近づいて、確殺キックを叩き込むとかいう主人公がやっちゃいけないムーブで確実に敵を◯す。
尚、この後数時間ほど島には原因不明の著しい気温の低下と積雪が発生し、気象庁は大いに頭を悩ませることになる。