久瀬家の居候   作:セツナは幸せになるべきである

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三話目

身体に雪が、少しずつ積もっていく。

 

季節外れもいいところだが、アレを使ったのだから当然の結果だろう。

 

 

 バックルを起こし、差し込まれていたカードを引き抜く。

 

ベルトを腰から外せば、鎧が泥のように溶け落ち、その内から彼は姿を現した。

 

 

 彼は随分と冷たくなった空気をその肌で感じ、

 

 

 「やってしまった……」

 

 

空を仰ぎ、掌で顔を覆い隠す。

 

 

こんな事をするつもりはなかった。二人を守ることができればそれでいいと。少なくとも駆けつけた瞬間はそう思っていたはずだった。

 

 

それが、蓋を開けてみればコレだ。

 

腹を貫かれたシイナの姿を見て、怒りで思考が染まるのは一瞬だった。

 

 

感情に任せて必要以上にあの魔人をいたぶり、恐怖に塗れたその表情を愉しんでいた自分がいたのも確かだった。

 

 

予想は大方当たっていたらしい。

 

自分はとんでもない化け物だった。自らの抑えも効かず暴れ回り、蹴り一発で天候を変える人間などいるものか。

 

 

 「でもまぁ……」

 

 

目を閉じれば、思い浮かぶのはシイナとセツナ、2人の姿。

 

間に合った……と言っていいのかは分からないが、それでも2人を生かし、送り出すこともできた。

 

 

シイナは昔から狩りをしているというだけあって体力も多い。病院で治療を受けるだけの猶予は十分にあるはずだ。

 

セツナにすべて任せきりになってしまうが、あの年で賢明な娘だ。心配はいらないだろう。

 

生活圏の方に被害がいかないように気をつけてはおいた。

 

一時的な気温の低下はあるだろうが、病院までたどり着くのに支障はないはずだ。

 

仮に病院が休みだったとしても、2人の頼みなら聞いてくれる。少なくともこの島において、それだけの人望が彼女にはある。

 

 

 「化け物にしては、上等か。」

 

 

もう一度空を見上げる。

雪が段々と強くなってきた。

 

身を隠すにはちょうどいい。

 

 

 ―ヴヴヴゥゥン―

 

 

 「悪かったな。忘れていて。」

 

 

半身ともいえる白い車体が、すぐ隣で停止する。

 

ヘッドが傾き、彼のほうへと向けられた。まるで何か言いたげに、ゆっくりとヘッドライトが点滅する。

 

 

 「……あぁ、いいんだ。これで。」

 

 

その意味を受け取って、彼は静かに微笑んだ。

 

また二人が笑って、あの家で暮らしている。そんな光景を思い浮かべて。

 

 

二人には、返しきれないほどの恩ができてしまった。

だと言うのに、我ながら薄情だとも思う。

 

 

……それでも、行かねばならない。

 

 

あの魔人から感じた醜悪な匂い。人と侵略種が混じり合った、嗅ぐだけで嫌悪感を覚える異臭。

 

言葉とも言えぬ奴の声を聞いて、理解した。アレは氷山の一角、ソレのほんの一部に過ぎないのだと。

 

 

あの手の存在が、あの魔人だけなはずがない。

力を求める欲深さが、たった一人で収まるはずがないのだから。

 

……嫌な経験論だ。

 

 

どうやってあの魔人がこの島を嗅ぎつけたのか、それは分からない。

 

しかし物事が起こるには、何事にも理由があるはずだ。

 

あの魔人が何処で生まれ、何処から来て、何故ここに辿り着くに至ったか。調べるのなら、この島ではない。

 

 

 「元よりあてのない旅だ。」

 

 

行くとすれば、本土だろう。

離れてはいるが……まぁなんとかなる。

 

 

何より、あの二人に、シイナとセツナにこれ以上入れ込むべきではない。

 

 

記憶を取り戻しても、どうやってここに来たのか、ソレだけはどうしても思い出せなかった。

 

いつまでもここにいられる保証などない。

いつか、二人の前から姿を消すことになるだろう。

 

 

…別れの辛さはよく知っている。それが親しい者ならなおさらだ。

 

 

だから、そうなる前に。

 

 

 「お前は残っても良いんだぞ?」

 

 

 ―ヴヴヴゥゥン―

 

 

 「そうか。」

 

 

ハンドルを握り、サドルに跨がろうとしたところで、後ろ髪引かれる思いに抗えず、僅かに振り返る。

 

氷の壁の向こう側。

最後に見えた二人の顔は、とても幸せとは言えないものだった。

 

その原因が何処に居るのか。それを探し出さなければならない。

 

方法など、初めから決まっている。犬らしく嗅ぎ回り、喉元に食らいつくまでだ。

 

 

 『おにーちゃん!』

 

 

不意に、自らを兄と呼ぶセツナの声を思い出す。

 

元々彼女には、不思議と惹きつけられる何かがあった。

 

記憶を失っていた時は分からなかったが、今だからこそわかる。

 

彼女もまた、純粋な人間ではないのだろう、と。

 

しかし、彼女に感じたのはあの魔人のような醜悪な匂いなどではない。

 

まるで日の下に居るような、そんな暖かで、安心するような優しいモノ。

 

もしやすれば、「魔人」と括られる存在なのかもしれないが……彼女があんなものと同列の存在であるはずがない。

 

姉思いで、菜園が得意で、料理が上手で。そんな一人の少女が、化け物などと呼ばれていいはずがないのだから。

 

 

 「……じゃあ、な。」

 

 

聞き手に届くことはないだろうその声は、自らの意思ににけじめをつけるためのものだったのだろうか。

 

 

 

やや目を伏せ、振り返る。今度こそ、とサドルに跨がろうとした。

 

 

 

 

ーーその、瞬間

 

 

 

 

轟音と共に、赤い火柱が氷の壁をぶち破った。

 

 

 「っ!?」

 

 

まるで予想だにしていなかったその炎に、彼は思わず、といった様子で飛び退る。

 

同時に、嫌な予想が頭を駆け巡った。

 

 

―もしこの島にやってきた魔人が一人ではなかったとしたら―

 

 

血の気が引く。

 

そんな簡単なことも思い至らなかった自分を殺したくなる。そんな思いをいったん飲み下し、壁に開いた穴へと駆け寄った。

 

 

人一人分程度の、ポッカリと開いた穴。

その先に立っていたのは、コレもまた、彼にとって思いもよらない人物だった。

 

 

 「どこ、行こうっての……。」

 

 「シイナ……?!」

 

 

触手が貫通し、大怪我を負っていたはずのシイナが、その脚で立っている。

 

手足は黒く染まり、髪色が鮮やかなオレンジに変わり、揺らめく炎のように揺れている。

 

そして何より、セツナから感じていたはずの力を、温かさを、なぜか目の前の彼女から感じていた。

 

 

うまく回らない頭で、どうにか言葉を繋ぐ。

 

 

 「お前、怪我は、なんでここに?病院は……まさか……!!」

 

 

塞がっているシイナの怪我と、セツナから感じていたはずの力。

最悪な光景が脳裏をよぎる。

 

 

 「間に合わなかった、のか?」

 

 

セツナが自らの命を引き換えに、シイナの命を救ったのではないか?と。

 

つまりソレは、自らの行動が遅すぎたということでもあり、同時にセツナの死をも意味する。

 

 

 「……違うの。」

 

 

しかしその考えは、ほかでもないセツナの声により否定された。

 

 

シイナの背中から、セツナがゆっくりと顔を出す。

 

力が抜けたような、ぐったりとした様子で、それでも、その瞳には光があった。

 

 

 「……私がわがままだったから。しーちゃんにも生きてほしくて、でもおにーちゃんに行ってほしくなくて、だから……私の力を渡して、しーちゃんを魔人にしたの。」

 

 

ソレは10歳の少女にして、とても年相応なわがままだった。

それを責めることなどできない。

 

二人の呼びとめる声を振り切ったのも、すべてを任せきりにしたのも、自分自身なのだ。

 

 

 「ごめんなさい……。」

 

 「違うよセツナ。あたしも望んだことだから。」

 

 

2人の姿をもう一度目にすることができたこと。

彼は胸をなで下ろし、しかしすぐに顔を反らしてしまった。

 

 

 「俺は、お前たちと共にいるべきじゃない……。」

 

 

空を見上げる。

感情に任せて、解く必要のない手綱を解いた結末。

 

雪は降り続き、やむ気配はなかった。

 

 

 「怒りに任せて必要以上に奴を苦しめ、なぶり殺し、あげくの果てにはコレだ。」

 

 

グジュリ。

黒い泥のようなナニカが彼の腕を覆う。

 

 

思わず目を見開くシイナ。

彼女が駆け寄ろうとするよりも早く、黒い泥は蒸気を噴き上げながら消えていく。

 

しかしそこにのこっていたのは、とても人のものとは言えない、異形の腕そのものだった。

 

 

 「……セツナ。シイナ。その温かな炎とは違う。俺のなしたことは、あの魔人とやらと同じ、醜悪な化け物の所業に過ぎない。それが俺という存在の本質だ。」

 

 「だから、居なくなろうって?」

 

 「……。」

 

 

図星であった。

 

 

全てを思い出した。そう全て。

 

……その中に、碌なものはなかった。

 

コレだけの力を持ち、しかし誰も救うことはできず、その中には自ら手にかけた命もあった。

 

いくつも建前を並べたが、結局のところ怖がっているのだ。

 

いつか2人に、取り返しのつかない事をしでかしてしまうのではないか、と。

 

 

暫くの沈黙が流れる。

だが、2人がその場から動く訳でもない。

 

暫くして、シイナが小さく息をこぼした。

 

 

 「なら、あたしも同じだね。」

 

 「何を……」

 

 

反らしていた視線が、思わずシイナの方に向けられる。

その目に映った彼女の表情には、いつもと同じように気取らない、自然な微笑みが浮かんでいた。

 

 

 「だって見てよ。怪我だってすぐ直っちゃうし、身体から炎だって出せちゃうんだよ?ほら、あんたの言う化け物ってのと変わんないでしょ。」

 

 「違う。」

 

 

シイナの言葉を否定する。

そんなことがあってはいけないと。その温かな力が、灯火が、自らに準ずるような力であっていいはずがないのだと。

 

 

 「ならわたしも、かな。」

 

 

セツナは少し後ろめたそうに、しかし目をそらすことなく口を開く。

 

 

 「今までしーちゃんを騙してた。普通の人のフリをして、力を隠してた。今回襲われたのだって私のせい。私は自分勝手で嘘つきな化け物だよ。」

 

 「違うッ……!」

 

 

その程度、当然のことだ。

家族と呼んでくれた、唯一の姉のそばに居たいと、そう思うことになんの罪があろうか。

 

そう伝えるよりも早く、シイナが一歩踏み出した。

 

 

 「あたしもさ、あんたがあんな目に遭って、家が壊されて、セツナが襲われてさ…アイツのこと、ぶっ殺してやるって、思った。」

 

 「私も、しーちゃんをあんなふうにされて……許せなかったよ。あの、魔人のこと。」

 

 「それは……」

 

 

2人の眼の奥に揺らめいた炎に、怒りの色が見える。一瞬、そこに感情に駆られた自分自身を重ねてしまった。

 

言い淀むうちに、また一歩、距離が縮まる。

 

冷え切った、異形と化した腕。2人を突き放そうとしたはずのソレ。

 

その爪先を、シイナの指が優しく包み込む。

 

セツナの掌がそっと触れる。

 

 

 「ま、よーするにさ」

 

 

彼の肩はピクリと震え、しかしついに2人の手を振り払おうとはしなかった。

 

 

 「化け物かどうかなんて、この程度のことなんだよ。あたし達にしてみれば。」

 

 

自らのしでかした惨状を目の当たりにして、自身の正体すらさらけ出して、しかし2人の表情には恐怖も、畏怖もない。

 

ただ、いつも通りの彼女たちがそこにはいた。

 

 

 「だってあんたがどんな奴なのかは、あたし達がよく知ってるもん。ね、セツナ?」

 

 「うん。ありがとう。おにーちゃん」

 

 

積もった雪が溶けていく。

 

冷え切っていた指先から、ふたりの体温、鼓動、生きている証が伝わってくる。

 

 

 「私たちのために、本気で怒ってくれて。私たちを守ってくれて、ありがとう。」

 

 

優しく、真っ直ぐな声に彼は息を呑んだ。

暫しの時間が流れる。

 

時間にして数秒。ポツリと、まるで漏れ出たような声が2人の耳に届いた。

 

 

 「……シイナは死にかけた。」

 

 「そーだね。」

 

 「……セツナはひた隠しにしてきた秘密を明かした。」

 

 「うん。」

 

 「それでも……俺は守れた、と?」

 

 「「うん!」」

 

 

あまりにも迷いのない返事だった。

 

腕から異形の殻が剥がれ落ちていく。

 

何かを確かめるかのように、手のひらをゆっくりと握りしめた。

 

 

 やがて、張り詰めていた肩からほんの少しだけ力が抜ける。

 

 

 「そう……か……」

 

 

彼の口元には、自身ですら気が付かないうちに、付き物でも落ちたような穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

ゆっくりと、2人へ顔を向ける。

 

 

 「ありがとう。」

 

 

ただひと言だけ。

それで十分だった。

 

 

 「帰ろっか。」

 

 

シイナが手を差し伸べる。

 

 

 「ああ。」

 

 

彼はその手を取り、しっかりと握りしめた。

 

 

 「あ、そうだ。あんた名前は?思い出したんでしょ?」

 

 

あまりにも唐突な問いに、彼は目を瞬かせる。

 

 

 「……そう言えばそうだったな。」

 

 「ええ……」

 

 

三人の間に沈黙が落ちる。

 

先ほどまで死ぬか生きるかの瀬戸際にいたとは思えない、とても穏やかな時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

やがて、彼は口を開く。

 

いつものように、たったひと言だけ。

 

 

 

 「コウキだ。」

 

 

 

ただ1つ、いつもと違う点を挙げるとすれば。

その顔には、これ以上なく穏やかな笑みを携えていた。

 

 

 

 

 





PWS01/Strike FAANG(プレデターウェポンズナンバー01/ストライクファング)

人工知能搭載型の戦闘用バイク。結構感情豊か。
燃料として使用者であるコウキの生体エネルギーを消費する。

自動運転から戦闘補助までできることが多い。

鉄筋コンクリートの柱を纏めてなぎ倒してもピンピンしてるくらいには頑丈。

コウキが記憶喪失となり、自身の事まで忘れていたことに不貞腐れて今まで起動しなかった。

セツナが菜園の水やりついでに洗ってくれていたこともあり、2人がボロボロになっていたことに割とキレている。
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