久瀬家の居候 作:セツナは幸せになるべきである
身体に雪が、少しずつ積もっていく。
季節外れもいいところだが、アレを使ったのだから当然の結果だろう。
バックルを起こし、差し込まれていたカードを引き抜く。
ベルトを腰から外せば、鎧が泥のように溶け落ち、その内から彼は姿を現した。
彼は随分と冷たくなった空気をその肌で感じ、
「やってしまった……」
空を仰ぎ、掌で顔を覆い隠す。
こんな事をするつもりはなかった。二人を守ることができればそれでいいと。少なくとも駆けつけた瞬間はそう思っていたはずだった。
それが、蓋を開けてみればコレだ。
腹を貫かれたシイナの姿を見て、怒りで思考が染まるのは一瞬だった。
感情に任せて必要以上にあの魔人をいたぶり、恐怖に塗れたその表情を愉しんでいた自分がいたのも確かだった。
予想は大方当たっていたらしい。
自分はとんでもない化け物だった。自らの抑えも効かず暴れ回り、蹴り一発で天候を変える人間などいるものか。
「でもまぁ……」
目を閉じれば、思い浮かぶのはシイナとセツナ、2人の姿。
間に合った……と言っていいのかは分からないが、それでも2人を生かし、送り出すこともできた。
シイナは昔から狩りをしているというだけあって体力も多い。病院で治療を受けるだけの猶予は十分にあるはずだ。
セツナにすべて任せきりになってしまうが、あの年で賢明な娘だ。心配はいらないだろう。
生活圏の方に被害がいかないように気をつけてはおいた。
一時的な気温の低下はあるだろうが、病院までたどり着くのに支障はないはずだ。
仮に病院が休みだったとしても、2人の頼みなら聞いてくれる。少なくともこの島において、それだけの人望が彼女にはある。
「化け物にしては、上等か。」
もう一度空を見上げる。
雪が段々と強くなってきた。
身を隠すにはちょうどいい。
―ヴヴヴゥゥン―
「悪かったな。忘れていて。」
半身ともいえる白い車体が、すぐ隣で停止する。
ヘッドが傾き、彼のほうへと向けられた。まるで何か言いたげに、ゆっくりとヘッドライトが点滅する。
「……あぁ、いいんだ。これで。」
その意味を受け取って、彼は静かに微笑んだ。
また二人が笑って、あの家で暮らしている。そんな光景を思い浮かべて。
二人には、返しきれないほどの恩ができてしまった。
だと言うのに、我ながら薄情だとも思う。
……それでも、行かねばならない。
あの魔人から感じた醜悪な匂い。人と侵略種が混じり合った、嗅ぐだけで嫌悪感を覚える異臭。
言葉とも言えぬ奴の声を聞いて、理解した。アレは氷山の一角、ソレのほんの一部に過ぎないのだと。
あの手の存在が、あの魔人だけなはずがない。
力を求める欲深さが、たった一人で収まるはずがないのだから。
……嫌な経験論だ。
どうやってあの魔人がこの島を嗅ぎつけたのか、それは分からない。
しかし物事が起こるには、何事にも理由があるはずだ。
あの魔人が何処で生まれ、何処から来て、何故ここに辿り着くに至ったか。調べるのなら、この島ではない。
「元よりあてのない旅だ。」
行くとすれば、本土だろう。
離れてはいるが……まぁなんとかなる。
何より、あの二人に、シイナとセツナにこれ以上入れ込むべきではない。
記憶を取り戻しても、どうやってここに来たのか、ソレだけはどうしても思い出せなかった。
いつまでもここにいられる保証などない。
いつか、二人の前から姿を消すことになるだろう。
…別れの辛さはよく知っている。それが親しい者ならなおさらだ。
だから、そうなる前に。
「お前は残っても良いんだぞ?」
―ヴヴヴゥゥン―
「そうか。」
ハンドルを握り、サドルに跨がろうとしたところで、後ろ髪引かれる思いに抗えず、僅かに振り返る。
氷の壁の向こう側。
最後に見えた二人の顔は、とても幸せとは言えないものだった。
その原因が何処に居るのか。それを探し出さなければならない。
方法など、初めから決まっている。犬らしく嗅ぎ回り、喉元に食らいつくまでだ。
『おにーちゃん!』
不意に、自らを兄と呼ぶセツナの声を思い出す。
元々彼女には、不思議と惹きつけられる何かがあった。
記憶を失っていた時は分からなかったが、今だからこそわかる。
彼女もまた、純粋な人間ではないのだろう、と。
しかし、彼女に感じたのはあの魔人のような醜悪な匂いなどではない。
まるで日の下に居るような、そんな暖かで、安心するような優しいモノ。
もしやすれば、「魔人」と括られる存在なのかもしれないが……彼女があんなものと同列の存在であるはずがない。
姉思いで、菜園が得意で、料理が上手で。そんな一人の少女が、化け物などと呼ばれていいはずがないのだから。
「……じゃあ、な。」
聞き手に届くことはないだろうその声は、自らの意思ににけじめをつけるためのものだったのだろうか。
やや目を伏せ、振り返る。今度こそ、とサドルに跨がろうとした。
ーーその、瞬間
轟音と共に、赤い火柱が氷の壁をぶち破った。
「っ!?」
まるで予想だにしていなかったその炎に、彼は思わず、といった様子で飛び退る。
同時に、嫌な予想が頭を駆け巡った。
―もしこの島にやってきた魔人が一人ではなかったとしたら―
血の気が引く。
そんな簡単なことも思い至らなかった自分を殺したくなる。そんな思いをいったん飲み下し、壁に開いた穴へと駆け寄った。
人一人分程度の、ポッカリと開いた穴。
その先に立っていたのは、コレもまた、彼にとって思いもよらない人物だった。
「どこ、行こうっての……。」
「シイナ……?!」
触手が貫通し、大怪我を負っていたはずのシイナが、その脚で立っている。
手足は黒く染まり、髪色が鮮やかなオレンジに変わり、揺らめく炎のように揺れている。
そして何より、セツナから感じていたはずの力を、温かさを、なぜか目の前の彼女から感じていた。
うまく回らない頭で、どうにか言葉を繋ぐ。
「お前、怪我は、なんでここに?病院は……まさか……!!」
塞がっているシイナの怪我と、セツナから感じていたはずの力。
最悪な光景が脳裏をよぎる。
「間に合わなかった、のか?」
セツナが自らの命を引き換えに、シイナの命を救ったのではないか?と。
つまりソレは、自らの行動が遅すぎたということでもあり、同時にセツナの死をも意味する。
「……違うの。」
しかしその考えは、ほかでもないセツナの声により否定された。
シイナの背中から、セツナがゆっくりと顔を出す。
力が抜けたような、ぐったりとした様子で、それでも、その瞳には光があった。
「……私がわがままだったから。しーちゃんにも生きてほしくて、でもおにーちゃんに行ってほしくなくて、だから……私の力を渡して、しーちゃんを魔人にしたの。」
ソレは10歳の少女にして、とても年相応なわがままだった。
それを責めることなどできない。
二人の呼びとめる声を振り切ったのも、すべてを任せきりにしたのも、自分自身なのだ。
「ごめんなさい……。」
「違うよセツナ。あたしも望んだことだから。」
2人の姿をもう一度目にすることができたこと。
彼は胸をなで下ろし、しかしすぐに顔を反らしてしまった。
「俺は、お前たちと共にいるべきじゃない……。」
空を見上げる。
感情に任せて、解く必要のない手綱を解いた結末。
雪は降り続き、やむ気配はなかった。
「怒りに任せて必要以上に奴を苦しめ、なぶり殺し、あげくの果てにはコレだ。」
グジュリ。
黒い泥のようなナニカが彼の腕を覆う。
思わず目を見開くシイナ。
彼女が駆け寄ろうとするよりも早く、黒い泥は蒸気を噴き上げながら消えていく。
しかしそこにのこっていたのは、とても人のものとは言えない、異形の腕そのものだった。
「……セツナ。シイナ。その温かな炎とは違う。俺のなしたことは、あの魔人とやらと同じ、醜悪な化け物の所業に過ぎない。それが俺という存在の本質だ。」
「だから、居なくなろうって?」
「……。」
図星であった。
全てを思い出した。そう全て。
……その中に、碌なものはなかった。
コレだけの力を持ち、しかし誰も救うことはできず、その中には自ら手にかけた命もあった。
いくつも建前を並べたが、結局のところ怖がっているのだ。
いつか2人に、取り返しのつかない事をしでかしてしまうのではないか、と。
暫くの沈黙が流れる。
だが、2人がその場から動く訳でもない。
暫くして、シイナが小さく息をこぼした。
「なら、あたしも同じだね。」
「何を……」
反らしていた視線が、思わずシイナの方に向けられる。
その目に映った彼女の表情には、いつもと同じように気取らない、自然な微笑みが浮かんでいた。
「だって見てよ。怪我だってすぐ直っちゃうし、身体から炎だって出せちゃうんだよ?ほら、あんたの言う化け物ってのと変わんないでしょ。」
「違う。」
シイナの言葉を否定する。
そんなことがあってはいけないと。その温かな力が、灯火が、自らに準ずるような力であっていいはずがないのだと。
「ならわたしも、かな。」
セツナは少し後ろめたそうに、しかし目をそらすことなく口を開く。
「今までしーちゃんを騙してた。普通の人のフリをして、力を隠してた。今回襲われたのだって私のせい。私は自分勝手で嘘つきな化け物だよ。」
「違うッ……!」
その程度、当然のことだ。
家族と呼んでくれた、唯一の姉のそばに居たいと、そう思うことになんの罪があろうか。
そう伝えるよりも早く、シイナが一歩踏み出した。
「あたしもさ、あんたがあんな目に遭って、家が壊されて、セツナが襲われてさ…アイツのこと、ぶっ殺してやるって、思った。」
「私も、しーちゃんをあんなふうにされて……許せなかったよ。あの、魔人のこと。」
「それは……」
2人の眼の奥に揺らめいた炎に、怒りの色が見える。一瞬、そこに感情に駆られた自分自身を重ねてしまった。
言い淀むうちに、また一歩、距離が縮まる。
冷え切った、異形と化した腕。2人を突き放そうとしたはずのソレ。
その爪先を、シイナの指が優しく包み込む。
セツナの掌がそっと触れる。
「ま、よーするにさ」
彼の肩はピクリと震え、しかしついに2人の手を振り払おうとはしなかった。
「化け物かどうかなんて、この程度のことなんだよ。あたし達にしてみれば。」
自らのしでかした惨状を目の当たりにして、自身の正体すらさらけ出して、しかし2人の表情には恐怖も、畏怖もない。
ただ、いつも通りの彼女たちがそこにはいた。
「だってあんたがどんな奴なのかは、あたし達がよく知ってるもん。ね、セツナ?」
「うん。ありがとう。おにーちゃん」
積もった雪が溶けていく。
冷え切っていた指先から、ふたりの体温、鼓動、生きている証が伝わってくる。
「私たちのために、本気で怒ってくれて。私たちを守ってくれて、ありがとう。」
優しく、真っ直ぐな声に彼は息を呑んだ。
暫しの時間が流れる。
時間にして数秒。ポツリと、まるで漏れ出たような声が2人の耳に届いた。
「……シイナは死にかけた。」
「そーだね。」
「……セツナはひた隠しにしてきた秘密を明かした。」
「うん。」
「それでも……俺は守れた、と?」
「「うん!」」
あまりにも迷いのない返事だった。
腕から異形の殻が剥がれ落ちていく。
何かを確かめるかのように、手のひらをゆっくりと握りしめた。
やがて、張り詰めていた肩からほんの少しだけ力が抜ける。
「そう……か……」
彼の口元には、自身ですら気が付かないうちに、付き物でも落ちたような穏やかな笑みが浮かんでいた。
ゆっくりと、2人へ顔を向ける。
「ありがとう。」
ただひと言だけ。
それで十分だった。
「帰ろっか。」
シイナが手を差し伸べる。
「ああ。」
彼はその手を取り、しっかりと握りしめた。
「あ、そうだ。あんた名前は?思い出したんでしょ?」
あまりにも唐突な問いに、彼は目を瞬かせる。
「……そう言えばそうだったな。」
「ええ……」
三人の間に沈黙が落ちる。
先ほどまで死ぬか生きるかの瀬戸際にいたとは思えない、とても穏やかな時間だった。
やがて、彼は口を開く。
いつものように、たったひと言だけ。
「コウキだ。」
ただ1つ、いつもと違う点を挙げるとすれば。
その顔には、これ以上なく穏やかな笑みを携えていた。
PWS01/Strike FAANG(プレデターウェポンズナンバー01/ストライクファング)
人工知能搭載型の戦闘用バイク。結構感情豊か。
燃料として使用者であるコウキの生体エネルギーを消費する。
自動運転から戦闘補助までできることが多い。
鉄筋コンクリートの柱を纏めてなぎ倒してもピンピンしてるくらいには頑丈。
コウキが記憶喪失となり、自身の事まで忘れていたことに不貞腐れて今まで起動しなかった。
セツナが菜園の水やりついでに洗ってくれていたこともあり、2人がボロボロになっていたことに割とキレている。