久瀬家の居候 作:セツナは幸せになるべきである
基本ギャグで行きたい。
ギャグに突然シリアスぶち込んで温度差で風邪引かせたい。
セツナは幸せにしたい。
はい。
海女取島、海岸沿いの道路。
普段は漁港からの小型のトラックや、フェリーを利用するための乗客が使う程度の穏やかで静かな場所。
……の、はずなのだが。
日の光に照らされて輝く白い車体が、エンジンを轟かせながら凄まじい勢いで爆走していた。
「お、おお……おおお?!?!」
猛烈な突風と、カーブの度に襲いかかる遠心力。
成り行きでここまで来てしまったことを後悔する余裕もない。
セツナは涙目になりながら、振り落とされまいと目の前の背中に必死でしがみつくよりほかなかった。
「………!」
コウキもまた、焦りから来る余裕のない表情を浮かべつつハンドルを握りしめ、車体を限界まで傾けて無理やりカーブを曲がり切る。
「うにゃあああ!!!???」
尋常ならざる脚力を持って地面を蹴りつけ、無理やり車体の体勢を立て直す。さらにアクセルをひねって加速する。
一瞬見えた標識は錆びつき、碌に読める状態ではないが、制限速度などとうに置き去りにしていることだけは間違いない。
海岸線が見えてきたところで、コウキは自らの愛機に向かって声を張り上げた。
「ファング!距離は!」
メーターパネル上部にディスプレイが投影され、そこに海女取島の地図が浮かび上がる。そこへ現在地とシイナのスマホの位置情報が重ね合わされ――
「……海上?」
距離にして100メートル程度。もうまもなく見えてくるはずなのだが、問題はそこではない。
セツナから継承された炎の力は、手足から噴出させて空を飛ぶことができる。単独で海上を移動しているのなら方法はそれしかないだろう。
つまりシイナは今、魔人の力を行使していることになるわけで。にもかかわらず彼女は助けを求めてきた。
「シイナッ……!」
焦燥に駆られるまま最後のカーブを曲がる。
視界が開けた先、その全貌が明らかとなった。
まず見えたのは、手足から炎を噴き出し海面を滑るように飛んでいるシイナの姿。
そして、
「何だ?……アレは」
年は……10歳前半程度。セツナと同年代だろうか。
栗色の髪を2つに結び、何処かの制服の上から青と白のジャケットを身に纏っている。
その少女が、さも当然のように空を飛んでいた。
少女の身の丈ほどはある、妙にメカニカルな杖らしきモノに腰掛け、シイナの背後にピタリと張り付くように飛んでいる。
全く状況は飲み込めないのだが、2人が何かを言い合っていることだけは分かった。
「ーーー!!」
「ーー!」
離れているせいで声は聞こえてこない。が、どうにもシイナはその少女から逃走を図っているらしかった。
しかし飛行技量については向こうのほうが上なのだろう。
どう飛び回っても引き剥がせないどころか、先回りするように位置取ってみせている。
「………」
コウキは思考する。
2人ともこちらには気がついていない。
友好的には見えないが、かといって争い合っているているようにも見えなかった。
まだ、あの少女を敵と断定するには早い。
しかし――
『たぁすけてぇ!!!』
「……ッ!」
シイナが助けを求めている以上、見過ごすことはできなかった。
左手を横に突き出す。
同時に車体後方のコンテナからベルトが射出され、手の内へと収まった。
「ハンドルを握っていろ。」
「ふえぇ……」
コウキは右手でセツナを抱え上げ、自分の前に抱き込むように座らせる。
そして、ベルトを腰へと巻き付けた。
続いてバックルを押し込む。
どろりと細胞が溶け落ち、体を伝って右の手に収束し――
生成された銃を握り、海上を飛び回る2人の方へと向ける。
「おにーちゃん!?」
「当てはしない。」
それを見たセツナがぎょっとした顔で叫んだ。
無論、コウキは彼女が危惧しているようなことをするつもりはない。
状況を確認するためにも、まずは二人の意識をこちらへ向ける必要があった。
大して狙いをつける必要もない。2人からやや外れた海面に銃口を向け、トリガーに指をかけ――
「……ッ!?」
直後、背筋を走った悪寒。それに従い銃身を横に振り払う。
鳴り響く衝突音。
振り払った銃身に硬質な何かが叩きつけられ、鈍い衝撃が身体に走った。
次の瞬間、身体が車体から引き剥がされるように弾き飛ばされる。
走り続けるファングと、その白い車体にしがみつくセツナの姿が一瞬にして遠のき、視界から消えた。
それと入れ替わるように眼前へと迫り来る幾筋もの黄金の光の槍。
コウキは吹き飛ばされつつも無理やり体をよじり、それらに向けて照準を合わせた。
反動を利用し、強引に体勢を立て直す。
着地と共にアスファルトに指を食い込ませ、無理やり慣性を殺しきった。
(なんだ、身体が痺れている……?)
自身の異変にやや戸惑いつつも、コウキは視線を上げる。
「バルディッシュ、あの娘は?」
『サーチャーにて捕捉済みです。差し迫った危険はないかと。』
「ありがとう。なら、まずは……」
目に入ったのは、光の槍と同じく金色に輝く長い髪。
年は栗毛の少女と同じくらいだろうか。
彼女と同じような制服に身を包み、赤い瞳は真っ直ぐにこちらを見据えている。
「警告する。武器を捨て、投降してください。」
そして何より、少女の両手には激しい電流の迸る巨大な黒い戦斧が握られていた。
「穏やかじゃないな。」
身体が痺れているのは、あの斧で斬りつけられたからだろう。
明らかな先制攻撃。それも、すぐ側にセツナがいるにも関わらず振るわれたソレ。
「あの娘に当たったら……どうするつもりだったんだ?」
危うくセツナにまで迫りかけていた攻撃に怒りを滲ませつつ、銃口を目の前の敵へと向けた。
「それとも、お前も魔人か?」
「ッ…」
『魔人』
その言葉を聞いた少女の表情は険しく変化し、そして纏う空気が張り詰めた。
何処の誰かは知らないが、先の攻撃に加え、今の会話。よく見れば着ているジャケットはシイナを追い回している少女と同じものだ。
判断材料としては十分。
セツナのことが気がかりだが、頼りになる相方がついている。捕捉済みだのと聞こえたがそうやすやすと捕まる道理もないだろう。
ならば、迷うことはなかい。
まずは眼前の『敵』を片付ける。
左の手を銃身に添え、構えた。
「喰い尽くすまでだ。」
「やっぱり……!!」
互いに臨戦態勢。
緊張の糸が張り詰め、さらに限界まで引き絞られる。
「バルディ――」
ほんの僅かに少女の意識が戦斧へと向けられたその一瞬。
「ッ!!」
地面を蹴り砕き、肉薄する。
勢いのまま上段から刃を振り下ろせば、即座に戦斧が下から迎え撃った。
接触、それと同時に黄金の雷がコウキの身体に襲いかかる。
全身を焼かれ、先ほどとは比較にならない激痛が走る。
常人ならば一瞬でも耐えられないであろうソレ。
だが――
「な……ッ?!」
「この程度……ッ!」
この感触を味わうのは二度目だ。初撃に驚きはしたが、最早怯むことはない。着地と共に左手を刃の背に添え、身体を焼かれながらも力任せに上から押さえ込む。
足元の地面には亀裂が走り、クレーターが形成された。
しかしそれほどの力を込めて尚、
「ヅァッ……!」
(押し切れない……?)
「この……ッ!!」
(押し返せない……!?)
身体の痺れが原因ではない。
体格、膂力、体勢。その全てで上を取っているにも関わらず、たった一人の少女に刃を防がれているという事実。
確かに全力ではないが、それでもコウキには異常な光景であった。
鍔迫り合いはどちらが押し勝つこともなく、互いの獲物からは激しい火花が飛び散るのみ。
「ッ〜〜バルディッシュ!!」
少女の叫ぶような声とともに、足元に光の円陣が出現する。
目の前で展開される現実離れした光景に、コウキは目を見開いた。
その間にも黄金の光は幾重にも収束していき――
「ファイアッ!!」
再び迫りくる黄金の光の槍。
さすがに食らうのは得策ではないと判断。飛び退きざまに刀身を押し下げる。
向かってくる槍先を撃ち落とし、さらに反動を利用して距離を取る。
互いに態勢を立て直して獲物を向けあえば、それは先の光景の再現であった。
「……」
「……」
互いに戦意を失ってなどいなかった。
再び二人の間に緊張が張り詰める。
「「……ッ!!」」
踏み込み、そして飛び出したタイミングもほぼ同時。
少女は戦斧を、そしてコウキは左の拳を引き絞る。
今一度2人が激突すると思われた、その瞬間だった。
「ストォオオップッッ!!!!!」
突然、悲鳴とも言えそうな静止の声と共に、シイナの体が2人の間に割り込んだ。
――少し、時間は巻き戻る。
「も~!しつこいってば!!」
「そこをなんとか〜!!」
海上を飛び回るシイナと、その後ろ姿を追いかける自らを「高町なのは」と名乗った少女。
何でも、国連災害対策本部・危険生物調査機関『EXCEEDS 』に所属している……年は13歳らしい。
コスプレの類かと勘ぐりもしたが、空飛ぶ羽の生えた宝石から身分証まで提示されては信じるより他にない。
しかしそんなこと以前に、そもそもシイナは行政にはさほどいい感情を向けてはいなかった。
それに加え、何やら隠蔽されている1ヶ月前の事件を調べて会いに来たという。
更には魔人の力についてもある程度把握しているときた。
仮になのはが信用に足る人物であるとしても、後ろに控えているかもしれないナニかをシイナが警戒するのも当然のことである。
故ににべもなくその話を遮り、帰路につこうとしたのだが……
どれだけ歩いてもついてくる。
走って逃げれば撒けるだろうと駆け出してみれば、いつの間にか杖らしきモノに腰掛けて直ぐ横を飛んでいる。
最終的に人目につかないよう紅蓮の力を使い、海上へと飛び出したのだが……
「お話だけでも〜!」
「たぁすけてぇ!!!」
どれだけ加速してもまるで距離が開く気配がない。
電話でコウキに助けを求めたものの、場所も教えていない上に海の上を飛んでいる自分をどう助けろというのだろうか。
そのことに電話が切れてから思い至ったのは、さすがに焦り過ぎだろうと自分でも思う。
もうこうなれば意地である。
絶対に逃げ切ってやるという意思の元、さらに加速しようと全身に力を込めた、
その瞬間。
「ん?」
視界の端に、金色の光が走った。
思わずその光へと視線を向けたシイナは、そこで繰り広げられている光景に目を見開いた
「コウキ!?」
海岸沿いの道路。そこでコウキと金色の髪の少女が、互いに武器を構えて相対している。
この短時間で彼がここまでたどり着いていた事にも驚きだが、何より彼の纏う空気が明らかに張り詰めている事のほうが問題であった。
「久瀬さん、お知り合いですか?」
なのはもまた、困惑した様子で睨み合っている2人へと視線を向けている。
「まあ、そんなとこかな。あっちの娘は?」
「友達です。でも何だか様子が……」
彼女の友達だというのなら、個人としてなら信用してもいいのだろうか。そう思った刹那、道路の上で睨み合っていた2人が勢いよくぶつかり合っていた。
先ほどとは比較にならないほどの光が吹き荒れ、その中で2人が鍔迫り合いを行っている様子が辛うじて見える。
「なにしてんの!?」
突然繰り広げられる光景に一瞬面食らうシイナ。
しかしすぐさま手足から思い切り炎を噴出させ、2人に向かって飛翔する。
追従するように飛びながら、なのはが叫んだ。
「久瀬さん!まずは2人を止めましょう!」
「賛成!!」
距離を取ったのもつかの間、再びぶつかり合おうとする2人のちょうどど真ん中。
そこにシイナは自らの身を投げた。
「ストォオオップッッ!!!!!」
◇◇◇
「えッ!?」
「なにッ!?」
少女は既に振り下ろしかけていた斧の軌道をどうにか横に反らし、コウキは振りかぶっていた左の拳を解いてシイナの体を抱きかかえる。
結果、激突しようとしていた両者は肩口をかすめながらすれ違い、互いに勢い余って地面を転がることとなった。
コウキは転がる勢いのまま腕で地面を叩き、その反動で体を起こす。
片膝を立ててかがみ、シイナを抱きかかえていた腕を緩める。彼女の身体を、その腕の中に横たえた。
「シイナお前!……いや、怪我はないか?」
「う、うん。大丈夫……って今はそんなことはどうでもいい!!」
やや顔を赤らめつつも、手足をバタつかせて起き上がるシイナ。
……その奥から、赤い瞳がのぞいた。
「「……ッ!」」
ガチリと視線が交差し、得物を握る手に力が籠もる。
再び滾る戦意はしかし、他でもない彼女の手によって征された。
「待ってコウキ!」
「シイナ?」
コウキが構えようとした銃身を、シイナが掴んで押し下げる。
時を同じくして、カチあった視線を遮るように、赤い瞳の前に栗毛の少女が立ちふさがった。
「待ってフェイトちゃん!」
「なのは?」
今まで刃を交えていた2人の頭を、戦意に替わって困惑が支配する。
立ち塞がった2人の少女は大きく息を吸い、まるで示し合わせたかのように声を張り上げた。
「あの娘は敵じゃない!/あの人は悪い人じゃないの!」
「……なに?」
「……どういうこと?」
思わずコウキと、それからフェイトと呼ばれた少女は顔を見合わせる。
つい先ほどまで互いに向けていた敵意は、行き場を失ったまま宙に浮かんでいた。
何がどうなっているのか。
二人は混乱するままに目の前に立ち塞がる少女たちへと視線を向けた。
―と、その時。
―ヴヴゥゥン―
膠着状態の四人の耳に、低く唸るような音が聞こえた。
四人が揃って視線を向けると、そこにはおそらく歩くよりも遅い速度で近寄ってくるファング。
そしてその白い車体の上には、
「う、ぅう………」
真っ白な顔色をしたセツナが、完全に脱力しきった様子で車体へとしなだれかかっていた。
「あ゛あ゛ーーー!!セツナぁ!!?」
耳をつんざくシイナの悲鳴。
一瞬にして駆け寄り、セツナの体を横抱きに抱える。
「大丈夫!?」
「気持ち……悪いよぉ……。」
焦点が定まらないのかぐるぐると渦を巻く眼。
しかし一瞬、彼女の瞳がコウキの姿を捉えた。
「おにーちゃんの……ばかぁ。」
「………」
その言葉にまるで反論の余地はなく、コウキはすっと視線をそらすことしかできなかった。
「えっと……どういう状況……?」
「あははは……。」
先ほどの出来事がまるで嘘のようにすっかり緩みきった空気。フェイトは思わずといった様子で眼を瞬かせる。
そこに並び立つなのはもまた、苦笑いを浮かべるほかなかった。
「がくっ」
「あ、」
「セツナぁーーーー!!」
PREDATOR・GEAR (プレデター・ギア)
システムの中核を担うベルトとメモリカードの総称。
ベルトを『プレデタードライバー(試験運用型)』、メモリカードを『イグナイトローダー』と称する。
その名の通り、これは試験運用を前提とした試作機である。
戦闘能力の拡張よりも耐久性に大きく偏っており、壊れない事を目的とした制御装置としての側面が大きい。
そのため武装を除けば戦闘補助機能は決して充実しているとは言えず、実際の戦闘能力は装着者本人に大きく依存する。
コレは、彼が自らに嵌める枷であり、最後に残された理性の糸である。