久瀬家の居候 作:セツナは幸せになるべきである
出来が気に食わなくて3回くらい白紙にして書き直してました。
説明回難しすぎるんじゃ。
遅くなっていすまんかった
『貴方は、何者ですか?』
はやての視線は、真っ直ぐにコウキを射抜いていた。
「あ、あの、八神さん。コウキは……」
「いや、いい。」
シイナの声を遮り、その肩を軽く叩く。
不安げに揺れる瞳に見送られ、コウキは改めて画面の向こうへと視線を向けた。
『……』
はやてはそれ以上、何も言いはしない。
ただ、なんとなく分かる。こういう手合いに、下手な誤魔化しは通じない。
なら、言葉を重ねるよりも見せたほうが早い。
「少し待て。」
シイナとセツナに離れておくよう告げる。
二人が少し距離を置いた事を確認し、コウキは左腕をテーブルの上へと差し出した。
これから見せるものを想像して、わずかに眉を寄せる。
気は進まない。
しかし、これ以上に正確に説明できる方法もない。
何より、今さら隠す意味などないだろう。
……そう言い聞かせて、腕に力を込めた。
グジュリ。
『ッ……』
「うっ……」
「ぅあっ……」
なのはとフェイト、そして画面の向こうにいるはやての顔が引きつるのが見えた。
三人から漏れた小さな悲鳴が、妙に大きく耳に残る。
幾度か目にしているはずの二人でさえ、顔色がいいとはとても言えない。
無理もない。コウキ自身ですら、気味が悪いと思うのだから。
蒸気を吹き出しながら、腕の皮膚がまるで溶け出すように爛れていく。それに取って代わるようにして、肉の隙間からどす黒い泥のような物体が這い出してきた。
やがて波打っていたソレは皮膚となり、甲殻となり。
いつかの雪の降る駐車場で見せた、黒い異形の腕へと姿を変える。
呼吸と共に口から漏れ出た冷気が、空気を白く染めた。
「“エイド”」
「奴等は俺や、彼らをそう呼んでいた。」
変異した左腕を改めて差し出す。
三人は一瞬身体を強張らせるが、そこは流石というべきか。すぐに表情を戻し、各々仕事へと取りかかっていく。
「レイジングハート、お願い。」
『オーライ』
なのはの言葉を受け、レイジングハートが腕の周囲を旋回しながら計測を始める。
「エイドとは、何か語源が?」
「知るか。碌でもない由来でもあるんだろう。」
「は、はあ?」
嫌な記憶が脳裏によぎり、思わず吐き捨てるような声が口をついた。
フェイトが目を丸くしている間に、どうやら計測は終わったらしい。
程なくして、モニターがもう一つ展開された。
『侵略種とは異なる生態エネルギーを感知しました。体組織等も既存のものとは異なります。』
「ああ、だろうな。」
沸き上がってきた記憶と感情をどうにか飲み込もうとする。
それでも、やはり声までは抑えきれない。
「コレは俺の故郷で、人の手によって作り出された。その狂った成果だ。」
コウキは今一度、異形と化した己の腕へと忌々しげな視線を向けた。
『………うん?』
転送されたデータを確認しているのだろう。視線を巡らせていたはやてが、突然ハッとした表情をこちらに向けた。
『……待ってください。彼ら?コウキさんと同等の力を持つ方たちがまだ居ると?』
「いや、俺を残してエイドは絶滅している。」
コウキは、淡々と言葉を続ける。
「……と言うより、させた。」
「「『!』」」
こんなもの、元から人の手に届く場所に有るべきではないのだ。
潰えて無くなってしまうのなら、それに越したことはない。
「もう新たに生まれることはない。」
誰が口を開くよりも早く言葉を重ね、推し進める。
二度と合わせることはない顔ぶれが、脳裏にちらついて仕方がなかった。
「俺が、最後の一匹だ」
一息にそこまで言い切る。誰も、すぐには言葉を返してこない。
部屋には重苦しい空気が立ちこめていた。
唯一動いているものと言えば、変わらず腕の周りを飛び回っている羽付きの赤い宝石くらいなもの。
「……なんで、ですか?」
その沈黙の中で一人、なのはが口を開く。
戸惑いと、悲痛さをその目に宿して。
「コウキさん。貴方がどんな人なのかは、シイナさんやセツナちゃんをみていれば何となくわかります。きっと、悪い人じゃないんだろうって。」
一度言葉を切り、息を吸い、そしてもう一度。
「だから、余計に分からないんです。」
その声は、けして責め立てるようなものではなかった。
「絶滅なんて、どうしてそんなことに……?」
彼らを手に掛けたことを咎めるわけではなく、しかしその顛末に納得したという様子でもない。
ただ、彼女は知りたいのだろう。コウキ自身がなぜその決断に至ったのか。
「正しいことをした、とは口が裂けようとも言えない。」
大切だったはずのもの、愛しかったはずのもの。それを忘れていく己に絶望する姿。
忘れたという事実すら忘れ去り、暴れ回るのみの化け物と化した彼らの姿。
そのすべてが、鮮明に思い出される。
「気がついたときには、既に手遅れだった。」
だから、二度と繰り返されないように、全てを焼き尽くした。
「……俺は彼らを、そうすることでしか止められなかった。」
「……」
なのはは、それきり俯いてしまう。
随分と酷な話をした自覚はある。
励ます資格など、持ち合わせているつもりもないが……
「理解できなくていい。いや、するな。」
結局、口から出たのはそんなぶっきらぼうな声だけだった。
「……え?」
思わず顔を上げたなのはへ、コウキは続ける。
あの時は、額を突き合わせる時間も、手だてを用意する余裕もなかった。
何もかもが足りず、時間だけが進んでいき――その果てに、最上とは程遠い結論へと至ってしまった。
「最適解だったとは、思っていない。」
「……」
なのはは静かに考え込む。
暫くうつむいた後、ゆっくりと顔を上げた。
「私には……わかりません。何があったのか、どんな状況だったのかも、何も知りませんから。」
再び前に向いた彼女の瞳には、もう一切の迷いも映し出されてはいなかった。
「だから、簡単に『大丈夫です』なんて言えません。」
それでも。そう言って、なのはは両の手を顔の横で強く握りしめる。
「次はそうなる前に、わたし達が見つけ出してみせます。必ず、間に合わせてみせます。」
彼女は、微笑んでいた。
「そのための、EXCEEDSですから。」
『なのはちゃん、そのセリフは総督のわたしに譲ってくれてええんちゃう?』
「ふふっ。なのはらしいね。」
思わず、目を見開く。
もう終わったことだ。
今さら、過去を変えようもないだろう。
それでも――考えてしまう。
もし、もしも、あの場に彼女たちがいたとしたら。結末はほんの少しでも変わっていたのだろうか。
「……そうか。」
次に口から出たのは、自分でも驚くほど穏やかな声だった。
「頑張れよ。」
「はい!」
自分よりもずっと小さい少女の返事が、妙に真っ直ぐ胸へ響いた。
◇◇◇
少しぎこちなさは残るものの、先ほどまで張りつめていた空気は、いくらか和らいだように感じられる。
レイジングハートの計測も終え、コウキは腕をもとに戻した。
黒い甲殻が溶け落ちた下から、何時もと変わらない肌が覗く。それは不器用で、大きな温かい腕だった。
「シイナさん達も、このことはご存知だったんですか?」
フェイトの問いかけに、シイナとセツナは少し複雑そうな表情を浮かべて顔を見合わせる。
そして、小さく頷いた。
「うん。聞いたよ。」
「わたしも、です。」
伏し目がちに、その時の事を思い出しながら語っていく。
「正直さ、現実味沸かないよね。作られたとか、絶滅させたとかさ……。」
魔人と言う力を手に入れたシイナだが、元は猟銃を扱えるというだけの普通の高校生。
セツナも魔人の力を手放し、今は普通の小学生でしかない。
「話を聞いて、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけだよ?コウキのことを怖いって思った。」
シイナがそう口にするのを聞いても、コウキは何も言うことはない。それが当然なのだと言うように、ただ黙って次の言葉を待っている。
「なのはちゃんたちとおんなじ。アタシたちもそこにいたわけじゃないし、話で聞いたことしか知らない。
あんたは悪くないよ、なんて言えるほどアタシは偉くないしね。」
ふっと、シイナは顔を上げる。
その顔には、優しげな笑みが浮かんでいた。
「でも、コウキがどんな奴かは、半年も一緒に生活してれば大体わかるよ。」
彼の全てが理解できたわけではない。
何を考え、何を思い、そして何を成したのか。直接見聞きしたわけでもなく、全てを知っているわけでもない。
……それでも。
「アタシたちの命の恩人で、ウチの居候。」
記憶はなく、名前も知らなかったあの時。そして今。
彼は、彼のままだ。
「今のところはさ、それでいいのかなって。」
「わたしも、しーちゃんと同じです。」
セツナは、微笑みながらコウキへと視線を向ける。
「わたしが今ここにいられるのは、おにーちゃんのおかげです。」
少し恥ずかしそうに頬を染め、それでも真っ直ぐに思いの丈を伝えていく。
「むずかしい話は、まだよく分からないけど。ここで一緒に暮らしたことも、あの時、私たちのために怒ってくれたことも、嘘なんかじゃないって。」
この部屋の中で誰よりも小さな彼女は、誰よりも大きく頷いた。
「それは、分かります。」
「……」
全員の視線がコウキへと向けられる。
気恥ずかしいやら何やらで、コウキは首筋を掻きながら視線を逸らした。
シイナはその背を肘で小突き、セツナはその手を両手で握りしめ、ニコリと笑いかける。
結果、彼は更に視線をそらすことになった。
「……!」
そんな三人の姿を見た、なのはの瞳がキラリと閃く。
「なるほどなるほど、わかりました!」
「……一応聞くが、何がだ?」
シイナからの電話がかかってきた時と同じ。イヤーな予感が背筋を走る。
コウキの声などまるで聞く耳も持たず、なのはの視線ははやての方へと向けられた。
「はやてちゃん!」
『なんとなく想像つくなぁ……一応聞くけど、どしたん?』
「コウキさんもスカウトしちゃおうよ。EXCEEDSに!」
自信満々と言わんばかりのその言葉に、部屋は沈黙に包まれる。
そして……
「……はあ?」
「へえ?」
「え?」
「あぁ……。」
『やっぱりぃ?』
フェイトが頭を振り、はやてが顔を抑えたところで、正気に戻ったコウキは思わず机をたたいた。
「待て、待て。待て高町!お前正気か?」
冷静さを保とうとして、やはり保ちきれず、声には疑問や驚愕がごちゃ混ぜになっている。
「むむ、失礼な。私はいつだって本気ですよ。」
どこまでが本気なのか。彼女のあまりにも真っすぐな目を見ればわかる。言う事全て、本気なのだ。
可愛らしく頬をふくらませるなのはの姿に、コウキは思わず頭を抑えた。
「答えになっていない……!結局のところ、俺が身元不明の不審者だということは変わっていないんだぞ?!」
『せやでーなのはちゃん。それなりの根拠がないと認められへんな?』
はっと声のしたほうを振り向けば、なのはとコウキを交互に見やっているはやての姿が見える。
なのははそのことばに不満げにしながらも、もはや確信めいた声で「根拠」を語った。
「自分から悪いことする人じゃないってことは分かったでしょ?それにコウキさんがお手伝いしてくれるなら心強いよ。協力者は一人でも欲しいところだし。」
根拠と言うよりただの感想だろうが。喉までこみ上げて来たその言葉をはやての苦笑い交じりの声が遮る。
『まぁまぁ……コウキさん、たしかに貴方は身元不明の不審者です。さらに私達でも把握できていない力を持つ、言わば危険人物とも言える……。我々が監視できる場所にいてくれると、ホントに助かるんですけどねぇ。』
ついでにデータとかも取らせてもらえれば……などと言いながら、彼女はチラチラとわざとらしく視線を向けてくる。
馬鹿ではない。流石にここまで言われれば、何を言わんとしているかは分かる。
「なんだ、そういう名目で俺を雇ってしまえと?」
『なんならこちらで身分の保障なんかもできますよ?もちろんバイクやハンターの免許も取れるようになりますし。今なら美少女と同じ職場で働けるおまけ付きです。』
「……狸とか言われないか?」
『よく言われます。』
即答であった。コウキは思わず項垂れる。
「コウキさん、私も、貴方になら背中を預けられる。」
更に追い打ちと言わんばかりにもう一つ、純粋かつ真っすぐな視線が突き刺さった。
「信用しすぎだ。」
「一度戦ったんです。それくらいわかりますよ。」
「……コミックでも読んだか?」
「?」
どうにか捻り出した皮肉に、しかしフェイトはキョトンと首を傾げる。
何かの影響を受けた訳では無い。正真正銘コレが素なのだろう。
そこからも話は、渦中にいるはずの自分を置き去りにして進んでいく。
このまま話を進められてはたまったものではない。
「……待て。さっきの話だと夜間の作戦とか、遠征とかもあるんだろう?俺まで出払うことになればセツナが一人になる。」
「あ……」
今ひとつ話についてこられていなかったセツナだったが、コウキの言葉にさみしげにうつむく。
「一人は、ちょっとやだな……。」
セツナの様子に、はたと口を閉じるなのは達。
コウキは話の流れを引き込もうと、口を開こうとした。
「ならえーっと……なんて言うんだっけ。ほら、必要な時だけ仕事する人。」
見事シイナに遮られる。
「……嘱託、ですか?」
「そうそれ!」
「国連の組織がそんなこと……」
『その分手取りは少なくなりますけど……行けなくもないですよ。』
「……」
この雌タヌキ。口先まで出かけた言葉をどうにか飲み込む。
もはや逃れようがなかった。
願ってもない話ではある。なのは達の人となりを見れば、疑うのも馬鹿らしくなってきているのも事実。
しかし素直に頷いていいものなのか。
再び頭を押さえたところで、シイナの手が肩を叩いた。
「アタシにできることはやりたいっていうのは本気。やるからには全力でやりたい。」
彼女はいつものようにニカッと笑い、握った拳を緩く突きだしてくる。
「だから、アタシの留守は任せた!」
全く、どうして彼女たちはこうも人を信じることができるのだろう。疑わしいことはわかりきっているはずなのに。
「アタシがピンチのときは、助けに来て。」
きっとそれは、彼女たちの胸のうちにしか分からないものなのだろう。
「はぁ……」
思わず口からはため息が漏れる。
だが、口の端は穏やかに弧を描いている事を自覚していた。
「まったく。」
それを悪いことだと思わない自分も、随分と絆されてしまったらしい。
いつしか忘れていた、懐かしい感覚だった。
「了解した。家主殿。」
変わらない彼女の笑みを見て、一瞬だけ目を細める。
拳を突き出して見せれば、程なくしてシイナの拳が小気味のよい音を立ててぶつかった。
トランスフェロメーター
変身時、装着者の額中央に形成される琥珀色の宝石のような器官。
脳深部に接続され、肉体変異プロセスに干渉。ドライバーを介してシステムからの介入を強制する。
ある者は嗤った。
ありのままの姿など、醜悪そのものではないか。
それが化け物ならば尚の事だ。