久瀬家の居候 作:セツナは幸せになるべきである
やったー。
これからもお願いします。
高町なのは襲来事件(命名コウキ)。
あの一件から一ヶ月ほどが経つ。
あれからシイナとセツナ、それからコウキも、随分と慌ただしい日々を送ることになった。
シイナとセツナの転校手続きから始まり、ご近所へのあいさつ回り。ほかにも準備は多岐にわたり、どうにかそれを済ませた頃には本土に渡る日がやってきていた。
温かな声に見送られ、フェリーに乗り込んだのが大体二週間ほど前のこと。
シイナは、今日も今日とて侵略種との戦いに身を投じている。
本人の腕に加えて、EXCEEDSからのバックアップもある。心配するには及ばないだろう。
ただ、朝早くに出て帰ってくるのは日もとっぷりと暮れた頃。休みの日も半分は通信制の授業を受けているときた。
もう少ししっかりと休息を取ってほしいものだと思う。
しかし聞くところによれば、なのはやフェイトに関してはそれ以上に激務であるらしく、総督であるはやてに至っては休んでいるところを見たことがないとのこと。
やはりとんでもない組織である。シイナがワーカーホリックにならないことを祈るばかりだ。
セツナも新しく本土の学校に通い始め、もうすっかりなじめている様子。
夕飯時には、学校で何があったか、どんな事をしたのかを楽しげに語ってくれる。
一つ気になる点を挙げるとすれば、海女取島を出る時、血涙を流しながら見送る男児たちが数名見受けられたことだろうか。セツナは気がついていないようだったが……案外新しい学校でも数多の初恋を奪っていたりするのかもしれない。
流石はセツナ、恐ろしい子である。
そして、コウキはと言えば……
「こんなものか。」
掃除機を片手に、家の掃除をしていた。
◇◇◇
島の家よりは小さいものの、提供された社宅は3人暮らしにはちょうどよい大きさだった。
それなりに広めの庭にはセツナが持ち込んだ菜園用の種が植えられており、早いものはすでに芽が出始めている。
生活するに困らないどころか、既に三人の帰る場所となっていた。
一つ気になる点があるとすれば、もぬけの殻となっているガレージであろうか。
バイクであるファングのために用意されたものなのだが、問題の当人……というより当機は、ソレを無視して玄関のすぐ横に陣取っている。
引っ越し作業の時、ファングはガレージに搬入されそうになったところで突然暴れ出した。
誰が抑え込む間もなく、玄関先へと飛んで行くやそこからてこでも動かなくなったのだ。
けが人こそでなかったものの、様子を見に来ていたなのはやフェイト含めてその場にいた全員が面くらっていたのは記憶に新しい。
出かけていく二人にエンジンを吹かす姿を見れば、そこに陣取っている理由など想像するまでもないが。
盗まれるわけでも傷がつくわけでもない。自由にすればいいと放ってある。
あの白い車体をどうにかしようというのなら、高層ビルの屋上から叩き落としてみることだ。次に呼んだ時には何食わぬ顔をして走ってくるだろう。
「……」
コウキは掃除機を片付け、水を汲んだコップを片手に新聞を読み始める。情報統制がやたらと厳しいこの世でいくらの価値になるかは分からないが、情報というのはあって損はない。
何より、コウキが一番に欲しているのは新聞本体ではなかったりする。
「今日は……何が安い。」
コウキが新聞から引っ張り出したのは数枚の広告。
それぞれ別のスーパーのもので、それらを見比べながら最近手に入れたスマホでメモを取っていく。
「醤油が、安いな。」
ここで一つ、説明しておこう。
コウキの家事炊事のイロハは、孤児院で暮らしているときに身に着けたものだ。
孤児院というのは行政からの補助や支援ありきで成り立っていることが多く、彼の暮らしていた場所も例外ではない。
「隣町……」
規模が小さければその分補助は少なくなり、資金繰りは苦しくなる。そうなれば必然的に、買い物の念頭にはまず節約の二文字が置かれることになる。
無論、彼もそれは例外ではないわけで。
「……行くか。」
このような結論に至るのは当然の帰結であった。
軽く身だしなみを整え、これまた最近手に入れた肩掛け鞄を持って玄関に向う。
廊下に並んでかかっている3つのヘルメットのうち真ん中の白いヘルメットを持ち、靴を履いてからすぐ横の棚に視線を向けた。
そこには、1枚の免許証が飾るように置いてある。
顔写真には紛れもなくコウキの顔が写っていて、名前の欄にはこう書かれている。
―久瀬コウキ―
ほんの一瞬それを眺め、彼は玄関の扉を開けた。
◇◇◇
ファングを飛ばしておおよそそ30分ほど。
燃料代で赤字になってしまいそうな距離だが、このやたらとハイスペックなマシンにそんな概念はない。
買い物を済ませ、スーパーから出てきたコウキ。その手にはエコバックと、もう一つビニール袋が握られていた。
「いい鯖だ。」
中に入っている大振りなそれに口角が持ち上がる。
「……今夜は鯖味噌だな。」
駐輪場に着いたところでスマホで時間を確認すると、ちょうど昼時を指している。
ついでに何か食べて帰ろうか。
地図アプリで近場の飲食店を探し、散策がてらにファングを押して歩き始めた。
周囲を見回しながら、ゆるりと歩く。
そして、もう少しで目的地……といった頃。
不意に、少し離れた場所にいた少女と目が合ってしまった。それはもう、バッチリと、盛大に。
「……」
「……」
二人の間に気まずい空気が流れる。
ほとんど同時に軽く会釈をして、視線を外して歩き始める。
しかし、目が合ったということはお互いに向き合っているわけで。そのまま歩き続ければどうなるか。
「えっと……。」
「……。」
結局、二人は道のど真ん中で顔を突き合わせることになった。
「……私、ここでご飯食べるから。」
彼女が指さした先には、慎まやかな看板の定食屋が一件。
自分はここでどくから、先に進んでくれと言いたいのだろう。
しかし指さされた店を見て、コウキは思わず頭を抑えた。
「……俺もだ。」
手に持つスマホの地図には、間違いなくこの店が表示されている。
偶然というのは存外バカにできないものらしい。
「……」
「……」
沈黙と共に、再び二人の間に流れる気まずい空気。
「あー……」
しばらく後、それを先に破ったのはコウキであった。
「……とりあえず入るか。」
「……そうだね。邪魔になっちゃう。」
駐輪スペースにファングを停めて店の入口へと向かう。
律儀にもそれを待っていた少女と共に店先の暖簾をくぐった。
「二名様でよろしいですか?」
「あー……」
「私はいいよ。」
「なら、二人で。」
通された席で向かい合って座り、互いにメニューを捲りながらぽつりぽつりと口を開く。
「……済まないな。突き合わせるような形になってしまった。」
「いいの。どうせ暇だったから。」
「……平日だろう。学校は?」
「学校の近くで侵略種災害が起きて、その影響で午後の授業がなくなったんだ。」
なんてことのないように言う少女。
この世界では極普通に起こり得ることなのだと改めて理解する。
人間、慣れると悲劇すら日常に取り込んでしまう。強かなのか、それとも諦めがいいとでも言おうか。
どちらにせよ、あまり良いことではないだろう。
「……そうか。無事なら何よりだ。」
「貴方は?」
「買い出しだ。醤油が安くてな。ついでにいい鯖も人数分手に入った。」
「……主夫?」
「いや、居候だ。恥ずかしいことに年下に養われている。」
「居候……。」
暗い話には慣れているが、けして好きにはなれない。
それ故コウキが茶化し気味に言葉を返すと、少女はキョトンとした顔で首を傾げた。
いくらか空気も和んだところで、店員を呼んで注文をしていく。
安くてボリュームがある。調べたサイトの口コミにあった通り、並べられた定食は十分に満足できる内容だった。
……だったのだが。
「これ、一人で食べるのか……?」
次々とテーブルに並べられていく大皿を見て、コウキは思わず頬が引きつるのを感じていた。
唐揚げ、煮魚、サラダ類、その他諸々。
フードファイターもかくやという量のおかずに加え、白米は丼に大盛り。
よく見れば、皿を並べていく店員もどことなく青い顔をしていた。
「欲しいの?」
「いや……」
正直、見ているだけで腹が膨れてくるほどだ。
それらを涼しい顔で食べ始める少女。
ほぼノンストップで口に運ばれていく料理を見て、コウキはもはや乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「シイナといい勝負だな……。」
「シイナ?」
「うちの家主だ。」
この世に彼女と並ぶ大喰らいがまだいようとは。
二人ともそうなのだが、あの体の何処に食べたものは入っていっているのだろうか。
「お仕事が肉体労働だから、しっかり食べておかないとお腹空いちゃって。」
「……そうか。」
それにしたって多すぎるだろう。
その言葉は、どうにか腹の底へと飲み込んでおいた。
◇◇◇
定食屋を出て、並んで道を歩く二人。
ヘルメットは一つしかない。ファングは相変わらず手押しである。
「割り勘なんて……よかったの?」
明らかに五人前はあろうかという料理をぺろりと平らげた少女に、コウキは割り勘を持ちかけた。
食べた量を考えれば、どちらが損をするかなど明白。
少しばかり疑りも含んでいるのだろうが、申し訳なさそうな少女にコウキは小さく手を振った。
「食事に付き合わせたからな。礼と、謝罪だ。」
「気にしなくていいのに。」
せっかくの昼食に異物が入り込んでしまった。そんな罪悪感がだいたい7割。
それから、もう一つ。
「……女の子には親切にしておけ、と言われていてな。」
「その、シイナって人から?」
「いや……」
コウキは首を横に振る。
シイナに限って、女だからどうだとか、そんなことを言うことはないだろう。
これはもう昔の話。過去の記憶だ。
『いい?コウキ。女の子には親切にしなきゃだめ!……だから……そのぉ……まず私を助けてー!』
なんとも情けない声でこちらに助けを求めてくる。そんな彼女の、これまた情けない姿。
そんな懐かしい景色が、脳裏にちらついた。
「……昔の、知り合いからだ。」
「……そう。」
少し含みのある言葉に、何かを感じ取ったのだろう。彼女はそれ以上の言及をしなかった。
少し歩いたところで大通りに出る。
「邪魔をしたな。」
「ううん。楽しかったよ。」
一言、二言。なんてことのない言葉を交わし、コウキはヘルメットを被りファングへと跨った。
目の前を白いバンが走り去っていくのを見送り、クラッチを操作してアクセルをひねる。
「また、縁があれば。」
「うん。またね。」
柔らかな笑みと優しげな声に見送られ、対向車線へと走り出す。
ミラーで背後を確認すると、少女が後ろで手を振っているのが見えた。
たった一度昼食を共にしただけだと言うのに、随分と律儀なものだ。
もちろん悪い気はしない。コウキもまた、右手を挙げてそれに応える。
なんてことのない小さな出会い。だが、悪くない。とてもいいものだったと思う。
本当なら、笑みの一つでも浮かべたいところだった。
「……ファング。今の白塗り、ナンバーは控えたか。」
……最後に通り過ぎていった、あの白いバンさえなければ。
◇◇◇
その夜。久瀬宅のリビングにて。
昼間の予定通り、食卓には鯖味噌が並べられていた。
セツナの皿には一切れ。コウキには二切れ。シイナには一つ飛ばして四切れ盛り付けられていたりする。
「んーおいしー!」
鯖を飲み込むや否や白米を口へと運ぶ。
そしてシイナは、これ以上なく幸せそうな表情を浮かべた。
「いやぁ〜1日の疲れも吹っ飛ぶね。」
「もう少し休んでほしいんだがな。」
「無理はしないでね?しーちゃん。」
「もー、アタシは大丈夫だって。」
彼女はにぃ、と笑みを浮かべ、自分の腕を軽く叩いてみせる。
「帰ってきたらセツナが迎えてくれて、コウキは美味しいご飯用意して待っててくれてる。これならいくらでも働けちゃうよ。」
「だとしても、だ。」
コウキの言葉に大きく頷くセツナ。
何時もなら、多少なりとも気圧されているところ。しかし今日のシイナは狼狽えることもなく、自信ありげな笑みを浮かべてみせた。
「実はね……明日の仕事が終わったら、次の日までまるっとお休みもらえることになってるんだ〜。」
「ほんと!?」
「もっちろん。明後日は学校も休みでしょ?一緒にお出かけしよう!島じゃ見れなかったものがたくさんあるよ!」
「うん!」
一転してキャッキャと盛り上がる二人を、コウキは静かに眺める。
おしゃれな服や美味しいもの、楽しいこと。本土に渡った事のないセツナを思い切り楽しませたい。そんなシイナの思いが見て取れた。
「おにーちゃんも、来る?」
「あー……」
不意に向けられた、セツナのキラキラとした瞳。
純粋無垢なその輝きに、コウキは思わず目を逸らした。
「その日は支局に呼び出されているんだ……。」
「え……」
提供した生体データについて話があると、つい先日に呼び出しがあったのだ。
二、三時間程度で終わると聞いていたため、前日にでも伝えればいいと思っていたのだが……。
「そっ……か……」
セツナの表情が目に見えて落ち込んでいくのが分かる。
たまには姉妹水入らずで遊ぶのも良いのでは、とも思うのだが、彼女にとってみればそんなことは知らぬこと。
楽しさを共有する相手は多いほうがいいのだろう。
セツナの様子に、シイナはなんとかしろと言わんばかりに視線を飛ばしてくる。
もちろん、コウキとてこのままにしておく気はさらさらになかった
「……夕飯までには間に合わせる。」
「ほんと?」
「ああ。」
妥協案、といったところか。
向こうにも早く終わらせるよう伝えておくことを心に誓う。
遅れることなど許されない。
「約束だ。」
「……わかった。」
セツナは、小さく頷いてくれた。
シイナも呆れ半分ではあるが、どうにか許してくれた様子。
また幸せそうに夕飯を頬張り始めた二人を見て、コウキはほっと胸をなで下ろす。
そして、自身も食事を勧めようと箸を持ち直した。
……その時。
――prrrr……――
ポケットにしまっていたスマホが鳴り響いた。
「……」
少しばかり行儀が悪いことを自覚しつつも、ポケットからスマホを取り出す。
そして、発信元を確認して動きが止まった。
「……?どしたの。」
「あぁ、噂をすれば支局からだ。明後日の打ち合わせってところだろうな。」
一言謝って席を立つ。
廊下に出て、玄関近くまで移動。
ここなら、リビングには何も聞こえないはずだ。
画面を操作し、耳に当てる。
「俺だ。」
『ルーク・アンダーソンです。車両について調査が終わりましたので、ご報告を。』
ルーク・アンダーソン支部局長。
瑞穂に構えられたEXCEEDS極東支部の長で、八神はやての補佐を務める男である。
「どうだった。」
『近隣のファミリーレストランへ食品を搬入している車のようです。……一つお聞きしますが、何故このナンバーを?』
「……俺は鼻が良くてな。特に化け物と人間の死は、よく臭う。」
そうですか。そう呟いてから、一つ息を吐く音が聞こえた。
『……ネット上のサイトに、レストランの紹介記事がありました。“店に行った知り合いがその後音信不通になった”……というコメントが、投稿の1分後に消去されています。』
『それから、今朝発生した侵略種災害の被災地にこの車が確認されていました。』
怪しいには怪しい。
しかし、あり得る話だといえばそれまで。
とても証拠とは言えないだろう。
「……まだグレーとも言えないか。」
『はい。しかし貴方の証言を合わせれば強制捜索までは取り付けられそうです。』
「……信じ過ぎじゃないか?」
『八神総督の意思を信じたまで。』
思わず 口元に笑みが浮かんだ。
大した忠誠心である。
しかし、それならばそれで都合がいい。
『極東支局局長、ルーク・アンダーソンより。局長権限を行使し、久瀬コウキ嘱託駆除隊員に出動を要請します。』
「決行は?」
『これより3時間後。』
「現場は?」
『5番区画生鮮食品用倉庫』
「人数は?」
『察知されて揉み消される前に、少数でケリをつけます。』
顔を合わせた時から感じてはいた。総督のはやてに隠れているだけで、このルークという男は相当にできる。
何より信用してくれているというのなら、それに応えるまで。
「オーケー、一人でいい。後始末は任せるぞ。」
『了。ご武運を。』
「背中に気をつけておけ。」
さて、忙しくなる。
まずは夕食を終わらせ、早いうちに2人を寝かしつけなければなるまい。
コウキは一つ、小さなため息をついた。
ルークさんは優秀。作者の妄想です。
久瀬コウキ
おにーちゃんの身分を作るにあたり苗字が必要となった……のだが、当のおにーちゃんがサイコロの出目で適当に決めようとしたためシイナとセツナによるOHANASIが発動。
約1時間に及ぶOHANASIにより、おにーちゃんは久瀬姓を名乗ることになった。
出かける前に、免許証をいちいち確認する程度には気に入っている様子。