イルディア王国 南イルディア‐ブルーリア州>
~ 中央暦1639年 4月14日 ~
『に、ニュース速報!ニュース速報をお伝えします!』
何気ない、いつもの日常が始まる時間。
イルディア王国全土で放送されていた朝のラジオ番組やテレビ番組が、突然中断された。
『我がイルディア王国政府は本日未明、友好国クワ・トイネ公国へ侵攻したロウリア王国に対し、正式に宣戦を布告したことを発表しました!』
本来ならば穏やかな音楽が流れている筈の時間であった。
爽やかな朝が凍てついてゆく。
しかし、ラジオから聞こえてくるのは日常を地に染める事実。
『ロウリア王国軍はクワ・トイネ公国領ギムの町を占領した際、現地住民に対する虐殺、略奪及び暴行を行ったとされており……』
『その犠牲者には在クワ・トイネ‐イルディア王国民も多数含まれていることが確認されています!』
その言葉に、食卓を囲んでいた人々の手が止まる。
新聞を手にしていた者は目を見開き、テレビを見ていた者は口を押える。
鳥のさえずり。
人々の足音。
路面電車の走行音。
それらの“日常”が耳に届かぬほど、誰もがニュースに注目していた。
『その直前にはイルディア王国議会による海外派遣軍編制案が可決されていたとのこと!』
『先ほどカルミネ2世国王陛下による宣戦布告が発表されました』
『すでに王立軍では海外派遣軍の編成が開始されており、陸軍2個師団を中心とする部隊が南部の軍港に集結を開始しております』
『今後の方針ではクワ・トイネ公国軍、並びに先月国交を樹立した日本国軍との合流に向け王立軍総合司令部による……』
誰もが分かっていた。
言葉にも、態度にも出さずとも。
北部ではパーパルディア皇国が軍を集結させている。
南ではロデニウス大陸の情勢が悪化している。
海を隔ててはグラ・バルカス帝国及び日本国の出現。
イルディア王国から見る世界は、すでに安全ではなかった。
しかし、これまでイルディアはその戦火や混沌を寄せ付けなかった。
情報を収集し、交渉により関係を維持し、経済関係で相互利益をうみ、軍事力で寄せ付けなかった。
可能な限り戦火から逃れる為に。
しかし、イルディア王国は戦地へ足を踏み入れた。
ブルーリア州‐イルディア王立海軍ラルイラント軍港>
~ 同日 ~
イルディア王国南部ブルーリア州。
王立海軍最大級のラルイラント軍港では、普段とは明らかに異なる光景が広がっていた。
軍港へ続く道路では軍用トラックが途切れることなく走っている。
その二大には弾薬箱、燃料陽気、工具、通信機材、食材、医薬品などが数多く積まれている。
その後続には低いエンジン音を轟かせる戦車たちがいた。
褐色灰緑色に塗装された車体。
複雑な形状をした砲塔。
そして短い砲身。
決して最新鋭とは言えない外見である。
それもそのはず、本来であれば州守備隊に払い下げられる予定であったのだから。
しかしそれでも、車体の各所には劣化や損傷が見られず丁寧に整備されていた。
初期型中戦車I.3型中戦車、I.3型突撃砲、I.4型重戦車などが続く。
いずれもイルディア王立軍の旧式兵器である。
「全車停止!」
先頭を走る装甲車から降車した将校がバインダーを片手に指示を出す。
「第一中隊、一番ドッグ積載待機区域へ!」
「了解!」
「第二中隊は二番ドッグへ!」
「了解!」
朝から怒号が飛び交っている。
しかし統制されている。
戦車たちは指定された区画へ整然と移動を開始し、車両番号を確認した整備兵が素早く車体点検を済ませていく。
一方、軍港の別の区画では兵士たちが輸送船へ乗り込んでいた。
小銃、無線、医療キット。
兵士たちが必要な装備を身に纏い、誘導員の指示へ従い船へ乗り込む。
「第二小隊、揃いました!」
「よし、乗船!」
兵士たちは二列縦隊を崩すことなく、輸送船タラップを上がっていく。
誰もが小銃を携行し、
背嚢には数日分の携行食と個人装備が収められている。
その表情に浮かんでいるのは、恐怖よりも緊張だった。
これから彼らが向かうのは、観光地でも訓練場でもない。
地に濡れた戦地だ。
誰もが忙しなく行き交っている。
全ては故郷を守る為に。
クワ・トイネ公国 公都クワ・トイネ‐イルディア大使館>
~ 同日 ~
「はいぃ!?!?!? わ、私が連絡員を……それも日本との!?」
レオネ・コルシ大佐は、思わず声を上げてしまう。
その視線の先には、無慈悲にも本国から突き付けられた命令書があった。
イルディア王国王立軍総合司令部》
イルディア王国
王立軍総合司令部
海外派遣軍命令書
レオネ・コルシ大佐へ告ぐ。
4月12日、クワ・トイネ公国ギムにおいてロウリア王国軍による大規模な虐殺、略奪及び暴行が発生した。
在クワ・トイネ王国大使館より提出された報告、ならびに貴官が保護した複数のギム生存者の証言及び現地より収集された証拠を政府は確認した。
これを受け、イルディア王国政府はロウリア王国に対し宣戦を布告した。
海外派遣軍について
海外派遣軍はすでに編成を完了している。
クワ・トイネ公国政府からの正式な要請を受け、クワ・トイネ公国政府及び日本国政府との調整を経て、第一陣はすでにイルディア王国を出航した。
海外派遣軍の主たる任務は、クワ・トイネ公国の防衛、ロウリア王国軍の撃退、在留イルディア国民の保護及び日本国軍との共同作戦である。
派遣戦力について
パーパルディア皇国との情勢を鑑み、本国防衛に必要な戦力を維持しなければならない。
本国の主要戦力を大量に海外へ移動させた場合、皇国にイルディア王国の軍事的弱体化を察知される危険がある。
したがって、海外派遣軍には王立軍の旧式装備を主として配備する。
旧式装備であってもロウリア王国軍に対して十分な戦闘能力を有すると判断される。
これは本国防衛能力を維持しつつ、ロウリア方面への軍事介入を可能とするための措置である。
本派遣において許可される主要戦力は以下の通り。
・陸軍 2個師団
・空軍 1個航空団
・海軍 1個派遣艦隊
これを超える戦力の派遣は、特別な命令がない限り認めない。
皇国への警戒
パーパルディア皇国は現在もイルディア王国北部国境に兵力を集結させている。
海外派遣軍の情報を皇国に過度に察知されることは避けなければならない。
派遣軍はロウリア王国との戦闘に必要な範囲を超えて軍事能力を露呈してはならない。
皇国軍に対しては、現在の国境防衛態勢を維持する。
本国より追加戦力を派遣する場合は、王立軍総合司令部及び政府の承認を必要とする。
レオネ・コルシ大佐への任務
貴官はクワ・トイネ公国における長期の駐在経験を有し、同国政府及び軍関係者との連絡経路を確立している。
また、今回のギムにおける虐殺について最初期から情報収集を行い、生存者の証言及び証拠を本国へ報告した実績を有する。
さらに、貴官はクワ・トイネ公国政府を通じて日本国との接触及び情報交換に関与している。
以上を考慮し、貴官を海外派遣軍と日本国との連絡員に任命する。
貴官の任務は以下の通り。
一、海外派遣軍とクワ・トイネ公国政府との連絡。
二、日本国政府及び日本国自衛隊との連絡及び調整。
三、共同作戦に関する情報の伝達。
四、日本国の軍事行動及び外交方針に関する情報収集。
五、海外派遣軍の活動が日本国との外交関係に及ぼす影響についての報告。
六、在クワ・トイネ・イルディア王国民の保護及び避難に関する調整。
七、その他、王立軍総合司令部が必要と認める事項。
日本国について
日本国は本年3月、イルディア王国と正式に国交を樹立した国家である。
同国の軍事力については現在も十分な情報が得られていない。
しかし、既存の文明圏に属する国家とは異なる高度な軍事技術を保有している可能性が高い。
貴官は日本国を既知の文明圏外国と同一視してはならない。
同時に、日本国の意向を無視した独断行動も厳に慎め。
外交上の問題が発生した場合、可能な限り現地で解決せず、速やかに本国及び海外派遣軍司令部へ報告せよ。
交戦規定
クワ・トイネ公国の主権及び住民の安全を尊重すること。
ロウリア王国軍と交戦する場合、軍事目標を優先すること。
民間人への不必要な被害を避けること。
捕虜については王立軍の規定及び日本国との協定に従い適切に取り扱うこと。
ロウリア王国軍による戦争犯罪が確認された場合、その証拠を確保し、本国へ報告せよ。
最後に
これは皇国との戦争ではない。
しかし、皇国との戦争を招く可能性のある軍事行動である。
そのことを常に念頭に置け。
イルディア王国はクワ・トイネ公国を見捨てない。
また、日本国との友好関係を損なうことも許さない。
貴官にはその両方を守る責任がある。
以上。
我等の故郷の為に。
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レオネは腹の底からこみ上げる何かを、せき止めることなく吐き出してしまった。
「本国は正気か!?」
「私に日本とクワ・トイネの2国を同時に相手をしろと!?」
「あぁ……頭が痛い。いくら駐在武官が外交特権を持つ軍人とはいえ限度があるだろう!?」
「賞与、でないかなぁ……」
イルディア王国は環境や歴史的経緯などから地球とは技術の発展の系譜が異なります。下手に技術力の表現に時代を使ってすみませんでした…