フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~   作:&劉

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第十話 ソリッド・ステート・スカウター

 

A市が都市でなくなるまで、十秒もかからなかった。 正確には、消滅したわけではない。鉄も石も硝子もコンクリートも残っている。車だった金属の塊も、道路だったアスファルトも、建物だった瓦礫も、そこに暮らしていた人間の痕跡さえ痛ましいほど残されていた。 それでも、もう街とは呼べなかった。

 

都市というものは、形だけでできているわけではない。道路が道として続き、建物が建物として立ち、その間を人が歩く。店が開き、信号が変わり、誰かが家へ帰る。そうした無数の関係が重なって、初めて一つの街になる。 その関係を、宇宙船から落とされた一筋の光が、一撃で引き裂いた。

 

白い閃光がA市中心部を呑み込んだ直後、大地が沈んだ。高層ビルはまとめてへし折れ、何万枚もの窓硝子が砕ける。車は紙切れのように宙を舞い、道路は端からめくれ上がり、地下の配管や電線まで土ごと引き裂かれた。 遅れて押し寄せた衝撃波が、街だったものをさらに押し潰した。

 

ヒーロー協会本部の会議室も大きく揺れた。 照明が明滅し、円卓の上に置かれていた水が跳ねる。壁面モニターが一度暗転し、すぐに復帰した。 表示されたA市の地図は、ほとんど真っ赤だった。 童帝の指が端末の上を素早く走る。

 

「観測データ更新。A市中心部、広範囲に壊滅的被害」

 

声はまだ子供のもの。 報告内容だけが異様に重い。 画面が衛星映像へ切り替わる。

 

煙と瓦礫、巨大なクレーター。その全てを見下ろすように、十五キロを超える巨大宇宙船が上空へ浮かんでいる。

 

「……冗談だろ」

 

金属バットが呟いた。

 

つい先ほどまで椅子を傾け、退屈そうにしていた男が、今はもう立ち上がっている。肩に担いだバットへ力が入っていた。

 

「一発でか?」

 

「一発です。市の防衛設備は、反応する時間すらありませんでした」

 

「死者は?」

 

職員が答えようとして、言葉を詰まらせた。 数字はまだ出ていない。 だが画面を見れば、答えを待つ必要もない。 おそらく、あまりにも多い。 童帝が表情を引き締めた。

 

「被害確認は後です。まず上空のあれをどうするか決めないと、次を撃たれます」

 

会議室が静まった。

 

S級ヒーロー。その一人一人が、普通の人間から見れば怪物である。都市を脅かす怪人を倒し、人間には不可能なことを平然とやってのける。

 

しかし十五キロの宇宙戦艦が数千メートル上空へ浮かんでいるとなると、得意不得意が露骨に出る。拳が届く者は少なく、刀を振るうにも、まずそこまで行かなければならない。

 

「上空だから」

 

キングが低く言った。

 

「俺には何もできん」 短い一言だった。

 

誰も笑わない。むしろ地上最強の男と呼ばれるキングが、自分の不得意分野を冷静に認めたのだと受け取った。

 

本人の胸中は違う。上空でなくても何もできない。宇宙船が怖い。怪人も怖い。この部屋にいるS級も大体怖い。そして最近登録された、白と紫の小さな宇宙人はもっと怖い。 恐怖で身体が固まっているおかげで、顔だけは動かない。結果として威厳が出ていた。 ドッドッドッドッドッ。 心臓だけが、いつものように正直だった。

 

「飛行可能な戦力は限られる」

 

童帝が言った。

 

「限られる?」

 

タツマキが鼻を鳴らし、椅子からふわりと浮かぶ。

 

「一人で十分でしょ」

 

「俺も行く」

 

ジェノスが前へ出た。 タツマキが横目で見る。

 

「は?」

 

「俺も飛行可能だ。遠距離攻撃もある。敵の規模は未知数だ。単独接近は合理的ではない」

 

「あんた、誰に言ってんの?」

 

「戦慄のタツマキに」

 

「分かってるなら黙ってなさいよ。足手まといが増える方が合理的じゃないの」

 

ジェノスの炉心音が僅かに高くなる。 ぷりぷりプリズナーは真剣な面持ちで、手を組みながら思った。

 

(鬼サイボーグ…顔がいいな)

 

ゾンビマンは煙草を取り出しかけ、壁の禁煙表示と職員の顔を見比べてから無言でポケットへ戻した。 超合金クロビカリが腕を組む。

 

「ここで争っている場合ではないな」

 

正論だった。 タツマキは聞いていなかった。

 

「それにあんた、この前あのチビ宇宙人に小指一本でやられたんでしょ?」

 

ジェノスが黙る。 会議室の空気まで止まった。

 

「小指?」

金属バットが聞き返す。

 

「小指?」

 

ぷりぷりプリズナーも続く。

 

童帝まで端末から顔を上げた。

 

「小指?」

 

「今は関係ない」

 

ジェノスの声が一段と低くなった。

 

「あるでしょ。そんなのが私についてきて何すんのよ」

 

腕部装甲がわずかに開きかけた。 普段ならサイタマが止める。 だが、声がしない。

 

「先生?」

 

ジェノスが振り返る。 つい先ほどまでいたサイタマが、きれいに消えていた。 そして、もう一人。

 

「あれ?」

 

タツマキも周囲を見回す。

 

「宇宙人は?」

 

フリーザもいない。

 

アトミック侍は無意識に腰の刀へ触れた。先ほど、自分の認識を超える速度で鞘ごと奪われた感覚が蘇る。

 

「またかよ」

 

小さく吐き捨てる。 バングは髭を撫で、窓の外へ目を向けた。

 

「どうやら先に行ったようじゃな」

 

タツマキの顔が険しくなる。

 

「勝手なことして……」

 

巨大宇宙船は窓の向こうで空の半分を塞いでいた。 タツマキの唇が少しだけ吊り上がる。

 

「ちょうどいいわ。宇宙船ごと、あいつも――」

 

最後まで言えなかった。

 

ヒーロー協会本部の屋上では、強い風が吹いていた。 崩壊したA市からまだ熱が立ち上り、遠くで炎と黒煙が渦を巻いている。その上空を、巨大な宇宙戦艦が覆っていた。 サイタマは屋上の縁に立っている。 隣では、フリーザが腕を組んだまま宙に浮いていた。

 

「でかいな」

 

「ええ」

 

「月で乗った船よりでかい」

 

「比較対象がおかしいですよ」

 

「あれ、お前んとこの船より?」

 

フリーザは改めて敵艦を観察した。 装甲、推進器、無数の砲門。船体構造はフリーザ軍のものとはまるで違う。

 

「サイズだけなら、かなりのものですね」

 

「強い奴いんの?」

 

サイタマの興味は、最初から船ではなかった。 フリーザは目を閉じた。 意識を広げる。

 

巨大な船内には無数の生命反応がある。弱いもの、多少戦えそうなもの、この星で出会った怪人より強い反応もいくつか。その中で最奥にいる一つだけは、明らかに密度が違っていた。静止しているだけなのに、その区画だけ空間が沈んでいるような圧がある。

 

月面で向かい合ったサイタマには届かない。それでも、この地球へ来てから出会った怪人たちとは比較にならないほど強い。フリーザの口元が自然に持ち上がった。

 

だが、その笑みが途中で止まった。最奥の大きな気とは別に、少し離れた区画から妙な反応が一つ混じっている。大きさだけならボロスと思われる存在には遠く及ばない。それなのに、気の質だけが妙に引っかかった。

 

自分に似ている。正確には、似せて作った粗悪品のように似ている。薄く、軽く、どこか小賢しい気配まで記憶に触れた。フリーザの眉間へ、ごく薄い皺が寄ったあと、にたりと笑った。

 

「……これは」

 

サイタマが横を見る。

 

「何?」

 

「いえ。少し。」

 

「強い奴、何人かいんの?」

 

「二人。一人は、かなりのものです。もう一人は……知ってはいますが興味はありません。」

 

「知り合い?」

 

「似たようなものです。」

 

サイタマはよく分からないまま頷いた。フリーザは再び船を見上げる。船の向こうで相手がすでにこちらの気へ気づいているとは知らないが、今度はこちらもまた、忘れたくても忘れにくい気配を捉えていた。

 

「サイタマさん。役割分担をしましょう」

 

「役割?」

 

「ええ。まず、わたくしがあの船を消します」

 

「あれ全部?」

 

「全部です」

 

「中の強いやつも?」

 

フリーザは一瞬だけ考えてから、楽しそうに目を細めた。

 

「船が壊れた程度で死ぬようなら、そもそも期待する価値はありません。本当に強い方なら、自力で降りてくるでしょう」

 

「ああ」

 

「一番強い方は、わたくしがいただきます」

 

「お前がやるんだ」

 

「ええ。試したいこともありますので。」

 

そこでフリーザの笑みがわずかに歪んだ。船内に混じる、もう一つの不快な気配へ意識を向ける。

 

「ただし、もう一人。もしわたくしの予想どおりの方が降りてきたら、そちらはあなたに差し上げます」

 

「何で?」

 

「興味がないからです」

 

「理由それだけ?」

 

「十分でしょう」

 

サイタマは深く追及しなかった。フリーザは宇宙船を見上げたまま、どこか懐かしそうに目を細める。

 

「それに今日は、もう一つやりたいことができました。」

 

「何?」

 

「花火です」

 

サイタマも空を見上げた。

 

「昼だけど」

 

「細かいことはよいのです」

 

「そうか?」

 

「そういうことにしておいてください」

 

「じゃあお前の言うやつが降りてくるまで下で待ってるわ」

 

「お願いします」

 

サイタマが膝を曲げる。

 

「サイタマさん」

 

「何?」

 

「船の真下には立たないでくださいね」

 

「破片?」

 

「いいえ。マント、火が付くと面倒でしょう?」

 

「たしかに。」

 

サイタマが跳んだ。 屋上が小さく陥没し、黄色い影が地上へ落ちる。 普通の人間なら助からない高さから何事もなかったように着地すると、瓦礫だけが軽く舞った。 そこにはすでに、バング、アトミック侍、金属バット、ぷりぷりプリズナーがいた。

 

「お」

 

金属バットがサイタマを見る。

 

「A級」

 

アトミック侍も顔を向けた。つい先ほど、自分がこの男へ「強者しか認めない」と言ったことが頭をよぎる。

 

「何してんだ?」

 

サイタマが聞いた。

 

「そりゃこっちの台詞だ。お前、A級だろ」

 

「うん」

 

「S級招集に何でいるんだよ」

 

「ジェノスについてきた」

 

ぷりぷりプリズナーがサイタマを上から下まで眺める。

 

「う~~~む…」

 

サイタマが無言で一歩、バング側へ寄った。

 

「…何か怖いんだけど」

 

「気にせんでええ」

 

バングが苦笑する。 アトミック侍は宇宙船を見上げた。

 

「で、宇宙人は?」

 

サイタマが上を指す。

 

「船壊すって」

 

「は?」

 

「一撃で」

 

「…はぁ?」

 

アトミック侍に続き、金属バットまで同じ声を出した。 ぷりぷりプリズナーは腕を組みながらまだうなっている。

 

「髪の毛があれば…いやしかし彼氏たちとくらべると…」

 

バングだけは目を細めた。

 

「…そうか」

 

「反応うすいな」

 

「驚いとるよ」

 

老人は静かに笑う。

 

「ただ、できんとは思っとらん」

 

すでに一度、フリーザという存在へ人間の尺度を当てる無意味さを見ている。そしてまだ、あの異星人の全力を見たわけではない。

 

一方、会議室ではタツマキが窓へ向かっていた。

 

「私も行く」

 

「待ってください」

 

童帝が止める。

 

「何よ」

 

「船体構造を解析中です。不用意に近づくと――」

 

「私のバリア抜けると思ってんの?」

 

「そういう問題じゃ……」

 

言い終える前に、タツマキが窓際で止まった。

 

「何……?」

 

窓の正面。 白と紫の小柄な身体が、空中で腕を組んでいる。 フリーザだった。 こちらを見て、笑っている。

 

「何してんのよ」

 

窓は閉まっている。 本来なら声は届かない。 だが、フリーザの口がゆっくり動いた。 こんにちは。 タツマキのこめかみに青筋が浮いた。 窓が外れる。 開けたのではない。 念力で枠ごと引き抜いた。

 

「ちょっと!」

 

吹き込んだ風に職員の書類が舞い、童帝が慌てて端末を押さえる。 フリーザは室内へ入らず、外に浮いたまま優雅に頭を下げた。

 

「ごきげんよう」

 

「何がごきげんようよ!」

 

腹の奥に、さっき殴られた感触が戻る。痛みそのものは大したことではない。問題は、あれが本当に「手が滑った」程度の攻撃だった可能性があることだ。

 

「さっきから勝手に! 会議抜けて、サイタマ連れて、船まで!」

 

「あなたが勝手といいますか。」

 

「誰のせいよ!」

 

ジェノスは二人を見比べていた。 嫌な予感しかしない。

 

 

「私が船ごと――」

 

「タツマキさん」

 

フリーザが指を一本立て、彼女の言葉を遮った。

 

「花火はお好きですか?」

 

その瞬間だけ、室内の温度が下がったような錯覚が走る。

 

「何……?」

 

フリーザは宇宙船へ視線を戻した。

 

「わたしは花火が好きでしてね。はじけるまでのなんともいえない間、宙を刺すような鮮光…」

 

「花火?」

 

童帝が思わず聞き返す。

 

「…こんな時に何を?」

 

ゾンビマンまで呆れた声を出した。 キングは何も言わなかったが、嫌な予感が今日一番の大きさへ育っている。 フリーザが宇宙船へ向き直る。 窓の内側にいるS級たちは、その小さな背中を見た。十五キロの宇宙戦艦と並べれば、点にも満たない。 その存在が右手を上げた。 人差し指を天へ向ける。

 

「ちょっと、何する気?」

 

指先へ光が灯る。 赤と橙が混じった、小さな光。 最初はビー玉ほどであった。 ジェノスも一瞬、デスビームか何かだと思ったがーーーーーーー違う。

 

「……待て」

 

光が膨らんだ。 十センチ、三十センチ、一メートル、五メートル、十メートル。 ジェノスのスカウターが甲高い警告音を鳴らす。

 

「エネルギー値が……」

 

童帝の端末にも警告が走る。

 

「な、何…この反応」

 

協会本部の警報が鳴り始めた。 敵の攻撃ではない。 本部の目の前で発生した巨大エネルギーを、防衛システムが敵性攻撃と判断したのだ。

 

『高エネルギー反応!』

 

「どこから!?」

 

『目の前です!』

 

全員が外を見た。 光球はすでに直径五十メートルを超え、フリーザの頭上で小さな太陽のように燃えている。 しかも、まだ大きくなる。

 

「ちょっと……」

 

タツマキの顔から、先ほどまでの怒りが消えた。 彼女は力を知っている。巨大隕石を止め、街一つを覆う瓦礫を操り、竜級怪人さえ圧倒できる。 だからこそ分かる。 あの光は重い。 単に大きいのではない。 内部へ圧縮されたエネルギーの密度が異常だった。 念力で触れて確かめる、という発想が一瞬だけ浮かび、すぐ消えた。 本能が拒否した。 触ってよいものではない。

 

「何よ、それ」

 

フリーザは振り返らない。

 

「大ぶりなものも派手で美しいのですが、小ぶりなものも、それはそれで趣があるというものです。」

 

「は…!?」

 

百メートル。 二百メートル。 赤黒い球体の表面を黒い稲妻が走る。 A市の瓦礫が赤く染まった。 昼間だというのに、空へ別の太陽が現れたようだった。 地上にいるS級たちも、当然それへ気づく。

 

「何だありゃ……」

 

金属バットが口を開けた。

 

「なんて大きい……彼氏たちのものを思い出すな…」

 

ぷりぷりプリズナーだけがうっとりとした顔で言ったが全員無視した。

アトミック侍は何も言わず、刀の柄を強く握る。 先ほど見せつけられたのは速度だった。 今度は力。 シルバーファングの表情からも笑みが消える。 自然災害。 一瞬そう思い、違うと気づく。 自然災害には意思がない。 あれにはある。 小さな宇宙人が、自分の意思であれほどの力を指先へ集めている。 ジェノスが通信を開く。

 

「先生」

 

『ん?』

 

「フリーザが、とんでもない出力を――」

 

サイタマも空を見上げた。

 

「ああ」

 

「驚かないのですか?」

 

「月で似たの見たし」

 

「規模が違います!」

 

「そう?」

 

「そうです!」

 

フリーザはさらに出力を上げる。 三百メートル、五百メートル、やがて一キロを超える。 巨大宇宙船の船底が、赤い光を反射して染まった。

 

ダークマターの船内でも、警報が鳴り響いていた。

『下方より巨大エネルギー反応!』 「何だ!?」 「兵器か!?」

 

「この星の文明の出力じゃない!」

 

「防御障壁を展開しろ!」

船体を薄い光の膜が覆う。 数え切れない星を渡り、数々の戦いを勝ち抜いてきた宇宙戦艦。乗員たちは船を信じていた。 この星程度の文明の兵器など恐れる必要はない。 ただ一人。 最奥の玉座に座る男だけは、警報とは別のものを感じていた。 ボロスが一つ目を開く。

 

「ほう」

 

「ボロス様?」

 

「下にいるな」

 

「何がです?」

 

「強い奴だ」

 

低い声には、喜びが混じっていた。 長かった。 あまりにも長く退屈だった。 宇宙の覇者。

 

そう呼ばれるようになってから、まともな敵はいなくなった。どんな相手も、本気を出す前に壊れてしまう。 占い師の予言だけを頼りに、二十年をかけて遠い星へ来た。 自分と対等に戦える者がいる。 その言葉を信じて。 そして今。 船の下に巨大な力が一つ。 さらに地上には、妙に静かな存在が一つある。 こちらは深さが分からない。

 

「面白い」

 

ボロスは笑った。

 

「これは……ボロス様! 船が危険です!」

 

返事はない。 ボロスはまだ笑ったままである。 同じ頃、船内の別区画では、笑っていない者が一人だけいた。

 

フロストは警報が鳴るより早く、窓の外へ視線を向けていた。地上から膨れ上がる赤黒い光より先に、その中心にいる気を感じ取っていたからだ。地球が視界に入り始めた頃、一瞬だけ掠めた嫌な予感は、もう予感ではない。

 

「……やはり、いる」

 

喉の奥から漏れた声は、本人が思っていたより乾いていた。力の大会で自分を利用し、最後には笑いながら切り捨てた男。こちらとよく似た姿をしながら、実力も悪意も格が違う存在。その気が、船の真下にいる。

 

船員たちは防御障壁の出力を上げれば耐えられると信じている。フロストは信じなかった。あの男を知っている者として、巨大な気弾を正面から受ける船内に残るほど愚かではない。

 

「ボロスには悪いですが……恩義と心中は別問題ですからね」

 

フロストは非常用区画へ向かった。漂流しかけた自分を拾った恩はある。だが、恩のために死ぬ趣味はない。小型脱出艇の扉を開き、起動系へ手を伸ばす。 その尾が、本人の意思とは無関係に小さく震えていた。

 

「どうして第六宇宙にいるんです、フリーザ……!」

 

脱出艇が母艦から射出されたのと、巨大なスーパーノヴァが船体へ迫ったのは、ほとんど同時だった。

 

フリーザの頭上に浮かぶ光球は、一キロを超えてなお成長していた。 会議室から声が消える。 超合金クロビカリは、自分の肉体に絶対的な自信を持っている。それでも、あれを正面から受ける場面は想像したくなかった。 豚神は食べる手を止めている。 童帝の端末には、増え続ける桁が表示される。 やがて数値が止まった。 エネルギーが止まったのではない。 機械の方が諦めた。

 

「測れない……上限が足りない」

 

童帝の声に、ほんの一瞬だけ年相応の子供が覗いた。 駆動騎士の内部演算も、やがて解析不能という結論を出した。 ゾンビマンは、自分の再生能力を思う。肉体を跡形もなく消し飛ばされても、本当に再生できるのか。 少なくとも、アレで試してみたいとはまったく思わなかった。 キングの心臓はさらに激しく鳴る。 ドッドッドッドッドッドッドッ。 クロビカリがその音へ目を向ける。

 

「キングも警戒しているのか」

 

ーーーーーーーー 当たり前だろ。何だ、あれ。地球終わるぞ。

 

そう叫びたい。 顔には一切出ない。 フリーザは巨大な光を見上げ、満足そうに笑っていた。 少し懐かしい。 脳裏に浮かぶのは、遥か昔の惑星ベジータ。 サイヤ人の反乱を警戒したこと。破壊神ビルスから命令されたこと。理由はいくつかあった。 だが最後に星を消したのは自分だった。 指一本を上げ、巨大な光を作り、落とした。 抵抗するサイヤ人がたった一人だけいたが意味はなかった。そのサイヤ人と共に惑星そのものが宇宙から消えた。

 

宇宙へ広がる爆発を見て、美しいと思った。そこに何人いたのか、何人死んだのか、そんなこととは関係なく、巨大なものが光へ変わる瞬間には得も言われぬ荘厳さがあるのだ。

 

「そうそう」

 

フリーザが小さく呟く。

 

「規模は小さいですがこの感じです」

 

「何の感じよ!」

 

タツマキが聞き逃さなかった。

 

「昔を思い出しまして」

 

「何したのよ昔!」

 

フリーザはようやく振り返る。 巨大な光球を指一本で支えたまま、いつもの笑顔だった。

 

「星を一つ、消しました」

 

なんでもないことのように、言う。 沈黙が場を支配する。

 

「……は?」

 

童帝の声だけが落ちた。

 

ジェノスは惑星ベジータの詳細までは知らない。だが、フリーザが惑星を破壊できるという話は、これまで会話の端で何度か聞いていた。 今、それを初めて現実の尺度として見せられた。シルバーファングも、巨大隕石事件の時に聞いた言葉を思い出す。 ーーーー綺麗な花火だった。 あれは比喩ではなかったのだ。

 

「なるほどのう……」

 

アトミック侍の背中を汗が流れる。 今日だけで何度、自分の物差しを壊されればいい。 強者しか認めない。 自分は、この男へそう言ったことが今となっては滑稽にすら思える。 実力差が分からないのは悲しいことだ。 フリーザの嫌味が、腹立たしいほど正しかった。 タツマキが汗を流しながら聞く。

 

「星……?」

 

「ええ。星の爆発と言うものはそうそう見れるものではありません。それはそれは美しいですよ。」

 

「…」

 

「ほっほっほ。信じなくても結構ですよ」

 

「そ、そんな力があるなら、あんた何でヒーローなんかやってんのよ」

 

フリーザは少し考えた。

 

「会社の宣伝と――」

 

『俺と戦うためだろ』

 

地上のサイタマの声が、ジェノスの通信越しに割り込んだ。 フリーザが笑う。

 

「そうでした」

 

『あと、結構給料払ってくれるぞ』

 

「先生、そこは重要ではありません」

 

『重要だろ』

 

空には数キロ級の破壊エネルギー。 地上には廃墟。 敵は宇宙から来た侵略者。 その真ん中で交わされる会話だけが、妙に日常だった。 フリーザが宇宙船へ向き直る。 光球の成長が止まった。 直径20キロ以上。惑星ベジータを滅ぼしたあの時ほどではないが、それでも船を飲み込むには十分すぎるサイズだった。内部へ圧縮されたエネルギーは、赤黒く煮詰めた禍々しい太陽のようだった。

 

「さて」

 

声は明るい。

 

「皆さん、少々離れていた方がよろしいですよ」

 

童帝が叫ぶ。

 

「全員、防御態勢!」

 

タツマキが反射的に念力を広げ、ヒーロー協会本部を巨大な緑色のバリアで包み込む。 ジェノスは両腕を顔の前へ出す。 クロビカリが腰を落とす。 ゾンビマンは壁へ背をつける。 キングは祈った。 地上ではシルバーファングがサイタマを見る。

 

「サイタマ君。あれ、大丈夫なのか?」

 

「たぶん」

 

「たぶん?」

 

「フリーザ、地球壊す気はないだろ」

 

「そこじゃねえだろ!」

 

金属バットが怒鳴った。 アトミック侍は刀を抜く。 何を斬ればいいのかは分からない。ただ、剣士として何も構えずにいるのが落ち着かない。 ぷりぷりプリズナーははっと気づく。

 

「こうしてはいられない!!彼氏たちを守らなくては!」

 

フリーザは聞こえたが無視した。そのまま指を向ける。

 

「では」

 

その笑みは一瞬だけ、新しい玩具を投げる子供のようにも見えた。

 

「行きなさい」

 

スーパーノヴァが放たれた。 最初はゆっくりに見えた。 巨大すぎるため、そう錯覚しただけだ。 直後、一気に加速する。

 

押し退けられた大気が悲鳴を上げ、雲は触れたそばから蒸発する。空へ巨大な円形の穴が開き、その先でダークマターの宇宙船が防御障壁を最大出力まで展開した。

 

「来るぞ!」

 

「障壁出力最大!」

 

「全動力を防御へ!」

 

無数の砲塔が光球を狙う。 エネルギー砲とミサイル、ありったけの迎撃兵器が一斉に火を噴いた。 無数の閃光がスーパーノヴァへ突き刺さる。 表面で爆発が起きた。 それだけだった。

 

巨大な球体は止まらない。削れもしない。むしろ小さな攻撃を呑み込みながら進んでいる。たった一人のサイヤ人の。バーダックの希望を飲み込んだあの時のように。

 

「防げない!」

 

「回避しろ!」

 

「船体が大きすぎる!」

 

「姿勢制御急げ!」

 

「間に合いません!」

 

巨艦が軋む。 玉座で、ボロスがとうとう立ち上がった。 船内は赤い光へ染まり始めている。 部下が恐怖する中、彼だけが笑っていた。

 

「いい」

 

口角がさらに上がる。

 

「この星、当たりだ」

 

スーパーノヴァが船底へ触れた。 一瞬だけ、静かだった。 地上からは、巨大な赤黒い球体と宇宙船が触れ、その境界でシールドが歪んでいくのが見えた。 一秒、二秒、三秒。

 

「耐えている!」

 

船内で誰かが叫んだ。 希望が生まれた。 ほんの一瞬だけ。 防御障壁に光の亀裂が走り、硝子細工のように広がって砕けた。 スーパーノヴァが装甲へ触れる。 船底の金属が溶け、次の瞬間には蒸発する。 数十メートル、数百メートルと、どれほど装甲を重ねても意味がない。 赤黒い光が船内へ潜り込み、巨大戦艦そのものが内側から光り始める。 船体へ赤い亀裂が走った。 一本、十本、百本。 すぐに数える意味がなくなる。巨大な物体がさらに巨大な光に完全に覆われた。宇宙船から光が漏れ出す。

 

 

 

 

童帝の声が震えた。 タツマキもバリアを維持しながら空を見ている。

 

「何よ……何なのよ、あいつ」

 

「フリーザだ」

 

ジェノスが答える。

 

「知ってるわよ!」

 

次の瞬間、宇宙船が爆発した。 世界が白く染まる。 大爆発という言葉では足りない。

 

十五キロの宇宙戦艦には、膨大な燃料、兵器、動力炉が詰め込まれていた。スーパーノヴァが、その全てへ一斉に火をつけた。 誘爆が連鎖し、巨体が内側から膨張してついには裂ける。 赤、橙、白。 巨大な光が空を埋め尽くす。 数百メートル、場合によっては数キロ級の装甲片が四方八方へ吹き飛び、爆炎が昼間の空を覆う。 遅れて衝撃波が来た。 見えない空気の壁が地上へ叩きつけられる。

 

「っ……!」

 

タツマキのバリアが大きく歪む。 身体が数センチ浮き、さらに念力を込める。 本部の窓硝子が一斉に震え、一部が砕けた。 童帝は机へしがみつく。 ジェノスは脚部の固定機構を最大まで上げる。 キングは椅子を必死で掴んだ。 顔だけは、地上最強の男のままだった。 クロビカリは仁王立ちで耐える。 ゾンビマンは吹き飛ばされ、壁へ背中を打ちつけた。

 

「痛え」

 

地上では、バングが低く構えて衝撃を地面へ逃がす。 アトミック侍は刀を瓦礫へ突き刺す。 金属バットが歯を食いしばる。 ぷりぷりプリズナーは普通に吹き飛び、地面を何度か転がった。

 

「アアアアアアッ!」

 

サイタマだけはいつも通り立っている。 白いマントが、いつも以上にはためいていた。

 

「派手だな」

 

爆発はまだ終わらない。崩壊する宇宙船から巨大な装甲片が雨のように落ち始める。

 

「サイタマさん!S級の皆さん! ご覧なさい!」

 

フリーザは満面の笑みで両腕をすこしあげた。 背後では十五キロの宇宙戦艦が崩壊し、燃える金属が雨のように降っている。

 

「綺麗な花火ですよ!!!ほーーっほっほっほっほっほっ!!!!」

 

A市は壊滅している。空で大爆発が起こっている。本来なら絶望的な光景だった。

なのに、フリーザだけはこの花火を大いに楽しんでいた。

 

「楽しそうだな」

 

サイタマが呆れたように言う。 シルバーファングも苦笑した。

 

「昔から、ああなのかの」

 

「知らん」

 

アトミック侍が上空のフリーザを見る。

 

「……化け物め」

 

悪口ではなかった。 剣士として、今出せる最大級の評価だった。 金属バットが眉をひそめる。

 

「味方でいいんだよな、あいつ」

 

「たぶん」

 

「たぶん!?」

 

ぷりぷりプリズナーが身体についた砂を払いながら立ち上がる。

 

「だが、あの宇宙人の笑い。とても情熱的だ…」

 

全員無視した。

 

 

いくつかの生命反応が爆炎から飛び出した。メルザルガルド、グロリバース、ゲリュガンシュプ。いずれも船と運命を共にするほど弱くはない。 そしてさらに奥には、一つだけ明らかに大きな気が生きている。フリーザには最初から分かっていた。

 

「やはり」

 

赤い爆炎に照らされながら笑う。

 

「来ましたね」

 

炎の中からボロスが姿を現した。崩れた船体を蹴り、空中へ出る。身を包む鎧には焼け跡と細かな亀裂が走っているが、本人はほぼ無傷だった。乗ってきた宇宙船を一撃で失い、部下も大勢消えた。それでも怒りより先に歓喜が浮かんでいる。

 

「ハハ……ハハハハハ!」

 

肩が震える。恐怖ではなく、喜びだった。予言は本当だった。この星には強者がいる。目の前の小柄な宇宙人から、久しく感じなかった圧が届いている。地上には、さらに妙なほど静かな存在もいる。どちらが予言された相手なのか、今はどうでもよかった。戦える。それだけでいい。

 

その時、ボロスとは別の方向で、小さな金属塊が爆炎を突き抜けた。制御を失った脱出艇が回転しながら地上へ落下し、瓦礫の海へ深く突き刺さる。

 

数秒後、歪んだハッチが内側から吹き飛んだ。白と紫を基調とした身体が、煙を払いながら外へ出る。ところどころ煤けているものの、大きな損傷はない。 フロストだった。 フリーザの笑い声が、そこでぴたりと止まった。

 

赤い目が細くなる。船内で感じていた不快な既視感が、姿を得た瞬間だった。頭部の形、白と紫の配色、細い尾。似ている。あまりにも似ている。だからこそ、余計に腹が立つ。

 

 

「……ああ」

 

フリーザは心底納得したように頷いた。

 

「どこかで嗅いだことのある安っぽい気だと思えば、あなたでしたか。そしてここは、第6宇宙なのですね」

 

フロストの顔が引きつる。地球へ近づく間ずっと否定し続けていた最悪の可能性が、目の前で満面の笑みを浮かべている。

 

「フ、フリーザ……!」

 

「お久しぶりですね、フロストさん。まさかこんなところでわたくしの粗悪な模造品を見ることになるとは思いませんでしたよ」

 

「誰が模造品だ…!」

 

反射的に言い返したものの、声には以前ほどの余裕がない。フリーザはそれを聞いて、ますます楽しそうに笑った。

 

「おや、違うのですか? 姿は似ている。やり口も小狡い。ですが、力も品格もまるで足りない。模造品という言葉は、むしろ親切な評価だと思いますが」

 

フロストの尾が強張る。力の大会で受けた屈辱が蘇った。自分を利用し、信用させ、最後には当然のように切り捨てた男。憎い。だが同時に、正面から戦いたくない。二つの感情が同じ場所でぶつかっていた。

 

「あなたこそ、なぜここにいるのです。ここはあなたの宇宙ではありませんよ」

 

「いろいろありましてね。今はこちらで会社経営をしています」

 

「会社?」

 

フロストは本気で聞き返した。 地上のサイタマも首を傾げる。

 

「知り合い?」

 

フリーザは鼻で笑った。

 

「ええ。一応ね。」

 

「似てるけど」

 

「ええ。ただし、見た目だけですよ」

 

小馬鹿にするように嘲るフリーザ。フロストの額に青筋が浮く。

 

「……随分と仲良くなられたようですね」

 

「誰と誰がです?」

 

「そこの地球人とですよ」

 

「社員です」

 

場違いなやり取りに、ボロスが一つ目を細める。自分の船を消し飛ばした怪物が、なぜかよく似た別の宇宙人とよくわからない話をしている。この星は理解しづらい。だが、強さだけは本物だった。 フリーザは一度咳払いすると、フロストを指した。

 

「サイタマさん。予定どおり、こちらをお願いします」

 

「俺こっち?」

 

「ええ。わたしが相手をするまでもありませんので」

 

「なんだと…!?」

 

「事実ですので」

 

サイタマはフロストを見た。フロストもサイタマを見る。気配は弱い。あまりにも弱い。フリーザの隣に立っている理由が理解できない。

 

だが、漂流から救われた直後にボロスを利用価値のある強者と判断したフロストの直感が、今度は別の方向へ警告を出した。フリーザが自分へ押しつける相手を、見た目だけで判断してはいけない。

 

「……あなたは?」

 

「サイタマ」

 

「ヒーローだそうですよ。それと、わたくしの修行相手です」

 

フロストの表情が固まった。

 

「修行……相手?」

 

力の大会で知ったフリーザという男が、自分から修行相手と呼ぶ存在。その意味を理解した瞬間、フロストの背中へ別の種類の冷たい汗が流れた。

 

「さて」

 

フリーザはそこで初めて、ボロスへ身体を向け直した。赤い瞳の奥に、フロストへ向けた嘲りとは別の色が宿る。純粋な期待だった。

 

「お待たせしました。あなたが、あの船で一番強い方ですね?」

 

ボロスが笑う。

 

「そうだ。お前があれを放ったのか」

 

「ええ。乗り物を壊したことは謝りませんよ」

 

「構わん」

 

ボロスはむしろ嬉しそうだった。

 

「あれで死ぬ程度なら、ここまで来た意味もない」

 

フリーザの口元が大きく吊り上がる。

 

「気が合いますね…ほっほっほっほっほっ!」」

 

フリーザは両腕を広げた。いつものフリーザの構えだ。

 

 

 

 

ヒーロー協会本部。 タツマキは拳を握っていた。 身体が僅かに震えている。 怒りなのか。 戦慄なのか。 自分でも分からない。

 

「あいつ……」

 

先ほど腹へ入れられた一撃を思い出す。 今になって理解する。 あれは本当に、手加減という言葉ですら大げさな程度だった。 もし今見せた力のほんの一部でも乗せて殴られていたら。 そこから先を考えるのをやめた。 気に入らない。 絶対に気に入らない。 だが、一つだけ認識を変えざるを得ない。 S級五位。そんな順位で説明できる存在ではない。 協会のランキングへ押し込めて測ること自体に無理がある。 ジェノスが横から言った。

 

「これでも、フリーザはサイタマ先生には勝てていない」

 

「……は?」

 

「何度か戦っている。月面でもかなりの攻防をしていたが、先生はまだ底を見せていない」 タツマキの顔が固まった。

 

「あの……ハゲ?」

 

「先生だ」

 

「A級五位の?」

 

「そうだ」

 

タツマキはゆっくり窓の外を見る。 地上に黄色い小さな男がいる。 そこへ、燃えた宇宙船の巨大な装甲片が落ちてきた。 サイタマが顔を上げる。 拳を軽く振った。 数十メートル級の金属片が粉のように砕ける。 本人は何事もなかった顔をしている。

 

「……」

 

今日二度目。 タツマキの価値観へ、大きな傷が入った。 童帝もその会話を聞いていた。 端末へサイタマのデータを表示する。 A級五位。 短期間で急上昇。 鬼級怪人を何体も一撃で撃破。 巨大隕石事件にも関与しているが、公式記録には曖昧な部分が多い。

 

「もしかして……」

 

協会は、一人のヒーローをかなり大きく評価し損ねているのではないか。 その時。 地上へ巨大な何かが落ちた。 轟音。 大地が揺れる。 メルザルガルドが瓦礫の中から立ち上がった。 複数の顔が重なった声を出す。

 

「この星の戦士か」

 

バングが構える。 アトミック侍が刀を抜く。 金属バットは肩を回す。 ぷりぷりプリズナーは胸を張る。 サイタマだけが首を傾げた。

 

「雑魚?」

 

上空からフリーザの声が飛んでくる。

 

「そちらはお任せしましたよ!」

 

「分かった」

 

メルザルガルドには意味が分からない。 自分はダークマター最上位戦闘員。いくつもの星を滅ぼしてきた。 目の前の地上人が、自分を雑魚と呼んでいる。

 

「貴様ら、調子に――」

 

「うるせえ」

 

金属バットの一撃が飛び、地上のS級とメルザルガルドたちの戦闘が始まる。その少し離れた場所では、サイタマとフロストが向かい合っていた。 フロストは笑顔を作っている。いつものような柔らかな表情だが、尾の先だけがわずかに硬い。

 

「あなたが、フリーザの修行相手だそうですね」

 

「一応」

 

「なるほど」

 

フロストはサイタマの全身を観察した。筋肉の盛り上がりも、気の大きさも、圧倒的な威圧感もない。理屈だけなら、警戒する理由は見つからない。 それでも、フリーザが自分へ押しつけた。その一点だけで十分に嫌な予感がする。

 

一方の上空では、フリーザとボロスが真正面から向かい合っていた。宇宙の帝王と宇宙の覇者。互いの名も過去も知らないが、強さだけは説明を必要としない。 ボロスの一つ目が喜びに細まる。

 

「俺はボロス。宇宙暗黒盗賊団ダークマターの頭目だ」

 

「フリーザです。現在は会社経営とヒーロー、それから修行を少々。以前は地上げ屋もやっておりました。」

 

「ヒーロー?地上げ?」

 

「どうでもいいことですよ。今から起こることに比べればね。」

 

ボロスが笑った。

 

「最高だ」

 

フリーザも笑う。二人には、強すぎるがゆえの退屈を嫌い、自分を満たす相手を求めるという似た部分がある。だが一つだけ決定的に違った。フリーザはすでにサイタマという底の見えない基準を知っている。ボロスは今、その基準を探しに来たばかりだ。

 

だからこそフリーザは、この男を自分で試したくなった。サイタマへ譲る前に、まず自分の修業の成果を試したい。月面で感じた黄金の先へ進むためにも、サイタマ以外の『できる』男は歓迎したい。

 

「では、少々。」

 

フリーザの身体を黄金の光が包む。荒々しく膨れ上がるのではなく、二か月の鍛錬で制御された濃密な輝きが身体の内側へ凝縮されていく。 ゴールデンフリーザ。

 

地上のS級たちが、宇宙船を消した直後にもまだ力を残していた事実に息を呑む。タツマキは眉間を押さえ、アトミック侍は

 

「まだ先があんのかよ」

 

と低く吐き捨てた。

 

ボロスは笑みを深くした。

 

「それが本気か」

 

「まさか。あなた次第ですよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、ボロスの鎧の内側から力が噴き上がった。二人の間の空気が押し退けられ、崩壊したA市の瓦礫が円形に吹き飛んでいく。 地上では、フロストもその圧を感じて顔を引きつらせた。 サイタマが訊く。

 

「始める?」

 

「……ええ。できれば穏便に済ませたいところですが」

 

「俺、あいつに頼まれたから」

 

「そうですか」

 

フロストの笑顔が薄くなる。

 

「ならば、まずあなたから片づけましょう」

 

 

 

 

戦闘態勢を取りながら、バングが小さく笑った。A市は消え、巨大宇宙船は砕け、宇宙の侵略者たちは地上へ降りてきている。それでも、この場を支配しているのは絶望だけではなかった。人類側にもS級ヒーローという怪物たちがいて、その尺度のさらに外側にはフリーザとサイタマがいる。

 

ダークマターの幹部たちが動く。そこへシルバーファング、アトミック侍、金属バット、ぷりぷりプリズナーが立ちはだかる。

 

「そっちは任せたぞ」

 

サイタマが言うと、金属バットが眉をひそめた。

 

「お前、A級のくせに偉そうだな」

 

「俺、別のやつ頼まれてるから」

 

アトミック侍は一度だけフロストへ視線を送り、それからサイタマを見る。フリーザがわざわざ任せた相手なら、何か理由があるのだろう。今日だけで、自分の物差しを何度も壊されている。少なくとも、もう順位だけで判断する気にはなれなかった。

 

「なら、こっちはこっちで片づけるぞ」

 

S級とダークマター幹部がぶつかる。金属バットの一撃が異形の腕を弾き、アトミック侍の斬撃が再生する肉体を細切れにし、バングが流れるような体捌きで攻撃を受け流す。ぷりぷりプリズナーは勢いよく飛び込み、ラッシュを叩き込みにいく。

 

「たまには全力で運動せんといかんな」

 

バングが、肩を回しながら言った。

 

 

 

上空ではフリーザが、ボロスから視線を外さないまま指先だけを動かした。赤熱した巨大な装甲片が、フリーザ・コーポレーション本社のある方向へ落ちていたからだ。 赤い一閃が走り、デスビームが金属塊を撃ち抜いて細かな破片へ変える。 タツマキがそれを見て叫んだ。

 

「何でそこだけちゃんとやるのよ!」

 

「会社に落ちる方向でしたので」

 

「最低!」

 

「合理的と言ってください」

 

「言うか!」

 

ジェノスが小さく頷く。

 

「平常運転だ」

 

童帝が横を見る。

 

「これが?」

 

「これが、だ」

 

キングは心の中で、帰りたい、とだけ呟いた。外見は最後まで地上最強の男のままだった。

 

フリーザに地球を守るという高潔な使命感はない。この星には会社があり、資産があり、社員がいて、サイタマという修行相手もいる。壊されれば困る。それだけで侵略者を排除する理由としては十分だった。

空では最後に、大きな爆発が一つあがった。フリーザが満足そうに両腕を広げる。

 

サイタマが上を向く。フリーザはサイタマに言った。

 

「綺麗でしょう?」

 

サイタマは燃える空を眺め、少し考えた。

 

「まあ……花火っぽいな」

 

「でしょう」

 

「でも」

 

「?」

 

「本物はもっと綺麗だぞ」

 

フリーザが数秒止まり、それから大きくため息をついた。

 

「あなたは……本当に風情がありませんね」

 

「お前に言われたくねえよ」

 

バングが思わず吹き出す。アトミック侍は鼻を鳴らし、金属バットは頭を掻いた。

 

「何なんだ、あいつら」

 

「まさか…彼氏・彼氏の関係か?!」

 

ぷりぷりプリズナーが瓦礫から跳ね起き、目を見開いて言った。。

 

『…』

 

通信越しに聞こえたがジェノスは聞こえないふりをした。

 

「絶対違うでしょ」

 

そう言ったタツマキの顔には何の感情もない。

 

 

 

空にはまだ赤い花火が残っている。その下で、黄金のフリーザとボロスが向かい合い、少し離れた地上ではサイタマとフロストが互いを見ていた。

 

ボロスは初めて、自分の船を一撃で消し飛ばした存在が、それでもなお出力を上げられることを知った。予言を追って二十年。この星が当たりだったという確信は、もう疑いようがない。

 

フロストは別の意味で、この星へ来たことを後悔し始めていた。漂流中に拾われた相手がボロスだった時は運が向いたと思った。だが到着した先にはフリーザがいて、そのフリーザが修行相手と呼ぶ正体不明の男までいる。

 

人生には、ときどき逃げ道の選び方を間違える瞬間がある。フロストにとっては、おそらく今がそうだった。 サイタマが拳を軽く握る。

 

「じゃ、やるか」

 

フロストの額を冷たい汗が流れた。 上空ではフリーザが尾をゆっくり揺らす。

 

「さあ、ボロスさん」

 

赤い瞳が歓喜に細まった。

 

「わたくしを退屈させないでくださいね」

 

ボロスの一つ目も同じ色で笑った。

 

「それは俺の台詞だ」

 

二人の姿が同時に消える。

 

次の瞬間、A市の上空で黄金と白い閃光が衝突した。爆音が遅れて地上へ落ち、残っていた瓦礫がもう一度跳ね上がる。 サイタマはそれを一度だけ見上げてから、目の前のフロストへ視線を戻した。

 

「あいつ楽しそうだな」

 

「私は全く楽しくありませんが」

 

「そう?」

 

「そうです!」

 

巨大宇宙船を燃やす花火は、まだ空に残っていた。だが、その下ではすでに次の戦いが始まっている。宇宙の覇者ボロスは、自分が求め続けた強者へ。星を渡る敗者フロストは、最も避けたかった男が選んだ修行相手へ。 そしてフリーザは、地球が見え始めた時からフロストが恐れていた通り、第六宇宙の地上で笑っていた。

 

「ほっほっほっほっほっ!」

 

世界の終わりを告げる予言の日、その幕開けとしては、あまりにも騒がしく、そしてフリーザにとってはあまりにも愉快だった。

 

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