フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~   作:&劉

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タイトルは有名なあれです。


第十一話 M811

 

空には、まだ巨大宇宙船の残骸が燃えていた。 十五キロを超える戦艦だったものは、いまや赤熱した金属片となってA市上空へ散らばっている。黒煙の向こうでは、タツマキの念力に捕らえられた巨大な装甲板が不自然な角度で静止し、地上ではアトミック侍、バング、金属バットたちがダークマターの生き残りを迎え撃っていた。 それだけでも、普通の人間から見れば十分に現実離れした戦場だった。 しかし、そのさらに上では、別の尺度で二つの戦いが始まろうとしている。

 

燃えながら漂う装甲片の一つに立つフロスト。その正面には、黄色いスーツのサイタマがいた。少し離れた空中では、淡い黄金をまとったフリーザと、宇宙暗黒盗賊団ダークマターの頭目ボロスが互いを観察している。 先に動いたのはフロストだった。

 

身体を低く沈め、正面から左へ、左から背後へと一気に回り込む。速さだけではない。相手の視線を誘導し、その死角へ入るための動きだった。 右手首から、細い針が滑り出す。 毒針。

 

真正面から強者と殴り合う必要などない。相手の意識の外から崩し、勝てばそれでいい。どれほど卑怯と呼ばれようと、生き残った者が次の手を打てる。 それがフロストのやり方だった。 針がサイタマの首筋へ届く寸前、黄色い頭がほんの僅かに傾いた。

 

「……!」

 

毒針が空を切る。

 

フロストは驚きを表情へ出す前に身体を回転させ、右脚を側頭部へ振り抜いた。サイタマはしゃがみ、着地と同時に薙がれた尾には半歩だけ下がる。 どちらも、大きく避けたわけではない。

 

「チッ……!」

 

フロストは距離を取り、指先を向けた。 赤い光が連続して走る。

 

一発、二発では終わらない。細いデスビームが十、二十と空を縫い、サイタマの逃げ道を削るように殺到した。 それでも当たらない。

 

右へ半歩。左へ半歩。首を傾け、身体を少し捻る。必要な瞬間にだけ小さく跳ぶ。サイタマは、ほとんど元の場所から動いてすらいなかった。 外れた光線だけが背後の装甲板へ穴を穿ち、赤熱した金属を次々と宇宙へ撒き散らしていく。 フロストの笑みが薄くなった。

 

「偶然ではないな」

 

「何が?」

 

「私の攻撃を見切っている」

 

「見えるからな」

 

答えが軽すぎた。 フロストは一瞬、聞き間違えたのかと思った。 見える。 ただ、それだけ。 速度も、虚実を混ぜた軌道も、毒針も、光線も、この男にとっては「見えるから避ける」で済むらしい。

 

「ならば……!」 今度は真正面から踏み込んだ。

 

拳、肘、膝、尾。そこへ至近距離のデスビームまで混ぜる。一秒にも満たない時間へ数十の攻撃を重ね、白と紫の残像がサイタマの周囲を埋めていった。 だが、黄色い男には一つも触れない。 フロストが速くなれば、サイタマはそれに合わせて少しだけ動く。さらに速度を上げても同じだった。

 

「なぜだ!」

 

「何が?」

 

「なぜ当たらない!」

 

「見えるから」

フロストの顔から、とうとう作り物の笑みが消えた。

 

「貴様ァ!」

 

全体重を乗せた右拳が飛ぶ。 今までで最も速く、最も重い一撃だった。 サイタマは避けなかった。 代わりに拳を出す。

 

「普通のパンチ」

 

低い衝撃音が一つだけ響いた。 フロストの腹へ、何の飾りもない拳がめり込んでいる。

 

目が見開かれ、肺から一気に空気が抜けた。身体がくの字に折れ、そのまま数百メートル後方へ弾き飛ばされる。 巨大な装甲板を一枚貫通し、別の残骸へ激突してようやく止まった。 フロストは腹を抱えたまま、しばらく息を吸うことすらできなかった。 必殺技ではない。 構えもなかった。 技の名前まで、普通のパンチ。 その事実が痛み以上に理解を拒んでいた。 やがて近くの装甲片へ、サイタマが軽く着地する。

 

「お前さ」

 

フロストが顔を上げた。

 

「やっぱ見た目だけだな」

 

「……何?」

 

「フリーザに似てるの」

 

フロストの瞳が開く。 サイタマには悪意がなかった。

 

「強さは全然違う」

 

だからこそ、その言葉は深く刺さった。

 

力の大会では、フリーザに利用され、最後には笑いながら切り捨てられた。地球へ近づいた時も、気配を感じただけで身体が先に恐怖を思い出した。 今度は、そのフリーザの修行相手から、似ているのは外見だけだと言われた。 しかも侮辱しようとすらしていない。 単なる感想だった。

 

「……貴様ら」

 

フロストの身体が震え始める。

 

「貴様らは……!」

 

気が爆発した。

 

細身だった身体へ無理やり力が押し込まれ、肩、胸、腕の筋肉が膨れ上がる。持久力も制御も無視し、現在の力を限界まで表へ引きずり出したフルパワーだった。 その姿を見たサイタマが、小さく「へえ」と声を出す。

 

「フリーザもこんなんになれんのかな?」

 

「比べるなァ!」

 

怒号とともに気が吹き上がり、周囲の宇宙船残骸が弾き飛ばされた。 地上では、ジェノスのスカウターが警告音を鳴らす。

 

「フロストの出力が大幅に上昇した」

 

童帝が端末を見ながら尋ねる。

 

「危険?」

 

「通常のヒーローなら、極めて危険だ」

 

タツマキが空を見上げた。

 

「じゃあ、あのハゲは?」

 

「ハゲではなく先生だ。先生ならなんの問題もない。」

 

ジェノスは即答した。 迷いは一切なかった。

 

フロストが足場を蹴った。 一歩だけで巨大な装甲片が砕ける。 先ほどとは明らかに速度が違った。 サイタマの正面へ一瞬で入り込み、全力の拳を顔面へ叩き込む。衝撃で空気が破裂し、黄色い身体が雲を裂きながら遠方へ飛んでいった。 フロストは荒い息を吐く。

 

「どうだ……!」

 

数秒後。 遠くへ飛ばされたサイタマが、漂っていた瓦礫を足場にして戻ってきた。 顔色は変わらない。 頬へ手を当て、首を軽く回す。

 

「あー……」

 

フロストの口元が上がりかけた。

 

「やっぱフリーザのほうが全然痛いな」

 

笑みが止まった。

 

「……何?」

 

「月で殴られた時、もっとズンってきたぞ」

 

「そんな……」

 

「お前のはあいつに比べると軽いな」

 

否定したかった。 だが証拠は目の前に立っている。 自分は全力だった。 相手には傷一つない。 サイタマが少しだけ腰を落とした。

 

「じゃあ、こっちもちょっと増やすぞ」

 

その瞬間、フロストの本能が理性より早く結論を出した。 逃げるべきだ。 だが遅い。

 

「連続普通のパンチ」

 

視界が拳で埋まった。

 

最初の一発が胸へ入り、次が腹を打つ。その直後には肩、頬、脇腹へ衝撃が走り、そこから先は数えることすらできなくなった。 防御する前に次が来る。 逃げる前に次が来る。 反撃するという発想そのものが成立しない。

 

フロストにできたのは、ただ全身を揺さぶられながら、自分の意識が少しずつ遠ざかるのを感じることだけだった。 最後に見えたのは、サイタマの顔だった。 怒っていない。 楽しんでもいない。 いつも通りの顔で拳を出している。 自分は全力だった。 相手は普通だった。 その差を理解したところで、フロストの意識は完全に途切れた。 力を失った身体が空から落ちかける。 サイタマは腕を掴んだ。

 

「死んだ?」

 

呼吸を確かめる。

 

 

 

「生きてるな」 返事はない。 サイタマは気絶したフロストを片手でぶら下げ、少し離れた黄金の光へ視線を向けた。 その向こうには、まだボロスがいる。

 

「まあ……」

 

二か月前の荒野戦と、月面での修行を思い出す。

 

「フリーザとやってなかったら、もうちょい強く感じたかもな」

 

フロストは聞いていなかった。 聞いていたとしても、特に得はなかった。

 

一方、フリーザとボロスの戦いは、奇妙なほど静かに始まっていた。 ボロスが拳を放つ。 フリーザは僅かに首を動かすだけでかわす。 蹴りにも同じように身体をずらし、次の拳は肩を引くだけで流した。 ボロスは速い。

 

地上の怪人とは比較にならない。一振りの拳で巨大な装甲を粉砕し、蹴りの余波だけで周囲の瓦礫が押し潰される。 それでもフリーザは、ほとんど攻撃せずに 避ける。 時折、必要な場所だけ尾や掌で軽く触れ、軌道を変える。

 

ボロスの拳が頬を数ミリ外れた直後、フリーザの尾が脇腹へ当たり、宇宙の覇者の身体を僅かに横へ滑らせた。

 

「なるほど」

 

ボロスは空中で姿勢を整え、むしろ嬉しそうに笑う。

 

「素晴らしいですね」

 

フリーザも笑っていた。

 

「何がだ」

 

「あなたですよ。速い。力もある。この星へ来てから、サイタマさん以外でこれほど動ける方は初めてです」

 

ボロスの笑みが深くなる。

 

「なら、なぜ攻撃しない」

 

「ほっほっほ」

 

「なぜ笑う?」

 

「する必要がありませんので。」

 

一瞬だけ、ボロスの動きが止まった。 フリーザは悪びれずに続ける。

 

「最近、力の使い方を少し見直していましてね。常に大きな力を撒き散らすのではなく、必要な瞬間と場所だけ出力を変える。あなたほど速く、しかも壊れにくい相手は練習にちょうどよい」

 

「俺は全力だぞ!」

 

拳が迫る。 フリーザは頬の横でかわした。

 

「ええ。分かっていますよ」

 

普通なら、これほどの侮辱に怒るだろう。 ボロスは違った。 むしろ笑い声が大きくなる。

 

「そうでなくては!」

 

攻撃がさらに速くなる。

 

「二十年だ!」

右拳。 フリーザが流す。

 

「二十年、この瞬間を待った!」

 

蹴りが空を裂く。 フリーザは身体を捻る。

 

「この程度でなければ、俺の旅に意味はない!」

 

肩と肩が正面からぶつかった。 初めて、フリーザの身体が少しだけ押された。

 

「ほう」

 

その一言に、ボロスが満足する。 だが次の瞬間、彼は大きく距離を取った。 全身から青白いエネルギーが噴き上がる。

 

「おや」

 

フリーザの目がわずかに大きくなった。

 

ボロスの肉体が変化していく。筋肉はむしろ引き締まり、皮膚の上を眩い光が走る。体内エネルギーの放出を推進力として生物の限界を超えた力を引き出す。この形態は体に大きく負担がかかるが、出し惜しみをしていい相手ではない。

 

「メテオリック・バースト」

 

ボロスが消えた。 今度はフリーザも、目で追う。 右から来た拳をかわした直後には、もう左へ回り込まれている。 次の拳を腕で受ける。 衝撃が響いた。 ボロスは止まらない。 膝、蹴り、拳。 黄金の身体を囲むように連撃が続く。 フリーザが一つをかわし、二つ目を流したところで、三つ目の蹴りが胸へ入った。 空気が潰れる。

 

黄金の身体が一直線に吹き飛び、宇宙船の巨大残骸を一枚、二枚、三枚と貫通した。そのままA市外縁の岩山へ激突し、巨大な土煙が立ち上がる。 地上のジェノスが目を見開いた。

 

「フリーザが、まともに受けた」

 

タツマキも空を見る。

 

「今のは……」

 

アトミック侍の刀が一瞬だけ止まる。 上空のボロスは荒い息を吐きながら、それでも笑っていた。

 

「どうだ!」

 

返事は遠くから来た。

 

「なかなか」

 

岩山を包む土煙の中で、黄金の光が灯る。 フリーザが何事もなかったように姿を現した。 首を回し、肩を動かす。 胸には蹴りの跡として薄い埃が付いているだけだった。 指先でそれを払う。

 

「よい蹴りでしたよ」

 

ボロスの表情が止まる。

 

「……何?」

 

フリーザは一瞬で元の距離へ戻った。

 

「聞こえませんでしたか?良い蹴りでした、と言ったのです。」

 

胸へ手を当て、満足そうに笑う。 ダメージらしいダメージは、ほとんどない。 ボロスは理解した。 今の蹴りは、メテオリック・バーストで自らの生命を削りながら放った一撃だった。 それがまともに入って、この程度。

 

「お前……何者だ」

 

初めて、ボロスの笑みが薄れた。 フリーザはその顔を見て、満足そうに目を細める。

 

「ようやく、よい表情になりましたね」

 

「何?」

 

「その顔ですよ。」

 

フリーザは両腕を下ろす。

 

「では、地獄以上の恐怖を見せてあげましょう。」

 

黄金の光が静かに膨れた。 派手な爆発ではない。 フリーザが、それまで内側へ抑えていた力を外へ開いただけだった。 それなのに、一帯の空気が一段重くなった。まるで地球全体が震えるような気に、S級たちの動きまで鈍る。

 

シルバーファングの呼吸が一瞬止まり、アトミック侍は刀を握る自分の手が僅かに震えていることへ気づく。タツマキは無意識のうちに念動力の防壁を強め、童帝の端末は警告表示を出した直後に測定を諦めた。 キングの胸だけは、いつも以上に大きな音を鳴らしている。 ジェノスのスカウターにも激しい警告が走った。

 

「これが……現在のフリーザ」

 

小さな黄金の身体。 だがその重圧は星全体を押しつぶすような力強さだ。 少し離れた場所では、気絶したフロストを片手でぶら下げたサイタマがフリーザを見ていた。

 

「お、結構出したな」

 

その平凡すぎる感想が、周囲には余計に異常に聞こえた。 ボロスは真正面からその圧力を受けている。 自らの身体には、まだメテオリック・バーストの光が走っている。 それでも分かる。 自分より大きい。 宇宙を巡り、数え切れないほどの星を滅ぼし、自分こそ頂点だと信じてきたが、その上がいた。 冷汗が流れると同時に、フリーザが微笑む。

 

「では」

 

黄金が消えた。 ボロスには、そう見えた。 次の瞬間、腹へ拳が入る。

 

「がっ……!」

 

身体が折れた瞬間、顎へ膝が跳ね上がる。 上空へ飛ばされた先には、もうフリーザがいる。 肘が背中へ落ちた。

 

地上へ向かって墜ちる途中で追いつかれ、横から蹴られる。落下方向が変わり、宇宙船残骸を何枚も突き破る。 抜けた先に、また黄金。

 

「こんにちは」

 

顔面へ拳。 吹き飛んだ先へ先回りし、尾で腹を薙ぐ。 ボロスは反撃の拳を放った。 フリーザは片手で受け止め、そのまま握り込む。

 

「ぐっ……!」

 

指の圧だけで、拳の骨が軋んだ。 フリーザは手を離し、人差し指を向ける。 赤い一閃。 デスビームがボロスの肩を貫通した。 穴が開く。 しかしすぐ、肉が盛り上がり始める。 傷が閉じていく。

 

「ほう、再生能力ですか。ナメック星人のようですね」

 

フリーザの目が楽しそうに細くなる。

 

「しかしこれは便利です。いいですよ、ボロスさん。」

 

ボロスが咆哮し、殴りかかる。 かわされる。 背後から蹴られる。 そこからは、一方的だった。 フリーザは壊しすぎない。

 

顔へ拳を入れる時は、頭蓋を砕かない程度に出力を落とす。胸へ蹴り込む瞬間だけ気を増し、身体が吹き飛んだ直後にはもう抑える。肩へデスビームを通して再生速度を確認し、戻ったところへ今度は尾を入れた。 必要な瞬間だけ上げる。 必要がなくなれば、すぐ戻す。 ボロスの高速攻撃と再生能力は、フリーザが試したかった制御を何度でも繰り返せる相手だった。

 

「素晴らしい!」

 

ボロスが血を吐く。

 

「何がだ!」

 

「再生ですよ。壊してもすぐ戻る」

 

拳が腹へ入る。

 

「理想的なサンドバッグです。」

 

蹴りが胸へ入り、尾が脇腹を薙ぐ。 ボロスの身体が遠くへ吹き飛んだ。 その顔へ、初めて明確な怒りが浮かぶ。 自分は二十年、強敵を求めて宇宙を旅した。 ようやく見つけた。 そのこと自体は嬉しい。 なのに相手は、自分を戦士としてではなく、トレーニング器具のように扱っている。

 

「ふざけるな!」

 

メテオリック・バーストの出力がさらに上がる。 肉体への負荷が増し、生命そのものが削れていく。 構わない。

 

「俺は、宇宙の覇者だ!」

 

渾身の拳。 フリーザは片手で受けた。 完全に止まる。

 

「宇宙の覇者?」

 

フリーザの笑みが消えた。 ほんの一瞬だけ、昔の帝王の目へ戻る。

 

「その程度で?」

 

ボロスがもう片方の拳を振る。

 

フリーザは額で受けた。 ボロスの拳が音を立てて砕ける。。

 

「笑わせないでください」

 

膝が腹へ突き刺さる。 ボロスが血を吐き、身体が浮いた。 続く拳が上から振り下ろされ、地上へ叩き落とす。 巨大なクレーターが開いた。 中央でボロスが立ち上がる。

 

足元はふらつき、再生速度も落ちている。メテオリック・バーストによる消耗が、肉体の回復へ追いつかなくなっていた。 フリーザは上空から見下ろした。

 

「どうしました?」

 

ボロスは荒い呼吸を繰り返す。 それでも、笑った。

 

「いい」

 

フリーザの眉が上がる。

 

「最高だ」

 

ボロスは口元の血を拭う。

 

「これだ。俺が二十年、求めていたものは」

 

力の差は理解している。 対等ではないことも、もう分かっている。 それでも戦意が消えない。 フリーザは、ほんの少しだけ感心した。

 

「それは何よりです。」

 

ボロスが残った力を集め始める。 今までとは違う。 全身へ回していた生命エネルギーを、一発の攻撃へ集約している。 胸の中心へ青白い光が凝縮し、周囲の瓦礫が浮き上がった。 地上で童帝の端末が激しく警告を発する。

 

「何だ、あれ!?」

 

ジェノスが空を睨む。

 

「敵のエネルギーが一点へ集中している」

 

「止める?」

 

タツマキが構えた。 少し離れた場所で、フロストを肩へ担ぎ直したサイタマが答える。

 

「大丈夫じゃね?」

 

「なんであんた、そんな呑気なのよ!」

 

「フリーザいるし」

 

その言葉には、本人が意識していない種類の信頼が混じっていた。 ボロスが叫ぶ。

 

「星の表面ごと貴様を消し飛ばす!」

 

「ほっほっほ。」

 

フリーザが笑った。

 

「表面だけとは…ずいぶん控えめですね」

 

崩星咆哮砲。

胸の光が限界まで膨張し、青白い巨大な光線が空を埋めた。

 

幅は数百メートルを超え、雲を蒸発させながらフリーザへ迫る。A市の廃墟が昼間より明るく照らされ、S級たちも一斉に身構えた。 サイタマだけは、黙って見ている。 フリーザは空中で腕を組んだままだった。 崩星咆哮砲が迫る。

 

「なるほど」

 

光が目前へ届く。

 

「悪くない」

 

右脚を上げた。 そして、蹴る。 足の甲と巨大なエネルギー波が接触した。 一瞬、光線が止まる。 ボロスの一つ目が大きく開いた。

 

「な……」

 

「ですが」

 

フリーザが脚を振り上げた。 崩星咆哮砲の軌道が上へ曲がる。

 

まるで飛んできた球を蹴り上げるように、巨大な光線は雲を貫き、大気圏を抜け、そのまま宇宙へ消えた。 数秒後、遥か上空で大爆発が起きる。 昼の空に、ほんの一瞬だけ新しい星が生まれたように見えた。 地上から声が消えた。

 

アトミック侍は刀を下げ、金属バットは口を開けたまま動かない。タツマキですら何も言わず、童帝は端末を持った姿勢で固まっている。 キングの心臓だけが、変わらず騒がしく鳴っていた。 フリーザはゆっくり脚を下ろす。

 

「こんなものでしょう。」

 

ボロスは立っていた。 口が開いたまま、声が出ない。 自分の全力。 命を削って放った最後の一撃。 それを、技ですらない一蹴りで逸らされた。 戦士の笑みが消える。 二十年探し続けた強敵は、本当にいた。 ただし、求めていた対等な相手ではなかった。 自分より遥かに上…というよりも戦いにすらなっていない。ボロスの脳裏に絶望の二文字がはためく。 フリーザは、その顔を見て満足そうに笑った。

 

「ほっほっほ」

 

「……何がおかしい」

 

「さっき言いましたよね。地獄以上の恐怖を見せてあげると。それが叶ったようで何よりです。」

 

掌を向ける。 ボロスは逃げなかった。 もう、ほとんど力は残っていない。 それでも戦士の矜持として、立っていることだけはやめなかった。横になるのは死んだ後でいい。

 

「貴様……名は」

 

「先ほど聞いたでしょう?」

 

「フリーザ」

 

「ええ」

 

ボロスは小さく笑った。

 

「覚えた」

 

フリーザの目がほんの少しだけ細くなる。

 

「光栄です」

 

掌へ光が集まり始めた。 細いデスビームではない。 白と黄金が混ざり合った気の塊が、ゆっくり膨らんでいく。

 

「一つだけ」

 

フリーザが言った。

 

「あなたはフロストさんより、楽しめましたよ」

 

遠くで気絶したフロストを担いでいるサイタマが口を挟む。

 

「聞こえてないぞ」

 

「別に構いません」

 

ボロスはそれを聞き、最後にもう一度笑った。

 

「…予言などアテにならんな」

 

フリーザが掌を押し出す。 光がボロスを包んだ。 再生しようとする肉体より、破壊の速度の方が速い。 輪郭が崩れ、気配が薄れ、やがて完全に消える。 放たれた光はそのまま大気圏を抜け、宇宙の闇へ消えていった。 フリーザは手を下ろす。 黄金の光も、静かに収まっていく。 戦いは終わった。

 

「終わった?」

 

サイタマが近くまで来た。 片肩には、気絶したフロストが雑に担がれている。

 

「ええ。そちらも?」

 

「寝た」

 

フリーザはフロストの顔を見る。 頬は腫れ、意識は完全にない。

 

「ずいぶん手加減しましたね」

 

「殺すほどじゃないだろ」

 

「そうですか」

 

「お前は殺したけどな」

 

フリーザは、ボロスが消えた空を一度だけ見た。

 

「彼は、あれで満足していたようですので」

 

「そういう問題?」

 

「そういう問題ですよ」

 

二人は地上へ降りる。 S級ヒーローたちの視線が一斉に集まった。 誰も、すぐには言葉を出さない。 タツマキはフリーザを見る。 サイタマを見る。 担がれているフロストを見る。 そして、もう一度フリーザを見る。

 

「何なのよ、あんたたち」

 

「何がです?」

 

「全部よ!」

 

フリーザは笑った。 サイタマはフロストを地面へ置く。

 

「腹減った」

 

ジェノスが即座に反応した。

 

「先生、会社へ戻れば食事を用意します」

 

フリーザが横を見る。

 

「経費ですか?」

 

サイタマの顔が少し明るくなる。

 

「会社で出る?」

 

「今日くらいは出しましょう」

 

「じゃあ焼肉」

 

「…」

 

「宇宙人二人倒したぞ」

 

フリーザは少し考えた。

 

「…しょうがないですね。」

 

「よし」

 

「待ちなさい!」

 

タツマキの声が飛ぶ。 三人は振り返らない。 フリーザ、サイタマ、ジェノスはそのまま歩き始めた。 残されたS級ヒーローたちは、その背中を見ている。 今日、一つだけ全員が理解したことがある。 この星には強いヒーローが多い。 S級は、その中でも怪物の集まりだ。 だが、そのさらに外側がある。 ランキングという数字そのものが意味を失う場所に、フリーザとサイタマがいる。 片方は、かつて宇宙を恐怖で支配した帝王。 もう片方は、いま焼肉のことを考えている禿げた男だった。 少し離れた地面では、フロストがまだ気絶している。 次に目を覚ました時、彼には新しい現実を一つ受け入れてもらう必要がある。 フリーザだけではない。 この世界には、そのフリーザが自分を鍛えるために選んだ、もっと意味の分からない男がいる。だが素晴らしい。ボロスとの戦いの中、内側の黒い焔はより濃くなった。

 

(この調子でしばらく真剣にトレーニングをすれば、この力を物にすることはできるでしょう。)

 

フリーザは誰にも聞こえない声で笑った。

 

 そしてその背後では、黄金の力を目の当たりにした一人の女が悔しそうに拳を握っていた。

 

「……絶対、追いついてやる」

 

 ボロスとの戦いは終わった。だが帝王の次の進化と、それを追う者たちの物語は、すでに始まっていた。

 

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