フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
荒野には、壊して困るものがほとんどなかった。道路も家も電柱もなく、乾いた地面と岩山が地平線まで続いている。人が暮らすには不便極まりない土地だが、フリーザ・コーポレーションの訓練場としては都合がよかった。 もっとも、その評価が正しかったのは一時間前までの話である。
タツマキは地上十数メートルの高さに浮かび、腕を組んでいた。向かいには白と紫の最終形態のフリーザが立っている。黄金ではなく、むしろ普段以上に気配が薄く、目を閉じれば一般人の反応へ紛れ込みそうなほど静かだった。
ボロス襲来の日、フリーザが巨大宇宙船を消し飛ばすために力を解放した瞬間、タツマキの身体は理屈より先に防壁を張った。あの時は、近くにいるだけで危険だと本能が理解したのだ。それに比べれば、今の姿は拍子抜けするほど小さく見える。
「本当に、そのままでやるの?」
「ええ。今のところは」
「黄金にならない?」
「必要になれば」
タツマキの眉が上がった。
「舐めてる?」
「いいえ。むしろ逆ですよ」
即答だった。それが余計に腹立たしい。
少し離れた岩場には、サイタマとジェノスがいた。サイタマは胡坐をかいてコンビニのお茶を飲み、ジェノスはスカウターと複数の記録装置を起動している。完全に観戦と分析の態勢だった。
「始まる?」
「そのようです、先生」
「俺、見てていいの?」
「もちろんです」
フリーザが答えると、タツマキが勢いよく振り返った。
「何でこいつらまでいるのよ!」
「サイタマさんは、この後の修行相手です。ジェノスさんは……」
フリーザは少し考えた。
「記録係ですね」
「俺は戦闘データの解析を行うために来た」
「つまり記録係でしょう?」
「違う」
「似たようなものです」
ジェノスが黙る。タツマキは額を押さえた。入社してまだ二日目だというのに、この会社の会話には妙な疲労を覚える。
「それで、私は何をすればいいの?」
「全力でどうぞ」
タツマキが一度だけ瞬きをした。
「最初から?」
「そのために、周囲数十キロに人のいない土地を選んだのですよ」
「後悔しても知らないわよ」
「ぜひ、後悔させてください」
フリーザの笑みを見て、タツマキの口元もわずかに吊り上がった。
◇
最初に動いたのは風だった。 地表を撫でていた程度の風が数秒で唸りへ変わり、小石が浮き、岩が持ち上がり、乾いた砂そのものが空へ巻き上げられる。タツマキが片手を広げると、複数の巨大な竜巻が荒野へ立ち上がった。
直径は数百メートル。上端は雲へ届きそうな高さまで伸び、内部には大小無数の岩石が巻き込まれている。
「まずは、このくらいでどう?」
フリーザは空を見上げた。
「綺麗ですね」
「景色を見せてるんじゃない!」
タツマキが腕を振り下ろす。
竜巻の軌道が一斉に変わり、内部で回転していた岩石が砲弾のようにフリーザへ殺到した。拳ほどの石から自動車ほどの塊、十メートル級の巨岩まで、角度も速度もばらばらである。 フリーザは動かなかった。 それどころか、目を閉じた。
「……は?」
タツマキの頬が引きつる。
「そこまでやるなら、潰れても文句言わないでよ!」
最初の巨岩が頭上へ迫る。まともに直撃すれば小さな建物など簡単に消える質量だった。 衝突寸前、岩が消えた。 正確には、粉砕された。中心から細かな亀裂が走り、次の瞬間には砂より細かな粒へ変わっている。
右から来た岩は横へ弾かれ、左から迫った巨岩は中心だけを円形にくり抜かれた。背後から飛んだ岩は、フリーザの身体へ触れる直前に砕け散る。 それでも、フリーザは目を閉じたままだった。
「何よ、それ……」
タツマキの出力が上がる。
岩の速度が一段跳ね上がった。もはや岩石の雨ではない。四方八方から大地そのものが撃ち込まれているような密度で、衝突音が途切れなく続く。 だが、フリーザの周囲数メートルだけは妙に静かだった。 砕ける。弾かれる。軌道が変わる。接触するはずだった質量だけが、次々と意味を失っていく。
「バリアか?」
ジェノスがスカウターを見ながら呟いた。
「違うと思う」
サイタマが少しだけ身を乗り出した。
「すげー細かいことやってる」
「細かい?」
「うん。説明しづらいけど」
「説明しなさいよ!」
遠くからタツマキの怒鳴り声が飛んだ。 サイタマはお茶を一口飲み、諦めたように言う。
「ジェノスがそのうち説明するだろ」
「先生、頑張ります。」
タツマキは苛立ちをそのまま出力へ変えた。
「じゃあ、これならどう!」
地面が大きく揺れる。
数キロ離れた山肌が持ち上がった。いや、山だけではない。地層ごと切り取られたような巨大岩塊が四つ、大地から剥がされて空へ浮かぶ。 一つ一つが、小さな町なら丸ごと潰せるほど大きい。
「でか」
サイタマが素直に感心した。
「質量、測定不能。観測範囲を超えている」
ジェノスの表示も途中で計算を諦めた。
タツマキの額には薄く汗が浮かんでいる。まだ全力ではない。それでも、もう牽制と呼べる規模ではなかった。
「潰れなさい!」
四方向から巨大岩塊が襲う。上、左右、背後。逃げ道を塞ぐように、時間差まで調整されている。 フリーザは目を閉じたままだった。 上から最初の岩塊が落ちる。 その瞬間だけ、サイタマの目が細くなった。 金色。
コンマ一秒にも満たない刹那、フリーザの身体が黄金へ変わった。右拳が上がり、直接触れるより先に拳圧が巨大岩塊の中心を爆発させる。 そして、もう白と紫へ戻っていた。 右から二つ目が来る。再び黄金。尾の一閃だけで軌道が横へ折れ、その直後には最終形態へ戻る。 左から三つ目。掌を向けた刹那だけ黄金へ変わり、一点へ集めた気が巨大岩塊を砂へ変える。 背後から四つ目。黄金の一瞬に放たれた蹴りが軌道そのものを変え、岩塊は遠くの山岳地帯へ落下した。 地平線の向こうで、巨大な土煙が上がる。 フリーザは再び白と紫の姿で立っていた。
「……何、それ」
タツマキの頬を汗が伝う。 彼女には結果しか見えなかった。
岩が突然砕け、飛び、消えた。攻撃の途中に何かが挟まったことだけは分かるのに、その「何か」が目では追えない。 一方、ジェノスのスカウターには別の異常が映っていた。
フリーザの反応が極端に低い値まで落ちた直後、測定限界を振り切る。そしてすぐ低下し、また限界まで上がる。一秒の中で、それが何度も繰り返されていた。
「そういうことか」
「分かった?」
サイタマが聞く。
「視認はできません。だが数値が異常な速度で上下しています。攻撃が届く直前だけ、ゴールデン形態へ移行して出力を最大付近まで引き上げているように思えます」
「うん」
「処理した瞬間にはいつもの姿へ戻し、気もほぼ最低まで落としていると考えられます」
「そう」
ジェノスの目が鋭くなる。
「それを、一発ごとに繰り返しているのですか」
「目、閉じたままな」
ジェノスはしばらく黙った。
異常なのは反応速度だけではない。変身、出力、攻撃、解除までを一つの流れにまとめ、必要のない時間には力を使わない。しかも視覚へ頼らず、物体の移動で変わる空気、地面の振動、微細な気配まで拾って位置を判断している。
「応用できる」
「何に?」
「俺のエネルギー炉です。常時高出力へするのではなく、攻撃、防御、推進の直前だけ必要な系統へ出力を集中させる。理論上は消耗と発熱を減らしながら瞬間火力を上げられる」
「壊れない?」
「そこが課題です」
「また壊れそうだな」
「改善します」
その会話の間にも、訓練は続いていた。
◇
タツマキは地面へ向けて両手を広げた。 荒野が波打つ。 丘が持ち上がり、岩壁となり、やがて高さ数百メートルの巨大な地層の波へ変わった。岩石も砂も地下の硬い層もまとめて持ち上げられ、フリーザを中心に四方から閉じていく。
「これなら、どう!」
大地そのものが閉じ、中心部が完全に見えなくなった。 数秒後、その内部で金色の光が瞬いた。 爆発は一度だけだった。
押し固められていた土砂と岩盤が四方へ吹き飛び、中心からフリーザが姿を現す。目は閉じたまま、傷一つない。
「続けてください」
「……ムカつく」
「褒め言葉として受け取ります」
「褒めてない!」
そこから四十分、荒野の地形は目に見えて変わった。
山が削れ、谷が生まれ、地面が捻られる。何千本もの岩槍が空を埋め、念動力そのものの圧力が一点へ集中し、フリーザの身体を押し潰そうとする。 そのたびに、刹那だけ黄金が灯った。
攻撃へ触れる瞬間だけ硬くなり、砕く瞬間だけ強くなり、移動する一歩だけ速くなる。終わった次の瞬間には、気配そのものが静けさへ戻る。 サイタマは岩の上から黙って見ていた。 顔つきはいつもとほとんど変わらない。 ただ、頭の中では一つの感想が形になり始めている。
「次やる時、これ面倒だな」
「先生?」
「いや。フリーザ、前より強くなったっていうより、使い方変わってるだろ」
「その通りです」
「殴る瞬間だけ強くて、殴られる瞬間だけ硬くて、動く瞬間だけ速い。ずっと同じ強さじゃないから、ちょっと感覚狂いそうだな」
ジェノスが頷く。
「総出力を維持する必要がないため、消耗も抑えられると考えられます」
「じゃあ俺も何かしとくか」
「何をです?」
「…筋トレ?」
「…なるほど!!」
「あいつも強くなってるし。俺もなんかやっといた方がいいだろ」
ジェノスは、その発言まで記録へ残した。 一方、タツマキはそろそろ限界へ近づいていた。
自分の攻撃が通じない理由は、ようやく輪郭だけ見えてきた。フリーザは常に強いのではない。必要な時だけ、自分では追えない速度で出力を切り替えている。 しかも一時間近く、目を閉じたままだ。 それが何より腹立たしい。
「いい加減に……!」
タツマキが両腕を広げる。
周囲数キロの地面が一斉に剥がれ、空へ持ち上がった。岩山の一部も含めて何層にも重ねられ、小山ほどの巨大な球体がフリーザを中心に形成される。
「潰れろ!」
両手が握られる。 巨大岩球が内側へ圧縮され、表面へ亀裂が走る。 次の瞬間、その内部から金色の一閃が漏れた。 岩球が爆発する。 破片の中心から、フリーザがゆっくり姿を現した。 今度は目を開けている。
「では」
赤い瞳が楽しそうに細くなる。
「次はこちらもやりましょう」
タツマキは一瞬、意味を理解できなかった。
「は?」
フリーザが右手を軽く上げる。 タツマキの真下で地面が爆発した。
「っ――!?」
直径百メートルを超える岩塊が真下から飛び出す。タツマキは反射的に念動力で止め、横へ捨てた。 その瞬間には、右から別の岩が来る。 続いて背後、上、左下、右上。
次々と飛来する岩は、一つ一つがビルほど大きい。中には小山の一部をそのまま切り取ったような塊まで混ざっている。
「ちょっと、多い!」
タツマキは一つを弾き、二つ目を砕き、三つ目を停止させ、四つ目の軌道を変えた。 だが、間を置かず次が来る。
フリーザはほとんどその場から動いていない。地中へ細かな気を撃ち込み、内部で爆発させ、その反動を利用して岩塊を打ち上げている。角度も速度も、タツマキがぎりぎり処理できるよう一発ずつ変えていた。
「もっと速く判断しなければ、当たりますよ」
「分かってるわよ!」
岩が頬のすぐ横を抜ける。 次は肩。 身体を捻ってかわしながら、反対側の岩を念力で砕く。
「今のは悪くありません」
「何がよ!」
「先ほどより反応が速い」
「黙って!」
岩の数がさらに増える。
タツマキは両手を前へ出し、緑色の防壁を張った。巨大岩塊が一つ、二つ、十、さらに数十とぶつかるが、全て念動力の膜へ弾かれる。 一瞬だけ呼吸を整える。 その隙に、フリーザの笑みが変わった。 楽しんでいる。 明確に。
「それでは、修行になりませんね」
「何?」
指先に赤い光が灯る。 デスビーム。
一本の細い光線が緑色の防壁へ当たり、貫通する寸前の出力で止まった。代わりに、バリアの一部だけが正確に砕け、硝子のような緑の破片となって消える。 タツマキの目が見開かれた。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「待ちません」
「殺す気!?」
「死なない程度には、本気で調整していますよ」
「その説明が一番怖いのよ!」
次のデスビームが頬の数センチ横を通過し、遠くの山へ細い穴を穿った。
「どこが死なない程度よ!」
そこからは、回避、防御、迎撃を同時に要求する訓練へ変わった。 下から岩。 右からデスビーム。 背後から気弾。 正面には岩塊の群れ。
タツマキは最大速度で飛び、緑色の軌跡を荒野の上空へ残す。フリーザは指先だけで攻撃を操り、一発ごとに出力と角度を調整していた。
「右」
反射的に右を見る。 岩。 砕く。
「上」
デスビーム。 避ける。
「下」
岩塊を蹴るように念力で弾く。
「後ろ」
気弾を防壁で消す。
「いちいち言うな!」
「では、言わないでおきましょう」
攻撃密度が一段上がった。
「それも違う!」
遠くでサイタマが眺めている。
「楽しそうだな」
「タツマキはそう見えません」
「フリーザが」
「それなら同意します」
ジェノスは記録を続ける。
スカウターの数値は相変わらず激しく上下していた。フリーザは岩を飛ばす時には小さく、デスビームを撃つ時だけ大きく、タツマキの防壁を壊す場合には「防壁だけを壊す量」へ出力を合わせている。 訓練になっているのは、タツマキだけではない。 殺さず、手を抜きすぎず、常にぎりぎりへ置く。 それ自体が、フリーザにとって高度な制御訓練だった。
◇
一時間後。 荒野は完全に原形を失っていた。 山が削れ、谷が増え、大小無数のクレーターが開いている。地面は裂け、岩の多くが粉となり、乾いた風へ混ざって流れていた。 その中央で、タツマキは両膝をついていた。
髪は乱れ、服には砂が付着し、額から頬へ汗が流れている。腕もわずかに震え、念動力の出力はほとんど限界だった。 対するフリーザは、訓練開始時と同じ白と紫の姿で立っている。 呼吸は乱れていない。 ただし、内側には確かな疲労があった。 肉体ではなく精神の疲労だ。
一時間の間、何千回という単位で気を最低付近から高出力へ切り替え続けた。攻撃と防御を並行し、さらにタツマキを殺さない範囲へ一発ずつ調整する。 難しい。 だからこそ、手応えがある。
「本日は、このくらいにしましょう」
タツマキが顔を上げる。
「本日……?」
声まで少し枯れている。
「これ、毎日やるの?」
「もちろん」
タツマキは数秒、フリーザを見つめた。
「ブラック企業……」
「失礼ですね。休憩時間は確保しますよ」
「そういう問題じゃない……」
サイタマが近づいてくる。
「大丈夫か?」
「見れば分かるでしょ……」
「結構疲れてんな」
「誰のせいよ!」
「わたくしですね」
「分かってるなら何とかしなさいよ!」
タツマキは立とうとして、膝が震えてもう一度地面へ手をついた。
「メディカルマシーンを使用するか」
ジェノスが聞く。
「怪我はしてない。神経と筋肉が疲れてるだけ。休めば治るわよ」
フリーザが時計を見る。
「では」
その声だけで、タツマキに嫌な予感が走る。
「何よ」
フリーザはサイタマを見る。
「次は、サイタマさんとの修行ですね」
「は?」
タツマキが顔を上げた。 サイタマも少し驚く。
「今日やるの?」
「ええ。月も空いていますし」
「月って空くとかある?」
「誰も予約していないでしょう?」
「まあ、そうだけど」
数分後、メタルナイトが建造した小型宇宙船が荒野へ降りてきた。 タツマキは機体を見上げる。
「どこ行くの」
「月です」
「何でよ」
「地上では被害が大きすぎますから」
タツマキは周囲を見る。 山が削れ、地形が変わっている。 自分とフリーザが一時間修行しただけで、この有様だ。 なのに、ここでは足りない訓練が別にあるらしい。
「タツマキさんは会社へ戻って休んでいてください」
「私も行く」
「疲れているでしょう?」
「見るだけ」
「宇宙空間は平気ですか?」
「バリア張れば問題ない」
「ではどうぞ」
サイタマが先に乗り込み、ジェノスは宇宙服を装着する。タツマキは自分の周囲へ薄い念動力の膜を張った。 宇宙船が浮上する。 荒野が小さくなり、雲を抜け、空が青から黒へ変わっていく。 窓の向こうには地球が浮かんでいる。 タツマキは一度だけ青い星へ目を向けたが、景色を楽しむ余裕はなかった。 隣にはフリーザがいる。 先ほど一時間、自分の全力を受けながら攻撃を返し、一度も息を乱さなかった男。 そして、これからサイタマと戦う。
「ねえ」
「何でしょう」
「さっき、本気だった?」
フリーザが少し考える。
「何に対してでしょう?」
「私への攻撃」
「ああ。もちろん」
「本当に?」
「あなたを殺さない範囲へ、本気で調整しました」
「そういう意味じゃない!」
フリーザは楽しそうに笑った。
◇
月面へ降りたタツマキが最初に見たのは、巨大なクレーターだった。 それだけではない。 岩山が消え、地表には何十キロも続く裂け目が走り、地平線の向こうまで戦闘の痕跡が残っている。
「何これ……」
「前回の修行跡だ」 ジェノスが答える。
「前回?」
「俺とフリーザ」
サイタマが言う。 タツマキは地平線まで続く傷跡を見た。
「これ、二人で?」
「うん」
言葉が出ない。 フリーザとサイタマが少し離れて向かい合う。 空気のない月面で、それでも場の圧だけははっきり変わった。 先ほど自分と戦っていた時とは違う。 フリーザが、本当に楽しそうに笑っている。 サイタマも肩を回した。
「今日は、さっきのやつ使う?」
「もちろん」
「じゃあ、ちょっと気をつけるか」
タツマキは、その一言へ引っかかった。 気をつける。 つまりサイタマも、フリーザの新しい制御を面倒だと認識している。 次の瞬間、フリーザの身体が完全な黄金へ変わった。 今度は刹那ではない。 ゴールデンフリーザ。 凝縮された気が解放され、月面全体が金色へ照らされる。 タツマキの身体が固まった。 念動力の膜の内側にいるのに、本能が反応する。 さっきと違う。 一時間戦っていた相手と、本当に同じなのか。 ジェノスが十分に距離を取り、記録を開始する。 サイタマが拳を握る。 フリーザも構えた。 二人の姿が消える。 次の瞬間、月面中央で拳と拳が衝突した。 音はない。 だが月が震えた。 衝突点を中心に地面が円形へ沈み、巨大なクレーターが一瞬で広がる。 次には二人とも上空へ移っていた。 拳、蹴り、尾、掌。
タツマキの目には、金色と黄色の軌跡しか見えない。衝突した場所だけが遅れて分かり、そこへ新しいクレーターや亀裂が増えていく。 だが注意して感覚を広げると、フリーザの気配だけが奇妙に揺れていた。 一瞬、ほとんど何も感じなくなる。 次の刹那、サイタマの拳が触れる位置だけ黄金の圧力が跳ね上がる。 防ぐ。 攻撃へ転じる瞬間には、今度は拳や脚へ出力が移る。 フリーザの蹴りがサイタマの頬へ入り、黄色い身体が月面を何キロも滑った。 サイタマはすぐ止まり、次の瞬間にはフリーザの目の前へいる。 拳。 接触寸前、フリーザの気が一点へ凝縮する。 受ける。 それでも黄金の身体は大きく吹き飛んだ。 タツマキは、ようやく理解し始めた。 さっき自分が戦っていたフリーザと、今のフリーザは別人ではない。 違うのは、使っていた量だ。
自分へ向けられていたのは、全体のほんの一部。それを一発ごとに必要な分だけ切り出し、こちらが限界になるよう配置していた。 そのフリーザを、サイタマは平然と殴っている。
「嘘でしょ……」
「これでも、前回より制御が進歩している」
ジェノスが言う。
「これ……何なのよ」
「先生とフリーザだ」
「見れば分かるわよ!」
「なら質問が曖昧だ」
「ムカつく!」
それでも目を離せない。 怖い。 悔しい。 そして、不思議なほど熱い。 今日、自分は一時間も死ぬかもしれないと思う修行をした。 それでも、ここまではまだ遠い。 とんでもなく遠い。 だからこそ、行ってみたくなった。 タツマキが拳を握る。 自分が強いことは知っている。 だが、自分より強い存在がいる。 しかも二人。 なら越える。 まずフリーザ。 その先にいるサイタマ。 どこまで行けるか、自分で確かめる。 月面で二つの光が再びぶつかった。 タツマキは疲労を忘れ、その戦いを凝視した。 一つでも多く見たい。 少しでも理解したい。 自分が進む方向を、目へ焼きつけたい。
「私も、ここまで行く」
小さな声だった。 ジェノスが横を見る。
「俺もだ」
タツマキが少しだけ視線を動かした。 ジェノスの目は真剣だった。
「先生の隣に立つ」
タツマキは鼻を鳴らす。
「あんたはまず、小指で負けないようにしなさい」
ジェノスが一瞬黙った。
「お前は一時間前まで地面に膝をついていた」
「喧嘩売ってんの?」
「事実だ」
「ムカつく!」
遠くでサイタマがこちらを見た。
「なんか、あっち喧嘩してない?」
フリーザは拳を受け流しながら答える。
「元気で結構です」
「社員なんだから仲良くしろよ」
「あなたが言います?」
再び拳が衝突し、月面が震えた。
◇
帰還する頃には、タツマキの中に短期目標が一つできていた。 いきなりフリーザを越えるなどとは考えない。 まず、明日の訓練で今日より長く持たせる。 デスビームを一発多く避ける。 岩を一つ早く見切る。 防壁を壊される前に出力を一点へ集中する。 そして何より。 あの男に、目を開けさせる。 今日の最初の一時間、フリーザはほとんど最後まで目を閉じていた。 自分の全力攻撃を、視覚を使わない制御訓練として処理した。 なら、まずはそれを崩す。 自分の攻撃を「見る必要がある」と判断させる。 そこからだ。 次は一撃を当てる。 その次は余裕の笑みを消す。 そしていつか、本当に越える。
「覚えてなさいよ」
タツマキが呟く。 少し離れた席に座るフリーザが、なぜか聞こえていたようにこちらを見た。
「何か?」
「何でもない!」
「そうですか」
また、あの余裕のある笑み。 腹が立つ。 だから、ちょうどいい。 戦慄のタツマキにとって、本当の意味での修行はこの日から始まった。