フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~   作:&劉

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第十四話  悪逆非道

 

一週間という時間が長いか短いかは、結局のところ、その七日間を何に使ったかで決まる。普通の人間なら、身体が別物になるほどの変化は起こらない。呼吸が少し楽になる。繰り返していた動作から無駄が一つ消える。筋肉の張り方がわずかに変わる。その程度だ。

 

だが、世の中には「普通」という尺度そのものが役に立たない者がいる。怪人。天才。S級ヒーロー。そして、宇宙の帝王。

 

夕暮れの荒野では、百を超える岩塊が空を埋め尽くしていた。人の背丈ほどの岩から、小さな家を丸ごと削り出したような巨岩まで、大きさも形も軌道もばらばらである。それら全てが緑色の光に包まれ、空中で不規則に停止していた。

 

「今度こそ、目を開けさせる!」

 

タツマキが両腕を振り下ろした。岩の群れが、一斉にフリーザへ殺到する。フリーザは目を閉じたままだった。構えもしない。逃げもしない。気配すら、ひどく薄い。

 

最初の巨岩が額へ触れる寸前、白と紫の身体が黄金に瞬いた。拳が一度だけ動く。巨岩が中心から砕け散った。次の瞬間には、もう白と紫へ戻っている。

 

右から二つ。黄金の閃光が一度走り、二つとも軌道を変えた。背後から三つ。フリーザの尾が刹那だけ金色に染まり、三つの岩は互いに衝突して粉砕された。

 

上空から十数個。金と白が交互に瞬き、結果だけが空へ残る。

 

「まだよ!」

 

タツマキが歯を食いしばる。地面が低く唸った。フリーザの四方で大地が隆起し、分厚い岩壁になる。さらに頭上にも巨大な岩盤が持ち上がり、逃げ道を塞いだ。

 

前後左右、そして上。五方向から一斉に閉じる。轟音とともに岩が噛み合い、数百メートルの土煙が立ち上った。数秒の静寂。

 

その中心で、金色の光が一度だけ灯る。爆発。圧縮されていた岩塊が四方へ弾け飛び、その中央には、修行開始時と同じ姿勢のフリーザが立っていた。

 

「よろしい」

 

そこで初めて、フリーザが目を開ける。

 

「初日なら、今の半分ほどの密度で膝をついていましたね」

 

タツマキは手の甲で額の汗を拭った。息は上がっている。それでも、初日のように声を出す力まで失ってはいない。

 

「当たり前でしょ。毎日こんなのやってんだから」

 

「成果が出ているということです」

 

「次は、最後まで目を閉じたままじゃいられなくしてやる」

 

「どうぞ」

 

「その顔がムカつく!」

 

少し離れた岩の上では、ジェノスが端末へ戦闘データを記録していた。その横でサイタマはコンビニ弁当を食べている。

 

「もう終わり?」

 

「本日のタツマキの訓練は終了です」

 

「じゃあ次、俺?」

 

サイタマが箸を止める。フリーザは腕時計へ目を落とした。「今日は会社へ戻りましょう。あなたとの月面訓練は明日です」

 

「あれ。今日じゃないの?」

 

「仕事がありますので」

 

「そっか」

 

タツマキが地上へ降り、小さく息を吐いた。

 

「……助かった」

 

「何か?」

 

「何でもない!」

 

七日前なら、この時点でまともに怒鳴る力も残っていなかった。それが今では、荒い呼吸の中でもフリーザの視線を正面から受け返している。

 

反応も速くなった。防御の切り替えも早い。何より、攻撃を「受ける」ことしか考えていなかった以前とは違い、危険を察知した瞬間に避ける判断が混じるようになっている。

 

フリーザは、ほんの少しだけ満足した。自分だけが強くなるより、近くにいる者まで伸びた方が修行は面白くなる。

 

一時間後。フリーザ・コーポレーション本社では、通常部署の照明がほとんど落ちていた。受付も暗い。昼間は怪人討伐の依頼や企業契約の相談で人が行き交う建物も、夜になると普通の会社らしい静けさを取り戻す。

 

ただし、最上階の社長室だけは明るかった。フリーザは机の前で、その日最後の電子署名を入れている。怪人討伐報告。不動産売買。技術提携。警備事業の新規契約。採用申請。ダークマター襲来以降、各地で怪人の活動は妙に活発化している。因果関係は不明だが、会社という観点から見れば依頼が増えていた。

 

「悪くありませんね」

 

最後の承認ボタンを押した直後、社長室の扉が開いた。ジェノスだった。

 

「話がある」

 

フリーザは画面から顔を上げない。

 

「ノックを」

 

「緊急性がある」

 

「では、どうぞ」

 

ジェノスが端末を机の上へ置いた。画面には複数の映像が並んでいる。壊れた建物。路上へ倒れたヒーロー。

 

そして、その中心で獣のように笑う白髪の青年。

 

「ヒーロー狩り――ガロウ」

 

ジェノスが言った。

 

「最近、協会内で最重要警戒対象の一人になっている」

 

「ガロウ……」

 

フリーザが映像を拡大する。

 

「元はバングさんのお弟子さんでしたか」

 

「すでに破門されている。流水岩砕拳の使い手だ」

 

次の映像には、タンクトップマスターが倒れていた。周囲にはタンクトップ軍団の者たち、そのほかA級やB級のヒーローもいる。

 

「ほう」

 

「それだけではない」

 

「何がです?」

 

「最近、ヒーロー協会だけでなく、フリーザ・コーポレーションについても口にしているらしい」

 

ジェノスは一拍置いた。

 

「大したことはない、と」

 

「……ほう」

 

「正確には、ヒーローを金で釣って集めているだけの会社。社長も話題だけの成金宇宙人、だそうだ」

 

社長室が静かになった。実はソファにはサイタマがいて、コンビニで買ってきたプリンを食べていた。窓際ではタツマキが紙コップのコーヒーを飲んでいる。

 

フリーザは笑顔のまま、数秒だけ動かなかった。

 

「成金宇宙人」

 

静かな声だった。タツマキが紙コップを口元へ運びながら言う。

 

「合ってる部分もあるじゃない」

 

フリーザが顔を向ける。

 

「何か?」

 

「何でもない」

 

即答だった。サイタマがプリンの最後の一口を食べる。

 

「俺が行こうか?」

 

「必要ありません」

 

「でもヒーロー狩ってるんだろ。俺もヒーローだし」

 

フリーザは端末を閉じ、椅子から立った。

 

「だからこそ、わたくしが行きます」

 

ジェノスが問う。

 

「理由は?」

 

「会社の沽券に関わります」

 

「こけん?」

 

「面子よ」

 

「ああ」

 

タツマキの説明に、サイタマが納得する。フリーザは笑っている。ただし、その笑みはいつもより少しだけ冷たかった。

 

「わたしはコケにされるのが随分と嫌いでして。思わず笑いが出るくらいにはね。」

 

「殺すのか」

 

ジェノスの問いに、フリーザは少し考えた。

 

「まだ決めていません」

 

「その言い方が一番怖いんだけど」

 

タツマキが眉を寄せる。

 

「では、行ってまいります」

 

フリーザは窓を開けた。

 

「気をつけてな」

 

サイタマが言う。

 

「誰に言っているのです?」

 

「一応」

 

「……いってらっしゃい」

 

「はい」

 

フリーザは夜空へ浮かび、そのまま光のように消えた。窓を閉める。数秒後、サイタマが立ち上がった。

 

「ゴミ捨ててくる」

 

「俺が行きます」

 

「いいよ。すぐそこだし」

 

コンビニ袋を片手に一階へ降り、玄関脇のゴミ置き場へ向かう。その途中、郵便受けから何枚かのチラシがはみ出しているのが見えた。

 

不動産。飲食店。求人。その中に、一枚だけ妙に派手な紙が混じっている。SUPER FIGHT。武術大会。高額賞金。出場選手募集。

 

「武術大会……」

 

サイタマは足を止めた。最近、フリーザの戦い方は明らかに変わっている。単純に速くなったとか、以前より大きな気を出せるようになったという話ではない。殴る瞬間。

 

受ける瞬間。移動する瞬間。必要な場所にだけ力を集め、それ以外では消す。もともと戦闘経験のある男が、さらに戦い方そのものを作り変え始めている。

 

対して自分はどうか。普通に殴る。普通に蹴る。大抵、それで終わる。強すぎるから成立しているだけで、武術らしい武術を習ったことはない。

 

「……違うもん見るのも、ありか」

 

チラシへ目を落とす。拳法。流派。技。これまで、ほとんど興味を持たなかった世界だった。

 

「出てみるか」

 

「意味ないと思う」

 

背後から声がした。振り返るとタツマキがいた。

 

「いたの?」

 

「ずっと」

 

「気配ないな」

 

「あんたに言われたくない」

 

タツマキがチラシを取り上げる。

 

「武術大会?」

 

「うん」「何しに?」

 

「新しい見地」

 

タツマキは無表情でサイタマを見る。

 

「誰に教わった言葉?」

 

「テレビ」

 

「でしょうね」

 

サイタマはチラシを折り、ポケットへ入れた。

 

「まあ、行ってみる」タツマキは小さくため息をついた。おそらく、武術大会へ出てもこの男の強さそのものはほとんど変わらない。

 

技を使う前に相手が倒れるだけかもしれない。それでも止めようとは思わなかった。自分も今、少し前までなら絶対に選ばなかったことをしている。自分より強い相手へ頭を下げ、毎日のように追い込まれ、それでも翌日には訓練場へ行く。なら、サイタマが知らないものを見に行くのを笑う理由もなかった。

 

同じ頃。繁華街の夜は、荒野とは正反対に騒がしかった。ネオン。看板。車のライト。酔客の笑い声。仕事帰りの会社員。学生。その雑踏の中を、一人の青年が歩いている。

 

白髪。鋭い目。汚れた服。顔には新しい傷がある。それでも足取りは軽い。

 

「ハッ」

 

ガロウは一人で笑った。最近は楽しい。

 

タンクトップマスターを倒した。S級。これまでのヒーローとは確かに違った。それでも勝った。その後もA級、B級を狩った。強い相手と戦うたび、身体の中で何かが噛み合っていく感覚がある。一度見た動きへの反応が早くなる。受けた技への対処が、次には変わる。

 

痛みの中で、身体の使い方そのものが研ぎ澄まされていく。人間の枠から少しずつ外れていくような感覚。

 

それがいい。子供の頃から、怪人が好きだった。物語では、いつもヒーローが勝つ。正義を名乗る多数派は称賛され、怪人は悪と呼ばれて負ける。

 

なら、自分が絶対悪になる。ヒーローも悪党も、正義も悪も関係なく、全員が同じように恐れるしかない存在になればいい。

 

「次は誰だ?」

 

最近、よく耳にする名前がある。S級ヒーロー。異星人。フリーザ。会社まで作り、ヒーローを雇って怪人を狩っているらしい。巨大宇宙船を一撃で消した。星を壊せる。月で何かをしている。

 

噂は、聞くたび大きくなっていく。

 

「どうせ盛ってんだろ」

 

ガロウは鼻で笑った。ヒーロー協会も企業も、人気を作るためなら何でもする。

 

強ければ倒す。弱ければ、それはそれで潰す。

 

「フリーザ・コーポレーション……社長ごと狩るか」

 

「あなたがガロウさんですね」

 

背後から声がした。ガロウが足を止める。ゆっくり振り返った。人混みの少し上に、白と紫の小柄な異星人が浮いていた。

 

細い尾がゆっくり揺れている。赤い目。柔らかな笑顔。

 

「お」

 

ガロウの口元が上がる。

 

「向こうから来たか」

 

フリーザが地上へ降りた。

 

「お探ししましたよ」

 

「俺を?」

 

「ええ」

 

「人気者だな。で、会社の社長さんが何の用だ?」

 

フリーザの目が細くなる。

 

「確認に来ました」

 

「何を?」

 

「あなたが、どの程度身の程知らずなのかを」

 

数秒の沈黙。ガロウが笑った。

 

「いいね。大物だ」

 

「大物?」

 

「ああ」

 

腰を落とす。流水岩砕拳。

 

「最近、雑魚ばっかりで退屈してた。あんたなら倒しがいがありそうだ」

 

「なるほど」

 

フリーザが一歩だけ前へ出た。

「人をコケにするのが、本当にお上手ですね」

 

空気が変わった。ガロウの本能が、ごく小さく警鐘を鳴らす。

 

危険。その感覚が、逆に笑みを深くした。

 

「褒め言葉として受け取っとくぜ」

 

「ええ。最後まで、その余裕が残っているとよいですね」

 

ガロウが踏み込んだ。先手。首へ向けて、流水岩砕拳の掌底が走る。触れる、その直前。右手の人差し指に鋭い痛みが走った。

 

「っ……!」

 

指が不自然な方向へ曲がっている。何をされた。

 

フリーザは動いていない。少なくとも、そう見えた。ならば左。拳を返す。今度は手首に痛み。さらに回転して蹴る。足の甲。乾いた感触とともに骨が一つ折れた。

 

「な……」

 

フリーザは同じ場所に立ったまま、笑っている。

 

「どうしました?」

 

「てめえ……何しやがった」

 

「何を?」

 

ガロウは止まらない。流水岩砕拳は、本来なら相手の力を流し、そのまま急所へ返すための武術である。だが、フリーザは大きく攻撃してこない。殴っているのはガロウだけ。

 

なのに、拳を出すたび自分の身体へ損傷が増えていく。指。手首。肩。肋骨。腹へ、短く鋭い衝撃。

 

「がっ!」

 

ガロウが数歩下がる。見えない。いや。何かはされている。拳が届く直前、指先が数センチ動いている。蹴りの力が乗る瞬間だけ、膝が僅かに上がる。こちらの動きの中心だけを狙い、最小の動作で崩している。速すぎて過程が見えない。

 

結果だけが身体へ残る。

 

「早すぎましたか?」

 

「ふざけんな!」

 

ガロウが踏み込んだ。渾身の右拳。フリーザの顔面へ届く寸前。人差し指が額へ触れる。

 

「ではもう一度。今度はあなたにも見えるようにやってあげます。」

 

軽く押した。たったそれだけで、ガロウの身体が後方へ弾き飛ばされた。街灯をへし折り、建物の壁へ叩きつけられる。

 

「がはっ!」

 

血を吐く。周囲で悲鳴が上がった。人々は逃げながら、それでも一定の距離まで離れるとスマートフォンを向け始める。

 

「フリーザだ!」

 

「あいつ、ヒーロー狩りじゃないか?」

 

「ガロウだ!」

 

ガロウは壁へ手をつき、立ち上がる。口元の血を拭った。

 

「面白え」

 

そして笑った。

 

「やっぱ強えじゃねえか」

 

フリーザの眉が、ほんの少しだけ動いた。普通なら、ここで恐怖する。

 

攻撃は通らない。殴れば殴るほど、自分だけが壊れる。そこまで理解してなお、この青年は笑っている。

 

「なら」

 

ガロウが構え直す。

 

「越えてやる」

 

その言葉自体は、フリーザも嫌いではなかった。タツマキも言った。ベジータも、何度となく食らいついてきた。自分より上がいると知った時、膝を折る者と噛みつく者がいる。

 

後者の方が面白い。ただし。今日は修行ではない。

 

「残念ですが」

 

フリーザの姿が消えた。次の瞬間、ガロウの腹へ拳が入る。鈍い音。身体がくの字に折れた。

 

意識は飛ばさない。致命傷にもならない。その代わり、痛みだけは嫌になるほど鮮明に残す。

 

「ぐ……!」

 

膝が落ちる。顎へ蹴り。身体が浮く。

 

「倒れてはいけませんよ」

 

落ちてくるところへ尾を絡め、強引に姿勢を戻した。

 

「まだ始まったばかりです」

 

「この……!」

 

ガロウが拳を振る。フリーザは避け、腕を取り、ほんの少しだけ捻る。肩から乾いた音がした。

 

「ぐあっ!」

 

「右腕」

 

次は左脚。蹴りへ合わせて尾で足首を絡め、力の向きを数度だけずらす。骨が鳴った。

 

「左脚」

 

「てめえ……!」

 

頭突き。フリーザは指一本で額を止め、そのまま肩口へ軽く触れた。鎖骨から嫌な音がする。

 

「もう一つ」

 

ガロウが吐血した。

 

「どうしました? ヒーロー狩りなのでしょう?」

 

尾が伸び、白髪へ絡みつく。そのままガロウを宙吊りにした。

 

「離せ!」

 

「嫌です」

 

「クソ野郎!」

 

「口の悪い方ですね」

 

圧倒的な力量差を見せつけながら、相手の命運を完全に握る。少しだけ昔を思い出す。ナメック星。最近はサイタマとの修行や、気の制御や、会社経営ばかり考えている。

 

それはそれで面白い。だが、一方的に相手を掌の上へ乗せる感覚を、フリーザは忘れたわけではない。

 

「さて」

 

ガロウの右手を取る。

 

「これ以上意地を張ると、つぎはもっと痛くしますよ」

 

「誰が」

 

指を一つだけ逆方向へ押す。ゆっくりと、靭帯が切れる音がした。

 

「ぐああっ!」

 

「まだ足りませんか?」

 

「…死にやがれ、クソ野郎。」

 

もう一つ。ガロウが呻く。周囲がざわついた。それでも誰も止めようとはしない。ガロウはヒーロー狩りだ。多くのヒーローを襲い、負傷させたと知られている。そしてフリーザは、今や人気のS級ヒーローだった。

 

「フリーザ!」

 

「やっちまえ!」

 

「ヒーロー狩りを倒せ!」

 

歓声。フリーザの耳へ届く。口元の笑みが、わずかに深くなった。これは広告になる。ガロウも、その変化に気づいた。

 

「てめえ……」

 

「何でしょう?」

 

「俺を客寄せに使ってんのか」

 

「ええ」

 

即答だった。ガロウが一瞬、言葉を失う。

 

「何?」

 

「あなたには、ちょうどよい価値があります」

 

尾を緩め、足だけ地面へ着けさせる。

 

「犯罪者。ヒーロー狩り。話題性。そして――」

 

フリーザが顔を近づけ、耳元で優しく言い放った。

 

「弱い」

 

ガロウの目が血走る。

 

「……殺すぞ」

 

「なかなかのガンコ者なようですね」

 

腹へ、もう一発。

 

「がっ!」

 

身体が折れる。呼吸が止まりかける。

 

それでも、意識だけは落とさない。フリーザは自分の拳を少し見た。痛みの大きさ。身体への損傷。意識の残り方。全て、狙った範囲に収まっている。

あの憎たらしいベジータも、こうやってやったことがあったっけ。思い出し、フリーザは笑った。

 

「ほっほっほ。こういうのも久しぶりで悪くはないですね」

 

「何……が……」

 

「こちらの話です」

 

ガロウの膝が落ちる。尾で髪を引き、無理やり立たせた。

 

「さて、そのガンコさがいつまで続くか。いろいろ試してみましょうか。」

 

ガロウは荒い呼吸を繰り返す。何本折れているのか分からない。腕は上がらない。脚もまともに踏めない。

 

肋骨は呼吸するたび痛む。それでも、口元が上がった。

 

「……へっ」

 

動く右手で、指を一本だけ立てる。中指だった。

 

「くたばれ」

 

フリーザの目の前で。数秒、沈黙した。周囲の観客まで静かになる。

 

「殺すなら殺せよ、宇宙人」

 

ガロウは血だらけの顔で笑う。

 

「その程度か」

 

フリーザは、その顔を見た。そして笑った。

 

今度は、本当に少し楽しそうでもあり、それでいて獰猛な顔であった。

 

「いいですね」

 

「何がだ」

 

「その態度。嫌いではありません」

 

一瞬だけ、ガロウの顔へ疑問が浮かぶ。嫌らしい笑みを浮かべながら、ガロウの耳元でひそひそと囁いた。

 

「ただし、あなたには殺す価値なんてありませんよ」

 

ガロウの笑みが止まる。

 

「……あ?」

 

フリーザは尾を離した。ガロウの身体が崩れかける。胸元へ指を当て、最低限の力だけで支える。

 

「あなたには今、一つだけ価値があります」

 

「…」

 

フリーザが周囲を示した。無数のスマートフォン。カメラ。人々。

 

「広告塔です」

 

ガロウの顔から、表情が消える。

 

「ヒーロー狩り。恐ろしい。強い。S級すら倒した。そんな方が、フリーザ・コーポレーションの社長には何もできず、圧倒的に敗北している」

 

フリーザは笑う。

 

「非常に分かりやすいでしょう?」

 

「てめえ……」

 

「それが、今のあなたのお仕事です」

 

もう一度、腹へ拳。

 

「がぁっ!」

 

ガロウがその場へ崩れた。意識だけは、まだ残っている。周囲から歓声が上がった。

 

「フリーザ!」

 

「すげえ!」

 

「ヒーロー狩り弱え!」

 

最後の言葉が、ガロウの耳へ刺さった。拳より痛かった。自分は絶対悪になる。ヒーローを倒し、正義という名の多数派を恐怖させる。

 

そのはずだった。なのに今、自分はヒーローを持ち上げるための見世物になっている。しかも相手は、自分を殺すことすら価値がないと言った。肉体の痛みなら耐えられる。

 

誇りを踏みにじられる痛みは別だった。

 

「もう少し頑張ってください」

 

「ふざけ……」

 

また一発。

 

「がッ!」

 

歓声が大きくなる。

 

「フリーザ様!」

 

「やれ!」

 

「ヒーロー狩りを倒せ!」

 

「聞こえますか?」

 

フリーザが笑う。

 

「あなたが殴られるたび、わたくしの評判が上がっています」

 

ガロウが顔を上げた。そこに残っていたのは、純粋な殺意だった。

 

「……絶対」

 

「何です?」

 

「絶対、お前を殺す」

 

フリーザの目が少し細くなる。ガロウの気そのものは弱い。少なくとも、今の自分と比べれば話にならない。だが。

 

最初に会ってから、まだ数分しか経っていない。それなのに、動きが少しずつ変わっている。折れた腕を庇うため重心を変えた。踏み込みに使えない足を、距離を測る軸へ変えた。

 

呼吸に合わせ、肋骨へかかる負担まで逃がしている。そして何より、こちらの指先を見るようになった。壊れながら。負けながら。

 

まだ学んでいる。

 

「なるほど」

 

フリーザが呟いた。

 

「何だよ……」

 

「いえ」

 

親指と中指を合わせる。ガロウの額の前へ。

 

「今日は、この辺にしておきましょう」

 

「逃げんのか」

 

「まだ言いますか」

 

指を弾いた。ぱん、と軽い音。デコピン。次の瞬間、ガロウの身体が数十メートル吹き飛んだ。路上を二度、三度と跳ね、ゴミ箱へ突っ込み、壁の前で止まる。意識はある。本当に、ぎりぎりだけ。遠くにはフリーザがいる。

 

周囲では拍手と歓声。何十台ものスマートフォンが、その小柄な宇宙人へ向けられていた。フリーザはカメラへ軽く手を上げる。

 

「皆さん。危険人物はフリーザ・コーポレーションが責任を持って対処いたします」

 

歓声が返る。

 

「フリーザ!」

 

「ありがとう!」

 

「フリーザ様!」

 

ガロウの視界が赤く染まる。痛み。怒り。屈辱。全部が混ざった。ヒーロー狩りとしての思想ではない。絶対悪になるという大義でもない。初めて、一人の相手だけを理由にした感情が生まれた。

 

――あいつだけは。絶対に。フリーザは遠くからガロウを見ていた。殺すだけなら簡単だ。指一本で終わる。しなかった理由は二つあった。一つは、広告として使えたから。もう一つは、勘。

 

この男は、まだ強くなる。根拠を数字で説明することはできない。だが戦闘経験だけなら、フリーザは長い。追い詰めるほど変わる者がいる。

 

壊すほど、妙にしぶとくなる者がいる。サイヤ人とは仕組みが違う。それでも、どこか似た匂いがした。

 

「次にお会いする時」

 

フリーザは小さく言う。

 

「少しでも楽しめる程度になっていれば、よいですね」

 

ガロウには聞こえていない。それでも一瞬だけ、二人の視線が合った。

 

フリーザは背を向け、空へ浮かぶ。会社へ戻る。まだ仕事が残っている。地面に横たわったガロウは、動かない腕で拳を作ろうとした。

 

骨が軋む。それでも握る。

 

「フリーザ……」

 

掠れた声。

 

「ぶっ殺す……」

 

今は遠い。手が届かない。なら。届くまで強くなる。そこでようやく、意識が暗闇へ落ちた。

 

その夜。一本の動画がネット上で爆発的に拡散した。『ヒーロー狩りガロウ、フリーザに完全敗北』再生数は一時間で数百万。フリーザ・コーポレーションの検索数が跳ね上がり、公式サイトへのアクセスも急増した。

 

警備事業への問い合わせ。怪人対策の契約相談。採用ページ。関連動画。数字が次々に伸びていく。翌朝。社長室でそのデータを確認したフリーザは、満足そうに笑った。「やはり、よい広告塔でしたね」

 

「なあ」

 

横からサイタマの声がした。

 

「何です?」昨日拾ったチラシを差し出す。

 

「俺、これ出てくるわ」

 

「武術大会?」

 

「うん」

 

「武術を?」

 

「ちょっと、新しい見地」

 

フリーザは数秒、サイタマを見た。後ろからタツマキが口を挟む。

 

「どうせ意味ないわよ」

 

「やってみないと分かんないだろ」

 

ジェノスが即座に立ち上がる。

 

「先生が参加するなら、俺も観戦します」

 

「いや、来なくていい」

 

「なぜです」

 

「なんか恥ずい」

 

フリーザが笑う。

 

「よいではありませんか。どうせなら会社でスポンサーになりましょう」

 

「やめろ」

 

「宣伝になります」

 

「普通に出させろ」

 

「また会社の宣伝?」

 

タツマキが呆れる。

 

「当然です」

 

ジェノスが真顔で頷いた。

 

「先生が優勝すれば、宣伝効果は大きい」

 

「まだ優勝って決まってないぞ」

 

三人が同時にサイタマを見た。フリーザ。タツマキ。ジェノス。妙な沈黙。

 

「何だよ」

 

「いえ」

 

「何でもありません」

 

「ぜひ頑張ってください」

 

「なんかムカつくな」

 

その頃。病院のベッドで、ガロウが目を開けた。全身に包帯。いくつもの骨が固定されている。身体を動かすだけで痛む。テレビでは昨夜のニュースが流れていた。『昨夜、ヒーロー狩りとして知られるガロウが――』

 

画面にはフリーザ。あの笑顔。歓声。そして地面に転がっている自分。ガロウの拳が握られた。激痛が走る。それでも離さない。

 

「待ってろ」

 

低い声。

 

「次は……絶対、違う」

 

壁は遠い。今は、手も届かない。だから越える。ヒーロー狩りだからではない。絶対悪になるためだけでもない。あの笑顔を消したい。

 

自分を見世物にした宇宙人を、一度でいいから地面へ叩きつけたい。その感情が、今までとは別の熱を身体の奥へ残している。

 

一方のフリーザは、まだ知らない。殺さずに残した青年が、この先どこまで異常な速度で変わっていくのか。ただ、帝王の勘だけは外れていなかった。ガロウは、まだ強くなる。それも、かなり。

 

 

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