フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~   作:&劉

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第十六話 アサルトレイン

 

決勝まで、サイタマは本当に一発しか使わなかった。 予選も、一回戦も、準決勝も同じだった。相手が構え、気合を入れ、流派の名に恥じない動きを見せようとした次の瞬間には、リングの外か床の上にいる。最初は笑っていた観客も、二人目でざわめき、三人目で声を失い、決勝が近づく頃には黄色い道着の男を少しだけ怖がるようになっていた。

 

SUPER FIGHTは本来、そういう大会ではない。磨き上げた技を競い、流派の誇りを背負い、己の強さを観客へ示す場所である。ところが今回の決勝進出者の片方は、まともな構えすら見せないまま、拳を一度ずつ振っただけでここまで来てしまった。

 

満員の観客席に実況の声が響く中、サイタマはリング中央でぼんやりと立っていた。借り物の衣装にも、決勝という舞台にも、特別な緊張を覚えている様子はない。

 

その正面で、スイリューは対照的な笑みを浮かべていた。 彼は天才だった。身体能力に恵まれ、武術の技量も高く、格闘家という括りの中なら頂点に近い。苦戦らしい苦戦をほとんど知らず、強さは人生を楽しくするために使えばいいと本気で考えている。金も、名声も、女も、勝利も、力があれば向こうから寄ってくる。わざわざ重いものを背負う必要などない。

 

「まさか、ここまで来るとはね」

 

「俺も」

 

「何が?」

 

「決勝」

 

「そう?」

 

「うん」

 

スイリューは笑ったまま腰を落とした。相手が何を考えているのかよく分からないが、それもあと少しで終わる。

 

「でも、ここまでだよ」

 

「そうかな」

 

「そうだよ」

 

開始の合図を待つ空気が張り詰めた、その時だった。 上方から白と紫の小さな影が降り、リングの端へ音もなく着地した。観客は一瞬だけ静まり返り、その正体を認識した途端、試合開始前とは思えない歓声を爆発させる。

 

「フリーザだ!」

 

「S級だ!」

 

「フリーザ様!」

 

「フリーザ・コーポレーション!」

 

サイタマが顔を向けた。

「あ、来たの?」

 

「ええ。少々遅れました」

 

フリーザは何事もなかったように答えたが、観客席ではジェノスがすぐに立ち上がった。

 

「フリーザ。怪人はどうなった」

 

「まだ少々残っていますが、タツマキさん以外にも現地協力者の方がいらっしゃいましてね。

フリーになっている怪人はほぼおらず、わたしが動かずとも現場は鎮圧されつつあります。」

 

フリーザは小型端末を投げ、ジェノスが受け取る。画面にはZ市を中心に赤い反応が散らばっていた。単発ではなく、複数地点でほぼ同時に出現しているが、それらも徐々に消えつつある。

 

ジェノスの視線が一度だけリングへ戻った。先生の決勝を見たい。その気持ちは確かにあった。ここまでの全試合が一撃で終わっていたとしても、最後くらいは何か違うものが見られるかもしれない。 フリーザはその迷いを見抜き、軽く笑った。

 

「ジェノスさん。どうせサイタマさんが優勝しますよ」

 

「まだ決まってないぞ」

 

「決まっています」

 

サイタマ本人より断言が早かった。スイリューの眉がわずかに動く。 ジェノスは短い沈黙のあと、端末を握り直した。

 

「先生。怪人を処理してきます」

 

「おう。気をつけてな」

 

「先生も」

 

「サイタマさんにその言葉は必要ありませんよ」

 

フリーザが横から口を挟むと、ジェノスは一瞬だけそちらを見た。

 

「最後まで見なくても分かるという点には同意する」

 

「お前ら、俺より俺に自信あるな」

 

サイタマが呆れたように言うと、フリーザは楽しそうに笑った。ジェノスはそのまま会場を飛び出し、屋根を越えて怪人反応のある地区へ向かう。

 

フリーザは最前列の空席へ座った。その横には、朝からジェノスが律儀に持ってきた巨大な横断幕が掲げられている。

 

FREEZA CORPORATION。 サイタマはリング上からそれを見つけ、露骨に嫌そうな顔をした。

 

「持ってきたのかよ」

 

「ジェノスさんが設置してくださいました」

 

「やっぱりか」

 

スイリューは二人のやり取りを眺めながら肩をすくめた。

 

「ずいぶん余裕だね。決勝だよ?」

 

「うん」

 

「緊張しない?」

 

「別に」

 

スイリューは笑みを深め、拳を上げる。

 

「じゃあ、少し楽しませてよ」

 

開始の合図が鳴った。

 

スイリューの姿がリング中央から消えた。 正確には、それほど速く踏み込んだのだ。次の瞬間にはサイタマの懐へ入り、鋭い蹴りが腹部へ突き刺さっている。鈍い衝突音が会場へ響き、観客の歓声が一度途切れた。

 

サイタマは一歩も動いていなかった。 スイリューの目がわずかに開く。しかし判断は速い。回転から踵を側頭部へ叩き込み、その流れのまま拳、膝、肘へつなぐ。技の連結に無駄がなく、一つの攻撃が次の攻撃を生み、観客の目には残像だけが残った。

 

それでもサイタマは同じ位置にいた。 何発受けても姿勢が崩れず、反撃する気配さえ見せない。スイリューは一度距離を取り、呼吸を乱さないまま笑ったが、その笑みは最初より薄くなっていた。

 

「硬いね」

 

「うん」

 

「それだけ?」

 

「うん」

 

「……じゃあ、もっと上げるよ」

 

再び踏み込む。今度は最初から速度も威力も上だった。 床に亀裂が走り、蹴りの風圧だけでリング端の破片が飛ぶ。スイリューの武術は確かに洗練されていた。身体の回転、重心移動、攻撃から攻撃へのつながり。サイタマにも「うまい」ということくらいは分かる。

 

ただ、分かるだけだった。 避けなければ危ないとも、受ければ痛いとも思わない。技術として眺めることはできても、それが自分へ向けられた脅威として感じられない。

 

フリーザと戦う時は違う。 あちらは速い。重い。少し油断すれば本当に飛ばされる。気配がふっと消えた次の瞬間には黄金の拳が目の前へ現れ、防いだと思えば尻尾が横から飛んでくる。最近は一瞬だけ出力を跳ね上げるせいで、なおさら面倒になっていた。

 

それでも――いや、だからこそ楽しい。 スイリューは強い。人間の格闘家としてはかなり強いのだろう。だが、サイタマの中で勝負そのものへの感情が動かなかった。

 

「なあ」

 

サイタマが不意に声をかけると、スイリューは拳を止めた。

 

「何?」

 

「なんで強くなりたいんだ?」

 

予想していなかった質問に、スイリューは一瞬だけ目を瞬かせた。それから、すぐに笑う。

 

「人生を楽しみたいから」

 

「強いと楽?」

 

「楽だよ。モテるし、金も名声も勝手についてくる。苦労して正義とか責任とか背負うより、せっかくの強さを使って楽しく生きる方がいいだろ?」

 

「へえ」

 

以前のサイタマなら、その答えに何かを感じただろうか。 強くなりすぎれば退屈する。勝つことが当たり前になり、刺激が消える。自分がそうだったから、強さを求め続けること自体に意味があるとは思えなくなっていた。

 

けれど、今は少し違う。 フリーザがいる。月へ行けば本気に近い拳を交わせる相手がいて、その相手は戦うたびに新しいことを覚えてくる。ジェノスは相変わらずついて回り、タツマキは会社へ入ってから毎日のように騒ぎ、怪人の居場所はスカウターですぐ分かる。給料も以前よりずっと安定した。

 

スーパーの特売へは今でも行く。金があるから行かなくなるというものでもなかった。安いなら買う。それはそれで大事である。 ただ、毎日はそれなりに。いや、結構楽しいかもしれない。

少なくとも、以前ほど虚しいと感じることはなくなった。

 

「だったら」

 

サイタマは拳を軽く握った。

 

「もっと頑張らないとな」

 

「何?」

 

「強いって、結構いいもんだぞ」

 

観客席でその言葉を聞いたフリーザが、ほんの少しだけ目を細めた。

 

以前のサイタマなら、たぶん口にしなかった言葉だった。 スイリューは数秒サイタマを見つめ、それから面白そうに笑う。

 

「へえ。じゃあ、それを教えてよ」

 

全身の力を解放した。踏み込んだ足元からリングが砕け、身体が弾丸のように加速する。

 

「いくよ!」

 

「おう」

 

サイタマも拳を出した。 速さを競うつもりも、技を見せるつもりもない。いつもの、力を抑えた何でもない一発だった。

 

「〜〜〜〜〜〜ッ!!?!!」

 

拳が腹へ入った瞬間、スイリューの表情が止まった。 次の瞬間には身体が後方へ吹き飛び、リングの床を何度も跳ねていた。壁へ激突する直前で勢いが落ち、そのまま力を失って横たわる。

 

会場が静まり返った。 審判が恐る恐る状態を確認し、やがてサイタマの腕を上げる。勝者が決まった瞬間、沈黙は巨大な歓声へ変わった。 サイタマは頭を掻いた。

 

「結局、何も分かんなかったな」

 

観客席から立ち上がったフリーザが肩をすくめる。

 

「でしょうね」

 

「聞こえてた?」

 

「ええ。かなりよく」

 

そこで会場の床が揺れた。 最初は小さかった震動がすぐに大きくなり、正面入口の壁が外側から吹き飛ばされる。煙と瓦礫の向こうから、巨大な影がゆっくりと姿を現した。

 

ゴウケツ。 その背後には、すでに怪人化した格闘家たちが何人も続いている。歓声は一瞬で悲鳴へ変わった。

 

倒れていたスイリューが、腹を押さえながら顔を上げる。 ゴウケツは会場を見回し、低い声で告げた。

 

「大会は終わりだ」

 

「え」

 

サイタマが間の抜けた声を出す。 観客席のフリーザだけが、少し楽しそうに笑みを深めていた。

 

「どうやら、宣伝の時間が予定より早まったようですね」

 

第十六話・前編 終

第十六話・後編 地上だけ

ゴウケツは、ただ身体が大きいだけの怪人ではなかった。 会場へ踏み込んだだけで空気が変わる。かつて武術家だった面影を残しながら、その肉体は人間という枠から完全に外れている。格闘家の中には、何もされていないのに脚を震わせる者さえいた。

 

床に倒れていたスイリューも、その圧力が何を意味するのか理解した。

 

腹にはまだサイタマの拳の痛みが残っている。決勝で負けたことも気に入らない。その直後に大会そのものを踏みにじる怪人が現れたことも、当然気に入らなかった。

 

「ふざけんなよ」

 

スイリューは立ち上がった。 ゴウケツが視線だけを落とす。

 

「俺、まだ終わってないんだけど」

 

「弱者」

 

返ってきたのは一言だけだった。 スイリューの笑顔が消える。

 

「……あ?」

 

踏み込んだ。 決勝までほとんどの相手を圧倒してきた拳が、ゴウケツの顔面へ直撃する。重い音が響いたにもかかわらず、怪人の首はほとんど動かなかった。

 

スイリューが目を見開いた、その瞬間だった。 ゴウケツは腕を振った。技と呼ぶほどの動きですらない。単純な横薙ぎだった。

 

それだけで、スイリューの身体は会場を横切り、壁を貫いた。

 

「がっ……!」

 

血を吐きながら床へ落ちる。 観客席から悲鳴が上がった。サイタマはまだ動かず、フリーザも横目で状況を見ているだけだった。 ゴウケツはゆっくりスイリューへ近づいた。

 

「才能はある。だが、弱い。人間の武術家など怪人化せねばこの程度だ。」

 

スイリューは歯を食いしばって立った。拳を打ち込み、蹴りを重ね、角度を変えながら何度も急所を狙う。

 

全部当たる。 それなのに、何も効かない。 ゴウケツが一発返すたび、スイリューは床へ叩きつけられた。腕に嫌な音が走り、肋骨が軋み、息を吸うだけで胸が痛む。

 

それでも立つ。 さっきまで、自分は強いと思っていた。 サイタマは例外だった。あんなものを人間の基準へ入れる方がおかしい。それでも格闘家という世界の中なら、自分は十分に上にいる。その認識はまだ壊れていなかった。

 

しかし、ゴウケツは違う。 何度やっても勝てないことを、身体の方が先に理解した。このまま続ければ死ぬ。逃げなければならない。

 

けれど周囲には怪人化した格闘家たちがいて、退路も塞がれている。

 

ゴウケツが拳を上げた。 スイリューの喉から、今までなら絶対に出なかった声が漏れる。

 

「助けて……」

 

拳が振り下ろされる。

 

「誰か、ヒーロー!」

 

黄色い影が二人の間へ入った。 サイタマはずれかけた衣装を直しながら、いつもの顔で振り返る。

 

「呼んだ?」

 

スイリューが目を見開いた。

 

「……お前」

ゴウケツはサイタマを見下ろす。

 

「大会の優勝者か」

 

「うん。で、お前、怪人?」

 

「邪魔だ」

 

ゴウケツが拳を振る。 サイタマは普通に拳を出した。 次の瞬間、ゴウケツの上半身が消えた。 爆音が一度だけ響き、腰から上が丸ごと吹き飛ぶ。遅れて首だけが高く舞い上がり、回転しながら会場へ落ちてきた。

 

巨大な頭部が床を転がった。 スイリューも観客も、怪人化した格闘家たちも、同じように口を開けたまま止まっている。 サイタマは拳を下ろした。

 

「なんだ。普通じゃん」

 

何を基準に普通と言っているのか、スイリューにはまるで分からなかった。

 

その時、ゴウケツの残った下半身の上へ白と紫の影が降りた。 フリーザだった。 血まみれの怪人の腰を、まるで演台のように使って立つ。観客を見回し、両手を広げる姿だけは妙に堂々としていた。

 

「皆さん」

 

「何すんだよ」

 

サイタマが嫌そうに言う。

 

「怪人は、我が社が討伐しました。フリーザ・コーポレーションを、今後ともよろしくお願いいたします」

 

数秒の沈黙のあと、会場が爆発したような歓声に包まれた。

 

「うおおおおお!」

 

「フリーザ!」

 

「会社の人だ!」

 

「サイタマも社員だろ!」

 

「すげえ!」

 

床に倒れたスイリューは、その光景を理解することを諦めかけていた。

 

自分が何もできなかった怪人を一発で消した男が会社員で、その会社の社長が怪人の死体の上に立って宣伝を始めている。 意味が分からない。

 

「ほんと抜け目ないなお前。」

 

「絶好の機会ですから」

 

「普通に勝っただけだぞ」

 

「それが一番よい広告になるのです」

 

怪人化した格闘家たちがじりじりと後退する。逃げるべきだと考えているのが顔に出ていた。

 

フリーザはそれを横目で確認すると、今度は両手を背中で組んだ。

 

「さて、皆さん。ちょうどよい機会ですので、もう一つお見せしましょう」

 

観客の声が少しずつ静まる。

 

「現在、Z市の地上には怪人が同時多発的に出現しています。タツマキさん、ジェノスさん、その他のヒーローの皆さんも対応していますが、まだ地上に残っている…というよりも、この短時間でまたしてもわらわらと湧いてきました。ですので、この場から怪人たちを残らず殲滅します。」

 

実況席の男が困惑した顔をした。

 

「この場から……何を?」

 

「残っている怪人をここから殲滅します、と言ったのです。

怪人は一匹残らず生かして返しませんので皆様ご安心を。」

 

今度こそ会場が完全に静まった。 誰も意味を理解できない。

 

「ここから?」

 

「どうやって?」

 

スイリューも床から顔を上げる。

 

「何言ってんだ、こいつ……」

 

サイタマだけは横からフリーザを見た。

 

「やるの?」

 

「ええ」

 

フリーザは目を閉じた。 一週間、タツマキとの修行で繰り返してきたことがある。出力を上げることではない。むしろ逆だ。

 

必要な時、必要な場所へ、必要な量だけを送る。 一発ごとに威力を変え、攻撃が終われば即座に消す。相手の防御へ合わせ、殺さないぎりぎりまで落とし、別の攻撃へ切り替える。数千、数万という細かな調整を、タツマキとの訓練では繰り返してきた。

 

今度はそれを、一人ではなく街全体へ向ける。 意識を広げる。 人間の気配。怪人の気配。位置、高さ、速度、建物との距離、周囲の一般人。混在する無数の反応を一つずつ選別し、必要な標的だけを頭の中へ残していく。 やがてフリーザが目を開いた。

 

「把握しました」

 

右手を掲げる。 ただそれだけの行為に観客が息を呑む。

 

「何すんだ?」

 

サイタマが訝しむ。

 

「修行の成果、というやつですよ。」

 

「いつもやる指からビームだすやつ?」

 

 

「似たようなものですが…今回は、もう少し精密です」

 

にやりと笑うや否や、天に向けたフリーザの掌無数のエネルギー弾が空に昇ってゆく。

上空へ集まった光は、ほんの一瞬だけ巨大な群れのようになったかと思いきや。次の瞬間、四方八方へ散った。 逆さに降る流星のように、この街の各所へ向かう。

その光景は、かつて第七宇宙で魔人ブウが地球人を皆殺しにしたときのものによく似ていた。

 

市街地の一角で、三体の怪人が逃げ遅れた市民を追っていた。 最初の光は道路すれすれで曲がり、先頭の怪人の頭を撃ち抜いた。二つ目は建物の陰へ逃げ込んだ怪人を追って角を曲がり、腹部を貫通して爆ぜる。三体目は飛び上がったが、光弾はその背中を追尾し、さらに加速して命中した。

 

別の場所では巨大怪人が道路を壊していた。三発の光が同時に両肩と頭へ入り、爆発と同時に巨体が崩れる。

 

地下道へ逃げようとした怪人には、地面へ落ちる直前で角度を変えた一発が入口から飛び込み、胸部だけを正確に貫いた。

 

公園、ビル、倉庫、路地、河川敷、工場。 街のあらゆる場所へ光が降る。 人間には一発も当たらない。 怪人だけが消えていく。

 

別地区で一体の怪人を焼却したジェノスのスカウターが、突然激しく鳴った。 表示されていた赤い点が、一斉に消え始める。

 

「……フリーザ」

 

顔を上げる。 空を無数の光が走っていた。その一つがジェノスのすぐ横を通過し、数キロ先にいた怪人反応を消す。

 

一方、別地区ではタツマキが怪人を念力で押し潰した直後だった。

 

次の標的を探そうとして、動きを止める。 それまで周囲に感じていた異常な反応が、一つ、また一つと消えていく。

 

空には見覚えのある気配を持つ光が無数に走っていた。

 

「あいつ……」

 

タツマキの口元が引きつる。

 

「こんなのできるなら、先にやりなさいよ!」

 

武術大会会場の大型モニターには、すでに緊急ニュースが流れていた。

 

各地の監視カメラが、怪人が光に撃ち抜かれて消える瞬間を次々と映している。

 

「何だこれ……」

 

「全部?」

 

「今の光なのか?」

 

実況すら仕事を忘れ、画面を見ていた。 やがてフリーザが手を下ろした。

 

「ご心配なく。たった今、地上の怪人は一匹残らず殲滅いたしました。」

 

数秒、誰も声を出さなかった。 次に来た歓声は、サイタマが優勝した時より大きかった。

 

「うおおおおおお!」

 

「フリーザ!」

 

「フリーザ様!」

 

「全部倒したぞ!」

 

「フリーザ・コーポレーション!」

 

会場に残っていた怪人格闘家たちは震えていた。自分たちも怪人なのに、なぜまだ生きているのか理解できない。 フリーザは横目で彼らを見た。

 

「あなた方はサイタマさんの大会の後始末ですので、ご自分でどうぞ」

 

「俺?」

 

「ええ」

 

サイタマは少し考え、それから拳を鳴らした。

 

「まあ、いいか」

 

スイリューはもう、何に驚けばいいのか分からなくなっていた。 サイタマが戻ってくると、フリーザの横へ立つ。

 

「お前、そんなんできるなら最初からやれよ」

 

「そういうわけにはいきません。精密動作に優れる分威力が低いのです。

大物をさきに消しておかねば効果は薄いでしょう。」

 

「だからでかいの行くって言ってたのかお前?」

 

「ええ。修業の成果を試す絶好の機会でしたので」

 

「怪人退治だぞ」

 

「心外ですね。結果として人が助かるのであれば、よいではありませんか」

 

サイタマも数秒考える。

 

「まあ……そうか」

 

「でしょう?」

 

 

フリーザが手を上げると、会場のモニターへいつの間にか会社のロゴが表示された。

 

「用意周到だな」

 

「社長ですので」

 

 

そう答えた直後、フリーザの笑みがわずかに止まった。 視線が床へ向く。 その下。さらに深い地下。 先ほど地上の怪人を選別するため意識を広げた時、地中にも大量の反応が残っていることへ気づいていた。強いものがいくつもあり、その中でも特に大きな一つがある。

 

巨大な気。 そして、その周囲にもう一つ、こちらを観察しているような歪んだ気配があった。

 

「それに」

 

「何?」

 

サイタマが尋ねる。 フリーザは地下へ視線を落としたまま笑った。

 

「今はまだ、地上だけですからね」

 

「地下?」

 

「そのうち、向こうから出てくるでしょう」

 

地下深く。 怪人協会の奥で、ギョロギョロは動けずにいた。 千里眼を通して見ていたフリーザが、最後にこちらを見た。

 

目が合うはずはない。何キロもの地層があり、拠点は徹底して隠している。それでも、あの赤い目は確かに自分を見て笑ったように感じた。

 

「……バレている」

 

声が掠れた。 地上の怪人を同時に殲滅した技も異常だった。多数の標的を同時に捉え、それぞれ別の軌道と威力で攻撃し、人間だけを完全に避けている。

 

純粋な破壊力だけの問題ではない。 制御が異常なのだ。

 

「災害レベル神クラス…」

 

 

ムカデ長老が何もできずに消された時点で理解していた。それでも複数の竜をぶつければ何か起きる可能性を捨て切れなかった。

 

今日、その可能性も消えた。 戦慄のタツマキは以前より強くなっている。探知能力まで伸び始めた。ジェノスも改造を続け、サイタマという理解不能な存在まで同じ会社で動いている。

 

そして、フリーザ。 怪人協会の計画そのものを組み直す必要がある。

 

「オロチ様」

 

背後の暗闇で、巨大な怪人王がこちらを見た。

 

「奴は生贄だ。私が神に至る過程のな…」

 

以前なら、それになんの疑問持たなかった。

しかし今は、即答できなかった。 ムカデ長老の消滅。宇宙船の破壊。ボロスの敗北。そして今日、街中の怪人を同時に正確に消した制御。

 

オロチが戦って勝てるのか。 分からない。 仮に自分とオロチが融合し、さらに力を増したとしても、それで届くという確信が持てなかった。

 

「……あれを使うしかないかもしれない」

 

「何?」

 

オロチが問い返す。 ギョロギョロは長い間封じていた選択肢を思い浮かべた。

 

本来なら使うつもりのなかったものだ。危険で、制御できる保証もなく、怪人協会そのものを巻き込む可能性すらある。

 

だが、このままなら別の意味で計画が終わる。 地下のさらに奥には、何重もの扉と超能力の結界で閉ざされた部屋があった。

 

その中心にある装置は、この世界の技術で作られたものには見えない。機械のような外見をしているのに、表面は生き物の皮膚のようにわずかにうねる。

 

内部から漏れるものを「気」と呼ぶのも正確ではなかった。 悪意、怒り、嫉妬、欲望、憎悪、怨念。そうした感情を無理やり一つへ押し固めたような、見るだけで頭が痛くなるほど濁った何かがある。

 

一度起動したら何が起こるのか、ギョロギョロ自身にも完全には分からない。

 

「使いたくなかったが…」

 

全ての目を細める。

 

封印された部屋の中の、醜悪極まりないもののことを考えると…

 

遠く離れた武術大会会場で、フリーザの眉がわずかに動いた。

 

「どうした?」

 

サイタマが尋ねる。 地下のさらに奥で、先ほどまで存在しなかったような歪んだ反応が生まれている。

 

強いというより、気持ちが悪い。 それでもフリーザの口元は上がった。

 

「いえ。何か少々、妙なものが目を覚ましそうですね」

 

地底で何かが起きる。フリーザはそう予感して、笑みがこぼれた。

 

――次回へ続く。

 

 

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