フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~   作:&劉

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第十八話 復活の邪念

 

Z市の地上だけを見れば、そこにはもう大したものは残っていなかった。怪人被害で放棄された建物、ひび割れた道路、風に転がされる瓦礫。人間の気配は薄く、昨日まで地上をうろついていた怪人も、フリーザが放った無数の気弾によってほとんど姿を消している。

 

だが、その地下数百メートルには、地上とはまるで別の世界が広がっていた。通路、階段、地下水路、巨大な柱、怪人の体格に合わせて無理やり拡張された空洞が幾重にも連なり、その規模は一つの地下都市と呼んでも差し支えない。そして今、その都市へ人類側の怪物たちが侵入していた。 その中で最初に困っていたのは、怪人でもヒーローでもなく、サイタマだった。

 

彼は三方向へ分かれた通路の前で立ち止まり、しばらく右と左と正面を見比べた。胸元にはフリーザから渡された小型通信機と簡易スカウターがあるが、どちらも本人の方向感覚まで補ってくれるわけではない。

 

「フリーザ。また分かれ道なんだけど」

 

『スカウターの表示を見てください。進行方向が出ています』

 

「赤い点はいっぱいあるぞ」

 

『それは怪人反応です。矢印の方です』

 

「どれ?」

 

通信の向こうで数秒の沈黙があった。

 

『画面の上に出ている青い矢印です』

 

「上?」

 

『天井ではありません。画面の上です』

 

「ああ、これか」

 

ようやく歩き出したサイタマは、三歩ほど進んだところでまた止まった。

 

「でもさ、怪人協会の本部なんだろ。あんまり怪人いなくない?」

 

今度はフリーザもすぐには答えなかった。サイタマが地下へ入ってから十数分、まともに遭遇した怪人は入口の見張りと、その少し奥にいた雑兵程度しかいない。拠点の規模を考えれば明らかに少なすぎる。

そもそも、怪人の気をほとんど感じない

 

『奥へ集めているのでしょうね。気配そのものは、かなり深い場所へ集中しています』

 

「じゃあ、そっち行けばいい?」

 

『あなたは人質を優先してください。強い方はわたくしたちが見ます』

 

「はいはい」

 

通信を切り、しばらく進んだ先で、サイタマは通路を塞ぐように寝ている巨大な生き物を見つけた。遠目には犬に見える。近づいても犬には見える。ただし、六つの目と裂けた口を持ち、立ち上がれば建物より大きいという点を除けば、である。

 

育ちすぎたポチは六つの目を同時に開き、目の前の侵入者へ低い唸り声を向けた。空気が震え、開いた口の奥へ高密度のエネルギーが集まっていく。

 

「犬?」

 

サイタマが首を傾げた直後、光線が放たれた。地下通路が一瞬で白く染まり、爆発とともに天井と壁が崩れ、濃い土煙が広がる。 ポチは巨体を起こし、煙の向こうを睨んだ。 そこからサイタマが普通に歩いて出てきた。衣装に少し土埃が付いた程度で、顔色は変わっていない。

 

「こら。犬がいきなり人にビーム撃つな」

 

ポチがもう一度口を開いた。 サイタマは軽く拳を握った。

 

「おすわり」

 

拳が頭頂部へ落ちた。

 

轟音とともにポチの巨体が床へ沈み、周囲一帯が巨大なクレーターになった。数秒後、めり込んだ頭がゆっくり持ち上がり、六つの目がサイタマを見る。

 

「おすわり」

今度は殴っていない。 ポチはその場へ静かに腰を下ろした。

 

「よし」

サイタマは満足そうに横を通り過ぎた。ポチは追わず、低くなった尻尾だけがしばらく動かなかった。

 

◇

別の通路では、ジェノスとアマイマスクが高速で地下を進んでいた。ジェノスは壁際すれすれを推進器で抜けながらスカウターを確認し、アマイマスクはその速度へ平然とついてくる。

 

「サイタマ先生の反応が近い」

 

「怪人は?」

 

「少ない。不自然なほどだ」

 

「同感だ」 角を曲がったところで、ちょうどサイタマが現れた。

 

「お」

 

「先生、合流できました」 ジェノスがすぐに速度を落とす。 アマイマスクはサイタマを見て、わずかに目を細めた。

 

「あなたが例のA級か」

 

「今、何位だっけ」

 

「二位です、先生」

 

「あ、そう」

 

アマイマスクの表情がほんの少しだけ複雑になった。A級一位である自分のすぐ下まで来ているのに、当人は順位をほとんど把握していない。それだけでも気に障るのに、ジェノスはこの男を師と呼び、フリーザも異常なほど高く評価している。宇宙船事件のあと、フロストという異星人を一撃で沈めたという映像も確認していた。

 

「ずいぶん順位に無頓着なんだな」

 

「まあ、給料は会社から出るし」

 

「……そういう問題なのか?」

 

アマイマスクが理解を諦めかけたところで、ジェノスが急に立ち止まった。スカウターの表示が切り替わり、地下のさらに先に人間反応が三つ現れる。

 

「先生、人間反応を確認しました」

 

「人質?」

 

「可能性は高いです。ただし三人います」

 

ジェノスは表示を拡大した。一つは明らかに普通の人間で、もう一つもそれに近い。問題は最後の反応だった。

 

「しかもこの一つだけ妙だ。人間と怪人、両方の性質を持っている」

 

その言葉を聞いた瞬間、アマイマスクの身体がほんのわずかに硬くなった。 ジェノスは画面を見ていて気づかない。サイタマも気づいていなかった。

 

「怪人化しかけとか?」

 

「不明です。フリーザへ確認する」

 

通信が繋がるより早く、向こうから返事が来た。

 

『聞いています』

 

◇

同じ頃、フリーザとタツマキは別ルートから地下深部へ降下していた。 フリーザは飛びながら目を閉じ、気の分布を探っている。タツマキもこの一週間で精度を増した感知を周囲へ広げ、同じ三つの人間反応へ気づいていた。

 

「三ついるわね。人間っぽいの」

 

「ええ。そのうち一つは少々妙です」

 

「あれ、怪人?」

 

「人間でもあります」

 

「どっちよ」

 

「両方でしょうね」

 

タツマキは眉を寄せた。

 

「気持ち悪いわね」

 

「この星では、案外そういう方が多いのかもしれませんよ」

 

フリーザが軽く笑う。タツマキは横目で見たが、その言葉の意味までは考えなかった。 通信からジェノスの声が入る。

 

『どうします』

 

「ジェノスさんがナビゲートしてください。サイタマさんとアマイマスクさんは最も近い人間反応へ向かい、人質を優先して確保してください」

 

『了解』

 

「サイタマさん」

 

『何?』

 

「最短ルートでお願いします」

 

『道わかんない』

 

「ですから、壁と床を壊してください」

 

『最初からそう言ってくれよ』

 

「今言いました」

 

サイタマが壁へ拳を向ける気配が伝わり、ジェノスが慌てて割り込んだ。

 

『先生、方向だけ確認してください。そちらです』

 

『こっち?』

 

次の瞬間、通信越しに轟音が響いた。

 

数十メートル先まで壁が一直線に消え、その向こうにいた怪人たちまで拳圧でまとめて吹き飛ばされる。アマイマスクは無言でその光景を見つめ、ジェノスだけが淡々と報告した。

 

『最短ルートを確保しました』

 

「結構。人質確保後は必ず映像をヒーロー協会本部へ送ってください」

 

『なぜだ?』

 

アマイマスクの問いに、フリーザは即答した。

 

「ナリンキさんがうるさかったでしょう。息子を救出した証拠を見せれば黙ります」

 

『会社の宣伝?』

 

「それも否定しません。しかし第一義はこうるさいヒーロー協会とほかのS級ヒーローどもを黙らせるためです。」

 

サイタマの指摘にも否定しない。フリーザは続ける。

 

「S級ヒーローはプライドが高すぎます。どうにも扱いにくい。

協会ごとまとめて消えてもらうのも悪くはないですが、それは今回の反応で決めるとしましょう」

 

『無茶苦茶言ってるな、お前』

 

「ほっほっほ。救出後、アマイマスクさんは人質を連れて地上へ戻ってください。あなたは顔が売れていますから、救助映像として映えます」

 

『僕が?』

 

「ええ。見栄えは重要です。そしてすぐにこちらへ戻ってきてください」

 

アマイマスクは眉間へわずかに皺を寄せたが、合理性そのものは否定できなかった。

 

『……了解した』

 

「ジェノスさんとサイタマさんは、その後もう一つの人間反応を確認してください。

半々の存在は今はほうっておきましょう。」

 

『了解』

 

『分かった』

 

通信が切れる。 隣を飛んでいたタツマキが、少し呆れたようにフリーザを見た。

 

「社長してるわね」

 

「社長ですので」

 

「もっと雑に全部壊すと思ってた」

 

「それでも構いませんが、少々気になることがありますので」

 

タツマキが少し意外そうな顔をした。

 

「気になること?」

 

「ええ。」

 

「何?」

 

「妙な気があるのです。大したことではないかもしれません。

しかし、わたしには一抹の不安もあってはならないんです」

 

「へえ。あんた意外とそういうの気にするのね」

 

「あなた、わたしをなんだと思っていたのですか?」

 

「性格の悪い宇宙人」

 

「ほっほっほ」

 

フリーザが笑ったところで、二人は同時に速度を落とした。 地下の気配が変わった。

 

それまで細い通路へ散っていた怪人反応がほとんど消え、正面の巨大空洞へ集中している。意図的に戦力を集めているのは明らかだった。

 

「待ち伏せね」

 

「でしょうね」

 

二人は迷わず進んだ。

 

◇

細い通路が終わり、視界が一気に開けた。 巨大な柱が何十本も並ぶ空洞の中央に、祭壇のような構造物がある。その奥には怪人王オロチが座り、さらに手前には巨大な目玉を思わせる肉塊――ギョロギョロが待っていた。

 

「ようこそ」

 

声が空洞へ響く。 タツマキは鼻を鳴らした。

 

「あんたが怪人協会のボス?」

 

「これはこれは戦慄のタツマキ、それに帝王フリーザ…」

 

ギョロギョロが背後を見る。

 

フリーザは初めてオロチへまともに視線を向けた。気は大きい。ムカデ長老を明確に上回り、地球で出会った怪人の中では別格と言っていい。ただし、遊び相手になるかと言われれば…

 

オロチの眼が開く。

 

「貴様がフリーザか」

 

「ええ。あなたがオロチさんですね」

 

「そうだ」

 

タツマキが横から小声で言った。

 

「さん付け?」

 

「ええ」

 

「相手、怪人王だけど」

 

「だからといって、最初から無礼にする必要はないでしょう」

 

ギョロギョロが笑う。

 

「ずいぶんと余裕だな」

 

フリーザは周囲を見回した。

 

「ずいぶん人間が少ないですね」

 

「人ではない。怪人だ。」

 

「わたしからすればただの地球人ですよ、両方ね。」

 

その言葉に反応するように、周囲の闇から幹部たちが姿を現した。

 

黒い精子がぞろぞろと増殖しながら笑い、ハグキは巨大な口から涎を垂らす。ブサイク大総統はタツマキを見るなり露骨な苛立ちを浮かべ、ホームレス帝の周囲には無数の光球が生まれた。さらに奥では、二つの眼を浮かべた巨大な水塊、エビル天然水がゆっくりとうねっている。 隙間からゆっくりとニャーンが顔を覗かせている。

 

タツマキは全員を見渡した。

 

「こいつらが幹部?」

 

「そうだ。怪人協会の精鋭」

 

ギョロギョロは一瞬だけ周囲を見て、わずかに声を止めた。

 

「……ポチがいない」

フリーザが通信を開く。

 

「サイタマさん。途中で何かを見ませんでした?」

 

『ああ。なんかでっかいのがいたぞ』

 

「どうしました?」

 

『おすわりさせた』

 

「……」

 

ギョロギョロが黙った。

 

「おすわり?」

 

タツマキも聞き返す。

 

「結構です」

 

フリーザはそれだけ言って通信を切った。

 

災害レベル竜の育ちすぎたポチが「おすわりさせられた」という情報を、ギョロギョロはどう処理すればよいか分からなかった。数秒後、無理やり思考を立て直す。

 

「まあいい。お前たち二人をここで止めれば済む」

 

幹部たちが前へ出る。 タツマキは面倒そうに手首を回した。

 

「まとめて来る?」

 

「タツマキさん」

 

「何よ」

 

「こちらはお願いできますか?」

 

「は?」

 

フリーザはオロチへ視線を向けた。

 

「わたくしは大きい方を見たいので」

 

「誰があんたの命令で――」

 

「心配しなくていい」

 

ギョロギョロが言葉を遮った。

 

「フリーザ、お前には別の相手を用意している」

 

フリーザの眉がわずかに上がる。

 

「別の相手?」

 

「そう、別の相手だ。」

 

ギョロギョロの背後で床が割れた。

 

さらに深い層から、巨大な装置がゆっくりせり上がってくる。球体と円筒を無理に組み合わせたような黒い機械で、無数の配管が伸び、表面では紫色の脈動が生き物の心臓のように繰り返されていた。 周囲の空間が、ほんのわずかに歪んでいる。 フリーザの笑みは消えなかった。 ただし、赤い目だけが変わった。 昨日から感じていた、あの邪念の中心だった。

 

「それは何です?」

 

「魂洗浄機、と言うらしい。」

 

「……何その名前」

 

タツマキが露骨に嫌そうな顔をする。 ギョロギョロは装置を見上げた。

 

「本来は、人間や生物の精神から不要な邪念、悪意、憎悪、恐怖、欲望といった負の感情を分離して処理するための装置らしい」

 

「らしい?」

 

「私が作ったものではないからな」

フリーザの目が少し細くなる。

 

「この世界の技術ではない、と?」

 

「さあ。ただし、機能だけは調べた。そして今、この装置は壊れている」

 

装置がどくん、と脈打った。 空洞の壁が一瞬だけ四角い形に歪む。

 

「怪人化した者、人間を捨てた者、強い悪意や恐怖を抱えた者。長い間、その残滓をここへ流し込み続けた。処理されるはずだった邪念は消えず、内部へ溜まり続けている。限界を超えてな」

 

タツマキの表情が険しくなった。

 

「馬鹿じゃないの? つまりは壊れる寸前じゃない」

 

「その通り。だから使うのだ」

 

ギョロギョロは笑った。

 

フリーザはむしろ少し楽しそうだった。

 

「なるほど…ここまでほとんど誰もいなかった原因がわかりましたよ」

 

「ご明察。ただし、どうなるかは使ってみないとわからない。」

 

ギョロギョロの念力が装置を包んだ。 そこでブサイク大総統が嫌な予感を覚えた。

 

「おい。何を――」

 

言い終わる前に、装置そのものが持ち上がった。

 

「え?」

 

巨大な機械がブサイク大総統へ叩きつけられる。 外殻が砕けた。

 

直撃を受けたブサイク大総統が吹き飛び、ほぼ同時に装置内部から黒、紫、赤の煙が爆発的に噴き出した。

 

「何やってんのよ!」

 

タツマキが即座にバリアを張る。 怪人幹部たちも反射的に距離を取り、フリーザは煙の中心だけを見つめた。 ギョロギョロは答えない。 濃密な邪念が空洞を満たし、その中で何かが形を作っている。 肉が膨らむような音。空間そのものが軋む音。そして、人の声とは思えない低い唸り。

 

「ジャ……」

 

フリーザの瞳がわずかに細くなる。

 

「ジャネ……」

 

煙の奥から巨大な拳が飛び出した。 速い。 予想していたより、はるかに。 フリーザが顔を向けた時には、拳が頬へ直撃していた。 轟音。 白と紫の身体が後方へ弾かれ、壁を一枚、二枚、三枚と貫き、遠くで岩盤を爆発させる。

 

「フリーザ!」

 

タツマキが思わず叫んだ。 フリーザがまともに殴り飛ばされる光景は、彼女にとっても珍しい。 煙が晴れる。

 

現れたのは、黄色の巨体だった。太い手足、大きな角、丸みを帯びた胴体。どこか子供じみた形をしているのに、見る者の感覚を不快に歪ませる異様さがある。 ジャネンバ。 もちろん、その場にいる誰一人として、その名を知る者はいなかった。 怪物は両腕を広げ、空洞を震わせるように叫んだ。

 

「ジャネンバァァァ!」

 

タツマキが本気で顔をしかめる。

 

「……何よ、それ」

 

「せ、成功だ!!」

 

ギョロギョロはそう言ったが 本当に成功なのかは、本人にも分からない。

 

装置を壊して生まれた怪物が誰の命令を聞くのか。そもそも命令という概念が通じるのか。それすら不明だった。 ただ一つ確かなのは、フリーザを殴って吹き飛ばしたことだけだ。

 

「フリーザ、お前の相手はそれだ。」

 

タツマキはジャネンバを見上げた。

 

「厄介そうね」

 

「お前、舐めてるだろ」

 

黒い精子が前へ出る。

 

「お前の相手は俺たちだ」

 

ホームレス帝の周囲で光球が増え、ハグキが巨大な口を開く。エビル天然水の表面も針のように尖った。

ニャーンもその爪をするどく光らせている。

タツマキが苛立ちを爆発させた、その瞬間だった。 別方向から巨大な衝撃が走った。 全員の動きが止まる。 怪人王オロチの顔面が横へ吹き飛んだ。

 

角、肉、骨が散り、巨大な身体が大きく傾く。その向こうの壁には一直線の穴が開いている。何枚もの岩盤と通路をまとめて貫いた穴の奥で、サイタマが拳を出したまま立っていた。

 

「あ」

 

サイタマは周囲を見回した。

 

「ここ?」

 

ギョロギョロは声が出ない。

 

「遅い!」

 

タツマキが怒鳴る。

 

「道分かんなくて。壁壊したら、なんかでかいのいたから殴った」

 

オロチの巨体がゆっくりと倒れ、地下全体を揺らした。 怪人幹部たちは全員沈黙している。

 

黒い精子も、ホームレス帝も、ハグキも何も言わない。エビル天然水ですら、浮かんでいる眼が微妙に動いた。ニャーンは危機を察知して地上へと逃げた。

 

「人質は?」

 

「ああ。ジェノスがもう助けた」

 

その言葉を裏付けるように通信が入る。

 

『人質を確保しました。映像は本部へ送信済みです。アマイマスクが地上へ護送しています』 瓦礫の向こうからフリーザの声がした。

 

「結構」

 

崩れた岩盤を押しのけ、本人が何事もなかったように歩いて戻ってくる。肩の埃を払い、少し汚れた胸元を見下ろした。

 

「平気?」

 

「もちろんです」

 

「ちょっとどころじゃなく吹っ飛んでたけど」

 

「それとダメージがあるかは別のお話です」

 

フリーザはジャネンバへ向き直った。 赤い目が楽しそうに細くなる。

 

先ほどの拳は単に重かっただけではない。ボロスの攻撃とも、タツマキの念力とも種類が違う。力の流れそのものに、空間の規則を乱すような妙な感触が混ざっていた。

 

「アレは、わたくしがやります」

 

「一人で?」

 

「何か問題でも?」

 

タツマキは止めなかった。

 

この顔をしている時のフリーザに何を言っても無駄だと、もう知っている。それに自分にも相手が残っている。 フリーザはギョロギョロへ視線を向けた。

 

「ではギョロギョロさん。こちらの方のお相手は、もうお分かりですね?」

 

「誰にものを言ってんのよ!」

 

タツマキの念力が一気に膨れ上がる。 ギョロギョロの肉体が宙へ引き上げられた。

 

「なっ――!」

 

しかし、タツマキの感覚に違和感があった。 軽すぎる。 目の前の肉塊だけではない。さらに地下深くから、同じ力の糸が繋がっている。

 

「……なるほど」

 

フリーザも気づいた。

 

「人形でしたか」

 

「隠れてるつもり?」

 

タツマキが笑った。 念力が地下へ潜り込み、何層もの岩盤をまとめて砕く。遠くで女性の悲鳴が聞こえた。

 

「やめ――!」

 

床が爆発した。

 

岩石と一緒に、一人の女性が地下深部から無理やり引きずり出される。長い髪と眼鏡を持つその女は人間の姿をしていたが、身に纏う超能力は明らかに常人のものではない。 サイコス。 床へ落ちる直前に自分の念力で身体を浮かせ、憎悪の混じった目でタツマキを睨んだ。

 

「貴様……!」

 

「やっと出てきた」

 

フリーザはサイコスを観察する。

 

「こちらが本体ですか」

 

サイコスは周囲を見た。

 

オロチは顔面を破壊されて倒れている。幹部たちはサイタマとタツマキに分断され、魂洗浄機から生まれた怪物は制御不能のままフリーザと向き合っている。 計画はほぼ崩壊していた。 だが、まだ一手だけ残っている。

 

オロチの身体には生命反応がある。怪人王の肉体は再生し、吸収し、進化する。自分の超能力と融合させれば、少なくともタツマキへ届く可能性はある。

 

「こうなっては……」

 

「何?」

 

タツマキが視線を鋭くする。 サイコスはオロチへ向かった。

 

「待ちなさい!」

 

タツマキが動く。 わずかに遅かった。

 

サイコスの身体がオロチの肉へ触れた瞬間、怪人王の肉体が生き物の海のように蠢いた。触手が伸び、サイコスを包み込み、そのまま吸収していく。

 

「なにこれ」

 

サイタマが少し引いた。 フリーザはそちらをほとんど見ていなかった。 ジャネンバが身体を揺らし、また叫ぶ。

 

「ジャネンバァ!」

 

明後日の方向に拳を突き出すと、その拳が空間に飲まれて消えた。 瞬間、眼前に巨拳が迫る。 フリーザの眉が上がった。

 

「ほう」

 

ミリ単位で見切る。 瞬間移動ではない。 空間ごと身体を一度分解し、別の位置へ組み直しているように見える。 口元が自然に上がった。

 

「これは楽しめそうですね」

 

一方、オロチの肉体も急激に変形していた。

 

サイコスを取り込み、巨大な異形へ姿を変えながら地下空間を圧迫していく。地面が割れ、天井が軋み、幹部たちまで距離を取った。

 

「話が違うぞ」

 

黒い精子が吐き捨てる。 ホームレス帝も警戒するように光球を増やした。 タツマキは全身を緑の光で包み、正面の融合体へ目を向ける。

 

「来なさいよ。まとめて相手してあげる」

 

「俺、何すればいい?」

 

サイタマがフリーザへ聞いた。 フリーザはジャネンバから目を離さないまま、怪人幹部たちを軽く指した。

 

「サイタマさんは、その辺を適当にお願いします」

 

「雑だな」

 

「適当だと?」

 

黒い精子が声を荒げる。

 

ハグキは大口を開き、エビル天然水は水圧を一点へ集めた。ホームレス帝の光球も一斉にサイタマへ向く。

 

「死ね」

 

サイタマは小さくため息をついた。

 

「じゃ、やるか」

 

◇

怪人協会の地下都市が、一斉に戦場へ変わった。 タツマキの念力が爆発し、サイコスとオロチの融合体が巨大な触手を伸ばす。怪人幹部たちはサイタマへ殺到し、その少し離れた場所ではジャネンバが空間を歪めながらフリーザへ拳を振るった。 今度のフリーザはかわした。 巨大な拳が紙一重で通過し、その拳圧だけで背後の岩壁がえぐり取られる。

 

「なるほど」

 

フリーザの尻尾が鋭く振られ、ジャネンバの腹へ叩き込まれた。 巨体が横へ飛ぶ。 ところが途中で身体が四角い断片へ分かれ、消えた。 次の瞬間にはフリーザの背後で再構築されている。 フリーザも即座に振り返った。 拳と拳がぶつかる。 地下空間が波打つように揺れた。 フリーザの顔に、はっきりと楽しそうな笑みが浮かぶ。

 

「素晴らしい!」

 

「ジャネンバァァァ!」

 

その近くでは、ホームレス帝の放った無数の光球をサイタマが拳で一つだけ弾いた。弾かれた一発が他の光球へぶつかり、連鎖的に軌道を変え、まとめて怪人側へ戻っていく。

 

「何――!」

 

黒い精子が大量に分裂して数を増やす。

 

「多いな」

 

サイタマが腕を振ると、ただの風圧で数百体がまとめて吹き飛んだ。 ハグキが巨大な口で飲み込もうとする。

 

「口でか」

 

拳が一発入り、歯がまとめて飛んだ。 エビル天然水の高圧水流は、サイタマが首を傾けただけで外れ、背後の岩盤へ細い穴を穿つ。

 

「水?」

 

サイタマは怪訝そうに相手を見た。 怪人協会の本丸で、三つの巨大な戦いが同時に始まっていた。 フリーザと邪念の怪物。 タツマキとサイコス・オロチ。 サイタマと怪人協会幹部。 サイコスは融合体の内側から戦場全体を感じ取り、必死に計算していた。 計画は崩れた。それでも、まだ終わったわけではない。

 

魂洗浄機から生まれた怪物は想像以上だった。あれがフリーザを足止めしている間に、自分とオロチの融合体でタツマキを潰す。サイタマには幹部をぶつけ、数で拘束する。 わずかでも可能性があるなら、それへ賭けるしかない。 しかし同じ瞬間、フリーザはまったく別のことを考えていた。 ジャネンバの拳を受け止め、数メートル地面を滑りながら、赤い目が怪物の奥を見ている。 邪念の気は巨大だ。 だが、まだ安定していない。 丸みを帯びた巨体の内部に、今の姿とはまるで違う、もっと鋭く、もっと凝縮された気配が眠っている。 まるで今の姿そのものが、何かを包む殻のようだった。

 

「ほっほっほっ」

 

フリーザが笑う。

 

「面白いですね。あなた、まだ完成していないでしょう?」

 

ジャネンバが理解した様子はない。

 

「ジャネンバァァァ!」

 

フリーザは両腕を下ろし、ゆっくり構えた。

 

「では、少し遊びましょうか」

 

その瞬間、地下で三つの巨大な力が同時に膨れ上がった。 タツマキの緑。 サイコス・オロチの黒赤い脈動。 そして、空間そのものを歪ませる邪念の気。 その中心で、白と紫の帝王と黄色いヒーローが、それぞれ目の前の敵へ向き直る。 怪人協会の総力戦が始まった。 ただし、誰もまだ知らない。 最も危険なものは、怪人王でも幹部でも、サイコスでもなかった。 壊れた魂洗浄機から生まれた、名も知らぬ邪念の怪物。 その本当の姿は、まだ現れていなかった。

 

 

 

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