フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
Z市の地上だけを見れば、そこにはもう大したものは残っていなかった。怪人被害で放棄された建物、ひび割れた道路、風に転がされる瓦礫。人間の気配は薄く、昨日まで地上をうろついていた怪人も、フリーザが放った無数の気弾によってほとんど姿を消している。
だが、その地下数百メートルには、地上とはまるで別の世界が広がっていた。通路、階段、地下水路、巨大な柱、怪人の体格に合わせて無理やり拡張された空洞が幾重にも連なり、その規模は一つの地下都市と呼んでも差し支えない。そして今、その都市へ人類側の怪物たちが侵入していた。 その中で最初に困っていたのは、怪人でもヒーローでもなく、サイタマだった。
彼は三方向へ分かれた通路の前で立ち止まり、しばらく右と左と正面を見比べた。胸元にはフリーザから渡された小型通信機と簡易スカウターがあるが、どちらも本人の方向感覚まで補ってくれるわけではない。
「フリーザ。また分かれ道なんだけど」
『スカウターの表示を見てください。進行方向が出ています』
「赤い点はいっぱいあるぞ」
『それは怪人反応です。矢印の方です』
「どれ?」
通信の向こうで数秒の沈黙があった。
『画面の上に出ている青い矢印です』
「上?」
『天井ではありません。画面の上です』
「ああ、これか」
ようやく歩き出したサイタマは、三歩ほど進んだところでまた止まった。
「でもさ、怪人協会の本部なんだろ。あんまり怪人いなくない?」
今度はフリーザもすぐには答えなかった。サイタマが地下へ入ってから十数分、まともに遭遇した怪人は入口の見張りと、その少し奥にいた雑兵程度しかいない。拠点の規模を考えれば明らかに少なすぎる。
そもそも、怪人の気をほとんど感じない
『奥へ集めているのでしょうね。気配そのものは、かなり深い場所へ集中しています』
「じゃあ、そっち行けばいい?」
『あなたは人質を優先してください。強い方はわたくしたちが見ます』
「はいはい」
通信を切り、しばらく進んだ先で、サイタマは通路を塞ぐように寝ている巨大な生き物を見つけた。遠目には犬に見える。近づいても犬には見える。ただし、六つの目と裂けた口を持ち、立ち上がれば建物より大きいという点を除けば、である。
育ちすぎたポチは六つの目を同時に開き、目の前の侵入者へ低い唸り声を向けた。空気が震え、開いた口の奥へ高密度のエネルギーが集まっていく。
「犬?」
サイタマが首を傾げた直後、光線が放たれた。地下通路が一瞬で白く染まり、爆発とともに天井と壁が崩れ、濃い土煙が広がる。 ポチは巨体を起こし、煙の向こうを睨んだ。 そこからサイタマが普通に歩いて出てきた。衣装に少し土埃が付いた程度で、顔色は変わっていない。
「こら。犬がいきなり人にビーム撃つな」
ポチがもう一度口を開いた。 サイタマは軽く拳を握った。
「おすわり」
拳が頭頂部へ落ちた。
轟音とともにポチの巨体が床へ沈み、周囲一帯が巨大なクレーターになった。数秒後、めり込んだ頭がゆっくり持ち上がり、六つの目がサイタマを見る。
「おすわり」
今度は殴っていない。 ポチはその場へ静かに腰を下ろした。
「よし」
サイタマは満足そうに横を通り過ぎた。ポチは追わず、低くなった尻尾だけがしばらく動かなかった。
◇
別の通路では、ジェノスとアマイマスクが高速で地下を進んでいた。ジェノスは壁際すれすれを推進器で抜けながらスカウターを確認し、アマイマスクはその速度へ平然とついてくる。
「サイタマ先生の反応が近い」
「怪人は?」
「少ない。不自然なほどだ」
「同感だ」 角を曲がったところで、ちょうどサイタマが現れた。
「お」
「先生、合流できました」 ジェノスがすぐに速度を落とす。 アマイマスクはサイタマを見て、わずかに目を細めた。
「あなたが例のA級か」
「今、何位だっけ」
「二位です、先生」
「あ、そう」
アマイマスクの表情がほんの少しだけ複雑になった。A級一位である自分のすぐ下まで来ているのに、当人は順位をほとんど把握していない。それだけでも気に障るのに、ジェノスはこの男を師と呼び、フリーザも異常なほど高く評価している。宇宙船事件のあと、フロストという異星人を一撃で沈めたという映像も確認していた。
「ずいぶん順位に無頓着なんだな」
「まあ、給料は会社から出るし」
「……そういう問題なのか?」
アマイマスクが理解を諦めかけたところで、ジェノスが急に立ち止まった。スカウターの表示が切り替わり、地下のさらに先に人間反応が三つ現れる。
「先生、人間反応を確認しました」
「人質?」
「可能性は高いです。ただし三人います」
ジェノスは表示を拡大した。一つは明らかに普通の人間で、もう一つもそれに近い。問題は最後の反応だった。
「しかもこの一つだけ妙だ。人間と怪人、両方の性質を持っている」
その言葉を聞いた瞬間、アマイマスクの身体がほんのわずかに硬くなった。 ジェノスは画面を見ていて気づかない。サイタマも気づいていなかった。
「怪人化しかけとか?」
「不明です。フリーザへ確認する」
通信が繋がるより早く、向こうから返事が来た。
『聞いています』
◇
同じ頃、フリーザとタツマキは別ルートから地下深部へ降下していた。 フリーザは飛びながら目を閉じ、気の分布を探っている。タツマキもこの一週間で精度を増した感知を周囲へ広げ、同じ三つの人間反応へ気づいていた。
「三ついるわね。人間っぽいの」
「ええ。そのうち一つは少々妙です」
「あれ、怪人?」
「人間でもあります」
「どっちよ」
「両方でしょうね」
タツマキは眉を寄せた。
「気持ち悪いわね」
「この星では、案外そういう方が多いのかもしれませんよ」
フリーザが軽く笑う。タツマキは横目で見たが、その言葉の意味までは考えなかった。 通信からジェノスの声が入る。
『どうします』
「ジェノスさんがナビゲートしてください。サイタマさんとアマイマスクさんは最も近い人間反応へ向かい、人質を優先して確保してください」
『了解』
「サイタマさん」
『何?』
「最短ルートでお願いします」
『道わかんない』
「ですから、壁と床を壊してください」
『最初からそう言ってくれよ』
「今言いました」
サイタマが壁へ拳を向ける気配が伝わり、ジェノスが慌てて割り込んだ。
『先生、方向だけ確認してください。そちらです』
『こっち?』
次の瞬間、通信越しに轟音が響いた。
数十メートル先まで壁が一直線に消え、その向こうにいた怪人たちまで拳圧でまとめて吹き飛ばされる。アマイマスクは無言でその光景を見つめ、ジェノスだけが淡々と報告した。
『最短ルートを確保しました』
「結構。人質確保後は必ず映像をヒーロー協会本部へ送ってください」
『なぜだ?』
アマイマスクの問いに、フリーザは即答した。
「ナリンキさんがうるさかったでしょう。息子を救出した証拠を見せれば黙ります」
『会社の宣伝?』
「それも否定しません。しかし第一義はこうるさいヒーロー協会とほかのS級ヒーローどもを黙らせるためです。」
サイタマの指摘にも否定しない。フリーザは続ける。
「S級ヒーローはプライドが高すぎます。どうにも扱いにくい。
協会ごとまとめて消えてもらうのも悪くはないですが、それは今回の反応で決めるとしましょう」
『無茶苦茶言ってるな、お前』
「ほっほっほ。救出後、アマイマスクさんは人質を連れて地上へ戻ってください。あなたは顔が売れていますから、救助映像として映えます」
『僕が?』
「ええ。見栄えは重要です。そしてすぐにこちらへ戻ってきてください」
アマイマスクは眉間へわずかに皺を寄せたが、合理性そのものは否定できなかった。
『……了解した』
「ジェノスさんとサイタマさんは、その後もう一つの人間反応を確認してください。
半々の存在は今はほうっておきましょう。」
『了解』
『分かった』
通信が切れる。 隣を飛んでいたタツマキが、少し呆れたようにフリーザを見た。
「社長してるわね」
「社長ですので」
「もっと雑に全部壊すと思ってた」
「それでも構いませんが、少々気になることがありますので」
タツマキが少し意外そうな顔をした。
「気になること?」
「ええ。」
「何?」
「妙な気があるのです。大したことではないかもしれません。
しかし、わたしには一抹の不安もあってはならないんです」
「へえ。あんた意外とそういうの気にするのね」
「あなた、わたしをなんだと思っていたのですか?」
「性格の悪い宇宙人」
「ほっほっほ」
フリーザが笑ったところで、二人は同時に速度を落とした。 地下の気配が変わった。
それまで細い通路へ散っていた怪人反応がほとんど消え、正面の巨大空洞へ集中している。意図的に戦力を集めているのは明らかだった。
「待ち伏せね」
「でしょうね」
二人は迷わず進んだ。
◇
細い通路が終わり、視界が一気に開けた。 巨大な柱が何十本も並ぶ空洞の中央に、祭壇のような構造物がある。その奥には怪人王オロチが座り、さらに手前には巨大な目玉を思わせる肉塊――ギョロギョロが待っていた。
「ようこそ」
声が空洞へ響く。 タツマキは鼻を鳴らした。
「あんたが怪人協会のボス?」
「これはこれは戦慄のタツマキ、それに帝王フリーザ…」
ギョロギョロが背後を見る。
フリーザは初めてオロチへまともに視線を向けた。気は大きい。ムカデ長老を明確に上回り、地球で出会った怪人の中では別格と言っていい。ただし、遊び相手になるかと言われれば…
オロチの眼が開く。
「貴様がフリーザか」
「ええ。あなたがオロチさんですね」
「そうだ」
タツマキが横から小声で言った。
「さん付け?」
「ええ」
「相手、怪人王だけど」
「だからといって、最初から無礼にする必要はないでしょう」
ギョロギョロが笑う。
「ずいぶんと余裕だな」
フリーザは周囲を見回した。
「ずいぶん人間が少ないですね」
「人ではない。怪人だ。」
「わたしからすればただの地球人ですよ、両方ね。」
その言葉に反応するように、周囲の闇から幹部たちが姿を現した。
黒い精子がぞろぞろと増殖しながら笑い、ハグキは巨大な口から涎を垂らす。ブサイク大総統はタツマキを見るなり露骨な苛立ちを浮かべ、ホームレス帝の周囲には無数の光球が生まれた。さらに奥では、二つの眼を浮かべた巨大な水塊、エビル天然水がゆっくりとうねっている。 隙間からゆっくりとニャーンが顔を覗かせている。
タツマキは全員を見渡した。
「こいつらが幹部?」
「そうだ。怪人協会の精鋭」
ギョロギョロは一瞬だけ周囲を見て、わずかに声を止めた。
「……ポチがいない」
フリーザが通信を開く。
「サイタマさん。途中で何かを見ませんでした?」
『ああ。なんかでっかいのがいたぞ』
「どうしました?」
『おすわりさせた』
「……」
ギョロギョロが黙った。
「おすわり?」
タツマキも聞き返す。
「結構です」
フリーザはそれだけ言って通信を切った。
災害レベル竜の育ちすぎたポチが「おすわりさせられた」という情報を、ギョロギョロはどう処理すればよいか分からなかった。数秒後、無理やり思考を立て直す。
「まあいい。お前たち二人をここで止めれば済む」
幹部たちが前へ出る。 タツマキは面倒そうに手首を回した。
「まとめて来る?」
「タツマキさん」
「何よ」
「こちらはお願いできますか?」
「は?」
フリーザはオロチへ視線を向けた。
「わたくしは大きい方を見たいので」
「誰があんたの命令で――」
「心配しなくていい」
ギョロギョロが言葉を遮った。
「フリーザ、お前には別の相手を用意している」
フリーザの眉がわずかに上がる。
「別の相手?」
「そう、別の相手だ。」
ギョロギョロの背後で床が割れた。
さらに深い層から、巨大な装置がゆっくりせり上がってくる。球体と円筒を無理に組み合わせたような黒い機械で、無数の配管が伸び、表面では紫色の脈動が生き物の心臓のように繰り返されていた。 周囲の空間が、ほんのわずかに歪んでいる。 フリーザの笑みは消えなかった。 ただし、赤い目だけが変わった。 昨日から感じていた、あの邪念の中心だった。
「それは何です?」
「魂洗浄機、と言うらしい。」
「……何その名前」
タツマキが露骨に嫌そうな顔をする。 ギョロギョロは装置を見上げた。
「本来は、人間や生物の精神から不要な邪念、悪意、憎悪、恐怖、欲望といった負の感情を分離して処理するための装置らしい」
「らしい?」
「私が作ったものではないからな」
フリーザの目が少し細くなる。
「この世界の技術ではない、と?」
「さあ。ただし、機能だけは調べた。そして今、この装置は壊れている」
装置がどくん、と脈打った。 空洞の壁が一瞬だけ四角い形に歪む。
「怪人化した者、人間を捨てた者、強い悪意や恐怖を抱えた者。長い間、その残滓をここへ流し込み続けた。処理されるはずだった邪念は消えず、内部へ溜まり続けている。限界を超えてな」
タツマキの表情が険しくなった。
「馬鹿じゃないの? つまりは壊れる寸前じゃない」
「その通り。だから使うのだ」
ギョロギョロは笑った。
フリーザはむしろ少し楽しそうだった。
「なるほど…ここまでほとんど誰もいなかった原因がわかりましたよ」
「ご明察。ただし、どうなるかは使ってみないとわからない。」
ギョロギョロの念力が装置を包んだ。 そこでブサイク大総統が嫌な予感を覚えた。
「おい。何を――」
言い終わる前に、装置そのものが持ち上がった。
「え?」
巨大な機械がブサイク大総統へ叩きつけられる。 外殻が砕けた。
直撃を受けたブサイク大総統が吹き飛び、ほぼ同時に装置内部から黒、紫、赤の煙が爆発的に噴き出した。
「何やってんのよ!」
タツマキが即座にバリアを張る。 怪人幹部たちも反射的に距離を取り、フリーザは煙の中心だけを見つめた。 ギョロギョロは答えない。 濃密な邪念が空洞を満たし、その中で何かが形を作っている。 肉が膨らむような音。空間そのものが軋む音。そして、人の声とは思えない低い唸り。
「ジャ……」
フリーザの瞳がわずかに細くなる。
「ジャネ……」
煙の奥から巨大な拳が飛び出した。 速い。 予想していたより、はるかに。 フリーザが顔を向けた時には、拳が頬へ直撃していた。 轟音。 白と紫の身体が後方へ弾かれ、壁を一枚、二枚、三枚と貫き、遠くで岩盤を爆発させる。
「フリーザ!」
タツマキが思わず叫んだ。 フリーザがまともに殴り飛ばされる光景は、彼女にとっても珍しい。 煙が晴れる。
現れたのは、黄色の巨体だった。太い手足、大きな角、丸みを帯びた胴体。どこか子供じみた形をしているのに、見る者の感覚を不快に歪ませる異様さがある。 ジャネンバ。 もちろん、その場にいる誰一人として、その名を知る者はいなかった。 怪物は両腕を広げ、空洞を震わせるように叫んだ。
「ジャネンバァァァ!」
タツマキが本気で顔をしかめる。
「……何よ、それ」
「せ、成功だ!!」
ギョロギョロはそう言ったが 本当に成功なのかは、本人にも分からない。
装置を壊して生まれた怪物が誰の命令を聞くのか。そもそも命令という概念が通じるのか。それすら不明だった。 ただ一つ確かなのは、フリーザを殴って吹き飛ばしたことだけだ。
「フリーザ、お前の相手はそれだ。」
タツマキはジャネンバを見上げた。
「厄介そうね」
「お前、舐めてるだろ」
黒い精子が前へ出る。
「お前の相手は俺たちだ」
ホームレス帝の周囲で光球が増え、ハグキが巨大な口を開く。エビル天然水の表面も針のように尖った。
ニャーンもその爪をするどく光らせている。
タツマキが苛立ちを爆発させた、その瞬間だった。 別方向から巨大な衝撃が走った。 全員の動きが止まる。 怪人王オロチの顔面が横へ吹き飛んだ。
角、肉、骨が散り、巨大な身体が大きく傾く。その向こうの壁には一直線の穴が開いている。何枚もの岩盤と通路をまとめて貫いた穴の奥で、サイタマが拳を出したまま立っていた。
「あ」
サイタマは周囲を見回した。
「ここ?」
ギョロギョロは声が出ない。
「遅い!」
タツマキが怒鳴る。
「道分かんなくて。壁壊したら、なんかでかいのいたから殴った」
オロチの巨体がゆっくりと倒れ、地下全体を揺らした。 怪人幹部たちは全員沈黙している。
黒い精子も、ホームレス帝も、ハグキも何も言わない。エビル天然水ですら、浮かんでいる眼が微妙に動いた。ニャーンは危機を察知して地上へと逃げた。
「人質は?」
「ああ。ジェノスがもう助けた」
その言葉を裏付けるように通信が入る。
『人質を確保しました。映像は本部へ送信済みです。アマイマスクが地上へ護送しています』 瓦礫の向こうからフリーザの声がした。
「結構」
崩れた岩盤を押しのけ、本人が何事もなかったように歩いて戻ってくる。肩の埃を払い、少し汚れた胸元を見下ろした。
「平気?」
「もちろんです」
「ちょっとどころじゃなく吹っ飛んでたけど」
「それとダメージがあるかは別のお話です」
フリーザはジャネンバへ向き直った。 赤い目が楽しそうに細くなる。
先ほどの拳は単に重かっただけではない。ボロスの攻撃とも、タツマキの念力とも種類が違う。力の流れそのものに、空間の規則を乱すような妙な感触が混ざっていた。
「アレは、わたくしがやります」
「一人で?」
「何か問題でも?」
タツマキは止めなかった。
この顔をしている時のフリーザに何を言っても無駄だと、もう知っている。それに自分にも相手が残っている。 フリーザはギョロギョロへ視線を向けた。
「ではギョロギョロさん。こちらの方のお相手は、もうお分かりですね?」
「誰にものを言ってんのよ!」
タツマキの念力が一気に膨れ上がる。 ギョロギョロの肉体が宙へ引き上げられた。
「なっ――!」
しかし、タツマキの感覚に違和感があった。 軽すぎる。 目の前の肉塊だけではない。さらに地下深くから、同じ力の糸が繋がっている。
「……なるほど」
フリーザも気づいた。
「人形でしたか」
「隠れてるつもり?」
タツマキが笑った。 念力が地下へ潜り込み、何層もの岩盤をまとめて砕く。遠くで女性の悲鳴が聞こえた。
「やめ――!」
床が爆発した。
岩石と一緒に、一人の女性が地下深部から無理やり引きずり出される。長い髪と眼鏡を持つその女は人間の姿をしていたが、身に纏う超能力は明らかに常人のものではない。 サイコス。 床へ落ちる直前に自分の念力で身体を浮かせ、憎悪の混じった目でタツマキを睨んだ。
「貴様……!」
「やっと出てきた」
フリーザはサイコスを観察する。
「こちらが本体ですか」
サイコスは周囲を見た。
オロチは顔面を破壊されて倒れている。幹部たちはサイタマとタツマキに分断され、魂洗浄機から生まれた怪物は制御不能のままフリーザと向き合っている。 計画はほぼ崩壊していた。 だが、まだ一手だけ残っている。
オロチの身体には生命反応がある。怪人王の肉体は再生し、吸収し、進化する。自分の超能力と融合させれば、少なくともタツマキへ届く可能性はある。
「こうなっては……」
「何?」
タツマキが視線を鋭くする。 サイコスはオロチへ向かった。
「待ちなさい!」
タツマキが動く。 わずかに遅かった。
サイコスの身体がオロチの肉へ触れた瞬間、怪人王の肉体が生き物の海のように蠢いた。触手が伸び、サイコスを包み込み、そのまま吸収していく。
「なにこれ」
サイタマが少し引いた。 フリーザはそちらをほとんど見ていなかった。 ジャネンバが身体を揺らし、また叫ぶ。
「ジャネンバァ!」
明後日の方向に拳を突き出すと、その拳が空間に飲まれて消えた。 瞬間、眼前に巨拳が迫る。 フリーザの眉が上がった。
「ほう」
ミリ単位で見切る。 瞬間移動ではない。 空間ごと身体を一度分解し、別の位置へ組み直しているように見える。 口元が自然に上がった。
「これは楽しめそうですね」
一方、オロチの肉体も急激に変形していた。
サイコスを取り込み、巨大な異形へ姿を変えながら地下空間を圧迫していく。地面が割れ、天井が軋み、幹部たちまで距離を取った。
「話が違うぞ」
黒い精子が吐き捨てる。 ホームレス帝も警戒するように光球を増やした。 タツマキは全身を緑の光で包み、正面の融合体へ目を向ける。
「来なさいよ。まとめて相手してあげる」
「俺、何すればいい?」
サイタマがフリーザへ聞いた。 フリーザはジャネンバから目を離さないまま、怪人幹部たちを軽く指した。
「サイタマさんは、その辺を適当にお願いします」
「雑だな」
「適当だと?」
黒い精子が声を荒げる。
ハグキは大口を開き、エビル天然水は水圧を一点へ集めた。ホームレス帝の光球も一斉にサイタマへ向く。
「死ね」
サイタマは小さくため息をついた。
「じゃ、やるか」
◇
怪人協会の地下都市が、一斉に戦場へ変わった。 タツマキの念力が爆発し、サイコスとオロチの融合体が巨大な触手を伸ばす。怪人幹部たちはサイタマへ殺到し、その少し離れた場所ではジャネンバが空間を歪めながらフリーザへ拳を振るった。 今度のフリーザはかわした。 巨大な拳が紙一重で通過し、その拳圧だけで背後の岩壁がえぐり取られる。
「なるほど」
フリーザの尻尾が鋭く振られ、ジャネンバの腹へ叩き込まれた。 巨体が横へ飛ぶ。 ところが途中で身体が四角い断片へ分かれ、消えた。 次の瞬間にはフリーザの背後で再構築されている。 フリーザも即座に振り返った。 拳と拳がぶつかる。 地下空間が波打つように揺れた。 フリーザの顔に、はっきりと楽しそうな笑みが浮かぶ。
「素晴らしい!」
「ジャネンバァァァ!」
その近くでは、ホームレス帝の放った無数の光球をサイタマが拳で一つだけ弾いた。弾かれた一発が他の光球へぶつかり、連鎖的に軌道を変え、まとめて怪人側へ戻っていく。
「何――!」
黒い精子が大量に分裂して数を増やす。
「多いな」
サイタマが腕を振ると、ただの風圧で数百体がまとめて吹き飛んだ。 ハグキが巨大な口で飲み込もうとする。
「口でか」
拳が一発入り、歯がまとめて飛んだ。 エビル天然水の高圧水流は、サイタマが首を傾けただけで外れ、背後の岩盤へ細い穴を穿つ。
「水?」
サイタマは怪訝そうに相手を見た。 怪人協会の本丸で、三つの巨大な戦いが同時に始まっていた。 フリーザと邪念の怪物。 タツマキとサイコス・オロチ。 サイタマと怪人協会幹部。 サイコスは融合体の内側から戦場全体を感じ取り、必死に計算していた。 計画は崩れた。それでも、まだ終わったわけではない。
魂洗浄機から生まれた怪物は想像以上だった。あれがフリーザを足止めしている間に、自分とオロチの融合体でタツマキを潰す。サイタマには幹部をぶつけ、数で拘束する。 わずかでも可能性があるなら、それへ賭けるしかない。 しかし同じ瞬間、フリーザはまったく別のことを考えていた。 ジャネンバの拳を受け止め、数メートル地面を滑りながら、赤い目が怪物の奥を見ている。 邪念の気は巨大だ。 だが、まだ安定していない。 丸みを帯びた巨体の内部に、今の姿とはまるで違う、もっと鋭く、もっと凝縮された気配が眠っている。 まるで今の姿そのものが、何かを包む殻のようだった。
「ほっほっほっ」
フリーザが笑う。
「面白いですね。あなた、まだ完成していないでしょう?」
ジャネンバが理解した様子はない。
「ジャネンバァァァ!」
フリーザは両腕を下ろし、ゆっくり構えた。
「では、少し遊びましょうか」
その瞬間、地下で三つの巨大な力が同時に膨れ上がった。 タツマキの緑。 サイコス・オロチの黒赤い脈動。 そして、空間そのものを歪ませる邪念の気。 その中心で、白と紫の帝王と黄色いヒーローが、それぞれ目の前の敵へ向き直る。 怪人協会の総力戦が始まった。 ただし、誰もまだ知らない。 最も危険なものは、怪人王でも幹部でも、サイコスでもなかった。 壊れた魂洗浄機から生まれた、名も知らぬ邪念の怪物。 その本当の姿は、まだ現れていなかった。