フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
怪人協会本部の崩壊は、すでに誰か一人が止められる段階を越えていた。地上へ通じた巨大な穴から黒煙が立ち昇り、その周囲では地面がめくれ、沈み、砕け、別の場所からまた隆起している。地下都市だったはずの空間は原形を失い、今や怪物たちが力をぶつけ合った結果として、かろうじて地形らしきものが残っているだけだった。
原因は一つではない。タツマキとサイコス・オロチ、ジェノスとホームレス帝、アマイマスクとハグキ。それぞれの戦いだけでも十分に災害と呼べる規模だったが、その中心にはさらに異質な二つの気がある。黄金の輝きを纏うフリーザと、空間そのものを歪ませて笑うスーパージャネンバ。その衝突が起こるたび、Z市の地下と地上がまとめて軋んだ。
その一角で、ホームレス帝は奇妙な違和感を覚えていた。目の前のサイボーグ――ジェノスは速く、高火力で、戦闘経験もある。それ自体は理解できる。しかし先ほどから、彼は攻撃を真正面から受けようとしない。ホームレス帝の周囲に浮かぶ光球が三発、五発と飛ぶたび、ジェノスは最小限の動きで射線を外し、必要な時だけ焼却砲で相殺していた。
「逃げ足だけは大したものだな。だが、それでいつまで持つ?」
ホームレス帝の嘲りに、ジェノスは答えなかった。代わりに赤い眼だけが忙しく動いている。光球が生まれる位置、手首の角度、発射までの間隔、途中で変わる軌道、着弾から爆発までの時間。攻撃そのものより、それを生み出す規則を一つずつ記録していた。
以前なら十分に脅威だった。一発でも直撃すれば装甲は損傷し、連続で浴びれば戦闘不能になりかねない。しかし今のジェノスの頭には、もっと大きなものが基準として焼き付いている。月面を覆うデスボール、宇宙船を一撃で飲み込んだスーパーノヴァ、星の表面を消し飛ばそうとした崩星咆哮砲。そして、それらを前にしてなお笑っていたフリーザとサイタマ。
「出力は高い。だが、軌道が素直すぎる」
「何だと?」
ホームレス帝の顔が険しくなった。両腕を大きく広げると、周囲の光球が一気に増える。二十、三十、さらに増え、ジェノスを球状に取り囲んだ。
「ならば、これはどうだ。どこへ逃げても同じだ!」
光球が全方向から同時に殺到した。上も下も、前も後ろも塞がれている。ジェノスは中央で一度だけ動きを止めた。
ホームレス帝は勝利を確信した。白い閃光が一点へ収束し、次の瞬間には巨大な火球が膨れ上がる。地下の床が抉れ、岩盤が蒸発し、爆音が空洞を埋め尽くした。
「機械風情が、神の力に――」
言葉の途中で爆炎が裂けた。 青白い光を纏ったジェノスが、一直線に飛び出してくる。装甲の一部は焼けているが、致命的な損傷はない。ホームレス帝が反応するより早く、ジェノスの右拳が引かれた。
「なぜ……!」
「防御は、維持し続ける必要がない」
爆発が最大になる直前の一瞬だけ、ジェノスは全方位へ高出力のエネルギーバリアを展開していた。衝撃を受け切った直後には即座に解除し、そのエネルギーを推進へ回す。常に高出力を保つのではなく、必要な瞬間、必要な場所だけへ最大値を集中させる。完全ではない。それでも、フリーザが一週間繰り返していた制御を見続けたことで、考え方だけは掴み始めていた。
「必要な瞬間に、必要な場所へ。それで十分だ」
拳がホームレス帝の顔面へ入った。骨の砕ける嫌な音が響き、身体が地面を何度も跳ねた末、崩れかけた壁へ衝突する。周囲に浮いていた光球は一斉に消え、ホームレス帝の意識もそこで途切れた。
ジェノスは拳を下ろし、炉心の出力を通常値へ戻した。遠くで黄金の閃光が走り、また一つ地形が消える。彼はその方向を一瞬だけ見つめた。
「まだ精度が足りない」
それでも、昨日までの自分より一歩は前へ進んでいる。その事実だけを確認し、ジェノスは次の敵を探した。
◇
別の場所では、ハグキが苛立ちを隠そうともせず巨大な口を開き、逃げ場ごと呑み込むつもりでアマイマスクへ迫っていた。
「ブモォォォ!」
噛みつきが空を切る。アマイマスクは半歩だけ横へずれ、そのまま手刀で肩口を裂いた。ハグキは痛みに構わず腕を振るが、そこにもすでに相手はいない。鼻先を拳が通過した直後、今度は脇腹に細い傷が走る。
「ブモォォォ!」
アマイマスクは冷たい目で怪人を見ていた。最初に見た時は、巨体ゆえ動きも鈍いと思った。だが実際には踏み込みが速く、一撃も重い。まともに食らえば厄介な相手である。
だから、食らわなければいい。 以前の自分なら、もっと正面から圧倒しようとしたかもしれない。醜悪な怪人を相手にするほど、美しく、速く、完全に勝利することへ意味を求めていた。しかし最近、その考えに少しだけ変化が生まれている。
原因は、白と紫の性格の悪い宇宙人だった。 会社に入ってから、ジェノスが保存している戦闘映像を何本も見た。ガロウを痛めつけた時、タツマキと修行した時、ボロスと戦った時。戦いの規模は違っても、フリーザには共通する癖がある。
勝てるからといって、相手の攻撃をすべて正面から受けない。危険なら避け、必要なら流し、相手が焦るまで削る。感情を乱し、判断を鈍らせ、最も大きな隙が生まれた瞬間だけ決定打を入れる。英雄らしい戦い方かと問われれば、アマイマスクは迷わず否定するだろう。 だが、相手が人間を殺す怪人なら、効率の良い方法をわざわざ捨てる理由もない。
「悪くない」
「ブモ!」
「少し勉強になっただけだ」
また噛みつきをかわし、今度は太腿へ手刀を走らせる。ハグキの身体にはすでに無数の傷が刻まれていた。どれも致命傷ではないが、血は流れ続け、動きは確実に鈍っている。
「!」
アマイマスクは、わざと今までより近い距離へ立った。 逃げ続けていた相手が、突然自分の間合いへ入った。好機だとしか思えない。おあずけをくらうのが一番嫌いなハグキには、もう我慢できない。
「ブモォォォォォ!!!!!」
残った力を全部使うように踏み込み、口を最大まで開く。速度はそれまでで最も速かった。 アマイマスクは待っていた。
「そこだ」
逃げるどころか前へ出る。巨大な口の下へ潜り込み、身体を深く沈めた。長く戦ううちに、怪人の肉体構造はほぼ読めている。胸郭の奥、心臓があると思われる位置へ、右拳を一点だけに叩き込んだ。
衝撃は皮膚と肉、骨を通り抜け、内部へ突き刺さった。 ハグキの身体が止まる。声も出ないまま巨体が前へ倒れ、地面を大きく揺らした。 アマイマスクは一歩だけ横へ避け、倒れた怪人を見下ろす。
「時間はかけた。だが、決める時は一瞬か」
口元へわずかな笑みが浮かぶ。フリーザを認める気はない。好意を持つつもりもない。それでも、使えるものまで意地で拒絶するほど愚かではなかった。
「なるほど」
◇
サイタマの前では、白銀精子が自信に満ちた笑みを浮かべていた。 拳が消えたように見えるほどの速度で飛び、サイタマの顔へ直撃する。衝撃だけで周囲のビルの窓がまとめて割れた。続けて腹、胸、脇腹、顎へ数十発、数百発と叩き込み、最後には両拳を頭上から振り下ろす。 地面が爆発し、巨大なクレーターが生まれた。
「これが、細胞を集約した力だ」
白銀精子が息を吐く。 煙の中からサイタマが歩いて出てきた。服に少し埃が付いている。それだけだった。
「結構速いな」
白銀精子の笑みが戻りかけたが、サイタマの表情がまるで変わっていないことに気づき、その笑みはすぐに止まった。
「でも、フリーザより全然遅い」
「……は?」
普通のパンチが来た。 白銀精子は反射的に両腕を交差させた。しかし防御の形を作った次の瞬間、その腕ごと胸部が消えた。残った衝撃が後方へ突き抜け、白銀の身体は細かな粒子のように散って消滅する。 サイタマは拳を下ろし、周囲を見回した。
「結構、怪人減ったな」
そして、まだ続いている戦いの中でも、先ほどから最も大きな気がぶつかり続けている方向へ目を向けた。
◇
ゴールデンフリーザとスーパージャネンバの戦いだけは、まだ明確な勝敗が見えていなかった。 ジャネンバの身体が四角い断片へ分かれて消え、次の瞬間にはフリーザの真横で再構築される。赤い結晶のような剣が振り抜かれたが、フリーザは二本の指だけで刃を挟んだ。
「同じ手は何度も通用しませんよ」
指を捻る。 剣が砕け、そのまま拳がジャネンバの顔へ叩き込まれた。身体が吹き飛ぶ途中で再び分解し、別の位置へ消える。
フリーザは目を閉じた。 空間そのものを経由する移動は厄介だが、完全に気配が消えるわけではない。ほんの一瞬だけ生まれる歪みを拾う。
「そこです」
何もない空間へデスビームを撃つ。 赤い光が通過した位置からジャネンバの姿が強制的に現れ、肩へ穴が開いた。だが怪物は高い笑い声を上げるだけで、傷口もすぐに塞がっていく。
「ヒャハハハハ!」
ジャネンバが手を振ると、地面が無数の四角い岩塊へ分解された。それらが空中へ浮き、全方向からフリーザへ殺到する。
「ほう」
フリーザの気が、一瞬でほぼゼロまで落ちた。 最初の岩が触れる寸前だけ、黄金の気が爆発する。拳で十数個をまとめて砕き、すぐにまた静まる。左から来た岩には蹴り、背後には尻尾、頭上には肘。必要な瞬間だけ最大近くまで出力を上げ、処理が終われば即座に落とす。
金色の光が点滅するように見えた。 ジャネンバはその岩塊の間を自分の身体まで分解して移動し、フリーザの背後へ現れる。拳が振られる。
今度は間に合った。 拳と拳が衝突し、大気が割れたような衝撃が走る。二人は数十メートル離れ、次の瞬間には同時に消えた。
地上で爆発が起こり、直後には上空でも光が弾ける。ビルの間、崩れた地下、さらにその上空へと戦場が移り続け、肉眼では金色と赤紫の光が交差しているようにしか見えない。
フリーザの右拳がジャネンバの頬を捉えれば、返す拳が腹へ入る。互いに飛ばされ、止まり、また向かう。
「ほっほっほっほ!」
フリーザは本当に楽しそうだった。 少し離れた場所でサイタマはその戦いを見ていた。加勢しようと思えばできる。たぶん、自分が混ざれば早く終わる。しかしフリーザが戦闘そのものを修行として楽しんでいるなら、今は待った方がいい。 そう判断して一歩だけ近づいたところで、フリーザが視線も向けずに言った。
「手出し無用ですよ」
「分かった?」
「あなたの気が近づきましたので」
「そっか」
フリーザはジャネンバの蹴りを受け流し、その勢いを利用するように尻尾を脚へ絡めて身体ごと回転させた。
「これは、わたくしの修行です!」
投げられたジャネンバは途中で身体を分解し、別の位置から気弾を放つ。フリーザは掌で弾きながら笑った。
「なるほどな。じゃあ見てるか」
サイタマが腕を組んだ、その時だった。 別の気配が戦場へ近づいてくる。 妙だった。 フリーザでも、ジャネンバでも、タツマキでも、サイコスでもない。知っているようで、知らない。しかも、その中心には生々しい憎悪が混じっている。
フリーザが一瞬だけ動きを止めた。 ジャネンバはその隙を逃さなかった。空間を分解して背後へ回り、拳を振り抜く。
直撃した。 フリーザの身体がサイタマのいる方向へ吹き飛んでくる。サイタマが一歩だけ横へずれると、フリーザは地面を滑りながら片手をつき、回転してそのまま立ち上がった。
二人の背中が自然に触れた。サイタマは背後を確認する必要もないまま、いつもの調子で声をかけた。
「珍しいな。止まるなんて」
「少々、気になるものが来ましてね」
フリーザは肩の埃を払いながら、瓦礫の向こうへ目を向けた。 そこに誰かが立っていた。 最初は人間に見える。細身で白い髪、全身には戦闘の傷が残っている。しかし以前と同じではない。皮膚には赤黒い模様が広がり、筋肉は明らかに増している。白目は黒く沈み、赤い瞳だけが不自然に光っていた。 そこに立っていたのはガロウだった。サイタマの方が先に思い出し、少しだけ顎を上げる。
「あ、ヒーロー狩り」
「ええ。ただし、以前とは随分違いますね」
フリーザの目がわずかに開いた。 繁華街で一方的に壊した時のガロウではない。気の大きさは数段どころではなく跳ね上がっており、その中に別の何かが混ざっている。
薄いが、確かにジャネンバと似た邪念だった。 魂洗浄機が破裂した時、内部へ溜め込まれていた邪念はジャネンバだけに収まりきらず、崩壊した地下全体へ漏れ出していた。怪人化が進み、人間と怪人の境界で揺れていたガロウは、その影響を最も強く受けた一人だった。 とりわけフリーザへ向けた憎悪と執念が、その邪念へ引き寄せられた。
「フリーザァァァ……」
ガロウの声は低く、以前よりも歪んでいた。その奥にある殺意だけは、繁華街で出会った時よりはるかに鮮明だった。 フリーザは一瞬だけ相手を観察し、すぐにいつもの笑みを戻した。
「これはこれは。ずいぶん立派になりましたね」
ガロウが地面を蹴った。 速い。 以前とは比較にならない速度で間合いを消し、拳がフリーザへ迫る。フリーザは腕を上げて受けたが、衝撃で身体が数メートル滑った。
「ほう」
眉が上がる。 ガロウは止まらない。拳、肘、蹴りを流水のようにつなぎながら、以前よりも荒々しく、しかし無駄の少ない連撃を浴びせてくる。フリーザは受け、かわし、時折小さな動きだけで軌道を逸らした。
横ではジャネンバの身体が消えた。 次に現れたのはサイタマの背後だった。赤い剣が振られるが、サイタマは振り返りざまの拳で刃を砕いた。続く蹴りを腕で受け、地面が少しだけ沈む。
「こっちも来たか」
サイタマが言う。 フリーザはガロウの拳をかわし、腹へ軽く蹴りを入れた。ガロウは吹き飛ばされたものの、空中で身体を捻って着地し、すぐに構え直す。 以前なら、その程度の一撃でもしばらく立てなかった。 今は立っている。
「面白い」
フリーザの笑みが深くなった。 ジャネンバが再びフリーザへ向かう。今度はサイタマが間へ入り、拳を受け止めた。ガロウはその背後を狙って踏み込むが、フリーザの尻尾が足元を払う。ガロウは跳んで避け、着地と同時にまた前へ出た。
二人の敵と二人の味方が、狭い範囲で何度も位置を入れ替える。 気づけば、サイタマとフリーザの背中がもう一度触れていた。 正面にはスーパージャネンバ。反対側には怪人化したガロウ。 サイタマが首を軽く回した。
「一対一とか言ってる場合じゃなさそうだな」
フリーザは横目でサイタマを見る。 そして、にやりと笑った。 久しぶりに思い出したものがある。
力の大会の最後。敵として何度も殺し合った孫悟空と、最後の最後だけ同じ方向へ走り、ジレンへ向かったあの瞬間。信頼などという綺麗な言葉では説明できない。目的が一致したから、互いの力を利用した。それだけだった。
それでも、悪くはなかった。何より今、背中へいるサイタマの位置を気にする必要がない。攻撃がそちらへ抜けても、おそらく勝手に処理する。敵だった孫悟空へ一瞬だけ背中を預けたあの時と似ていて、それ以上に気楽だった。 今、隣にいるのは孫悟空ではない。だが、サイタマも十分に面白い。
「ほっほっほ。これはこれは……久しぶりのチームプレーですね」
「俺、お前とチーム組んだことないけど」
フリーザは一瞬だけ言葉を失ったが、そこを指摘されたこと自体が気に入らないのか、すぐにいつもの調子へ戻った。
「細かいことはよいのです」
「そう?」
「そうです」
次の瞬間、四人が同時に消えた。 中央で衝撃が弾ける。黄金、黄色、赤黒、邪念の紫。それぞれの光が一瞬だけ重なり、Z市全体が揺れた。
タツマキはサイコス・オロチと念力を押し合いながら顔を向け、ジェノスは倒れたホームレス帝の向こうから同じ場所を見る。アマイマスクもハグキの死体を越し、遠くの空へ視線を上げた。
その中心には、背中合わせになったサイタマとフリーザがいる。 正面に怪人化したガロウ。横にはスーパージャネンバ。
新しい戦いが始まった。 そして、その場にいる誰もまだ理解していなかった。 ガロウへ流れ込んだ邪念は、単に力を増幅しているだけではない。ジャネンバを生むほど濃く蓄積された悪意が、人間と怪人の境界を揺れ続けているガロウの身体と精神へ食い込み、さらに別の何かへ変えようとしている。
フリーザだけは、その兆候をぼんやりと感じていた。だからこそ笑う。あの夜、殺さずに残した虫けらが、ようやく答えを返し始めている。
「さあ、どこまで強くなったのか見せていただきましょう」
サイタマはジャネンバから目を離さないまま、これから始まる乱戦でどちらを相手にするのか確認するように、隣のフリーザへ声をかけた。
「俺、こっちでいい?」
「ええ。……いえ、場合によっては途中で交換しましょう」
「交換って何だよ」
答えを聞く前にジャネンバが消え、同時にガロウが踏み込んだ。 会話はそこで終わった。 今度の戦いは一対一ではない。
宇宙の帝王と、趣味のヒーロー。 邪念から生まれた怪物と、怪人へ堕ちつつある武術家。 四者が入り乱れる乱戦の幕が上がった。