フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
ゴールデンフリーザの拳は、確かにヒットの顔面を捉えたように見えた。 踏み込みも速度も申し分ない。月面でサイタマを相手に繰り返してきた修行によって、必要な瞬間だけ出力を跳ね上げる精度も以前とは比べものにならないほど高まっている。拳が届く直前、黄金の気は狙った右腕へ集中し、打撃だけなら普段の全力に近い威力まで一瞬で引き上げられていた。 それでも、手応えがなかった。
「……?」
拳は空を切り、ヒットの紫色のコートすら揺らさない。フリーザの赤い瞳がわずかに細くなった次の瞬間、脇腹へ鈍い衝撃が走った。
「ぐっ……!」
黄金の身体が横へ弾かれる。フリーザは着地を待たず、右脚を軸に身体を回転させて背後へ尻尾を薙ぎ払ったが、そこには何もいなかった。 さらに顎へ衝撃が入る。 今度は殴られたという認識より、頭が跳ね上がった結果の方が先に来た。
数メートル離れた正面には、ヒットが立っている。大きく構えた様子もなく、片手をポケットから出しただけだった。
「なるほど。相変わらず、気味の悪い技ですね」
「抵抗は無駄だ」
「そうでしょうか?」
フリーザが踏み込んだ。
黄金の閃光が二十メートルの距離を消し、左右の拳がヒットへ殺到する。正拳、裏拳、肘、膝、尻尾。攻撃の軌道を固定せず、一撃ごとに角度と速度を変え、途中で出力まで上下させる。
シャンパが張った巨大なバリアの内側で、爆音だけが何十発も遅れて鳴った。一般人には二人の姿は見えず、路面が砕けていく様子だけが戦闘の存在を知らせている。 だが、一発も当たらない。 正確には、当たる直前まではヒットがそこにいる。
フリーザの拳が肉体へ触れるはずの瞬間だけ、その間にある何かが抜け落ちる。防御された感覚も、かわされた気配もなく、攻撃後の拳だけが虚空へ突き出されている。 そして、その直後にはフリーザの身体へ新しい傷が増えた。
頬へ拳を受けた結果が残り、胸へ打撃がめり込み、肩が跳ねる。脇腹へ衝撃が走ったと思えば、その次には膝を蹴られて姿勢を崩される。動作そのものが存在せず、結果だけが連続して発生しているようだった。
「ほっ!」
フリーザは道路へ叩きつけられた勢いを片手で殺し、その反動のまま跳ね起きる。人差し指を向けると、赤いデスビームがヒットの額を正確に貫こうとした。 また外れた。
直後にはヒットが懐へ入り、腹、胸、顎へ短い打撃を重ねる。最後の掌底でフリーザは数百メートル吹き飛ばされ、道路を削りながら交差点を突き抜けた。
「フリーザ!」
少し離れた場所で避難誘導を終えていたジェノスが思わず声を上げた。両眼には高速撮影、赤外線、振動解析、スカウターから得た戦闘データが重ねて表示されている。 それでも、肝心な部分だけが記録されていなかった。
「攻撃した瞬間が……存在しない」
アマイマスクが横目を向ける。
「速すぎるということか?」
「違う。フリーザへ打撃が入った結果は記録されている。しかし、ヒットがそこへ至るまでの動作がない。フレームが欠落しているのではなく、センサー上でも連続性そのものが切れている」
タツマキも眉間へ皺を寄せた。
「私でも一瞬、あいつの位置が分からなくなる。気配が消えるっていうより、途中だけ抜ける感じね」
サイタマは三人のサイヤ人を前にしながら、片方の目だけをヒットとフリーザへ向けていた。
「速いっていうか、途中がないんだな」
その表現が最も近かった。
ヒットの時とばし。通常の時間から自身だけをわずかに先へずらし、その間に位置と攻撃を完成させる技である。ほんのわずかな時間でも、この速度域では致命的だった。相手が攻撃を見てから防御しようとした時には、ヒット側ではすでに打撃を終えている。 力の大会で能力を目にしていたフリーザも、理屈そのものは知っている。 問題は、知識と実際に受けることがまるで別だということだった。
◇
「オラァ!」
カリフラの拳がサイタマの顔へ飛ぶ。
サイタマは前腕で受け、同時に横から来たキャベの蹴りをもう片方の手で止めた。その背後ではケールが踏み込み、両拳を頭上から振り下ろしてくる。 一歩だけ横へずれる。 ケールの拳は空を切り、工事中の広場へ巨大な穴を作った。
「三人いると、結構めんどくさいな」
「舐めんな!」
カリフラが笑いながら気弾を連射した。
サイタマは走ってかわし、避けきれないものだけを手で払う。背後では光弾が次々に爆発し、路面や建物を吹き飛ばしていくが、シャンパのバリアより外へ衝撃は漏れない。 上空では、その本人が腕を組んで得意そうに笑っていた。
「いいぞ! そのままやれ!」
「シャンパ様。外へ被害は出ておりませんが、内側の街は順調に壊れておりますよ」
「外に出てねえならいいだろ!」
「そういう問題なのでしょうか」
ヴァドスは穏やかな笑顔のまま地上を見下ろした。
サイヤ人三人の連携は悪くない。キャベが基本に忠実な攻撃で正面を押さえ、カリフラが予測しづらい角度から荒々しく割り込み、ケールが最も重い攻撃を死角へ置く。力の大会以降に何度も組んできたのか、互いの軌道を邪魔することもなかった。 サイタマはその全てを普通に受けていた。 たまに拳や蹴りが当たる。 しかし、当てた三人の方が困惑する。
手応えはあるのに、相手の身体がほとんど動かない。顔へ蹴りを入れても首が少し傾くだけで、腹へ拳を打ち込んでも「お」と言う程度だった。
「何なんだよ、こいつ!」
カリフラが距離を取る。
「気がほとんどねえのに!」
「油断しないでください! フリーザが僕たち三人をこの人へ任せたんです!」
「分かってるって!」
キャベの注意を聞きながらも、カリフラの顔には笑みが残っていた。 強い。 それなら、なおさら面白い。 ケールも緊張していたが、後ろへ下がる気はなかった。
「姉さん。もう少し上げてもいいですか?」
「まだだ。まず今のまま、どこまで通じるか見る」
意外にもカリフラは即座の変身を選ばなかった。 サイタマが少しだけ感心した顔をする。
「ちゃんと考えてるんだな」
「どういう意味だ!」
「いや、もっと最初からドーンって行くタイプかと」
「ぶっ飛ばす!」
「今もやってるじゃん」
カリフラの額に青筋が浮いた。
◇
その頃、フリーザは再びヒットへ向かっていた。 今度は、ただ拳を振らない。 ヒットが消えた瞬間、攻撃を出さずに足を止めた。 右。 気配が戻る。 フリーザは首を傾けた。 一瞬後、頬を狙っていた拳が空を切る。 ヒットの眉がほんのわずかに動いた。
「おや」
フリーザの口元が上がる。
だが、続く左拳は腹へ入った。さらに胸、肩へ短い打撃を受け、フリーザは三歩ほど後退する。反撃の拳はまた空を切り、その背後へ回ったヒットの蹴りで道路へ叩きつけられた。 円形に陥没した路面へ、さらに追撃が落ちる。 フリーザは腕を交差して受けたが、身体ごと地面を滑らされた。 傷は少しずつ増えていた。
頬が切れ、肩から血が滲み、腹には拳の跡が残る。黄金の身体がここまで一方的に打撃を受け続ける光景は、タツマキたちにとっても初めてに近かった。 やがてフリーザは片膝をついた。 繁華街に、一瞬だけ妙な静けさが生まれる。 ヒットがゆっくり近づいた。
「もう一度言う。降参しろ」
フリーザは顔を上げなかった。 数秒、肩だけが小さく揺れた。 ヒットの目が細くなる。 笑っている。
「……」
ヒットは反射的に後ろへ跳んだ。 直後、それまで立っていた路面の真下が赤く光った。
轟音とともに地面が割れ、地下から高圧の蒸気と溶けた岩が噴き上がる。シャンパのバリア内部だけで高層ビルほどの火柱が立ち上がり、タツマキが思わず目を見開いた。
「何よ、これ!」
ジェノスの視界へ地中の熱量変化が表示される。
「地下へ気を送り込んでいたのか。戦闘中に地層を加熱し、噴出の時間まで調整していた……?」
瓦礫の中からフリーザがゆっくり立ち上がった。 片膝をつく必要など、本当はなかった。
「惜しかったですね」
ヒットは火柱を一度見たあと、フリーザへ視線を戻す。
「擬態か」
「ええ。あれだけ気持ちよく殴らせて差し上げたのです。弱ったと思えば、詰めに来てくださるかと」
傷が偽物というわけではない。 ヒットの打撃は確実に効いている。
それでも戦闘不能には遠く、フリーザは受けながら別の作業を進めていた。地下へ少量ずつ気を送り込み、地層を刺激し、ヒットが接近した瞬間に噴き出すよう熱と圧力を調整していたのである。
「あなたの時とばしは、非常に厄介です」
フリーザは人差し指を立てた。
「ですが、戦っていれば癖は出ます。飛ばした後に好む位置、攻撃の間隔、こちらの視線を外す方向、同じ攻撃を繰り返さないための角度の変化。まだ完全には見切れていませんが、少しずつ輪郭が見えてきました」
「そうか」
「それに――」
黄金の気が膨らむ。 道路へ残っていた瓦礫が浮き、周囲の窓ガラスが細かく震え始める。
「こちらも、まだ本気で殴ってはいませんよ」
ヒットの目が僅かに細くなった。
「あの程度の攻撃では、まだ眠たいままです」
上空でシャンパが歯を鳴らした。
「アイツ……!」
「煽りますねえ」
「ヴァドス、お前楽しんでないか?」
「少しだけ」
「少しは否定しろ!」
地上ではヒットの動きが変わっていた。
右腕、左腕、肘、掌、拳。いくつもの構えを短く切り替え、自分の身体に最適な形を探るように重心を変えていく。 やがて止まった。
左腕を前へ置き、肘を僅かに曲げる。右拳は身体の近くへ引き、重心を低く保つ。攻撃にも防御にも即座に移れる、ヒット独自の構えだった。
「お前への攻撃に適した形は、これだ」
フリーザの笑みが深くなる。
「これは光栄ですね。わざわざ、わたくし用ですか」
「そうだ」
「でしたら、期待に応えませんとね」
◇
「お」
サイタマがヒットの構えを見て、少しだけ目を輝かせた。
「何だよ!」
カリフラの拳を首を傾けてかわす。
「いや、あっちの試合、ちょっと見たくなってきた」
「試合じゃない!」
「似たようなもんだろ」
キャベが正面へ回り込み、拳を構えた。
「よそ見はいけません!」
「邪魔」
サイタマが何気なく拳を出した。
「普通のパンチ」
キャベの腹へ入る。
「――!」
声を出す暇もなかった。
キャベの身体はくの字に折れ、そのまま数百メートル先まで吹き飛ぶ。工事中の広場を跳ね、瓦礫を何度も巻き上げ、最後は巨大な資材置き場へ突っ込んだ。 轟音が遅れて響く。
「キャベ!」
「キャベさん!」
カリフラとケールの顔色が変わった。 しかし、それ以上に二人を驚かせたものがある。 サイタマが拳を出した、ほんの一瞬。 普段は不自然なほど弱く感じるこの男の内側から、何か巨大なものが膨れ上がった。 気と呼んでよいのかすら分からない。 ただ、自分たち三人の力を足した程度では比較にならない圧力が、一瞬だけ顔を出して、すぐ消えた。 カリフラの額を汗が流れる。
「……マジかよ」
「姉さん。この人……」
「ああ」
サイタマは拳を見て、少し心配そうに遠くを眺めた。
「飛ばしすぎた?」
その直後、資材の山が爆発した。 キャベが飛び出してくる。身体のあちこちに傷があるものの、まだ十分に戦える。
「大丈夫です!」
「お、丈夫だな」
サイタマが安心したように言った。 カリフラは笑わなかった。
「やめだ」
「何が?」
「手加減して様子見るの」
黄金のオーラが爆発した。
黒髪が逆立ち、金色へ変わる。さらに身体の周囲へ青白い電撃が走り、膨れ上がった気がバリア内部の空気を押し広げた。 超サイヤ人2。
「最初からそうすればいいじゃん」
「うるせえ!」
ケールも目を閉じた。
「私も行きます」
金と緑が混じった光が噴き上がる。以前のような暴走ではない。増した筋肉と力を自分の意思で制御し、カリフラと並んで構える。 少し遅れて戻ってきたキャベも二人を見て頷いた。
「僕も遅れるわけにはいきません!」
三つ目の黄金の気が立ち上る。 三人の超サイヤ人2が並んだ瞬間、バリアに囲まれた繁華街全体が低く震えた。 タツマキ、ジェノス、アマイマスクも一斉にそちらを見る。
「何よ、この増え方……」
「変身前の数倍以上。三人とも出力が急上昇している」
「変身だけでここまで上がるのか」
アマイマスクが僅かに足を引いた。 だが、三人の反応はそこで終わった。 毎日のように、もっと異常なものを見ている。 黄金へ変わる宇宙人。 しかも最近は、黄金になった上で筋肉を膨張させ、必要な瞬間だけ途方もない出力を叩き込んでくる。 タツマキが口元を少し上げた。
「フリーザほどじゃないわね」
「同意する。最大出力では明確にフリーザが上だ」
「比較対象があれなのは気に入らないが、絶望するほどではないな」
アマイマスクも静かに構えた。
「で?」
タツマキの身体を緑色の光が包む。
「その程度で私たちがビビると思ってんの?」
「何だと?」
カリフラの眉が跳ねる。 ジェノスの両腕が展開し、砲口が光を帯びる。アマイマスクも指を軽く鳴らした。 サイタマは三人の超サイヤ人を見比べ、少しだけ感心した。
「へえ。お前らも変身するのね」
「感想それだけかよ!」
「フリーザも金色になるし」
ケールが複雑な顔をする。
「フリーザさんと同じ括りに……」
「僕としてもかなり複雑です」
キャベが苦笑した。 サイタマは軽く拳を握り直す。
「まあ、一億かかってるし。もうちょっと真面目にやるか」
三人の表情から笑みが消えた。
◇
少し離れた場所では、ヒットとフリーザが互いに動かず向き合っていた。 ヒットは新しい構えのまま、気を限界まで静かに研ぎ澄ませている。 対するフリーザも、黄金のオーラを必要以上に広げない。 最初に全力で行くと言ったからといって、常に垂れ流すわけではない。 必要な瞬間に必要な場所へ。 それこそが、今のフリーザが最も磨いている技術だった。
「さて」
赤い瞳が細くなる。
「ここからが本番ですね」
「そうだな」
ヒットの気配が一度、ひどく薄くなった。 サイタマ側でも、三人の超サイヤ人が同時に足を開く。 上空ではシャンパが食い入るように見下ろし、ヴァドスだけが変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「フフ…面白くなってきましたね」
「何だ?」
「いえ、こちらの話です」
次の瞬間。 ヒットとフリーザが同時に消えた。 同時に、カリフラ、キャベ、ケールの三人がサイタマへ殺到する。 帝王対殺し屋。 趣味のヒーロー対三人の超サイヤ人2。 二つの戦場で、ようやく本当の戦いが始まった。