フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~   作:&劉

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第二十六話 がんばれヒーロー!

 

最初は、疲労が見せる錯覚だと思っていた。 サイタマとの修行を終えた夜、身体には確かな消耗が残っていた。気は削れ、筋肉は重く、普段ならメディカルマシーンへ入るか、そのまま休息を取る程度の状態である。それなのに意識だけは妙に澄み、身体のもっと深い場所で、使い切っていない何かがこちらを見返しているような感覚があった。

 

地球の人間は、限界近くまで走り続けた後に訪れる高揚感を「ランナーズハイ」と呼ぶらしい。フリーザも最初はそれと同じ類だと考えた。身体を追い込みすぎたせいで神経か脳が妙な反応を起こしている。そう片づければ簡単だった。 だが、その夜、静かな部屋で自分の気を内側から探った時、説明のつかないものを見つけた。 黄金ではない。普段の白と紫の気でもない。 身体の奥底で、黒い炎のようなものが小さく揺れていた。

 

「……何です、これは」

 

蝋燭の火より弱い。意識を向ければ今にも消えそうなのに、完全には消えない。触れようとすると遠ざかり、気を集中させればむしろ輪郭を失う。力ずくで引き出そうとしても、何も起こらなかった。 それでも、次の月面修行を終えると再び現れた。 前より少しだけ大きい。

 

さらに戦い、さらに消耗すると、また大きくなる。ボロスとの戦いを終えた頃には、もはや偶然ではないと確信できる程度まで存在感を増していた。 潜在能力なのか底力なのか。あるいは、まだ表へ出ていない別の姿なのか。 それそのものをどう呼ぶか―――そんなものはどうでもよかった。 重要なのは一つだけである。 使えるか使えないか。 それからフリーザの修行は変わった。

 

ただ出力を上げるのではなく、自分の残量を正確に把握する。どれだけ動けば、どれだけ削れるのか。どの程度の出力なら長く保てるのか。どこまで減らせば身体の奥にある黒い炎が浮かび上がるのか。

 

全力疾走のように気を消耗しながらも、一気に空へはしない。限界の少し手前で止め、そこからさらに一歩だけ踏み込む。すると、今まで使っていた黄金の気を燃料にするように、奥の炎がわずかに強くなる。 休めば小さくなる。 余力を残して終えれば現れない。 サイタマと本気に近い拳を交わし、身体も気も限界へ近づいた時だけ、黒い炎は底から浮き上がった。 その過程で、いくつもの副産物が生まれた。

 

ゴールデン形態の燃費は大きく改善した。必要な瞬間だけ出力を上げる「刹那の黄金」は、もともとジレンの戦い方を分析したところから始まっている。さらに木星で怒りに任せて引き出したゴールデン・フルパワーも、使い勝手が向上したため実戦投入可能となった。

以前は筋肉を膨張させるため100%を引き出すためにかなりの時間がかかる上、短時間しか使用できない燃費の悪い変身であった。現在では、修行の成果により以前のような粗雑な形ではなく、素早く切り替え可能で制御もできる有用な選択肢へと変化した。 だが、どれも本来の目的ではない。 すべては黒い炎へ届くための途中経過だった。 力の大会でフリーザが最も気に入らなかった相手は、孫悟空でもベジータでもない。 ジレンである。

 

強いことが気に入らなかったのではない。あれほどの力を持ちながら、必要のない瞬間には驚くほど何も見せないことが気に入らなかった。拳を出す時だけ、守る時だけ、動く時だけ。必要な場所へ必要な分だけ力を送り、それ以外では徹底して静かでいる。 当時の自分には、それができなかった。 だから覚えた。 憧れなどではない。 次に会った時あの澄ました顔をぶん殴るためである。 そして、もう一つ。

 

自分の気を髪の毛一本ほどの細さで扱えなければ、身体の奥にある得体の知れない力を安全に引き出すことなどできない。そう考えたからこそ、タツマキとの訓練でも、サイタマとの月面戦でも、出力の切り替えを繰り返してきた。 今、その成果を試す相手が目の前にいる。 ヒット。 第六宇宙最強の殺し屋を前に、フリーザは笑っていた。

 

デスビームが繁華街を横切る。 ヒットは首を傾けて一本をかわし、二本目を半歩だけ身体をずらして避けた。三本目が逃げ道を塞ぐと、気配が一瞬だけ途切れる。 時とばし。 次に現れた時にはフリーザの左肩へ拳が入っていた。

 

「ぐっ……!」

 

黄金の身体が揺れる。フリーザは反撃せず、すぐに距離を取り直した。指を振ると赤い光線が連続して走り、さらに瓦礫を超能力で浮かせてヒットの移動先を塞いでいく。 ヒットは最小限しか動かない。

 

必要な攻撃だけを避け、危険な瞬間だけ時を飛ばし、フリーザの隙が生まれたところへ一発だけ置く。殴った後は追わず、再び構えへ戻る。 殺し屋というより、獲物が弱るのを待つ狩人だった。 フリーザは自分の残量を冷静に測る。 マックスを10とするならば、今は7を少し下回ったところだ。

 

次の気功波で一段減る。ゴールデン・フルパワーを維持しながら広範囲攻撃を続ければ、消耗はこちらの方が早い。 ヒットにはまだ余裕がある。 少なくとも、そう見える。

 

「……」

 

このまま続ければ、先に尽きるのは自分だ。

 

近接へ戻ればさらに悪い。時とばしだけでも厄介なのに、ヒット自身が純粋な格闘技術で優れている。真正面から殴り合えば、こちらの攻撃が空を切る間に急所だけを正確に削られる。 ヒットもそれを理解していた。 だから焦らない。 余計な追撃をしない。 弱るまで待つ。 それでいいと思っている。

 

「ほっ……」

 

フリーザの喉から笑いが漏れた。 ヒットの眉がほんの僅かに動く。 まだある。

 

この男には、時を一瞬飛ばすだけではない切り札がある。力の大会でジレンへ使った、相手そのものを時間の檻へ閉じ込める技。自分の能力を一人へ集中させ、動きを封じるための奥の手。 ヒットはまだ、それを使っていない。 つまり、この戦いはまだ深くなる。 こちらの気はさらに削れる。 身体の奥の黒い炎は、もっと大きくなる。

 

「ほっほっほ……」

 

笑いが少し大きくなった。 ヒットは無言でフリーザを見る。 フリーザは心の中で、ひどく愉快に思っていた。 あまりにも計画通りだ。 黒い炎は今、確実に燃えている。 黄金の炎を貪るように、少しずつ大きくなっていた。

 

その時、地球そのものが震えた。 比喩ではない。 超サイヤ人3へ到達したケフラの気が、シャンパのバリア内部を満たし、空へ突き抜けて大気圏まで震わせている。腰近くまで伸びた金色の髪が激しい気流に揺れ、身体の周囲では青白い雷が何度も走った。

 

「ははっ!!! いい気分だぜ!」

 

ケフラが一歩踏み出す。 次の瞬間にはサイタマの目の前にいた。

 

「お」

 

サイタマが両腕を上げる。 拳がぶつかった。

 

受けたまま身体が弾き飛ばされ、道路を何百メートルも削ってビルの壁を突き抜ける。さらに奥から飛び出したサイタマが地面へ足をつけた時、両腕にははっきりした痺れが残っていた。

 

「重いな」

 

「その顔で言うな!」

 

ケフラはすでに追いついている。 膝が顔を狙い、サイタマは上体を反らしてかわした。そこからケフラは身体を回し、踵を腹へ叩き込む。 今度は地面すれすれを横へ飛ばされた。 着地する前に、正面から拳の連打が来る。

 

サイタマは受け、流し、かわす。完全には避けきれず、肩へ一発入って地面が陥没し、腹へもう一発受けて数十メートル滑った。

 

「はははは! どうした! さっきまでの余裕は!」

 

「いや、普通に強いなって思ってる」

 

「だから、その顔で言うな!」

 

ケフラは楽しそうだった。 だが、楽しんでいるだけではない。 サイタマが飛べないことを、すでに完全に理解している。

 

地上から跳べば届くか届かないかという高度を維持し、数十メートル上空を高速で旋回する。高く上がりすぎればサイタマは大跳躍で追える。低すぎれば拳が届く。その間だけを使い、遠距離から気弾を落とした。

 

「ほら!」

 

左右から光が降る。 サイタマは地上を走って避ける。

 

右で爆発し、左で爆発し、前方を塞ぐように三発目が落ちる。サイタマが跳んだ瞬間、ケフラは高度を少し上げて拳の射程から外れ、その真下へ巨大なエネルギー波を撃ち込んだ。 サイタマは空中で身体をひねり、地面を蹴るように着地して横へ逃げる。 直後、大地が深く抉れた。

 

「面倒ね……」

 

タツマキが小さく呟いた。 介入しづらい。

念力でケフラを捕まえようとしても、今の速度なら固定する前に抜けられる可能性が高い。ビルや瓦礫を飛ばせばサイタマの視界を塞ぐ。乱気流を起こせば、地上で動くサイタマの跳躍軌道まで狂わせかねない。

 

「やりにくい……!」

 

ジェノスも同じだった。

 

焼却砲も誘導弾もある。だが、生半可な攻撃が今のケフラへ通じるとは思えない。むしろサイタマの動きを邪魔する可能性の方が高かった。

 

「何か……先生のためにできることは」

 

拳を握ったジェノスの横で、アマイマスクがふと顔を上げた。

 

「ジェノス」

 

「何だ」

 

「スカウターは持っているか?」

 

「当然だ」

 

「通信機能は?」

 

「ある」

 

アマイマスクの口元が少し上がった。

 

「使うぞ」

 

「何に?」

 

アマイマスクはサイタマとケフラの戦いを見たあと、シャンパのバリアの外へ視線を向けた。

 

「戦う方法は、殴るだけじゃない」

 

ジェノスは一瞬黙った。 そして理解した。

 

「……なるほど」

 

アマイマスクの顔が変わった。 戦闘中の冷たい表情ではない。 カメラの前で何万人を魅了してきた、完璧なスターの顔だった。

 

「こういう時は、僕の仕事だ」

 

 

はっきり言えば、サイタマは苦戦していた。 純粋な肉体能力だけなら、まだサイタマの方が上だろう。拳の重さも、耐久力も、おそらくこちらが勝る。 だが、戦いは単純なスペックだけでは決まらない。

 

ケフラは飛べる。遠距離攻撃が使える。気を感知でき、格闘技術もある。さらにカリフラの勘の良さとケールの力強さが一人の中で繋がったことで、攻撃と判断の切り替えも速い。 何より、相手の弱点を見つければ遠慮なく使う。

 

「オラァ!」

 

上空からケフラが急降下する。

 

サイタマが両腕で拳を受けた瞬間、地面が深く沈んだ。反撃の拳を出すが、ケフラは身体をひねってかわし、そのまま空へ浮く。

 

「届かねえだろ!」

 

掌から巨大な気弾が落ちる。 サイタマは跳んで避ける。 爆炎を抜けてケフラの蹴りが飛び、頬へ直撃した。

 

「っ」

 

着地したところへ気弾が追う。 走ってかわすが、全ては避けきれない。一発が背中で爆発し、サイタマは前へ転がされた。 起き上がる。 衣装の背中が大きく裂けていた。

 

「……」

 

ケフラは低空で笑っている。

 

「どうした!」

 

サイタマは小さく息を吐いた。

 

木星で戦ったジャネンバの方が単純な破壊力は大きかった。星そのものを削る攻撃を平然と放ち、空間を歪め、力を押しつけてくる怪物だった。 だが、ジャネンバは戦い方が単純だった。 ケフラは違う。 こちらができないことを見つけ、そこを使う。

 

「こいつ、木星のあいつより面倒だな」

 

「誰だよ、それ!」

 

「別の奴」

 

「今はこっちに集中しな!」

 

ケフラが急降下する。 サイタマは拳を避け、今度はこちらから高く跳んだ。 ケフラもすぐに高度を上げる。 拳が届かない。

 

「そこ!」

 

空中で身動きの取れないサイタマへ、巨大なエネルギー波が正面から放たれた。 両腕を交差して受ける。 押し負けた。 地上へ叩きつけられ、爆発が繁華街を飲み込む。

 

「先生!」

 

ジェノスが声を上げる。 しかし、今は飛び込まない。 隣ではアマイマスクがスカウターを受け取り、通信回線を開いていた。

 

「映像は送れるか?」

 

「世界規模でも可能だ。メタルナイトの独自回線を経由する」

 

「やれ」

 

ジェノスが即座に接続する。

 

フリーザ・コーポレーションの監視網、メタルナイトの独自回線、周辺のドローン、街頭カメラ。戦場を映せるものが一つのネットワークへまとめられていく。 アマイマスクは一度だけ息を整えた。

 

「始めるぞ」

 

爆煙の中から、サイタマがまた立ち上がった。

 

「……どうするかな」

 

遠距離攻撃はない。 飛べない。 周囲に投げられる大きな物も、もうほとんど壊れている。 結局、ケフラが近づいてくる一瞬を狙うしかない。 だが、相手もそれを理解している。 空を高速で右へ左へ移動しながら、決して不用意に射程へ入らない。

 

「ははっ!」

 

声だけが上空を走る。 その時、サイタマは別の音を聞いた。

 

「……?」

 

最初は地鳴りかと思った。 実際、地面も僅かに震えている。 だが違う。 声だった。 大勢の声。 バリアの外へ目を向ける。

 

避難していた市民がいた。数百ではない。何千、何万という人間が、安全距離を保ちながら戦場を見ている。 その中で、一つだけ高い子供の声が響いた。

 

「がんばれサイタマ――――!」

 

サイタマの目が少し開く。 見覚えのある少年だった。 昔、ヒーロー活動の途中で助けた子供が、両拳を高く上げて叫んでいる。

 

「負けるなサイタマ――――!」

 

次に聞こえたのは無免ライダーだった。 まだ包帯が残っている。それでも自転車の横に立ち、全力で声を張っている。

 

「サイタマ! 負けるな!」

 

「サイタマ氏――――!」

 

キングまで両手を口へ当てて叫んでいた。心臓はいつも以上に鳴っているが、今日は逃げていない。

 

「サイタマ君!」

 

バングが腕を組んだまま、道場生たちと一緒に立っている。

 

「見せてやれ!」

 

声は次々に増えた。 サイタマが助けた人間。 一緒に戦ったヒーロー。 近所の住民。 スーパーの店員。

 

フリーザ・コーポレーションの社員たち。A級ヒーロー、B級ヒーロー、C級ヒーロー。

サイタマとフリーザにかかわったすべての人たち。彼らを応援するすべての人たちの声と魂がここにあった。

 

「頑張れ!」

 

「負けるな!」

 

「サイタマ!」

 

「ヒーロー!」

 

声が重なり、本当に地面を震わせ始める。 サイタマは少し呆然としていた。 ケフラも空中で動きを止める。

 

「……何だよ、これ」

 

上空ではシャンパが口を開けていた。

 

「何だよこれ! ここ俺の宇宙だぞ! なんで勝手に入ってきたフリーザとか、そいつらの方が応援されてんだよ!」

 

「確かに不思議ですね」

 

ヴァドスが首を傾げる。

 

「あら」

 

別方向へ目を向けた。

 

いつの間に設置したのか、巨大なスクリーンがバリアの外へ何枚も並んでいる。メタルナイトの無人機が空中で支え、童帝が端末で映像を切り替えていた。 金属バットがバットを肩へ担ぐ。

 

「ここでいいんだな!」

 

「でけえな」

 

アトミック侍も空を見上げる。 スクリーンへ戦場が映る。 サイタマとケフラ。 フリーザとヒット。 そして画面が切り替わった。 アマイマスクの顔が大写しになる。 いつもの営業用の笑顔だった。 ただし、声は本気だった。

 

「皆さん!」

 

その映像は街だけでなく、ネットを通じて世界へ流れ始めていた。

 

「今、この地球でヒーローたちが宇宙から来た強敵と戦っています!」

 

「強敵って俺らのことか!?」

 

シャンパが叫ぶ。

 

「立場上は、そうなるのでは?」

 

「ここ俺の宇宙なんだけど!?」

 

誰も聞いていない。 アマイマスクは続ける。

 

「彼らは逃げていません。圧倒的な力を前にしても、決して諦めていません!」

 

画面へサイタマが映る。 衣装は破れ、身体にも汚れがある。 それでも立っている。

 

次に、傷を増やしながらヒットと戦い続けるフリーザが一瞬映った。黄金の身体には血が滲んでいるのに、まだ楽しそうに笑っている。

 

「お願いします!」

 

アマイマスクが声を張る。

 

「地球のために戦うヒーローを、応援してください!」

 

通信量が一気に跳ね上がった。 テレビ、スマートフォン、街頭モニター、動画配信。 画面越しに見ていた人間たちまで声を上げる。

 

「頑張れ!」

 

「サイタマ!」

 

「フリーザ!」

 

「負けるな!」

 

「ヒーロー!」

 

画面の隅には、いつの間にかFREEZA CORPORATIONのロゴが入っていた。 ジェノスがそれを見る。

 

「……」

 

アマイマスクが小声で言う。

 

「広告も必要だろ」

 

「見事だ」

 

タツマキが呆れたように眉を寄せる。

 

「こんな時まで会社の宣伝?」

 

「フリーザならそうする」

 

アマイマスクが答える。 タツマキは一瞬考えた。

 

「……するわね」

 

サイタマはバリアの外を見て 深海王の時を思い出す。 無免ライダーが勝てない相手へ立ち向かっていた。 あの時、自分は遅れて到着した。 フリーザが勝つことはできた。 けれど、あいつが勝つまでの間に戦えない人たちを守っていたのは弱いヒーローたちだった。 自分は趣味でヒーローを始めた。 今もその部分は変わっていない。 ただ最近は、少しだけ違う。 誰かが見ている、誰かが期待している。 だから勝つ…というほど大げさなことを考えているわけではない。 けれど、諦めない姿を見せることにも意味があるのだと、以前よりは分かるようになっていた。

 

 

「……」

 

拳を握る。 ケフラが少し戸惑った顔をする。

 

「なんだよ」

 

サイタマが顔を上げた。

 

「ヒーローってのは」

 

一歩踏み出す。 地面が沈む。

 

「決して諦めないもんだ」

 

「何だ、それ」

 

「ちょっと言ってみたかった」

 

「締まらねえな!」

 

ケフラが笑った。 サイタマも、ほんの少しだけ口元を上げた。瞬間、 全力で地面を踏む。 大地が爆発した。 ケフラの目が見開かれる。 速い。 今までより明らかに速い。 正面からサイタマが迫る。 拳が引かれている。 あれはまずい。 だが、まだ距離はある。 最大出力をぶつければ止められる。

 

「来いよ!」

 

ケフラが両腕を広げた。 黄金と緑の気が全身から爆発する。

そして間違いない―――――――当たる。

 

「あたしの勝ちだァァァァ!」

 

ギガンティックバースト。 全身の周囲から無数の光線が放たれた。 一本、二本という数ではない。 逃げ道を消すように何百もの光が集中し、正面から突っ込むサイタマを包み込もうとする。

 

「先生!」

 

ジェノスが叫ぶ。 タツマキも思わず声を上げた。

 

「サイタマ!」

 

その瞬間だった。 ケフラの身体が横へわずかに揺れた。

 

「なっ!?」

 

光線の軌道が数度だけずれる。 ほんの数度。 だが、それで十分だった。 サイタマの真正面に、一本だけ空白が生まれる。

 

「っ!?」

 

ケフラが素早く視線を向ける。 遠く離れた別の戦場。 ヒットと渡り合いながら、フリーザが片手の指先だけをこちらへ向けていた。 ほんの小さな気弾を一発だけ撃ったらしい。 ヒットが目を見開く。

 

「……!」

 

自分と戦いながら。 時とばしへ対応しながら。

攻撃をかわし、遠距離攻撃を行い、その合間に何百メートルも離れたケフラの発射タイミングまで見ていた。いや、そもそもフリーザが遠距離主体の戦法だったのもこれは―――――――――

 

「全て計算ずくか……!」

 

フリーザが楽しそうに笑った。

 

「社員へのボーナスを守るのも、社長の仕事ですよ」

 

「ボーナス?」

 

「お気になさらず」

 

ヒットが理解できない一瞬を作った。 その頃には、サイタマが光の隙間を突き抜けている。

 

「しまっ――!」

 

ケフラの目の前へ出た。

 

「いくぞ」

 

ケフラが両腕を交差する。

 

「連続――」

 

一発目の拳がガードを弾く。 二発目が腹へ入る。 三発目は胸。 四発目は肩。 五、六、七。 拳の雨でケフラの身体が空中へ浮く。

 

「マジ殴り――」

 

さらに速度が上がる。 ケフラの防御が崩れる。

 

「フリーザ――」

 

「なぁっ、何だよ、その名前!」

 

サイタマが最後の拳を引いた。

 

「殺しスペシャル!」

 

遠くでフリーザが叫ぶ。

 

「勝手に人の名前を技へ入れないでください!」

 

拳が振り抜かれた。 轟音がバリア内部を一周する。 ケフラは一直線に吹き飛び、雲を二つに裂きながら遠方へ消えた。 その途中で身体を光が包む。 ポタラの融合が限界へ達した。 光の中で一つの身体が二つへ分かれ、カリフラとケールが別々の方向へ落ちていく。 二人とも超サイヤ人は解除されていた。 地面へ滑り込み、そのまま動かなくなる。 静寂は二秒しか続かなかった。 次の瞬間、バリアの外から大歓声が爆発した。

 

「うおおおおおおおおお!」

 

「サイタマ!」

 

「勝った!」

 

「ヒーロー!」

 

キングは両拳を上げ、無免ライダーも笑っている。バングは満足そうに目を細め、金属バットが大声を張った。

 

「やるじゃねえかハゲマント!」

 

童帝は端末を見ていた。

 

「アクセス数、すごいことになってる……」

 

メタルナイトの機械音声が返す。

 

『サーバー増設を推奨』

 

アマイマスクはすぐカメラへ向き直った。

 

「皆さん、応援ありがとうございます!」

 

「まだやるの!?」

 

タツマキが呆れる。

 

「有効だ」

 

ジェノスは真顔だった。 サイタマは地面へ降り、膝が一瞬だけ揺れた。 そのまま尻をつく。

 

「はぁ……疲れた」

 

ジェノスがすぐ駆け寄った。

 

「先生、損傷は?」

 

「大丈夫。ただ――」

 

サイタマは倒れたカリフラとケールの方向を見る。

 

「めちゃくちゃ強かった…」

 

タツマキが少し驚いた顔をした。 サイタマがフリーザ以外の相手をここまではっきり強いと認めるのは珍しい。 やがてサイタマは、まだ続いているもう一つの戦いへ顔を向けた。 黄金と紫の光が高速で交錯している。 両手を口へ当てた。

 

「フリーザ――!」

 

フリーザの赤い目が一瞬だけこちらを向く。

 

「あとは任せたぞ!」

 

サイタマが少し笑った。 フリーザはヒットの拳をかわし、デスビームを返す。 そのまま口元を上げた。

 

「もちろん。お任せください」

 

身体の奥では、黒い炎がさらに大きく燃えていた。

 

ヒットは構えを崩さない。 三人のサイヤ人は敗北した。 足止め役はもういない。 ならば自分がフリーザを倒し、そのあとサイタマを処理する。 計画そのものは変わらない。 ただ一つだけ、想定と違うことがある。 フリーザはこちらが考えていた以上に、この戦いそのものを何かへ利用している。 消耗している。 確実に気は減っている。 それなのに、追い詰められている人間の顔をしていない。 むしろ、減れば減るほど楽しそうに見える。 上空のヴァドスも、ようやく同じ違和感へ目を向け始めていた。

 

「……まあ」

 

「何だ?」

 

シャンパが横を見る。

 

「いえ」

 

ヴァドスは微笑んだまま、フリーザを観察する。 表面の黄金の気は減っている。 だが、そのさらに奥。 先ほどまではなかった別の何かが、ゆっくり膨らんでいる。

 

「少し、面白いものが見られるかもしれません」

 

「何だよ、それ」

 

「まだ分かりません」

 

フリーザとヒットが同時に消える。 黄金と紫が衝突し、爆発が繁華街の中央で咲いた。 戦いはまだ終わらない。 そしてフリーザは待っていた。 自分の体力がさらに削れる瞬間を。 黄金の底にある黒い炎が、身体の内側を完全に満たす、その時を。

 

 




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