フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~   作:&劉

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最終話 星の海へ

 

一週間後。地球、Z市。 怪人協会、ジャネンバ、ガロウ、ヒット、そして第六宇宙のサイヤ人たち。短い期間にあまりにも多くの騒動が続いたこの星にも、ようやく平穏と呼べる時間が戻っていた。

 

フリーザ・コーポレーションは、ヒットとの決戦から二日後には営業を再開している。本社の一部は壊れ、関連施設にも被害が出た。戦場となった繁華街の修復費用に至っては、経理担当が数字を見た瞬間に五秒ほど無言になったほどである。 だが、金ならあった。技術もある。人材も揃っている。 何より、世間からの注目度は騒動以前とは比較にならなかった。

 

ニュースでは連日のように『地球を守ったフリーザ・コーポレーション』という見出しが踊り、戦闘映像は何度再生されたのか分からない。実際には「地球を守るために戦った」というより、勝手にやってきた連中と殴り合っていたら結果として地球が守られた、という方が正確なのだが、世間はそこまで細かい事情を気にしなかった。

 

怪人の出現数も、目に見えて減っていた。怪人協会は壊滅し、大型怪人は次々と討伐され、宇宙から来た連中までこの星で叩きのめされたのである。少なくとも今のZ市周辺でわざわざ暴れようとする怪人は、よほど情報収集をしていないか、よほど頭がおかしい。 それでも時折、事情を知らない怪人は現れた。

 

「サイタマさん、お願いします」

 

「ん」

 

数分後には終わる。 最近では、だいたいそんな具合だった。

 

その結果、ヒーロー協会のランキングにも大きな変動が起きている。ブラストは変わらずS級一位。その下へフリーザが入り、S級二位。そしてS級三位には、かつてC級から始まった禿頭の男――サイタマが収まっていた。順位に元いたタツマキ、シルバーファングはそのまま繰り下げとなったが、本人たちに異論はなかった。ジェノスも戦闘実績と技術協力が評価され、一気にS級九位まで順位を上げている。 アマイマスクにはS級昇格の打診が来たが、本人は即答で断った。

 

「結構です」

 

理由を詳しく語ろうとはしなかった。ただ、A級から上を目指す者たちを自分が最後に見極める役目は、まだ必要だと考えているらしい。

 

そしてフリーザ・コーポレーション本社の社長室は、最近では社長室というより社員の溜まり場に近くなっていた。

 

フリーザはデスクでタブレットを眺め、ジェノスは端の机へ設計図を広げている。タツマキはソファを占領し、アマイマスクは雑誌を読み、メタルナイトは大型モニター越しに何かの作業を続けていた。 サイタマは冷蔵庫を開けた。 しばらく中を見る。 閉じる。 また開ける。

 

「何をしているのです?」

 

フリーザはタブレットから顔を上げずに聞いた。

 

「いや」

 

サイタマは冷蔵庫を閉じ、妙に静かな部屋を見回す。

 

「なんか、平和だな」

 

一瞬だけ、誰も何も言わなかった。

 

「いいことでしょ」

 

ソファに横になったままタツマキが答える。

 

「先生の出動回数も、今週は三回のみです」

 

「三回あったの?」

 

「はい」

 

「全部一発だったから覚えてねえ」

 

アマイマスクが雑誌のページをめくりながら苦笑した。

 

「怪人側からすれば災難だろうね」

 

「まあ、平和ならそれでいいか」

 

サイタマはそう言って厨房の方へ歩き出した。

 

「昼飯作る」

 

「しかし――」

 

フリーザがそこで初めてタブレットを置き、窓の外へ目を向けた。

 

「そうでもないようですよ」

 

次の瞬間、社長室の中央へ七色の光が落ちた。

 

床から天井まで貫く虹色の柱が立ち上がり、ジェノスは即座に両腕を展開する。タツマキもソファから跳ね起き、緑色の光を全身へまとった。アマイマスクは雑誌を机へ置き、サイタマだけが厨房の入口から顔を出す。

 

「何?」

 

メタルナイトのモニターにも警告が走った。 ただ一人、フリーザだけは驚かなかった。むしろ、来ると思っていた客を迎えるように小さく息を吐く。

 

「やはり」

 

光が消えた。 そこには二人いた。

 

一人は長身で、水色の髪を持つ天使ウィス。もう一人は紫色の肌に長い耳を持つ、明らかに機嫌の悪そうな破壊神ビルスだった。

 

「誰だ……?」

 

ジェノスが低く呟く。

 

ビルスは彼を見もしなかった。タツマキもアマイマスクも完全に無視し、そのままフリーザのデスクまで歩いていく。 椅子へ座ったまま見上げるフリーザへ、ビルスは一言だけ告げた。

 

「フリーザ。帰るぞ」

 

部屋が静まり返った。 フリーザは一度だけ目を細め、顎へ指を添える。考えるような素振りを見せたあと、口元をゆっくり上げた。

 

「嫌だと申し上げたら?」

 

「……」

 

ジェノスがわずかに目を見開き、タツマキが額を押さえる。

 

「ちょっと」

 

アマイマスクも露骨に顔をしかめた。

 

「また始まった」

 

サイタマだけが平坦な声で言う。 ビルスのこめかみが動いた。

 

「帰るぞ」

 

今度の声には、はっきりと怒気が混じっていた。

 

それだけで室内の空気が沈む。壁、天井、床が低く軋み、ジェノスは反射的に前へ出た。タツマキの念力も一気に膨れ上がり、アマイマスクも構える。サイタマまで厨房から出てきたところで、フリーザが片手を上げた。

 

「おやめなさい」

 

「でも――」

 

「構う必要はありません」

 

珍しく真面目な顔で椅子から立ち上がる。

 

「こちらの方は、破壊神ビルス様です」

 

「破壊神?」

 

「その気になれば、この星程度は一瞬で木っ端微塵にできますよ」

 

「あ」

 

サイタマが思い出したように声を出した。

 

「シャンパの知り合い?」

 

「兄弟です」

 

タツマキはそれでも構えを解かなかった。

 

「だからって、いきなりフリーザ連れてくって言われて、はいそうですかってなるわけないでしょ」

 

「同意する」

 

ジェノスも前へ出る。

 

「少なくとも理由は聞かせてもらいたい」

 

アマイマスクまで続いた。

 

「お前ら……」

 

ビルスの眉間へさらに皺が寄り、今度こそ空気が危険な方向へ変わりかけた。

 

「あらあら」

 

ウィスだけが楽しそうに笑う。 サイタマが一歩前へ出た、その時だった。 ビルスの鼻が動いた。

 

「……ん?」

 

怒気が止まる。 もう一度、鼻を鳴らす。

 

「何だ? いい匂いがする」

 

全員が止まった。 ビルスは厨房の方を見る。 ウィスも同じ方向へ顔を向けた。

 

「あら。本当ですね」

 

「あ」

 

サイタマが厨房へ戻る。

 

「ちょうどできた」

 

数秒後、巨大な鍋を両手で持って戻ってきた。

 

湯気とともに、醤油、砂糖、出汁、肉の脂が混ざった強烈な香りが室内へ広がる。鍋の中には霜降りの黒毛和牛が何枚も並び、豆腐、白ネギ、春菊、椎茸、焼き豆腐、しらたきが煮えていた。 中央へ置かれた肉は、最高級のA5ランクである。

 

「牛鍋」

 

サイタマが机へ置いた。 ビルスが一歩近づく。

 

「……うまそうだな」

 

「ええ。これは非常に美味しそうです」

 

ウィスの笑顔も深くなる。 サイタマは二人を見た。

 

「食う?」

 

「食う」

 

「いただきましょう」

 

返事は早かった。 数分後。

 

さっきまで地球を破壊しかねない気配を出していた破壊神が、フリーザ・コーポレーションの面々に囲まれて牛鍋をつついていた。

 

「うまい!」

 

ビルスが肉を口へ入れ、目を見開く。

 

「何だ、この肉!」

 

「黒毛和牛」

 

「まあ……素晴らしいですね。脂が舌の上で溶けます」

 

ウィスも上機嫌だった。 タツマキはすでに三枚目を取っている。

 

「これ、本当にいい肉ね」

 

ジェノスは鍋を観察しながらサイタマへ聞いた。

 

「先生。今回の肉の価格は?」

 

「結構した」

 

そこでフリーザが箸を止める。

 

「ところで、サイタマさん」

 

「はい」

 

「あなた、先日の特別報酬を三億円支給しましたよね?」

 

「うん」

 

「その最初の大きな買い物が、これですか?」

 

フリーザが鍋を指す。 サイタマは当然のように頷いた。

 

「高級肉って言ったら黒毛和牛だろ?」

 

「三億円ですよ? 住宅、投資、資産運用、その他いろいろあるでしょう?」

 

「でも肉食いたかったし」

 

アマイマスクが深いため息をついた。

 

「本当に欲がないね」

 

ジェノスは突然ノートを取り出した。

 

「勉強になります!」

 

さらさらと書く。

 

『莫大な報酬を得ても生活水準を急激に変えない』

 

「何の勉強?」

 

「先生の生き方だ」

 

「絶対違うでしょ」

 

タツマキが肉を追加しながら言う。 フリーザはサイタマを一度見て、それから鍋へ箸を伸ばした。

 

「まあ、あなたがよろしいのでしたら、それでよいのですけれどね」

 

「だろ?」

 

フリーザも一枚食べる。 少しだけ目を開いた。

 

「……確かに、これは悪くありません」

 

「結局食べるんだ」

 

「三億円分の価値があるか確認しているだけです」

 

「これ、三億全部使ってないぞ」

 

「それなら安心しました」

 

ビルスがさらに肉を追加しながら、思い出したようにフリーザへ顔を向けた。

 

「で、帰る話だ」

 

空気がまた一瞬止まる。

 

「まだそれあったの?」

 

「ある!」

 

サイタマへ怒鳴るビルスの横で、ウィスが笑った。

 

「では、私からご説明しましょう」

 

杖を膝の横へ置く。

 

「結論から申し上げますと、フリーザさんにお咎めはありません」

 

「……?」

 

ジェノスが眉を寄せる。

 

「じゃあ何しに来たのよ」

 

タツマキの問いに、ビルスは箸を止めた。

 

「シャンパだ!」

 

急に声が荒くなる。

 

「あいつ! 僕が気持ちよく寝てたのに、朝っぱらからヴァドスの杖を通して『フリーザが! フリーザが!』って何十分も文句を言いやがって!」

 

「あー」

 

サイタマが納得した。

 

「それで寝起きで機嫌が悪かったのね」

 

「悪くもなる!」

 

「ビルス様は寝起きが特によろしくありませんので」

 

「余計なこと言うな!」

 

フリーザは少し呆れた顔をした。

 

「つまり、わたくしを連れ戻しに来たというより、シャンパ様に文句を言われて腹を立てていらしただけですか?」

 

「……まあ、そうだ」

 

「めんどくさ!」

 

「何だと!」

 

「まあまあ。お肉が焦げますよ」

 

「おっ」

 

ビルスは慌てて肉を取った。 サイタマがぽつりと言う。

 

「破壊神って結構普通だな」

 

「それ以上は言わないことです」

 

フリーザが即座に止めた。 ウィスは楽しそうな表情を崩さない。

 

「ただし、来た理由はもう一つあります」

 

全員の視線が集まる。

 

ウィスが杖を持ち上げると、先端から淡い光が伸び、部屋の隅へ落ちた。空間が水面のように歪み、小さな円が生まれ、その中からゆっくりと透明な立方体の箱のようなものが出てくる。 フリーザの眉が上がる。

 

「これは…」

 

「キューブです」

 

ウィスは穏やかに答えた。

 

「フリーザさんもご存じでしょう。

超光速で宇宙空間や他の宇宙へ移動できる神の乗り物です」

 

今度こそ、フリーザが明確に驚いた。

 

「第七宇宙にも?」

 

「はい」

 

「自由に?」

 

「一定の制限はありますが、基本的には行き来可能です。

今回はシャンパ様の計らいで特別に杖なしでも操縦できるようになっております」

 

フリーザはキューブの向こうを見つめた。 第七宇宙に思いを馳せる。

 

自分が長く支配し、何度も死に、何度も戻った宇宙。フリーザ軍の領域があり、悟空がいて、ベジータがいて、ビルスがいる。 自分の過去の大半が、そこにある。

 

「……よろしいのですか?」

 

「これはシャンパ様からのお詫びと、返礼だそうです」

 

「返礼?」

 

タツマキが首を傾げる。

 

「何に対する?」

 

ジェノスも聞く。 ウィスはにこりと笑った。

 

「この会社です」

 

「?」

 

全員の顔に同じ疑問が浮かぶ。

 

「フリーザ・コーポレーションが活動を始めてから、怪人被害は大きく減少しました。雇用が増え、技術が発展し、ヒーロー活動へ協力する一般の方々も少しずつ増えているようですね」

 

「この前の応援も、そういうことかな」

 

アマイマスクが聞く。

 

「ええ。結果として、この第六宇宙全体の人間レベル――魂の質、とでも言いましょうか。それが少し上昇したのです」

 

フリーザは自分を指した。

 

「わたくしの会社で?」

 

「はい」

 

「フリーザ、善人じゃん」

 

サイタマが言った。

 

「違います」

 

即答だった。

 

「でも善行増えたんでしょ?」

 

「会社を経営した結果です。善行を目的にしたわけではありません」

 

「結果として世の中が良くなったなら、同じじゃないか?」

 

「全然違います」

 

アマイマスクの言葉にも即答する。 ウィスが口元を隠して笑った。

 

「ともあれ、そのことでシャンパ様は全王様からお褒めになられたそうです」

 

ビルスがそこで箸を止めた。

 

「それがまたムカつくんだ」

 

「何で?」

 

「シャンパだけ褒められたからだ!」

 

「あー」

 

サイタマは今日二度目の納得をした。

 

「兄弟って面倒ね」

 

タツマキが言う。

 

「というわけで、シャンパ様としてもフリーザさんを完全に追い出すのは都合が悪くなりまして」

 

「ほっほっほ。随分勝手な話ですね」

 

「お前が言うな」

 

ビルスが肉を食べながら返す。 フリーザは再びキューブへ視線を戻した。

 

「しかし、本当によろしいので?」

 

「何がでしょう?」

 

赤い目が細くなり、いつもの笑顔が戻る。

 

「わたしはこのキューブを利用してまた悪事を企むかもしれませんよ?」

 

一瞬、部屋が静かになった。

 

「いや」

 

タツマキが即座に口を挟む。

 

「もう十分悪いことしてるじゃない」

 

「何を?」

 

「私を毎日死にかけるまで修行させて、岩山ぶつけて、ビーム撃って、バリア壊して」

 

「修行です」

 

「メディカルマシーンがあるから何してもいいと思ってるでしょ!」

 

「適切な訓練ですよ」

 

「月もめちゃくちゃにしたしな」

 

サイタマまで参戦する。 フリーザが勢いよく振り返った。

 

「それはあなたもでしょう! あなたがマジ殴りで月面を何度掘り返したと思っているのです!」

 

「フリーザもデスボール撃ったじゃん」

 

「あなたが避けるからでしょう!」

 

「当たったら痛いし。だから避ける。当然だろ」

 

「なら月が壊れるのは仕方ないでしょう」

 

「仕方なくない!」

 

タツマキが怒鳴った。 ジェノスは真面目な顔でノートを取っている。

 

「月面環境については、今後補修計画が必要だな」

 

「そこから?」

 

アマイマスクが額を押さえた。 いつの間にか、ビルスとウィスは口を挟まずにそのやり取りを眺めていた。

 

フリーザとサイタマが月の責任を押しつけ合い、タツマキが二人まとめて怒り、ジェノスが本気で補修計画を考え、アマイマスクが呆れている。 騒がしい。 家族と呼ぶには、あまりにもまとまりがない。 だが、以前のフリーザの周囲には、こんな空気はなかった。 恐怖、服従、命令。 それが基本だった。

 

今は違う。部下が社長へ平然と怒鳴り、社員が社長をからかい、社長も言い返す。そして誰も、フリーザを恐怖だけで見ていない。 ビルスが眉を寄せた。

 

「……フリーザ」

 

「はい?」

 

「変わったのか?」

 

ウィスは少し考え、ちょうどタツマキと言い合っているフリーザを見た。

 

「かもしれません」

 

「……」

 

「ですが、悪いことではありませんね」

 

ビルスは腕を組み、納得しているような、していないような顔をした。

 

◇

数十分後、牛鍋はほとんど空になっていた。

 

「よし。帰るぞ」 満足したビルスが腹を軽く叩く。

 

「はい」

 

ウィスも立ち上がる。 サイタマが声をかけた。

 

「今度また食いに来る?」

 

ビルスが止まった。

 

「……来る」

 

「誘わないでください」

 

フリーザが嫌そうな顔をする。

 

「私もぜひ」

 

「二人とも!?」

 

「じゃあ次、豚しゃぶ」

 

「豚しゃぶ?」

 

ウィスの目が輝く。

 

「それは何でしょう?」

 

「もう帰ってください!」

 

虹色の光が再び立ち上がった。 ビルスとウィスが中へ入る直前、ウィスが振り返る。

 

「ではフリーザさん。キューブ、大切にお使いください」

 

「ええ」

 

「変なことするなよ」

 

ビルスが念を押す。

 

「善処します」

 

「それ、やる奴の返事じゃないだろ」

 

光が消えた。 社長室が静かになる。 数秒後、サイタマが空になった鍋を見た。

 

「食ったな」

 

「かなり食べられましたね」

 

「肉、ほとんどなくなった」

 

「追加を購入しておくべきだった」

 

「そこまで予測できないだろう」

 

サイタマは鍋に残ったうどんを見た。

 

「〆、食う?」

 

全員の返事が揃った。

 

「食べる」

 

さらに数分後、本当に鍋は空になった。 サイタマは背もたれへ身体を預ける。

 

「食った」

 

「動けない」

 

タツマキもソファへ沈む。

 

「君たち、食べすぎだ」

 

「俺はまだ入る」

 

「お前、燃料タンクどうなってんの?」

 

サイタマに言われたジェノスは、少しだけ首を傾げた。 フリーザはナプキンで口元を拭き、ゆっくり立ち上がった。

 

「さて」

 

いつもの社長らしい顔へ戻る。

 

「皆さん」

 

「何?」

 

「本日は大仕事の後ということで――」

 

「大仕事、一週間前だけど」

 

「細かいですね」

 

フリーザが笑った。

 

「社員旅行としゃれ込みましょう」

 

「社員旅行?」

 

「どこへ?」

 

「僕は社員ではないんだけどな…」

 

「細かいことは気にしないでください」

 

「それで、どこ行くの?」

 

タツマキが聞いた、その瞬間だった。 低い轟音が空から響く。 窓が震え、机の上の食器が小さく鳴った。

 

「何だ?」

 

サイタマが窓へ目を向ける。 巨大な影が街へ落ちていた。 最初は雲かと思った。 違う。 本社ビルどころではない。複数の街区を丸ごと覆うほどの巨大な物体が、Z市の上空で静かに浮かんでいる。 タツマキが窓際へ飛んだ。

 

「……は?」

 

そこにあったのは宇宙船だった。

 

漆黒と銀を基調にした巨大な船体。何層にも分かれた甲板と、青白い光を放つ巨大推進器。船腹にはフリーザ・コーポレーションの紋章が描かれている。 かつてのフリーザ軍が持っていた航宙技術。 メタルナイトの地球工学。 この宇宙で手に入れた異星技術と資源。 それらを無理なく一つへまとめた、超大型星間航行船だった。

 

「これは……」

 

ジェノスが立ち上がる。

 

「いつの間に」

 

アマイマスクも窓へ近づいた。

 

「デカ」

 

サイタマの感想は短かった。 モニターが切り替わり、メタルナイトの声が響く。

 

『完成した』

 

フリーザの口元が上がる。

 

「ほっほっほ。やはり、あなたは天才ですね」

 

『当然だ。フリーザ軍の航宙技術、俺の兵器技術、第六宇宙で入手可能な資源。すべてを統合した』

 

画面へ船の内部が映る。

 

巨大な居住区、重力調整可能な訓練室、医療区画、研究施設、格納庫、展望デッキ。長期航海を前提に作られた設備が並んでいる。

 

『一つ条件がある』

 

「何でしょう?」

 

『第七宇宙へ出向する時、俺も連れていけ』

 

フリーザは即座に笑った。

 

「もちろん。喜んで」

 

『なら問題ない』

 

通信が切れた。 サイタマがフリーザを見る。

 

「出向って、旅行じゃないの?」

 

「社員旅行兼、視察兼、市場調査兼――」

 

「兼?」

 

「少々、個人的な用事もあります」

 

タツマキがすぐに察した。

 

「あ。悪い顔」

 

「第七宇宙に何が?」

 

「いろいろですよ」

 

「ろくでもないことだろ」

 

アマイマスクが呟く。 サイタマは立ち上がり、頭を掻いた。

 

「まあ、宇宙旅行したことないし。いいか」

 

「私も行く」

 

タツマキも即答した。

 

「先生が行くなら、当然同行する」

 

ジェノスも続く。

 

「僕、仕事が――」

 

「キャンセルしておきました」

 

「勝手に!?」

 

「社員旅行ですので」

 

「社員じゃないって先ほど言っただろう!」

 

「広告担当です」

 

「いつ正式に!?」

 

「諦めなさい」

 

タツマキがアマイマスクへ言う。

 

「君にだけは言われたくない」

 

事務所はまた騒がしくなった。 フリーザはその声を背中で聞きながら、窓の外に浮かぶ巨大宇宙船を見上げた。 第七宇宙。 悟空。ベジータ。ビルス。フリーザ軍。自分の過去。 ブラックという新しい力を手に入れた今、やりたいことはいくらでもある。 しかし、不思議なことに、それだけではなかった。 この星へ来る前、フリーザは一人だった。 部下は何万人もいた。兵士も、軍団も、支配した星もあった。 それでも一人だった。

 

今は背後にサイタマがいる。ジェノスがいる。タツマキがいる。アマイマスクがいる。メタルナイトまでいる。 うるさい。 勝手なことを言う。 命令を聞かない。 金を要求する。 月を壊す。 鍋を食べる。 どう考えても、帝王の部下としては失格だ。 なのに、悪くなかった。 フリーザは小さく笑った。

 

「ほっほっほ」

 

「何?」

 

サイタマが振り返る。

 

「いえ。何でもありません」

 

フリーザは窓の向こうへ手を広げた。

 

「では、参りましょうか」

 

巨大な宇宙船の船腹へ次々と光が灯り、低いエンジン音が街の空気を震わせる。

 

「今から星の海を眺めながら、星間クルーズとしゃれ込みましょう」

 

「飯出る?」

 

「…風情のない方ですね」

 

「先生。船内厨房の確認を行ってきます」

 

「展望室どこ?」

 

「僕の予定を戻してくれないかな」

 

「無理です」

 

「即答?」

 

サイタマは窓の向こうの空を見上げた。 昼間だから、まだ星は見えない。 それでも、その先には数えきれないほどある。

 

「まあ、面白そうだな」

 

フリーザがその言葉を聞いて笑う。

 

「でしょう?」

 

◇

やがて宇宙船はゆっくり高度を上げた。 Z市が小さくなり、雲が下へ沈み、青い地球が丸い星として視界に収まる。 さらに上がれば、その向こうへ暗い宇宙が広がった。 展望デッキから見える月は、遠目にも分かるほど傷だらけだった。

 

「あ。月」

 

サイタマが指差す。

 

「……」

 

フリーザが黙る。

 

「ひど」

 

タツマキが正直に言う。

 

「補修が必要だな」

 

ジェノスは本気だった。

 

「帰ってから考えましょう」

 

「木星は?」

 

サイタマが聞く。

 

「消えました」

 

「さらっと言わないで」

 

タツマキが頭を抱えた。 船はさらに加速する。 光が伸び、星が線へ変わっていく。 悪の帝王。 趣味でヒーローをする男。 サイボーグ。 超能力者。 アイドル。 狂気じみた科学者。 まとまりのない一行が、星の海へ旅立っていく。 フリーザが善人になったわけではない。

 

これからも悪事を企むだろう。悟空やベジータを叩きのめすつもりも、まだ捨てていない。気に入らない相手を平然と消すことだってあるかもしれない。 それでも、この星へ来る前とは一つだけ違った。 今は一人ではない。

 

戦いが終われば帰る場所があり、強くなれば試す相手がいる。馬鹿なことを言えば突っ込む者がいて、腹が減れば同じ鍋を囲む者たちがいる。 宇宙の帝王フリーザが、それを何と呼ぶのかはまだ分からない。 たぶん本人も、考える気はない。 だから今は、ただ笑った。

 

「ほーっほっほっほっほ!」

 

隣にいたサイタマが顔をしかめる。

 

「うるさい」

 

「笑いもしますよ!これからあのサイヤ人の猿どもをコケにできると思うと!!!」

 

宇宙船はさらに速度を上げる。 その先には、まだ誰も知らない星々が無数に広がっている。 戦いがある。 強敵がいる。 飯もある。 そして、きっとまた面倒事が起きる。 それでも構わない。 彼らの物語は、ここで一度幕を閉じる。 だが、冒険は終わらない。 巨大な宇宙船は一筋の光となり、星々の彼方へ消えていった。そして――――――――――――

 

◇

 

――――――――――――星間旅行、四日目。第七宇宙、地球。

 

そこに彼らの姿があった。

 

 





もうちょっとだけ続くんじゃ
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