フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
第一話 復活のK
第七宇宙、地球。夜の山中に、七つの光が並んでいた。赤い星を宿した球体が地面へ円を描き、その中心では、古びた戦闘服を着た一人の男が息を荒くしている。胸元には、かつて銀河の多くを震え上がらせた軍の紋章が残っていた。
フリーザ軍。もっとも、今となってはその呼び名自体が少し古い。地球では同じ名を冠した企業が巨大なビルを建て、怪人を倒し、宇宙航路を整備し、技術を売り、税金まで納めている。
男にとって、それは耐え難い光景だった。惑星を奪い、反抗する文明を焼き払い、名を聞いただけで宇宙中の者が震える。それこそがフリーザ一族であり、その軍勢であるはずだった。
なのに今のフリーザは、地球人から拍手を受けている。ヒーロー。社長。英雄。男には、そのどれもが侮辱に思えた。
「違う……」
震える声で呟く。
「宇宙を支配する者は、感謝される必要などない。恐れられればいい。逆らう者など、一人残らず消せばいいのだ」
だから探した。ブルマたちが地球を留守にしている僅かな隙を狙い、ドラゴンレーダーを盗み、保管されていたドラゴンボールと残りの球をかき集めた。
やったことは派手だが、実際には大した攻防もなかった。今の地球では、フリーザ・コーポレーションやカプセルコーポレーションを正面から襲うような愚か者は少ない。その警戒の薄さへ潜り込み、必要な物だけを持ち出したにすぎない。
そして今。七つの球が光った。空が暗くなる。雲が渦を巻き、巨大な龍が夜空へ姿を現した。男は見上げ、喉を震わせる。
「神龍! 願いを叶えてくれ!」
赤い瞳が地上を見下ろした。
『願いを言え』
男は迷わなかった。
「クウラ様を――あのお方と、その直属の精鋭たちを蘇らせてくれ!」
風が止まった。神龍の眼が一瞬だけ赤く光る。
『たやすい願いだ』世界が白く染まった。
◇
同じ頃。第7宇宙からの交易船が地球軌道へ入り、その船腹には大きくFREEZA CORPORATIONの文字が描かれていた。
その真下。以前は中規模の雑居ビルにすぎなかったフリーザ・コーポレーション本社は、もはや別物になっている。
地上百階を軽く超える巨大高層ビル。正面には巨大な企業ロゴ。低層階には一般受付、契約部門、医療設備、研究区画、広報部、法務部、採用部門。中層から上には怪人対策、宇宙輸送、異星技術開発、不動産、警備、エネルギー、惑星間交易の各部門が入っている。
地下にはメタルナイトとの共同研究施設。屋上には小型宇宙艇の発着場。そして本社棟から少し離れた場所には、通常の社員が決して入らない巨大な訓練区画が造られていた。シャンパからの出資。
第六宇宙と第七宇宙を結ぶ物流。怪人対策事業。宇宙船関連技術。地球各国との契約。それらが重なった結果である。地球へ来たばかりの頃、フリーザ自身ですら、ここまで会社が膨らむとは思っていなかった。
もっとも。その社長は今、完成したばかりの訓練区画で社員を殺しかけていた。
「右です」
「分かってるわよ!」
赤い光線が走る。タツマキの身体が紙一重で左へ滑った。デスビームが頬の横を抜け、背後の特殊合金製の標的へ細い穴を開ける。以前なら、ここで終わっていた。
今は違う。タツマキは避けた瞬間に右手を握った。フリーザの足元が歪む。
「おや」
地面が左右から跳ね上がり、巨大な顎のように閉じる。フリーザは目を閉じたまま一歩だけ前へ出た。その着地点へ、すでに二本目の念動力が置かれている。
「そこ!」
空間そのものが横へ圧縮された。フリーザの身体が数センチだけ流される。タツマキの目が光った。追撃。
背後から岩塊。正面から念動圧。頭上から、巨大な合金板が落ちる。三方向。フリーザの尾が動いた。岩を砕く。右腕を上げる。合金板を止める。
同時に、身体を包む念動圧だけは完全には殺さず、その流れを利用して半歩後方へ滑った。タツマキが笑う。
「今、下がった!」
「ええ」
「認めたわね!」
「何を?」
「私の攻撃で動いた!」
フリーザがようやく目を開けた。
「そうですね」
「……」
タツマキが止まる。ほんの一秒。次の瞬間には勝ち誇った。
「今、目も開けた!」
「あ」
「開けたわよね!?」
「開けましたね」
「勝った!」
「何にです?」
「今日の目標!」
フリーザは少し考えた。
「では、次の段階へ進みましょう」
タツマキの笑顔が消えた。
「は?」
「ここまでは、攻撃を避ける訓練でした」
「ちょっと待ちなさい」
「次は、避けながら反撃し、同時に防御してください」
「今やってたでしょうが!」
「わたくしも攻撃します」
タツマキの顔が引きつる。
「……さっきのデスビームは?」
「準備運動です」
「殺す気!?」
「以前よりずいぶん丈夫になりましたから、大丈夫でしょう」
「その理屈で何回死にかけたと思ってんのよ!」
フリーザの姿が消えた。タツマキの表情が変わる。怒鳴りながらも、反応はしている。視覚では追わない。
空気。地面。背後の圧。右。緑色のバリアを右側だけ三重へ重ねる。次の瞬間。拳が当たった。轟音。一枚目が砕ける。二枚目も割れる。三枚目が大きく歪み、タツマキの身体が数十メートル吹き飛ぶ。だが、以前のように地面へ叩きつけられない。
空中で回転し、念動力で姿勢を戻す。
「まだ!」
反撃。フリーザの周囲へ複数の重力方向を同時に作り、上下左右から身体を引っ張る。
「なるほど」
ほんの僅か。フリーザの動きが止まる。タツマキは見逃さない。巨大な岩塊を真横から叩き込んだ。直撃。岩が粉々になる。中心からフリーザが飛び出してくる。
「非常によろしい」
「上から目線やめなさい!」
「では、もっと速くしますね」
「話聞いてる!?」
十分後。訓練区画の中央には巨大なクレーターができていた。その底。タツマキが仰向けに倒れている。
「……死ぬ」
「死んでいませんよ」
「そういう意味じゃない!」
フリーザはクレーターの縁へ浮かび、腕を組んでいた。
「ですが、最初の頃とは比較になりませんね。今日だけで十二回避け、三回は完全に反撃へ繋げました」
「数えてんの……?」
「当然でしょう。成長は数字で確認した方が分かりやすい」
タツマキは片目だけ開ける。
「で?」
「何です?」
「褒めるところ、そこだけ?」
フリーザが少し首を傾げた。
「一度、わたくしに目を開けさせました」
タツマキの口元が上がる。
「……ふん」
「その直後、十秒ほどで落とされましたが」
「余計な一言を足すな!」
クレーターの外から、のんびりした声がした。
「まだやってたの?」
サイタマだった。ジャージ姿。片手にコンビニ袋。その後ろからジェノスが歩いてくる。
「先生。訓練区画への飲食物の持ち込みは禁止されています」
「まだ入ってないだろ」
「境界線を越えています」
「靴の先だけじゃん」
「規則です」
「細かいな」
タツマキがクレーターの底から声を上げる。
「ちょっと! 見てないで手貸しなさいよ!」
サイタマが下を見る。
「浮けるだろ」
「今は疲れてんの!」
「じゃあ休んでれば?」
「ムカつく!」
ジェノスがタツマキへ手を差し出そうとした。その前に、緑色の光がタツマキを包む。自力で浮かび上がった。
「できるじゃん」
「うるさい!」
フリーザが二人を見る。
「遅かったですね」
「会社の前、また人いっぱいだったぞ」
サイタマが言う。
「写真撮られた」
「先生は現在、世界的にも非常に高い認知度があります」
ジェノスが真顔で補足する。
「ヒットたちとの戦闘映像は、今も全世界で再生されています。先生とフリーザが地球を代表する戦士として認識されるようになった影響は大きいと考えます。」
「俺、会社来ただけなんだけど」
「それが記事になります」
「面倒だな」
「人気者というのはそういうものですよ」
フリーザが笑う。
「あなたもでしょう」
「わたくしは社長ですので、宣伝効果を享受できます」
「ずるくない?」
「合理的と言ってください」
その時、訓練区画の扉が開いた。アマイマスクが入ってくる。いつものように外見は完璧だった。髪型も服も乱れていない。
この場に来るまでに数百人の社員と報道関係者の間を通ってきたとは思えないほど整っている。
「社長」
「はい?」
「午後の取材、三件増えたのだが」
「断ってください」
「もう断ったぞ」
「さすがですね」
「あなたが第六宇宙との試合後に勝手な会見をしたせいだ」
「会社としては大成功でしたよ」
「広報部は三日寝ていない」
「増員しましょう」
アマイマスクが額を押さえる。
「そういう問題じゃないんだがな…」
サイタマがコンビニ袋から肉まんを取り出した。
「いる?」
「不要だ」
「ジェノスは?」
「先生が召し上がってください」
「タツマキ」
「今それ食べたら吐く」
「そっか」
フリーザは本社ビルを見上げた。以前とは、本当に何もかも変わった。最初は、サイタマと戦うためだった。強くなるため。
それだけ。気づけば会社ができた。社員が増えた。地球の技術者と異星文明の技術者が同じ会議室で働いている。
怪人退治だけではない。宇宙輸送。防災設備。医療。警備。不動産。エネルギー。異星間交易。フリーザ自身が昔なら鼻で笑ったような仕事まで、今では莫大な利益を生んでいる。シャンパからの資金も入った。
第7宇宙との取引も始まった。向こうでも地球の人間レベルが上がったなどという話まで、どこかで出ているらしい。
昔より面倒になった。しかし。一番重要なことだけは変わらない。強くなること。フリーザがサイタマを見る。
「さて」
「ん?」
「タツマキさんの訓練は終わりました」
「そうなの?」
「勝手に終わらせないで」
「今にも死にそうですが」
「休んだらもう一回やる!」
「今日はここまでです」
「何でよ!」
フリーザは聞いていない。
「次は、わたくしたちの番ですよ」
サイタマが肉まんを食べ終えた。
「今日、月?」
「いえ。まずはこの訓練区画の耐久試験も兼ねましょう」
ジェノスの顔が変わる。
「待て。ここは本社敷地内だ」
「もちろん承知しています」
「先生とお前が本気で戦えば、この区画は持たない」
「ですから、壊れない範囲で」
「その基準を信用できない」
アマイマスクも即座に言った。
「同感だ。新本社の竣工からまだ二週間だぞ」
「壊しませんよ」
タツマキがクレーターの縁へ座ったまま鼻で笑う。
「絶対壊すわね」
サイタマが拳を軽く回した。
「まあ、始める?」
フリーザの口元が上がる。
「ええ」赤い瞳が細くなる。
「今日も、楽しくやりましょう」
◇
同じ頃。地球の遠く離れた荒野に、白い光が消えていった。その中心に、四つの影が立っている。一人。
長身。白い尾。紫色の装甲を思わせる身体。顔立ちには、フリーザと同じ一族であることを否定できない特徴がある。
しかし印象は違った。フリーザより大きい。重い。そして、笑っていない。クウラ。その背後には三人の戦士がいる。サウザー。ドーレ。ネイズ。クウラ機甲戦隊。彼らは復活した直後から、自分たちの身体を確かめていた。
「クウラ様」
サウザーが拳を握る。
「間違いありません。完全に蘇っています」
「そのようだな」
クウラは自分の掌を見る。死。それは不快な経験だった。肉体を失い、意識さえ消える。その先から、何者かの願いによって無理やり引き戻された。気分がよいはずはない。しかし今は生きている。ならば確認すべきことがある。
目の前では、復活を願ったフリーザ兵が地面へ額をつけていた。
「クウラ様……!」
声は震えている。歓喜。
恐怖。崇拝。クウラが最も慣れ親しんだ種類の声だった。
「顔を上げろ」
「はっ!」
男が顔を上げる。
「説明しろ」
「はい?」
「なぜオレを蘇らせた」
兵士は胸を張った。
「宇宙には、真の支配者が必要だからです!」
「真の支配者?」
「フリーザ様は……変わられました」
クウラの片眉が動く。
「フリーザ?」
「はい」
「生きているのか」
「生きているどころではありません。今や地球で会社を作り、人間どもと共に暮らしています」
沈黙。
「……会社?」
クウラ機甲戦隊の三人まで、一瞬だけ兵士を見る。
「はい。怪物を倒し、地球人から英雄と呼ばれています。宇宙人との交易をし、地球の法律に従い、契約を結び、社員を雇い――」
「待て」
クウラが片手を上げる。
「今、何と言った」
「英雄と」
「その前だ」
「会社を……」
長い沈黙。クウラは遠くを見る。
「フリーザが」
低い声。
「会社を経営している?」
「はい!」
兵士は勢い込む。
「しかも地球人どものために怪物を倒し、歓声まで浴びているのです! あれでは宇宙の帝王ではありません!」
クウラの目が細くなる。弟。幼い頃から気に入らなかった。才能はある。力もある。父に甘やかされ、自分こそが一族の中心であるかのように振る舞っていた。その弟が一度死に。蘇り。
そして今。地球という辺境の星で会社を経営している。
「なるほど」
クウラの口元が僅かに歪んだ。
「死んだと思えば、生き返った先でつまらないことをしているのか」
「その通りです!」
「人間どもに英雄と呼ばれ」
「はい!」
「拍手を受け」
「はい!」
「金を数えている」
「まさしく!」
兵士は確信した。自分の選択は正しかった。この方こそ、宇宙の支配者だ。恐怖で統べる者。逆らう者を許さない者。フリーザ一族が本来あるべき姿。
「情けない」
クウラが吐き捨てる。
「弟も随分と腑抜けたものだ」
「クウラ様!」
「だが」
クウラは兵士を見下ろした。
「一つだけ確認しておこう」
「何なりと!」
「貴様は、フリーザを裏切ったのだな?」
男の表情が止まった。
「え?」
「現在も奴の軍に属しているのだろう」
「それは……」
「その主人を見限り、勝手にオレを蘇らせた」
「ですが、私は宇宙の未来を――」
「聞いていない」
クウラの右手が上がった。指先。小さな光。兵士の顔から血の気が引く。
「ク、クウラ様……?」
「主人を裏切る兵など、オレはいらん」
「お待ち――」
一閃。兵士の姿が消えた。地面へ小さな焼け跡だけが残る。サウザーは何も言わない。ドーレも。ネイズも。クウラにとっては、説明を聞き終えた。それだけだった。
「さて」
クウラが空を見る。
「フリーザが腑抜けたかどうか」
尾が、ゆっくり地面を打つ。
「それはオレ自身の目で確かめる」
サウザーが一歩前へ出る。
「フリーザ様のもとへ?」
「ああ」
「直ちに向かいますか」
「当然だ」
クウラは薄く笑った。
「弟が地球人どもの玩具になっているというなら、一族の恥だ。オレが始末する」
ネイズが周囲を見回す。
「しかしクウラ様。現在、我々には船がありません」
「なら用意しろ」
「この星には――」
「探せ」
短い一言だった。
「なければ奪え。燃料が足りなければ奪え。わからなければ、知っている者から力ずくで聞き出せ」
ドーレが大きく笑う。
「それでこそクウラ様だ!」
「一時間だ」
クウラが告げる。
「一時間以内に、フリーザのもとへ向かえる船を用意しろ」
「はっ!」
三人が散る。残されたクウラは、一人で夜空を見上げた。
「フリーザ」
弟の名を口にする。
「何をしているのか知らんが……」
口元の笑みが、ゆっくり深くなる。
「オレを失望させるなよ」
その弟が、地球最強の男と今日の修行を始めようとしていた。互いに、まだ知らない。片方は、兄が蘇ったことを。もう片方は。弟が、昔のままではないことを。