フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
クウラが「四か月待て」と言い残して去ってから、ちょうど四か月が経った。
第七宇宙、地球。フリーザ・コーポレーション第七宇宙支部の上層階で、フリーザは窓の外を眺めていた。
今日この場所へ来た理由は二つある。一つは、そろそろ兄が戻ってくる頃だと思ったからだ。四か月前。最終形態へ変身したクウラは、フリーザの人差し指一本を動かすことすらできず、その指で軽く押し返されただけで訓練施設の防壁を何枚も突き破った。
あれほど明確な敗北を、クウラが忘れるはずがない。まして最後に、「四か月で追いつく」と宣言した。兄のプライドの高さを、フリーザは誰よりよく知っている。約束を守る義理堅さを評価しているわけではない。弟に負けたまま引き下がることを、あの男の自尊心が許さないだけだ。
だから来る。今日でなくとも、近いうちに必ず。そして、もう一つの理由は――。
「おーい!」
窓の向こうから声がした。次の瞬間、開いていたバルコニーへ一人の男が着地する。オレンジ色の道着。逆立った黒髪。
孫悟空。
「来ましたね、悟空さん」
フリーザが振り返る。悟空は待ちきれないといった顔で歩いてきた。
「やーっと修業相手紹介してくれんのか?」
「ええ」
フリーザの口元が、にたりと歪んだ。悟空はその笑顔を何度も見ている。ナメック星でも。力の大会でも。
その後の再会でも。フリーザがこういう笑い方をする時は、大抵ろくなことを考えていない。
「……フリーザ」
「何でしょう?」
「おめぇ、またなんかわりぃこと考えてねえか?」
「とんでもない」
「その顔で言われてもなぁ」
「失礼ですね」
フリーザは両手を背中で組んだ。
「ご紹介はいたしますよ。ただし、二つ条件があります」
「条件?」
「ええ」
人差し指を一本立てる。
「まず一つ。今後、第七宇宙支部へわたくしを探しに来ないでください」
「え?」
悟空が本気で分からない顔をした。フリーザの表情が変わる。先ほどまでの嫌らしい笑みではない。心底うんざりした顔だった。
「この四か月、何回来ました?」
「えーっと……」
「二十三回です」
「数えてたんか?」
「フブキさんが数えていました」
悟空が頬を掻く。
「だってよ、おめぇに連絡しようと思っても、どこにいるか分かんねえ時あるし」
「だからといって、受付へ毎回『フリーザいる?』と聞きに来るのをやめなさい」
「別にいいじゃねえか」
「よくありません」
フリーザは珍しく即答した。
「あなたが来るたびに一般社員が騒ぐ。修行を申し込む。勝手に訓練場を覗く。食堂へ行って一般社員の10倍以上の量を食べる。最後にはフブキさんの執務室へ直接入って『フリーザどこ?』と聞いたそうですね」
「おー、聞いたぞ」
「彼女から昨日、正式に苦情が来ました」
「いぃ?そんな怒ってた?」
「『次に孫悟空が無断で来たら受付に悟空禁止の立て札を置く』と言っていました」
「そんなもんあんのか?」
「ありません。これから作らせるそうです」
「そこまでかぁ?」
「そこまでです」
フリーザは深く息を吐いた。
「とにかく、わたくしへ連絡したい時は専用端末を使いなさい。あなたのために用意したでしょう」
「オラ、ああいう機械苦手なんだよ」
「覚えなさい」
「瞬間移動の方が早えぞ」
「便利だから何をしてもよいという理屈にはなりません」
「おめぇがそれ言うんか?」
フリーザが黙った。悟空も黙った。
「……ともかく」
フリーザが話を戻した。
「第七宇宙支部へ押しかけるのは禁止です」
「分かったよ」
「本当に?」
「たぶん」
「信用できませんね」
もう一度ため息をつく。そして、次に顔を上げた時、フリーザの口元には先ほどの嫌らしい笑みが戻っていた。
「二つ目」
「おう」
「これから、わたくしはある方と戦います」
悟空の目が僅かに変わった。
「へえ」
「その戦いが終わるまで、ここにいてください」
「なんだ、そんなことか」
悟空はあっさり頷いた。
「いいぞ」
「助かります」
「その相手、強えのか?」
「さあ」
「知らねえの?」
「四か月前は弱かったですよ」
「じゃあ何で戦うんだ?」
「四か月後には追いつく、と言われましたので」
悟空の顔に、ますます興味が出る。
「四か月で?」
「ええ」
「そいつ、面白そうだな」
「あなたは戦いませんよ」
「まだ何も言ってねえぞ」
「顔に書いてあります」
「そうか?」
フリーザは答えず、窓の外へ視線を向けた。悟空を呼んだ理由は、本当にそれだけではない。だが、今は言わない。言えば余計なことをする可能性が高い。少なくとも、戦いが終わるまでは黙っていた方がよい。
◇
フリーザ・コーポレーションが所有する荒野は、第七宇宙支部から高速艇で短時間の場所にある。人家はない。
町もない。かつて戦闘訓練用として買い取った広大な土地で、地中には衝撃吸収設備と観測装置が埋め込まれている。
もっとも、フリーザやサイタマが本気を出せば設備ごと消える。要するに、「地球上で戦うなら、まだここがまし」という程度の場所だった。
フリーザと悟空が到着してから十分ほど後。別方向から複数の気が近づいてくる。最初に降りたのはピッコロだった。その後ろから、三人。
アトミック侍。金属バット。閃光のフラッシュ。四か月前から、第七宇宙支部の実行部隊としてピッコロの訓練を受け続けている三人だった。
「来たか」
ピッコロがフリーザを見る。
「ええ。ちょうどよいところに」
「本当に来るのか?」
「兄さんなら」
アトミック侍が刀を腰へ戻しながら言う。
「例の兄貴か」
「そうです」
「四か月前、指一本でぶっ飛ばされたって奴」
金属バットが遠慮なく言う。
「本人の前では言わないことをお勧めしますよ」
「何でだ。事実だろ」
「兄さんは、事実を指摘されると怒るタイプです」
フラッシュがフリーザを見る。
「お前もそうだろう」
「わたくしは冷静ですよ」
三人が同時に無言になった。
「何です?」
「いや」
アトミック侍が顔を背けた。
「何でもねえ」
その少し後。緑色の光が上空から降りてくる。タツマキ。さらに、高級車からアマイマスクが降りた。
「何であんたまでいるの?」
タツマキが悟空を見る。
「フリーザに呼ばれた」
「また?」
「またって何だよ」
「第七宇宙支部の受付で有名よ、あんた」
「そうなんか?」
アマイマスクが軽く額を押さえる。
「その話は後にしてくれ。今日は戦闘記録の広報利用も検討することになっている」
フリーザが振り向いた。
「勝手に広告へ使わないでくださいね」
「あなたがそれを言うのか?」
「肖像権は大切です」
「会社の広告へ僕を半ば脅して起用した人間の台詞とは思えないな」
「契約書はありますよ」
「経緯の話をしている」
タツマキが呆れたように二人を見る。
「兄弟喧嘩の前に会社の話しないでよ」
「まだ来ていませんから」
フリーザがそう答えた、その直後だった。表情が止まる。
同時に。
ピッコロも顔を上げた。
悟空も。
三人が、ほぼ同じ瞬間に空を見る。
「来たな」
ピッコロが言う。
「……へえ」
悟空の声には驚きが混じった。
「この気……」
四か月前に一度だけ感じた。知っている。そして、本来なら存在しないはずの気。
「クウラ、生きけえってたのか」
「そうですよ」
「言ってくれりゃよかったのによー」
「聞かれませんでしたので」
一拍遅れ、タツマキが気づく。
「来る」
そのさらに後で、アマイマスクが空を睨んだ。アトミック侍、金属バット、フラッシュも構える。
気は速い。四か月前とは比較にならないほど速く近づいている。そして大きい。フリーザは目を細めた。
「なるほど」
口元が少し上がる。
「少なくとも、遊んでいたわけではなさそうですね」
空の一点が光る。数秒後、大型宇宙船が大気を裂いて現れた。荒野の上空で静止する。
ハッチが開く。
四つの影。
サウザー。
ドーレ。
ネイズ。
そして。
クウラ。
四か月前と同じ姿で、ゆっくり地上へ降りてきた。表情も変わらない。少なくとも、外から見れば。
地面へ足をつけたクウラは、最初にフリーザを見た。それ以外の者には、一度も視線を向けない。
「待たせたな」
「本当に四か月ぴったりとは」
フリーザが笑う。
「途中で怖くなって逃げたのかと思いましたよ」
機甲戦隊の三人が顔を険しくする。
クウラは反応しなかった。
挑発を聞き流す。四か月前なら、すぐに怒っていたかもしれない。フリーザは、その変化だけで少し評価を上げた。
「フリーザ」
「はい?」
「今日は、オレと貴様の勝負だ」
「ええ」
クウラが後ろへ視線を送る。
「サウザー。ドーレ。ネイズ」
「はっ!」
「手を出すな」
サウザーが一瞬だけ目を見開く。
「クウラ様」
「これは一族の問題だ」
クウラの声に迷いはない。
「オレが失ったプライドを、オレ自身の手で取り戻す。余計な手出しは許さん」
「承知しました」
三人が頭を下げる。
ただ。
サウザーが顔を上げた時、その視線は別の男へ向いていた。
ピッコロ。
「ですが、クウラ様」
「何だ」
「我々にも、因縁がございます」
ピッコロが眉を寄せる。
サウザーの口元が上がった。
「ナメック星人」
「……俺か」
「以前の借りを返させてもらう」
ドーレが拳を鳴らす。ネイズの身体にも電気が走る。
クウラは一度だけ三人を見た。
「好きにしろ」
「はっ!」
三人が前へ出る。
ピッコロはため息をついた。
「俺が相手をすると思っているのか?」
「何?」
「今日はお前たちに付き合っている暇はない」
ピッコロが親指で後ろを示す。
アトミック侍。
金属バット。
閃光のフラッシュ。
「こいつらが相手だ」
サウザーの顔が歪む。
「地球人を相手にしろだと?」
「オレたちを舐めてんのか!」
ドーレが怒鳴る。
ピッコロは腕を組んだ。
「俺の弟子を倒せたら、相手をしてやる」
今度は三人の地球人側が反応した。
「弟子?」
アトミック侍が横目で見る。
「いつから俺たち、お前の弟子になった」
「四か月も教わってんだから似たようなもんだろ」
金属バットがバットを肩へ乗せる。
フラッシュは少し不満そうだったが、否定はしなかった。
「話は後だ」
ピッコロが言う。
「四か月分、見せてみろ」
その一言で、三人の空気が変わる。
アトミック侍の親指が刀の鍔を押す。
金属バットの足が地面へ沈む。
フラッシュの身体が僅かに前へ傾いた。
機甲戦隊も構える。
「面白え」
サウザーが笑う。
「三分で終わらせてやろう」
アトミック侍が鼻を鳴らした。
「やってみろ」
次の瞬間、二つの戦場が同時に動き出した。
◇
クウラとフリーザは、互いに数十メートル離れて立っていた。悟空は少し離れた岩の上へ座る。タツマキは空中。アマイマスクは戦闘圏外へ下がりながら、記録用端末だけを起動していた。
ピッコロは三人の弟子と機甲戦隊を見られる位置へ移動する。誰も、フリーザたちの間へは入らない。
「それで」
フリーザが兄を見る。
「四か月、何をなさっていたのです?」
クウラは静かだった。
「修行」
一度、そこで言葉を切る。
「などという言葉では生ぬるい」
フリーザの眉が少し上がる。
「ほう」
「眠る時間を削った。食事も最低限にした。重力を上げ、身体が壊れれば治療し、治った直後にまた壊した」
クウラの声には、自慢する響きがない。ただ事実を並べている。
「宇宙船が壊れれば次の星を奪った。環境が足りなければ恒星の近くへ行った。肉体が順応すれば、さらに負荷を上げた」
四か月前。
指一本。
その記憶が、クウラの中で消える日は一日もなかった。
「オレはこれまで、自分が完成していると思っていた」
機甲戦隊の三人が、一瞬だけ主を見る。クウラがそんな言葉を口にすること自体、以前なら考えられなかった。
「弟より強い。父よりもいずれ上へ行く。そう思っていた」
目が細くなる。
「だが貴様に教えられた」
「わたくしが?」
「ああ」
クウラの拳が握られる。
「オレは、何もしていなかった」
フリーザの笑みが、ほんの少し薄くなる。それは四か月前の兄にはなかった言葉だった。
才能があるから強い。生まれつき優れているから上に立つ。それで十分だと思っていた。
かつてのフリーザ自身と同じだった。
だからこそ、少しだけ分かる。
「なるほど」
フリーザが言う。
「ようやくスタート地点に立ったわけですね」
クウラの額に一筋の血管が浮いた。
だが、怒鳴らない。
「相変わらず口の減らん弟だ」
「兄さんも、少しは我慢を覚えたようで」
「四か月前なら、今ので殴っていた」
「成長ですね」
「だが」
クウラが低く笑った。
「噂を聞いた」
「噂?」
「貴様は、あの姿のさらに上へ行けるらしいな」
フリーザの表情が僅かに変わる。
「最終形態を越え」
クウラの口元が上がる。
「金色になるそうだな」
悟空が岩の上で片眉を上げた。タツマキは黙って見ている。
フリーザは、いつもの柔らかな笑みへ戻った。
「ええ」
「それがどうかしましたか?」
クウラの笑みが深くなる。四か月前、フリーザに何をされた時よりも、自信のある顔だった。
「弟の貴様にできて」
大地が鳴る。
「兄のオレに――」
クウラの身体から気が噴き上がった。
悟空が立ち上がる。
ピッコロまで機甲戦隊の戦いから一瞬視線を外す。
フリーザの目が開いた。
「できないわけがない!!」
爆発。
白い閃光が荒野を呑み込む。
クウラの肉体が変わる。
四か月前に見せた最終形態。
肩の装甲が大きく張り出し、頭部から巨大な角が伸びる。尾は太く、腕も脚も一回り以上大きい。口元を覆うマスク。
そこまでは同じだった。
だが。
色が違う。
白かった外殻が、光を浴びた金属のような黄金へ染まっていく。
紫の部位は深い青紫へ変わり、その境界から金色の気が吹き上がる。
空が震えた。
大地ではない。
空気でもない。
この星の外側まで届くほどの巨大な気が、一気に解放された。
第七宇宙の地球全体が低く震える。海面が揺れ、遠く離れた都市の窓が鳴る。月面の砂が僅かに浮き上がり、さらに遠い惑星軌道で観測機器が異常を拾う。
太陽系全体へ、一つの巨大な気配が広がっていく。
「……おいおい」
悟空の口元が上がった。
驚いている。
それ以上に、嬉しそうだった。
「めちゃくちゃ強くなってんなー!」
ピッコロの額に汗が浮く。
「四か月で、ここまで……?」
タツマキは無言だった。だが身体の周囲には、すでに緑色のバリアが展開されている。
アマイマスクの端末には警告表示が何枚も重なった。機甲戦隊ですら一瞬、自分たちの戦いを止めて主を見る。
「クウラ様……」
サウザーの声が震えた。
四か月間、近くで見ていた。それでも完成した姿の全力解放を、ここまで正面から浴びたことはない。
一方。
フリーザは動いていなかった。
目だけが大きく開いている。
驚いていた。
本当に。
四か月前、クウラの宣言を嘘だとは思っていなかった。
強くなるとも思っていた。
だが。
想定を越えた。
それは、フリーザにとって久しぶりに心地よい誤算だった。
「兄さん……」
クウラが顔を上げる。
黄金の顔。
赤い目。
口からは低い声が響く。
「この姿を見て、あえて名を付けるなら――」
黄金の気がさらに膨れ上がる。
「ゴールデンクウラ!!」
荒野全体へ衝撃波が走った。
フリーザの尾が、ゆっくり持ち上がる。
口元には笑みが戻っていた。
今度は、四か月前のような余裕だけの笑いではない。
目の前の相手を、ようやく戦う価値のある存在として見始めた笑みだった。
クウラが一歩踏み出す。
大地が沈む。
黄金の兄が両腕を広げる。
「さあ……」
赤い瞳が、弟だけを捉えた。
「始めようか!!!」
ガシィン!
金色のマスクが口元を覆った。
フリーザが静かに笑った。
四か月前。
指一本で終わった兄弟喧嘩は。
今度こそ、本当の戦いになる。