フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
フリーザは悪人である。世間からどれだけヒーローとして評価され、フリーザ・コーポレーションの活動によって救われる者が増えようとも、その一点だけは変わっていなかった。
会社は怪人を討伐し、犯罪組織を潰し、災害が起これば救助活動を行う。宇宙航路を整備し、異星文明との交易を始め、最近では別宇宙との技術交流まで進めているため、一般人から見れば「少々性格に問題はあるが、圧倒的に頼れるヒーロー兼経営者」という認識さえ広まりつつあった。
だが、それはフリーザが善人になったからではない。星を支配したいという欲望も、自分より下の者を従わせたいという性格も、自らが宇宙の頂点に立ちたいという野心も、根本的には何一つ消えていなかった。
変わったのは、その方法である。かつては惑星を武力で奪い、抵抗する住民を殺し、価値のある星を売却していたが、今は会社を作り、雇用を生み、交易を結び、ヒーロー活動によって相手の側から必要とされる立場へ入り込むようになった。
支配するという最終的な結果が同じなら、わざわざ全てを壊す必要などない。むしろ相手に「フリーザ・コーポレーションがなくなれば困る」と思わせた方が長く続き、破壊神ですら自分を消せば宇宙全体に損害が出ると考える状況まで作れれば、その方が遥かに効率的だった。
そして今、そのフリーザは新ナメック星へ向かっている。かつて自分自身が滅ぼしたナメック星、その生き残りたちが新たに築いた星を、今度は自分の手で救おうとしているのだから、事情を知らない者が聞けば改心したとでも思うかもしれない。
もちろん、そんな単純な話ではなかった。
◇
フリーザ・コーポレーション所有の宇宙船は、地球を離れてすでに数時間が経過していた。航行の大半は自動制御され、新ナメック星までの細かな進路修正もメタルナイトの無人機が担当しているため、乗員たちに特にすることはない。
船内のラウンジでは、サイタマがソファへ深く沈みながら菓子を食べ、その向かいではタツマキが腕を組んでいた。ジェノスは航行データを確認し続け、メタルナイトの無人機は壁際の端末へ接続されている。
そしてピッコロは、先ほどからずっとフリーザを見ていた。新ナメック星へ向かうこと自体に異論はないが、この男が善意だけで救援へ参加したとは到底思えない。
「フリーザ」
「何でしょう?」
「一つ答えろ」
フリーザはテーブルに置かれたカップを手に取りながら、まるで心当たりがないような顔をした。
「何をです?」
「お前が、なぜ新ナメック星へ行く気になった」
「ヒーロー活動ですが?」
「それはもう聞いた。俺が聞きたいのは、本当の理由だ」
ピッコロの声が低くなる。
「お前がタダで人助けするはずがない」
フリーザは数秒ほど黙った後、わざとらしく胸へ手を当てた。
「心外ですね」
「俺もピッコロに賛成」
横からサイタマが即答したため、フリーザがゆっくり顔を向ける。
「サイタマさん?」
「タダではやらないだろ」
「先生の判断は妥当だと思われます」
ジェノスまで当然のように続いた。
「過去の行動傾向を分析すると、社長が利益の発生しない大規模救援活動を自発的に選択する可能性は低い」
「ジェノスさんまで?」
「私もそう思うけど」
タツマキも何の迷いもなく加わる。
「絶対なんか企んでるでしょ」
『同意する』
メタルナイトの無人機まで発言したため、フリーザは船内にいる全員を順番に見回した。誰一人として自分を信用していないという事実を確認すると、さすがに少し呆れたような顔になる。
「皆さん、わたくしへの信頼が少々不足していませんか?」
「日頃の行いだ」
ピッコロが即答した。
「少々どころじゃないと思う」
サイタマまで続ける。
「あなたは黙っていてください」
「何でだよ」
フリーザはしばらく全員の顔を見た後、やれやれと言いたげに肩をすくめた。どうやら、このままとぼけ続けても納得する者はいないらしい。
「仕方ありませんね。そこまで知りたいのでしたら、お話しましょう」
「最初からそうしろ」
「ですが、おそらく皆さんが想像しているような話ではありませんよ」
◇
「水です」
フリーザがあまりにも平然と言ったため、ピッコロは意味を理解するまで少し時間がかかった。
「……何?」
「ですから、水ですよ」
サイタマも菓子を食べる手を止める。
「水?」
「ええ。それから野菜、木材、土壌、それに魚も欲しいですね」
ピッコロはしばらくフリーザを見つめた。ドラゴンボールか、ナメック星人の特殊能力か、あるいは別の兵器転用でも考えていると思っていたため、予想していた方向とはあまりにも違う。
「……ドラゴンボールじゃないのか?」
「なぜ今さら?」
「昔、あれだけ欲しがっていただろ」
「欲しいものは変わりますよ」
「じゃあ、ナメック星人の特殊能力とか?」
「興味がないとは言いませんが、今回の目的ではありません」
「じゃあ本当に水と野菜なのか?」
「何度言わせるのです?」
フリーザは少し呆れたように息を吐いた。
「第一次産業ですよ」
今度こそピッコロは完全に黙った。タツマキも予想外だったらしく、少しだけ目を丸くする。
「なんでナメック星まで行って農業するのよ」
「わたくしが農業をするわけではありません」
「じゃあ何なのよ」
フリーザは座席へ身体を預けると、先ほどまでより少し真面目な顔になった。
「皆さんは地球で暮らしていますから、分からないのでしょうね」
「何がだ」
「きれいな水です。安全に飲める水が当たり前にあり、そこから野菜が育ち、豊かな土があり、木が育ち、魚が生息している」
ピッコロは眉を寄せる。
「それがどうした」
「宇宙全体で見れば、非常に贅沢な環境ですよ」
フリーザはテーブルを指先で軽く叩きながら説明を続けた。
「文明が発達しているからといって、自然環境まで豊かとは限りません。工業化が進みすぎて水を汚染した星もあれば、大気が変質してまともな作物が育たなくなった星もある」
ジェノスが顔を上げた。
「確かに、フリーザ・コーポレーションが保有している異星データにも、同様の惑星が複数存在する」
「でしょう?」
フリーザは満足そうに頷いた。
「逆に、科学技術は未発達でも水や農作物に恵まれている星もあります。問題は、そうした星同士がこれまでほとんど繋がっていなかったことです」
『宇宙間交易網が未整備だからだ』
メタルナイトが補足する。
「その通りです。だから、わたくしたちが繋ぐ」
ピッコロの眉が僅かに動いた。
「新ナメック星の水や農産物を、別の星へ売る気か」
「売る、という言い方では少々乱暴ですね」
「お前が言うな」
「交易です」
フリーザはまったく気にせず訂正する。
「ナメック星側から水、野菜、木材、土壌改良に利用できるもの、養殖可能な魚などを輸出していただく。その代わり、相手側から技術や資源を受け取る」
「それだけか?」
「それだけでも、かなり大きな市場になりますよ」
フリーザの赤い目が僅かに細くなる。
「きれいな水を喉から手が出るほど欲しがる異星人など、いくらでもいます」
その言葉に合わせるように、船内の大型モニターへメタルナイトが複数の惑星データを表示した。映し出されたのは、乾燥しきった星、都市の大半が金属で覆われた星、工業廃水によって水源を失った文明、巨大な海を持ちながら農業に適した水を十分確保できない惑星だった。
どの星にも文明そのものは存在している。だが、地球や新ナメック星では当たり前に存在するものが、そこでは希少資源になっている。
「なるほどな」
サイタマがモニターを見る。
「水って売れるんだな」
「地球でも売っていますよ」
「ああ、そういやコンビニにあるな」
「規模が違います」
フリーザは軽くため息をついてから、本題へ戻った。
「新ナメック星には、彼ら自身があまり価値を意識していない資源があります」
「待て」
ピッコロの表情が険しくなる。
「まさか、それを奪う気じゃないだろうな」
「奪う?」
フリーザは小さく笑った。
「そんな非効率なことを、なぜ?」
ピッコロの顔が微妙に引きつった。
「昔のお前ならやっていた」
「昔のわたくしなら、ですね」
まるで他人の話のように答える。
「奪うこと自体は簡単ですよ。ナメック星人を排除して、水も土地もこちらで管理すればいい」
タツマキが露骨に嫌そうな顔をした。
「さらっと怖いこと言うのやめてくれる?」
「ですが、それでは持続しません」
フリーザは当然の経営判断を説明するような口調で続ける。
「農業には人が必要です。水源の管理にも森林にも養殖にも、その土地と環境を理解している者が必要になる。現地の方々を排除して、わたくしたちが一から管理することもできなくはありませんが、コストが高すぎる。現地の方々にやっていただけるならコストを抑えつつ、品質もブランドも保証できます」
「判断基準が最低だな」
「経営とはそういうものですよ」
「違うと思う」
サイタマがぼそりと言った。
「何か?」
「いや」
フリーザはそのまま話を続ける。
「ならば、ナメック星人の方々自身に生産していただく方がいい。彼らは土地を守りながら必要なものを得られ、こちらは安定した商品と交易路を確保できます」
「長期契約か」
ジェノスが言う。
「ええ」
「輸送と販路はフリーザ・コーポレーションが担当する?」
「その予定です」
『宇宙間航行船が完成すれば、輸送コストはさらに低下する』
メタルナイトも補足した。
「つまり」
ピッコロが腕を組む。
「新ナメック星を守って恩を売り、そのまま交易相手にする」
「言い方はもう少し美しくできませんか?」
「間違ってるか?」
「概ね正解です」
あっさり認めたため、ピッコロは逆に返す言葉を失った。
「ですから、今回に限って言えば」
フリーザは笑みを少し薄め、珍しく真っ直ぐピッコロを見た。
「わたくしは真剣に新ナメック星を守るつもりですよ」
ピッコロもしばらくフリーザを見つめ返した。妙な話ではあるが、少なくとも筋は通っている。
動機は善意ではないし、ナメック星人へ罪悪感を抱いているわけでもない。過去を償おうとしているわけでもなく、単純に利益が出るから助けるというだけだ。
それでも、ナメック星人を守るという結論そのものは同じだった。
「だったら俺は要らないだろ」
「必要ですよ」
「何?」
そこで、フリーザの口元に再び嫌な笑みが戻った。
「考えてもみてください」
「嫌な予感しかしないが、言ってみろ」
「わたくしが一人で新ナメック星へ降り立って、『皆さん、以前はどうも。今度は一緒に商売をしませんか?』と言うとします」
サイタマが少し考えた。
「無理だな」
「先生に同意します」
「絶対揉めるわね」
『交渉開始前に敵対される可能性が極めて高い』
「でしょう?」
フリーザは満足そうに頷く。
ピッコロの顔が引きつった。
「お前、自覚あったのか」
「当然です」
「じゃあ昨日の『過去は過去』は何だったんだ」
「あれはあれ。これはこれです」
「殴るぞ」
「ですから、ピッコロさんが必要なのです」
フリーザは何事もなかったように本題を続ける。
「俺を仲介役にする気か」
「ええ。同族であり、地球側の事情もご存じで、さらにわたくしとも長いお付き合いがある」
「最後はいらん」
「重要ですよ」
ピッコロは額へ手を当てた。
「だから宇宙船に乗せたのか」
「逆でしょう。あなたがわたくしたちを呼んだのです」
「ブルマが勝手に呼んだんだ」
「結果は同じです」
フリーザはそう言いながら懐から薄い端末を取り出し、画面をピッコロへ向けた。
「ちなみに、契約書の草案も用意してあります」
「もう作ってるのか!?」
「時間は有効に使うべきでしょう」
サイタマが少し身を乗り出した。
「どんな契約?」
「新ナメック星側の生産能力を圧迫しないこと。生活用水を最優先すること。輸出量はナメック星側の判断で変更可能。それから、環境への悪影響が確認された場合は契約を即時停止できるようにしています」
ピッコロは端末を受け取り、画面を何度かスクロールした。少なくとも目につく範囲には、一方的にナメック星側を縛るような条項は見当たらない。
「まともだな」
「失礼ですね」
「お前が作ったとは思えん」
「法務部と相談しました」
「やっぱりな」
「それはどういう意味です?」
ピッコロは質問を無視し、そのまま契約書を読み進めた。
「本当に交易だけだろうな」
改めて念を押す。
「保証します」
「本当だな?」
「なんなら署名しましょうか?」
「それは後でいい」
ピッコロはまだ完全には信用していなかった。だが、話自体は悪いものではない。
新ナメック星側にも、交易によって得られるものはある。科学技術、医療、輸送、防災、外敵に対する防衛など、ナメック星人が望むのであれば利益となるものはいくらでも考えられる。
そして、もう一つ気になることがあった。
ピッコロが横を見ると、サイタマ、ジェノス、タツマキの三人が揃って妙な顔でフリーザを見ている。
「何だ」
「いや」
サイタマがフリーザから目を離さず答えた。
「言ってること自体は本当っぽいんだけど」
「何でしょう?」
「なんか別のこと考えてる顔してる」
ジェノスも頷いた。
「社長の発言内容と表情に不一致が見られる」
「どこが?」
「口角だ」
「ジェノスさんはわたくしの表情筋まで監視しているのですか?」
「戦闘時の癖を分析するため記録している」
「怖いですね」
タツマキはもっと直接的だった。
「あんた絶対、交易以外にも何か考えてるでしょ」
「考えていませんよ」
「嘘ね」
「証拠は?」
「顔」
「サイタマさんと同じことを言わないでください」
フリーザは平然としているが、その態度が余計に怪しく見える。ピッコロは長く息を吐いたものの、今すぐ問い詰めてもどうせ何も吐かないだろうと判断した。
本来の目的は新ナメック星の救援である。何者かが住民を連れ去っている以上、まず優先すべきはそちらだった。
『目的地へ接近』
メタルナイトの声が船内へ響き、それまで多少緩んでいた全員の空気が一変した。
『新ナメック星まで残り三分。これより減速を開始する』
「もう着くのか」
ピッコロが席を立ち、船の正面モニターへ目を向けた。
船内の照明が航行モードから切り替わり、大型画面へ外部映像が表示される。やがて黒い宇宙の向こうに、青と緑を基調とした新ナメック星の姿が見えてきた。
だが、ピッコロの記憶にある星とは明らかに違う。
「……何だ、あれは」
星の一部が銀色に変わっていた。
単なる都市や基地ではない。金属のような巨大構造体が大陸を跨ぎ、海を越え、星の表面へ根を張るように広がっている。
そこからは無数の管や塔が伸び、工場とも生物とも区別しづらい異様な機械群が地表を覆っていた。外から見ているだけでも、星そのものが何かに侵食されていることが分かる。
「デンデの話よりひどいぞ……」
ピッコロの拳が自然に握られる。
ジェノスはすぐに解析へ入り、画面に表示された構造体を拡大した。
「人工構造物の規模が異常だ。この短期間に通常の方法で建設されたとは考えにくい」
『同意する。自己増殖、あるいは周囲の物質を吸収して構造体へ変換している可能性が高い』
メタルナイトの分析を聞き、タツマキが嫌そうに顔をしかめた。
「気持ち悪いわね。星に寄生してるみたい」
サイタマはしばらくモニターを見た後、フリーザへ顔を向けた。
「これ壊せばいいの?」
「まずはナメック星人の方々の救助でしょうね」
「そっか」
フリーザは椅子から立ち上がり、窓の向こうへ広がる新ナメック星を静かに見つめた。きれいな水、大地、木々、農作物、そしてこれから交易相手になる可能性のある星へ、すでに何者かが自分より先に手を伸ばしている。
その事実を確認したところで、フリーザの口元がゆっくりと嫌らしく吊り上がった。
「皆様」
赤い瞳を細めながら振り返る。
「存分に、ヒーロー活動を行いましょう」
ピッコロはその笑顔を見て眉を寄せた。サイタマも、ジェノスも、タツマキも、ほとんど同じタイミングで「やはり交易以外にも何か考えている」と確信したが、今ここで追及する者はいなかった。
宇宙船はゆっくりと進路を変え、新ナメック星への降下を開始した。眼下では銀色の機械群が今も星を侵食し続け、その奥深くでは、彼らの到着を待つ何かが静かに動き始めていた。