フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
ブラックフリーザが本気で加速した瞬間、端末に表示されていた「コアまで約千八百キロ」という数字は意味を失った。新ナメック星の地下へ深く食い込んだビッグゲテスターの内部を黒い閃光が一直線に駆け抜け、距離表示は人間の目では読み取れない速度で減少していく。
中枢へ続く通路には、当然ながら侵入者を排除するための警備用ロボットが何重にも配置されていた。だが、彼らが武装を展開するよりも早くフリーザが横を通過し、その際に生じた衝撃波だけで装甲が砕け、何十体もの機械兵が壁へ叩きつけられて消し飛んだ。
「ずいぶん厳重な警備ですね。もっとも、これでは警備と呼ぶのも失礼でしょうか」
フリーザは一度も速度を落とさず、メタルナイトから送られた座標だけを頼りに複雑な内部構造を突破していった。分岐も隔壁も彼にとって障害にはならず、進路を塞ぐ巨大な防護扉が現れれば、黒い気をまとった身体のまま正面から突き破る。
最後の隔壁を抜けた先には、それまでの通路とは比較にならない巨大空間が広がっていた。天井も左右の壁も遠すぎて輪郭すら見えず、無数のケーブルと金属管が血管のように空間を走り、その中央では巨大な赤い光が一定の間隔で脈打っている。
フリーザは速度を落とし、その赤い光の中心へ視線を向けた。そこに存在していたものを確認した途端、驚くより先に口元へ嘲るような笑みが浮かぶ。
「これはこれは。ずいぶん思い切ったお姿になりましたね、兄さん」
巨大な機械群へ直接埋め込まれていたのは、クウラの頭部だけだった。銀色の顔と赤い瞳は地上のメタルクウラと同じだが、首から下は存在せず、代わりに無数のコードが後頭部や首の断面から伸び、ビッグゲテスターそのものへ繋がっている。
「来たか……弟よ」
「ええ。わざわざ会いに来て差し上げましたよ」
フリーザはゆっくりと中枢空間の中央へ降り立ち、兄の頭部を改めて眺めた。地上に大量出現していたメタルクウラが端末に過ぎず、目の前にいる存在こそが全てを統括する中枢であることは、説明されなくても十分に理解できる。
「しかし、生き汚いとはまさにこのことでしょうね。肉体を失って機械へ縋り、それでも足りず、最後には首だけになって巨大な機械へ寄生するとは」
「相変わらずよく喋るな」
「兄として、もう少し見栄えのいい姿で死んでいただきたかったものです」
フリーザの嫌味にも、メタルクウラコアは怒らなかった。むしろ愉快そうに目を細め、その奇怪な姿を隠そうとする様子さえ見せない。
「あえてだ」
「何です?」
「あえて、この姿をお前に晒した」
フリーザの表情が僅かに変わった。兄の性格を考えれば、こんな醜態とも言える姿を自ら見せることには、確かに何らかの意味がある。
「どういう意味です?」
「認めたくはないが、認めているからだ。お前は天才だ。フリーザ」
今度はフリーザが黙った。
「オレより後に生まれ、長い間まともな修行すらしなかった。それでも生まれながらにして、我々一族の中でも異常な力を持っていた」
クウラはブラックフリーザの全身をじっと見つめながら、低い声で続ける。
「父がお前へ跡を継がせた理由も、今なら分かる。オレがどれほど気に入らなかったとしても、その判断自体は間違っていなかった」
「珍しいですね。兄さんからそのような殊勝なお言葉を聞けるとは」
「黙って聞け」
「どうぞ」
クウラは地上で一度も目にしていない黒い姿を観察し、明確な確信を込めて言い切った。
「黄金へ至った時も驚いた。だが、その姿はさらに別格だ。おそらく我々の一族で、その変身へ辿り着ける者は未来永劫お前だけだろう」
フリーザの口元へ、僅かな笑みが浮かんだ。褒められること自体は嫌いではないが、今さら兄から才能を認められた程度で感慨深くなるような性格でもない。
「お褒めの言葉でしたら、あなたが死んだ後でいくらでも聞いて差し上げますよ」
「相変わらずだな」
「あなたほどではありません」
メタルクウラコアの赤い瞳が鋭く光った。その直後、穏やかだった中枢空間全体が大きく震え始める。
「だが、死ぬのはお前だ」
クウラの頭部から伸びていた何千本ものケーブルが一斉に蠢き、周囲の機械設備からも太い金属管やコードが引き抜かれていった。それらは頭部の下へ殺到し、絡み合いながら骨格と筋肉を作るように巨大な人型を形成していく。
肩が生まれ、胸部が組み上がり、両腕と下半身が次々に形を成していった。ただし地上のメタルクウラのような整った肉体ではなく、無数の機械部品とケーブルを強引に人型へ束ねた、巨大で禍々しい姿である。
「オレが宇宙一だ!」
完成した巨体が両腕を広げた。声とともに膨大なエネルギーが空間を震わせ、壁面を走っていたケーブルが何本も激しく揺れる。
「貴様を倒し、オレが宇宙一となる! お前は俺に殺されるべきなんだ!!」
ブラックフリーザは巨大化した兄をしばらく無言で見上げた。やがて呆れたように額へ手を当てると、堪えきれないとばかりに笑い始める。
「ほっほっほっ。プライドもここまで無くせば、逆に清々しいですね」
「何がおかしい!」
「四か月もの修行でわたくしへ挑んできた時は、少しだけ見直したのですよ。それが三か月後には巨大な機械へ首を繋ぎ、『オレが宇宙一だ』とは、ずいぶん趣のある進化をなさいましたね」
「黙れ!」
メタルクウラコアの巨体から莫大な気が吹き上がった。対するフリーザも笑みを消し、全身を覆う黒い炎の密度を急激に高めていく。
「ですが、ちょうどいい。わたくしにも、たった今生まれたばかりの、ささやかな野望がありますので」
「野望だと?」
「ええ。新ナメック星との商談を、本日中に終わらせることです」
クウラは一瞬だけ言葉を失ったが、フリーザは大真面目だった。黒い気をさらに解放すると、その余波だけで周囲の配線が千切れ、中枢空間全体へ重い圧力が満ちていく。
「そのためにも、あなたの『宇宙一』などという野望は、このブラックフリーザが断って差し上げましょう!」
◇
その頃、地上では冗談を言っていられるような状況ではなくなっていた。新ナメック星の空を埋め尽くすメタルクウラの軍勢と、メタルナイトが連れてきた大量の無人機が正面から激突し、星の至る場所で爆発と衝撃波が絶え間なく発生している。
数だけを見ればメタルナイト側も簡単には押し切られない。しかし、一機ごとの性能には絶望的なほど大きな差があり、無人機が数体がかりでようやく一体のメタルクウラを食い止められる程度だった。
「くそっ!」
ピッコロが三体のメタルクウラから同時に攻撃を受け、正面から来た二つの拳を両腕で防いだ。だが横から飛んできた蹴りまでは受け切れず、身体が地面を何度も跳ねながら吹き飛ばされる。
「ピッコロ!」
ジェノスが援護の焼却砲を放ち、二体のメタルクウラを炎へ包み込んだ。ところが三体目が瞬時に懐へ入り、ジェノスの腹部へ拳を叩き込む。
「ぐっ!」
機械の腹部が大きくへこみ、ジェノスも地面へ叩きつけられた。それでも残った腕を地面へ突き、破損を免れた推進器を使って強引に身体を起こす。
「まだ動ける!」
「無茶しないで!」
タツマキの念動力が、ジェノスへ追撃しようとしたメタルクウラを空中で止めた。そのまま地面へ叩きつけたものの、彼女自身にもすでに明確な疲労が表れ始めている。
「本当にキリがないわね……!」
一体を完全に潰すためには通常の怪人とは比較にならないほど大きな力を使わなければならず、それでも時間を与えれば修復が始まる。額から汗を流すタツマキの周囲には、すでに次の十数体が迫っていた。
サイタマだけは、まだ目立った負傷をしていなかった。それでも好きなように一体ずつ倒していれば済む戦いではなく、敵の数が多すぎるせいで明らかに動きを制限されている。
「普通のパンチ」
正面から来た一体を遥か彼方へ吹き飛ばすと、背後から二体が同時に襲いかかる。かわしたところへ今度は三体が飛び込み、サイタマは一体を蹴り、もう一体を殴り、三体目の拳を片腕で受け止めた。
「多いな」
サイタマが一か所を突破しても、その間に別のメタルクウラがナメック星人へ向かう。そちらを止めればメタルナイトの無人機が破壊され、さらに別方向から次の集団が押し寄せるため、一人で全てを守ることはできなかった。
『七号機損失。十三号機損失。十九号機、機能停止』
メタルナイトは味方の損害を淡々と報告し続けていた。空中では大型無人機の頭部がメタルクウラに握り潰され、その残骸が別の機体へ投げつけられている。
「何かないのか!」
ピッコロは痛む身体を起こしながら、近くのメタルナイトへ怒鳴った。
「さっきのヘルズフラッシュを撃て!」
『難しい』
「何でだ!」
『発射準備中に止められる』
ピッコロは一瞬だけ言葉に詰まった。前回は大量のロボット兵を一か所へ集めた上で撃てたが、今のメタルクウラなら両腕を展開して出力を高め始めた瞬間に接近し、発射そのものを潰してくる。
「じゃあどうすんだ!」
『仕方ない』
「何がだ!」
メタルナイトは説明せず、代わりに戦場の一角にいた一機の量産型無人機を動かした。その機体はすでに左腕を失い、胸部装甲も大きく破損しているため、このまま戦ってもあと数秒と持たない状態だった。
損傷した無人機は突然進路を変え、近くのメタルクウラへ全速力で飛びついた。残った右腕を相手の胴体へ回し、引き剥がされる前に身体を完全に密着させる。
「何だ? 離せ!」
『機体番号二十七、自爆』
「何――」
至近距離で大爆発が起こり、量産機と抱きつかれていたメタルクウラの双方が巨大な火球へ消えた。爆風を受けたピッコロは腕で顔を庇い、煙の向こうに半身以上を失ったクウラの姿を確認する。
「おい、まさか……」
『そういうことだ』
「そういうことは先に言え!」
『説明している時間が惜しかった』
「自爆する時間はあるのか!」
『ある』
「腹立つな、お前!」
サイタマも少し離れたところから爆発跡を見て、何とも言えない表情を浮かべた。
「困ったら自爆?」
『有効な手段だ』
「芸ないな」
『結果が出ればいい』
メタルナイトが平然と答えた直後、二機、三機と損傷した無人機が近くのメタルクウラへ組みつき始めた。続いて五機以上が同じ動きを見せ、新ナメック星の各地で次々と大爆発が起こる。
『自爆』
銀色の腕が吹き飛び、脚が砕け、胸部装甲が内側まで消し飛んでいく。直撃した個体の中には再生を始める前に完全停止するものも現れ、一時的に戦線が押し返され始めた。
「効いてる!」
ジェノスが再生途中の一体へ焼却砲を撃ち込みながら声を上げた。
『十六号のデータが役に立った』
ピッコロが一瞬だけ眉を上げる。
「十六号?」
『ブルマから人造人間十六号の内部構造データを受け取った時、自爆装置に関する記録も確認した』
その名前を聞いたピッコロの脳裏には、セルとの戦いで見た十六号の姿が浮かんだ。
「……あったな」
『オリジナルの出力を量産機へ完全再現するのは難しい。全機へ搭載すれば、重量も製造費も現実的ではなくなる』
「それで一部の機体だけに、出力を落として載せたのか」
『そうだ。16号ほどではないが、直撃すれば、かなりの猛者であろうとただでは済まない程度にはしてある』
「なるほどな」
『予算の都合上、なるべく使いたくはなかったが』
「そこかよ!」
ピッコロが思わず怒鳴ったものの、自爆攻撃が効果を上げていることは間違いなかった。すでに大破した量産機だけを最後の一撃として使えるため、少なくとも数の上では無駄がない。
しかし、ビッグゲテスターの学習能力はその方法すら放置しなかった。数分もしないうちにメタルクウラたちは、損傷した無人機が接近すると真っ先に腕を切断し、組みつかれる前に遠距離から気弾で破壊するようになっていく。
『予測より適応が速い』
「おい、もう効きづらくなってるぞ」
サイタマが迫ってきた一体を殴り飛ばしながら、メタルナイトへ顔を向けた。
『分かっている』
ピッコロも荒い息を整えながら、一瞬だけ地下へ意識を向けた。自分たちがどれほど粘っても、この状況を根本から終わらせられるのはコアへ向かった男だけだった。
「早くしろよ……フリーザ」
◇
地下中枢では、地上とは別の意味で激しい戦いが続いていた。ブラックフリーザの拳が巨大化したメタルクウラコアの頬へ入り、ケーブルで作られた頭部が大きく揺れたところへ、続けざまに腹部への蹴りが突き刺さる。
「ぐおっ!」
巨体が浮き上がったが、クウラもすぐに反撃へ転じた。背中や両腕から何十本ものケーブルを鞭のように伸ばし、四方八方からブラックフリーザを包囲する。
「舐めるな!」
フリーザは身体を僅かに傾けるだけで最初の数本をかわし、残る束を片手でまとめて掴んだ。ケーブルを握ったまま強く引けば、巨体の方が耐え切れず前方へ崩れる。
「単調ですよ」
「何っ!?」
フリーザは引き寄せた兄の顔面へ膝を叩き込み、さらに胸部を蹴って距離を取った。だがメタルクウラコアも弱くなく、砕けた顔面を瞬時に修復しながら巨大な両掌で左右からフリーザを押し潰そうとする。
「ほう」
両手が閉じる直前、ブラックフリーザは上空へ抜けた。大轟音とともに掌同士が衝突すると、その背後からさらに大量のケーブルが伸び、今度こそ逃げ道を完全に塞ごうとする。
「逃がすか!」
何本かがフリーザの腕や脚へ絡みついた。地上のメタルクウラと比較すれば一本一本の強度は劣るものの、その数だけは桁違いに多い。
「捕まえたぞ!」
「それが?」
ブラックフリーザが全身へ力を込めると、絡みついていたケーブルが一斉に引き千切られた。そのまま一瞬で懐へ飛び込み、巨大な胸部へ拳を深々と突き刺す。
「なっ!」
機械構造が大きく弾け、内部の赤い光が一瞬だけ露出した。ところが周囲の壁や床から新しいコードが伸び、破壊された箇所をすぐに埋め始める。
「無駄だ!」
メタルクウラコアが笑った。
「ここはビッグゲテスターそのものだ! どれだけ破壊しようと、材料はいくらでもある!」
「なるほど。それは面白い」
フリーザは少し距離を取り、再生していく巨体を珍しく楽しそうに眺めた。戦いながら、すでに地上で戦ったメタルクウラとの決定的な違いに気づき始めている。
地上の個体は一度破壊された攻撃を学習し、再生するたびに同じ方法が通じにくくなっていた。しかし目の前のコアは、腕や胸を何度作り直しても同じ威力の攻撃で同じように破壊できる。
「兄さん」
「何だ」
「あなた、この身体はあまり強くありませんね?」
クウラの表情が止まった。
「何?」
「再生能力は大したものです。しかし地上のメタルクウラのように、破壊されるたび頑強になっているわけではない」
「だからどうした!」
フリーザはゆっくり両腕を広げながら、巨大な身体を構成するケーブルと、その奥にある中枢の位置を観察した。
「簡単なことですよ。その身体は戦闘用に完成された端末ではない」
クウラの赤い瞳が僅かに揺れる。
「本体を守るため、周囲の機械を急造で身体へ変えているだけ。そして何より――」
フリーザの視線が、胸部の奥で明滅する巨大な赤い核へ向いた。
「あなた自身が、コアです」
「黙れ!」
「外側を何度再生したところで、中にある本体まで爆裂させれば終わりでしょう?」
メタルクウラコアの表情に、初めて明確な焦りが浮かんだ。
「兄さん」
ブラックフリーザの周囲へ、薄い円盤状の気が次々と形成されていく。
「あなたの負けですよ」
◇
ブラックフリーザの周囲に生まれた円盤状の気は、数え切れないほどの鋭い刃へ変わっていた。一枚ごとに高速回転しながら薄く研ぎ澄まされ、その縁からは周囲の空気を切り裂くような高い音が響いている。
「そんなもの!」
メタルクウラコアが両腕を広げた。
フリーザが指先を動かすと、無数の気の刃が一斉に巨体へ襲いかかった。最初の一枚が右腕を切断し、二枚目が左肩を裂き、その後も腹部、胸、脚へ次々と入り込んでいく。
「キィエエエエエ!!」
「ぐおおおおっ!」
ケーブルの束が次々と切断され、巨大な身体がその場で崩れ始めた。だがクウラは慌てるどころか、周囲に残された無尽蔵の機械資源を利用して即座に再生を始める。
「無駄だと言っている!」
壁、床、天井のあらゆる場所から新たなケーブルが伸び、切断された腕や胸部を瞬く間に作り直していく。腹部も頭部も再構築され、数秒後にはほぼ元通りの巨体が完成した。
「どうした、フリーザ! いくら斬り刻もうと、オレは何度でも再生する!」
「ええ。そうしていただかないと困ります」
「何?」
クウラはそこで初めて、自分の身体へ生じた違和感に気づいた。
肉体そのものは再生している。
しかし、内部に何かが残っている。
先ほどフリーザが放った気の刃は、身体を斬り裂いた後に完全消滅していなかった。切断面やケーブルの隙間へ薄いエネルギーだけを残し、その上からクウラ自身が新しい身体を作ってしまっている。
「まさか……!」
「気づきましたか?」
フリーザが右手をゆっくり握った。
「遅いですよ」
「き、貴様!」
「爆ぜなさい」
再生した巨体の内側で、残留していた無数のエネルギーが一斉に炸裂した。
「ぐああああああああああ!!」
メタルクウラコアの身体が内側から大きく膨れ上がった。胸、腹、肩、両腕と連続して爆発し、再生した直後の部位が再び内部から吹き飛んでいく。
「馬鹿な!」
クウラは新たなケーブルを伸ばして再生を続けようとした。だが、新しく作られた部分の内側にもフリーザの気が残っているため、形を取り戻した直後から次々と爆発する。
「なぜだ!」
「あなたが自分で包み込んだのですよ。再生というのも、考えなしに行うものではありませんね」
フリーザは冷たく笑い、崩壊していく巨体の中心へ目を向けた。何度も内側から爆破されたことで外装が剥がれ、ついに巨大な赤いコアそのものが露出している。
「フリーザァァァ!!」
クウラが最後の力でケーブルを伸ばしたが、ブラックフリーザは僅かに身体をずらすだけで全てかわした。そのまま人差し指を剥き出しのコアへ向け、赤い光を一点へ凝縮する。
「さようなら、兄さん」
デスビームが一直線に走り、巨大なコアの中心へ突き刺さった。
一瞬だけ、中枢空間から音が消えた。
次の瞬間、赤いコア全体へ無数の亀裂が広がり、その隙間から白い光が漏れ始める。
「オレは……」
クウラの声が震えた。
「オレが……宇宙一に……」
「まだ言いますか」
フリーザは最後まで呆れたように兄を見ていた。
「いつまでも変わりませんね」
巨大なコアが、内側から爆発した。
◇
地上でも、ほぼ同じ瞬間に異変が起こっていた。ピッコロへ殴りかかろうとしていたメタルクウラが突然動きを止め、ジェノスへ拳を振り下ろそうとしていた個体も、タツマキの念動力から抜け出そうとしていた個体も、一斉に硬直する。
「何だ!?」
ピッコロが構えたまま周囲を見回した。空を埋め尽くしていた何百体ものメタルクウラが、まるで命令を失ったように同じ姿勢で停止している。
「フリーザか?」
サイタマが地下方向へ目を向けた直後、メタルクウラの胸部に埋め込まれた赤い部分が激しく明滅し始めた。
『警告。全員、防御しろ!』
「何!?」
メタルナイトの警告とほぼ同時に、最初の一体が爆発した。続けて二体、三体、十体と連鎖し、空を覆っていた銀色の軍勢が次々と内側から崩壊していく。
「タツマキ!」
「分かってるわよ!」
タツマキは残っている力を一気に解放し、ナメック星人たちが避難している地域全体を巨大な念動力の障壁で包み込んだ。上空から飛来する無数の金属片が緑色の壁へぶつかるたび、障壁の表面へ激しい波紋が広がる。
「ぐっ……!」
すでに彼女の体力は限界へ近かったが、それでも障壁を解かなかった。鼻から血が流れ始めても、落下する残骸が村へ届かないように歯を食いしばって押し返す。
「ジェノス!」
「任せろ!」
ジェノスも残った焼却砲を上空へ向け、巨大な金属片だけを狙って次々と砲撃した。完全に破壊できないものは軌道を逸らし、ピッコロも気弾を連射して細かな破片を撃ち落としていく。
「サイタマ! でかいのを頼む!」
「おう!」
山ほどもある巨大構造物が上空から落下してくると、サイタマは地面を蹴って一直線に跳び上がった。正面から拳を叩き込まれた金属塊は空中で粉々に砕け、タツマキの障壁へ到達する前に細かな破片へ変わる。
しかし、問題はメタルクウラの残骸だけではなかった。新ナメック星の広範囲を覆っていたビッグゲテスターそのものが、コアの消滅によって制御を失い始めている。
『コアの機能停止を確認。ビッグゲテスター全体が崩壊する』
「おい!」
ピッコロが空を見上げた。
星へ覆い被さっていた銀色の巨大構造体が、至る場所から割れ始めている。これまで地面へ深く食い込んでいた部分が剥がれ落ち、その膨大な質量が今度は新ナメック星そのものへ降り注ごうとしていた。
「このままじゃ星ごと潰されるぞ!」
『その可能性がある』
「冷静に言うな!」
巨大な機械施設が傾き、そのまま村の方向へ倒れ始めた。タツマキは両手を上げ、残っている念動力を全て叩きつける。
「止まりなさいよぉぉぉ!!」
緑色の光が巨大な金属塊を包み、その落下速度が僅かに鈍った。だが重量は桁違いで、宙に浮いていたタツマキの足が地面へ着き、さらに鼻から流れる血の量が増えていく。
「タツマキ!」
「うるさい! 集中できないでしょ!」
ジェノスも上空を見上げた。
「先生!」
「分かってる」
サイタマが再び跳び上がろうとした瞬間、地下から黒い閃光が飛び出した。
「お待たせしました」
ブラックフリーザが地上へ帰還した。
「遅い!」
ピッコロが怒鳴る。
「もう少し歓迎していただいてもいいでしょう?」
「上を見ろ!」
フリーザは言われるまま上空を見た。崩壊しながら新ナメック星へ落ちてくるビッグゲテスターの巨大な残骸を確認すると、さすがに状況をすぐ理解する。
「……なるほど」
サイタマがフリーザの隣へ立った。
「これ、殴ればいい?」
「ええ」
フリーザの口元へ笑みが浮かぶ。
「奇遇ですね。わたくしも、そう思っていました」
◇
サイタマとブラックフリーザは、ほぼ同時に空へ飛び上がった。崩壊を始めたビッグゲテスターは、もはや建造物というより小型天体と呼ぶ方が近く、その一部だけでも都市を覆い隠せるほど巨大だった。
「サイタマさん」
「何?」
「残っている力を、全部出してください」
フリーザが右拳を握り、黒い炎を一点へ集中させる。
「いいの?」
「今さら何を聞いているのです?」
「じゃあ、ちゃんとやる」
サイタマも右腕を引いた。二人は並んで巨大な機械惑星の残骸へ向かい、互いに合図する必要もなく同じ瞬間に拳を振り抜く。
「行きますよ!」
「おう!」
二つの拳が、ビッグゲテスターへ同時に叩き込まれた。
最初の一瞬だけ、音が消えたように静かになった。
直後、新ナメック星全体が震えるほどの衝撃が発生し、二人の拳が当たった地点を中心に無数の亀裂が機械惑星の表面へ走っていく。ビッグゲテスターの巨体は落下を止め、それどころかゆっくりと新ナメック星から離れ始めた。
「いいやつらが住んでる星に!!!」
「キィエエエエエエエ!!」
サイタマは純粋な腕力を押し込み、フリーザはブラックの出力を惜しみなく解放した。二人の力を真正面から受けたビッグゲテスターは徐々に加速し、大気圏を突き破って宇宙へ押し出されていく。
「落ちてくんじゃねえ!」
「二度と戻ってこないでください!」
巨大な機械惑星は新ナメック星から完全に離れ、そのまま宇宙の彼方へ凄まじい速度で飛んでいった。やがて肉眼では小さな光の点にしか見えなくなり、最後には星空の中へ紛れて姿を消す。
サイタマとフリーザは空中に残り、しばらくその方向を眺めていた。激戦の最後としては、あまりにも単純で乱暴な解決方法だったが、二人にはそれが一番手っ取り早かった。
「……結構飛んだな」
「そうですね」
「兄ちゃん、どうなった?」
「死にましたよ」
「今度こそ?」
フリーザは一度だけ考えるような顔をした。
「……おそらく」
「そこは言い切れよ」
「兄さんですから」
「便利だな、それ」
◇
ビッグゲテスターが消えた後、新ナメック星には久しぶりに本来の青い空が戻った。地表へ食い込んでいた機械構造物の多くは破壊され、森林や農地にも少なからず被害は残ったものの、星そのものは守られ、連れ去られていたナメック星人たちも各施設から無事に救出された。
長老をはじめとするナメック星人たちは、地球から来た一行の前へ集まっていた。誰も無傷ではなかったが、自分たちが再び故郷で生きられるという事実だけで、表情には安堵が戻っている。
「本当に、ありがとう。あなたたちが来てくれなければ、我々がどうなっていたか分からない」
「気にするな。当然のことをしただけだ」
ピッコロは服のあちこちを破られ、身体にもかなりの傷を負っていた。それでも長老の前では特に苦しそうな様子を見せず、いつも通り腕を組んでいる。
「任務を達成できたのであれば問題ない」
ジェノスも淡々と答えたが、片腕は壊滅しており、全身の装甲にも大きな損傷が残っている。
「私は問題あるんだけど。早く帰って、メディカルマシーン入りたい……」
タツマキはその場へ座り込み、疲れ切った様子で肩を落としていた。最後に巨大構造物を止め続けた負担が大きく、普段なら絶対に見せないほど消耗している。
「俺も。久しぶりに結構殴られた」
無数の裂傷、打撲痕を残したサイタマが肩をごきごき回しながら言った。
「あなたがそれ言うと嫌味に聞こえる」
「そう?」
「そうよ」
周囲に残っているメタルナイトの無人機は、出発時と比べれば見る影もなく減っていた。戦闘と自爆によって大半を失い、まともに動けるものは数機程度しか残っていない。
『損耗率は想定を超えた』
「自爆しまくったからだろ」
ピッコロが無人機へ目を向ける。
『必要経費だ』
「さっき予算の都合で嫌だって言ってただろ」
『必要な時には使う』
「そうかよ」
そこへフリーザが歩いてきた。すでにブラックは解除され、いつもの白と紫の姿へ戻っている。
「皆さん、ご苦労様でした」
「お前が一番元気そうなの腹立つな」
ピッコロが睨む。
「わたくしも疲れていますよ」
「その笑顔で言われても説得力がない」
ジェノスがフリーザへ視線を向けた。
「メタルクウラコアは完全に破壊したのか?」
「ええ。今度こそ、兄さんにはしばらく静かにしていただけるでしょう」
「しばらく?」
タツマキがすぐに反応した。
「永久じゃないの?」
「兄さんですから」
「その言い方、便利に使いすぎでしょ」
サイタマはそのやり取りを聞きながら、近くにいる長老へ顔を向けた。
「まあ、とりあえず終わったな」
「ああ。我々はこの恩を決して忘れない」
長老は改めて一行へ頭を下げた。ピッコロは静かに頷き、タツマキとジェノスもようやく少しだけ力を抜く。
「じゃあ帰ろうぜ」
「賛成。早く治療したい」
サイタマとタツマキがほぼ同時に帰還を口にしたところで、フリーザだけが一歩前へ出た。その動作を見た瞬間、ピッコロたちの間に揃って嫌な予感が走る。
「では、その前に一つ」
「何だ」
ピッコロが警戒する。
フリーザは薄い端末を取り出し、保存していた書類を画面へ表示した。そのまま長老の前まで進み、これ以上ないほど爽やかな営業用の笑顔を浮かべる。
「長老様」
「何だ?」
「こちらの契約書へ、サインをお願いいたします」
今度は戦闘中とは違う種類の沈黙が、その場へ流れた。ピッコロは目を閉じ、タツマキは額を押さえ、ジェノスも言葉を失う。
「今やるの?」
サイタマが素朴に聞いた。
「当然でしょう?」
「星、今助かったばっかだぞ」
「だからこそです」
「なんで?」
「商談にはタイミングというものがあります」
「最低」
タツマキは完全に呆れていた。
「こいつ、本当にブレないな」
ピッコロも怒る気力すら失いかけている。
「皆さん、誤解しないでください。新ナメック星を救ったからといって、契約を強要するつもりなどありませんよ」
フリーザは長老へ端末を差し出したまま、少しだけ笑みを深くする。
「ただ、ぜひ前向きにご検討いただければと」
「圧がすごいんだよ」
サイタマがぼそりと言った。
長老はしばらくフリーザの顔を見つめ、その後で画面に表示された契約書へ視線を落とした。数秒考えた末に、怒るでも拒絶するでもなく小さく笑う。
「まずは、内容を読ませてもらおう」
「もちろんです。何時間でもお待ちしますよ」
「さっき本日中に商談を終わらせるって言ってたじゃない!」
タツマキの突っ込みが、新ナメック星の青空へ響いた。
かつてナメック星を滅ぼした宇宙の帝王は、長い時を経て同じ種族が暮らす新たな星を救った。しかし、それは改心したからでも、過去の罪を償いたかったからでもなく、彼の野心が消えたわけでもない。
変わったのは、目的へ至る方法だった。奪って従わせるだけではなく、自分を必要とする状況を作り、恐怖だけではなく利益によって相手と結びつくという、新しい支配の形をフリーザは覚え始めている。
それが善なのか、それとも別の姿をした悪なのかは、おそらくフリーザ本人にとって大した問題ではない。重要なのは新ナメック星が残り、そこに暮らす者たちが生き延び、そして今、自分の手には新しい契約書があるという事実だけだった。