フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
惑星サダラに暮らす第六宇宙のサイヤ人は、第七宇宙でかつて恐れられた戦闘民族とは少し事情が違う。強い者を尊び、戦うことそのものを好む気質は共通しているものの、基本的には理知的で礼儀を重んじ、自らの力を略奪ではなく宇宙の治安維持へ使う者が多かった。
その中心にあるのがサダラ防衛隊である。依頼を受けて他惑星へ赴き、宇宙海賊や犯罪者から住民を守るのが彼らの仕事であり、キャベもその一員として活動を続けている。
もちろん、全てのサイヤ人が防衛隊へ所属しているわけではない。カリフラのように組織へ属することを嫌う者もいれば、ケールのように特定の誰かと行動を共にする者もいる。それでも、第六宇宙において「サイヤ人」という言葉は、基本的には強大な力を持つ守護者を意味していた。
だからこそ、最近の状況をキャベは少々複雑な気持ちで見ていた。原因は、ここしばらく第六宇宙で急速に勢力を拡大しているフリーザ・コーポレーションである。
◇
「また一件か……」
サダラ防衛隊の詰所で、キャベは端末に表示された任務報告を見ながら小さく息を吐いた。この一か月だけでも、防衛隊が受注するはずだった護衛や犯罪組織討伐の依頼がいくつか別の組織へ流れている。
相手は当然、フリーザ・コーポレーションだった。
別に迷惑をかけられているわけではない。違法な妨害を受けたこともなく、依頼主を脅して仕事を奪っているわけでもない。
だからこそ困るのだ。
向こうは正当な競争の中で仕事を取っている。しかも、資本力、宇宙船の性能、複数の惑星を繋ぐ通信網、さらにはヒーロー活動そのものを収益へ変える事業構造まで、あらゆる面でサダラ防衛隊を上回り始めていた。
危険度の高い惑星ならフリーザ本人や強力な戦闘員が派遣され、それほど脅威度が高くない案件にはメタルナイトの無人機が投入される。護衛、海賊討伐、災害救助、物資輸送、治安維持までを一つの企業でまとめて請け負えるため、依頼する側からすれば非常に使い勝手がいい。
しかも料金そのものも、防衛隊と比較して法外に高いわけではなかった。会社の規模を生かして採算を取っているらしく、少なくとも依頼者側から見れば「安くて速くて強い」という、競合相手としては最悪の条件が揃っている。
「強い、速い、安い……か」
キャベは端末を机へ置いた。こうして並べてみると、仕事を取られている理由があまりにも分かりやすい。
フリーザ本人の過去や人格については別として、会社そのものの評判は第六宇宙でもかなり高くなっていた。危険な仕事を引き受けるだけでなく、最近では新ナメック星との交易を通じて質の高い食品まで扱い始めている。
惑星サダラにも、すでにフリーザ・コーポレーション系列のスーパーマーケットが数店舗できていた。きれいな水、新鮮な野菜、魚、地球式に加工された保存食品まで並び、値段も極端に高くないため、防衛隊の隊員ですら勤務帰りに普通に利用している。
キャベ自身も、一度だけ魚を買ったことがあった。正直に言えば、かなり美味しかった。
「……魚、美味しかったんだよな」
それが余計に腹立たしい。
商売敵だから嫌う、と割り切るには向こうの商品が便利すぎる。さらに、防衛隊側にはフリーザ・コーポレーションの進出を止める明確な理由もなかった。
違法行為をしていない企業活動へ難癖をつけるわけにはいかない。そして第六宇宙で最も強い権限を持つはずの破壊神シャンパに至っては、完全にフリーザ側へ回っている。
フリーザ・コーポレーションが活動すれば第六宇宙の人間レベルが上がるうえに、美味しい食べ物まで増える。シャンパにとって反対する理由など、ほとんど存在しなかった。
だが、仕事が減れば当然、その影響を受けるサイヤ人も出てくる。それ自体は競争社会である以上仕方がないとしても、キャベが問題視しているのは、その先だった。
◇
「ターレス?」
カリフラは椅子の背もたれへ逆向きに跨がり、腕を組んだままキャベを見た。その隣ではケールが静かに座り、二人の話を聞いている。
防衛隊本部から少し離れた訓練施設で、キャベは二人へ事情を説明していた。正式な討伐任務として動く前に、まず信用できる戦力へ相談しておきたかったのである。
「はい。最近、防衛隊を離れたサイヤ人や、仕事にあぶれた若い戦士が、かなりの数そちらへ流れているようなんです」
「そんな奴のところ行く方も行く方だろ」
「それはそうなんですが……」
キャベは苦い顔をした。
ターレスは、第六宇宙ではかなり異質なサイヤ人だった。この宇宙のサイヤ人が礼節と規律を重んじる傾向にある中で、彼だけは粗野で、好戦的で、他人の命にほとんど頓着しない。
第七宇宙のサイヤ人を知るキャベに言わせれば、むしろかつてのそちら側に近い男だった。ただし、単純な乱暴者ではなく、人を惹きつける妙な魅力と、それを支えるだけの強さを持っている。
「奴には妙なカリスマがあります」
「カリスマ?」
「強さもそうですけど、言っていることに妙な説得力があるんです」
カリフラの眉が僅かに動いた。
「どんな?」
「『俺たちはサイヤ人だ。誰かの依頼を待って、頭を下げて金をもらうために生まれたわけじゃない』とか」
「……ふん」
「『強い奴が好きなように生きればいい』とも言っています」
カリフラは少しだけ顔をしかめた。
「気に入らねえな」
「ですよね」
「違う」
カリフラはキャベを見る。
「言ってることが全部間違ってるわけじゃないから、余計に気に入らねえ」
キャベは一瞬黙った。その感覚は、少しだけ理解できる。
戦う力がある。自由に生きたい。誰かに命令されたくない。
それ自体なら、カリフラにも通じる部分がある。だからこそ、その思想を利用して若いサイヤ人を集め、犯罪へ引きずり込んでいるターレスが余計に気に入らないのだろう。
「最近の活動は、かなり悪質です」
キャベは端末を操作し、いくつかの惑星映像を表示した。どれも地表が異様に乾き、森林や湖だったはずの場所が枯れ果てている。
「こいつ……何したんだ?」
「分かりません」
「分かんねえのかよ」
「ただ、奴らが現れた星では、短期間で植物も水も生命力を失うことがあるんです。その後、ターレスたちは財宝や資源を根こそぎ持っていく」
ケールが不安そうに画面を見つめた。
「星そのものを……殺してるみたいですね」
「はい…ただの宇宙海賊とは危険度がまるで違います」
今のところ、ターレス一味とフリーザ・コーポレーションが直接衝突した記録はない。しかしサイヤ人勢力圏での被害は増えており、このまま放置すればいずれ商業航路やフリーザ・コーポレーションの事業区域にも手を出す可能性が高い。
それを想像しただけで、キャベの胃が少し痛くなった。
「それだけじゃありません」
「まだあんのか?」
「はい。ターレスを放置すると、サイヤ人全体の評判が悪くなります」
「まあ、それはそうだな」
「そして、もう一つあります」
キャベは少し迷ってから口にした。
「この件を、フリーザに知られたくありません」
カリフラが目を細めた。
「なんでだよ?」
「カリフラさんも、あの人のサイヤ人嫌いは知っているでしょう?」
「まあな」
「それに……ベジータさんから聞いたんです。第七宇宙にあったサイヤ人の故郷は、フリーザが破壊したそうです」
キャベの脳裏には、以前ベジータから聞かされた話が残っていた。ベジータという名の惑星と、そこに暮らしていた第七宇宙のサイヤ人、そしてその全てを惑星ごと消し去った男の話である。
「……あの野郎ならやりそうだな」
「今は昔ほど簡単に星を壊したりはしないと思います。でも、ターレスが大きな問題を起こして、それを『サイヤ人の問題』として利用されたら……」
キャベは少し言葉を選んだ。
「ただでさえ、今の僕たちは商売敵です。そのうえ元々サイヤ人が嫌いな相手ですから、何を理由に介入してくるか分かりません」
現実には、現在のフリーザがいきなり惑星サダラを破壊する可能性は以前ほど高くない。第六宇宙で事業を拡大している以上、サダラそのものを消し飛ばせば会社にとっても損失になる。
それでも、別の形で介入する可能性なら十分にある。
「『身内のごたごたすら解決できないならば、こちらで管理してあげましょう』くらいは普通に言いそうなんですよね……」
「あー」
カリフラの顔が露骨に納得したものへ変わった。
「言うな」
「言いますよね」
「絶対言う」
「フリーザさんなら……言うと思います」
三人の意見が綺麗に一致した。キャベは一度咳払いをして、話を本筋へ戻す。
「だから、どちらにしてもサイヤ人同士の問題は、サイヤ人同士で決着をつけたいんです」
キャベの目が真剣なものへ変わる。
「ターレスを討伐します」
カリフラはすぐには答えなかった。代わりに椅子から立ち上がり、首を軽く鳴らす。
「いいぜ」
「本当ですか?」
「前から気に入らなかったんだ、あいつ」
カリフラは拳を握り、挑戦的に笑った。
「強い奴が好きに生きればいい。そこまでは分かる」
そこで一度言葉を切り、目つきを鋭くする。
「だからって、弱い奴から奪って星までぶっ壊していい理由にはならねえだろ」
キャベも僅かに笑った。
「ありがとうございます」
「姉さんが行くなら、私も行きます」
ケールも立ち上がる。
「ケールさんまで?」
「はい。姉さんと一緒に戦います」
いつもの控えめな声ではあったが、目に迷いはなかった。
「頼もしいです」
キャベは素直にそう答えた。この二人が一緒なら、大抵の相手に遅れを取るとは思わない。
力の大会以降、二人ともさらに強くなっている。特にケールは、かつて自分でも抑えきれなかった力を以前とは比較にならないほど制御できるようになっていた。
それでも、キャベには一つだけ気になる情報があった。
「でも、注意してください」
「何だよ?」
「ターレス本人だけなら、僕たち三人でも十分戦えると思います」
「なら問題ねえじゃん」
「問題は、少し前にターレスの仲間になったサイヤ人の親子です」
キャベは端末を操作し、荒い遠距離映像を表示した。そこには壮年隻眼のサイヤ人と、その隣に立つ大柄な若い男が映っている。
「こいつらです」
「誰だ?」
「父親の名前はパラガス。そして、息子のブロリーです」
キャベが画像を拡大すると、長い黒髪を持つ大柄な男の姿がはっきりした。表情はほとんど動かず、首には見慣れない装置が取り付けられている。
「ブロリー……」
ケールの目が僅かに動いた。
「知ってる?」
「いえ」
ケールは首を振ったものの、画面から目を離さなかった。
「でも、なんだか……変な感じがします」
ケールは無意識に胸元へ手を添えた。理由は自分でも説明できないらしく、その表情にも困惑が浮かんでいる。
「大丈夫か?」
「はい…」
カリフラに声をかけられると、ケールはゆっくりと頷いた。キャベは二人の様子を確認してから続きを話す。
「詳しい戦闘記録はありません。でも、目撃した人の話では、ブロリーは半端じゃない強さだそうです」
「どのくらい?」
「悪魔のようだった、と」
カリフラは一瞬だけ黙った。それから、むしろ面白そうに口元を吊り上げる。
「悪魔?」
「はい」
「そんなもんでビビると思ってんのかよ」
カリフラは拳を鳴らした。
「ターレスだろうが、悪魔だろうが、きっちりブチのめしてやる」
ケールも静かに頷く。二人の反応を見たキャベは小さく息を吐き、覚悟を決めたように立ち上がった。
「分かりました。では、準備が整い次第出発しましょう」
惑星サダラの三人のサイヤ人は、自分たちの問題を自分たちで終わらせることを決めた。少なくとも、フリーザに知られて事態がさらに面倒になる前に。
◇
同じ頃、第六宇宙の宇宙空間を、一隻の大型宇宙船が静かに進んでいた。船体にはサダラ防衛隊の紋章も、フリーザ・コーポレーションの社章もなく、代わりに幾度もの戦闘と略奪を思わせる傷が無数に刻まれている。
艦橋の中央では、一人のサイヤ人が星図を眺めていた。長い髪、赤いスカウター、そして口元へ浮かぶ不敵な笑みは、第六宇宙のサイヤ人に一般的な礼節とはまるで縁がない。
「次の標的は決まったか?」
ターレスが振り返ると、その後方には腕を組んだパラガスが立っていた。
「決まった。サイヤ人の勢力圏内にある惑星だ」
パラガスが端末を操作すると、一つの惑星が艦橋の中央へ立体表示される。
「ほう。サダラ防衛隊は?」
「距離はあまりない。だが、昨今の防衛隊の動向から見れば来ても少数だろう」
「フリーザ・コーポレーションは?」
「今のところ、周辺に大きな支部はない」
それを聞いたターレスの笑みが深くなった。
「おあつらえ向きだな」
パラガスは惑星の環境データを表示した。
「水もある。森林も多い」
「神精樹は?」
「育つ」
その一言だけで、ターレスは満足そうに笑った。
「そいつはいい。だったら決まりだ」
椅子から立ち上がると、立体映像の惑星を見上げる。
「星の命を全部吸わせろ。実ができたら、全部いただく」
「住民はどうする?」
「邪魔するなら殺せばいい。星なんざ、宇宙にはいくらでもある」
ターレスは何でもないことのように言った。パラガスもそれに異を唱えることなく、端末上で航路を設定していく。
その二人の後ろには、もう一人のサイヤ人が立っていた。
巨大な身体。
長い黒髪。
感情のほとんど見えない顔。
彼は拳を握っているわけでもなければ、周囲へ敵意を向けているわけでもない。それなのに、艦橋にいる兵士たちは誰一人として近くへ寄ろうとしなかった。
ターレスですら、時折その男を横目で確認している。首元には制御装置が取り付けられ、小さな光を一定の間隔で点滅させていた。
「ブロリー」
パラガスが名前を呼ぶ。
男はゆっくりと顔を上げた。
「次の星でも、俺の言う通りにしろ。分かったな?」
数秒の沈黙の後、低い声が返ってきた。
「……はい」
「頼りにしてるぜ」
ターレスが笑いかけても、ブロリーは答えなかった。ただ艦橋の窓から見える星々を、無表情のまま見つめている。
その身体の奥に何が眠っているのか、この宇宙の誰もまだ知らない。
惑星サダラでは、キャベ、カリフラ、ケールがターレス討伐の準備を始めている。宇宙を進むターレスたちもまた、自分たちを追う三人の存在など知る由もない。
両者はまだ互いの全てを知らない。
そして、誰も知らなかった。
第六宇宙で、長く語られることのなかった超サイヤ人の伝説が、再び目を覚まそうとしていることを。