フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
第一話 申し上げます!!我が社の航路に宇宙海賊が現れましたぁ!!
第九宇宙での商談を終えてから一週間。フリーザ・コーポレーション本社では、ここ最近では珍しいほど穏やかな時間が流れていた。もっとも、平和なのは社長室の中だけであり、窓の外に広がる本社敷地では技術者や作業員が慌ただしく行き交っている。
その遥か向こうでは、カプセルコーポレーション、メタルナイト、そしてフリーザ軍が保有する複数の異星技術を組み合わせて建造された巨大宇宙船が、進水式を間近に控えて最終調整へ入っていた。これまで使用していた星間航行船とは設計思想そのものが異なり、宇宙と宇宙を安定して往来し、大量の人員や物資、さらには支部建設用の設備まで一度に運ぶことを目的としている。
あれが予定通り完成すれば、第六宇宙と第七宇宙の往来はこれまで以上に容易になる。その先には第九宇宙をはじめとする他宇宙への定期航路まで開設できるとあって、フリーザにとっては会社の未来そのものを象徴する船でもあった。
「順調ですねえ」
窓際に立ったフリーザは、完成間近の巨大船を眺めながら上機嫌に笑っていた。第九宇宙との交渉も成功し、新ナメック星産の食品輸出も伸び、各宇宙での支部開設計画も少しずつ現実味を帯びている。
そして何より、第六宇宙ではフリーザ・コーポレーションがサイヤ人たちの仕事を着実に奪い始めていた。惑星護衛、宇宙海賊の討伐、危険地域への物資輸送、災害救助といった、これまで惑星サダラの防衛隊が担ってきた仕事の一部が、今ではこちらへ流れてきている。
「ほっほっほっ」
思い出しただけで笑いが漏れる。資本力、宇宙船の性能、広域通信網に加え、メタルナイトの無人兵器を利用した低コストの治安維持まで揃っている以上、商売として競争になればこちらが優位に立つのは当然だった。
もちろん、現在のフリーザは表向きにはサイヤ人を一つの取引相手として扱っている。惑星サダラにも系列スーパーを出店し、食品や日用品を販売している以上、企業同士の関係だけを見ればむしろ良好と言ってもいい。
しかし、それはそれ、これはこれである。フリーザがサイヤ人を嫌っているという事実には何一つ変化がなく、状況さえ許すのであれば、惑星サダラごと消してしまってもいいと思う程度には、今でも嫌いだった。
もっとも、現在のサダラは重要な市場でもある。せっかくスーパーまで建てた星を吹き飛ばせば損失が出る以上、感情だけで実行に移すほど馬鹿ではなかった。
「まったく、商売というのは人を我慢強くしますね」
「何がだ?」
背後から声がして振り返れば、社長室のソファではサイタマが寝転がっていた。靴だけは一応脱いでいるものの、完全に自宅のような姿勢で漫画を読み、近くのテーブルには食べかけの菓子まで置かれている。
「いえ、こちらの話ですよ」
「ふーん」
サイタマは特に興味を示さず、すぐ漫画へ目を戻した。その態度を少し離れた場所から見ていたジェノスは、何故か妙に真剣な表情を浮かべている。
「先生は今日も自然体だ」
「ジェノスさん?」
「常に身体と精神から余計な緊張を排除し、必要な瞬間にのみ最大出力へ移行する。先生の強さの一端は、日常生活でもリラックスを欠かさない姿勢にあるのかもしれない」
「漫画読んでるだけだぞ」
「なるほど。漫画を読むこと自体ではなく、その行為を通じて精神を整えているのですね」
「いや、漫画読んでるだけ」
「非常に参考になります」
「聞けよ」
フリーザは額へ指を当て、ジェノスへ冷たい視線を向けた。どうしてここまで何でも修行へ結びつけられるのか、付き合いが長くなった今でもよく分からない。
「サイタマさんの観察日記は後にしてください。報告があるのでしょう?」
「そうだった」
ジェノスはすぐ表情を戻し、手元の端末を操作した。正式な秘書ではないのだが、サイタマと社内で最も行動を共にし、フリーザの監視と戦闘記録まで自主的に行っているうちに、気づけば報告書の取りまとめや各支部との連絡まで担当するようになっていた。
何より有能だった。フリーザとしても、勝手に仕事を増やしながら正確に処理してくれる相手をわざわざ止める理由はない。
「まず、第七宇宙支部について」
「どうぞ」
「運営状況は上々。新たに現地ヒーローとして、人造人間十八号とヤムチャを雇用したそうだ」
「ヤムチャさんはどうでもいいとして」
「おい」
サイタマが漫画から顔だけ上げた。
「まだ何もしてないのに扱いひどくない?」
「戦力評価ですよ」
「そうか?」
「そうです」
フリーザは平然と返し、ジェノスへ続きを促した。本人がこの場にいない以上、抗議される心配もない。
「十八号から追加条件がある。ピッコロと兼任で他の所属ヒーローの教官を引き受けてもいい。ただし来月から自分の報酬を他の人間の二倍にしろ、とのことだがどうする?」
「了承しましょう」
返事は早かった。
「十八号さんは有能です。永久エネルギー炉による戦闘継続能力に加えて、単純な戦闘力も高い。新人教育までしていただけるなら、他の方の二倍程度で済むのは安いものです」
「俺も十八号はかなり強いと思う」
サイタマも素直に頷いた。
「この前ちょっと見たけど、ずっと疲れないの便利だよな」
「先生が評価するのであれば、戦闘面の信頼性はさらに高い」
「ですから、サイタマさんの発言をいちいち報告書へ反映しなくて結構ですよ」
「了解した」
そう答えながらも、ジェノスは端末へ何かを入力していた。フリーザは数秒だけその手元を見つめたものの、問い詰めたところで無駄だと判断して話を先へ進める。
「絶対書いていますよね?」
「気のせいだ」
「まあいいでしょう。それで、第六宇宙は?」
ジェノスは画面を切り替えた。
「大きな報告は二点。まず、新ナメック星との交易については今のところ非常に好調である」
「当然ですね」
「ホイポイカプセルによる省スペース化と、冷蔵・冷凍設備を組み合わせ、高速宇宙船で直接輸送する方式が予想以上に機能している。廃棄率も当初の予測より低く、遠距離輸送としては高い利益率を維持している」
フリーザは満足そうに頷いた。自分が目を付けた事業が数字として成果を出している時ほど、経営者になって良かったと思える瞬間はない。
「わたくしが考えたのですから、当然でしょう」
「正確には複数部署から提出された案を社長が採用したと記録されているが」
「細かいことはいいのです」
「記録上は重要だ」
「あなた、そういうところは本当に融通が利きませんね」
ジェノスは無表情だった。フリーザもそれ以上は追及せず、窓の外に見える巨大宇宙船へ一度視線を向ける。
「それにしても、カプセルコーポレーションほどの会社が、なぜこれまで本格的な宇宙間食品輸送へ乗り出さなかったのか不思議ですよ。ホイポイカプセルと冷凍技術があれば、少し考えるだけで思いつきそうなものですが」
「ブルマは金に困ってないからじゃないか? 宇宙船も必要ができるまで作らなかったみたいだし」
サイタマが漫画を読みながら何気なく言った。
フリーザは数秒だけ黙った。あまりにも単純な答えだったが、ブルマという人間を思い返せば妙に説得力がある。
「……それを言われると、非常に納得できますね」
「だろ?」
「何となく腹立たしいですが」
金を稼ぐ必要がないほど金を持っている企業ほど、本気で事業を拡大する理由も薄いらしい。その感覚は、宇宙規模で会社が広がっていく過程そのものを楽しみ始めたフリーザには少々理解しづらかった。
「それでもう一つは?」
「サイヤ人についてだ」
その瞬間、フリーザの表情が露骨に変わった。口元がゆっくり吊り上がり、先ほどまで商談報告を聞いていた時とは明らかに別種の興味が赤い瞳へ宿る。
「ほう」
少し離れた椅子で雑誌を眺めていたタツマキが、そこで顔を上げた。今日は訓練の予定もなく報告を聞き流していただけだったが、その笑い方には何度も見覚えがある。
「嫌な顔になった」
「失礼ですね」
「サイヤ人って聞いた瞬間だし」
アマイマスクも壁際のソファに座ったまま、呆れたようにフリーザを見ている。
「分かりやす過ぎるんだよ、君は」
「何のお話でしょう?」
フリーザは何も知らないような顔を作り、ジェノスへ向き直った。
「あの猿――いえ、サイヤ人の方々が何か?」
「今、猿って言わなかった?」
サイタマの視線が漫画から離れた。
「いえいえ。猿の方がまだマシです」
「もっと悪くなってるじゃねえか」
「なお悪いわよ」
サイタマとタツマキがほぼ同時に突っ込み、アマイマスクは額を押さえた。ジェノスだけは特に反応せず、端末を持ったまま待機している。
「会社の代表が取引先の種族を公然と侮辱するのはやめてくれないか」
「公然とは言っていませんよ」
「今、社員四人の前で言っただろう」
「社内です」
「そういう問題じゃない」
「皆さん細かいですねえ」
フリーザは肩をすくめた。反省している様子が欠片もないことだけは、全員に伝わっている。
「第六宇宙のサイヤ人の一部が、最近、宇宙海賊として活動しているという情報がある」
「宇宙海賊?」
サイタマが漫画を閉じた。
「何それ」
「宇宙船に乗って星々を荒らし回り、財宝や資源を奪う下品な連中のことですよ」
フリーザが答えた後、自分の言葉に何か思うところがあったのか、一瞬だけ黙った。その直後には、見る者を不安にさせる嫌な笑みがゆっくりと浮かび始める。
「何よ」
タツマキが先に気づいた。
「何がです?」
「今、自分で言ってから何か思ったでしょ」
アマイマスクも警戒するように目を細めた。
「またろくでもないことを考えている顔だな」
「心外ですね」
「その返しをする時は、だいたい当たってるのよ」
フリーザは椅子へ深く腰掛け、両手の指を組んだ。
「わたくしはただ、身内の問題すらろくに管理できない猿は、こちらできちんと管理して差し上げた方がいいのではないかと思っただけですよ」
タツマキが無言でフリーザを指差した。
「やっぱり猿って言ったじゃん」
「失礼。根が正直者ですので、つい」
その言葉を最後に、社長室が奇妙なほど静かになった。サイタマ、ジェノス、タツマキ、アマイマスクの四人が、ほとんど同じ無表情でフリーザを見ている。
「何です、その顔は?」
「いや」
サイタマが最初に口を開いた。
「自分で自分を正直者って言えるのすげえなと思って」
「先生、その評価には同意します」
「褒めてませんよね?」
「まったく」
タツマキはため息をついた。
「あんた、サイヤ人が絡むと人格の悪さが二割増しくらいになるわね」
「二割で済むのか?」
アマイマスクが真顔で聞いた。
「三割にしとく?」
「聞こえていますよ」
フリーザは不満そうに四人を見回したものの、すぐ表情を戻した。
「それで、その宇宙海賊について詳しい情報は?」
ジェノスが端末を確認する。
「現時点では断片的なようだ。サイヤ人勢力圏にある複数の惑星で略奪行為を行っていること、彼らが通過した後の惑星で環境が急激に悪化していること、そしてサダラ防衛隊を離れた一部の戦士が合流していることまでは確認されている」
「環境が悪化?」
「詳細は不明。ただし、森林や水源が短期間で枯渇した事例がある」
アマイマスクの表情から冗談めいた空気が消えた。単なる海賊行為ならともかく、惑星環境そのものが破壊されているとなれば、話は別である。
「単なる強盗ではなさそうだな」
「惑星規模で被害が発生している可能性がある」
タツマキも雑誌を閉じた。
「だったら放っておけないんじゃない?」
「もちろんです」
フリーザは即答した。
「我が社の商業圏にそんな連中がいるなど、非常に迷惑ですからね」
「そこなのかよ」
「重要でしょう?」
「まあ重要だけどさ」
サイタマは頭を掻いた。
「被害出てる人助けるとかじゃないんだ」
「結果として助かるのですから、同じですよ」
「違うと思うけど」
「細部です」
ジェノスは二人のやり取りを無視し、さらに情報を表示した。
「ただし、活動地域はサイヤ人の勢力圏内だ。現時点では、サダラ防衛隊が対応する可能性がある」
「なるほど」
フリーザの赤い瞳が細くなった。
「でしたら、いきなりこちらが動くのは少々無粋ですね」
「意外」
タツマキが言った。
「てっきり喜んで乗り込むと思ったのに」
「わたくしを何だと思っているのです?」
「サイヤ人に嫌がらせできるなら、仕事でも趣味でもやる奴」
「完全には否定できませんね」
「否定しなさいよ」
アマイマスクがため息をついた。
フリーザは端末に映る第六宇宙の星図を眺めながら、しばらく黙って考えた。サダラ防衛隊が自力で片づけるのであれば、それはそれで構わない。
だが、もし失敗したなら事情は変わる。フリーザ・コーポレーションが正式に介入するだけの、実に都合のいい理由が生まれるからだ。
サイヤ人が自分たちの勢力圏を管理できない。宇宙海賊が暴れ、一般市民にも被害が出ているのであれば、より大きな戦力と資本を持つ企業が治安維持を請け負うべきではないか。
理屈だけなら完璧だった。そして、その理屈を使えばサダラ防衛隊の仕事をさらにこちらへ移すこともできる。
「……また嫌な顔してる」
サイタマがぼそりと言った。
「何か思いついたわね」
タツマキも同意する。
「君が黙って笑っている時は、本当にろくなことにならない」
アマイマスクまで続いた。
「心外ですねえ」
フリーザはゆっくりと椅子から立ち上がった。
「ただ、いずれにしても、まずはサイヤ人の方々へ事情を聞く必要がありそうですね」
窓の外では、宇宙間航行船の巨大な船体にフリーザ・コーポレーションの社章が取り付けられている。その声だけを聞けば、取引先の窮状を気遣う経営者そのものだった。
しかし、振り返ったフリーザの顔には、取引先を心配している者とは到底思えない笑みが浮かんでいた。サイタマたち四人もそれを見た瞬間、誰一人として今の言葉を額面通りには受け取らなかった。
「絶対ろくな聞き方しねえだろ」
サイタマが言った。
「失礼ですね」
「惑星ごと脅したりしないでしょうね」
「タツマキさんまで」
「余計な外交問題を増やすなよ」
「アマイマスクさんまで?」
最後にジェノスが端末へ視線を落とした。
「フリーザ」
「何でしょう?」
「念のため、サダラ防衛隊との通信は全て記録する」
「……なぜです?」
「後日の証拠保全だ」
「あなたが一番ひどいですね」
誰一人としてジェノスを止めなかった。フリーザは呆れたように息を吐き、もう一度第六宇宙の星図へ目を向ける。
星図の中央には惑星サダラがあり、その周囲にはまだ小さな異変を示す報告がいくつも浮かんでいた。この時点では、フリーザもその海賊たちの戦力がどれほど異常なものなのかまでは把握していない。
当然、知らなかった。
サイヤ人の宇宙海賊が率いる一団の中に、自分が知るブロリーとはまったく別の存在がいることを。そしてその男もまた、伝説の超サイヤ人と呼ぶに相応しい力を秘めていることを。