フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
フリーザ・コーポレーション第六宇宙支社から届いた報告は、フリーザが予想していたものより少しだけ厄介だった。惑星サダラの防衛隊へ正式に問い合わせたところ、最近各地を荒らしているサイヤ人の宇宙海賊について、すでに向こうも独自に調査を進めていることまでは確認できた。
問題は、その調査に向かったらしい三人だった。キャベ、カリフラ、ケールの三人が惑星サダラから姿を消しており、防衛隊側でも現在地を把握できていないうえ、個人用の通信端末へ何度呼びかけても応答がない。
三人揃って連絡が途絶えているとなれば、単にどこかで遊び回っていると考えるには不自然だった。しかも時期が、サイヤ人の宇宙海賊による被害が拡大し始めた頃と重なっている。
「困りましたねえ」
本社の社長室で、フリーザは第六宇宙の星図を眺めながら頬杖をついた。サイヤ人そのものを心配しているわけではないが、こちらが調査しようとしていた事件と同時期に三人が消えた以上、無関係と決めつけるには材料が足りない。
「第六宇宙の事情に詳しそうな方と言えば、ヒットさんでしょうか」
フリーザは一度そう呟いたものの、すぐに首を振った。力の大会で共闘した経験はあっても、暗殺者と気軽に連絡先を交換した覚えなどなく、今から本人を探そうとすればそれだけで相当な手間がかかる。
シャンパに尋ねれば、ヒットの所在くらいは分かるかもしれない。しかし破壊神の星は通常の交通網から大きく外れており、今から使者を出して確認するのでは時間がかかりすぎる。
「何か別の方法は……」
椅子へ深く腰掛けたフリーザは、力の大会で見た光景を頭の中で辿った。第六宇宙の戦士たちの顔を思い出していくうちに、一人の少年の姿と、その少年が妙に慕っていた男が記憶へ引っかかる。
「そういえば」
フリーザの口元がゆっくりと吊り上がった。キャベは大会中、ずいぶんベジータへ懐いており、少なくともベジータの側も完全に無関心というわけではなかった。
「これは適任がいましたね」
その笑顔を見たジェノスは、何か面倒なことが始まると判断した。数分後、社長室で暇そうに漫画を読んでいたサイタマへ、フリーザから一つの頼み事が持ちかけられることになった。
◇
「断る」
カプセルコーポレーションの一室で、ベジータは話を最後まで聞くより早く言い切った。腕を組んで壁にもたれたまま、わざわざ来たサイタマへ視線すら向けようとしない。
「まだ全部言ってないけど」
「聞く必要はない。どうせフリーザの野郎が何か企んでいるんだろう」
「まあ、そこは否定できないけど」
「なら終わりだ」
サイタマは少し困った顔をした。頼まれた時点で簡単にはいかないと思っていたが、開始数秒で話そのものを終わらせようとされるとは思っていなかった。
「でもさ、キャベってやつ、連絡つかないらしいぞ」
ベジータの目が僅かに動いた。顔こそサイタマへ向けなかったものの、先ほどまでとは明らかに反応が違う。
「……何?」
「キャベと、カリフラとケール。三人ともいないって」
「どこへ行った」
「それが分かんないから聞きに来たんだよ」
サイタマは頭を掻きながら続けた。事情を細かく説明するのは得意ではないが、少なくともキャベたちが普通の状況ではないことくらいは伝わる。
「第六宇宙でサイヤ人の宇宙海賊が暴れてるらしくてさ。キャベたちもそいつら調べに行ったんじゃないかって話になってる」
ベジータはしばらく黙っていた。しかし表情が僅かに険しくなったことで、少なくとも完全に無関心ではないことは分かる。
「だから?」
「弟子の危機かもしれないぞ」
「誰が弟子だ!」
返事だけは早かった。先ほどまで一応保っていた平静が、一瞬で崩れる。
「違うの?」
「あいつが勝手に言ってるだけだ!」
「だいたい弟子ってそんなもんじゃね?」
「違う!」
サイタマには何が違うのかよく分からなかった。そこで深く追及することは諦め、とりあえず知り合いというところまで条件を下げることにする。
「まあ、弟子じゃなくても知り合いだろ。見に行かない?」
「そっちの宇宙の問題は、そっちで解決すべきだ」
ベジータは頑として首を縦に振らなかった。フリーザと同じ船に乗るという時点で、かなり気に入らないらしい。
「それに、貴様のところの社長様は第六宇宙じゃ大層な英雄なんだろう?」
「一応そうらしいな」
「ならフリーザにやらせろ。あいつは今や宇宙を救う立派な正義の味方なんだろ?」
言葉の端々に、棘というより釘が何本も刺さっている。サイタマはそこへ触れない方がいいと判断し、別の方向から説得を試みた。
「でも、サダラじゃフリーザの会社、商売敵みたいなんだよな。あんまり歓迎されないかも」
「いい気味だぜ」
ベジータの口元が僅かに吊り上がった。どうやらその部分だけは純粋に愉快らしい。
「人の仕事を奪って調子に乗っているからだ」
「行ってやればいいじゃない」
別の声が横から入った。ソファに座っていた十八号が、雑誌から顔を上げている。
「弟子なんだろ?」
「違うと言っている!」
「じゃあ知り合い」
「お前には関係ない」
「そう?」
十八号は特に気分を害した様子もなく、また雑誌へ目を落とした。興味がないように見せながら、言うべきことだけはきっちり言う。
「行きたくないなら別にいいけどさ。後で『やっぱり行けばよかった』って言うのは格好悪いよ」
「言わん!」
「そうかい」
その時、部屋の入口から別の足音が聞こえてきた。ベジータが嫌な予感を覚えて顔を向けると、そこには腕を組んだピッコロが立っている。
「ベジータ」
「今度は何だ」
「……俺からも頼む」
言いながら、ピッコロは妙に居心地の悪そうな顔をしていた。普段なら他人へ頭を下げるような性格ではないだけに、ベジータも思わず眉を寄せる。
「何だ、その顔は」
「好きでやってると思うか?」
「だったら頼むな」
「そういうわけにもいかん」
ピッコロは明らかに不本意そうに息を吐いた。フリーザへ借りを作った事実そのものが、いまだに気に食わないらしい。
「フリーザから『ベジータさんを説得しなさい』と言われている」
ベジータの顔が引きつった。頼み方からして、ピッコロ自身の意志ではないことだけはよく伝わる。
「断れ」
「断りたい」
「なら断れ!」
「新ナメック星を救ってもらった」
その一言で、ベジータが止まった。ピッコロもそこを突くのが嫌だったのか、少しだけ顔をしかめる。
「今は復興まで手伝ってもらっている。建物の再建、物資輸送、農地の修復までだ。あいつが何を考えているかは別として、こっちは借りがある」
「……チッ」
「本来なら俺だって、お前にフリーザの手伝いをしろなんて言いたくない」
「なら言うな」
「だから言いたくないと言っている」
二人が睨み合ったところで、さらに部屋の奥からブルマが顔を出した。どうやらかなり前から話を聞いていたらしく、呆れたように腰へ手を当てている。
「行ってあげなさいよ、ベジータ」
「ブルマまで何を言ってやがる!」
「別にフリーザを助けに行くわけじゃないでしょ?」
「同じ宇宙船に乗って、同じ場所へ行けば同じだ!」
「全然違うわよ」
ブルマは即座に否定した。ベジータが何に引っかかっているのか理解した上で、逃げ道を一つ作ってやる。
「あんたはフリーザの手伝いをするんじゃなくて、キャベの様子を見に行く。それでいいじゃない」
「だがな!」
「あの子、あんたのこと結構慕ってたじゃない。何かあってからじゃ遅いわよ」
ベジータは言葉を詰まらせた。キャベに対して特別な情を持っていると認めるのは癪だが、少なくとも目をかけていたのは事実だった。
それでも素直に頷くには、まだ意地が邪魔をする。ベジータは腕を組み直し、最後の抵抗を試みた。
「俺には関係ない。あいつもサイヤ人なら、自分の身くらい自分で――」
「パパ、どうしたの?」
幼い声が飛んできた。全員が振り返ると、廊下からトランクスがきょとんとした表情で顔を覗かせている。
「何でもない。お前は向こうへ行っていろ」
「パパ、どこか行くの?」
「行かん!」
「行くんだよ」
十八号が即座に答えた。ベジータが振り返った時には、もう遅い。
「おい!」
「パパはね、これから他の宇宙へ行って、悪い奴をやっつけてくるんだよ」
トランクスの目が一気に輝いた。幼い少年にとっては、父親が別宇宙へ悪者退治に行くなど、最高に分かりやすい英雄譚である。
「ほんと!?」
「十八号!」
「わるいやつをやっつけて、宇宙の平和を守ってくるんだ」
「パパ、ほんと!? 宇宙の平和を守ってくるの!?」
「いや、俺は――」
十八号はトランクスの肩へ手を置き、いかにも子供へ言い聞かせるような優しい声を出した。声だけ聞けば、悪意など欠片もない。
「本当だよ。パパはとーっても強い、正義のサイヤ人だからね」
「すげー!」
トランクスは満面の笑みを浮かべた。父親を見る目には、疑いようのない尊敬が宿っている。
「パパ、がんばって!」
「……」
ベジータは黙った。十八号はトランクスの後ろから、実に楽しそうな笑みを浮かべている。
ブルマも笑っていた。ピッコロは口元が緩みそうになるのを隠すように顔を逸らし、サイタマだけは何となく手を叩く。
「頑張れ、パパ」
「貴様まで乗るな!」
もはや逃げ道はなかった。ここで「行かない」と言えば、息子の前で宇宙の平和を見捨てる父親という構図が完成してしまう。
そんなつもりは毛頭ないのに、気づけば話の形だけが完全に出来上がっていた。ベジータは額へ青筋を浮かべながら、十八号を睨む。
「貴様……」
「何?」
「覚えてやがれ」
「怖いねえ」
十八号はまったく怖がっていなかった。ベジータは大きく舌打ちし、腕を組み直す。
「仕方ない。行ってやる」
「やった!」
トランクスが喜んだ。ベジータはその声に一瞬だけ口元を緩めかけたが、すぐに表情を引き締める。
「ただし!」
ベジータが全員を睨む。
「勘違いするなよ。俺はフリーザの野郎を手伝うんじゃない。キャベの様子を見に行くだけだ」
「はいはい」
ブルマが苦笑する。意地を張っている理由も、それでも結局行く理由も、長い付き合いの彼女には全部分かっていた。
「本当に素直じゃないんだから」
「うるさい!」
話がまとまったところで、十八号は何事もなかったように雑誌へ目を戻した。ただしテーブルの陰では、誰にも見えないよう端末を取り出している。
『懐柔成功』
宛先はフリーザだった。送信してから三秒もしないうちに端末が震え、画面へ新たな通知が表示される。
『入金通知』
十八号の個人口座へ、かなりの額が振り込まれていた。金額を確認した十八号は、ほんの僅かに口元を吊り上げる。
「ちょろいね」
「何か言ったか?」
「何でもないよ」
ベジータは最後まで気づかなかった。十八号は何食わぬ顔で雑誌の続きを読み始める。
◇
その日の午後、フリーザ・コーポレーション本社前には、巨大な宇宙船が出発を待っていた。宇宙間航路開設用の新造船とは別の、すでに実績のある長距離高速船ではあるものの、通常の星間航行船とは比較にならないほど大きい。
乗船口の前にはフリーザ、サイタマ、ジェノス、タツマキ、アマイマスクが揃っていた。全員がそれぞれ必要最低限の準備を終えており、後は最後の一人が姿を見せるのを待つだけである。
「来たぞ」
サイタマが前方へ視線を向けた。その先では、見るからに機嫌の悪そうなベジータが敷地の向こうから歩いてくる。
ベジータが近づくほど、フリーザの笑顔は明るくなっていった。それが歓迎の笑みではないことくらい、周囲の全員が理解している。
「ベジータさん、よく来ていただけました」
フリーザは一歩前へ出た。言葉そのものは礼儀正しいのに、顔にはどう見ても嫌な笑みが浮かんでいる。
「貴様……その顔をやめろ」
「何のことでしょう?」
フリーザは右手を差し出した。
「せっかくですから、出発前に握手でも」
「誰が貴様なんかと――」
「ほっほっほ。まだ、わたしのことがそんなに怖いのですか?」
空気が一瞬で変わった。ベジータの額へ青筋が浮かび、身体から青白い気が噴き上がる。
「なんだと……!」
地面が震え、足元の小石がふわりと浮き上がった。フリーザはそれを見ても一歩も引かず、むしろ楽しそうに笑みを深める。
「おやおや」
「もう一度言ってみろ、フリーザ!」
「ベジータさんが怖がっていらっしゃるようでしたので――」
「誰が怖がっている!」
ベジータの気がさらに膨れ上がった。出発前だというのに、このままでは本当に戦闘が始まりかねない。
「まあまあ」
サイタマが二人の間へ入った。
「出発前に船壊すのやめようぜ」
「貴様は引っ込んでいろ!」
「俺の船じゃないけど、壊れたらまた待つことになるし」
「ぐ…!」
フリーザは相変わらず楽しそうだった。明らかに自分から煽ったにもかかわらず、完全に他人事の顔をしている。
「相変わらず元気ですねえ」
「貴様が煽るからだろう!」
タツマキが横から怒鳴った。すでに出発前から面倒事へ巻き込まれたことが気に食わないらしい。
「出発するだけなのに何で喧嘩始めてんのよ!」
アマイマスクも呆れたように額へ手を当てた。
「君は人間関係を悪化させることに関してだけは、本当に才能があるな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めていない」
サイタマはまだ少し苛立っているベジータへ顔を向けた。いつもの気の抜けた声ではあったが、言葉そのものには妙な確かさがある。
「まあさ」
「何だ」
「何もないのが一番だけど」
サイタマの表情から、少しだけ軽さが消えた。
「何かあっても、キャベたちは必ず助ける」
ベジータはサイタマを見た。相手がどれほど強いのか、自分自身が一番よく知っている。
数秒の沈黙の後、ベジータは鼻を鳴らした。噴き上がっていた気も、それに合わせて静かに消えていく。
「……フン」
ベジータはフリーザが差し出したままの手を一瞥した。当然、それを取るつもりなど微塵もなかった。
そのまま横を素通りし、宇宙船の乗船口へ向かう。振り返ることもなく、短く言い捨てた。
「さっさと行くぞ」
「握手はされないのですか?」
「するか!」
ベジータは船内へ消えていった。フリーザはしばらく差し出した右手を眺めた後、何故か楽しそうに肩をすくめる。
「これはまた、ずいぶんと嫌われたものですね」
「嫌われたんじゃない」
アマイマスクが即座に訂正した。
「多分、ずっと嫌われている」
「同じことでは?」
「全然違うわよ」
タツマキも呆れたように腕を組んだ。フリーザが本気で分かっていない可能性を考えると、それもまた腹立たしい。
「あんた、あいつの故郷を星ごと滅ぼしたんでしょ?」
「一度だけです」
「しかもその後殺してるんでしょ?」
「一度だけですよ」
「回数の問題じゃないわよ!」
ジェノスも静かに頷いた。事実関係だけを整理すれば、ベジータの反応の方が遥かに合理的である。
「タツマキの指摘は妥当だ。故郷と同族を滅ぼし、さらに自分を殺害した相手へ好意を持てという方が無理がある」
「ジェノスさんまで?」
「事実を述べただけだ」
フリーザは周囲を見回し、心底不満そうな顔をした。以前なら誰もここまで気軽に自分へ口を挟むことなどなかっただけに、最近の社内環境には色々と思うところがある。
「最近の皆さん、わたくしの扱いが少々雑ではありませんか? これでも社長なのですが」
「知ってる」
サイタマが言った。
「知ってるわよ」
タツマキも続いた。
「承知している」
アマイマスクも淡々と答える。
「認識している」
最後にジェノスまで頷いた。誰一人として、社長だから扱いを改める必要があるとは思っていないらしい。
それだけ言うと、四人は示し合わせたわけでもないのに次々と宇宙船へ乗り込んでいった。残されたフリーザだけが、数秒ほど乗船口を眺めてから小さく肩をすくめる。
「本当に扱いが雑ですねえ」
文句を言いながらも、その表情はどこか楽しそうだった。フリーザも最後に船内へ入ると、ほどなくして乗船口がゆっくりと閉じていく。
巨大な船体の各部へ光が灯り、重低音とともに反重力機構が作動した。フリーザ・コーポレーションの高速宇宙船はゆっくりと地上から浮かび上がり、そのまま上空へ向けて加速を始める。
目的地は第六宇宙、惑星サダラ。そして、その先で消息を絶った三人のサイヤ人だった。
この時点では、フリーザたちの誰も知らなかった。キャベたちが追った宇宙海賊の中に、ベジータですら知らない一人のサイヤ人がいることを。
そして、その男が持つ力が第六宇宙のサイヤ人だけではなく、フリーザたちまで巻き込むほどの戦いを呼び起こそうとしていることを、まだ誰も知る由はなかった。