フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
惑星サダラへ向かう高速宇宙船は、すでに第七宇宙を抜け、第六宇宙の航路へ入っていた。船内にはフリーザ、サイタマ、ジェノス、タツマキ、アマイマスク、そして最後まで不機嫌そうな顔を崩さないベジータが揃っている。
窓の外を流れていく星々を眺めていたベジータは、やがて腕を組んだままフリーザへ顔を向けた。わざわざ自分まで連れ出しておきながら、肝心の目的についてフリーザがほとんど説明していないことが気に食わなかったらしい。
「おい、フリーザ」
「何でしょう?」
「貴様、いったい何が目的だ」
フリーザは座席へ深く腰掛けたまま、いかにも不思議そうな顔を作った。質問されること自体は予想していたらしく、その態度には動揺らしいものが一切ない。
「目的も何も、第六宇宙の治安維持ですよ」
「……」
「最近、サイヤ人の宇宙海賊が好き勝手に暴れているのでしょう? そんな勢力を放置していては、おちおち商売もできません」
フリーザは端末を操作し、第六宇宙に広がる複数の商業航路を表示した。フリーザ・コーポレーションが現在利用しているものだけでも相当な数があり、その中には惑星サダラの勢力圏を横切る航路も含まれている。
「ターレスとかいう男を捕らえれば、少なくとも今より航路の安全性は上がるでしょう。物流が安定すれば新しい取引先も増やせますし、惑星サダラと正式に協力できれば、さらに多くの航路を開拓できます」
「それだけか?」
ベジータは一切納得していない顔で聞き返した。フリーザが純粋に治安維持だけを目的として動くなど、これまでの付き合いを考えれば信じろという方が無理だった。
「それだけですよ」
「貴様が?」
「失礼ですねえ」
フリーザは肩をすくめた。疑われることまで含めて楽しんでいるようにしか見えない。
「わたくしは今や立派な経営者なのですよ。宇宙の治安が良くなり、物流が活発になれば、人々の生活水準も上がる。当然、人間レベルの向上にも繋がります」
「人間レベルだと?」
「ええ。この第六宇宙についてはシャンパ様から、第七宇宙についてはビルス様から、それぞれ似たようなことを頼まれておりますので」
そこでフリーザは少しだけ笑った。破壊神二人から仕事を頼まれているという事実そのものが、彼にとってはなかなか愉快らしい。
「もっとも、ビルス様が気にしているのは第七宇宙ですがね」
ベジータはフリーザの顔をじっと見た。言っていることだけを聞けば筋は通っており、会社の利益と破壊神から課せられた目的も矛盾していない。
だからこそ怪しかった。昔から知っているフリーザという男が、純粋に「宇宙のため」だけで動くなど到底考えられない。
「フン」
ベジータはそれ以上聞くのをやめた。どうせ問い詰めたところで、本当に隠している部分を素直に話すはずがなく、妙な素振りを見せた時にその場でぶっ飛ばす方がよほど早い。
フリーザも、ベジータが完全には信用していないことくらい理解していた。それでも表情を変えず、端末へ表示された惑星サダラの情報を眺め続ける。
もちろん、今ベジータへ説明した内容は嘘ではない。宇宙海賊が商業航路を荒らすのは実際に困るし、サダラ防衛隊との協力関係が成立すれば事業拡大にも有利になる。
ただし、それが全てではなかった。今回の騒動は、フリーザから見れば実に都合がいい。
サイヤ人同士の問題をサイヤ人自身で処理できず、惑星サダラの治安維持能力に疑問が生じれば、フリーザ・コーポレーションが正式に介入する理由になる。防衛隊の任務を肩代わりするだけでもいいし、共同組織を作るのもいい。
予算や装備をこちらから提供し、その見返りに指揮系統へ入り込む方法もある。そして最終的には、サダラ防衛隊そのものを自分の支配下へ置けばいい。
かつて第七宇宙でサイヤ人を使っていた頃のように。
今となっては超サイヤ人の伝説など、恐れる理由にもならなかった。孫悟空、ベジータ、ブロリー、そして自分自身が辿り着いた領域を考えれば、「伝説」という言葉そのものに以前ほどの価値はない。
むしろ、使えるものなら使えばいい。第六宇宙のサイヤ人は基本的に規律正しく、戦闘力も高いため、防衛隊を傘下へ入れられれば警備、護衛、危険地域への派遣など用途はいくらでもある。
気に入らない者がいれば、どこぞの危険な星へ送り込んでもいい。場合によっては、その星ごと消してしまえばいいのだから、以前よりずっと効率的だった。
「何笑ってんの?」
向かいに座っていたタツマキが怪訝そうな顔をした。
「いえ、何でもありませんよ」
「絶対ろくでもないこと考えてたでしょ」
「人聞きが悪いですねえ」
サイタマも漫画から顔を上げた。フリーザが黙って笑っている時には、だいたい何か良くないことを考えていると最近は学習している。
「フリーザがそういう顔してる時って、大体なんか悪いこと考えてるよな」
「サイタマさんまで?」
「統計的にもその傾向は高い」
ジェノスまで真顔で補足した。フリーザは周囲を見回したものの、自分を擁護する者が一人もいないことだけを確認する。
「皆さん最近、本当にわたくしの信用がありませんね」
「最初からじゃない?」
タツマキの一言に、誰も反論しなかった。フリーザだけが少し不満そうな顔をしたものの、それ以上は何も言わなかった。
◇
それからほどなくして、高速宇宙船は惑星サダラの大気圏へ進入した。船体の揺れはほとんどなく、通常の宇宙船なら相応の時間が必要な距離を、驚くほど短時間で移動している。
「ほんとに速いな」
サイタマが窓の外へ広がる景色を見ながら感心した。何度もフリーザ・コーポレーションの宇宙船には乗っているが、改修のたびに露骨に性能が上がっている。
「前よりまた速くなってない?」
「推進機関を更新しました」
ジェノスが即座に答える。
「メタルナイトの技術とカプセルコーポレーションの制御系を組み合わせ、巡航速度を以前より約二割向上させています」
「へえ」
「先生が快適に移動できるよう、慣性制御も強化されています」
「俺のためじゃないだろ」
「結果的には先生のためにもなっています」
「そうか」
サイタマは深く考えるのをやめた。快適ならそれでいいという結論に達したらしい。
やがて眼下に、惑星サダラの都市が見えてくる。第七宇宙のかつての惑星ベジータとはまるで違い、整備された街路、緑の多い市街地、規則正しく並ぶ建物が遠くまで続いていた。
ベジータも窓の外を見ていた。同じサイヤ人が暮らす星でありながら、自分が知っていたサイヤ人の社会とはまるで違う。
それでも、どこか胸の奥へ引っかかるものがあった。失われた故郷とは何もかも違うはずなのに、「サイヤ人の星」という一点だけが妙に意識へ残る。
「それで、どうする」
ベジータが視線を外さないまま聞いた。
「まずは防衛隊へ行きましょう」
フリーザが端末を操作すると、数秒後には全員の端末へ惑星サダラの地図が送られてきた。市街地の一角に、防衛隊本部と思われる施設が赤く表示されている。
「こちらです。キャベさんたちの行き先が分かるとすれば、まずここでしょう」
「なら、さっさと行くぞ」
宇宙船が着陸すると、ベジータは誰よりも先に立ち上がった。本人は否定するだろうが、キャベの安否をかなり気にしていることは誰の目にも明らかだった。
フリーザはその背中を眺めながら、小さく笑う。
「ずいぶん熱心ですねえ」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も」
それ以上からかえば本当に殴られそうだったので、フリーザも今回は黙って後へ続いた。サイタマたちもそれぞれ立ち上がり、一行は宇宙船を降りて防衛隊本部へ向かった。
◇
惑星サダラの防衛隊本部は、市街地の中心部から少し外れた場所にあった。軍事施設ではあるものの威圧的な造りではなく、出入りする隊員たちも一般市民へ普通に挨拶を交わしている。
そこへフリーザたちが現れると、周囲の空気が少しだけ変わった。露骨な敵意ではないものの、防衛隊員たちの視線には複雑な感情が混じっている。
「あれ……」
「フリーザ……?」
「本当に来たのか?」
防衛隊員たちは何とも言えない微妙な表情でフリーザを見ていた。第六宇宙において彼は英雄として知られ始めている一方、その会社が防衛隊の仕事を次々と奪っていることもまた事実だった。
「どうも。お仕事中に失礼いたします」
フリーザはそんな視線など気にせず、いつもの営業用の笑顔を浮かべた。しかし返事はどこか歯切れが悪く、歓迎されているとは言い難い。
ところが、一人の隊員がフリーザの後ろへ視線を向けた瞬間、状況が一変した。目を見開いた隊員は、隣にいた仲間の肩を慌てて叩く。
「……え?」
「まさか」
次の瞬間、表情が一気に明るくなった。
「ベジータさん!?」
周囲にいた隊員たちが一斉に振り返った。フリーザに向けられていた微妙な視線とは比較にならないほど、露骨な歓迎だった。
「本物だ!」
「キャベから話は聞いてます!」
「あいつの師匠なんですよね!?」
ベジータの眉間に、一瞬で深い皺が寄った。いったいキャベがどれほど周囲へ自分の話をしていたのか、想像するだけで頭が痛くなる。
「違う」
「やっぱり来てくれたんですね!」
「違うと言っている!」
何度否定しても聞いていない。隊員たちの中では、すでにキャベとベジータが立派な師弟として認識されているらしい。
「やっぱ弟子じゃん」
サイタマが横から小さく呟いた。
「黙れ!」
「ずいぶん慕われてるじゃない」
タツマキも少し笑っていた。
「貴様らまで余計なことを言うな!」
そのやり取りを見ていた防衛隊員たちも最初は笑っていた。しかし、すぐにその中の一人が何かを思い出したように表情を変える。
「そうだ……!」
隊員は人垣を押し分け、ベジータの前へ歩み出た。先ほどまでの明るい顔は完全に消え、代わりに切迫した表情を浮かべている。
「ベジータさん!」
「何だ」
「キャベのところへ行ってください!」
声の調子が変わったことで、一行も自然と静かになった。ベジータの表情からも、先ほどまでの苛立ちはすぐに消える。
「どういうことだ」
隊員は一度息を整えた後、急いで端末を取り出した。
「キャベたちは数日前、ある辺境の惑星へ向かいました」
「何をしに行った」
「最近問題になっている宇宙海賊、ターレスの調査です」
フリーザの赤い瞳が細くなる。予想していたとはいえ、三人の失踪とターレスが実際に繋がったことで状況の深刻さが一段上がった。
「やはり、その件でしたか」
「はい。ターレス本人の目撃情報があったため、キャベ、カリフラ、ケールの三人が現地確認へ向かいました」
「それで連絡が切れたのか?」
ジェノスが聞く。
「そうです。出発直後までは通常通り通信できていました。でも、目的地へ近づいた頃から通信状態がおかしくなり、今は完全に繋がりません」
「救援隊は?」
アマイマスクが尋ねる。
「出しました。ただ、その船も途中から通信が不安定になっています」
一同の空気が一気に重くなった。単なる通信障害ではなく、何者かが意図的に外部との接触を遮断している可能性まで考えるべき状況だった。
「場所は?」
ベジータの声が低くなる。
防衛隊員は一瞬迷った。本来なら外部の人間へ軽々しく明かせる情報ではないらしい。
「本来なら、ここから先は防衛隊内部の機密です」
「なら何で俺に話した」
「キャベから頼まれていたからです」
ベジータの目が動いた。キャベ本人の名前が出た瞬間、それまでよりさらに真剣な顔になる。
「何?」
「今回の調査へ出発する前に、あいつが言っていました」
隊員は少しだけ苦い顔をした。
「『もし自分に万が一のことがあって、ベジータさんがサダラへ来ることがあったら、この件を伝えてほしい』って」
ベジータは何も言わなかった。周囲の者たちも、今度ばかりは師弟だ何だと茶化す気にはならない。
「もちろん、今がその『万が一』なのかどうかは分かりません。でも、ここまで連絡が取れないのは初めてです」
隊員は端末を差し出した。画面には、サダラからかなり離れた辺境宙域と、その中に浮かぶ一つの惑星が表示されている。
「お願いします。キャベたちを見つけてください」
ベジータは表示された座標を一度見ただけで、すぐフリーザへ振り返った。迷いらしいものは一切なかった。
「フリーザ」
「はい?」
「出発するぞ」
返事は即答だった。
フリーザは思わず笑みを浮かべる。
「これはまた、美しい師弟愛ですねえ」
ベジータは何も返さなかった。普段なら即座に否定しているところだが、今はそんなやり取りをしている時間すら惜しいらしい。
「さっさとしろ」
それだけ言うと、もう宇宙船へ向かって歩き始める。
フリーザは少し拍子抜けしたように眉を上げた。
「おや。今日は反論なさらないのですね」
「今はそれどころじゃないんでしょ」
タツマキが言った。
「空気読みなさいよ」
「わたくしとしては、少しくらい反応していただきたかったのですが」
「本当に性格悪いな」
サイタマがぼそりと呟いた。フリーザは聞こえなかったことにして、ベジータの後を追った。
◇
同じ頃、キャベたちはすでにターレスの核心へかなり近づいていた。少なくとも、自分たちではそう思っていた。
最初の手掛かりは、複数の惑星で確認されたターレス一味の目撃情報だった。そこから過去の被害地域、移動に使われた航路、そしてこれまで狙われた惑星の環境条件を照合し、次の標的になりそうな星を絞り込んでいった。
その推測自体は、ほとんど正しかった。問題は、ターレスもまた、自分たちが追跡されることを最初から予想していたことである。
「悪くなかったぜ」
荒れ果てた大地の上で、ターレスが笑っていた。足元には倒れたサイヤ人たちが何人も転がり、離れた場所ではカリフラとケールも別々の方向へ追い込まれている。
互いの気配を感じることはできる。だが、すぐに合流できる状況ではなかった。
「何が……」
キャベは片膝をつきながら、荒い息を吐いた。口の中には鉄の味が広がり、すでに何度も強烈な攻撃を受けている。
「何が悪くなかったって……!」
「お前らの読みだよ」
ターレスは余裕のある足取りで近づいてくる。
「俺が次にどこを狙うか、よく考えたじゃねえか」
「なら……!」
「ただな」
ターレスの笑みが深くなった。
「考えてたのは、お前らだけじゃない」
キャベの表情が固まった。ターレスの余裕には、単純な戦闘力だけでは説明できない何かがある。
「俺の組織も、ここ数年で結構いい感じになったんだ」
ターレスは両腕を軽く広げた。
「同じ目的を持つ仲間が増えた。宇宙船も手に入れた。金も武器もある」
そこで一度言葉を切り、楽しそうにキャベの顔を見る。
「惑星サダラに残ってる連中もな」
「何……?」
「俺の構成員だよ」
キャベの目が見開かれた。自分たちが守っているはずの惑星サダラそのものへ、すでにターレスの手が伸びていたことになる。
「まさか……!」
「防衛隊の仕事が減って不満を持ってる奴。強いのに評価されねえって腐ってる奴。自由に生きたいって奴」
ターレスは楽しそうに指を折っていく。
「そういう連中を拾ってやった」
「サダラの中に……まだ仲間がいるのか」
「いるぜ」
ターレスは悪びれなかった。むしろ、自分が作り上げた組織の完成度を誇るように胸を張る。
「だから、お前らが俺を探し始めたことも、かなり早い段階で分かってた」
キャベの背中へ冷たいものが走った。これまでの行動が最初から向こうへ筒抜けだった可能性に、ようやく気づく。
「追ってくる奴がいるなら、俺が待ってりゃいい」
ターレスが一歩近づく。
「わざわざ探し回る必要もねえ」
さらに一歩近づき、距離が少しずつ縮まっていく。
「同じサイヤ人なら、なおさらだ。俺の邪魔をする可能性がある奴は、早めに始末しといた方がいい」
キャベは歯を食いしばった。そこで初めて、自分たちがターレスを追い詰めたのではなく、最初から誘導されていたのだと理解した。
失敗だった。
一つ目の失敗は、ターレスという男を単なる宇宙海賊だと思っていたことだった。実際には違い、すでに組織と情報網を持ち、惑星サダラ内部にまで協力者を潜ませている。
追跡者の情報を事前に掴み、こちらが動く前から対策を用意できる程度には、組織として完成されていた。そして彼らは、情報を得るだけではなく実際の妨害工作まで行っている。
キャベたちがこの惑星へ接近した時点で、外部との通信回線はハッキングによって切断された。宇宙船の航行装置にも妨害が入り、離陸不能へ追い込まれている。
さらに複数の敵を使って三人を別方向へ誘導し、それぞれを孤立させた。広大な宇宙の中にある、さらに広大な一つの惑星で、キャベ、カリフラ、ケールは完全に分断されている。
それだけでも、十分に致命的な失敗だった。
しかし、キャベにはもう一つ、それ以上に大きな誤算があった。
「考え事か?」
ターレスの声が近くから聞こえた。キャベが反射的に顔を上げた時には、先ほどまで数メートル先にいたはずの男が、すでに目の前まで踏み込んでいる。
「――っ!」
「遅えよ」
ターレスの拳が、キャベの腹部へ深々とめり込んだ。
「がっ――!」
キャベの身体がくの字に折れ、その口から大量の血が飛び出した。息を吸おうとしても肺が動かず、腹部から全身へ広がる衝撃のせいで足にも力が入らない。
「ぐはっ!」
次の瞬間、キャベの身体は勢いよく吹き飛ばされた。何度も地面を跳ね、岩を砕きながら転がった末に、数十メートル離れた場所でようやく止まる。
「どうした?」
ターレスはゆっくりと近づいてくる。走る必要すらないとでも言うような歩き方が、今の両者の差を何よりはっきり示していた。
「サダラ防衛隊ってのは、この程度か?」
キャベは震える腕を地面へつき、何とか立ち上がろうとした。身体は命令をほとんど聞かず、それでも倒れたままでいるわけにはいかないと歯を食いしばる。
その時になって、ようやくキャベは二つ目の失敗を完全に理解した。
最大の過ちは、情報網を読み違えたことではない。
罠へ飛び込んだことでもない。
もっと単純で、もっと致命的なものだった。
ターレス本人の力が、自分の想像を遥かに超えている。
ただ、それだけだった。