フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~   作:&劉

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第五話 サイヤ人本来の姿

 

 

 キャベが示した方角からは、今も異様な気が断続的に膨れ上がっていた。カリフラとケールの身に何かが起きていることは間違いなかったが、まずは目の前で満身創痍になっているキャベを安全な場所へ運ばなければならない。

 

「ジェノス。キャベを船まで連れて行けるか?」

 

 サイタマが尋ねると、ジェノスはキャベの身体を支えたまま即座に頷いた。右脚の状態を確認した視線が、続いて腹部へ移る。

 

「可能です。ただし右脚と腹部の損傷が大きい。移動中に戦闘へ巻き込まれれば危険です」

 

「だったら道を作ればいいんでしょ」

 

 アマイマスクが周囲を見回した。ターレスの号令を受けたサイヤ人や異星人たちはすでに包囲を狭めており、宇宙船へ戻る経路にも十数人が立ちはだかっている。

 

「僕が先頭を行く。船までの進路を開ける」

 

「俺はキャベを運びます」

 

「じゃあ俺は、邪魔してくる奴をどかす」

 

 サイタマが拳を軽く握ると、タツマキは宙へ浮かびながら鼻を鳴らした。敵の数そのものにはまったく興味がないらしく、視線は包囲の外縁をなぞっている。

 

「だったら私は、そいつらを近づけさせなきゃいいのね」

 

 自然と全員の視線が最後に残ったフリーザへ向いた。フリーザは一瞬だけ自分を指差し、それから周囲を見回して笑う。

 

「では、残りはわたくしが片づけましょう」

 

「その言い方が一番不安なんだけど」

 

 タツマキが嫌そうな顔をしたが、フリーザは聞かなかったことにした。少し離れた荒野では、ベジータとターレスの戦いが続いている。

 

 超サイヤ人となったベジータが僅かに優勢で、拳を交えるたびにターレスを少しずつ後退させていた。ベジータの右拳をターレスが両腕で防ぎ、そのまま十数メートル後方へ滑る。

 

「どうした。口ほどでもないな」

 

「そう焦るなよ」

 

 追撃の蹴りを身を沈めてかわしたターレスは、腹部へ拳を返した。ベジータはそれを膝で止め、至近距離からさらに拳を打ち込む。

 

「楽しみは長い方がいいだろ?」

 

「フン」

 

 ターレスは押されているにもかかわらず、まだ笑っていた。額に汗すら浮かべず、むしろベジータの力を確かめるように一撃一撃を受けている。

 

 ベジータもその余裕には気づいていた。目の前の男は追い詰められているのではなく、まだ何かを隠したまま戦っている。

 

「まだ何かありそうだな」

 

 サイタマが言うと、フリーザも小さく頷いた。少なくとも、今のベジータならその程度のことを見落とす心配はない。

 

「ええ。ですが、ベジータさんも分かっているでしょう。あちらは任せておけばいい」

 

 そう言いながら、フリーザは自分へ向かってくる男たちへ視線を戻した。ターレスの配下はすでに百人近くまで増え、周囲の岩場や森林から次々と姿を現している。

 

 サイヤ人もいれば、異星人もいる。武器を持った者、身体を機械化した者、明らかに犯罪組織の構成員らしい者まで混じっていた。

 

 フリーザはその光景を眺めながら、妙に懐かしい気分になった。彼らは宇宙各地で略奪を行い、神精樹によって惑星そのものを枯らし、人々を殺してきた連中である。

 

 誰かに操られているわけでもなければ、事情を知らず利用されているわけでもない。自分の意思で奪い、殺し、それを楽しんできた救いようのない者ばかりだった。

 

 そして何より素晴らしいのは、そんな連中を処分すれば被害者から感謝され、フリーザ・コーポレーションの評判まで上がるということだった。悪党を殺して自分の利益まで増えるなど、今のフリーザにとっては珍しいほど都合のいい状況である。

 

 実に久しぶりだった。どこから見ても、誰に聞いても、どんな理由をつけても、命を奪うことを遠慮する必要のない相手だった。

 

「ほっほっほっほっ……」

 

 低く始まった笑い声が、次第に大きくなっていく。目の前にいた異星人の一人が不審そうに眉をひそめた時には、すでにフリーザの両手の人差し指が持ち上がっていた。

 

「何がおかし――」

 

 二本の細い光が走り、男の言葉が途中で止まった。しかし、撃ち抜かれた場所は額でも心臓でもなく、右肩と脇腹だった。

 

「ぎっ……!?」

 

 男はその場へ崩れ落ちたが、すぐには死ななかった。傷口から侵入した気が神経と臓器を焼き、身体を痙攣させながら地面を転げ回る。

 

「安心してください。急所は避けてありますよ」

 

 フリーザは優雅に指を動かした。次の瞬間にはさらに十数本のデスビームが放たれ、肩、腹部、脚の付け根、肺の端など、すぐには命を失わない箇所ばかりを正確に撃ち抜いていく。

 

「ぐあああっ!」

 

「助け――!」

 

「痛ぇ! 何だこれ!」

 

 荒野の各所で悲鳴が重なった。フリーザはその反応を聞きながら、心底楽しそうに笑っている。

 

「フリーザ、遊ぶな」

 

 ジェノスが冷静に言った。敵を倒すという目的だけを考えるなら、明らかに不必要な手順が増えている。

 

「遊んでなどいませんよ」

 

「明らかに殺傷効率を落としている」

 

「たまには過程を楽しんでもいいでしょう?」

 

 その言葉を聞いて激昂した大柄なサイヤ人が、フリーザへ真正面から突っ込んできた。拳へ気を集中させ、叫び声とともに顔面を狙う。

 

「調子に乗るなァ!」

 

 フリーザは避けなかった。迫ってきた拳を見つめたまま、人差し指の先を相手の額へ軽く触れさせる。

 

「え?」

 

 サイヤ人の身体が止まった。何をされたのか理解できないまま、自分の胸元へ視線を落とす。

 

 身体がゆっくりと膨らみ始めていた。皮膚の下を何かが這うように動き、フリーザから送り込まれた気が逃げ場を失った圧力となって全身へ広がっていく。

 

「な……何だ……?」

 

 腕、胸、腹部が不自然に膨れ上がった。男は両手で身体を押さえようとするが、内部から広がる力を止められるはずもない。

 

「や、やめ――」

 

 男の身体が限界まで膨れた直後、内部に溜め込まれた気が一気に爆発した。閃光と衝撃が弾け、近くにいた仲間たちまで爆風で吹き飛ばされる。

 

 フリーザは返り血すら浴びない距離に立ったまま、口元を大きく吊り上げた。今まで会社の業務や戦闘訓練では抑えていた部分が、久しぶりに表へ出ていた。

 

「ほーーーーーーーーっほっほっほっほ!たまらないですねぇ!」

 

 その笑い声を聞いた瞬間、敵側の空気が変わった。先ほどまで数を頼みに勢いづいていた者たちが、一歩、また一歩と後退し始める。

 

「こ、こいつ……」

 

「聞いてねえぞ……」

 

「何なんだよ、こいつ……!」

 

 フリーザは怯える顔を順番に眺め、さらに機嫌を良くした。経営者として名声や利益を積み上げるのも悪くないが、自分を見ただけで恐怖に顔を歪める相手を前にすると、昔からの性分がどうしても刺激される。

 

「逃げても構いませんよ」

 

 その言葉に、何人かの顔へ一瞬だけ希望が浮かんだ。フリーザはわざと少し間を置いてから、穏やかな笑顔のまま続きを口にする。

 

「逃げないと死んでしまいますからねぇ」

 

 希望はすぐに消えた。前へ出ても殺され、逃げても追われると理解した男たちの間に、露骨な動揺が広がっていく。

 

「……早くキャベを宇宙船へ運んだ方がいいわね」

 

 タツマキが真顔で言った。フリーザの周囲だけ、戦闘というより公開処刑に近い状態になりつつある。

 

「そうだな」

 

 アマイマスクも即座に同意した。これ以上フリーザを放置すれば、救助を終えるより先に敵が全滅しかねない。

 

「それ自体は問題ないのでは?」

 

「問題あるだろ」

 

 声が聞こえた時には、サイタマがすでにフリーザの目の前に立っていた。フリーザは少しだけ意外そうに瞬きをする。

 

「おや?」

 

「もうあんまり殺すなよ」

 

 フリーザは不思議そうに首を傾げた。自分としては、むしろ今ほど正当な理由を持って殺せる機会の方が珍しい。

 

「いいじゃないですか、たまには」

 

「よくないだろ」

 

「この方々は散々悪事を働いてきたのですよ。自分が同じように罰を受ける可能性くらい、当然想定済みでしょう」

 

 サイタマは数秒黙った。言葉の内容と、それを口にしている相手の過去があまりにも噛み合っていない。

 

「お前がそれ言う?」

 

「何か?」

 

「いや、すげえなと思って」

 

 そこで三人のサイヤ人がサイタマへ襲いかかった。左右と背後から同時に拳が伸びたが、サイタマは振り返りもしない。

 

「よっと」

 

 一発だけ拳を横へ振った。空気が爆発し、突っ込んできた三人がまとめて遥か彼方へ吹き飛ばされる。

 

「ぐあっ!」

 

「な――!」

 

 三人は遠くの山肌へ突っ込み、そのまま姿が見えなくなった。サイタマはしばらくその方向を眺めた後、面倒そうに頭を掻く。

 

「数多いな。並みの怪人より強い奴も多いし、ちょっとだけ面倒だ」

 

「先生、後方から七名です」

 

「おう」

 

 サイタマが振り返り、新たに迫ってきた敵へ向き直った。その直後、別方向から甲高い悲鳴が上がる。

 

「ぎゃあああああっ!」

 

 サイタマの動きが止まり、嫌な予感とともに振り返った。案の定、フリーザが一人の異星人を尻尾で吊り上げ、その心臓へデスビームを撃ち込んでいる。

 

「……おい」

 

「何でしょう?」

 

「俺が見てない間にまた殺してるだろ」

 

「気のせいですよ」

 

「今やってたじゃん」

 

「戦闘中ですので」

 

「楽しそうなのが問題なんだよ」

 

 サイタマが呆れている間にも、アマイマスクは宇宙船へ向かう経路を切り開いていた。正面から飛び込んでくる敵を最小限の動きで叩き伏せ、立ち止まることなく前進していく。

 

「道は僕が作る! ジェノス、遅れるな!」

 

「了解した」

 

 ジェノスはキャベを両腕で抱え上げた。自分の火力なら敵を殲滅することもできるが、今の最優先事項は負傷者の保護だった。

 

「すみません……」

 

「謝罪は不要だ」

 

 ジェノスは前方だけを見た。サイタマが助けると決めた相手である以上、自分が途中で落とすわけにはいかない。

 

「先生が助けると言った以上、あなたは助かる」

 

 左右から数人の敵が飛び込んできた瞬間、緑色の光が広がった。タツマキが指を僅かに動かしただけで、敵は見えない壁へ激突したように空中で停止する。

 

「邪魔」

 

 タツマキが腕を横へ振ると、十数人がまとめて吹き飛んだ。遠くの岩山へ叩き込まれた者たちは、そのまま土煙の中へ姿を消す。

 

「近づけさせないって言ったでしょ」

 

 アマイマスクが先頭を切り、ジェノスがキャベを運び、サイタマが障害となる敵を拳一つで排除する。タツマキが周囲全体を制圧し、その外側ではフリーザが嬉々として残った敵へデスビームを撃ち続けていた。

 

 役割分担そのものは、異様なほど綺麗に機能していた。問題があるとすれば、一人だけ明らかに仕事を楽しみすぎていることくらいだった。

 

◇

 

 少し時間を遡る。キャベがターレスの罠に捕らわれる少し前、カリフラとケールもまた、別の場所へ誘導されていた。

 

 二人が辿り着いたのは、枯れ始めた森林に囲まれた広い岩場だった。通信機はすでに使えず、乗ってきた宇宙船との接続も完全に切断されている。

 

「キャベの気が遠くなってる」

 

 ケールが不安そうに周囲を見回した。普段より声が低く、何度もキャベのいる方角へ意識を向けている。

 

「大丈夫だろ、あいつなら」

 

 カリフラはそう答えたものの、自分も完全に安心しているわけではなかった。キャベの気はまだ感じられるが、先ほどから明らかに弱くなっている。

 

「それより、あたしたちの方を心配した方がいいみたいだぜ」

 

 前方の岩陰から、二つの人影が姿を現した。一人は白髪混じりの壮年のサイヤ人で、その隣には遥かに大柄な若い男が立っている。

 

 カリフラは大男を見た瞬間、口元を少し上げた。事前にキャベから聞いていた特徴と、ほとんど一致している。

 

「お前が悪魔か?」

 

 大男は何も答えなかった。ただ無表情のまま立ち、カリフラとケールを静かに見ている。

 

 首元には奇妙な制御装置が取り付けられていた。表情にはほとんど感情がなく、それがかえって人間らしさを薄く見せている。

 

「悪魔とは随分な呼ばれ方をしたものだな」

 

 隣に立つパラガスが目を細めた。カリフラの視線が自分ではなく息子へ向いていることに気づき、僅かに鼻を鳴らす。

 

「そっちのデカい方だよ」

 

「ブロリーか」

 

 パラガスが横目で息子を見た。しばらく黙ってから、どこか含みのある笑みを浮かべる。

 

「まあ、間違ってはいないかもしれん」

 

「へえ。面白そうじゃん」

 

 カリフラは楽しそうに笑った。しかし、その隣に立つケールだけは同じように笑えなかった。

 

 ブロリーを見た瞬間から、身体の奥へ奇妙な不快感が広がっている。恐怖とも嫌悪とも違う、もっと本能に近い部分から警告を鳴らされているような感覚だった。

 

「姉さん……」

 

「どうした?」

 

「この人……何か変です」

 

「強そうだからじゃねえの?」

 

「それだけじゃ……ない気がします」

 

 ケールは胸元へ手を当てた。心臓の鼓動が少しずつ速くなり、自分の内側にある力そのものが目の前の男へ反応しているように感じる。

 

 パラガスはそんな二人を観察すると、露骨に鼻で笑った。惑星サダラのサイヤ人というだけで、見る目には嫌悪が混じっている。

 

「惑星サダラのサイヤ人か」

 

「だったら何だよ」

 

「気に食わんな」

 

 パラガスの声には、長い年月積み重ねられた怨念が滲んでいた。手を握り締めながら、二人を睨みつける。

 

「お前たちサイヤ人に、俺は追い出された」

 

「は?」

 

「力を持つ者を恐れ、自分たちの秩序から外れた者を排除する。それがお前らだ」

 

 パラガスはさらに拳を握り締めた。過去に受けた扱いを、今なお昨日のことのように覚えているらしい。

 

「俺たちはただ、力を力のまま振るっただけだ。それを危険だと決めつけ、追放した」

 

 カリフラは数秒だけ黙っていた。何か考えているのかと思われたが、返ってきた言葉は単純だった。

 

「知らねえよ」

 

「何?」

 

「他人の迷惑も考えず暴れた奴が、追い出されてから被害者みたいな顔してんじゃねえよ」

 

 パラガスの眉が動いた。カリフラはその変化を気にすることなく、さらに続ける。

 

「それに、おっさん」

 

「……何だ」

 

「あんたが弱えから追い出されたんだろ?」

 

 空気が一瞬だけ止まった。ケールが少し困った顔でカリフラを見る。

 

「姉さん……」

 

「だってそうじゃん」

 

 カリフラは悪びれなかった。自分なりには、かなり単純な理屈を口にしているだけである。

 

「本当に強かったら、追い出そうとした奴ら全部ぶっ飛ばして終わりだろ」

 

 パラガスの額に青筋が浮かんだ。口元が震え、怒りを隠そうともせず二人を睨みつける。

 

「やはりお前ら旧世代のサイヤ人共は許せん」

 

「旧世代って、おっさんの方が歳いってるだろ」

 

「黙れ!」

 

 パラガスが怒鳴り、隣に立つブロリーへ視線を向けた。ブロリーは何も言わず、父親の命令を待っている。

 

「ブロリー。やれ」

 

 ブロリーが一歩前へ出た。低い唸り声とともに空気が変わり、身体から抑え込まれていた気が少しずつ溢れ始める。

 

 次の瞬間、周囲の大地が大きく揺れた。ブロリーの髪が青く染まり、冷たい色の気が巨大な身体を包み込む。

 

 青みがかった髪を持つ超サイヤ人。首元の制御装置によって狂暴性を抑え込まれたまま、それでも常識外れの力だけが表面へ現れていた。

 

「へえ。キャベより随分男前じゃん」

 

 カリフラは楽しそうに笑った。目の前の力を見ても、恐れるより先に戦いたいという感情が勝ったらしい。

 

「姉さん、来ます!!」

 

 ケールの叫びと同時に、ブロリーが動いた。姿がぶれた瞬間、ケールも即座に全身の気を解放する。

 

「はああっ!」

 

 黄金の髪が逆立ち、青白い稲妻が身体の周囲を走る。ケールは超サイヤ人2へ変身し、ブロリーの正面へ踏み込んだ。

 

「そんじゃ、やるか!」

 

 カリフラも同じく超サイヤ人2へ変身した。二つの黄金の気と、一つの青い気が岩場全体を包み込み、周囲の岩が震え始める。

 

 最初に正面からぶつかったのはケールだった。全力で踏み込み、ブロリーへ真っ直ぐ拳を振り抜く。

 

「はああああっ!」

 

 ブロリーも拳を出した。二つの拳が正面から衝突した瞬間、大地が大きく陥没し、圧縮された空気が周囲へ爆発的に広がる。

 

「っ!」

 

 ケールの顔が変わった。自分の拳が止められたというより、巨大な壁そのものを殴ったような感覚だった。

 

 重い。しかも、押し返そうとしてもまったく動かない。

 

 次の瞬間、ブロリーが笑った。無表情だった口元がほんの僅かに吊り上がり、それと同時に拳へ込められた力がさらに増す。

 

「きゃあああっ!」

 

 ケールの身体が弾き飛ばされた。岩山を一つ、さらに二つと突き破り、遥か遠くの岩壁へ叩き込まれて姿が見えなくなる。

 

「ケール!」

 

 カリフラの顔から笑みが消えた。ブロリーの背後へ一気に回り込み、怒りのまま側頭部へ全力の蹴りを叩き込む。

 

「よくも!」

 

 蹴りが直撃し、轟音が周囲へ響いた。だがブロリーの身体はほとんど動かず、首が僅かに横へ傾いただけだった。

 

「……え?」

 

 カリフラの顔が引きつった。ブロリーは傷一つ負わず、先ほどと同じ薄い笑みを浮かべている。

 

「何だこいつ……」

 

 驚きはしたものの、すぐに気を取り直した。効かないのなら、効くまで叩き込めばいいというのがカリフラの考えだった。

 

「だったら、これでどうだ!」

 

 拳、肘、膝、蹴りを途切れなく繋ぎ、腹、胸、顔へと全力の連打を叩き込む。衝撃音が連続し、その余波だけで地面に亀裂が広がり、周囲の木々が根元から吹き飛んだ。

 

 それでもブロリーは一歩も動かなかった。身体には目立った傷すらなく、呼吸もまったく乱れていない。

 

「マジかよ……」

 

 そこで初めて、カリフラは自分から距離を取った。十数メートル後方へ跳び、相手の様子を確認しながら地面へ着地する。

 

 その瞬間、目の前にブロリーがいた。いつ動いたのか分からず、カリフラの視界から完全に移動の過程が抜け落ちている。

 

「な――」

 

 パワーだけではない。速度まで尋常ではないと理解した時には、すでにブロリーの手が伸びていた。

 

「しまっ――」

 

 ブロリーの手がカリフラの足首を掴んだ。そのまま軽々と身体を持ち上げ、勢いよく地面へ振り下ろす。

 

「がっ!」

 

 地面が砕けるより早く、もう一度持ち上げられる。今度は反対側へ叩きつけられ、さらに左右へ何度も振り回される。

 

「ぐあっ!」

 

 右へ叩きつけられれば岩盤が割れ、左へ叩きつけられればクレーターが広がる。カリフラは反撃する暇すら与えられず、身体を地面へ何度も打ちつけられていった。

 

「姉さん!」

 

 遠くで瓦礫が吹き飛んだ。先ほど吹き飛ばされたケールが、傷だらけの身体を引きずるようにして戻ってくる。

 

 ケール自身も無傷ではなかった。肩や腕には血が滲み、呼吸も乱れているが、それでもカリフラの気を追って必死に戻ってきた。

 

 そして、その目に映ったのは、ブロリーに足首を掴まれたカリフラの姿だった。自分が最も大切にしている人間が、まるで物のように何度も地面へ叩きつけられている。

 

「姉……さん……?」

 

 再びカリフラの身体が大地へ叩き込まれた。鈍い衝撃音の後、苦しげな声がケールの耳まで届く。

 

「が……っ!」

 

 その瞬間、ケールの中で何かが切れた。理性よりも先に感情が動き、身体の奥底に押し込めていた力が一気に膨れ上がる。

 

「姉さんを……」

 

 全身が震えた。黄金の気がそれまでとは比較にならないほど濃くなり、ケールを中心に大気そのものが渦を巻き始める。

 

「姉さんを……!」

 

 声が低く変わり、筋肉が急激に膨張した。足元の大地が耐えきれずに割れ、亀裂が放射状に走っていく。

 

「姉さんをおおおおおおおおおおっ!!」

 

 絶叫と同時に、膨大な気が爆発した。黄金の奔流が天へ突き抜け、周囲の岩や木々を根こそぎ吹き飛ばす。

 

 ケールの姿は、先ほどまでの超サイヤ人2とは明らかに違っていた。怒りによって自制を失い、膨大な力だけが身体から溢れ続ける暴走状態へ移行している。

 

 その変化を見た瞬間、ブロリーの動きが止まった。足首を掴んでいたカリフラを手放し、初めて興味を持ったようにケールへ顔を向ける。

 

 口元がゆっくりと歪んだ。先ほどまで浮かべていた薄い笑いとは違い、今度は抑えきれない歓喜が表情全体へ広がっていく。

 

「フ……フフ……」

 

 低い笑い声が漏れ始めた。次第にそれは大きくなり、やがて岩場全体へ響くほどの高笑いへ変わる。

 

「ハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 ブロリーの気が変わった。青かった髪から色が抜けるように変化し、その直後、眩い黄金が全身から噴き上がる。

 

 髪は金色へ変わり、瞳には先ほどまでとは異なる狂気が宿る。膨張する気はケールの暴走へ呼応するように、際限なく大きくなっていった。

 

「ブロリー……?」

 

 パラガスの顔から笑みが消えた。自分の命令通りに戦わせていたはずの息子が、明らかに予定とは違う領域へ踏み込み始めている。

 

 だがブロリーは父親へ返事をしなかった。目の前のケールだけを見つめ、その力に呼応するように自分の気を高め続けている。

 

 似た力が、互いを刺激していた。本能、暴走、そしてサイヤ人という種族の中でも異質なほど巨大な潜在能力が、二人の間で共鳴するように膨れ上がっていく。

 

 ケールとブロリーは、荒れ果てた大地を挟んで向かい合った。片方は怒りで我を失い、もう片方は歓喜するように笑いながら、完全な超サイヤ人へと変貌している。

 

 その瞬間、この星で最も危険な戦いが始まろうとしていた。遠くでターレスと戦うベジータたちもまだ、その二つの力がどこまで膨れ上がるのかを知らない。

 

 

 

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