フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
最初に異変へ気づいたのは、一人ではなかった。ベジータも、フリーザも、サイタマも、周囲に残っていたターレスの配下たちも、ほとんど同じ瞬間に遠方へ視線を向けた。
正確に言えば、ただ一人だけ例外がいた。ターレスだけは驚いた様子を見せず、むしろ待っていたものが始まったとでも言うように口元を吊り上げている。
「な、なによ……これ……」
少し離れた場所にいたタツマキの額へ、薄く冷や汗が浮かんだ。念動力による感知を意識するまでもなく、遠くから押し寄せてくる巨大な気が肌そのものへ圧力をかけている。
それは単純に大きいだけではなかった。膨張を続けながらなお底が見えず、かつて木星で破壊されたというジャネンバ。それすら上回るほどの異様な圧迫感が荒野全体を覆っていく。
「ジャネンバより……上?」
タツマキは自分で口にしながら、わずかに眉を寄せた。あの怪物も常識から外れていたが、今感じているものには、それ以上に荒々しく制御の利かない何かが混じっている。
「ほう」
フリーザは遠くへ意識を向けたまま、楽しそうに笑った。危険を感じて身構えるというより、未知の強敵を見つけた時特有の興味が赤い瞳へ浮かんでいる。
「どうやら、とんでもない化け物がいらっしゃるようですね」
「ブロリーが戦闘態勢に入ったみてえだな」
ターレスは平然と答えた。遠くで暴れているのが怪物ではなく、飼っている猛獣の機嫌が良くなった程度にしか思っていないような口ぶりだった。
「ブロリー?」
フリーザはその名前に反応し、ターレスへ視線を戻した。知っている名と同じ響きに、ほんの僅かだけ笑みの質が変わる。
「ああ」
「それも、あなたのお仲間で?」
「そうだ」
ターレスは肩を軽く回しながら笑った。遠くで膨れ上がる気に対しても、危機感らしいものは見せていない。
「ちょっと前に仲間になったんだが、どうやらサイヤ人に色々と恨みがあるみたいでな。多分、あいつらは簡単には死ねんぞ」
その言葉に、ベジータの目が僅かに細くなった。自分の知っているブロリーとは別人だと分かっていても、その名前と今感じている気の大きさが結びつけば、警戒せずにはいられない。
「どうやら悠長にしている場合じゃなさそうだな」
ベジータの全身から青い光が噴き上がった。黄金だった髪が青へ変わり、超サイヤ人ブルーへ移行すると同時に、先ほどまでとは比較にならないほど鋭く整えられた気が周囲へ広がる。
「おいおい。まだ遊んで行けよ」
ターレスは、それを見ても笑みを崩さなかった。むしろ待っていたとでも言うように、全身へ力を込める。
次の瞬間、ターレスの気が爆発的に膨れ上がった。先ほどまで超サイヤ人ベジータと互角に近い戦いを続けていた時ですら、本気には程遠かったことを一瞬で理解させる上昇だった。
周囲に残っていた配下たちの何人かが、圧力だけで後ずさった。サイタマも少しだけ目を細め、フリーザの口元にはさらに深い笑みが浮かぶ。
「なるほど」
ベジータだけは冷静だった。気の増大に驚くより先に、その質とターレスの身体の変化を見抜いている。
「貴様、大猿の力を取り込んだな」
ターレスの目が細くなった。自分の変化を一目で言い当てられたことが、むしろ嬉しいらしい。
「正解だぜ」
身体の筋肉が一回り膨れ上がり、全身から荒々しい気が噴き出していた。理性を失う大猿化ではなく、その力だけを人型のまま引き出している。
「サイヤ人同士、おあつらえ向きの舞台があるんだ。ついてこい」
ターレスは遠くに見える巨大な岩山を顎で示した。周囲に仲間が多すぎるこの場所より、思い切り戦うには都合がいいと考えているらしい。
言い終えると同時に、ターレスが地面を蹴って空へ飛び上がった。ベジータはその背中を一度だけ睨み、すぐに同じ方向へ浮かび上がる。
「くだらん挑発だ。だが、乗ってやる」
ベジータの口元に小さな笑みが浮かんだ。次の瞬間には二人とも加速し、荒野の上空からほとんど同時に姿を消した。
残されたフリーザはその軌跡を一瞥したものの、追う気は見せなかった。少なくとも今のベジータなら、ターレス相手に簡単に崩れることはない。
「ベジータさんなら、しばらくは大丈夫でしょう」
「じゃあ、俺たちは向こうだな」
サイタマも同じ方向を見てから、すぐに別の方角へ顔を向けた。遠方では、先ほど感じた巨大な気が今も膨らみ続けている。
「ええ。カリフラさんとケールさんがいらっしゃるのも、あちらでしょうね」
フリーザもそちらへ意識を向けた。今はターレスより、正体の分からない巨大な気の持ち主の方が興味深かった。
◇
その頃、ジェノス、タツマキ、アマイマスクの三人は、キャベを連れて宇宙船へ到着していた。敵の追撃はタツマキが念動力で押し返し、アマイマスクが前方の障害を排除したため、移動そのものは短時間で済んでいる。
「医療区画はこっちだ」
ジェノスはキャベを抱えたまま船内を進んだ。フリーザ・コーポレーションの長距離船には戦闘員の負傷を想定した医療設備があり、今回の船には再生治療用のメディカルマシンまで積まれている。
「こんなものまであるのね」
タツマキが透明な治療槽を見上げた。会社の宇宙船にしては妙に設備が充実していると感じたが、考えてみれば所属している連中が連中なので、重傷者が出る前提なのだろう。
「長距離任務では高確率で戦闘が発生する。重傷者を本社まで運んでいては間に合わないため、常設されるようになった」
ジェノスはキャベを慎重に治療槽へ入れ、端末へ接続して状態を確認した。骨折、内臓損傷、筋繊維の断裂が複数あるものの、生命活動そのものは安定している。
「治療開始。これなら少なくとも命に別状はないだろう」
キャベの身体が治療液へ沈んでいくのを確認すると、アマイマスクはすぐに通信設備へ向かった。惑星サダラではフリーザより彼の方が純粋な知名度と好感度が高いため、現地防衛隊への連絡役としては適任だった。
「惑星サダラ防衛隊へ。こちらフリーザ・コーポレーション所属、アマイマスク。キャベを保護した」
通信の向こうから複数人の驚いた声が返ってきた。アマイマスクは相手が落ち着くのを待ち、必要な情報だけを簡潔に伝えていく。
「重傷だが、現在治療中だ。命に別状はない」
その報告で、向こうの緊張が少しだけ和らいだ。アマイマスクは続けて現在位置、ターレス一味の存在、通信妨害が行われている可能性まで説明していく。
タツマキはそのやり取りを聞きながら、すでに乗船口へ向かっていた。遠くから感じる異常な気はさらに大きくなっており、ここで待機していられる性格ではない。
「キャベは任せたわよ」
「了解した」
ジェノスは治療装置の数値を確認しながら頷いた。現在の状態なら、数値が安定するまで見届ければ自分も戦場へ戻れる。
「俺も処置を安定させ次第、戦場へ復帰する」
「急がなくていいわよ。あっちにはサイタマもフリーザもいるんだから」
タツマキは少しだけ振り返った。自分で言っておきながら、その二人が揃っている時点で敵を心配する必要の方がある気もしていた。
そう言い残すと、タツマキの身体が緑色の光に包まれた。次の瞬間には乗船口から飛び出し、巨大な気が膨れ上がっている方向へ一気に加速していく。
◇
その頃、フリーザとサイタマの周囲では、ようやく敵の数が目に見えて減っていた。正確には減ったというより、戦える状態で残っている者がほとんどいなくなっていた。
サイタマが合流してから、フリーザも一応は気を遣っている。先ほどまでのように時間をかけて苦しませることは減り、向かってくる相手を一撃で気絶させる程度に抑える場面も増えていた。
「お前さ」
サイタマが足元に転がるサイヤ人を避けながら、隣を歩くフリーザへ視線を向けた。少し離れた場所には、どう見ても気絶では済んでいない敵も何人か転がっている。
「殺すなって言っただろ」
「ですから、減らしているではありませんか」
「ゼロにしろって意味だったんだけど」
「まあまあ」
「何がまあまあなんだよ」
フリーザは悪びれずに笑った。自分としては相当譲歩しているつもりらしく、サイタマとの認識にはかなり大きな隔たりがある。
「戦闘中に細かい注文をされても困りますよ」
「さっきわざとやってただろ」
「証拠は?」
「見てた」
「それは強いですね」
サイタマが呆れた顔をした、その時だった。地面の奥から響くような轟音とともに、遠くの空気そのものが震え始めた。
次の瞬間、巨大な気がさらに一段跳ね上がった。音より先に圧力が届き、周囲の枯れた木々が一斉にしなり、倒れていた敵たちの衣服まで激しく揺れる。
二人はほとんど同時にそちらへ顔を向けた。先ほどまで残党を相手にしていた時とは、表情の温度がわずかに変わる。
「今の、やばそうだな」
「ええ」
フリーザの笑みから、遊び半分の軽さが少しだけ消えた。今感じた力は、ターレスの配下などとは比較すること自体が馬鹿らしい。
「急ぎますか」
「おう」
サイタマが地面を蹴り、フリーザもほぼ同時に加速した。二人の姿は一瞬で荒野から消え、巨大な気がぶつかり合う方向へ一直線に向かっていった。
◇
時間は少し遡る。暴走状態へ入ったケールは、超サイヤ人となったブロリーと真正面から組み合っていた。
互いに両手を掴み合い、単純な腕力だけで相手を押し潰そうとしている。ケールの全身から黄金の気が噴き出し、足元の大地は力を込めるたびに次々と割れていった。
「ううううううう……!」
暴走によって理性をほとんど失っているものの、その力そのものは通常の超サイヤ人2とは比較にならない領域まで跳ね上がっていた。筋肉を膨張させた身体から溢れる気は、周囲の空気を絶えず震わせている。
少し離れた場所では、傷だらけのカリフラが岩へ手をつきながら立ち上がろうとしていた。ブロリーに何度も叩きつけられた身体はまともに動かず、呼吸をするだけでも全身へ痛みが走る。
「ケール……!」
それでもカリフラは声を張った。自分の傷よりも、完全に我を失っているケールの方が気になって仕方がない。
「おい、ケール! 正気に戻れ!」
返事はなかった。ケールの視線はブロリーだけに固定され、瞳には理性らしいものがほとんど残っていない。
「聞こえてんだろ!」
それでもカリフラは呼び続けた。しかしケールはさらに両腕へ力を込め、応える代わりに全身の気を一段階上へ解放する。
「うあああああああああっ!!」
巨大な気が爆発した。衝撃波が周囲一帯へ広がり、地面から大量の砂と岩片が巻き上がる。
カリフラも思わず腕で顔を庇い、目を閉じた。身体へ打ちつける風圧だけでも傷へ響き、立っていることさえ難しい。
「くっ!」
轟音が少し収まり、カリフラはゆっくりと目を開けた。最初に見えたのは、全身の筋肉を限界まで膨らませ、歯を食いしばりながら前へ押し込もうとしているケールだった。
暴走状態の力を全開にし、足元の岩盤を砕きながらブロリーへ全てをぶつけている。ところが、その正面にいるブロリーの様子はまるで違っていた。
「ハハハハハハハハ!!」
ブロリーは高笑いを上げながら、少しずつ前へ出ていた。ケールが全力で押しているにもかかわらず、腕にはまだ余裕があり、足元すらほとんど崩れていない。
「嘘……だろ……」
カリフラの声が掠れた。どちらが上回っているのか、考える必要すらないほど明白だった。
ケールは全力を出している。それに対して、ブロリーはまだ戦いそのものを楽しんでいる。
ケールが唸り声を上げ、さらに力を込めた。だがブロリーは口元を吊り上げると、今度は一気に両腕へ力を入れる。
「うっ……!」
ケールの身体が押し返された。踏ん張った足が岩盤を削り、そのまま数メートル後ろへ滑っていく。
その瞬間、ブロリーは両手を離した。支えを失ったケールは一歩前へよろめいたが、本能のまま拳を振り抜く。
「がああああっ!」
狙いは顔面だった。暴走状態の全力が乗った拳が真正面からブロリーの顔へ叩き込まれ、轟音とともに巨大な衝撃波が周囲へ広がる。
それでもブロリーは動かなかった。顔を殴られた姿勢のまま立ち続け、口元には笑みさえ残っている。
「……!」
カリフラは声すら出なかった。傷もなければ血も出ておらず、腫れてすらいない。
暴走状態のケールが全力で殴ったにもかかわらず、ブロリーの顔には何一つ変化がなかった。その事実に、理性を失っているはずのケール自身さえ一瞬だけ動きを止める。
「ハハハハハハハハハハッ!!」
ブロリーの拳が動いた。腹部へめり込んだ一撃で、ケールの身体が僅かに浮き上がる。
「ぐっ――!」
続く拳が顎を正確に打ち抜いた。ケールの頭が跳ね上がり、そのまま身体全体が上空へ吹き飛ばされる。
「がああっ!」
だが、ブロリーも同時に地面を蹴っていた。吹き飛ばされていくケールへ追いつき、その頭上へ回り込む。
「オオオオオオオッ!!」
ブロリーは空中で両手を組み、そのまま巨大な拳槌をケールの背中へ叩き込んだ。ハンマーナックルをまともに受けた身体が、一瞬で地上へ向きを変える。
「がっ!」
ケールは隕石のような勢いで大地へ衝突した。地面が大きく陥没し、爆発したような土煙とともに巨大なクレーターが生まれる。
その中心に、ケールは仰向けに倒れていた。直後にはブロリーが上空から降ってきて、その身体を両足で踏みつける。
「ぐあっ!」
一度目の踏みつけで、クレーターの底がさらに沈んだ。ブロリーは止まらず、再び足を持ち上げて同じ場所へ叩きつける。
「がっ!」
二度、三度と衝撃が続いた。踏みつけるたびに大地が砕け、クレーターは少しずつ深くなっていく。
「やめろ……!」
カリフラが震える声を出した。立ち上がろうとしても足に力が入らず、腹部の痛みで身体が言うことを聞かない。
「やめろ……!」
それでも地面へ手をつき、無理やり身体を起こそうとする。腕は震え、視界も揺れているが、目だけはケールから離さない。
「くそ……!」
その横で、パラガスが笑った。助けに入るどころか、息子が相手をいたぶっている光景を満足そうに眺めている。
「ほう。面白いな」
パラガスはカリフラへ視線を移した。そこに浮かんでいる必死の表情が、彼には余計に愉快だったらしい。
「……何がだよ」
「聞きたいんだが、あのサイヤ人はお前の妹か?」
パラガスはブロリーに踏みつけられているケールを指差した。カリフラは息を荒くしながら、憎悪を隠さず相手を睨みつける。
「……違う。けど、それより大事な妹分だ」
カリフラは歯を食いしばりながら答えた。血縁があるかどうかなど、彼女にとってはどうでもよかった。
パラガスの笑みがさらに深くなる。答えが気に入ったというより、より効果的に傷つけられる材料を手に入れたことが嬉しいらしい。
「なら、よく見ておけ」
「何……?」
「こんな楽しいショーは、地獄へ行っても見られんぞ」
カリフラの目が大きくなる。パラガスはその表情を楽しみながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「だからしっかり見ておけ。お前の大事な妹分が、いたぶられながらゆっくり死んでいくところをな」
「てめえ……!」
カリフラは反射的に殴りかかろうとした。しかし身体は思うように動かず、立ち上がりかけたところで膝から力が抜ける。
「く……そ……!」
カリフラは再び地面へ崩れ落ちた。それでも視線だけはパラガスから逸らさず、今にも噛みつきそうな顔で睨み続ける。
パラガスはそんな姿を見て、満足そうに笑った。やがてブロリーへ向き直ると、片腕を高く上げる。
「殺してしまえ、ブロリー!」
叫び声が荒野へ響いた、その直後だった。パラガスの身体が不意に力を失い、その場へ崩れ落ちる。
「……え?」
カリフラの目が止まった。何が起きたのか理解できず、さっきまで立っていた場所と倒れたパラガスを交互に見る。
「お前さ」
聞き覚えのない気の抜けた声がした。カリフラがそちらへ顔を向けると、少し離れた場所にサイタマとフリーザが立っている。
サイタマは地面へ倒れたパラガスを見てから、隣のフリーザへジト目を向けた。本人の過去を知っているだけに、まず確認するべきことが一つあった。
「……殺した?」
「殺してませんよ」
「ほんとか?」
「失礼ですねえ」
サイタマはパラガスへ視線を戻した。数秒待つと、倒れている男の指先が僅かに動く。
「ほんとだ」
「でしょう?」
フリーザは肩をすくめた。パラガスの意識だけを正確に刈り取ったことが、少し誇らしげですらある。
「ただ少し眠っていただいただけです」
「お前の場合、その『少し』が信用できないんだよ」
「今回は本当ですよ」
サイタマはもう一度パラガスの呼吸を確認した。確かに生きていると分かると、それ以上は追及せずに視線を戦場へ戻す。
「じゃあいいけど」
その時、先ほどまで続いていた轟音が突然止まった。サイタマとフリーザが同時にそちらへ顔を向ける。
クレーターの底では、ケールの身体から膨大な気が抜け始めていた。膨張していた筋肉が元へ戻り、黄緑色だった髪も黒へ変わっていく。
暴走も変身も完全に解けたケールは、そのまま意識を失った。身体は動かず、僅かな呼吸だけが生きていることを示している。
その傍らに立つブロリーが、ゆっくりと顔を上げた。黄金の髪と巨大な気を保ったまま、今度はサイタマとフリーザへ視線を向ける。
先ほどまでの高笑いは止まっていた。代わりに、その目には新しい獲物を見つけた獣のような興味が浮かんでいる。
フリーザの口元がゆっくりと吊り上がった。感じていた巨大な気の正体をようやく目の前にして、赤い瞳が楽しそうに細くなる。
「なるほど。これは素晴らしい」
サイタマも倒れているケールと傷だらけのカリフラを一度確認してから、正面のブロリーへ視線を戻した。二人と一人の間に流れる空気が変わり、次の戦いが始まることを誰の目にも分からせていた。