フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
ベジータとターレスが降り立ったのは、枯れかけた森林のさらに奥だった。そこには周囲の山々すら小さく見せるほど巨大な樹が根を張り、太い幹から伸びた無数の枝が空を覆っている。
神精樹の根は大地の奥深くまで入り込み、周囲から生命力を吸い上げ続けていた。かつて緑に覆われていたはずの地面は灰色に変わり、近くを流れていた川も水量を失って細い筋のようになっている。
ベジータは青い気を纏ったまま、その異様な巨木を見上げた。戦いの最中だというのに、視線の先にあるものを確かめずにはいられなかった。
「この樹は、貴様が植えたのか」
「ああ、そうだ」
ターレスは悪びれもせず答え、神精樹の幹へ片手を置いた。自分が育てた獲物を見せびらかすような顔には、罪悪感など欠片もない。
「こいつを植えりゃ、星の命を根こそぎ吸い上げられる。あとは実が熟れるまで待って、その間に財宝を奪って資源もいただくって寸法だ」
「星そのものを食い潰して、か」
「そういうことだ」
ターレスは空を仰いで笑った。枯れていく森も、乾いていく大地も、彼にとっては成功の証にしか見えていない。
「好きに暴れて、好きなものを奪って、好きに生きる。宇宙を流れながら気に入った星へ降りて、邪魔する奴がいたらぶっ飛ばす。こんなに楽しいことはないぜ」
ベジータは黙ったまま、ターレスを見ていた。いつものように即座に罵倒するでもなく、その言葉を一度だけ受け止めている。
「あんたもサイヤ人だろ?」
ターレスはそんな反応を見て、さらに笑みを深くした。拒絶されていないことを、自分に都合よく解釈したらしい。
「俺には分かるんだよ。まともな教育なんざ何一つ受けちゃいないが、それでも分かる。あんたはサイヤ人の中じゃ、一番こっち側だ」
ベジータは返事をしなかった。ターレスはその沈黙を肯定と受け取ったらしく、少しずつ距離を詰めてくる。
「あんたは強い。俺の仲間になれよ」
「……」
「一緒にいろんなもんをぶっ壊して、奪って、好きに生きようぜ。サイヤ人が誰かに頭を下げて仕事をもらうなんて、くだらねえと思わないか?」
ベジータはしばらく黙っていたが、やがて腕を下ろした。青い気を纏った姿のまま、意外なほど静かな声で答える。
「仲間にはならん」
「そうかい」
「だが、言っていることの全てを否定する気もない」
今度はターレスが目を丸くした。断られることは予想していても、理解を示されるとは思っていなかったらしい。
「へえ」
「俺も昔は、貴様と似たようなことをしていた」
ベジータの目には、ほんの僅かに過去を見る色が混じった。フリーザ軍の一員として星を襲い、住民を殺し、価値のある惑星を奪っていた頃を忘れたわけではない。
「気に入らなければ殺す。弱い奴から奪い、強い奴だけが生き残る。それは確かに、俺たちが知るサイヤ人の姿だ」
「だったら話は早いじゃねえか」
ターレスは声を上げて笑った。相手の過去など知らなくても、少なくとも思想の一部は通じていると確信したようだった。
「仲間になれよ。今さら善人ぶる必要もねえだろ?」
「ただし、一つ聞かせろ」
ベジータはターレスの言葉を遮った。視線は本人ではなく、神精樹の枝先に実っている巨大な果実へ向いている。
「あの実は何だ」
「あれか?」
ターレスも神精樹を見上げた。枝の間には赤紫色の実がいくつも膨らみ、星中から集めた生命力を内部へ蓄えている。
「神精樹の実だ。こいつは星から吸い上げたエネルギーを実の中へ凝縮する。それを食えば、普通に修行するなんて馬鹿らしくなるくらい一気に強くなれる」
「……なるほど」
「星が豊かなら豊かなほど、実の出来もいい。今回の星は当たりだぜ」
ターレスは嬉しそうに語った。いくつもの惑星を枯らしてきた理由が、彼の中では完全に強さを得るための手段として整理されている。
ベジータは少しだけ黙り、改めてターレスを見た。先ほどまで理解を示していた目から、興味が急速に消えていく。
「つまり貴様は、その実を何度も食って強くなった。そういうことか?」
「ああ」
ターレスは胸を張った。そこに恥じる様子はなく、むしろ効率よく力を得てきたことを誇っている。
「悪いか? 欲しいならあんたにも分けてやるぜ。今のあんたが食えば、どこまで強くなるか見てみたいくらいだ」
「くだらん!!」
ベジータの気が爆発した。青い炎のようなオーラが一気に膨れ上がり、神精樹の枝葉がその圧力だけで大きく揺れる。
「なっ……!」
ターレスが初めて目を見開いた。先ほどまでの超サイヤ人ブルーと同じ姿でありながら、気の密度も圧力もまるで違っている。
「顔は似ているが、やはりあいつとは似ても似つかんな」
「何のこと――」
問い終わる前に、ベジータの拳がターレスの腹へ突き刺さった。踏み込みも拳の軌道も見えず、気づいた時には衝撃だけが身体の中へ深く入っている。
「がっ……!」
ターレスの身体が折れ、口から唾液と血が飛んだ。踏ん張ろうとした両脚にも力が入らず、そのまま片膝を地面へつく。
「これで遠慮なくやれる」
ベジータは拳を下ろし、苦しむターレスを冷たく見下ろした。先ほどまで相手の思想に一定の理解を示していた男とは、まるで別の表情だった。
「奪うことも、壊すことも、俺が偉そうに説教できる立場じゃない。だが、借り物の力でいい気になっている貴様だけは気に食わん」
「ほざけ……!」
ターレスは地面を蹴った。先ほどまで隠していた大猿の力を一気に解放し、荒々しい気を纏った拳をベジータへ叩き込む。
しかし、戦況は先ほどまでとは完全に変わっていた。ベジータは首を僅かに動かして一撃目を避け、続く裏拳を前腕で流すと、三発目が来るより早くターレスの胸へ拳を打ち込む。
「ぐっ!」
ターレスが後退する。すぐに踏み直して蹴りを放つが、今度は片手で足首を掴まれ、そのまま横へ投げ飛ばされた。
「貴様のように小賢しく徒党を組み、策を練り、自分以外の力で強くなろうとする間抜けには分からんだろうな」
「黙れ!」
ターレスは空中で体勢を立て直し、一気に後方へ跳んだ。距離を十分に取ると両腕を前へ突き出し、掌の間へ巨大なエネルギーを集中させる。
「くたばれ!!」
圧縮された気が一気に放たれた。赤紫色の奔流が地表を削りながらベジータへ直撃し、巨大な爆発が神精樹の周囲を呑み込む。
「ハハッ! どうだ!」
ターレスは爆炎を睨みながら笑った。あれだけまともに受ければ、さすがのベジータでも無傷では済まないと確信している。
しかし、次の瞬間には笑みが消えた。爆炎の中心から青い光が一直線に飛び出し、そのまま一切速度を落とさずターレスへ迫ってくる。
「なにっ!?」
ベジータには傷一つなかった。キルドライバーを正面から受けたはずの戦闘服すらほとんど汚れず、目には失望だけが浮かんでいる。
「その程度か」
「くっ!」
ターレスが拳を構えるより早く、ベジータの右手が顔面を掴んだ。五本の指が頭を固定し、抵抗する暇もなく身体ごと地上へ向けられる。
「点数をつけるなら、三十点というところか!」
「ぐおおっ!?」
ベジータはターレスの顔面を掴んだまま急降下した。二人の身体が地面へ突入し、ターレスの後頭部から大地へ叩きつける。
巨大なクレーターが形成され、衝撃で周囲の岩が何十メートルも跳ね上がった。ターレスは口から大量の血を吐いたが、ベジータは手を離さない。
「まだ終わらんぞ!」
ベジータの拳が雨のように降り注いだ。顔、胸、腹へ連続して打ち込まれ、ターレスの身体が一撃ごとにクレーターの底へ沈んでいく。
「がっ……! ぐっ……!」
「貴様のような馬鹿には、俺やあの単純馬鹿の領域まで辿り着くことは絶対にない!」
拳を振り下ろすたびに、ベジータの脳裏には一人の男の姿が浮かんでいた。修行しか頭になく、何度倒されても自分の力で立ち上がり、そのたびに先へ進んできた宿敵である。
「強くなりたければ、自分でそこまで這い上がって来い!」
最後の拳がターレスの胸へ突き刺さった。身体が地面から跳ね上がったところへ、ベジータの蹴りが横腹を捉える。
「消え失せろ!!」
ターレスは砲弾のように吹き飛ばされた。何度も大地を跳ね、岩を砕き、最後には神精樹の太い根へ背中から激突して止まる。
しばらく動かなかった。ベジータは追撃せず、少し離れた場所から倒れている相手を見下ろす。
「さっさと荷物をまとめて、この星から失せろ」
返事はなかった。ターレスの身体は血にまみれ、呼吸も途切れ途切れになっている。
それでも、少しずつ身体が動き始めた。震える腕で神精樹の根を掴み、何度も膝を滑らせながら立ち上がる。
「まだやる気か」
ベジータが眉をひそめた。どう見てもまともに戦える状態ではなく、これ以上続ければ本当に死ぬだけだった。
ところが、ターレスは笑っていた。腫れ上がった顔に歪な笑みを浮かべ、片手をゆっくりと持ち上げる。
「……俺の勝ちだな」
「何?」
その手には、いつの間にか神精樹の実が握られていた。吹き飛ばされた先が神精樹の根元だったことまで利用し、ターレスは戦いながら自分の切り札へ手を伸ばしていた。
ベジータの表情が変わるより早く、ターレスは実へ食らいついた。一口、二口と貪るように飲み込み、果肉を喉へ流し込んでいく。
「貴様……!」
変化はすぐに始まった。裂けていた皮膚が塞がり、腫れていた顔が元へ戻り、折れていたはずの身体が音を立てながら正常な形へ修復されていく。
それだけでは終わらなかった。肩、胸、腕の筋肉が一回り大きく膨れ上がり、全身から先ほどまでとは比較にならない気が噴き出す。
「ハハ……ハハハハハッ!」
次の瞬間、ターレスの姿が消えた。ベジータは反射的に両腕を交差させ、その直後に正面から叩き込まれた拳を受け止める。
「ぐっ!」
完全に防いだはずだった。にもかかわらずベジータの身体は数十メートル後方へ押し飛ばされ、両足が大地へ深い溝を刻む。
ターレスは追撃せず、その場で拳を握った。全身から溢れる力を確かめるように肩を回し、先ほどまで以上に楽しそうな笑みを浮かべる。
「ここからが本番だぜ」
神精樹の実によって膨れ上がった気が、空気を震わせた。今までのターレスとは明らかに別物の圧力が、神精樹の周囲へ広がっていく。
「もっと楽しんでいこうや」
ベジータは腕を下ろし、わずかに痺れの残る手を握り直した。目の前の男が自分の言葉を何一つ理解していないことだけは、もう十分すぎるほど分かった。
「貴様のような馬鹿には付き合いきれん」
「あ?」
「馬鹿は死んでも治らんと言うが、貴様の場合は生きている間に治る見込みすらなさそうだ」
ベジータの青い気が再び大きく燃え上がった。先ほどまでとは違い、今度は明確な殺意が混じっている。
「ならば、俺がこの手で葬ってやる」
「やってみろ!!」
ターレスも吠え、二つの気が同時に膨れ上がった。神精樹の根元で、二人のサイヤ人が再び真正面から構える。
◇
その頃、別の戦場ではサイタマがブロリーと向かい合っていた。足元には意識を失ったケールが倒れ、少し離れた場所では満身創痍のカリフラが何とか身体を起こそうとしている。
フリーザは倒れているパラガスの前に立ち、サイタマとブロリーを交互に見ていた。先ほど感じていた巨大な気の正体を、実際の姿とともに確認している。
「ブロリー、ですか」
同じ名前のサイヤ人を知っているだけに、フリーザは少し面白そうに目を細めた。しかし、目の前の男が自分の知るブロリーとはまったく別人であることも、気の質を見ればすぐに分かる。
ブロリーはそんなフリーザへ興味を向けなかった。黄金の気を全身から噴き上げたまま、目の前にいるサイタマだけを見ている。
「俺からか」
サイタマは少しだけ腰を落とした。ケールをあれほど一方的に圧倒した相手なら、最初から軽く受けるつもりはない。
ブロリーが笑った。その表情には理性よりも、目の前の強者と戦えることへの純粋な歓喜が浮かんでいる。
「ハハハハハハハ!!」
地面が爆発した。踏み込んだという動作すら見えないまま巨体がサイタマの正面へ現れ、巨大な拳が一直線に顔面へ向かう。
「うお!?」
サイタマは両腕を上げて受けた。次の瞬間、身体が凄まじい勢いで後方へ吹き飛ばされる。
何本もの巨木を貫き、岩山の表面へ激突してようやく止まった。サイタマは崩れ落ちる岩を押しのけながら立ち上がり、自分の両腕を少しだけ見た。
「すごいな、お前」
痛みがある。何より、真正面から受けた自分が踏み止まれず、力だけであそこまで押し飛ばされたという事実の方が驚きだった。
その光景を見ていたフリーザは、口元の笑みを消さないまま赤い瞳だけを細くした。長い間サイタマと手合わせしてきたからこそ、今の一撃がどれほど異常なのか理解できる。
サイタマは岩山から歩き出し、もう一度ブロリーの正面へ戻った。今度は自分から拳を握り、少しだけ真剣な顔をする。
「じゃあ、もう一回」
ブロリーが嬉しそうに吠えた。再び正面から拳を振り抜き、サイタマも同じように拳を合わせようとする。
しかし、拳同士が衝突する寸前だった。サイタマの身体が横へずれ、ブロリーの一撃が頬のすぐ横を通過する。
フリーザの目が見開かれた。サイタマが真正面から受け止めるのではなく、自分から攻撃を避けたからだ。
「……ほう」
ブロリーはそのまま身体を捻り、裏拳を放った。サイタマは上体を沈めてかわし、脇腹へ拳を返そうとする。
ところが、ブロリーの膝が先に上がった。サイタマは拳を途中で止め、その場から後方へ跳ぶ。
「速いな」
着地したサイタマの目から、いつもの気の抜けた色が少しずつ消えていく。単純に大きな力を持っているだけなら、ここまで警戒する必要はない。
ブロリーが再び突っ込んでくる。サイタマは腕で一撃を流し、次を首を傾けて避け、三発目には自分から距離を取った。
その様子を見ながら、フリーザも表情を変えていた。サイタマは普段、多少の攻撃なら避けず、相手の力を確かめるために正面から受けることすらある。
拳を真正面からぶつけることにも躊躇がない。その男が今は、明確に必要だと判断して自分から攻撃線を外している。
「ハハハハハハハハハハ!!」
ブロリーは高笑いを上げながら、さらに速度を上げた。巨体からは想像できない加速でサイタマへ迫り、拳を振るうたびに大地と空気がまとめて震える。
サイタマは一撃をかわし、二撃目を受け流し、三撃目では大きく横へ跳んだ。そのたびに、信じたくなかった答えが少しずつ確信へ変わっていく。
ここまで手を合わせれば、さすがのサイタマにも分かった。考え方が単純だろうが、気の扱いが分からなかろうが、目の前で起きていることだけは誤魔化せない。
「……やべえな」
サイタマは小さく呟いた。自分でも、その言葉を口にすることになるとは思っていなかった。
目の前で高笑いを上げるサイヤ人は、純粋な身体能力だけなら自分を上回っている。少なくとも今こうして拳を交えている限り、力も速度も、こちらが適当に受け流せる範囲を明確に越えていた。
「ハハハハハハハ!!」
ブロリーが高笑いと共に走ってくる。サイタマも今度は受け止めるのではなく、相手の動きを正面から見据えて構え直す。
その光景を見ていたフリーザは、驚きからゆっくりと笑みを取り戻した。サイタマが自分から避けるほどの相手など、これまでほとんど見たことがない。
「これは……」
フリーザの赤い瞳が細くなった。自分の知らないところで、また一つ宇宙の常識から外れた存在が姿を現している。
「面白くなってきましたね」
ブロリーの笑い声が再び荒野へ響いた。サイタマはその正面で、久しく浮かべていなかったほど真剣な目をして拳を握っている。