フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
神精樹の根元で、青と紫の光が激しく交錯していた。神精樹の実を食べたターレスは、先ほどまでとは比較にならない力を得ており、超サイヤ人ブルーのベジータと真正面から打ち合っている。
拳と拳がぶつかるたびに大気が爆ぜ、巨大な神精樹の枝葉まで激しく揺れた。速度でも力でも、今の二人にはほとんど差がなく、互いに一撃を受ければ同じだけ押し返される。
「ハハハッ! どうした、さっきまでの威勢は!」
「調子に乗るな!」
ターレスの右拳をベジータが前腕で受け止め、そのまま左の拳を腹部へ返した。ターレスも身体を捻ってかわし、脇腹を狙った蹴りを放つが、今度はベジータが膝を上げて防ぐ。
二人は同時に距離を取り、ほとんど同時に再び踏み込んだ。純粋なパワーとスピードだけなら、神精樹の実を食べたターレスは確かにベジータと同じ領域へ届いていた。
その時だった。
遠く離れた場所から、これまで以上に巨大な気が膨れ上がった。二人の拳が止まり、ベジータとターレスはほとんど同時に同じ方向へ顔を向ける。
「……何だ、この気は」
ベジータの眉間に深い皺が刻まれた。遠くから押し寄せてくる圧力は、ただ戦闘力が高いというだけでは説明しきれない異様さを持っている。
一瞬だけ、第七宇宙で戦ったブロリーが脳裏をよぎった。続いて力の大会で見たケールの姿も浮かんだが、どちらとも決定的に違う。
似ている部分はあった。底が見えないほど膨れ上がる力と、サイヤ人として異常なまでの潜在能力には、確かに共通するものがある。
しかし、今感じている気には別のものが混じっていた。戦えば戦うほど喜び、暴力そのものへ酔いしれ、破壊することに何のためらいも持たないような、濁った悪意がある。
「……気に入らんな」
ベジータは小さく吐き捨てた。これほど強大でありながら、悟空とも第七宇宙のブロリーとも違い、力の奥から感じられるものがあまりにも邪悪だった。
その向かいでは、先ほどまで余裕を崩さなかったターレスの額にも薄く汗が浮かんでいた。仲間である彼にとっても、この急激な上昇は予想を越えているらしい。
「あいつがここまで気を上げるとはな……」
「今さら怖気づいたか?」
ベジータが鼻で笑った。ターレスは視線だけを戻し、その挑発を受けてもすぐには返さない。
「安心しろ。あのハゲがどれほど強かろうと、間違いなく俺の方が強い」
ターレスは一瞬だけ目を丸くした。次の瞬間には、堪えきれなくなったように声を上げて笑う。
「ハハハハッ! 何を勘違いしてやがる」
「何?」
「逆だよ」
ターレスは遠くで膨れ上がるブロリーの気を感じながら、笑みを浮かべたまま答えた。ただし、その額から冷や汗だけは消えていない。
「あいつが怖いのは、今どれくらい強いかじゃねえ」
「……」
「相手が強ければ強いほど、あいつは強くなっていく。戦って、怒って、暴れれば暴れるほど際限なくな」
ベジータの目が細くなった。第七宇宙のブロリーを知る彼には、その説明が冗談として聞き流せなかった。
「今はフリーザやお前、それにあのハゲの方が強かったとしても関係ねえ。戦いが続けば、その差を勝手に埋めてくる」
ターレスは空を見上げた。遠方では今も気が膨張を続け、惑星全体の大気まで僅かに震えている。
「このまま好きに暴れさせたら、この星で済むかどうかも怪しいぜ。下手すりゃ銀河まで巻き込むかもしれねえな」
「なら、さっさと止めるとするか」
ベジータは再びターレスへ視線を戻した。心配する素振りはなく、むしろ話が単純になったと言わんばかりだった。
「まず貴様をあの世へ送ってからな」
「そう簡単にいくかな?」
ターレスの姿が掻き消えた。真正面からではなく、ベジータの視界の死角へ回り込み、至近距離から膝を腹部へ突き上げる。
「もらった!」
膝が直撃したかに見えた。しかしベジータは寸前で両腕を差し込み、ターレスの膝を腹へ届く直前で受け止めている。
「チッ、反応のいい奴だ」
ベジータは何も答えなかった。防御したまま僅かに身体を沈め、次に来る攻撃を待っている。
「なら、これはどうだ!」
ターレスが空中で身体を捻り、組んだ両拳を頭上から振り下ろした。巨大なハンマーナックルを、ベジータは片腕を上げて受け止める。
衝撃に耐えたのは一瞬だった。足元の地面が崩壊し、ベジータの身体は岩盤を突き破りながら地下へ叩き込まれていく。
「ハハハハッ!」
ターレスは追って穴へ入ろうとはしなかった。両手を地下へ向けると、落下するベジータ目掛けて無数の気弾を一気に撃ち込む。
「これでも食らえ!!」
雨のような気弾が次々と大地へ突き刺さった。最初の爆発に次の爆発が重なり、さらにその上から連続して爆発が起こることで、地面全体が波打つように盛り上がっていく。
やがて一際大きな爆発が起こり、巨大な火柱が空へ昇った。ターレスはその光景を見下ろしながら、満足そうに息を吐く。
「やっぱり、そう簡単にはいかなかったな」
「そうかな」
「何――」
声が真横から聞こえた。ターレスが振り向いた時には、土煙の中にいるはずのベジータがすでに隣へ立っている。
「いつの間に……!」
驚きながらも反応は早かった。ターレスは即座に右拳を振り抜き、ベジータの顔面を狙う。
ベジータはその拳を避けなかった。僅かに身体をずらして射程を外しながら、同時に腰を回転させる。
「ふんっ!」
横から伸びたサイドキックが、ターレスの腹へ深々と突き刺さった。身体の中心を正確に撃ち抜かれ、ターレスの顔が苦痛に歪む。
「ぐああっ!」
ターレスは凄まじい勢いで横方向へ吹き飛ばされた。神精樹の根を何本もへし折りながら転がり、最後には岩壁へ背中から叩きつけられる。
「ぐっ……!」
瓦礫を押しのけながら立ち上がったターレスは、そこで初めてベジータの姿をじっくり見た。戦闘服には土埃や爆炎による焦げが残っているものの、本人には目立った傷がない。
「何でだ……」
ターレスの顔から笑みが消えた。
「どうして効いてねえ!」
叫ぶと同時に両手を突き出し、無数の気弾を乱射する。先ほどよりさらに密度の高い攻撃がベジータへ殺到したが、本人は避けようとすらしなかった。
「簡単なことだ」
ベジータは迫る気弾を拳と掌で次々と弾き飛ばした。最小限の動きだけで軌道を逸らし、一歩ずつターレスへ近づいていく。
「なっ……!」
最後の気弾を手の甲で弾いた時には、すでに両者の距離は拳一つ分しか残っていなかった。ターレスが反応するより早く、ベジータの拳が顔面へ叩き込まれる。
「がっ!」
ターレスは回転しながら吹き飛ばされ、何度も大地を転がった。ようやく止まったところで片手を地面へつき、血の滲んだ口元を拭う。
「貴様、今まで本当に強い相手と戦ったことがあるのか?」
「何の……話だ……!」
ターレスは苦しげに立ち上がった。質問の意図が分からず、苛立った目でベジータを睨む。
「ないだろうな」
ベジータは一人で納得したように鼻を鳴らした。先ほどまで互角だったはずの相手に対して、すでに余裕すら取り戻している。
「貴様は戦闘というものを、パワーとスピード、それに気の量による数値の比べ合いだと思っている」
「何だと?」
「力が上なら勝つ。速ければ当たる。気が多ければ押し切れる。そんなものは戦闘とは言わん」
ターレスの表情が険しくなった。自分の戦い方そのものを馬鹿にされていることだけは理解できる。
「黙れ!」
ターレスが一気に間合いを詰めた。怒りに任せて右拳を振り、左拳、肘、膝、回し蹴りと矢継ぎ早に繋げていく。
しかし、今度のベジータは一度も受け止めなかった。拳が来れば僅かに頭を振り、肘には身体を沈め、膝が上がる前にはすでに攻撃線から外れている。
「くそっ!」
ターレスは速度を上げた。だが、速くなればなるほど動きは単調になり、ベジータにとっては次の攻撃がさらに読みやすくなる。
「貴様は策を練るのは得意らしいな」
ベジータは拳を避けながら言った。ターレスの動きを完全に見切り、相手だけが全力で空を切り続けている。
「惑星サダラへ仲間を潜り込ませ、追跡者を誘い込み、通信まで遮断する。そこまで考える頭はあるらしい」
「何の話だ――!」
「だが、戦術はまるで駄目だ」
ターレスの拳がベジータの頬を狙った。ベジータは頭を数センチ動かして避けると、相手の腕が伸び切る瞬間を待つ。
「実戦の中で相手の癖を拾い、呼吸を読み、何を嫌がり、何を得意とするかを確かめる。その情報を次の一手へ繋げることを、貴様は何一つしていない」
「知ったような口を――」
「だから、こうなる」
ベジータが半歩踏み込んだ。ターレスが次の拳を振ろうと腰を回した、その瞬間だった。
完全なカウンターだった。脇腹が開く癖を読み切ったベジータの拳が、呼吸を吐き切った瞬間の腹部へ深く突き刺さる。
「うがあっ!!」
身体が折れ曲がり、ターレスは胃の中身を吐き出しそうになりながら地面を転がった。神精樹の実で強化された肉体でも、最も力を逃がしにくい瞬間へ正確に入れられた一撃までは消せない。
「俺は幼い頃から、死にかけるような戦いばかりしてきた」
ベジータは転がるターレスへゆっくり歩み寄った。声には自慢も感傷もなく、ただ事実だけを並べている。
「自分より遥かに強い敵とも何度も戦った。実際に殺されたことだってある」
ターレスが顔を上げた。ベジータは足を止めず、その目を真正面から見下ろす。
「それでも生き返ればまた戦い、自分と同じか、それ以上の奴との修行も欠かしてはいない」
「……」
「貴様とは、積んできた経験の量が圧倒的に違う」
ターレスの顔が歪んだ。神精樹の実で得た力そのものまで否定されたように感じたのか、歯を食いしばって立ち上がる。
「黙れええええええっ!!」
ターレスは怒声を上げながら一気に上空へ飛び上がった。ベジータを見下ろせる高さまで達すると、両手を頭上へ掲げる。
掌の上に巨大な気の塊が生まれた。そこへさらに気を注ぎ込み続けることで、赤紫色の球体は瞬く間に岩山を覆うほどの大きさへ膨張していく。
「これでも同じことが言えるか!!」
超巨大なキルドライバーが空を覆った。表面では稲妻のような放電が走り、その圧力だけで周囲の神精樹の枝が次々と折れていく。
ベジータは逃げなかった。巨大なエネルギーを見上げても表情一つ変えず、両脚を開いて地面へ腰を落とす。
「来い」
「くたばれええええええええっ!!」
ターレスが両腕を振り下ろした。超巨大なキルドライバーが落下を始め、周囲の大気を引きずりながらベジータへ迫る。
ベジータはまだ動かなかった。巨大な球体が頭上を覆い、空そのものが赤紫色へ染まっても、両手を腰の横へ構えたまま待っている。
キルドライバーが目前まで迫った瞬間、ベジータの両腕が前へ突き出された。掌の間には、それまで極限まで圧縮されていた黄金色の気が集まっている。
「ファイナル――」
ターレスの顔が僅かに変わった。自分の最大出力を前にしても、ベジータの声には一切の焦りがない。
「フラッシュ!!」
眩い黄金の奔流が放たれた。正面から激突したファイナルフラッシュは巨大なキルドライバーへ食い込み、その中心を押し潰しながら一直線に突き進む。
「なにっ!?」
キルドライバーの表面へ亀裂が走った。次の瞬間には巨大なエネルギー球そのものが内側から弾け、ファイナルフラッシュの光に呑み込まれて消滅する。
それでも光は止まらなかった。キルドライバーを貫いた勢いのまま、上空のターレスへ迫っていく。
「うおおおおおっ!」
ターレスは両手を前へ突き出し、真正面からファイナルフラッシュを受け止めた。押し寄せる光を必死に押し返し、全身の気を腕へ集中させる。
「止まれ……! 止まりやがれえええっ!」
両者の力が一瞬だけ拮抗した。ターレスの足元には空中だというのに衝撃波が生まれ、その身体が少しずつ後方へ押されていく。
「ふん!」
ベジータがさらに気を込めた。ファイナルフラッシュの光が一段太くなり、ターレスの身体を一気に包み込む。
「ち…ちくしょおおおおおおおおおっ!!」
叫び声が光の中へ消えた。ターレスはそのまま大気圏を突き抜け、黄金の奔流に押し流されながら宇宙の彼方へ飛ばされていく。
やがてファイナルフラッシュの光も細くなり、空には一本の長い軌跡だけが残った。ベジータはゆっくりと両腕を下ろし、ターレスが消えていった方向を見上げる。
「思ったより手間取ったな」
戦闘服は汚れ、ところどころに焦げ跡も残っていた。だが、ベジータ本人に大きな損傷はなく、呼吸もすぐに整っていく。
その直後だった。
遠方から伝わっていたブロリーの気が、また一段大きく跳ね上がった。先ほどまででも異常だった圧力がさらに膨張し、一瞬だけベジータの表情から余裕が消える。
「……化け物め」
額に僅かな冷や汗が浮かんだ。ターレスから聞いた話が誇張ではなかった可能性が、時間が経つほど高くなっている。
ベジータはすぐに空へ浮かび上がった。サイタマとフリーザがいる方向を確認すると、青い光を引きながら一気に加速する。
◇
その少し前、ブロリーはサイタマへ猛烈な攻撃を浴びせ続けていた。先ほどまでなら受け止めるか拳を合わせていたサイタマも、今では相手の拳を正面から受けず、最小限の動きで避けている。
「ハハハハハハハハ!!」
ブロリーの右拳が空を切った。サイタマは半歩だけ横へ動いてかわしたが、拳圧だけで背後の岩山が大きく抉られる。
「こいつ、本当にどんどん強くなってるな」
サイタマは珍しく相手から距離を取った。最初に拳を受けた時より明らかに速く、そして重くなっている。
ブロリーは止まらなかった。サイタマが離れればすぐに追いつき、拳、肘、膝を笑いながら叩き込んでくる。
サイタマは一撃目を避け、二撃目を腕で流した。三撃目の蹴りが来ると読んで一歩下がったが、その動きを追うようにブロリーがさらに踏み込んでくる。
「うおっ!」
サイタマは両腕を交差させた。ブロリーの拳が防御した腕へ直撃し、今度も身体が地面と平行に吹き飛ばされる。
数百メートル先の大地へ着地したサイタマは、靴底で長い溝を刻みながらようやく止まった。腕を軽く振ってから、遠くにいるブロリーを見る。
「やっぱ重いな」
その声に冗談めいた軽さはほとんどなかった。自分がこれほど明確に防御し、それでも押し飛ばされるという経験自体が珍しい。
少し離れた場所で見ていたフリーザも、黙って二人を観察していた。サイタマが避け始めた時点で異常だと思っていたが、戦いが続くほど状況はさらに奇妙になっている。
「先ほどより速いですね…しかしこのスピードは…」
フリーザは目を細めた。ブロリーの気は戦闘中にも絶えず増大し続けており、それに比例して肉体そのものの性能まで上がっている。
ブロリーが大地を蹴った。サイタマの目の前へ現れるまでの時間は、先ほどより明らかに短い。
「ハアアアアアッ!!」
巨大な拳が迫った。サイタマは今度こそ真正面から合わせようと、自分の右拳を振り出す。
しかし、衝突の直前にサイタマの目が僅かに動いた。拳の速度と重さを見切った結果、身体が無意識ではなく明確な判断として横へ逃げる。
ブロリーの拳は空を切った。サイタマはすれ違いざまに脇腹へ拳を入れようとしたが、その前にブロリーが身体を捻って肘を返してくる。
「っと」
サイタマは攻撃を中断して後方へ跳んだ。ブロリーの肘が通過した場所では空気が爆ぜ、地面へ巨大な亀裂が走る。
フリーザの目が僅かに見開かれた。サイタマは今、攻撃する機会より自分が被弾しないことを優先した。
それはフリーザが長く手合わせしてきた中でも、ほとんど見たことのない判断だった。サイタマは強い攻撃を受けても平然としていることが多く、多少不利な打ち合いでも正面から付き合う。
だが、今は違う。
「ハハハハハハハ!!」
ブロリーは高笑いを上げながら、さらに気を膨張させた。黄金のオーラが爆発するように広がり、その圧力だけで周囲の岩が地面から浮き上がる。
サイタマは黙ってその姿を見ていた。これまでの手合わせで得た情報を、自分なりに整理する。
力が強い。
速い。
丈夫。
そして、時間が経つほど全部が伸びている。
ここまで来れば、戦い方が単純なサイタマでも理解できた。相手の強さを認めるために、難しい理屈など必要なかった。
「……」
サイタマの表情から、完全に気の抜けた色が消えた。目の前で笑っているサイヤ人を見つめながら、これまでなら考える必要すらなかった事実を受け入れていく。
少なくとも、純粋な肉体の性能では自分より上だった。パワーも速度も、今のブロリーの方が明確に高い。
しかも、その差は固定されていない。ブロリーは戦い続けるたびに成長し、ほんの数分前より今の方がさらに強くなっている。自分も成長速度は自信があるほうだが、こいつははっきり言って異常だ。
「ハハハハハハハハハ!!」
ブロリーは嬉しそうに両拳を握った。目の前の相手がまだ倒れず、自分の力についてこられること自体が、さらに彼の興奮を高めている。
サイタマも静かに拳を握り直した。今度は相手の一撃を試しに受けてみようとは考えず、その動きを真正面から見据える。
フリーザは二人の間で膨れ上がる圧力を感じながら、赤い瞳を細めた。サイタマが相手の攻撃を避ける理由は、もはや疑いようがない。
ブロリーは強い。
それも、ただ強いのではない。その力は今もなお増え続けている。宇宙が広がり続けるように、ブロリーの強さも膨張し続けている…この銀河を飲み込むほどに。