フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~   作:&劉

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第九話 伝説の超サイヤ人

 

 

 

 ブロリーの気は、戦いが続くほど膨れ上がっていた。黄金のオーラは先ほどより明らかに大きくなり、足を踏み出すだけで大地が沈み、周囲の岩が地面から浮き上がって砕けていく。

 

 サイタマはその真正面で、もはや相手の攻撃を試しに受けるような真似をしていなかった。最初に拳を受けた時より速く、数十秒前より重く、しかもその上昇に終わりが見えない以上、いつものように付き合っていればどうなるか分からない。

 

「ハハハハハハハハ!!」

 

 ブロリーが地面を蹴ると、足元が爆発したように陥没した。巨体が一瞬で間合いを消し、振り抜かれた右拳がサイタマの顔面へ一直線に迫る。

 

 サイタマは首を僅かに倒して拳をかわし、そのまま脇腹へ反撃しようとした。ところがブロリーは空振りした勢いを殺さず身体を回転させ、裏拳でサイタマの反撃そのものを潰しにかかる。

 

「っと!」

 

 サイタマは踏み込みを中断し、大きく後方へ跳んだ。裏拳は空を切っただけだったが、その余波だけで背後の岩壁が横一文字に抉れ、大量の岩片が吹き飛んでいく。

 

 ブロリーは間髪入れずに追った。拳、肘、膝、蹴りを技術らしい技術もなく叩きつけているだけなのに、一発ごとの速度と威力があまりにも大きく、サイタマも受け流すだけでは済まなくなっている。

 

「また速くなったな」

 

 そう呟いた直後、拳が鼻先を掠めた。直撃していないにもかかわらず、圧縮された空気が頬を強く叩き、サイタマの表情が僅かに険しくなる。

 

 少し離れた場所で戦況を見ていたフリーザも、すでに笑ってはいなかった。ブロリーの力は戦闘開始から一度も停滞しておらず、現在の気だけを比べれば、最初に現れた時とは別人と考えた方がいい。

 

「成長速度まで規格外ですか」

 

 フリーザは赤い瞳で二人の動きを追い続けた。サイタマがこれまでの手合わせで多少なりとも相手の動きを読むことを覚えていなければ、すでに何度かまともな直撃を受けていただろう。

 

 ブロリーが右肩を大きく引いた。サイタマは腰の回転、踏み込む足、視線の向きまで見た瞬間に攻撃の軌道を読み、今度は退くのではなく自分から前へ出た。

 

「これじゃ、ちょっとまずいな」

 

 サイタマの目から軽さが消えた。ブロリーの拳が伸び切る直前、その懐へ一歩だけ踏み込む。

 

「マジ殴り」

 

 ブロリーの拳が頬の横を通り過ぎるのと同時に、サイタマの右拳が逆側から頬へ叩き込まれた。相手の前進する勢いまで乗った完全なカウンターとなり、接触した瞬間には周囲の音が一度消えたような錯覚すら生まれる。

 

 次の瞬間、圧縮されていた空気が一斉に爆発した。白い衝撃波が円を描いて数十キロ先まで走り、森林を同じ方向へ薙ぎ倒し、山肌を削り、遥か彼方に浮かぶ雲まで真っ二つに裂いていく。

 

 フリーザも片腕を顔の前へ上げた。吹き荒れる暴風の中心では、サイタマの拳がブロリーの頬へ完全に食い込んでいる。

 

 ブロリーの身体が止まった。サイタマがゆっくり拳を引くと、横を向いていたブロリーの顔も、時間をかけるように正面へ戻ってくる。

 

「……え?」

 

 サイタマの口から、無意識に声が漏れた。ブロリーの顔は腫れてもおらず、骨格が歪んだ様子もなく、ほとんど変化していない。

 

 唯一の違いは、唇の端から顎へ向かって細い血の筋が流れていることだった。ブロリーはその感触に気づくと、自分の血を舌先ですくい取る。

 

「フフ……」

 

 口元がゆっくりと吊り上がった。苦痛でも怒りでもなく、そこに浮かんだのは、ようやく自分を傷つけられる相手を見つけたことへの歓喜だった。

 

 サイタマの思考が一瞬だけ真っ白になった。これまで数え切れないほどの怪人を一撃で沈めてきたマジ殴りが、それも相手の速度を利用したカウンターとして完璧に入ったにもかかわらず、ほとんど効いていない。

 

 フリーザも珍しく目を丸くしていた。サイタマの本気の拳を受けて立っていた相手なら自分自身を含めて存在するが、真正面から直撃して流れた血が口元の一筋だけというのは、さすがに想定していない。

 

「これは……」

 

 サイタマは次の動きを忘れたわけではなかった。ただ、目の前で起きたことを理解するまでに、ほんの一瞬だけ思考が止まった。

 

 ブロリーはその一瞬を逃さなかった。

 

「でやああああっ!!」

 

 右脚が前へ突き出された。それは格闘技として洗練された蹴りではなく、足の裏を相手へ向けたまま巨体ごと押し込む、喧嘩のヤクザ蹴りに近い乱暴な一撃だった。

 

「ぐっ――!」

 

 足裏が腹部へ触れた瞬間、サイタマの身体が大きく折れ曲がった。その直後、これまで味わったことのない衝撃が腹から背中へ突き抜け、身体の中身までまとめて持っていかれるような感覚が走る。

 

「うおおおおおっ!?」

 

 サイタマは地面と平行に吹き飛ばされた。岩山を一つ貫通しても勢いはほとんど落ちず、その先の荒野へ何度も身体を跳ねさせながら遠ざかっていく。

 

 ブロリーは一切待たなかった。吹き飛ばした相手が止まるより先に地面を蹴り、笑いながらサイタマを追っていく。

 

 サイタマはようやく地面へ落ちると、すぐに立ち上がろうとした。ところが膝へ力を入れた瞬間、両脚が震えて身体を支えられず、そのまま片膝をついてしまう。

 

「……っ!」

 

 何もかもが初めてだった。攻撃を受けて足へ力が入らなくなったことも、起き上がろうとして身体が命令通りに動かなかったことも、追撃してくる敵を前にしてすぐに立てないことも、サイタマにとって経験したことのない出来事だった。

 

 顔を上げた時には、ブロリーがすでに眼前へ迫っていた。巨大な拳が頭上へ振り上げられ、無防備なサイタマへそのまま叩き落とされようとしている。

 

「選手交代です」

 

 聞き慣れた声が横から割り込んだ。次の瞬間にはブロリーの巨体が真横へ弾き飛ばされ、途中にあった岩塊をまとめて砕きながら数百メートル先へ突っ込んでいく。

 

 サイタマの前にはフリーザが立っていた。全身は眩い黄金に染まり、通常のゴールデンより一回り膨れた筋肉へ膨大な気を高密度に凝縮した、制御されたフルパワーゴールデンの姿となっている。

 

「悪い」

 

 サイタマは震える脚へ手をつき、どうにか身体を起こした。まだ腹部には鈍い感覚が残っているが、少しずつ身体へ力は戻り始めている。

 

「助かった」

 

「そんなお礼はいりませんよ」

 

 フリーザはブロリーが消えた瓦礫の山から視線を外さなかった。普段ならここで嫌味の一つでも返すところだが、今の顔にはその程度の余裕さえなかった。

 

「必要ならメディカルマシンに入りなさい。あなたが足手まといになる姿など、見ていて面白くありませんので」

 

「いや……なんとかなる」

 

 サイタマは何度か膝を曲げ伸ばしし、自分の身体の状態を確かめた。完全ではないものの、先ほどより明らかに脚へ力が戻っている。

 

「少しすれば動けそうだ」

 

「なら、しばらく大人しくしていてください」

 

「分かった」

 

 フリーザが一歩前へ出したところで、遠くの瓦礫が音を立てて崩れ始めた。やがてその中心から、ブロリーの巨大な身体がゆっくりと起き上がる。

 

 頬には先ほどまでなかった傷が残っていた。サイタマのマジ殴りを受けた直後へさらにフルパワーゴールデンの不意打ちを受けた以上、さすがのブロリーも完全な無傷ではない。

 

 しかし、その顔には二つの感情が同居していた。不意を突かれ、自分を吹き飛ばすほどの攻撃を受けたことへの怒りと、新たに自分を傷つけられる強敵が現れたことへの歓喜である。

 

「フ……フフフ……」

 

 ブロリーの気が、また一段膨れ上がった。黄金のオーラが空へ噴き上がり、その圧力だけで周囲の瓦礫が地面から浮き、そのまま細かく砕けていく。

 

 フリーザの眉が僅かに動いた。自分のフルパワーで放った一撃を受けた直後に弱るどころか、また出力を上げてくる相手など何度も見たいものではない。

 

「あなた……本当にただのサイヤ人ですか?」

 

 ブロリーは足を止めた。質問の意味を深く考えているようには見えず、喉の奥から低い笑いを漏らしながらフリーザを見下ろす。

 

「フッフッフ……なんだ、ちっこいの。俺に何か用か?」

 

 フリーザは答えず、目の前の巨体を静かに観察した。その時、何の前触れもなく一つの言葉が脳裏へ浮かぶ。

 

 伝説の超サイヤ人という言葉だった。なぜ今になってそれを思い出したのか、自分でも理由を説明できない。

 

 第七宇宙にいるブロリーとも違う。力の大会で暴走したケールとも似ている部分はあるが、目の前の男にはさらに純粋で禍々しい暴力そのものが宿っている。

 

 それでも、一度頭へ浮かんだ可能性をフリーザは消すことができなかった。むしろブロリーの気が増すほど、その古い伝説が妙な現実味を持ち始めている。

 

「う……」

 

 少し離れた場所から呻き声が聞こえた。地面へ倒れていたパラガスが頭を押さえながら身体を起こし、目の前で膨れ上がっている息子の気を感じた瞬間、その顔から血の気が引いていく。

 

「親父」

 

 サイタマがパラガスへ視線を向けた。

 

「お前の息子だろ。何とかしろよ」

 

「ブ、ブロリー……!」

 

 パラガスは慌てて手元の制御装置を操作した。何度も命令を入力し、ブロリーの首元にある装置へ停止信号を送り込む。

 

「ブロリー! やめろ! 俺の命令を聞け!」

 

 しかし、ブロリーは振り返りもしなかった。首元の装置には確かに作動を示す光が点灯しているのに、気が下がるどころか上昇は止まらない。

 

「故障してるんじゃない?」

 

 頭上から声が降ってきた。緑色の光を纏ったタツマキが戦場へ到着し、パラガスの装置を見る前に傷ついたサイタマへ目を向ける。

 

「あんたがそんな状態になってるなんて、珍しいじゃない」

 

「俺もそう思う」

 

 サイタマの返答を聞いて、タツマキの表情が少しだけ険しくなった。すぐにパラガスへ向き直ると、手に持っている制御装置を指差す。

 

「故障なら、うちの船で調べられるかもしれないわよ。メタルナイトの機材も積んであるし、ジェノスもいるから」

 

 パラガスの表情に一瞬だけ希望が浮かんだ。

 

「ほ、本当か!?」

 

「ただし、あんたはそのままお縄になってもらうけどね」

 

 ところが次の瞬間、パラガスは怒る代わりに手に持った機械を見て青ざめる。青ざめた後、顔を伏せ、低い笑い声を漏らし始める。

 

「く……くくく……」

 

「何よ」

 

「ハハハハハハハハ!」

 

 笑い声は次第に大きくなり、最後にはほとんど狂ったものへ変わった。タツマキが不快そうに眉をひそめる中、パラガスは手にした装置を見せつけるように持ち上げる。

 

「ない!!」

 

「何がよ」

 

「故障などしていなかったんだ! 制御装置は正常に作動している!今もなお!!」

 

 タツマキの表情が変わった。作動しているのなら、今の状況は故障より遥かに厄介なことになる。

 

「だったら、何で止まらないのよ」

 

「おめでたい連中だ。まだ分からんのか」

 

 パラガスの笑いには、いつしか明確な恐怖が混じっていた。長年息子を制御してきた本人だからこそ、その意味を誰より理解している。

 

「装置は今もブロリーを抑えている。 それでも、こいつ自身の力が抑制を上回り続けているんだ!」

 

 パラガスは後ずさった。ブロリーを見る目には、息子を見る父親というより、自分が飼いならせなくなった怪物を見る恐怖しか残っていない。

 

「も、もう俺の手には負えん…か、完全に制御装置からも、俺の手からもは、離れてしまった…」

 

「父親がそれ言う?」

 

 サイタマが呆れた顔をした。

 

「知るか!」

 

 パラガスは突然空へ飛び上がった。負傷していることすら忘れたように全力で高度を上げ、戦場から離れ始める。

 

「俺は逃げる! 貴様らはブロリーと楽しくダンスしていろ!」

 

「ちょっと!」

 

 タツマキが追いかけようと身体を浮かせた。だが、すぐ横からサイタマの声が飛ぶ。

 

「もう親父はいいよ」

 

「は?」

 

「今はこいつだろ」

 

 サイタマは正面を指した。そこではブロリーとフリーザが、すでに互いの間合いへ入り始めている。

 

 タツマキは遠ざかるパラガスを一度だけ睨んだ。腹立たしくはあるが、今ここで優先すべき相手ではないことくらいは分かる。

 

「……あとで絶対捕まえるからね」

 

 パラガスは振り返りもせず、そのまま空の彼方へ消えていった。

 

◇

 

「ハアアアアッ!!」

 

 ブロリーの拳がフリーザへ迫った。フリーザは首を僅かに振って避け、すれ違う瞬間に脇腹へ拳を叩き込む。

 

「ぐっ!」

 

 ブロリーの巨体が横へずれた。だが倒れることなく、ほとんど間を置かず裏拳を返してくる。

 

 フリーザは上体を沈めて攻撃線から逃れ、そのまま足払いを放った。ブロリーが跳んで避けると読んでいたのか、直後には顎を狙った蹴りが待っている。

 

「ふんっ!」

 

 ブロリーは前腕で受け止めた。衝撃で身体が数メートル浮かんだものの、そのまま空中で姿勢を整え、着地と同時に再び突っ込んでくる。

 

 フリーザは距離を取りながら相手の動きを分析していた。純粋な力ではすでに負け始めており、速度についても戦うほどブロリーの方が上へ伸びている。

 

 それでも、戦闘そのものならまだフリーザが上だった。ブロリーの攻撃は強烈ではあるものの、肩の動き、腰の回転、視線、気の流れから次の動作を読む余地が残っている。

 

 一方のフリーザは、ジレンとの戦い以降、無駄な動きを徹底的に削ってきた。必要な瞬間だけ出力を引き上げ、相手の攻撃線から最小限の動作で外れ、崩れた瞬間だけ正確に反撃を入れる。

 

「オオオオオオッ!!」

 

 ブロリーが真正面から突進した。フリーザはぎりぎりまで待って拳が当たる寸前に身体を横へ滑らせ、通り過ぎた巨体の脇腹へ一撃を入れる。

 

「ぐおっ!」

 

 ブロリーの身体が前へ流れた。フリーザはその背後へ回り、続けて後頭部へ蹴りを叩き込む。

 

「パワーだけでは、わたくしには勝てませんよ」

 

 ブロリーは大地へ叩きつけられたが、すぐに立ち上がった。頬を歪め、明らかな苛立ちを見せながらフリーザへ突進する。

 

「黙れ!!」

 

 再び拳が振るわれたが、今度もかわされた。次の攻撃も読まれ、そのたびに短い反撃だけを正確に受ける。

 

 倒されては立ち、攻撃しては外され、さらに反撃を受ける。力そのものでは勝っているはずなのに思い通りにならない状況が続き、ブロリーの苛立ちは急速に膨らんでいく。

 

 フリーザはそれを見逃さなかった。相手の身体だけでなく、精神の動きまで戦術へ利用することに関しては、昔から得意としている。

 

「それにしても、ずいぶん可哀想な方ですね」

 

 ブロリーの拳を避けながら、わざと軽い口調で話しかけた。意味を理解したブロリーの眉が大きく動く。

 

「何!」

 

「お父様は逃げましたよ」

 

 ブロリーの動きが一瞬だけ止まった。

 

「あなたを置いて、一人でね」

 

「かあっ!」

 

 拳が大振りになった。フリーザは容易にかわし、その変化を確認してさらに笑みを深くする。

 

「ターレスさんにもいいように使われて、命令されるまま星を壊して」

 

「黙れ!!」

 

「破壊して、殺して、それを楽しんで、その結果がこれですか」

 

 ブロリーの攻撃が目に見えて乱れ始めた。怒りに任せて速度だけを上げれば上げるほど、踏み込みも重心移動も分かりやすくなる。

 

「なんとまあ、いい人生なんでしょうか」

 

「黙れえええええっ!!」

 

「ああ…猿程度の脳みそではその程度のことも分かりませんか」

 

「フリーザアアアアアアッ!!」

 

 ブロリーが全身の力を込めて拳を振り抜いた。踏み込みも防御も忘れ、ただ目の前のフリーザを殴り潰すことだけへ意識を集中させた一撃だった。

 

 フリーザはそれを待っていた。身体を半歩だけ横へずらし、拳が通過した瞬間に一気に懐へ入る。

 

「そこです」

 

 フルパワーゴールデンの拳が鳩尾へ深く突き刺さった。ブロリー自身の前進する速度と正面から噛み合い、衝撃が腹部から背中へ突き抜ける。

 

「が――!」

 

 身体が浮いたところへ顎を狙った掌底が入った。さらに回転しながら蹴りを叩き込み、ブロリーの巨体を真正面から弾き飛ばす。

 

「ふんっ!」

 

 ブロリーは何度も大地を跳ねた。最後には岩山へ激突し、崩れ落ちた大量の瓦礫の中へ姿を消す。

 

「……性格悪いわね」

 

 タツマキが率直に言った。

 

「うん。あいつ、ほんとに性格悪い」

 

 サイタマも迷わず頷いた。

 

「聞こえていますよ」

 

 フリーザは振り返らなかった。口元には少しだけ満足そうな笑みが残っている。

 

「事実を教えて差し上げただけです」

 

「一番効きそうな言い方わざわざ選んでただろ」

 

「効果的だったでしょう?」

 

「そこは否定しないけど」

 

 サイタマは呆れながら瓦礫の方へ視線を戻した。直後、フリーザの顔からも笑みが消える。

 

 崩れた岩の奥で何かが動いていた。巨大な岩塊がゆっくり左右へ押し退けられ、その隙間からブロリーの身体が再び現れる。

 

 先ほどまでの高笑いも怒鳴り声もなかった。顔からは表情そのものが消え、血走った目だけをフリーザへ向けたまま、一歩ずつ歩いてくる。

 

「フリーザ……」

 

 声は低く、奇妙なほど静かだった。ところが一歩踏み出すたびに気だけは明らかに大きくなり、周囲の大気が圧力に耐えられず震え始める。

 

「フリーザ……」

 

 さらに一歩進んだ。黄金のオーラが身体へまとわりつくように収縮し、ブロリーの全身を覆う。

 

 サイタマもフリーザも黙っていた。怒鳴りながら暴れていた時より、無表情のまま近づいてくる今のブロリーの方が遥かに不気味だった。

 

「今よ!」

 

 タツマキが両腕を広げた。周囲一帯の大地が轟音を立て、巨大な岩盤が次々と空へ持ち上げられる。

 

 数十、数百という岩塊がブロリーの周囲を埋め尽くした。タツマキが腕を振り下ろすと、それらが全方位から一斉に殺到する。

 

「潰れなさい!」

 

 同時に空気そのものが捻じ曲がり、巨大な竜巻が生まれた。岩石、砂、大地の破片まで巻き込みながら、ブロリーを中心に凄まじい速度で回転していく。

 

「これなら少しは――」

 

 タツマキは言葉を止めた。竜巻の中にあるブロリーの気が、一切減っていない。

 

 それどころか、まだ増えている。

 

「なによ……これ……」

 

 額から冷たい汗が流れた。竜巻の中心では巨大な影が、歩みを止めることなくこちらへ近づいている。

 

 岩塊が身体へ触れるたびに、衝突するより先に粉々になった。さらに近づいたものはブロリーの周囲を包む気だけで塵へ変わり、竜巻そのものまで身体の前から左右へ裂けていく。

 

 ブロリーは何事もなかったように、その中を歩いてきた。巨大な竜巻を力ずくで吹き飛ばすのではなく、存在しているだけで周囲の現象を押し退けながら前へ進んでいる。

 

「何なのよ……本当に……」

 

 タツマキの声から、いつもの強気が消えかけていた。自分の念動力で作った攻撃の中を、何の抵抗も受けていないように歩いてくる相手など滅多にいない。

 

 サイタマも何も言わなかった。普段なら「すげえな」くらいは口にするところだが、今のブロリーから感じる異様さには、さすがに軽口を挟む気になれない。

 

 

 ブロリーはフリーザの十メートルほど手前で足を止めた。先ほどまで荒々しく燃え上がっていた気が不意に静まり、代わりに全身の奥へ途方もない力が圧縮されていくような感覚が周囲へ広がった。

 

「フリーザ……」

 

 低く名前を呼ぶと、ブロリーはゆっくり顎を上げた。胸が大きく膨らみ、太い首筋から肩にかけて血管が浮かび上がるにつれて、周囲を満たしていた緑色の光も少しずつ濃さを増していった。

 

 その時、額を締めつけていた制御装置の中央にある宝石が、鮮烈な赤紫色の光を放った。パラガスが逃げる直前まで作動していた装置は今もブロリーを抑え込もうとしているらしく、細かな放電を繰り返しながら必死に制御信号を送り続けている。

 

「ぐ……ううううう……!」

 

 ブロリーの身体が小刻みに震え始めた。両拳を握り締めるたびに筋肉が盛り上がり、胸板と肩幅がさらに膨張していく一方で、額の宝石は警告するように明滅を速めていく。

 

 次の瞬間、ブロリーが天を仰いだ。額の宝石がひときわ強く輝いた直後、両目と額の周囲から青白い光が噴き出し、何本もの光条となって頭上へ突き抜ける。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 絶叫とともに光はさらに激しさを増した。ブロリーの顔も胸も青白い輝きに呑まれ、全身から噴き出したエネルギーが地面の岩を持ち上げ、そのまま周囲へ吹き飛ばしていく。

 

 制御装置が耐えられたのは、そこまでだった。赤紫色に輝いていた宝石へ亀裂が走ったかと思うと、額を囲んでいた金属部分まで弾け飛び、破片が青白い光の中へ巻き上げられていく。

 

 拘束が消えた瞬間、ブロリーの気が一気に外へ解き放たれた。青白かった光は巨大な緑の奔流へ変わり、何本もの帯となって巨体の周囲を駆け巡りながら、空と大地を同時に染め上げていく。

 

「なによ……これ……!」

 

 タツマキが思わず後ずさった。ブロリーを中心に放たれる圧力は、ただ気が大きくなっているという程度ではなく、惑星そのものが一人の生物から逃げようとしているような異常さを帯びている。

 

 サイタマも黙ってブロリーを見上げていた。先ほどまでですら自分を力で吹き飛ばした相手なのに、その時とは比較にならないほどの何かが今まさに目の前で生まれようとしている。

 

 ブロリーの身体がゆっくりと宙へ浮かび上がった。全身を包む緑色の光は放射状に何度も広がり、足元の大地には巨大な亀裂が走って、周囲の岩盤まで次々と浮遊を始める。

 

 やがて光はブロリーの周囲へ集まり始め、一つの巨大な球体を作った。中心には輪郭すら見えなくなったブロリーが浮かび、その外側を黄金と緑の波紋が幾重にも広がっていく。

 

 フリーザは腕で目元を庇いながら、その光景を黙って見ていた。フルパワーゴールデンの姿で立っているにもかかわらず、押し寄せる圧力は肌へはっきりと重さを感じさせる。

 

 巨大な光球が限界まで膨れ上がった。次の瞬間には視界を白一色に塗り潰すほどの閃光が炸裂し、遅れて惑星全体を揺さぶるような轟音と衝撃波が荒野を駆け抜けていく。

 

 タツマキは即座に障壁を張り、サイタマも腕を顔の前へ上げた。フリーザはその場で踏み止まったものの、足元の大地は耐えきれず何十メートルにもわたって後方へ削られていく。

 

 やがて閃光が収まり、濃い土煙の向こうから一つの巨大な影が現れた。先ほどまででも異常だった体格はさらに膨れ上がり、肩、胸、腕の筋肉は通常のサイヤ人という枠から完全に逸脱している。

 

 髪も変わっていた。大きく逆立った髪は鮮烈な黄緑色に染まり、その周囲では黄緑色のオーラが炎のように揺らめきながら絶えず噴き上がっている。

 

 そして何より異様なのは、その顔だった。瞳から理性を示す色は消え、白く見開かれた目の奥には、戦うことと壊すことだけを求める獣じみた衝動しか残っていない。

 

「ハハ……ハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 ブロリーが高笑いを上げると、黄緑色の気が再び爆発した。笑い声そのものに呼応するように地面が震え、周囲の岩が次々と浮かび上がっては、触れられてもいないのに粉々へ砕けていく。

 

 ちょうどその時、遠方から青い光を引いて飛んできたベジータが戦場の上空で急停止した。眼下に立つ巨大なサイヤ人の姿と、その身体から溢れる異常な気を見た瞬間、表情から余裕が消える。己の意志とは無関係に呼吸が荒くなっていく。

 

「ハァ…ハァ…で……伝説の超サイヤ人……!」

 

 幼い頃から幾度となく聞かされてきた古い伝承が、目の前で現実の姿を取っていた。ベジータは冷や汗を浮かべたまま、もはや別の生物にすら見えるブロリーから目を離せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

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